SSその8

10/19 PM6:50

教室の窓の外は既に暗闇で、ナイター灯に照らされながらグラウンドで練習に励む運動部員の姿だけがはっきりと見えた。陽が落ちるのが早くなってきたのを室内で向かい合って座る二人は実感させられた。二人は映像部の部長である亀川とその後輩麻上アリサ、明日から撮影の始まる部による自主映画において、亀川は監督兼構成を、麻上は主演を務めるのだ。無論彼らが話し合うのは映画の話題である。

「...それに加えて殺杉ジャックは痛覚は感じず、また、他者からの害意や攻撃を受けた時には少なくとも嫌悪感や恐怖は感じるが、すぐに記憶から掻き消えてしまう。ですね。バッチリ覚えてます!」
「ああ、絶対に忘れるなよ。麻上に限ってそんな事はないと思うが、これはなにより麻上自身の為の裏設定だからな...!」

麻上の演じる役は映画の主人公の一人にしてラスボス、恐怖の終末装置、殺杉ジャック。その役の人となりと麻上の能力の性質上、彼女や周囲の安全を守るためにこのような裏設定をいくつか設定する必要があるのだ。

「あー!でもやっぱ最後の希望がエナドリなのは凄い気になる!観客には分からない事だが!この世界の人類はそこまで愚かではない!リアリティ!」
「そっ、そんなに言うなら私じゃなければ良かったのでは...」
「そんな事は断じてないッ!『そこに本物の殺人鬼がある』という迫真さは他の誰にも絶ッ対に出せない!というか言ったじゃないか!私がやっていいですかって!」
「だって『あー、もしも身長2mでムキムキのスキンヘッドな容姿で演技がちゃんとできる奴いればなー!この部の男子ヒョロい奴しかいないからなー!』なんて言ってたじゃないですか、完全に前フリでしたよね...!」
「ウッ!ひ、否定できないこと言わんでくれ...私が甘えのせいで麻上につい負担を強いてしまったのだ、すまない...」
「そ、そんな急に落ち込まないでください!」


「落ち着いた!」
「はっ早い!ですね!」

亀川はいつもテンションが高く映画への熱意に満ちていて、多少落ち込んでもすぐ立ち直る。その熱意が暴走して迷惑がかかることは時々あるけれど、そんなひたむきさが先輩として、苦楽を共にする仲間として好きなのだ。他の部員達もきっと同じことを思っているだろう。麻上がそんなことを思っていると、不意に亀川の表情が真剣になり。静かに語りかけた。

「...実際のところ、麻上はどうしてこの殺杉ジャックなんて役を受け入れたんだ?この希望崎学園といえど部外の友達に気色悪がられたりなんてのもありうる話だろう?そのあたりは大丈夫なのか?」

麻上は驚き、少しだけ返答に迷った。ただそれは部長が珍しく真剣になった事に驚いたためである。答えは決まっている。麻上はそれを口にした。

「私はこの映像部に入ってから、また演技をする楽しさを取り戻すことができました、それも皆さんのサポートのおかげで、この私の能力と付き合えるようになったからです」
「ハハハ、そんな事言われると照れちゃうなあ」
「はい、そこで私はこの能力を最大限生かせる役をやりたいと思ったんです、かつて忌まわしいとさえ思っていたこの力を、自分のものにしたいのです、身勝手な挑戦なのですが、どうかよろしくお願いします」

麻上の言葉は力強く、その目は希望に輝いていた。亀川はニッコリとほほ笑んだ。

「...なるほど、素晴らしい!その気持ち受け取った!じゃあ明日から本格撮影開始だ!気合入れて行くぞ!」
「はい!全力で行きます!」

二人は立ち上がり、力強い握手を交わす。この情熱は以前の麻上からすれば考えられない物だった。青春がそこにあった。

「未だに私一人では役から抜け出せないのですが、それもいつか改善できるよう頑張ります!」
「なに、その辺りの心配など必要ない!麻上は自分の役だけに集中するがいい!それでは明日の撮影に備えて早く帰るぞ!」

二人はカーテンを閉め廊下へ向かう。その際麻上は教室の照明を落とそうと、出入口付近にあるスイッチに手をかけ...

「あっあっそうだ!もう一個麻上に伝えそびれた裏設定があるんだよ!」
「えっ」

部長の暴走がまた始まってしまったのを察知した。

「ラストは殺杉がブッ倒されてエンドだろ、だけど実はあの後復活しちゃうんだよね」
「しちゃうんですか!?」
「ちなみにやられてから復活するまでの時間は〜、ああ、30分ね」
「さんじゅっぷん」
「更に身体能力も全般的に大幅強化される...要するに第二形態だな!感動のフィナーレかと思いきや舌の根も乾かぬうちに暴れ出す殺杉!頼みの綱の特効薬も先の戦いで尽きてしまいさあ大変!そして全てを影で支配していた真の黒幕とは一体!待て続編!」
「END OF WARとは...」

それから麻上は校門をくぐり自転車通学の亀川と別れた後最寄駅へと歩みを進める。因みに亀川は先の裏設定について「そうしないとどうしても矛盾が生じる、例えば前半での教授の行動とか言動とかな、もし続編を作ったらそこでバシッと伏線回収する訳だ!」などと供述していた。至高のクリエイターは続編の事も考えておくのが彼の理論である。部長は凄い人だなあと、麻上は尊敬とも幻滅ともとれない感情を抱いた。

(続編...本当にやる気なのかな)

映像部の作品は何も亀川のワンマン体制で作られている訳ではない。此度の映画にも他の部員達が発案したアイデアが多数フィードバックされているし。過去の伝統からして次の映像作品は一年の誰かが監督を務める事になるだろう。

(それとも部活とは別で個人制作として?...いいえ、まずはこの映画の撮影だね。頑張ろう!)

麻上は急ぐ訳でもなく駅へと走り出した。その向かいの空の上では満月が輝き、麻上を照らしていた。



12/01 PM0:30

「フーッ、どうにか振り切れたか......」

希望崎学園には、校門近くにある校舎側の奥部に、グラウンドや球場、プールに人工林地帯といった屋外授業用の施設が多数存在する。そこへと繋がる通路の上を、男が疲労困憊と言った様子で、独りでに動く大量のパンティーと共に歩いていた。

男は上半身裸で、肌にはおぞましい事にパンティーやストッキングが多数埋め込まれており、虹色のぶち模様を形成している。名は嶽内大名、超一級の変態であることは明白であろう。

「しかしこの人気のなさは不気味也、何かが起きている。今ここへ逃げ込んだのはまずかったか?」

嶽内は思案しながら辺りを見渡す。人影は誰一人として見当たらず、風が林にそよぐ音が耳に心地く響く。この日本最大級の魔人学園において通常ありえざる光景だ。彼が魔人警察の追手から逃れられたのも帰宅する生徒の波に潜り込んだからである。

「しっかし大漁であった!あれ程パンティー吊るし共が群れる事は早々なかろう!」

当然彼は、そのついでに帰宅途中の女子高生からパンティーを思う存分奪い貪るっていた。嶽内は至福の時を思い起こす。【パンタローネの抱擁】により己が下着がひとりでに動き。戸惑い、顔を赤らめ恥じらい、嬌声を漏らしてしまう女子生徒......にはまるで唆られぬ。彼が愛するのは下着のみであり、それを身につけるヒトなぞ所詮ノイズと彼は考える。

(特に快感であったのは頂いたパンティー達で全身を隈なく隠した時だった、名付けてフルアーマー嶽内とでも言うべきか、初めは追手の警官の目を眩ます為咄嗟に思いついた策だったのだが......嗚呼!思い起こすだけで快感!いざ実行すると絶頂に至らぬよう堪えるのが必死で、逃走するという観点においては逆に悪手だったかもしれグボォ!)

