銀天街 飛鳥 プロローグSS


俺の知る限り、探偵という輩は何かと面倒臭い奴が多い。
世界で“二番目”の探偵と腐れ縁の俺が言うんだから、間違いない。

「かのシャーロック・ホームズがなぜ名探偵たりえたか、わかるかい?」

今日も、依頼人の家に向かうまでの間にこういうクソ面倒臭い質問をしてきた。
……さあな。お前みたいに優秀なおつむを持ってたからじゃねえのか?

「ワトソンという偉大な助手がいたからだよ。
 私にとっての君のようにね、共犯者〈スイートハニー〉」

……それは俺が、ワトソン博士同様に『偉大な凡人』ってことか?

「いやいや。私の活躍を克明に記録し、語り継いでくれるという点が共通点さ。
  それに、言わせて貰えば君はワトソン以上に私を助けてくれているとも」

どうだか。
で、今日の依頼は?

「猫探しだね」

……世界“二番目”の探偵が猫探しかよ。

「依頼に貴賎はないものさ、トリックを暴くだけが探偵じゃあないよ」

事務所にかかってきた電話での依頼だと、飼っていた血統書付きの猫が三日ほど前にフラリといなくなったという。

「しかも首輪に本物の宝石をつけている、ときたからね。
  下手に探し猫のビラを貼るわけにもいくまいよ」

なんともまあ、富豪の考えることはわからん。
猫に小判、豚に真珠、って言葉もあるだろうに。

「そこもまあ、価値観の相違だよ」

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ドアベルがやたらいい音で鳴ってくれた。と言うより、金属音じゃないんだけどな。

「お越し下さりありがとうございます。……ですが、そのう」

豪奢な屋敷で飛鳥を出迎えた依頼人――仮に富豪氏とでもしておこうか、俺が星新一ならエヌ氏とでも呼ぶんだろうが、生憎、著作権――、後プライバシーには煩いこの御時勢らしい。おいおい、なにも俺に文才が乏しいってわけじゃないぜ。

で、肝心の富豪氏だが奥歯にさきイカでも挟まったような微妙なツラをしていた。
その理由は……俺でもわかる。胸元に抱かれた、艶のある長毛の黒猫だろう。

「実は、ちょうど先程ですな、親切な若者がエルちゃんを保護して届けてくれましてな。
 今朝方、近くの公園で見つけた、とのことでして」

どうやら無駄足になっちまったみたいだな。
だが、そうは問屋は卸さないと銀天街はのたもうた。おいおい、探偵なら何て言うんだっけな。そんなに目をキラキラさせるなよ、猫に負けずにキャッツアイってやつか?

「そうですか、それは何より。
  ……ところで、その若者はどちらに?」

 探偵は親しみやすい笑みを忘れずに歩を進める。ついでに、廊下の手すりに施された鳥の細工に目を配ることを忘れなかった。あいつ、種族が人間じゃなくて猫ならぺろりと舌なめずりしてたのか?
 まぁいい。ごく自然にワンクッション、距離を縮めたことになるな。猫のゼロ距離とまでは行かないが。

 上品に撫でつけられた口髭が印象的な富豪氏は玄関口からして客人をもてなすことを忘れない心遣いに満ち満ちていたらしい。猫を両手にお出迎えってのはまぁ置いておこう。
さりげなく置かれた調度品は目を楽しませてくれる。あいつのことだ、最低限情報を入れた程度で肝心要の方向に目を向けてしまう。
鑑定士の世界ランカーで下から数えた方が早い俺の出番だと思ったんだが……、実に残念だ。

「それが奇特にも、謝礼も固辞して帰ってしまいましてな。
 猫好きとしては当たり前のことをしたまでです、とか」

「ちょっとエルちゃんを抱かせてもらっても宜しいですか?私も猫だいすきなんです」
「ええ、構いませんよ。ああでも、丁寧に扱ってくださいね」

遠い目をしているというのか、何も考えてなさそうな目というのか……。
猫にしちゃ随分おっとりした奴のようだな、コイツ。
まあ、富豪の家で不自由なく暮らしてるボンボンだもんな。

