兆し

 もう何回、『人』という字を飲み込んだかわからない。

(す、するぞ。告白するぞ……!!)

 甘之川グラムは恋する乙女だ。しかし自分の恋心に憤ってもいる。彼女はとにかくこの非論理的な感情に決着をつけたかったのだ。だから、速攻で告白してこの気持ちに決着をつけたかった。

(よし。心拍が120/分を切ったら告白しよう。……、ダメだ。まったく動悸が収まらない! がんばれがんばれ、いけるぞグラム! ううう~~~やっぱりダメだぁ~……)

 胸のあたりを押さえながらうめく。緊張しているのだ。「さっさと教室に入って中の男子を呼び出してしまえばいいのに!」 そう思っても足は廊下をうろうろするだけ。グラムは自分の非論理性にますます苛立ちが募っていた。

 壁に背を持たれかけ、窓の外を見る。もう夜だ。冷たい風が紅潮した頬に心地いい。昼間から校舎中を探し回ったが、結局彼を見つけたのはこんな時間になってしまった。つくづく運がない。

 そのとき、パタパタと足音が聞こえた。目を向けてみれば女性が小走りでこちらに向かっている。女性から見てもハッとするような容姿だ。グラムは彼女のことを一方的に知っていた。その名は牧田ハナレ。完全無欠のお嬢様は希望崎学園でも一等の有名人である。
 そんな彼女はなにやら大事そうに紙袋を抱えていた。小走りなのはきっと、急いでいるけれど袋の中身を崩したくないのだろう。グラムはまだ自分に他人を観察できる余裕があることに安心した。実際は現実逃避かもしれないけど。

「あら、どうかしましたか?」
「えっ?」

 だから、話しかけられてグラムは驚いた。てっきり牧田ハナレはこちらを気にしてなんかいないと思っていたのだ。

「いえ、熱心にこちらを眺めていたものでしたから。甘之川グラムさん……でしたよね? あっ、私は牧田ハナレと申します」
「うん、そうだよ。でも、私のことをよく知っていたね」
「料理部の天才科学者は学園でも有名人ですわ」
「ええ? そ、そうかい? ふふふ、照れるなあ」

 グラムは頭をかいた。褒められるとなんだかこそばゆくなって口元が緩んでしまう。

「ところで甘之川さん」
「グラムでかまわないよ」
「まあ! ありがとうございます、グラムさん! ……で、好きな殿方がいらっしゃいますのね?」

 表情が固まり、かぁっと頭が茹だってしまう。きっと今は妙な顔をしているに違いない。

「なん、なっなっなにを」
「ラブマゲドンの最中に廊下をうろうろして。誰が見ても丸わかりですわよ」
「うう……」
「この教室の中にいらっしゃるのね?」
「は、はい」

 このお嬢様、ずいぶんグイグイ来るな!? グラムはもうタジタジだ。そんな彼女をよそにハナレは教室の扉まで向かうと唐突にノックをし、戻ってきてむんずとグラムの二の腕を掴んだ。

「さ、行きましょう?」
「え? なん、は……えぇ?」
「突撃あるのみ、ですわ! 通りかかったのも何かの縁。私がお手伝いして差し上げます!」
「いやいやいやいや! ちょっとちょっとちょっと!?」

 ずるずると引きずられていくグラム。能力を使ってでも抵抗しなかったのは、それだけ気が動転してたからだと思いたい。
 まさか誰かの手助けがなければ教室に入る勇気もなかっただなんて、認めたくなかった。客観的に見れば、どう考えてもその通りなのだけれども。


◆◆◆


 トイレから出たら異世界の勇者が待ち構えていたというのは、珍しい体験ではないだろうか。

「いい? 次会った人にあなたの世話は任せるから。私に付きまとわないでね」

 最悪、最悪、最悪。泉崎ここねはムカムカしていた。それもこれも、後ろをついてくる男のせいだ。早歩きをしているのに余裕綽々でついてくる。もともとの体格が違いすぎた。

「ああ。すまないな、女性用の厠に入ってしまった僕のために心を砕いてくれて」
「その話! すごく恥ずかしいから絶対に秘密にしていてね!?」
「勇者の名に懸けて約束する」

 気取りやがって、女子トイレで便座に向かって懺悔しようとしていたくせに!