嶽内は何か硬い物体に衝突し、顔面から盛大に地面に倒れた。顔にできた傷を片手で覆いながら嶽内は立ち上がり、もう片方の手で砂埃を払う、辺りを見渡すとここが第二グラウンドである事が分かった。

「ううう、空想への没入が過ぎたか、自省せねば......おや?」

嶽内は目の前にはぽつんと不自然に置かれた、岩のような物体があるのに気が付いた。彼と同伴する一枚の桃色のパンティーが興味ありげにその表面を動き回る。先程彼がつまづいたのもこれだろう。

嶽内は訝しむ。無論、こんなところに謎の物体があること自体異常である。加えてこれは岩の様で岩ではないと、嶽内は感づいていた。この物体から微かだが汗の匂いが立ち込めている。......何か察しのついた嶽内は立ち去ろうと

「ギィ!」

瞬間!その岩のような物体から腕が生えたかのように現れ、表面のパンティーを鷲掴みする!嶽内は驚愕し目を見開く、と同時に目の前の”それ”もまた目を見開き、嶽内を凝視する!

「うあああ貴様は殺パンを犯したのだ、ぞ......」

壮絶なまでの殺気に当てられた嶽内は及び腰になる。岩のような”それ”......殺杉ジャックはその大きな手をロボットアームの様に動かし、眼前へと持ってこさせた。手のひらに張り付いた、グシャグシャに引き裂かれたパンティーを見つめ、殺杉は震えだす。怒りに!

「パンティー」

「え......」

「人類共ノ文明」

「ま......まずい......!」

「マダ根絶ヤサレテイナイ」


殺杉は全身の筋肉を強張らせながら、不格好な体勢で立ちあがる。殺杉の目に頭上で輝く太陽が映る。殺杉は意味があるわけでもなく、太陽へ吼えた!

「モット人類ヲ滅ボスウウ!!!」

殺杉ジャックは殺戮の限りを尽くした後、あるいはこれから起こす暴虐に胸を膨らませた時、太陽へ咆哮するのだという。そこから彼は「炎陽の殺人鬼」と呼ばれるようになった...そのような設定になっている。殺杉ジャックはあくまでフィクション上の存在。今ここにいる彼も彼女(・・)が演技をしているに過ぎない。故に本来は映画の上だけで完結する存在の筈だった。

だがここから先は彼女(・・)によるアドリブが始まる。



12/1 PM0:35

希望崎昔話傑作選 その1「おかしなお嫁さん」
作:木下礼慈

(前略)
「それーっ!この村から出ていけ!」
「ぐわあああ!」

権兵衛さんは灰をまきちらすと、その美しいお嫁さんはみるみる小さくなって、なんときつねになってしまいました!権平のお嫁さんの正体はきつねが化けたすがただったのです。

「うらぎったね!あなたを本当に愛していたのに!」

きつねは森の奥へびゅうっと走りさっていきました。これでようやく村に平和が戻ったのです。しかし権兵衛さんはそのあとさびしそうな顔をしてこうつぶやきました。

「ああ、あのきつねが本物の人間だったらどれほど良かったろう、おれもあの人のことが心から好きになっていたんだ...」

それでも権兵衛さんは前をむきます。自分の恋は終わってしまいましたが、自分を気づかってくれたやさしい村人のみんながよろこんでくれるのがなによりの幸せだと思うことにしたのでした。あのきつねのことは忘れることにし...


「そしてその刹那!権兵衛は突如として天上より降り注いだ光の矢に脳天から貫かれ死んだ!これは権兵衛が真実の愛から目を背けた結果下った天罰である!それ以降村では愛は何よりも優先させなければならないという素晴らしい教訓が伝えられるようになったのである!THE ENDッ!」
「ふざけてんのかー!」「筋が滅茶苦茶よー!」

...殺杉ジャックが覚醒したのとほぼ同時刻、生徒指導室では生徒会長による愛の特別授業と称した講義が続けられていた。呼び出しを食らっていた生徒は全員強制参加、自主的にラブマゲドンへ参加した生徒も、僅かに四名ではあるがこの指導室へ来訪している。


「権兵衛がなんだかかわいそうよねー、キャラダイン様?」
「皆はそう思うのだね、私の抱いたのは郷愁、とでも言うべきだろうか。私の故郷だとこういった不条理な寓話はよく伝わっていたので、幼い頃に母上からよく言い聞かせられていたんだ。」
「すげーっ!」「異世界の事、もっと聞かせてもらっていいですか?」

この空間において一際人気を集めているのが”絶対勇者”ウィル・キャラダインだ。彼が異世界より転移した先はこの生徒指導室、ありがちな異世界ファンタジー作品に出てきそうな勇者そのものを目の前にした生徒達は興味を示さない筈がなく、彼自身の博愛的で親しみやすい性格も相まって、既に多くの参加者と打ち解けている。

「全く、人気者というのは大変そうね...」
キャラダインの後方にて隻腕の女子生徒、糸遊兼雲は椅子に座りながら彼らを見つめていた。

「そうっすかね~、俺は友人は多い程楽しいと思うんでよね、人それぞれですね」

その隣に座る男子、根鳥マオが糸遊に語り掛ける。彼は笑顔を浮かべていたがどこか暗く、内なる後悔と焦燥を隠しきれていない。

「......いやー本当災難っすけど頑張らないとっすねー、糸遊先輩は自主参加でしたっけ?」
「そうね、お互い脱出できるよう検討を祈りましょう」
「ありがとうっす!」

根鳥は感謝を伝えると、他の生徒数名に話しかけられ駄弁り始めた、根鳥の元からの知り合いだ。それを横目に、糸遊は膝上に置いてある藍色の綴葉装と小さな筆ペンを手に取る。

(もっとも私は恋愛なんて更々する気は無いのだけどね)

糸遊は適当な白紙の項を開き、上部に『C』『根鳥マオ』と大きく記した後、先程聞き出した根鳥の個人情報を綴っていく。その綴葉装の表紙には『万蕃儿縁起大系・手引足抜繙自在鉄之帖』と毛筆のフォントで刻まれていた。彼女の魔人能力名そのものである。

任意の他人同士の行動を操作する、先の抗争において終戦の要となったこの能力を用いて、このラブマゲドンを穏便かつ迅速に閉幕させるのが彼女のミッションだ。そこへのビジョンは未だ明確ではないが、「愛を得る」事が目的となるこのイベントにおいて自身の能力は必ず役に立つだろう、彼女はそう確信していた。

始めに指導室へ来たのは正しい判断だった、能力行使の要となる個人情報を早いうちから多数得れた。特にキャラダイン、異世界豆知識を無防備にもペラペラ喋る彼からは、たんまり個人情報を得られた、本人には申し訳ないが有用な駒として使えるだろう......