「まあ、何もせずに帰るのもなんなので、一つだけ推理を聞いていただいても宜しいでしょうか」

こっから推理パートだ、泣けよ。
「にゃあ」
そっちじゃねーよ。依頼人が変な顔してるじゃねーか。 

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「? 推理ですか? 別に良いですが、一体何を推理したと?」

「お宅の財産が、狙われている可能性が高いことについて、です」

「情報を整理しましょう。
 エルちゃんがいなくなったのは、今から三日前。
 そして、件の若者が猫を保護したのが今朝方、と。

 毛艶が、非常に良いのが引っかかります。

 血統書付きで、しかも抱っこされても嫌がらないほど大人しい猫です。
 そんな箱入り猫が、果たして三日間野良猫と同じ生活環境で
 そのような綺麗な姿を保てるでしょうか?

 そして、先程抱っこさせてもらったときに念のため撫でてみましたが、
 野良猫に襲われたようなケガも一切ありませんでした。

 このことから『エルちゃんは三日間きちんと世話されていた』と考えられます。
 若者の主張と矛盾しますね。仮に若者が世話をしていたのなら、
 なぜ発見直後に届け出なかったのか。やはり不自然です。

 更に、こうしてエルちゃんが御主人の下に戻ったのもいささか不自然です。
 首輪の装飾品の価値や、血統書のついた品種であることが知れるとまずい、ということで
 私に依頼が来たはずなのに、どうしてその若者はエルちゃんがあなたの猫だと
 わかったのでしょうか?
 もちろん、首飾りなどからお宅を連想して連れてきた、という可能性は否定できませんが
 それならば事前に電話確認しかり、もう少しスマートな手段があるでしょう。

 では、なぜ若者はエルちゃんを返したのか?
 そもそも、なぜエルちゃんを連れ出したのか?
 そこを紐解いていきましょう。

 連れ出した、と申しましたが。これは物的証拠がないので断定はできません。
 ですが、箱入り猫のエルちゃんが、これまで脱走をしたことがないのに
 三日前に限ってフラリといなくなったのが『たまたま』とは考えにくいでしょう。

 まず、連れ出す動機としての最有力は『窃盗』、次点は『誘拐』。
 ですが、どちらも返却によって否定されます。
 血統書付きの猫を攫って売り飛ばす、という闇ペット売買犯罪に心当たりがなくもないのですが、
 その場合もちろん血統書自体も必要になります。もちろん血統書はこのお宅に保管されているでしょうから
 猫だけ攫っても意味がありません。血統書の偽造ができるなら、最初からそれっぽい野良猫を捕まえて
 ニセ血統書をつけて売る方が安上がりです。富豪のペットを盗むリスクを冒す必要はありません。

 逆に言えば。今回のエルちゃんの事件は、それだけのリスクを冒すリターンがある、ということです。

 次に、首輪の宝飾品を狙った窃盗――ですがこれもなさそうです。
 見たところ、宝石は間違いなく本物でしたからね。一目見ただけでわかるのか、と申されるかもしれませんが
 私は宝石鑑定においても“世界で二番目”なのですよ」

 そうそう、世界ランカー95982位の俺が言うんだ、間違いない。
 俺は世界で“二番目”の宝石鑑定家と腐れ縁ってヤツだ。
 ああ畜生、長ぇな。依頼人のおっさんも相槌打ったりファビュラス! とか叫んだりしろよ。

 「誘拐の否定は、言うまでもありませんね。それならば失踪直後に脅迫の連絡が来るはずです。
 もっとマイルドに、保護した謝礼をせびる輩もいるでしょうが、それも固辞したとなれば
 一見金銭目当てではないように思えます。

 ですが、先程も申した通り、今回の件はリターンなくして起きえない事件です。
 ではリターンとは何か? 単純に言えば金品でしょう。
 猫一頭や、宝石数個よりも多額の――例えば、この屋敷中の調度品全て、ならどうでしょう?

 ええ、もちろんこれだけの屋敷には相応のセキュリティが敷かれていると存じます。
 ですが、それらを綿密に調査されれば――蟻の一穴は見つかるでしょう。

 当然、屋敷に出入りする人間は厳重にチェックなさるでしょうから、いわゆる引き込み役が
 潜り込むことは困難でしょう。ですが、それがよくよく見知った疑いようのない相手なら?