 ウィル・キャラダインと名乗った大男は、ここねにとって明らかに狂人だった。女子トイレの個室が並んでいるところを見て異世界流の懺悔室だとか言い出すし、便座や洗面台が光沢のある白色だということに驚くし、蛇口をひねって水が出ても騒ぎ出す。おまけに『魔法』だとかいう魔人能力かなにかで回復するから【論理否定】も通用しない。

 相性最悪の、ゲームで脳がやられたロールプレイ魔人。それが、ウィルに対するここねの評価だった。

 だというのになぜ、自分は彼を無視してさっさと立ち去らなかったのだろう? 単に、それでは寝覚めが悪いから?

 振り返り、キッと睨む。ウィルはまっすぐにこちらを見据えていた。穏やかで、優しげな瞳。そこに情欲は感じられない。まるで年老いた大型犬のよう。ここねは彼を初めて見たときそう思ってしまった。
 だから見捨てることができなかったのだ。ぷいと顔をそらす。なんだか負けたような気がして、やっぱりムカムカした。

「ほら、この教室! どうせ誰かいるから。電気ついてるんだし」
「デンキ? 魔晄灯ではなく?」
「そういうの、いらないから!」

 言いつつ引き戸を開ける。そうしたらこの大男を蹴りこんで、自分はどこか落ち着けるところに行こう。そしてしかるべきタイミングで生徒会長を襲撃すればいい。そう思っていた。

 しかし。

「む。またパンティー吊るしか」
「ギャーッ!!」

 ここねはだしぬけに本物の狂人を見てしまい気絶した。上半身裸のパンツ縫い付け男はさすがに許容範囲外だったのだ。


◆◆◆


「二人とも単に嶽内先輩がキモすぎて拒否反応出ちゃっただけだし、向こうの部屋で安静にしてれば大丈夫だと思いますよ。牧田さんが看病してくれてるし」

 調布浩一はてきぱきと、ここね……それに加えてグラムの様態を診断した。悲しいことに、不幸すぎて体の問題には慣れているのだった。
 ちなみにグラムは妖怪パンティーまみれを見て吐いた。ある意味気絶よりつらいかもしれない。

「ずいぶんな言い草だな、浩一よ。学生の頃はあんなに目をかけてやったというのに」
「不幸にも目をつけられた、と言った方がいいと思うんすけど」
「減らず口だな、全く。パンティーいるか?」
「勘弁してくださいよ! 俺まで捕まっちゃうじゃないですか!」

 嶽内大名は浩一にとって、やや尊大な物言いと異様に変態的な性質を除けば気のいい先輩だ。こうしてたまたま出会っても、防災コンテナから必需品などを運び出すのを手伝ってくれたのだ。なぜ校内にいたのかはヤブヘビだし聞かないことにしている。

「で、えと、ウィルさん? 相談があるんでしたっけ?」
「そうなんだ。僕の世界には『恋』がない。それがこの世界からやってきた妻を不安にさせているようなんだ」

 へえ、この人は異世界出身なんだ。特に引っかかることなく納得してしまう浩一。だって勇者みたいな格好してるし。そんな人物が教室の椅子にちょこんと座っているのは面白かった。

「『恋』か~。俺もよくわからないんだよな。告白とかしたこともされたこともないし」
「フン。浩一よ。恋のなんたるかは俺が語ってやろう。つまり……パンティーだ」

 アッまずい! 妄言が飛び出したぞ!

「ほう……『恋』は女性用下着」
「ウィルさん!? 真面目に聞かないでください!」
「黙っていろ、浩一! 身を焦がすような熱情が分からないものに語る資格はない!」

 それっぽいこと言うんだもんなぁ~この人! タチが悪いと思う。

「身を焦がす……熱情」
「そうだ。私の場合はそれがパンティーだったという事。貴様はなぜパンティー吊るしと結婚したのだ?」
「パン……女性の方言か」ウィルはひとつ勘違いをした。「アリス……妻からそう求められたのだ。私はそれを了承した。だからだ」
「つまり、お前がそのパンティー吊るしに恋心を向けてやれなかったのが問題だというわけだ。私やそこらのパンティー吊るし共を見て大いに学習するといい」

 ふむ、とウィルは頷いた。浩一も案外まっとうなところに話が落ち着いて一安心である。

「分かった。よろしく頼む。……ところで、ティケウチ殿は高名な『恋』のマスターかなにかなのか? 自信に満ち溢れている」
「いえ、性犯罪の常習犯です」
「セイハンザイノジョウシュウハン……?」