「一同そろそろ静粛に!講義はまだ続きが......おや?」

甲高い悲鳴と、チェーンソーの唸る音がどこからともなく聞こえてきた。指導室の生徒達は一瞬静まり訝しむ。

「まずいっ!」

瞬間、キャラダインは床を蹴り窓ガラスを突き破る。指導室のある三階から地上へと、ガラス破片と共に落下し三点着地をした彼はすぐさま全速力で駆け抜ける。音のした方向へ!

「全員部屋から出ないで!外にヤバいのがいる!」

次に反応をしたのは糸遊だ、傷跡が軋みだす、あの悪夢がまた脳によぎる。彼女は他人からの害意に人の何倍も敏感であった。たちまち参加者達はどよめきだした。

「一体なんだこれは、まさかイベントに乗じて大量殺人が......?」

黒板の前の木下も深刻な表情で呟く。このラブマゲドンへ参加したが為に無残にも殺される参加者の姿を木下は想起し青ざめた。それに対し滑川は妖しげな、だが真剣な表情で応える。

「分かりませんわ......これは私達も向かうべきでしょうか?」
「俺は行く、危険だからぬめちゃんは待っててく、ニャヒィ!?」
「......心配なさらないで、私は弱くありませんよ」
「ヒヒ、ヒ、わ、分かった、至急勇者の男が向かった方へ行くぞ!」

何やら如何わしいやり取りの後、木下と滑川は廊下へと駆け出す。それを見た糸遊は怒りのこめて制止しようとする。

「ちょっと!?いくらあなたでも不用意に外にでるのは」
「これは主催者として!生徒会長としての責務!逃げてはならんのです!」

それを木下は拒否し、滑川と共に指導室を飛び出し廊下を走り抜ける。木下は思う、愛を探し迷える生徒達を、愛によってこれから善の道を歩まんとする不良達を、みすみす死なせる訳にはいかないのだと。走れ!木下礼慈!死すべきは、愛から逃れようとした愚者だけでいいのだーーー



「な、なんなんだよあのバケモノッ!」
「ととととにかく離れるのよ!見つかったら絶対死ぬわ!」

第二グラウンド付近、今しがた目覚めた殺戮怪人、殺杉ジャックは巨大チェーンソーを無造作に振り回し、植木や鉄柵など、目に映る物を衝動のままに破壊していた。その様を目撃した周囲の参加者達はほとんどが逃走した、しかし。

「......っ!......」

逃げる途中に足を挫き、殺杉を前にしてもなお逃げられずにいる女子生徒が一人いた。彼女は恐怖により全身が震え、口が下向きのくの字の形に閉じて、声を上げることも到底できる状況でではなかった。殺杉はふと破壊の手を止め、女子生徒の方へ振り向く。彼女は全身をぎゅっと強張らせ。目に涙を浮かべた。

「人間共ヲ殺シタイ!マズハ貴様ダ!」

殺杉は地面を抉る勢いで蹴り、その女子生徒へと飛び込んだ!右手のチェーンソーを豪快に振り下ろし、彼女を両断しようとした、その時。

銀の剣筋が一閃、彼女の目の前で殺人凶器を受け止めた。

「あ......」
「もう大丈夫だ、怪我はないか?」

その女子生徒は見上げると、殺杉の斬撃を一太刀の長剣で受け止めながら、優しい声を掛ける男が目の前に立ち塞がっていた。その姿はギリシャ彫刻のような端麗かつ猛々しい肉体に、青を基調とした戦士の装いで、厳しくも麗しい顔立ちで敵に臨む様が、後方からでも見て取れた。

「この大鬼(オーガ)は私が必ず倒してみせよう!」

彼の持つ能力の名は『絶対勇者』。......それは彼の生き様であり、武勲であり、愛称であり、そして彼そのものを指し示す名である。彼はチェーンソーを横へいなすと、その勇者の剣を殺杉の頭上へと振りかぶった!

「ゴウゥ!」

殺杉は左の肩から鳩尾にかけて斬り込まれ血が吹き出す。武道で言う所の袈裟斬りに近い動きだ。キャラダインは続けざまに剣を腰の後ろへ引き寄せ、その刀身へ渦巻く炎を纏わせる。無詠唱での火属性魔法。キャラダインは剣先の狙いを敵の左胸に定める、その心部を貫き炎で焼き焦がし、確実に屠る為に!

「ヤアァァ!」

勇者の剣は悪鬼の心臓を一突きし、炎の渦はまた一段と燃え盛る!キャラダインの経験上、大抵の人型の魔物はこの火剣の突きで確実に仕留める事が可能である。この世界では事情は異なれど、その点には変わりなかろう、そう彼は踏んでいた。

「.......アア?ツマラン刀ダナァ!」

「くっ!まさか不死者の類であるか!」

だが、殺杉には一連の攻撃にまるで効いていない。キャラダインも手ごたえの無さを確かに感じ取っていた。キャラダインは剣を戻し身を守るよう構え直す。その瞬間から心臓へと貫かれた穴はみるみる修復を始め、見れば肩にかけての傷はすでに無くなっていた。

キャラダインの見立ては半分正しい。殺杉ジャックは禁忌的人体改造により不死属性を獲得した......そういう設定になっている。実際殺杉は軍隊にによる銃撃、爆撃、魔人兵の原子分解レーザーの一斉攻撃を受けてもなお無傷で生還した事がある......そういったシーンが映画『陽炎の殺人鬼』の劇中で放映される予定である。

ならばとキャラダインは両の手に眩い白光を集め、光の玉として殺杉に放つ。聖属性の攻勢魔法であり、向こうの世界おいては不死の怪異達を祓うのに極めて有用な魔法あった。しかし。

「これも効かないかっ!」

殺杉は埃にでも当たったかのように意に介さない。キャラダインの見立ては半分間違っていた、殺杉の不死を剥がす事が叶うのは、科学の叡智によって産み出された秘薬......エナジードリンクのみ。科学的にも魔法体系的にも極めて不自然な特性と言えよう、だが、そういう設定にせざるを得なかったので仕方がない!

