なにかがおかしい。調布浩一は、女生徒のおっぱいを揉みながらそう思った。
思えば今日は最初からおかしかった。奇跡的に学園牧場での乳しぼり体験チケットが手に入ったと思ったら、牧場ではホルスタイン種が大規模ストを決行中。「俺たちは牛さんのおっぱいさえ揉めねえってのか!!」と男子生徒たちは怒り狂い、手当たり次第に暴れだしていたのだ。
浩一は暴徒と化した生徒たちをなだめていたのだが、それが彼らの逆鱗に触ったのだろう。「お前だって牛さんのおっぱいぐらいしか触れないのにスカしてんじゃねぇ!」と戦闘状態に陥ってしまったのである。
《アンラッキーワルツ》のせいで荒事に慣れているとはいえ、多勢に無勢。数十名の男子に囲まれて浩一はボコボコにされ気絶してしまう。おまけに、昼ごろ目覚めた保健室は無人でなんだか不気味。恐怖にかられた浩一は保健室から抜け出し、よろよろと廊下を歩いていたのだが……。
「こ、この……」女子生徒がどもる。
「わっわっわっなにこれ」浩一が乳を揉む。珍しく脳がショート中だ。
「この変態がァーッ! 死ねっボケナス!!」
「オギャーッ!?」
顔面を激しく殴打される浩一。情けなく吹き飛ばされながら、ぷりぷり怒って立ち去る女生徒を見送る羽目に。
そう。浩一は曲がり角でよろめいて、通りすがりの女子生徒へとダイブしてしまったのだ。
「いっててて……。いや、悪いことしちゃったな」
膝を払って立ち上がる。はたして、今までの人生でこのようなラッキースケベがあっただろうか? 浩一の《アンラッキーワルツ》は他人の不幸を肩代わりする能力。確かに、不幸が多くなるだけで自分の幸運がなくなったりはしない。
疑念に眉を寄せながら歩みを続ける浩一。もしかして、自分にとってなにか果てしなく都合の悪いことが起きているのではないか? そう思わずにはいられなかった。
――そして、その考えは正しかった。
このあと、浩一は様々なトラブルに襲われることになる。なぜか女子生徒が教室で着替えていたり、水浸しでスケスケの女子生徒を見つけたり、校舎の屋上でいい雰囲気の男女と鉢合わせてしまったり……。
「クソーッ! あまりにもひどすぎる!!」
心身ともにズタボロになって叫ぶ浩一。全然うれしくない。なんならみじめなだけだった。
彼は夕方になって、ようやく学外に出るための橋の前まで来ていた。最近はもう日が落ちるのも早い。夜風が身に染みる。明日からマフラーと手袋でもつけようかな、と思ったところで。
「あん? 『ラブマゲドン開催中』……?」
そこにあったのは立札だった。浩一はここにいたり、ようやくイベントの開催を知る。
ひとつ。期間中に恋人を作ること。
ひとつ。それは真実の愛でなくてはならないこと。
ひとつ。真実の愛でなければ『不幸』がその身におとずれること。
ひとつ。条件を満たさず敷地から出れば宇宙から狙撃されて死ぬこと。
ひとつ。条件を満たさず期間を過ぎれば強制的に愛を教わること。
なんたる強行、なんたる理不尽。こんなイベント、モテない人々には参加させられるだけで不幸だ。
「オイオイオイオイ、まさかそんな」
腕時計を確認する。2018/12/01(土)16:18……既に手遅れだ。
(つまり、だ。『コレに参加すること』自体が不幸なやつらの分を肩代わりしちまったせいで、俺は逃げ出す間もなくラブマゲドンに巻き込まれた。そして)
今日の不幸っぷりを思い出す。あまりにも怒涛の勢いでなだれ込んだ、女性関係の不幸。
(意思のすれ違いとか、思ってもなかったハプニング。この状況での一番の不幸は『女の子からの好感度が下がること』! だからあんなに人間関係が荒れるような不幸ばかりが起きた! そして見えてきたぜ、最悪の流れが……!!)
更に恐ろしいのは、生徒会長の能力《レジェンダリー木下》。彼によって押しつけられる『不幸』は、《アンラッキーワルツ》で肩代わりできてしまう。もはや希望崎学園は、浩一を不幸で溺れさせる底なし沼へと変貌していた。
「ヤバい。このままじゃ、待っているのはぬめぬめだ!」
顎に手を当てる。今のは五・七・五じゃん、などと考えている場合ではないのだ。うつむいて頭を巡らせる。
浩一に取れる手段はそう多くない。『ぬめ子に強制的に愛を教えられる』という不幸を回避するためには、いったいどうすればよいのか。
(その一、生徒会長を殺す。待て待て、フツーに殺すとかやだよ。神経がささくれてるぞ俺……これは却下。その二、こっそり脱出する。いや、スナイパーあたるの攻撃は避けられないし、12月に人目を避けて泳ぐのも非現実的だ。これも却下。その三)
浩一は決然と顔をあげた。
(俺が不幸を肩代わりしている間に、カップルにはガンガン成立してもらう。そうすれば、不幸の再生産はとりあえず収まる。そのあとで、残った女子とカップルになればいい!)
これしかない。あまりにも性格に難がある奴や素行が悪い奴に恋人ができず『ぬめぬめ』されるのは、『不幸』ではなく『自業自得』だ。そこまでは《アンラッキーワルツ》でも肩代わりせずに済む。
完ぺきな作戦のように思われた。しかし、懸念点がひとつ。
調布浩一は、恋人がいたことなんてないのだ。
はたして、そもそも彼に彼女が作れるのか。根本的にそこが大事なのだが……ウジウジ悩んでも仕方ない。
「まずは、手袋とマフラーでも買うか!」
自分を鼓舞するように声を出す浩一。彼の胸には決意と不安、そして淡い期待が同居していた。