糸遊兼雲は激怒した※本戦では怒っていない場合があります。ご了承下さい

「ヤバいよぅ、糸遊クン。抜き差しならない事態ってヤツだよ。ヤバいんだとにかくヤバい」
「そうですか」
「困ったことになったんだよぅ、聞いておくれ」
「申し訳ありませんが折り返し掛けなおしますので後にしてもらっていいですか?」
「キミに全てが懸かっている。HEY聞いているのかいHEYHEY! 声が小さくて返事が聞こえないなぁ。朝ごはんしっかり食べてる? ワタシが今朝食べたメニューは……」

携帯電話から耳を離しても未だ絶えない響き。糸遊兼雲は躊躇せず終話キーを押し込んだ。

「すみません理事長。今、全校集会の最中なので」

糸遊兼雲プロローグ 

「やめて下さいよ理事長…… 電源を切るまでずっと着信状態だなんてストーカーされてるみたいで怖いです」
「おっと動転していたみたいだよスマンねアイスマン。いや本当に理事長チョービックリ大事件。聞いてない?」
「全校集会で校長先生が何か重要なことを話す様子でしたけど」
「今電話できてるってことはお話は終わったんでしょ。それじゃあ早速キミにミッションを授けます」
「いいえ、あの、集会を脱け出して今はお手洗いから電話してます」
「エエーッ! マジ? 最近流行りの校則違反ってヤツじゃんウケる」
「以前理事長が自分で電話には絶対に出るように言ったのでしょう。何回コールしてるんです? それとその常の20倍ぐらいありそうなテンションをよして下さい。疲れます」
「ワタシもたった今疲れてきたところなのだが本気を出して限界を突破しよう。いや、やはり今回はまだワタシの限界を見せる時ではない。分かったキミの忠告通りよしておくコトにする。キミも随分とおざなりな対応だしね? さて本題だ、わが校ではこの度ラブマゲドンの開催が決定した」
「ラ、ラブマゲドン……!!?」

兼雲の脳裏を暴力と血の記憶が掠めた。そして、生と死の瀬戸際を彷徨うことになった凄惨な報復、長期に渡る入院生活の記憶がそれに追従した。
もう秋も過ぎるというのに、彼女の肌には汗の玉が浮かんでいる。傷の跡が痛み痒みを訴えている。

「そ、そのハルマゲドンもどきは一体誰と誰の間で行われるんですか? わ、私は何をすればそれを止め…… い、いいえでもそんなことをしたらまた」
「落ち着き給え、ラブマゲドンはハルマゲドンとは一切関係ない。ただの生徒会長考案のお遊戯だよ」
「そ、そうですか、良かった。私は、また」
「すまんがね、何も良くはないのだこれが。今日この日から、12月25日まで、この学園全てを巻き込んでこのお遊戯は続けられる、らしい」
「長っ! そこまでの規模で開催するとは何をするつもりなのでしょう」

トラウマから引き離された兼雲であったが、直後の情報というのも衝撃の内容には違いなかった。

「近頃校則違反者が多いということで、彼らの矯正が目的のイベントらしい。参加する人物全員が恋愛関係を結ぶまで、本学園敷地を封鎖するとのことだ。中に残された参加者達はサバイバル生活を余儀なくされる」
「そ、そんな、ふざけている……」
「その通りだふざけている。だが既にこれは決まってしまったことだ」
「来年には受験や就職を控えている私達三年生には死活問題ですよね」
「その通りだ。カリキュラムというものを全く無視している。キミにはこれを阻止してもらいたい」
「しかし、決まってしまったことだと先程…… まさか、参加者として?」
「そうなるね。キミお得意のいつものアレを一つ頼むよ。『皆で手を繋いで仲良くゴール』だったかな。とにかく、できるだけ早くこの催しを止めさせてくれ」
「承りました。そういうことであれば、力を貸しましょう」
「頼んだよ。ここの所、生徒会長の歯止めが効かなくて本当に困っていたんだ。私の『格率補正』で校内に反乱分子を作ってリコールを目論見はしたが、校則違反者が出るばかりでどうにもね。小悪党ばかりというのも困ったものだ」
「理事長の魔人能力のせいじゃないですか!ラブマゲドンの原因理事長じゃないですか!」
「うんそうだよ。いや本当に謎の票田で木下クンが生徒会長に就任して以来、彼の独裁が続いていて頭が痛いよ。こうなってみるとハルマゲドンも自浄作用として悪くないと思えてくる」
「……冗談でもよして下さいね?」
「分かっているさ。とにかくよろしく頼んだ。報酬には推薦の枠を用意しておこう」

向こうから通話を終了したようだ。画面に表示された通話時間が思ったよりも長かったと気が付く。集会は既に終わっていることだろう。

個室から出ると男子生徒Aが丁度隣から出てくる所であった。当の男子が悪びれもせず「出していけよ」と目で訴えていることは兼雲にも伝わった。

(校則違反者か……)

確かに目に余る行為を行う生徒や教師が増えている気はする。全てが理事長のせいとは限らないし、生徒会長の行動も十分目に余るものであるが。
教室に戻った兼雲は、そこに誰も居らず荷物も自分以外のものが無くなっていることに気が付いた。

「あっれー、カネクモちゃんどうしたのー? 帰らないの? それとも彼氏作りにやる気満々なのかなーッッ!?」

突如、特に親しくもないリア充の女子生徒Aが廊下から声をかけて来た。

「A子さん、それってどういう」
「A子って誰だしww いや皆もう帰ったよ。アタシも今彼待ち中」

廊下の向こう側からやって来た男子生徒Bを確認すると、女子生徒Aは兼雲への挨拶を済ましてそちらへ駆け寄る。

「B太郎君、アタシすごく待ったよ。ご褒美ちょーだい♡」
「B太郎って誰だよww 後でたっぷりくれてやるぜ」
「それにしても本当ウチの会長って太っ腹だよねー。午後の授業も全部無しとかチョーラッキー」
「それな。俺は大きな会社の社長の一人息子で跡取りに決まってて進路とか関係ないから授業無いとか本当サイコー」
「アタシもその彼女で将来安泰だから幸せ過ぎて怖いよ♡ 今回必死で参加する非リア達マジ可哀想ww」

遠ざかる会話が耳元まで届いてくる。そしてイベントが開始するまでの案内が放送されている。開始まで、残り30分。
状況は理解した。そして、恋愛に現を抜かす者どもへの敵対意識も高まった。当然恋愛を推し進める生徒会長に対してもである。
兼雲は、ラブマゲドンを潰すと決めた。
最終更新:2018年11月20日 08:01