「シィィアアアアアア!」


殺杉がキャラダインめがけチェーンソーを横へ薙ぎ払いキャラダインはいなす。続けざまに殺杉が縦に叩きつけるのをキャラダインは受け止め、力押しされ後退しチェーンソーはアスファルトに刺さった。そこへと殺杉は前進しながらチェーンソーを地面から居合の如く抜き斬りつける、キャラダインは咄嗟に躱そうとるすも、右の太ももへと浅く斬撃を受ける。

ーー先程より明らかに強い。キャラダインは足の痛みを無視し、矢継に繰り出される攻撃を紙一重で退けながら思索する。先程助けた女子生徒への一撃を止められたのは、此奴が非力な人を襲う時は全力を出していないからだったのだろう。それに加えて......

(この弱まった私の力では、いなし続けるだけで限界!)

ウィル・キャラダインは勇者である。その類まれなる強さを以って、かつて全世界を震撼せしめた魔王を打ち取った男である。その時の力がそのままあったならば、この殺杉ジャックを圧倒すること程度造作もなかっただろう。だが今のキャラダインの強さは、いわば故郷を旅立ったばかりの初々しい戦士。これまで得た数多の闘いの経験で補おうにも、殺杉相手にはあまりに火力が足りない!

当然このままではジリ貧、有難く増援が駆けつけてくれたとしてもこの不死の怪物を一体どうして倒そうものか。切り札(・・・)はあるにはあるのだが、こればかりは使いたくない。一体どうするーー

◆ ◆ ◆ ◆

「いけませんね......こんな怪物が紛れてしまったなんて」

階段を下り、玄関から飛び出した木下と滑川は早速この惨状を目の当たりにした。滑川の目に映るのは眼前の敵を蹂躙しようとする怪人と、傷を負いながら相手する勇者の姿。このままでは勇者の方がやられることは彼女にも明白だった。

「おーいもしもし!聞こえてるか!......早く返事をしろー!」

一方木下はスマートフォンである人物との連絡を図る。それは彼ならばあの怪物をも屠れるだろうと、木下が確信する男。

「......すみません、丁度補給物資を受け取っていた所でした」

生徒会所属の一年にして、希望崎学園上空で待機する最強無比の狙撃手、スナイパーあたるである。木下が事前に彼へ与えた役目はラブマゲドンからの脱走者の殺害ただ一つ。だがこの不測の事態を解決するべく新たなミッションが与えられようとしていた。

「謝罪はいい!開始早々だがヤバめのトラブル発生だ、死人が出るかもしれん、今すぐ地上を見てくれ!」
「ええと、あっ見えますねバトルしてるのが、反射光でギラギラしているのは西洋剣と鎖鋸ですかね。どっちが敵ですか?両方ですか?」
「チェーンソーを持っているが敵だ!今すぐ止めろ!」
「了解しました」

その直後、青空から白く眩い光の筋が地上へ走り、殺杉とキャラダインとの間へ落ちた!爆裂音と共に着弾地点のアスファルトは爆ぜ、ぶつかり合う二者は間合いを取らされる。それから続いて殺杉の足元へと光の矢が放たれ、殺杉は回避行動を余儀なくされる。引きはがされたキャラダインは木下らの存在に気が付き声をかけた。

「貴方は生徒会長殿と滑川殿!ここは危険ですので避難を!」
「怪物への迅速な対処、ありがとうございます......あとはうちのあたるにお任せを」
「私からも深く感謝を伝える!貴方こそ避難と治療を!」
「こちらこそ救援感謝する。あたるとはあの光線を撃った主か、しかし私が見た所、あの怪物は不死属性をもっているようだ、本当に打倒できるのだろうか」
「なにっ不死属性だと!えーと、分からぬ!とりあえず聞いてみることにしよう。おーいあたる!奴は不死属性を持つらしいが......」

「ギェギャアアアア!」


突如として殺杉が断末魔の咆哮をあげる!キャラダイン達は驚き雄叫びのした方向へと振り向く。一体何が......否、見れば殺杉の頭頂部に黒く焼け焦げた跡がうまれており、そして修復がなされない!そのまま殺杉は糸の動かなくなった人形の様に地へ倒れ伏した。木下はあたるへ連絡を再び入れる。

「こ、これで死んでくれたか......」
「おそらく死んでません、私の経験上、不老不死者なんかにはこの矢の即死は通用しないのですね」
「なんだと!ってああっこいつ呼吸を!」

殺杉は確かに傷を負い意識を失っていたが、それでも心臓は弱弱しくも鼓動し、呼吸も細くゆっくりと継続されていた。

「まあ何と、あたるでも殺しきれない者などいるものですね......」
「だとしてもこの不死の魔物を一撃で黙らせるとは驚嘆に値する、一体彼は何者なのだ......」
「いやしかし、こいつがまだ生きているというだけで大分不安なのだが......」
「大丈夫ですね、敵が不死者といえども私がもう5発程打ち込めば経験上おそらく死にます。即死効果が無効化されたとしてもHPは削ることができる、といった風ですね。それにですね私はあれを殺す気はないのです」
「え!な、何を考えているのだお前!」

木下は戸惑い疑念を抱く。そもそも、あたるはその気になればあの怪物を撃ち抜けるのになぜか足元に撃つばかりだったのはおかしい。なぜそのような無駄なことをするのか。不審感が上り詰めたとき、あたるは答えた。

「いえ、あれを殺さないというのはのは他でもない会長の意思なのですよ」
「そっそんな事言った覚えはないのだが!?」
「会長、この間私におっしゃったじゃないですか、『このラブマゲドンにおいて死すべきは、愛から逃れようとした愚者だ』と」
「......確かにその通りだ」
「あの怪物は愛から逃げた、即ち脱出を図ろうとしたようには見えないのです。あの怪物を『殺せ』という命令もさせなかったですし、だから不死属性であることが確認できるまで撃ちませんでした」
「なるほどな......」

木下は納得する、スナイパーあたるは非常に忠実な男だ。一度下された命令は必ず遂行するし、逆に命令されていない事は何があってもしない。木下もその事は理解していた。だがあの怪物が危険であることには変わりないし、あたるはその気になればあれを殺す事ができるのだ。ならばやるべきは、古い命令を新しい命令で上書きする事......

