”アクトレスアクター”蜜ファビオ プロローグSS


●―逢魔が刻 999番地―
逢魔が刻
それは全ての時が交じり合い。行きかうという時空の交差点
そこで一組の男女が対峙していた。
ひとりは凛々しい顔立ちをしたセーラ服の少女。腰には一振りの刀を構え、
うろんげに半眼に閉ざされた瞼をもう片方の男に向けた。

「何故、お前がここにいる?」

問いかけを受けた男は全身白づくめの若い男だった。全身ゆったりした礼服で
身を固めており、見事までに白い。被る長帽子まで白一色だった。
男はちょっと困ったように首を振ると返答を返した。

「んーちょっとね。ここから先に進ませるわけにはいかなくなったから
君を止めに来た。いわゆる一つのコレ」

男が手にしたプラカードにはお決まりの台詞が書かれていた

『この先DANGEROU//RS生命の保証なし。』

次の瞬間、プラカードは斜めに分断されコトンと地に落ちる。
女の放った斬撃が、標識を両断したのだ。斬鉄剣もかくやの切れ味だった。
だが斬撃は男まで届かない。いつのまにか飛びのいており両者は瞬時に立ち位置を替える。

男は必殺の一撃にも動じることなくのんびりと言葉をつづけた。
「でも本気の”君”を止めれる人間なんてどこにでもいないから 正確には、
異変を知らせに来たが正しいかな。分かるだろう、僕がこのタイミングで君の前に現れるなんてどれだけの異常事態かなんて」

抜刀した少女はそのまま男を切り伏せようと動く。
異変は重々承知であったが、この男は『始末しておいたほうがいい人種』だ。
毎度毎度。特大級の厄介ごとを持ちこんでくる。余計なこと口走る前に口を封じてしまうのが一番だ。

だが、一足遅かった。

「端的にいうね。『時逆順』が殺された。」

女の手がぴたりと止まった。




●―DDS第4会議室―

衝撃の大会告知から、2日後。
最初のマーケティング会議が、C3ステーションの本社ビルにて行われた。

世間からの評判、大会への関心度、様々なデーターを集積し、フィードバックする次回への布石を行う重要な会議であったが、会議の最重要人物たる鷹岡集一郎は目の前の侃々諤々の議論と喧噪を冷めた目で見ていた。

退屈だ。
彼の部下たちは優秀だが、それゆえに彼にとって彼らの発想―『面白さの限界値』とでもいうものも見切ってしまっている。どうしても意外性という面で
鷹岡の求める「面白さ」が見切れてしまっているのだ。

近々、どこかで「補充」しないとね、そんなことを考えながら、ぺらりとレジメをめくる彼の手が止まった。
次のページはほぼ白紙で、たった一文、こう書いてあるだけだったからだ。


          第一章 還り来たる


不審に思って前後のページを見直すが、そこだけ綺麗に差し変わっていた。
周囲の人間は相変わらず、目の前の会議に没頭している。落丁の類でもなさそうだ。

鷹岡は彼らから目を外すと視線を上層にあげた。そして、ふむと唸った。
再度、周囲をもう一度、見渡す。誰も異常は感じていない様子だ。なので声をかけることにした。

、、、、、、、、、、、、、、、、、
「おい。皆。そこの扉見えているか」

上司の突然の声にぎょっとしたように部下たちが反応する。そしてぽかんと口を開け、一点を見つめた。
彼が言う先に白樺でできた扉が浮かんでいたのだ。宙に。なんの脈絡もなく



『EUREKA!』


一同の視線を集めるだけ集めると、扉から歓声が上がった。それは蕩けるような美声であった。



◆◆◆


半開きとなった扉から、最初に彼らのもとに届いたのは薔薇の香りであった。
そして舞い落ちる、花びら

美しい脚線を持つ生足。

金細工を身にまとった半裸の女性がするりと舞い落ち、テーブルにタン!と立った。
引き締まったくびれと豊満な上半身をくねらせると神々しくも妖しい動きで
一同を魅了する。その動きは激しく、引き込むようなうねりをあげていた。


「 ああ、我が心の鼓動よ、雷鳴のように響け

最、熱く! 最、美しく! 最、人々を酔わせる躍動を!

天まで届くように!!!!!!!!!!!!!」

そして手を天に伸ばし彫刻のように固まる。

鷹岡は笑みを浮かべ、スタンディングオベーションの構えをとった。
その踊りと台詞は傑作映画『パッション』の一説であり、
それは舞踏を取り扱うその映画の中でも一番の名シーンであったからだ。

狂気に身を任せ、稀代のダンサーが独白とともに踊るそのシーンは
先の告知の際、鷹岡が放った台詞もその寸劇の台詞を模倣したものだった。
つまりこれは

―演出かー

鷹岡はより笑みを深くすると拍手で彼女の演技をほめたたえた。

「合格だ。文句なしの合格だ。さて貴方の希望する役どころはどこかな?
お嬢さん。」

回りくどい言い方だが要するに「あんた誰で何の用」といってるわけだ。
業界人ホントめんどくさい。
その声に半裸の美女は石像の呪いが解けたピグマリオンのように気配を
取り戻すといたずらな笑みを浮かべこう返した。

「『転校生』」
突然の『転校生』ワードにどよめく部下たち。今この女性はなんといった?あの転校生のことか?
「そして「VRカード」を手にした者の責務として場を盛り上げること。それが私のおしごと❤」

ここでぐっと胸の谷間を強調する。たわわな果実の間には緑色のカードが挟み込まれていた。
       ギャフーーん
どよめきを超え、昭和的なリアクションでわななく社員たち。これには彼女も呆れたように腰に手を当てて息を吐いた。

「いやさー、あんだけ派手にカード、バラまいといて自分たちで”そうなる可能性もありうる”とは考えなかったの?ともかく、プロデューサーさんのこないだの演説はなかなかぐっとくるモノだったからね。だからというわけじゃないけど、ふふふふ、遊びにきちゃったわけ☆」

そして彼女はトパーズのような瞳で全員を見つめる。
麝香のような香りを感じ、全身を包み込む。男たちの下半身は我知らず「と金」となっていた。
鷹岡はついに腹を抱えて笑い出した。実にいい、実に面白い展開が転げ落ちてきた。いや、どこでもドアを開けて入ってきたか、まあいい。
彼は機を逃さないよう忠実な秘書にこう命じることにした。

「お部屋にご案内しろ。あとで私も行くから、くれぐれも丁重に、逃げられないようにな」
◆◆◆

進道 美樹は独り、歩を進める。
(まるで大口を開けた大蛇。これが『転校生』。一瞬で男どもをまる飲みにしてしまったわ。)

冷静、けれど極度の緊張を隠しきれていない美樹の背を蜜は面白げに見やる。
その背に手を伸ばしかけるが、ふと手を止めそのまま自分の髪をかき上げた。拍子にイヤリングが揺れ、音が彼女の耳を打つ。

「目的をはき違えるなよ」
「判ってるわ。依頼も果たす、目的も達成する。両方こなさなきゃいけないのが転校生の辛いところよね」

蜜は無音でコロコロと笑った。かくて役者(カード)は全て揃い、舞台の幕は上がることとなる。
最終更新:2017年10月14日 19:58