◆◆◆


 飛び起きて最初に思ったことは、今寝ていた布団が清潔かどうかだった。

「これから、どうしよう」

 ポツリとつぶやく。いったい、何についてのこれからか。ここねはそれすら分かっていなかった。殻の内側は暗く、道行が見えない。

「やはり、告白するしかないと思う」横の布団で寝転がっているグラムは、まるで自分に言い聞かせているかのようだった。
「その、グラムさん……あえて聞きますが、どちらに?」
「浩一さんに決まってるだろう!? ああ、でも私吐いちゃったしなぁ~……ゲロ女だよ、どうしよう……」
「切り替えていくしかありませんわ」

 毒にも薬にもならない言葉である。

「ここね先輩は好きな人とかいないんですか?」
「いない。興味ないし。だから、生徒会長を能力で痴呆にして脱出しようと思ってる」
「あ、そう、ですか」
「そうよ。なに?」
「いえ、なんでも……」

 思わず爪を噛みそうになる。告白すればどうにかなると思っているのも気に入らないし、向こうから踏み込んでおいてさも気が使えるかのように身を引くのも鼻についた。
 被害妄想に近い考え方なのもわかっているが、それでも意識がささくれ立つのを止められない。

「私はこれから、あたる様に告白しに行くつもりよ」

 空気を呼んだのか、あえて読まなかったのか、ハナレも自分の展望を口にした。ここねは、結局この子も色恋沙汰かと眉をひそめる。

「あたる様、って……スナイパーあたる!? 本当かい!?」
「嘘をついても仕方ありませんわ。湯あみをしたらこれに着替えて、屋上から能力で飛びます」
 いとおしそうに紙袋を掲げる。勝負服か何かだろうか。くだらない。


「いや、ていうか」ここねは白けた目を向けながら口にした。「あそこ、希望崎学園の敷地なの? スナイパーあたるのいる空中機動要塞」


 あ、とグラムがつぶやき、そして教室は静かになった。みるみるハナレの顔が青ざめていく。

「ち、違いますの?」「いやだから、知らない。調べてないの?」「す、すいません! てっきり学園の建造物だと」「どうするの? 死ぬかもしれない」「でも! ほら、そう! 領空! 領空は大気圏内なら……だから問題は……」「それは国の話でしょ。どっちかというと不動産の法律とか条例を気にするべきじゃないの」「あ、……それは。その、」「バカみたい。ふつう気にするでしょ」「……」「舞い上がっちゃって。くだらない」

 止まらなかったし、止められなかった。ラブマゲドンという状況にここねのフラストレーションは一日目で限界だったのだ。

「くだらなくなんかない!」

 声を荒げたのは意外なことにグラムだった。なにがそんなに気に障ったのか、まなじりに涙を浮かべている。ここねはますます苛立ってきた。

「なに」
「くだらないはずがない! なんで……なんでそんなことを言うんだ!」
「うるさい。意味わかんない。論理的にものを言ってよ」
「ろ……論理的じゃないから、困っているんじゃあないか! ままならないから私たちは自分の気持ちと戦っているんだ! こんなに苦しいなんて、知らなかったんだ……ごめん、急に怒鳴って……」

 意味が分からない。全く答えになっていないし、そんなに泣かれてはまるでこちらが悪者みたいだ。

「ここねさん」ハナレはグラムの背中をさすりながら言う。「私ね、許婚がいるの。大学を卒業したら結婚することが決まっているわ。少し年上で、優しい人。きっといい旦那様になってくれると思うの」
「それがなに?」
「あたる様に告白して、もし成功しても……お父様やお母様は認めてくださらないし、我が家の婿としてあたる様が見合わないことも理解しているわ。駆け落ちなんて私には選べないことも。でも――この気持ちから目をそむけたくはないの」

 ここねには、いったい彼女がどんな気持ちで話しているのか理解できなかった。その強さを得る道は数年前に閉ざされてしまっていたから。

「でも、死んでしまったら元も子もないものね。どうしたらいいのかしら」
「それ……直接言わなきゃダメなの?」
「え?」

 泉崎ここねは、今日何度目かの言い訳をする。へこませるだけで代案を出さないのはよくないから、これで最後だから、もうすぐでいつも通りに戻るから、ただ流されているだけだから。