「では今から命令を下す、あの怪物を......アヘアッ!」
「待ってください、会長......」

木下はビクリと体を震わせスマホを取り落とし、汗をかきながら気持ち悪い笑みを浮かべる。その後ろで滑川は妖しく暗い笑顔で木下を見つめ、彼に囁きかける。

「私に考えがあるのですが......」

その様をキャラダインは少し離れた地点で、無垢な真顔で見つめていた。あれが彼らにとっての愛のスキンシップなのだろうか、などとキャラダインは何かを読み取ろうと考察する。

ウィル・キャラダインは恋を知らぬ、故に伴侶を悲しませる、だからこそ彼はラブマゲドンへと参加した、まだ自分の知らない、かけがえのない感情を掴み取るためにーー

「ところで、さっきから私を見続けているのは誰かい?」

キャラダインは校舎の玄関がある方へと振り向くと、先程から感じていた視線の主が影から見つめているのが見えた。キャラダインはその姿に見覚えがある、殺杉の襲撃から間一髪の所で救助した女子生徒だ。彼女は視線を返された事に驚きビクリと体が跳ね、それから俯き顔でゆっくりキャラダインの元へ近づくいていく。それを見たキャラダインは優しげな笑顔を浮かべて彼女へ歩み寄り、二人の距離が靴長二足分まで近づくと。女子生徒はキャラダインを見上げて気持ちを伝える。

「あ......あの、さっきの事なのだけれど......」

女子生徒は緊張から言葉に詰まる、もじもじと体を左右に動かし、そのショートボブの紫髪も揺れ動いている。だが彼女は決心をつける、伝えたいこと、伝えなくてはいけない事、色々あるけれどそれに整理整頓して、たった一言で伝える。

「......ありがとう」

キャラダインの頭に一瞬刺されたような衝撃が走り、そして何事もなかったかのように去り行く。キャラダインは気のせいだろうと流す。だが不思議な事に、キャラダインはそのたった一言がとても重く、大きく感じられたのだ。

「いえ、私は戦士として当然の事を行ったまでです。貴女の感謝の気持ち、この胸に大切に仕舞います」
「うん、どうか、これからもよろしく......」

女子生徒は明るい笑顔を振り絞ろうとして、ぎこちなく歪な笑みをうかべる。彼女の心はときめきで満たされていた。それこそ彼女がまだ魔人へと化する前の、無垢な少女だった頃のように、彼女は胸の内の思いにその目を輝かせていた、彼こそがきっと探し求めていた素敵な人なのだという確信に。

「どうぞよろしく、私の名前はウィル・キャラダイン、貴女は?」
「ええっと......あたしは朱場永斗@鬱っていいます、ちょっと変な名前かな?でもよろしくね」



12/01 PM1:17

希望崎学園人工林地帯、天然の広葉樹林を模して形作られたこの場所は、元は生物学の授業や運動部員の練習の場として設置されたものである。現在では上記以外にもサバゲ―部の活動や映像部の撮影所など更に多岐に渡って利用されるようになり、この土地の使用許可の獲得は過酷を極めるという。

そんな林の中で、銀杏の木に背をもたれて休養をとる全身下着男が一人、嶽内大名である。殺杉が覚醒した直後、彼はこの怪物には敵わないと判断した彼は、逃走の為に自身の能力で殺杉が着用していた下着を奪い取り、足を絡ませ遅らせる。さらに嶽内が所持していた下着達を数珠繋ぎにし、さながらワイヤーアクションの如く操りこの人工林へ逃げ隠れてきたのである。

「全く、あれなるような怪人がいるなど最近の希望崎学園はどうかしているのか、少なくとも吾輩が現役の頃にはいなかった筈だ」

ここ数年の希望崎で最悪の変態と謳われた男が愚痴を零し、過ぎ去りし青春の日々に思いを寄せる。正しくここはパンティー吊るしの宝庫だった。色恋だか何かに現を抜かす連中も多く不愉快であったが、そいつらの下着も等しく尊い代物だ。流石にやりすぎたのか最終的には放校処分とされてしまったが。あのかけがえのない時間があってこそ今の自分ありと言えよう。

「......しかし、こいつを一体どうするべきか......」

嶽内は手の平の上に畳まれた、殺杉の着けていた血濡れのブリーフを見る、殺杉ジャックは設定上男性であり、また女装趣味などもない、よって殺杉が男物の下着を身に着けるのは道理である。いつもの嶽内なら男物の下着などその辺りにでも捨て置く筈だが、そうしようとした時、彼は奇妙な胸騒ぎを嶽内は感じたのだ。故に今なお捨て置けず手元に置いてある。

「お前は捨てるべきと思うか、そっちはどうだ、なるほど、いい転機じゃないかと、そうは思えんが......なにっ結構可愛いと!」

嶽内は自身の持つパンティーと相談(・・)する。それは果たして嶽内だけに声が聞こえているのか、或いはただ狂気の果ての奇行なのかはもはや誰にも理解できない。しかし彼は一応の答えを得た、ひとまず所持しておくことにしたのだった。

とりあえずこの血と脂まみれの状態では汚らしいことこの上ないので、近くの小川を模した水流で洗濯をする。吾輩ながららしくないな、嶽内はそう思いつつも冷たい水流の中でブリーフの汚れ同士ををこすりつけ合う。そうして五分ほど格闘を続けた末、目立った汚れはおおよそ落とす事ができた。それを確認すると嶽内は水からブリーフを上げ、水を絞り、パツンと顔の前でブリーフを伸ばして見る。

嶽内が恋情を抱いたのはこの時であった。

「う!ぬぬぬ......なんだ、これは」

嶽内は胸がぎゅうっと掴まれたかのように苦しくなり、悶え始める、体中は風邪を引いたように熱くなる。嶽内は困惑する!

「い、愛おしい!馬鹿な!この吾輩がブリーフなどを!」

嶽内大名はパンティーを愛し、またパンティーしか愛せない男、その筈だった。間違ってもパンティーを見限り、パンツへ鞍替えした訳ではない。この感情はこの世全てのパンティーへ向けた愛情と似ているようで違う、それは世界でたった一つの何かの為だけの愛、人はそれを恋と呼ぶ!

「馬鹿な馬鹿な!吾輩は人呼んでマスターパンティーだぞ!パンティーを愛する者だぞ!」

嶽内は悶え続け、吼え続ける、己が感情が何たるかを理解するために!

「パンティー!」

12/01 PM3:04

「おっぱいくれませんかーー!!」
「いやあああーー!!」

女子便所内に怒号と悲鳴が木霊する!トイレの一室に閉じこもっていた泉崎ここねに、扉をこじ開けて叫ぶのは乳揉み崎 卑猥太郎!彼は嶽内との壮絶なる死闘を果たした後、警察の追手から逃走を始めた。しかし嶽内と比べて変態としての経験の浅い彼は、身隠し場所を決めあぐねていた。日本の魔人警察は有能だ、無闇に逃げてはすぐに捕まる......なのでとりあえず大先輩である嶽内の後ろに付いて行くことにしたのだ。

嶽内同様、途中に帰宅させられる生徒の一団に遭遇した乳揉み崎、目先を走る先輩はおっぱい垂らし達から次々とパンティーを奪う傍ら、彼と比べて魔人としての経験も浅い乳揉み崎は、追手を振り切る事に必死でおっぱいを奪う余力も気力もなかった。目の前を通り過ぎていくおっぱい達、募る欲求不満。

そして学園敷地に辿り着くや否やおっぱいを捜し求めるも、ラブマゲドン開催中の学園ではおっぱい垂らし達にはまるで出会えず。また遭遇したとしても開口一番「おっぱいくれませんかー!」と叫ぶのですぐに逃げられる始末。疲れ切った脚は使い物にならず、このおっぱい禁断症状を治めるには女子トイレに籠る輩を狙うしかなかったのだ、しかし......

