「あなたを動物に例えると何ですか?」という質問に「生卵」と答える。
少しの衝撃で殻は割れて、中身はこぼれだし、ドロドロで未成熟。それに暖める人がいなければ、そのうち腐った生卵になるでしょうから、いっそのこと早めに割って欲しいものです、と。
前提として「生卵は動物なのか?」という話だが。私の中では動物ということになっている。
何だっていいし、どうだっていいけれど。
言いたいのは生卵に恋愛をさせようとしないで欲しい、という事だ。
恋愛ごっこはヒヨコがすればいいし、本当の恋愛は大人のニワトリがすればいい。ヒヨコかニワトリが、生卵と恋愛をすることを想像できたとしたら、それは異常者だろう。
生卵とキスでもするつもりなのか?この脆い殻に、その硬い嘴で。あるいはただセックスをしたいのか。生卵だって慰みモノくらいにはなるかもしれない、殻も中身もぐちゃぐちゃになるが、彼らにとっては些細な問題に過ぎないだろう。
恋愛なぞ、不潔で不愉快極まりない。
ところで、18歳になってもまだ生卵なのは、たしか14歳の時、担任教師にレイプされかけたからだった気がする(私は馬鹿なので昔のことをすぐ忘れる)。
その時きっと私だけが、ポーンと保育器から外へ放り出されてしまったのだろう。年上の男性への憧れは砕け、少女漫画の中で描かれる恋愛は幻想だと知ってしまったから。
それでも、あの頃の私にとって、彼は本当に好きだと言える人だったはずで。とすれば、恋愛感情が最初からなかったわけじゃない。ヒヨコになる前に卵が割れただけ。
きっと、ただそれだけ。
そういえば彼はその時、私の能力で要介護の精神病患者にしてしまったので。今は病院にいるらしい。
今思えば、何もそこまでしなくても良かったかもしれない、仮にも好きな人だったのだから。
なんだって良いし、どうだって良いけれど。
閑話休題。
さて、長ったらしいモノローグはここからが本題。
先日、生徒会から"ラブマゲドン"なるイカれた催しが開催されることを通達され、生卵は絶体絶命の危機に陥っていた。
元よりそういうイカれた連中の巣窟だったこの学園の中を、静かに静かに卒業まで生きてきたこの3年間。あの生徒会長は一瞬で台無しにしてくれようとしている。
だから生卵は生徒会長を暗殺することにした。
何のことはない、能力『論理否定』で会長の知能レベルを幼児まで落とし、カップル成立の判定をザルにしてやるのだ(暗殺するとは言ったが、殺すとは言っていない)。
愛を知ったから何なのだ、恋を知ったから何なのだ、実に馬鹿馬鹿しい。本当に知ったならそんな結論に至るわけがないだろう。上部だけの愛、欲情に溺れただけの馬鹿だ。
生卵は生徒会長の思想を否定する。
泉崎ここねはこのゲームそのものを否定する。
*
ラブマゲドン開始からかれこれ3時間、私は女子便所に閉じこもっていた。急な腹痛や下痢に見舞われたわけでもない。生理でもない。
「最悪最悪最悪………ッ!」
開始から少しして、生徒会長を探して校内を歩き回っていた時だ。立て続けに5人の名前も顔も知らない男に告白された。イベントに乗じて誰でもいいから声をかけて回っているのか、それとも前から私に気があったのか。
どうだって良いし、なんだって良いけれど。
ともかく、結果として私は校内で嘔吐した。
無様に胃袋の中身を床にぶちまけ、それから逃げるように女子便所に閉じこもり、ヘッドホンで耳を塞ぎ、震えが止まるのを待っている。
私の暗殺計画はすでに破綻しかけている。このままでは生徒会長を探す以前に、外に出ることすらできない。
こんなはずではなかった。
なぜ告白してきた?彼らが私のことをどれだけ知っているか知らないが、少なくとも私は彼らについて何も知らないというのに。
気持ちが悪い、とても気持ちが悪い。
外に出れば、そんな理性の蕩けた人間で溢れかえっているという事実だけで、もう気が狂いそうだ。
「……もういっそ、逃走して狙撃された方が楽になれるのかな、私」
笑った、そんな独り言を呟いた自分自身に笑った。泉崎ここねにそんな度胸は、あるわけがない。
よく知っている。
そして、指の爪を噛み過ぎて、もう白い部分が両手のどこにもなくなった頃。
コンコン、と扉が叩かれた。
背筋が凍り、私は息を殺す。
扉の向こうから声が聞こえた。
ヘッドホンの音量を限界まで上げて、声を搔き消す。
私は何も聞かない、何も聞いていない。
……それでも、扉の向こうから声が聞こえた。