==============
戦場地形『立体駐車場』
枯葉塚 絆 VS 獅子中 以蔵
==============
獅子中 以蔵は怒りに震えていた。
このバトルに至るまでの流れを彼は思い返す。
=
彼はDSSバトル配信者 ―いわゆるディーチューバーの一人である。
今では小学生の夢ランキング1位となった職業ディーチューバーの中でも、
登録者数9位を誇る以蔵は、
当然自分にも今大会のVRカードが届くものと確信していた。
だが、来なかった!
これでは、「お前は大会を盛り上げる器じゃないよプププ」と言われているようなものである。
いや、これだけならまだいい。
きっと運営はいつもと違うメンバーの試合を見せたいのだろうと自分を納得させることもできた。
だが、注目度の高いDSSバトル大会は、
参加資格を得た者たちの情報の一部も随時ネット上にリークされた。
その中に、『枯葉塚 絆』の情報もあった。
職業:女子高校生2年生
VR戦闘経験:なし
現実世界での功績:いくつかの部活でそれなりに活躍
「なんで俺よりこんなどこにでもいそうな女子高生なんだ!」
彼女の情報は以蔵を逆ギレさせるのに十分であった。
そして、行動力の高い以蔵は絆に直接凸したのである。
彼が選ばれなかった理由はこの辺の性格にも起因しそうな気がするが、まあそれは置いておこう。
「おい女、なぜ貴様はVRカードをどうやって入手したのだッ!?」
以蔵の第一声、これである。
「なんだかおうちに郵送されてきたんだよね。なんでだろう」
にこやかに返す絆。君も君でもう少し絡まれてる自覚を持った方がいいぞ。
「フン、貴様自身も心当たりがないのか。
…も、もしかすると、その様子では参加する気があるわけではないのか?」
「うーん、せっかくだし参加しようと思ってたけど、おじさん参加したいの?譲る?」
「なッ!!」
絆としては心からの善意による発言だったのだが、
もとからキレていた以蔵を爆発させてしまった。
こんなに参戦意志さえゆるゆるな子が自分より優先されたという事実が腹立たしかったし、
なにより彼は自分がまだおじさんと呼ばれる年齢だと思っていなかった。
獅子中 以蔵は今年36になる。
「お前のような小娘から施しを受ける気はない。
それに俺はおじさんではない…。
VRカードをかけて、DSSバトルで正々堂々と勝負だッ!!」
「あ、面白そうですね、やりましょう!」
=
そんなこんなで開始されたのがこのプロローグのバトルである。
戦闘場所は立体駐車場。満車状態であり、絆に有利なフィールドと言えそうだ。
「フン、あの小娘、自身の能力も公開してくるとは笑止千万」
絆はバトル開始直前に以蔵に自身の能力を『触れている金属に対する念動力』だと伝えている。
以蔵が有名ディーチューバ―であり、ググったら能力がすぐに出てきたのため、じゃあ私のも教えるねという思考回路の模様。
「DSSバトルが遊びでないことを教えてやろう!能力発動ッ!」
以蔵の能力『自分勝手に改造』は、自分を改造人間にする能力である。
自分が想像しうる改造人間になることができるので、大体何でもできる。ズルいぞ。
「レーダー起動!ハーッハッハッハ!見つけたぞ小娘!その車の影だな!
車ごと蜂の巣にしてくれよウギャーッ!」
自分が攻撃する前に絆から銃撃を受ける以蔵。
「クソッ、何故俺の位置がッ!?」
お前が自分から近づいた上に大声で叫んだからだよ。
「それに金属曲げの能力でなぜ銃撃がッ!?」
これには解説をしておこう。そのためのプロローグだし。
繰り返しになるが、絆の能力は『触れている金属に対する念動力』である。
自身から離れてしまった金属には念動力を働かせることはできない。
だが、自身から離れるまでは、自由自在に金属を操ることができる。
金属を一方向にすごい勢いで『伸ばし』、その先端を『切り離す』ことで、銃弾を飛ばすような芸当ができるのだ。
これを繰り返せば擬似的な散弾銃である。
今回は車のボディを『弾』として飛ばしたのだ。強い!
