矢が空気を斬り裂く音はとても心地良い。
一瞬の余韻の後、トンという音と共に的に突き刺さった。
「お見事です、根鳥先輩!」
タオルを差し出しながら女子部員が笑顔を見せる。
「だろォ~?伊達に副部長やってるワケじゃないって信じてくれた?いやあ、口だけじゃないんだよ、俺は。まあ部長には全然及ばないんだけどね」
「またまたァ。副部長が朝早く来て練習頑張ってるのは部員一同知ってますよ」
「あ、あれェ?知ってたの?みんな?」
「そりゃそうですよ、大会も近いですし。いつもそうじゃないですか何でバレてないと思うんですか」
「いや、まあね。良い新人も入ったしさ。油断してるとレギュラー落ちしそうじゃん?それだと副部長的に滅茶苦茶格好悪いでしょ。後輩からのソンケーなくなると俺、寂しくて死んじゃうぜ?俺の指導受けてくれる女子が居なくなると何の為に弓道やってんのか解んなくなるからさァ」
「おい!根鳥ィ!そういう事言うから威厳がねーんだよ!真面目にやってるだけなら良い話だったのによ!」
「あ、部長。でも、事実なんでェ!さーせん!でも俺の指導エロくないっすから。ちゃんと男子にも教えてますし!」
「えー?でも根鳥先輩、女子の方優先するでしょー」
「当たり前だろ!むさ苦しい男子より可愛い女子だよ」
後輩たちがどっと笑う。
「いやあ、大声出したら喉乾いちゃったよ」
俺は財布を取り出すが。
もちろん俺の財布には殆ど現金は入っていない。
「あ、ありゃ?ジュース代もねーのかよ。困ったな」
とチラリとタオルを差し出してくれた後輩女子を見る。
この子は普段から練習を見てやっているし色々と世話を焼いてる事もあって俺の事を慕ってくれているのが目に見えてわかる。
「スマン、加藤ちゃん!一生のお願い!スポーツドリンク代貸してくれない?」
女子部員の瞳が一瞬グルグルと渦を巻く、これが見えるのは俺だけだ。
「もう、またですか?先輩の一生って何度目です?」
女子部員が呆れた笑いを浮かべながら当たり前のように差し出す五百円玉を受け取り俺は申し訳なさそうに笑う。
「わりィな!また今度練習見てやるから」
「約束ですよ?本当に先輩はお金にだらしないのがなければ完璧なのに…」
「マジで、サンキューな。加藤ちゃん愛してる!」
「もう!」
これで朝飯は問題なく食える。
俺の魔人能力に気付く奴はいない。
「よぉ!根鳥、こないだは課題ノート見せてくれてありがとよ」
「おう!よかったな、じゃあ昼飯代貸してくれ」
「あ、根鳥。相談乗ってくれてありがとう。おかげで彼女とも上手くいったよ!」
「いやいやいや、それくらい何ともないって!それより課題のノート貸してくれてありがとな!めっちゃ助かるわ」
「根鳥くん、彼がちゃんと私の話聞いてくれたの。今度デートに行くんだ。やっぱりちゃんと話してみて良かったよ。アドバイスありがと~」
「だろォ~?じゃあ今度俺ともデートしない?いや、嘘だよ?う~ん、その漫画読んだら貸してくれない?」
好意には対価を。
俺からは与えられるすべてを。
大丈夫、俺の愛は無限だ。
「お~い、根鳥~。なんか木下生徒会長から呼び出しだってよ。ま~た何かやらかしたのか?」
せっかく帰ろうとしてたのに呼び止めるかよ~。
こいつはクラスメイトで生徒会の役員などもやっている、マジの良いヤツだ。
「マジで?心当たりないんだけどなあ。帰っちゃダメ?」
「ダメだよ。なんか良くわかんねえ事ブツブツ言ってたからスルーしたら後でヤベー感じ。ホントに何やらかしたのさ」
「うーん、なんだろ。会長に借りた金返さなかった事?でもそれくらいじゃなあ。あ、ちょっと他校との喧嘩に魔人ヤクザの力を借りた事かな。いやー、大した事ないっしょ。普通普通。後は~…」
「いや、それだよ!どう考えてもそれだよ!根鳥の人脈がすげーのはわかるけどヤクザはヤバいって」
「そうか?うちの卒業生のうち何%かは魔人ヤクザになってるし今回力を貸してくれたのも去年卒業した先輩だぜ?」
「いやいや、空手部が他校と揉めて怪我人出たってアレ。お前の仕業かよ!そりゃダメだよ」
「いやあ、ウチの女子がタチの悪い不良に絡まれてたら助けなきゃって思うでしょ?俺だけだと不安だからさあ。うちの武闘派の運動部って言ったら空手部だし。それだけじゃヤベーかなと思って先輩にも力借りたんだけど、ダメ?」
「いや…。それはマジで言い訳できんわ。俺も擁護のしようがねえよ。まあ根鳥なら停学とかも何となく免れそうな気がするけどさ。怒られてきなよ」
クラスメイトはやれやれと首を振った。
どうも、これは避けようがないらしい。
まあ、こいつも含めて生徒会の連中で俺の事を嫌ってる奴は少ない。
普段からの努力の賜物ってやつだ。
いざとなったら力を貸してくれるだろう。
今日はこの間助けた女子生徒とデートの約束だったんだけどなあ、あとで謝らなくちゃ。
などと気楽に考えている事がヤベーくらいに甘い考えだったのを。
数時間後に俺は思い知る事になった。
ラブマゲドン開幕まで数時間。