プロローグ:嶽内 大名

「見つけたぞ!父の仇よ!」

 午後1時頃、都内の小さなカフェに怒号が響く。店内の客、店員がその声の主を見た。若い男だ。学ランを身に着け、あどけなさの残る青年。およそ、先の台詞とは似つかわしくない。
 周りの視線を無視して、青年はつかつかと飲食スペースの最奥部に詰め寄った。

 そこには、男が居た。その表皮全体が模様で覆われている。よく見ればそれは色とりどりのランジェリーであり、心なしか立体的な膨らみさえ感じられる…
「変態よッ!」女性客の一人がそう叫んで嘔吐した。注目した事で気付いたのだ、男の紋様が入れ墨ではなく…実物を、皮膚下に埋め込んでいる事に。漢・嶽内 大名。異形の人型がそこでくつろいでいた。

「…ふむ」

 人気メニューの特製サーモンサンドをもそもそと食べながら、嶽内は周囲の客達を一瞥した。口の端からしゃきしゃきのレタスが見える。

「何やらパンティー吊るし達が騒がしいな…貴様は何者だ?吾輩に何の用だ?」

「仇と言っただろう…ふざけやがって、この変態野郎!」

 よくぞ言った!店内の誰もが思った。先刻から不気味な男がさも当たり前の様に入店し、注文までして居座るのでどうすばいいか分からなかったのだ。注意したくても怖いし。

「お前は5年前、俺の父さんを手にかけたんだぞ…忘れた訳じゃないだろう!?」

 怒りを、堪えた声だった。店長含め、店内の者全てが事の次第を見守っている。青年に向けて、頑張れと誰かが呟いた。戦いに備えて、警察へのダイアルを回す者も居た。

「5年前…そうか」

 嶽内がにやりと笑い、食べかけのサーモンサンドを置いてゆっくりと立ち上がった。

「お前は…乳揉み崎 痴れ者太郎の息子…!」

 ん? 流れがおかしくなってきたぞ。

「そうだ!俺の名前は乳揉み崎 卑猥太郎!最近ようやっと能力に目覚めたぜ…倒させてもらうぞ、嶽内!乳房を自由に操作するスキル、【ばるばるん】によって!」

 大変だ!どちらも変態だった!淫魔人同士が相対する現場に居合わせた不幸に場が騒然とする中、嶽内は身を軽く屈め、構えを取った。

「思い出したぞ、奴は強敵だった…生粋のパンティー派であるこの吾輩を、危うくおっぱい党に変えさせる程の…!」

 迸る威圧感。時間を十分の一に圧縮したかの様な、長く、奇妙な間。そして、同時に繰り出す。

「【ばるばるん】!!」
「【パンタローネの抱擁】!!」

 その瞬間、店内に絶叫が響き渡った。

◆ ◆ ◆

「い、いやああ!わ、私のおっぱいが!」
「パ、パンツが勝手にず、ずり落ちていく!」

 店内は殆どが女性のみであった。逃げ出そうと姿勢を反転させるまでは良かったが、哀れにも特殊能力の効果範囲内に収まってしまった者達が悲鳴を上げる。
 ある女性はその胸が突如膨らみ始めた。サイズが大きくなったと言うには歪な衣服の歪みであるが、やがて裾から4個・8個・16個と無数の乳房が ― 傷もない、皮で包まれた脂肪の球体として ― 零れ落ち、本体から離れて嶽内の元へと突進する。ずり落ちたパンティー達も急ぐが、乳房の反発力には敵わないー!

「むん!」

 大きく身を引くと、顔の高さまで構えた両腕を前に突き出し、嶽内は高速で近寄る乳房を迎え撃った。それは彼の奥義!千手観音の如く残像を残し、乳房の群れを愛撫と共に捌いていく!撫でられた乳房の持ち主は嬌声を上げてへたり込んだ。

「まだだ…まだだぞ嶽内!そぉらッ!」

 乳揉み崎青年が指を鳴らす。と、同時に捌いた乳房が集合し…ての、突如!

合体!巨大な乳房に!
ちょっとした横綱の如き乳房が、嶽内を押し潰そうと襲い掛かる!

 だが!

「その程度か。笑止!」

 嶽内は迫りくる肌色の壁を避け、真後ろからも迫っていた乳房達を ― AAカップともなれば、その薄さで人の首を刎ね飛ばす ― 振り向きもせずに避け切ったー!

「な、何ぃっ!?」
 乳揉み崎青年は咄嗟に辺りを見回す。パンティーはようやっと嶽内の足元に来ている。が、それだけだ。目の前の男は、自分の能力を攻撃にさえ使っていない!

「これで終わりか?ならば、次はこちらから行くぞ。ぬぅええあああっ!!!!」

 丹に力を籠めた一声と共に、パンティー達が飛び上がる。まるで宙に舞う木の葉か鳥の羽か?そう水平移動では乳房に劣れども…その軽さ・薄さ・しなやかさから、垂直移動はパンティーの領分!
 白!赤!黒!桃!紫!動き出したパンティーが、1枚1枚空中でふわりと広がると、次の攻撃態勢に移ろうとしていた乳房に覆い被さった!

「う、うわあああッ!」

 乳揉み崎青年に電流が走る!これは、


 これは!!


「………うつく、しい…」

 乳房の上に重なるパンティー達。その生地は滑らかに伸び、時に皺を寄せ、乳房の張りと形状を強調している。一方でパンティーのゴム紐は緩やかに食い込み、乳房の柔らかさを視覚に訴えかけていた。そこには、芸術があった。パンティーとおっぱい。本来巡り合わない筈の組み合わせが、かつての巨匠らによる彫刻にも匹敵する荘厳さを織り上げていた。青年は自然、膝を突いていた…これは…これでは…

「ふふん、こういうのも、悪くはないだろう?」

 背後に、嶽内が立っていた。青年が仰いだその表情には、御仏にも似た慈悲が浮かんでいる。

「貴様の父は、偉大な男だった。2歳の頃よりパンティーのみを愛し、己が身がパンティーで無いと嘆くばかりだった吾輩に…乳房の美しさを、響かせてみせたのだから」

 まあ、それでも私はパンティー派だがね。と小さく付け加える。

「だが、奴の死は知らなんだ。何故か?」

「父さんは…5年前、恍惚とした表情でうちに帰ってきて…それから、お袋のパンツを食って死んだんだ。食中毒だった」

「ふん…全く、大した奴よな…」

 2人から、ふと笑みがこぼれる。その前で乳房はぷるんと揺れた。その揺れを包む様に、パンティーは優しく外の光を映していた。遠くでファンファンと音がする。やべ、魔人警察の音だ。

◆ ◆ ◆


\ ど っ か ー ん /

「に、逃げたぞ!追えーっ!」
「発砲しろ!構わん!やれ!」

「さてどうするか…司法取引の材料があるじゃなし、しばらく身を潜めんとな」

 嶽内はひとまず東へ向かう事にした。青春時代を過ごしたかつての古巣、希望崎学園に…

〈了〉
最終更新:2018年11月20日 08:04