「書けばいいじゃない、校庭に。どうせ上から見てるんだし」

 だからこの子に協力するのは、私が変わったわけじゃない。
 それでも、そう思えることは……変化の兆しなのかもしれなかった。


◆◆◆


 翌日。天気は快晴である。ハナレの提案に男子三名は二つ返事で賛成した。浩一とウィルは人助けをわざわざ断ったりしないし、嶽内は最終的にパンティーを奪い取れるなら多少の労苦はいとわない。

 作戦は測量から始まった。校庭の縦横を測り、広大なキャンパスに見立てる。あとはどんなことを書くか決め、図面を作り、それの通りに白線を引いていけばよい。
 もっとも、なにを書くかでハナレは悩んだ。一世一代の告白である。昨日から考えすぎてよく眠れなかったほどだ。最終的にはシンプルな文字に決めたのだが、ハナレはこのあと何度も書き換えたいというのをこらえることになる。それはきっと、どんな決定を下しても同じだっただろう。

 そのあと、実際に白線を引くのが大変だった。どうしてもよれたり曲がったりしてしまう。おまけに校庭が広すぎて、いちいちハナレが能力で上から確認しないと修正もままならない。
 体を動かしながらああだこうだと言い合うのは、屋内にいるよりずっとましだった。気がまぎれるし、ここねも心なしか穏やかだった。
 しかし、なぜか関係ないウィルが「恋というものは妥協を許すものなのか……ふむ」と無自覚にあおりだしたり、グラムが「私の図面は完璧なはずなんだ……!」などと妙な意欲を燃やしだすのは余計に大変だった。勘弁願いたい。

 それでも、日が沈むころには完成した。牧田ハナレの書いた、最初で最後のラブレターだ。


◆◆◆


「準備、できましたわ」

 ハナレは白いドレスに身を通していた。父に連れられて参加する立食会で使うような最高級のもので、能力を発動しても燃え尽きない耐火布でできている。

「おお、似合ってるな! じゃあライトの点灯はこっちでやるよ」

 浩一は疲れを見せず朗らかに言う。大張り切りで手伝ってくれたけれど、なぜか彼の近くの植木だけ倒れたり倉庫が爆発したり大変だった。
 しかも、グラムからのアプローチに全く反応しない。作業中はなにかにつけて彼のそばにいたり家庭科室で料理を作ってきたりしたのにとんと反応しないのだ。

「浩一さん。あなた、とっても鈍感でいらっしゃるのね」
「え……ええ!? なに急に? 実は命を狙われたりしてた!?」
「なんでそうなりますの?」
「違うの……?」
「違いますわ。もう知りません。持ち場へおつきになって」

 すごすごと立ち去る浩一。もしかしたら彼は、『自分のことを好きな人が勇気を出してくれない』という不幸がラブマゲドン開催によって打破されたことに気づいていないのかもしれない。

 ハナレは目をつむる。夜風は肌寒いが、それが逆に体が火照っていることを自覚させた。
 そしてしばらくして、倉庫から運び出した大量のスポットライトが夜の校庭を照らし出す。


――あたるさま 好きです 牧田ハナレ


 同時に、ハナレは恋心を叫んだ。どうせ聞こえていないだろうけど、それでも、ありったけ、喉が枯れても叫び続けた。そしてぜえぜえと荒い息を吐きながら、汚れることもいとわずにばたりと倒れこんだ。空が、よく見える。

 直後、光が瞬いた。

 間違いなく【光陰矢の如し】。それは数十、数百の光の束となり校庭に降り注いだ。地面が掘り返され土ぼこりが舞う。あたりから悲鳴が聞こえる。逆に言えば、誰も死んでいないことの証明。けれどそれらはハナレにとっては関係なかった。いや、それどころではなかったのだ。

 ハナレは校舎の屋上まで飛び上がる。一瞬前までいた校庭が、もうあんなに遠い。スポットライトは衝撃でいくつか向きが変わっているけれど、みんなで書いた告白はよく見えた。

 そして、その近くにある、地面が掘り返されてできた文字列も。


――ありがとう あたる


 嗚咽が漏れる。ぺたりと屋上に座り込んで、ハナレはひとり涙を流し続けた。寒々とした十二月の夜の中で、彼女の涙は確かな熱を持っていた。
 意味はあったのだ。許婚が決まっていた。相手の顔を見ることもできなかった。かなわぬ恋だと知っていた。