「俺自身の体表も強化金属に置換していなかったら危なかった…
あと、あの小娘、思っていたより全然容赦がない…」
慌ててその場を離脱する以蔵。
それなりに戦闘経験のある以蔵は、絆の銃撃のロジックを見抜き、一旦距離を取る。
絆の能力の条件が触れている金属なのだから、途中に障害物を挟めば銃撃は受けない。
あとは自身の能力でホーミングミサイルあたりでも射出しつづければ、一方的な展開にできるはずだ…。
以蔵はそう思考しながら、自身の能力で生み出したレーダーを注視する。
「絆の位置は変わっていないし、俺との間には何台も車がある…。
フン、これなら俺の間合いだぜ…、うん?」
レーダーは、この階にある以蔵と絆、そして車の形を正確に映している。
そのレーダーに、車同士を結ぶ謎の線のようなものが表示されているではないか。
「ハッ、まさか!ヤバいッ!」
叫んだ直後、フロア中に金属音が響き渡る
その階にあった車全てが鋭い刃を四方八方に生やしていた。
以蔵はダメージを受けながらも、自身の脚をジェット噴射できるように改造し、駐車場の外へと緊急回避する。
たまたま窓際まで移動していたことが功を奏した。
「車から車に金属を伸ばして『接続』したのか…」
そう!絆は自身に触れている金属しか念動力を働かせられないが、
手元の金属を伸ばして他の金属に『接続』すればその金属も対象となるのだ。
これを繰り返すことで、絆はフロア中の車を一つの金属にまとめた後、縦横無尽に刃を生やす変形を行ったのだ。エグい!
以蔵のボディの固さと、緊急回避が揃っていなかったら彼は貫かれて終わっていただろう。
「認識を改めよう、小娘。いや、枯葉塚 絆!」
以蔵は駐車上の上空でホバリングをしながら叫ぶ。
改造人間であるからこその飛行能力だ。
「貴様は単純に強い!だからこそ、敬意を払って俺の全力を持ってお相手する!チャージスタートッ!」
以蔵の必殺技!『フルチャージオーバーレイジウルトラビーム』!
チャージに時間は必要だし、名前はダサいが、あたり一面を焼き払うまさに最終決戦兵器である。
1分間チャージしきれば駐車場を丸ごと蒸発させることができるほどの威力を持つ。
飛行能力を持っていない相手ならば一方的に敵を蹂躙する以蔵の十八番だ。
だが、絆は飛行能力を持っていないのだろうか?
答えはもちろん否である。
触っている金属を自在に操れるのならば、自分が触れている間なら、当然浮かすことだってできる。
以蔵は見た。
車を魔法の絨毯のように繰る絆を。
彼女は、そのまま以蔵へと突っ込み、
そして彼へと手を伸ばした。
=
枯葉塚 絆 ● - ○ 獅子中 以蔵
=
「いやー、負けちゃったー。やっぱり強いね」
「フン、当然だ枯葉塚 絆」
結局、勝利したのは以蔵であった。
絆が以蔵に触れて、彼自体を『曲げよう』とする直前に、
以蔵は自身の強化金属と化していた体を強化プラスチックに改造し直し、
絆に生まれた隙をついてゼロ距離の状態でビームを放ち彼女を蒸発させたのだ。
「はい、約束のVRカード。どうぞ」
「――不要だ」
「?」
以蔵は勝利したにもかかわらず、渡されたVRカードを突き返す。
「貴様、VRバトルは初めてだったのだろう?」
「うん」
「能力にかまけた戦いだったが、それでも十分に素質は感じた。
たしかに、お前は大会を盛り上げる一人になりうるだろう」
「ふーん、そうなのかな?」
以蔵は能力も強いし、経験もあると自負している。
その自分を初戦でここまで追い詰めたのだ。
そして、なにより――
先の試合の視聴者からのコメントをチェックしたら、
以蔵がなんだか叩かれていたからだ。
『おっさんより、能力強くて可愛い女子高生が大会に出た方がいい!』
『最後、キズナたんのおパンツ見えてた!』
『以蔵はいい加減自分がヒールだってことを自覚しろ』
以蔵は少し泣きそうになったが、グッとこらえた。
「貴様が選ばれたのには、それだけの理由があるのだろう。
その力で、大会を大いに盛り上げて見せろ」
「ありがと。優しいんだね。
頑張ってみるよ、お兄さん」
彼女は、大会で頑張ってみることをぼんやりと決意する。
彼女には変えたい過去があるわけではない。
莫大な賞金を必要とする理由もない。
ひたすらに戦いが好きだという訳でもない。
それでも、彼女はこの大会を全うすることに決めた。
その理由を彼女は言語化できないし、する必要もないのだろう。
絆は微笑む。
VR空間の中の話とはいえ、自分を蒸発させた相手に向けてニコニコする絆を見て、
以蔵は長く溜息を吐いた。