 そう、この可愛いエルちゃんなら――屋敷中を自由に歩き回る愛玩動物ならば。
 誰にも怪しまれずに屋敷内部を観察できます。
 いえ、エルちゃん自身が操られているとか、偽物とすり替わっているわけではありません。
 仕掛けは、その首輪にあります。でかでかと目立つメインの宝石の横にある、透明な飾り石。
 ちょっと失礼して、首輪を外してみますと…… 隠しカメラです。
 この宝石がレンズの代わりとなって、外部に映像を送信する仕掛けになっています。
 送信先は、賊のアジトでしょう――

 以上、不肖ながら銀天街飛鳥、推理いたしました」

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 で、だ。
 早速敵のアジトの前に銀天街飛鳥様はいらっしゃるわけでございます、よ!
 金持ちの依頼人さんがファビュラス! に加えてマーヴェラス! だのデリシャス! だの叫んでナイスリアクションを返してくれた気がするが、たぶん気のせいだろう。

 そんなことは置いといて、発信機といえば逆探知ってのはもう定番だよな。
 一昔前というか、物語の中の警察さんは何分もかかってたみたいだが、そこは“世界で二番目”の無線通信士さんは最先端の技術を持ってるってわけだな。
 腐れ縁の俺さんが世界何位かって? ほっとけよ。

 「さぁ――乗り込もうか!」
 この「さ」のところを擦過音というか、舌と歯の間で滑らせるように発音すると颯爽さが上がるらしい、「さ」なだけに、な。
 さ、どうでもいいな。

「たのもー!」
 気分は道場破りか、オーナーが夜逃げして三十年くらいたっていそうな廃工場の錆だらけのシャッターをそこだけは礼儀正しくガラガラと上に向けて開けると、そこには――。
男が一人立っていた。  
 スキンヘッド、筋骨隆々、タンクトップにジーパン姿のいかにもな荒事要員、そいつは気負うことなく、腕組みをしたまま、じっと身動きひとつすることなく、ただ視線のみを銀天街に向けて立っていた。

 「帰れ」

 探偵って連中は俗にいう頭の良い人たちだ。
ここで言う頭の良い人は目の前に置かれたリンゴを見た時に。

「青森県」
「Malus Pumila」
「林檎」
「白雪姫」
「椎名林檎」
「Apple」
「iPhone」
「アダムとイヴ」
「ピコ太郎」
「万有引力」
「バーモントカレー」
「Ringo starr」
「ウィリアム・テル」
「キティちゃん」

 と言った連想が働く連中かは定かではないが、頭の良い人よりは頭の悪い俺は目の前のマッチョマンが何者かという調べは終えていた。
 どうやら盗賊団はすでに撤退済み、しんがりの肉体派部下が待ち伏せ、地下闘技の元チャンピオン、わかったかい? パードゥン?

「Merci, je t'aime」

なぜかフランス語で返されたが、それで誤魔化される俺じゃない。それで? どうするんだい子猫ちゃん? 

 「ではね……、どうだい元一位さん、バーリトゥード(なんでもあり)で勝負とは?」

 くいくいと指先で挑発、ここまでの情報は当然、あいつの口から垂れ流し。一方的に知られているってのは辛いものだろうな。いささか瞳の中に乱れが見える。

初手を切ったのはすっかり挑戦者の心持にさせられた、元チャンピオン氏だった。
 無駄口を叩かない、戦いの中で叩くのは己の拳だけだと信じているから。鋼の肉体はよく延びて、斬れ味も抜群だ。魔人の力、世界に俺の手刀は切れ味豊かだと信じさせたと、そう信じ切っているんだろう?

銀の雫(シルバードロップ)が零(こぼ)れる。

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おい? まさか俺の探偵がこの程度でくたばるとでも思ったか?
それはいくらなんでも見くびり過ぎってもんだ。なるほど、挑戦者氏は確かにいい一閃を放ってくれた。だけどな、俺には彼女が銀閃に見える。
銀の髪は天から降り注ぐように、さらさらと揺らいだ。こういうと、雨や嵐より風っぽいな、まぁ早いってことだよ。光の速さの雨があってもいいだろ、天の川みたいで?  

