珀銀 プロローグSS


二人の女性が対峙している。
小さな部屋に、姿見の鏡だけが置かれている。

一人は、地に着かんばかりの長い銀髪を揺らし、背と腰にそれぞれ剣を納めている。
背の剣は巨きく――彼女の髪ほどではないが――女性が振るうには重すぎるように見えた。
しかし、この大剣を背負いながら悠々と歩く彼女の姿を見た者は、それを軽々と振るう姿を想像することは難くないだろう。
また、右の腰に収めた剣は細く、美しかった。彼女の貌ほどではないが。

もう一人は――


1.

二人の男女が対峙している。
大きな部屋に、高級そうな椅子が二つと、机が一つ置かれている。

一人は、長い銀髪に、二本の剣を納めた姿が特徴的な、凛とした女の魔人だった。
もう一人は――

「これがVRカードです。これを貴女に、珀銀さん。」

静寂を破って先に口を開いたのは男の方だった。
あの日、モニターで見た姿とはずいぶん違うな、と珀銀は思った。
柄にもなく心を震わされた、あの熱狂的な姿とは対照的に、目の前の男――鷹岡 集一郎――は静かに微笑んでいる。

「鷹岡……社長。あの、一つ聞いてもいいでしょうか。」
「鷹岡さん、でいいですよ。ハハハ。答えられる範囲の質問ならば何でも。」
「私のような無名の魔人を、どうやって見つけ出したんですか?いえ、参加できるのは本当に嬉しいんですが。」
「貴女の一族とは昔から親しくさせて頂いていまして。ちょうど面白いことが起こりそうだと思ってね。」

鷹岡が白い歯を見せて、ニカッと笑う。

「それに、学園での貴女は決して無名ではなかったでしょう?私は面白いことなら何でも興味があるんですよ。」

珀銀の一族は弱い、少なくとも彼女自身はそう思っていた。
だからこそ、中学を卒業してすぐ、東京の有名な魔人学園に入学をした。
死と隣り合わせの毎日は楽しかった。
あの場所でなければ、剣をここまで高めることはできなかっただろう。
そして――

「私は、一族の中で一番強い自負はあります。""彼女""よりも。」

そう思うこともできた。

「ハハハ!面白いですね。それならばすぐに倒して、一族を乗っ取ってしまえばいい。
しかし、そうしない理由と、貴女がこの戦いに出たがる理由が繋がらない。
貴女の望み、聞かせてはもらえませんかね?」

「私は――」


2.

二人の女性が対峙している。
和の装飾に囲まれた部屋は、全て木で作られていた。

一人は、長い銀髪に、二本の剣を納めた姿が特徴的な、凛とした女の魔人だった。
もう一人は、幼子のように若く見える、着物姿で黒髪の女の魔人だった。

「これが最後です。""開祖""様。次は私が戦う、と言って何年が経ったんですか?」
「おぬしにはまだわからんのだ。この世には機運というものがある。」

5年前――東京の魔人学園に入学する直前――と何も変わらない答えが返ってきて、珀銀は閉口した。
確か、「私たちの一族は、どの戦いでも捨て石になるのが関の山でした。そろそろ名を挙げる時なのではないですか?」と詰め寄ったのを、昨日のことのように覚えている。

「わかりました。この珀銀が、一族の生き様を世に知らしめて参ります。」
「待て。わしらの役目は""影""。世に出ることは――」

聞き終わる前に、珀銀は剣を抜いた。
背の大剣を右手に握り、切先を対面する黒髪の女の首筋に突きつける。
直後、左手が彼女の着物を掴んだ。木の部屋と繊維が融合を始め、黒髪の女の足を拘束している。

「くっ、『螺旋眼』……。」
「先程、私は『これで最後』と言いました、""開祖""様。私を止めたいならば実力しかありませんよ。
その""魔人を生み出す能力""だけで私に勝てますか?貴女が魔人を作る速度よりも、私がその雑魚共を殺す速度の方が上です。」
「ぬうぅ……。」

今度は、黒髪の幼子が閉口した。

――その一族は、弱かった。
弱い故に、守られていた。
そして、""開祖""が絶対であった。
今、この瞬間までは。

「この眼だけは感謝していますよ、""母上""。また近いうちに戻ります。」

「殺すために戻る」という言葉を飲み込んで、珀銀は故郷を後にした。


3.

二人の女性が対峙している。
小さな部屋に、姿見の鏡だけが置かれている。

一人は、長い銀髪に、二本の剣を納めた姿が特徴的な、凛とした女の魔人だった。
もう一人は、姿は見えないが、確かに""いる""。
姿写しの鏡を前に正座をした珀銀は、もう一人の自分と対話をしていた。


「白艮、私はやるよ。一族を終わらせる。」
(珀銀、でも――。)
「不老不死のババアから、あんな風に生まれてきた魔人たちを""一族""だなんて……。
外の世界で他の一族を見てきた私には耐えられないよ。」
(でも、殺さなくなって。珀銀が悪い人にならなくてもいいんだよ。静かに暮らしていければ――)
「ちがうんだよ、白艮。一族を滅ぼしたい、それもあるんだけど。
私はあの大会に出てみたいんだ。強い人と戦ってみたい。それで死ぬんだったら、いいの。」
(私もいいよ。珀銀が死んだら、私も一緒だから。)
「ふふ、ありがとう、白艮。
でもね。もし優勝できるんだったら、あの愚かな一族が数世紀に渡って存在して、私が生まれたことをみんなに知ってほしい。
そのことを世に知らしめてから、ババアとあいつらを全員ぶっ殺して、新しい一族を作りたいの。」
(そう……そうなんだ。珀銀が決めたことなら止められないな。)

それから二人は少し会話をし、白艮が眠ったことを確認して、珀銀は鏡から視線を外した。


「ありがとう、優しい白艮。いつか、あなたを産んであげる。」

VRカードを握りしめ、珀銀は闇の中、一人微笑んだ――。
最終更新:2017年10月16日 21:09