もうすぐ陽も沈もうとしている夕暮れ闇の中、僕は帰宅を急いでいた。
生徒会の手伝いで学園祭の片付けに立候補したのはいいものの、吹奏楽部の楽器の片付けに思ったより手間取ってしまったのだ。
「母さん、今日はハンバーグだって言ってたし、早く帰らなきゃ」
下駄箱を開けてスニーカーに履き替えようと思った時、カサッと手に触れるものがあった。
ピンク色の便箋だ。しかもハートマークのシールが貼ってある。
「こ、これって、も、もしかして……!」
「ラブレター!?」と思わず叫びそうになるのを堪えた。
しかし、どこからどう見てもラブレターだ。いや、中身を見るまでは断定はできないがどうしたってラブレターだ。
僕は自分の鼻の穴が膨らんでいくのを感じた。「ついにモテ期が来たか!」とはしゃぎまわりたくなった。
いやー、分かってるなー。最近ワックスつけ始めたのが良かったのかなー。あれ高かったもんなー。どこのクラスの子だろうなー。
――などと妄想世界に飛びかけつつ、僕はニコニコしながら便箋を開封した。
そこには、可愛らしい丸文字で「屋上で待ってます。来てくれるとうれしいです」とだけ書かれていた。
据え膳なんとかは男のなんとかって言うし、非モテの僕が告られるなんて千載一遇のチャンスを逃す手はない。これは行くっきゃないね!
僕は「誰が書いたんだろう?」と微かに思いつつも、夢見心地で屋上までの階段を一気に駆け登った。
そこにいたのは、同じクラスの速見桃さんだった。クラスで二、三番目に美人で、AKBや乃木坂にいそうな感じの子だ。
「こんな時間に呼び出してごめん、ね……」
速見さんは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「い、いや。僕の方こそ待たせ……たよね? ごめん。いや、待ってないなら余計なお世話っていうか、なんかそんな感じなんだけどさ。あ、『待たせた』ってなんか上から目線な言葉だよね。こっちこそごめん」
僕はキョドった。今まで生まれてきてこれ程キョドったのは今日が初めてだろうというくらいキョドった。めっちゃ早口になったし。
「だ、大丈夫。あんまり、待ってないから」
速見さんは依然うつむいたままだ。
もしもの話だけど、速見さんと付き合えたなら……! あんなことやこんなことも……!
僕の頭の中は既にキモい妄想でいっぱいだった。
「あ、あたしね! 君のこと、前からずっと見てて、生徒会の仕事とか一人で頑張っててすごいなーって」
「う、うん」
「それで、つ、伝えたいことがあるんだけど、こういうのは直接じゃないとだめだと思うから、勇気出して、手紙書いて、来てもらいました」
「伝えたいことって、な、なに……?」
僕の心臓が史上最大級に高鳴る。
「うん。あたし、ずっと君のことがす――」
――パァン、と何かが爆ぜる音がした。
次の瞬間、全身の感覚がなくなったかと思うと、僕の視界はブラックアウトした。
◆ ◆ ◆
二〇一六年十月十一日午後五時頃、埼玉県警察本部の通信室司令室に××中学校の屋上で男子中学生が頭から血を流して意識を失っているという一一九番通報があった。
通報してきたのは同中学校の女子中学生で、気がついたら男子中学生が倒れていたという。
その後、男子中学生は近くの病院に搬送されたが、死亡が確認された。
死因は脳神経が内部から衝撃を受けたことによるショック死と断定された。
その後の捜査で、一一九番通報を行った第一発見者の少女が何らかの事情を知っているとし、任意同行を行った結果、彼女の魔人能力によるものという証言が得られたため、現在慎重に裏付けを進めている。
◆ ◆ ◆
あたしがあなたに伝えたかったこと。
笑顔がすてきなこと。
話が面白いこと。
がんばり屋さんなこと。
だけどね。でもね。ごめんなさい。
あたしは全部伝えられない。
あなたの体は耐えきれない。
だから、あたしは魔人になるの。
いつか生まれ変わったら見ててね。
あたしが素敵な人を見つけるまで。