それに、あいつは鋼よりも高価(たか)い女だ。
金よりもありふれていてお高くとまっていないから、金メッキの金メダルよりはよっぽど高級さ。
……他言無用な。こんな臭いセリフ、あいつが知ったら絶対調子に乗るから。 

「私はバリツで戦う。世界で二番目の腕前はお気に召すかはわからないけれど、全身全霊、礼を尽くさせていただくとしようか」

「くくく、これは失礼をした。俺は頭が悪くてな。ふたつより多くの物事は数えられんが、あんたの顔は覚えたぞ」

ぐらりと、男が傾いだ。けれど、無様に転げたりはしない、探偵の言葉を待ちながらゆっくりと耐えていた。

「十一に大別される動機論はすでにたった一つにまで絞られていた。あなたの動機は本当は依頼でも金銭でもなく――」

「そうだ、俺は最強であることを忌んでいた、戦う相手が俺というひとつの人間と隔てるなにか、たったふたつを数える限界として置いておけば、戦いに勝ち続ける限りは世界最強だった。
だが、途中で気づいたのだ。俺は小さな地下という箱庭の中で最強と思い込んでいるだけの井の中の蛙だと。世界二位の力か……遠いな。
やっと世界にたくさん(七十億)もいるということが実感としてわかった気がする。最初からわかっていたさ、俺がちっぽけな世界で虚勢を張っていたことなど」

「それで飛び出してみたはいいが、途方に暮れたところであんな組織に身を寄せていたと。もったいないね」

「ごもっとも。しかしてお前の言うことも後付けの動機だな、くく……」

「真実はひとつでも辿り着く解法はひとつではない。ヘッドロジック、アームロジック……あなたの関節を封じるロジックはたくさんあった、Q.E.D.その4から27まで揃い踏み、あなたは紛れもない強敵でした」

そう、銀天街がバリツによってなし得たことである。
あの一瞬では常人である俺の目では捉えきれなかったことをお許し願いたい。

「そうか……、世界を見せてくれてありがとう。なれるかな、世界一位……?」

「たくさん、がんばればなれるさ。二位から一位に上がるのはちょっと大変だろうから」

男は答えなかった。いや、答えられなかった。
朦朧とする意識は、答えを聞く暇を与えなかったのだ。それが良かったのか悪かったのかまではわからない……。

こうして、いささか消化不良であったが猫探しに端を発した事件の解決パートにおいて、銀天街は一人の格闘家の魂を救うことに成功したのである! いや、なんだこのノリ。

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後日。
探偵は事務所を構えると決まってるが、これが定型美ってヤツなのかねえ。
銀天街に猫の一件の直後に匿名で送られてきた例の、VRとかいうカードの調べが終わったことを告げる。ついでに、運営側の舞台裏ってやつもサービスだ。舞台裏は地獄っていうけど、そりゃあ「奈落」って言われるからか、ん、逆か?

まぁ、世の中には糞みたいな映画は山のようにあるわけだが、その犠牲になって悪魔(デーモン)のようになっちまった人間の方がよっぽど怖いからな、くわばらくわばら。

「やぁ『共犯者〈スイートハニー〉』、ホント君はいい仕事をしてくれる。そう、私にできないことができる、だからこそ私にとってのワトソンなのだよ。ぅわーい!」

やれやれ、仕事は終わりだ。本日は開店休業としゃれこみますか。
ここまで俺の口から少々語らせてもらったが銀天街のいくつかある決め口上のうち、こいつが出てしまった以上はな。これからはオフだ、つまりはプライベートってやつだ。

ヘプバーンなんて目じゃないぜ。
俺の銀幕の妖精のはにゃーんな姿は、今は独り占め。
つまり――カーテンフォールと行こうか。

アンコールがあったらいくらでも聞くぜ?
でもな、今はチラも見せやしない。じゃあな、またがあったらまた会おう。

――閉幕〈カーテンフォール〉

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最終更新:2017年10月14日 20:02