「ぐあぁ〜っ!頭脳が!」
「消えろッ死ね!来るなこの屑!死ね!」
「ぐあぁ〜っ!」

身震いする程の嫌悪に青ざめながら、怨嗟の篭った悲鳴を吐き掛ける泉崎、その瞬間に『論理否定』は発動した。彼女の能力により乳揉み崎は急激に知能レベルが低下し、判断能力を失い床に倒れのたうち回る。泉崎は便所から逃げ出し、尚更気持ち悪くなり近くの壁にもたれ掛かる。胃の中から何かが込み上げて来て、吐き出そうとするが、もう何も吐き出るものがなかった。

「オッパオッパーー!」
「いやあああ!」

すると女子便所の扉から、理性を破壊され明らかにイッた目で奇声をあげる乳揉み崎が飛び出した!恐怖で床にへたり込む泉崎に乳揉み崎が迫る、そしてそのおっぱいを奪い取ろうとする。その時。

「おわわーっなんだこれ!?」

泉崎の視線の先、乳揉み崎の後ろで、一人の男子生徒の胸がむくむくと膨れ上がっているのが見えた。男子生徒の胸は学ランを突き破りそうな程大きくなり、やがて下へとずり落ちた。綺麗なおっぱいである!

「おおおお俺がおっぱいを!すごい!」
「オッパオ?」
「............なにこれ」

泉崎は恐怖から一転呆然なり、口が半開きになる。その男子生徒の名は調布浩一、他人の不幸を全自動で肩代わりしてしまう『アンラッキーワルツ』の持ち主であり、現在、泉崎が被る筈だった"変態におっぱいを奪われる"という不幸を肩代わりしているのだ。

乳揉み崎の能力は付近のおっぱいを操作する事であり、本来おっぱいを膨らませる能力など有りはしない。だが泉崎に理性を奪われた結果タガが外れ、その能力を進化させるに至ったのだ。おっぱいを手に入れ満足したのか、乳揉み崎はドタドタと音を立てながら廊下の向こうへ走り去って行った。

「パッパパーイ!」

......また一人、希望崎学園に怪人が解き放たれた瞬間である。

「ヒー凄い体験だった......今日はつくづく災難続きだなあ、そうだ、君の方は大丈夫?」
「......あんな事された割には随分平気そうね」

調布は自分を気持ちを切り替えようと、明るく笑顔を作る。泉崎はこの男の事が少しだけ心配に思った。胸の事ではなく頭の方を。調布は泉崎に向き直る。

「こういうの、もう慣れちゃってるからね、『他人の不幸を受け持つ』なんて能力持ってるせいでね、まあ流石に今日は酷すぎるかな」
「大変ね、では私は一人になりたいので......」
「ではでは!お互いあの変態には気をつけよう」

泉崎は軽く会釈し後ろを振り向く、それを見た調布は手の平を上げるジェスチャーをして廊下の向こうへヨタヨタ歩いて行く、胸の喪失感が気になったが(まあ後でなんとかなるか!)と気持ちを切り替えるのだった。

(他人の不幸を受け持つ、か......)

だから何って訳でもないけど、と泉崎は付け加える。彼の胸が膨らむ光景をふと思い出し、フフッと苦笑が漏れる。ええt先程の衝撃体験で気持ちが一周回ったのか、心の中でドロドロと渦巻いていた暗い雲は幾らか晴れて、生徒会長への憎悪が戻ってきた。決意を新たにする、必ずあのイカれ生徒会長を討ち取る事を。

「生徒会長......絶対ブッ殺す」
「えっあなたも生徒会へ反抗を?」

女の声がした。泉崎は振り返ると隻腕の女子生徒が廊下の曲がり角から覗き見をしていた。糸遊兼雲だ。情報収集のため歩き回っていた所を偶々おっぱいハザード光景を目撃し、その様を陰から固唾を飲んで見守っていた所だった。

「ちょっと二人で話をしない?」

......その後彼女達は同盟を結び共闘関係を結ぶ事となる。木下生徒会長を打倒し、ラブマゲドンを破壊するため。


12/1 PM6:50

「しょうがないなぁ、はい、持ってきたビスケット」
「サンキュ!全く、あの支給品だけじゃ物足りないったらありゃしないよな〜」

明かりのついた教室で、根鳥マオに対して一人の女子生徒が、机に座り向き合って菓子を分け与えていた。ラブマゲドン中の購買部では、参加者の財布事情を考慮し1日につき3回分の食料が配給される事となっている。もっともその内容はコッペパンやコンビニおにぎりなど、安くて少量のものに限られる。

会長曰く、明日から開始されるという『愛を深めろ!希望崎ラブカップ』なる企画に参加しそこで好成績を収めれば配給食もグレードアップするらしい。根鳥も今の配給食には不満はあるが、しかし希望崎カップへの興味はない。面倒見の良い根鳥は誰とでも親しくなれる、目の前の女子は今日知り合ったばかりだが、既に菓子程度なら『借りる』事ができる程には友好的だ。

「じゃあ私はこれで失礼するね、今日は色々ありがとねーっ」
「それほどでもー、この後どうするのかい?」
「そりゃあ恋人探しだよ、その為に学校に残ったんだもん、根鳥くんも頑張って見つけてねー」
「オーケイ、気づかい感謝するよ、そう言う君もしくじったりしないようにね」
「はーい」

根鳥は女子生徒が廊下へ去るのをニコリと見つめる。既に俺の愛は広まって行っている。これからも参加者達と交友を深めていけば、グレードアップした食事を拝借させて貰う事は叶うだろう。もはや今後の食料事情の心配は全く以って無用......

「って違うわーっ!それじゃ脱出できねえ!」

根鳥はバンと机を叩いた。配給のグレードが何だ、そんな事何の解決にもならない。ぬめぬめの刑から逃れる為にはたった一人の愛し合う人を見つけなければならない、だが事実、俺にはそれが出来ていないのだ。

根鳥には女友達は多いが、当然皆恋人未満、一線を超えた関係なんて物は全く知りもしない。果たしてどうすればいいものか、うーんうーんと頭を抱えて一人悶え続ける。

「随分お困りのようだな、何かあったのか?」

根鳥は突然目の前で聞こえた女性の声に驚き、ハッと見上げる。声の主は白衣に瓶底眼鏡といった、いかにもな理系女子の装いだった。

「ええと、何をしに俺なんかの所へ?」
「まず自己紹介からだな、名前は甘之川グラム。自慢になるが、私は学会からも認められる程には科学に詳しいのさ」
「へーマジか!甘之川はすごいなあ、まだ高校生だってのにさ」

