女の子って何で出来てる?
お砂糖、スパイス、いろんな素敵。
そういう物で出来ている。
と、昔の人は歌ったらしい。
それなら、僕を作っているのも、きっとそういう3つなんだと思う。
ただ、僕はそれにちょっとだけ修正をしたい。
僕っていったい、何で出来てる?
お砂糖、スパイス、二つの素敵。
素敵なおまじないと、素敵な……
* *
「さあ、それでは今週のピックアップ!今回は下位リーグの模様をハイライトしまーす!」
トップランカーの試合に向けたコメンテーターたちの論評が一段落し、甲高い声のアナウンサー(いや、タレントだったか?)が脳天気な明るさの声色で告げた。
リーグやランキングの変動、注目度の高い試合のダイジェストを流すこの情報番組は、やはりC3ステーションが提供するコンテンツの一つだ。
「今回フォーカスを当てるのはこの方!F-リーグ85位、現役女子高生ファイター!恋語ななせ選手!」
アナウンサーの背後のディスプレイに、歯を食いしばって走る一人の少女の姿が映し出される。
「デビューから対戦成績0勝26敗1引き分け――うーん、やっぱりただの女の子にDSSの壁は厚いのかー?では、試合の様子をご覧頂きましょう!」
* *
戦いはいつだって命懸けだ。
そりゃあ、VRだってわかっているけど、それでも幾度か体感した死の感覚は本物だ。死んだこと無いけど。
緊張をほぐすおまじない。かかとを三度、つま先を二度、オレンジ色のシューズで地面を打ち立てる。
深呼吸を三回して、ハーフアップにまとめた髪をキャロット・オレンジのバレッタで留める。
オレンジは今日のラッキーカラー。きっと僕に力をくれる……。
「筈だったんだけどなあああああ!!」
走っていた。
容赦なく走っていた。
緊張をほぐすおまじないを実行してからしばらく後。女子魔人陸上部県4位のスペックを遺憾なく発揮しながら、ななせはショッピングモールを駆けていた。
「違うじゃん!聞いてた話と全然違うじゃん!ネコを操る能力だって話だったじゃん!」
ネコを操る能力。
今回の対戦相手、猫柳カズモチの能力、《ワン・オー・ニャン》の事である。
過去の試合の映像だってもちろん事前に確認した。
アメショ三毛猫ボブテイル、種々様々な猫が入り乱れる微妙にファンシーな絵面だったのを覚えている。
しかしどうしたことか、今回ばかりは勝手が違う。
悪態をつきながら走るななせの背後に、迫る影があった。
「―――ライオンじゃねえか!!」
ライオンだった。
「食肉目ネコ科ヒョウ属アンゴラライオンじゃん!」
食肉目ネコ科ヒョウ属アンゴラライオンだった。
「本当に本当に本当に本当にライオンじゃん!!」
近すぎちゃってどうしよう。
「いやわかる!わかるよ!?ネコじゃなくてネコ科を操る能力なのね!?
そりゃあるだろうさそういう能力も!でもココじゃなくない!?F-リーグとかじゃあ無くない!?!?もっと華々しい舞台で活躍しなよ!」
「先週ようやく密輸に成功したんだ」
ライオンにまたがる猫柳が答える。
「おまわりさーーん!ここにワシントン的な条約に喧嘩売ってるやつが居ますよー!!」
無論助けは来ないし警察も来ない。現実は非情である。
問答を繰り返し、逃げに徹しながら、しかしななせは諦めていなかった。
ライオンが通れないほどの狭い通路を選び、煙幕を炊き、猫用のおもちゃを投げつけ、時間を稼いで機をうかがう。
「(あと少し……あと少し!)」
振り向きざま、猫柳に向かってナイフを投げつける。
苦もなくライオンに叩き落された。ですよねー。
というか、ナイフ前足で弾くってライオンに許される動きじゃなくない?
ずるくない? ない? これも能力の内? そ、そっかー。
… … …
「……さて、鬼ごっこもここまでだ」
ななせは逃げた。走り通して逃げも逃げたり。
合間合間で嫌がらせのようにあの手この手で足止めをし、兎にも角にも逃げ通し
そして、万策が尽きた。
壁際に追いつめられたななせに、猫柳はせせら笑う。
ななせは息を切らせて、ライオンと猫柳を睨みつける。
「やれ」
能力を警戒したのだろう。それ以上の問答はしなかった。
短い指示とともに、ライオンがななせに躍りかかる。
あわやスナッフムービー!此処から先は年齢制限つき有料コンテンツとなる有様だ!
