12/01 AM11:45 ラブマゲドン開幕まであと15分...
「やっぱもう逃げましょうよ部長ー!あんなクソ行事に巻き込まれたくないでしょう!」
「駄目だーーッ!撮影は続ける!あと少しでいい画が撮れそうなんだぞ!」
「つーかよう、また前やったみたく他の学校借りるとかすりゃいいじゃないのかい?」
「断る!クライマックスの舞台は初冬の希望崎学園第二グラウンドと脚本にはあるッ!リアリティを損なう訳にはいかんのだ!」
映像部の空気はかつてない程嫌悪になっていた。現部長の亀川はその拘りの強さ故に暴走を起こすことは多々あった。だがこの場にいる多くの部員達が、今回ばかりは容認しがたいと感じていた。このままでは彼らの絆も決裂しかねないだろう...その時。
「ええっと!皆さん落ち着いてください!」
高く透き通った声がグラウンドに響く。声の主は麻上アリサ、この映画の主演女優である。
「確かに部長の言うことはあまりに無茶です!反省して下さい!それでも、部長の熱意を冷ましてしまうのは私は嫌なんです...」
亀川はハッとなり、そして自省した。いつも温厚な麻上をここまで必死にさせてしまうなんて、馬鹿な事をしてしまったと思った。
「次が最後のカットですよね、それを今から1本だけ撮ってから逃げれば避難も間に合う筈です、なので...」
「次の一本で全てが決まるって事だな...いい提案だ!」
「はいっ!」
先ほどまで苛立ちを見せていた部員達の緊張もほどけ、アリサは笑顔を取り戻した。部員達はそれぞれの持ち場につく。グラウンドの真ん中、アリサともう一人の主演の男子(副部長の鴨田と言う)が距離を置いて向かい合っている構図だ。
アリサは目を閉じゆっくりと肺の中の空気を押し出す。役に潜るためのいつものルーチン。その役の動作、細かい癖、バックボーン、感情、全身に染み渡らせてゆく。台詞は思い出すまでもない。成功させよう、ここにいる全員がその覚悟を胸に抱いていた。アリサは目を見開く、そして...
「よおーい、アクション!」
「ウギョゴロンッシギャギゲゲーー!!」
麻上は咆哮した!背中の巨大チェーンソーを抜き乱暴に振り回す!麻上の外見は役へ没入した時、魔人能力『ハイ・トレース』により変化した。少女らしいフォルムは影もなく、身長2m、悪魔的な筋肉が気色悪く波打ち、改造施術の傷跡が全身に隈なく残る肉体、スキンヘッドで肌全体が真っ赤にペイントされた頭部、信じがたいだろうが、この威圧的な怪物が、今の麻上アリサなのだ!
「貴様ラ人類ハチェーンソーニ滅ボサレルンダヨオオオ!」
これこそが今作のラスボス的存在。全身に終末的改造が施され、不死属性を獲得した連続殺人鬼、殺杉ジャック!東京周辺に突如現れた後暴虐の限りを尽くし、それからなんやかんやあって希望崎学園で最終決戦を行うという筋書きだ。
副部長の鴨田演じる若き傭兵コウタロウは、繰り出される殺杉のチェーンソーによる斬撃を華麗に身を翻して避け続ける。その距離、僅か20cm!鴨田の魔人能力『怪奇!レンズに映らない壁!』によってシールドが展開されているがために成しえているのだ。五回目の斬撃を側転で躱しながら、コウタロウはポケットから液体入りのビンを取りだし、投げつけた!
「人類は滅びるだと?ならばっ!」
ビン内の液体の正体は映画中盤でコウタロウが手に入れた殺杉特攻化学薬品だ。これは部員のみが知る裏設定なのだが、殺杉は水に多量の糖分とカフェインを溶かした液体を弱点とし、当然ビン内の液体もその設定に準じた物質である。...つまる所エナジードリンクだ!
「人類の英知の結晶を食らって死にな!」
エナドリも実際人類の英知の結晶だから矛盾はない!
「ギョギャアアア!!」
エナドリを全身に浴びた殺杉は全身から大量の蒸気を噴出させ、叫びながら地に倒れ伏し、やがて動かなくなった。人類は勝利したのだ...!
「カーーット!撤収ー!」
校門へ走り出す部員達!
「ハアハア...なんとか間に合いましたね、一時はどうなるかと...」
時計は丁度正午、ラブマゲドンの開幕を指し示している。すんでの所で間に合ったのだ。他の部員達胸を撫でおろしどさりと地に座り込む一方、亀川は撮影した映像をリピートし吟味する。やがて答えは出た。結論は...
「完璧だ...!我々が求め続けた映像がここにある!OKだッ!」
映像部の輪が歓声と拍手に包まれる、賭けは実を結んだのだ。役者と裏方、全員が完璧な仕事をしたからこそ成しえたのだ。小さな奇跡が今ここに起きたのだと誰もが感じ取っていた。
「こんな無茶を押し通してしまってすまないと思う、それでも付いてきてくれた皆には感謝しかない!ありがとう!特に麻が...あれ?」
ようやく気付いた違和感。一同は回りを見渡した、今回集まった部員は7名、そしてこの場にいるのは6名、それも全員男子。
「お、俺はバカだ、自分が逃げられる事ばかり夢中で...」
麻上アリサは一度没入した役から抜け出すのが苦手である。恐らく今も倒れ伏した状態のままであろう。だが設定上の殺杉ジャックの体重は5t、それを担いで逃げるだけの身体能力の持ち主はこの場にはいない。故に麻上はどの道逃げおせる事は...
「これ、マジでいかんやつじゃないのかい...」
「馬鹿な、わ、私の責任だ...なんて事を...!なんて事をーーッ!!」
それから30分後、ラブマゲドンの始まった希望崎学園第二グラウンドで、身長2mの怪人が目覚め、不格好な姿勢で太陽へ咆哮をしていた...
『炎陽の殺人鬼 ~END OF WAR~』おわり『殺杉ジャックvsラブマゲドン』へ続く