根鳥は感心して賛辞を伝える。万年成績中位の彼にとって彼女の知力の程など想像もつかない。憧れの眼差しで甘之川を見つめる。

「......そそそっそそ、それ程でもないょ......」
「へ?」

甘之川が突然赤面し、言葉を詰まらせる。口元はパクパクと小刻みに震え、額から汗が流れるのが根鳥からでも見てとれた。

「そ、それでだな!もしあなたが恋愛のことで......恋愛......ヴン!そう!困っているのなら私が助けてあげられることだ!」
「ちょっちょっと休んだ方いいんじゃない!?」

根鳥は流石に心配なり、立ち上がって止めさせようとする。甘之川はそれに目がないといった様子で後ろを向きながら「落ち着け私、脳内のシミュレーションをこなすだけなのだぞ」と囁いていた、丸聞こえである。これはもしや、いやまさか、根鳥の心の内である疑惑が僅かに生じる。甘之川は振り返り、再び根鳥と面と向き合う。

「コホン!ええと、今日の夕方の事に一度君の姿を遠目で見たのだが、その時に私は確信を得た!......き、君こそが、私が一目惚れをした、相手......」

甘之川は弱気になり下を俯く、心の内に困惑と怒りが燃える、このラブマゲドンで私は、胸の内に抱いてしまった不可解な感情を理論整然させたかっただけなのだ。

だと言うのに、嗚呼、どうして出会ってしまったのだろう、よりにもよってこの呪いの元凶に。もう甘之川は止自分を止められない。彼を放って置くなど、想像しただけで狂ってしまいそうだ。彼女は顔を上げて、精一杯の言葉を振り絞る。

「つまりだ!この私と付き合ってくれないだろうか!」
「付き......えっまっ!?」
「あああえっとまだ早かったか!?まずは友達からのが良かったか......うおおお頑張れ私!」

頑張る甘之川!



12/01 PM10:50

夜の人工林、冷たい風が木々に吹き付けて、ゴウゴウと物々しい音を立てて、乾いた枯れ葉が横に飛ぶ。殺杉ジャックは吹き付けてくる枯れ葉に気にもとめず、痛々しくのしりと歩みを進める。無敵である筈の肉体はあたるの狙撃によって傷つき、彼の歩んだ土にに血がポツポツと零れていた。

終末装置たる殺杉には設定上痛覚などは備わっていない。そんな彼でも受けた敗北の感覚と、身体から発せられるアラートは感じ取っていた。早く体を癒さねば、鏖殺はそれからだ。殺杉は憩いと安息の地を求めてあてもなく彷徨っていた。

そして殺杉は後ろをつける人影に気づきもしていない。昼間に刃を重ねあった敵、ウィル・キャラダインである。昼間の戦いで示された通り、今のキャラダインと殺杉とではまともな勝負にもなりはしない。だがウィル・キャラダインは勇者故に、この怪人を放って置く事など到底出来なかった。

殺杉が倒れた後、生徒会は他の参加者とも協力し、校舎から遠く離れた地へと放逐された。木下曰く、地下などに閉じ込めても怪力で脱走される危険があり、逆に日の元の方があたるに狙撃させられやすく安全、との事。だがキャラダインには疑念が募る。実際あたるは極めて優秀なスナイパーであり、昼の襲撃で死者や重傷者が出なかったのは何より彼のおかげだろう。しかしあの怪人が目覚めてから狙撃するまでに相当時間が掛かっていたし、彼ばかりに頼りきるのも不安であると、あたるの事を知らない彼はそう考える。

夕暮れまで朱場ら他の生徒達と交流し、愛を学ぶための人間観察をした後、キャラダインは殺杉の捜索を開始し、現在に至る。途中見かけた隠語を叫び散らす変質者も気になったが、優先順位はこちらが上だ。今の自分に出来ることは少ないのは分かっていた。それでも何かできる事はある筈だ、あの時朱場永斗を助けたように。

今まで歩行を続けていた殺杉は、遂に力尽きたのか前のめりに倒れた。殺杉の体重は5t、ズゴンと重い音が辺りに響く。遂に力尽きたかとキャラダインは思うも、警戒を解かずに、木の幹の影に隠れ覗き見る。そしてキャラダインは次に訪れた光景に驚愕し目を見開いた。無数の光の粒が、地面に伏す殺杉の体から現れたのだ、それは綿毛のように空に散っては消えていき、そのたびに殺杉の体は少しづつ縮んでいく。そうして最後の光の粒が消えた時、殺杉が元いた地点に、茶髪の女子生徒が一人であった。

「な......!」

キャラダインは目を疑い、しかし同時に考えるより先に体が動いた、女子の元に駆け寄った彼は彼女をうつ伏せから裏返し、呼吸の有無を確認する。

◆ ◆ ◆ 

「へ?消えた!?何故!ブリーフ消えた!何故ーっ!うおおおお!!!」

時を同じくして、嶽内の所持していた殺杉のブリーフも光となり散った。虚空に絶叫する嶽内!



「ごめんねぇ、ごめんねぇ、もう演劇なんてしなくていいんだよぅ」

病室で母が、ベットで横になっている私に語り掛けながら泣き崩れる。これは9歳の時の記憶、前にもよく夢にみた光景だ。

「ねえ、どうして貴方は悲しんでいるの、麻上さん(・・・・)

私でない私が喋った。私が能力に目覚めたのはとある映画の撮影の時の事だった、その後急遽私の代役を立てて、撮影を継続させたのだっけ。

役に入り込んでいる最中の記憶は、勿論元に戻った後も残る、だから9歳の私は、自分が現場でかけてしまった迷惑と、母を泣かせてしまった事に愕然として、それからずっと泣いていたのだった。

「あああっありがとう......ありがとう!君のような逸材はまさしく部の宝となるッ!」

時間は飛んで今年の四月、私の前で歓喜の涙を流すのは映像部の亀川部長。もう既に麻上アリサという子役は、世間からさっぱり忘れ去られた今でもなお、私の事を記憶に留めていたのが彼ら映像部だった。

初めはしつこい勧誘に嫌気が差していたのだけれど、次第に悲壮さと切実さがにじみでてきた彼らが見過ごせなくなってきた。私は、人が悲しむような事はもうしたくなかったのだ。

だというのに、私はまた人を悲しませてしまった。入部してからまた演技をするようになって、それから毎日楽しくて、もっと私の力を生かしてみようとして、それで人を殺しかけた。私はこれから、一体どうすればいいのだろう......

