その日、桜屋敷家主催のパーティに出席した桜屋敷茉莉花は、ホテルからリムジンで帰宅の途につこうとしていた。
車中には彼女のほかに秘書役の女性と運転手と数人のボディガード。
「お嬢様、来週の予定ですが」
「ええ、たしか雑誌のインタビューでしたね」
茉莉花がスケジュール帳を確認する。
彼女にとっては日常の光景だ。
その日も何事もなく自宅に到達すると思われた。
その時だった。
突然、リムジンの目の前に一人の少女が現れた。
シルクハットに真っ青なドレス、それに黒いマントという奇妙な風貌。
その手にはステッキが握られている。
少女に気付いた運転手が慌ててブレーキを踏む。
しかし、もう間に合わない。
激突する―――
そう思われたその時、
少女が片手でリムジンを受け止めた。
リムジンはその重量で少女を押しつぶすこともなく動きを停止した。
少女はそれを確認するとリムジンから手を離した。
「何者だ!」
「お嬢様を狙った刺客か?」
止まったリムジンから屈強な男たちが飛び出してきた。
茉莉花を守るボディガードたちである。
走行するリムジンを片手で止める人間など魔人以外考えられない。
故に彼らは茉莉花を狙った暗殺者の可能性を真っ先に想定したのだ。
「だったら?」
少女が特に表情を変えることなく言った。
その言葉を聞き、ボディガードたちが身構える。
次の瞬間、少女が前方に何かを投げた。
「なんだ?」
その場にいた全員が空中のそれを注視し、目で追う。
「ビー玉……?」
少女が投げたものの正体をボディガードたちが確認した次の瞬間、静寂は打ち破られた。
ボディガードの一人がいつの間にか目の前にいた少女により吹き飛ばされたのだ。
「山田!?」
「き、貴様!!」
仲間を倒され激昂したボディガードが魔人能力で筋肉を肥大させ、少女に殴りかかる。
だが、少女は後方へ宙返りしながら回避!そのまま壁を蹴ると、勢いをつけて前方へ飛び蹴りを放つ!
「ぐわあ」
筋肉が肥大化したボディガードが後方にいた仲間を巻き込んで吹き飛んだ!
残されたボディガードが拳銃を抜き、少女に照準を合わせ、撃発する。
銃弾が少女に迫る。
しかし少女は手に持っていたステッキでそれを全て叩き落した。
「なっ」
そして稲妻の如く接近し、ボディガードの足を杖で殴った!
バランスを崩すボディガード。少女がボディガードの顔面に追撃の蹴りを入れる!
錐揉み回転しながらゴミ捨て場に突っ込んでいくボディガード。
こうして全てのボディガードは少女によって倒されたのだった。
「お久しぶりですね、ナズナ」
いつの間にかリムジンの外に出ていた茉莉花が昔を懐かしむように少女に声をかけた。
彼女に少女を恐れる様子は全くない。
「久しぶり茉莉花」
ナズナと呼ばれた少女は茉莉花の姿を認めると先ほどとは打って変わって、微笑みかける。
「ところでそこで倒れているのは私のボディガードなのですが」
茉莉花が困った様な顔を浮かべる。
「ダメよ、こんな連中。貴女を守るのに役に立たない。私が本当に暗殺者だったら貴女死んでる」
そしてナズナが、気を失った哀れなボディガード達を一瞥すると吐き捨てるように言った。
「そうおっしゃらないでください。彼らも職務を頑張っているんですから」
「知り合いなのですか、お嬢様」
襲撃者と親しそうに話す茉莉花の姿を見て、秘書が問いかけた。
「ええ、可愛川ナズナ。私の古い親友なんです」
桜屋敷家の屋敷の茉莉花の部屋。
今は茉莉花とナズナの二人きりだ。
二人が相対するテーブルの上には、いれたての紅茶が注がれたティーカップが置かれている。
ナズナを部屋に招くにあたって、茉莉花が用意させたものだ。
「本当に懐かしいわ。何年ぶりかしら。あのころはここで一緒によく遊んだわ」
「ええ、そうね」
ナズナがカップを手に取り、紅茶に口をつけた。
「おいしいわ」
「そうでしょう。スリランカから取り寄せたものなの」
ナズナの反応を見て、茉莉花が嬉しそうに笑う。
「でもどうしてあんな大立ち回りを?貴女なら歓迎したのに」
茉莉花が先ほどからずっと疑問に思っていたことを口にした。
「DSSバトル」
「えっ」
思いがけない言葉に戸惑う茉莉花。
「探してるんでしょう。参加者を」
「ええ、確かに桜屋敷家にもVRカードが届いたわ。『最も今回の大会を盛り上げるだろう魔人』に渡すことを条件に。でも、どうしてそれを?」
「風の噂で聞いたの」
「桜屋敷家は世界的なコンテンツになったDSSバトルで対外的に力を誇示するつもりだって聞いたわ。その責任者が茉莉花、貴女だってことも」
「ええ」
DSSバトル参戦のの選手選出にあたって
何故か、まだ高校生の茉莉花が責任者に選ばれた。現当主の彼女の祖父の気まぐれとも言われているが、当の本人が理由を告げないため、真意は不明である。
「私を出して。ちょうどいい機会よ。貴女が選んだ私がDSSバトルで活躍して、貴女が一番当主に相応しいことをアピールするの!」
ナズナが机を勢いよく叩いた。ティーカップから紅茶の雫が飛び散る。
「あっ、ごめんなさい」
「ふふ、大丈夫よ、これぐらい」
茉莉花は笑いながらポケットからハンカチを取り出すと、テーブルに零れた紅茶を拭いた。
「それでDSSバトルに参加するアピールのためにあんなことを?」
「私を知らない人たちも納得させなきゃって思ったの」
その言葉を聞いて、茉莉花はまだ笑い続けていた。
そんなことしなくてもいいのに。
ナズナが望むのなら、誰が何と言おう彼女の望みをかなえようとするのに。
「分かりました。私も貴女と一緒ならうまくいきそうな気がするもの。それにパートナーにするなら信頼できる人がいいわ」
「じゃあ」
「ええ一緒にDSSバトルに参加しましょう」
それが少女たちの戦いの始まりだった。