裏見 ハシ プロローグSS


岐阜県X地区!ここは昔から大した集落もなく、昭和中ごろに作られた林道が一本走っているだけの辺鄙な場所である。しかし、この道をしばらく進んでいったものは、その規模に似合わない豪勢な屋敷に目を奪われることだろう。その屋敷の表札にはこう書かれている…「裏見」と!

時刻は午前7時、屋敷の屋根の頂上には、避雷針にも似た銀色の針が刺さっている。そして針を両足で挟むようにして、美しい黒髪の少女が立っている。彼女は裏見ハシ。彼女の一族は、1000年もの間、ここ美濃の魑魅魍魎共を従えてきた妖怪の中の妖怪である。上に立つものとして、それ相応の実力を兼ね備えてなければならない…。この行為は、実力を維持するための修行の一つであり、また彼女の日課であった。
「ん…。」
彼女は目下の庭に目を見やり、そこに一人の人影を確認した。彼女につきそう従者の一人である黒天狗のムシカヤだ。
「そうか、もうこんな時間か~。キンメダイの煮つけ、おいしそうだなー。」
彼女は屋根の上から降り、居間に向かう。ムシカヤからハシへの情報伝達に言葉はいらない。ハシからムシカヤへの情報伝達に言葉はいる。裏見ハシの一族は心の中を『視る』ことができ、それによって勢力を拡大してきた。一族の中にはこの能力を忌み嫌ったものもいるらしいが、彼女自身はそんな事などみじんも考えなかった。確かに自分への悪意、悪口、愚痴、(そしてまれに淫考)は痛いほど聞こえてくるが、それは彼/彼女が知性を持つ存在である限り仕方のないことであり、そのようなことで気に病むことというのは馬鹿馬鹿しいと感じていた。

午前9時。朝ごはんを食べ終えたハシは、配下の妖怪たちから送られた種々多様な書類に目を通していた。内容は多種多様である。例えば、霊脈の管理、保護。300年前、様々な理由で絶えた霊脈管理の神職たちの代わりにこれを管理し始めたのが始まりであり、今では妖怪たちの専門職となっていた。それらの一つ一つに目を通し、最適な返答を送るのも、上に立つものの責務である、と彼女は思っていた。だがしかし、この瞬間だけは違った。彼女の庭、綺麗ではないが整った庭に、二本の狐尾を伴った妖狐が落ちてきたのである。犬山城の霊脈管理を任されていた信頼のおける配下、佐賀峰エイネである。

午前10時。ハシはムシカヤの運転する車に乗り、犬山城へ到着した!犬山城…江戸時代からその形をとどめている由緒ある城。その不変性が地下の霊脈にあることはその筋の人々には有名である。しかし今、その城は、原型をとどめぬほど変形してしまっている!エイネの思考波が伝えたその城の惨状はすさまじいものであった。天守はいわゆる逆ピラミッドのような形に変形し、屋根にあったシャチホコは巨大化し人を襲い始めた。幸いにして平日の早朝であったため、観光目的の人は少なく、エイネの手で逃がすことができたが。巨大シャチホコと相まみえる形でエイネは大ダメージを受け、緊急ペンダントでハシの屋敷にワープ、そのまま意識を失った。今現在、そこで妖怪医師の施術を受けている。予断を許さない状況だ。
「誰なのかわからないけど…!私に勝手無く暴れる奴は!心の奥までズタボロにする必要がある!ムシカヤ!お前はそこで待っていて!万が一犯人が逃げた時のために、そこで待ち伏せておくのよ!」
そう言って、ハシは犬山城天守へ向かった…元凶を倒すために…
「ふん…元凶さんも何思ってうちの主が手を出すようなことに手を出したんだろうねぇ。勝てると思って手を出したんなら、…とんだ馬鹿野郎だねぇ。」
ムシカヤは独り言ちた。

「なんと!」
ハシは驚いた!犬山城の内部は、恐るべき霊脈的撹拌によって迷路と化していた!そしてその後ろからは!
「ガララオーーン!」
何ということだ!エイネを戦闘不能に追い込んだ巨大シャチホコが!二対あるシャチホコのもう一つはこの迷路内に忍び込むものを撃退するシステムとして働いているというのか!攻撃を食らえば大妖怪であるハシでもただでは済まないだろう!
「うおおー!」
ハシはシャチホコから逃げるようにして、迷路の道を行く!
「素直に解いてる時間なんてないわね!」
いや行かない!ハシは迷路を直進し、そのまま壁を勢いでパンチ!破壊!パンチ!破壊!破壊!破壊!破壊!
妖怪である裏見ハシには強靭な体が備わっているのだ!