「(あっ、ダメかなー!)」
ここでぎゅっと目を閉じてしまうのが、ななせの戦士ならざる由縁であった。
けれども、来るべき衝撃がいつまで経っても来ない。ななせはおそるおそる目を開ける。
「……?」
目の前のあったのはライオンの大きな顔。すこしたじろぐ。
けれども“それ”が、甘えるようにのどをならして顔を擦り付けてくるのだ。
猫柳は、不可解さと焦りを顔に貼り付けながら何事かを喚いている。
「何をしている!早くそいつを食い殺せ!」
……ああ。
ななせはここに来てようやく理解した。
「せっ……」
“30分間走り続ける”
「成功してたー!
【ライオンに懐かれるおまじない】!」
プロローグから先に読んでいる読者のために、今一度ななせの魔人能力を説明しておこう。
彼女の能力の名は『エンゼル・ジンクス』。
その能力内容は、大雑把にいうと『願いをかなえるおまじないの方法を思いつく』というものである。
おまじないを完遂した場合の願いの成就率は100%! どんな無茶な願いであってもおまじないを完遂さえすれば確実に叶うのだ。
ただし、願いの内容とおまじないの内容、難易度は必ずしもリンクしない。
今回の場合、【ライオンに懐かれるおまじない】の内容として要求されたのが、一見無関係な“30分間走り続ける”という行為だった、という訳だ。
つまり。
「形・勢・逆・転!《ワン・オー・ニャン》破れたり!」
こっちはまあまあ負傷してたり走り通して死ぬほど疲れていたり素の身体能力の差が不透明だったりちょっと逆転とは言い難いがさておく。
こういう時は、勢いなのだ。
ほら、相手を呑むとか、大事だし。でもライオンがいう事聞いてくれたらラッキー?
「わはははーー!これは僕勝っちゃったかなー!今日こそ初勝利かふぎゃん!?」
調子こいたななせのことばをさえぎったのは、やはりライオンだった。
押し倒し、じゃれつき、顔を舐めたりもする。
「あ、痛い痛い痛い舌がネコ科だこれねえちょっと待っていま良いところだからちょっと待って後でいっぱい遊んだげるからちょっと待ってねえ聞いてるかなあ痛たたた
たさては力加減とか出来ない子だな君懐かれるのうれしいけどこちとらか弱いホモサピエンスだよちょっと待ってねえねえねえぎにゃーーーーー!!?」
能力は成功し、恋語ななせはライオンに懐かれた。
そして、それだけだった。
○猫柳カズモチ VS ●恋語ななせ
33分18秒
決まり手:ねこじゃらし
* *
「はい、というわけで恋語選手、初勝利ならず!いやー、惜しかったですねー」
「能力は強力なんですけどね。使いこなせば彼女は伸びるかもしれませんよー。意外とファンも多いんです」
ポップなBGMをバックに、コメンテーターたちが好き勝手に論評を交わしている。
ため息をつきながら、進藤ソラは動画を終了させた。
「ひどい味だわ」
誰もいない部屋で、ソラはひとりごちた。
恋語ななせ。
彼女は窮地において諦めない、何度負けても曲がらない。
少女をそこまで強くするものなど、そうそうあるものではない。
ひと目味わっただけでわかる。彼女は……
恋のために、戦っているのだ。
* *
「あーうーうー」
ごろんごろんごろん。自室のベッドの上で転がる、転がる。
「まーたー負ーけーたー。
ライオンに懐かれるおまじないは悪くない考えだと思ったんだけどなー。
まさかライオンが懐くだけで人を殺せるとは思わなかった。ぐう」
まだぐうの音が出るあたり、心の底から参ってはいないんだろうな、と自己診断する僕。
それはそうだ。参ってしまったら、僕の一番の願い事が叶わなくなっちゃうもの。
「うん、今回の負けは負けとしてきっちり反省するとして。
次こそは勝つぞー! そして願い事をかなえるぞー!」
勝つ、と、願い事をかなえる。
その二つが別であることに、僕はあえて自己ツッコミを入れなかった。
つっこんだら、その辺の世知辛い現実を受け入れなきゃいけなくなっちゃうものね。
僕の魔人能力の名は『エンゼル・ジンクス』。
能力内容は、『願いをかなえるおまじないの方法を思いつく』事。
おまじないを完遂した場合の願いの成就率は100%。
ただし、願いの内容とおまじないの内容、難易度は必ずしもリンクしない。
例えば、【ライオンに懐かれるおまじない】の内容が、“30分間走り続ける”であるように。
例えば、【恋を叶えるおまじない】の内容が、“DSSに出場し対戦相手を殺す”であるように。
諦める事は許されない。
何故なら、諦めた瞬間、その願いは叶わなくなってしまうから。
それが、『エンゼル・ジンクス』の数少ない制約。
だから、僕は絶対に諦めない。
諦めないで、恋を叶えるんだ……!
「さて、そうと決まったら次のおまじないっと!」
* *
僕っていったい、何で出来てる?
恋語ななせって、何で出来てる?
お砂糖、スパイス、二つの素敵。
素敵なおまじないと、素敵な恋。
そういうもので、できている。
<恋語ななせプロローグ:了>
<ななせの恋物語:未了>