 どこまでも、高く、遠くに行くことはかなわなかったけれど。だけどそれでも、空を目指したことは間違ってなんかなかったのだ。


 しばらくして泣き止んだころ、グラムがストールを持って屋上にやってきた。ハナレは笑顔でそれを受け取ると、しっかりとした足取りでみんなのもとへ向かった。
 そして、スナイパーあたるが彼の居城である空中機動要塞と共に失踪した事実は翌朝に判明することになる。敷地から出ても狙われない、という発見と共に。

 ラブマゲドンはこうして、三日と持たずに頓挫した。


◆◆◆


 桜というのは難儀なもので、卒業式ではつぼみだし、入学式なら葉桜だ。
 逆に言えば、春休みの間は存分に花見を楽しむことができる。調布浩一がそのことに気づいたのは、もう卒業してからのことだった。

「どうだい? おいしいかな、おいしいかな!?」
「うん、うまい! やっぱり甘之川は料理が上手だな」

 三月下旬、お昼の家庭科室。今年度までは学園の生徒なのだからと説得され、浩一はたびたびグラムの料理に付き合っていた。といっても味見専門だけれど。

 あのあと六人は夜が明けるまで眠り、ラブマゲドンが継続不可能になったことを確認して解散した。
 嶽内大名は十二月のうちは希望崎学園に潜伏していたようだった。もっとも、先輩の更生を願い通報したが。捕まったという話は聞かないのでどこかでパンティーを奪っているのだろう。
 ウィル・キャラダインはなにを思ったのか、「帰ったらまずは妻の下着を身に着けながら気持ちを叫んでみる」などと言い出した。なんとか思い直すように説得したが、異世界で奥さんとうまくやっているだろうか。
 泉崎ここねは女子大の女子寮に引っ越したようだ。というのも、連絡先を交換したのだ。数日に一回会話し、「キモい」と返信が来て唐突に終わる関係だが。浩一は全く意味が分からないし毎回へこんでいる。
 牧田ハナレとはもう会っていない(グラムは時々遊んでいるようだ)。けれど、許婚が実は魔人能力者で、一万メートル先のものも狙撃できてしまう人物だったらいいなと、そんな子供じみたことを時々願う。

 そして、甘之川グラムとは……二か月もの間、やきもきするような日々が続いていたというわけである。ラブマゲドンは単なるきっかけで、ゆっくりゆっくりと関係をはぐくんできた。


「むぅ……」
「な、なんだよ。俺、なんかやっちまったか? マナー的な……!?」
「分からないかなぁ~! この僕がだね、いったいどういう気持ちで毎回君を呼んでると……」
「呼んでると?」
「いや、あの、えーっとぉ~……」

 赤面してうつむくグラム。浩一はそれを見て純粋にかわいいと思うし、今のとぼけ方は我ながら卑怯だったなとも思う。
 わからない訳がない。要するに、グラムは名前で呼んでくれなかったから怒っているのだ。今だってわざわざ隣り合って食事をとっている。明らかに友達以上恋人未満だ。

 そう、この二人……お互いどういう気持ちなのかわかっていながら告白まで踏み込めていなかったのである。伊達や酔狂で恋人いない歴が年齢とイコールで結ばれているわけではない。
 しかし、流石にこのままずるずる過ごして大学に入って自然消滅……というのは浩一にも耐え難いものであった。いくら何でもここらで勇気を出さなければいけないだろう。

「あ、その」
「え、あ、うん! なんだい!?」
「……」
「……」
「えーっと、大学に通うことになったじゃん? 俺」
「あ、ああ。うん、そうだね! そう聞いているとも!」
「でさ、一人暮らしすることになったんだけど」
「へぇ~! そ、そうなんだ!」
「……」
「……」
「今度、うち、来る? いろいろ、話したいこととか……あるし」
「それはつまり、あの」
「はい」
「『そういうこと』で、いいのかい……?」
「……はい」
「やったッ!!」

 急に飛びつかれ、抱き留めながら倒れこむ。椅子から落っこちて頭を打った。
 全然かっこつかないなぁ、俺!? 浩一は苦笑し、抱き留めた少女のぬくもりを確かめる。

 そして耳元で、彼女だけに聞かせる言葉を囁いた。
最終更新:2018年12月10日 01:10