犬山城天守五階。そこでは一人の仮面をかぶった男が座禅を組み、よどんだオーラを放っていた。彼の名は伊井田イチロウ!犬山城を変形させた元凶にして、DSSバトルの参加者の一人!彼は今後の戦いに備えるため、犬山城の霊脈パワーを吸収し自分のものとしていた。彼の願い、それは退魔士として名高い伊井田家の跡継ぎを、忌まわしき末弟サブロウから奪い返す事!DSSバトルの優勝者に与えられる莫大な資金と過去改変権があればその達成は容易いと踏んだ彼は、何としても勝利するためにこのような蛮行に及んだのであった。彼は想像し、愉悦する。跡継ぎに返り咲く自身の姿とその座から蹴落とされるサブロウの無様な姿を。ゆえに、その思考を妨げる乱入者を激しく侮蔑した。
「ふん…何だと思えばその気…妖怪の類か。」
「そういうあなたは退魔士の類?確か、伊井田家のイチロウさんだよね?粗暴な態度によって親から勘当されたっていう…」
敵に対抗するためにはまずよく知れ。ハシは自分たちに対立する位置にある退魔士、陰陽師、戦闘僧侶の名前と顔、声を可能な限り覚えるようにしている。
「俺を怒らせようとしても無駄だ、裏見ハシ。お前ら妖怪の格の大小など、俺にとってはみな同じ。簡単に足蹴にできる弱敵だ。」
そして、イチロウも落ちぶれたとしても名家の一人。ハシのような格の高い妖怪は嫌でも覚えている。
「殺す」
イチロウは背負った槍を取り出し、迅風の勢いでハシに突撃する!ハシは済んでのところで横に飛び、攻撃を回避するが、回避の反動でわずかに隙が生まれている!その隙を逃さないよう、イチロウは壁を蹴り、シームレスに次の攻撃を繰り出す!
更にイチロウはある事柄を確信していた!
「やはりか!彼女は顔が隠されると心が読めない!」
これに気が付いた時、彼は心の中で感謝した!自分の運命に!もともとこの仮面はイチロウがこの犯行で誰に見られてもいいように用意した仮面であり、普段から使用しているものではなかった!それが今!このような形で役に立とうとは!天運を確信した彼は槍を突きだし、今だ先の攻撃の回避行動で隙を生じさせているハシへ致命的な一撃を食らわせる!と見せかけ!その勢いで一回転!頭上より回転蹴りを食らわせる体勢に入った!大きな回避行動を制限されたハシが行うであろう最小限の間に合わせの回避、『しゃがみ』を叩き潰し、確実にダメージを食らわせるための一手である!
「ふ…」
回転蹴りの態勢に入っていたイチロウは、上向いたハシの口角を見てはいなかった。とはいえ、例え見ていても避ける暇はなかったであろうが。ハシはわずかに体をそらし、イチロウの足首を掴める位置にその上肢を移動させた。
「ぜいやっ!」
「えっ」
ハシは彼の回転エネルギーを逆に利用し、彼を回し投げた!全身骨格複雑骨折!
「ふん…貴方が思っていること、当ててあげる…『仮面越しでは心を視れないはずなのに』、でしょ?」
ハシはゆっくりとこちらへ向かって来る。無論、全身を複雑骨折した人間であるイチロウに、逃げるすべはない。
「確かに心は視れないけど、こう何十年も妖怪やってちゃあ…人の行動なんぞ経験で分かるのよ。」
イチロウの目の前に立ったハシは、ゆっくりとほほ笑んだ。
「殺しはしないけど、辱めは受けてもらうわよ。」
その日、C3ステーションから、一つのアカウントが消滅した。

「ねえ、ムシカヤ、DSSバトルって知ってる?」
ハシは一枚のカードを見せながら、ムシカヤに質問する。
「いや、聞いたこともないねぇ。」
ムシカヤは答える。最もハシは質問を訪ねた時点で分かっていたが、話を振ったのは自分の方からなので、きちんとムシカヤの返答を待ってから言葉を返した。
「この前のイチロウって奴を倒したときに懐から落ちてきたの。なんでもVR空間で戦闘を行って、一番勝ち数が多い参加者に五億円の賞金を与えるんだって。で、これが参加証のカード。」
「…と言うと、イチロウは戦力を高めるために犬山城の霊脈を利用したんかぃ。クズだね。」
「いや、実はまだ続きがあってね…それとは別に、一番人気があった参加者には…」
ハシは参加者のみが知っている秘密の報酬の事を話した。
「ふうむ…そりゃ確かに欲しくなるわ。しかし何だい、主様はそれに参加して何を願うつもりなんだい。」
「ふふ…あの騒動で結構な被害がこっち側にも出たからね。エイネも、今は落ち着いたけどまだ傷は癒えていない。そこで私は考えた。『この大会にそんな豪華な賞品がなければ』って。」
「ほう、つまり」
心が視れぬムシカヤでも、彼女の目的は理解できた。
「私が願うのは、この大会の根幹をなす、過去改変魔人能力者の消滅だ。」
最終更新:2017年10月09日 20:42