「......丈......か......大......夫か......大丈夫か!?」

目の前で声が聞こえて、麻上アリサは目覚める。ぱちりと目を開くと、さながらRPGに出てくる勇者のような出で立ちの男が映った。

「おお!目を覚ましたか!......ところで君は一体?」
「あ......あなたは......」

麻上は殺杉としての記憶を否応なしに想起させられ、悲壮な顔になる。間違いない、私が人を殺しかけた時に目の前に現れて、傷つきながら戦った人だ。麻上の心に深い罪の意識が一斉に湧き出してきた。

「ほ、本当に申し訳ございません!私はっ、私はっ!」

麻上は地面につく程に頭を下げた。その両目には、申し訳なさと自分へのやるせなさから涙が浮かんでいた。キャラダインは怪訝に思うが、まずは話を聞いてみようと麻上に向き直った。

「......まずは落ち着いて、話すのはその後にしよう」

ーーそれから麻上はキャラダインへと、私が何者かという事、殺杉の正体が私である事、そしてこうなってしまうのに至った経緯のことを全部伝えた。キャラダインはその間、眉の位置も一つとして変えずに涼しい顔で真剣に聞いていた。麻上は涙を流しながら、再三謝罪の言葉を付け加える。

「本当にごめんなさい......!本当全部私が悪いんです、これからどう償えばいいのでしょうか......」

キャラダインは少しの間目を閉じて考え込み、そして目を開くと同時に、麻上に向けて優しく諭すのだった。

「ああ、確かに起きてしまった結果だけをみれば、到底良かったとは言えないね」
「はい......ごめんなさい」
「それでも私は、君の演じてみようという意思は、尊ぶべきものだと思うよ」
「え......?」

麻上はくしゃくしゃになった顔を上げる。キャラダインの顔はずっと真面目で、決して皮肉やからかいなどで言っている訳ではないと分かった。そのままキャラダインは続ける。

「優れた芸能者というものは、皆例外なく自分の才覚に満足せず常に向上を続けるのだと、私の冒険仲間の僧侶は言った。君はその能力がどこまで実用できるかを試そうとしたのだろう、それこそ君が素晴らしい役者であることのなによりの証左だよ」
「ああ、で、でも、私のしてしまった事は取り返しのつかない事で......」
「そうかもしれないね、だけれども私の父はこう言った、一度過ちを犯そうとも這い上がれる者は偉い、と。今日の失敗は絶対に明日に繋がる、繋げられる。だからどうか前を向いてほしい、君に演技を続けてほしいから」

キャラダインの言葉が、麻上の心の奥底を潤し満たしていく、止んできたと思っていた涙がまた零れだす、けれどそれは悲しみの涙などではない。嬉しかったのだ、巡り会ったばかりの彼が自分の意思を肯定してくれた事に。演技を続けてほしいと言ってくれた事に。

「ううっ......ありがとうございます......!ありがとうございます......!」



「よし、今日の寝所はここにするとしよう」

机が後ろに下げられた教室で、キャラダインと麻上は支給品の寝袋を広げてる。あの後二人は一緒に歩いて校舎へ戻っていった。希望崎の人工林の構造は広大かつ複雑怪奇を極め、GPSがなければ初見の者は必ず遭難するという。しかし麻上は映像部の活動でここに来ることが多々あったため、キャラダインに先んじて道を行き、近い距離で校舎に辿りつくことができた。

道を進む傍ら、麻上は自分や映像部員達の事を、キャラダインは向こうの世界の事情や自分のした大冒険の事、そしてこのラブマゲドンに参戦した理由などの話に花を咲かせた。二人は打ち解けるのにはそう時間を要さなかった。校舎に辿り着くと、適当な空いた教室を見つけてそこで就寝することにした。

「しかし、意図せずラブマゲドンに参加することになるなんて災難だね」

キャラダインは寝袋に足を通しながら語り掛ける。室内の明かりは既に落とされていて、外の街灯の明かりが淡く二人を照らしていた。

「ですねー。だけれど自業自得なので仕方ないですし、きっといい人が見つかると思います、きっと!」

麻上は笑顔で答えた。二人は寝袋にすっぽりと収まり就寝の体制になった。麻上が廊下側でキャラダインが窓側に、およそ1m程距離を置いて床で横になっていた。

「そうだね......良かった、麻上が元気になってくれて、人が悲しんでる顔を見ると私も悲しくなってしまうから」
「......私もその気持ち、わかります」

麻上はキャラダインと共感したのを実感して、その事に嬉しさを感じる、その事に少し恥じらいを覚えて少し目を逸らす。この部屋で彼と一緒にいる時に感じると温もりは、決して暖房のためだけではなかった。麻上は再び視線をキャラダインの顔に寄せて、

「あっ」

彼がもう瞼を閉じて、静かに眠りについているのを確認した。無理もない、慣れない力の失った身体で半日中動き回っていたのだ。麻上の目は、彼が寝ているのをいい事にじっと離れない。綺麗な顔だなあと、素朴に純粋に感じ取っていた。

麻上は胸が高まるのを感じる、本当はさっきからずっとそうだった。この不思議な感情を押さえ込んでいたけれども、否定なんてできはしない。

(いけないよ......だってキャラダインさんはアリスさんと......)

麻上はこの気持ちに覚えがあった。それは9歳の時とある映画の撮影で、近所の優しい大学生に恋をする小さな少女の役を演じた時の事。例え天才子役でも、まだ小学生の彼女にとって乙女の恋心を読み取るのは難題だった。

毎日台本を読み込んで、擦り切れるまで読み取ろうとして、そうしてやっとの思いで『恋』という感情を手に入れて、役を掴むことができたのだった。その為に魔人へと覚醒してしまったのであるが。

身体が熱を感じるのは決して風邪のせいではなく、暖房が壊れている訳でもない。麻上アリサは今、『本物の恋』していたのだった。

「......外の空気、吸いに行こう」

麻上は昂りを抑えるため、側で眠るキャラダインから離れて冷たい風を浴びようとした。寝袋から這い出し、ゆっくりと音を立てずに扉を開ける。微弱な光を頼りに暗い廊下を歩いて行こうとして。

「うっ」

背中にひんやりとした粘液が、べったりと付く感覚を覚えた。

「......!............!」

声を発しようとするが身体の言うことがまるできかず、倒れる事すら叶わずに音もなく痙攣させられる。そうしている内に麻上の脳裏にある姿が過ぎる、否、過ぎらされる。

それは身長2m、悪魔的な筋肉が気色悪く波打ち、改造施術の傷跡が全身に隈なく残る肉体、スキンヘッドで肌全体が真っ赤にペイントされた頭部、麻上自身が良く知る男。

麻上がこれから何が起こるかを理解する。嫌だ、やめて、と拒絶する感情さえも上書きされる。自分の望まぬ思考と感情を、自分の気持ちとされてしまう感覚に、彼女は戦慄し、それも塗りつぶされてしまう。そして今、彼女の頭の中は真っ赤に染まった。



12/1 PM11:03

生徒会長の仕事は終わらない。生徒会室の大机で木下は明日以降開催される企画の準備に追われていた。吐き出すように大きく溜息をつき、背もたれにもたれ掛かる木下、一休みしようと席を立ち、湯沸かし機を手に取ろうとした丁度その時、扉が開き滑川が戻って来た。

「ぬめちゃん!今までどこに行っていたのう忙しかったし寂しかったよ〜!」
「すみません、少し野暮用がありまして、ふふ」

木下は疲れが吹き飛んだかのようにぱあっと顔を明るくする。二人は席に座り、木下は二人分の紅茶を淹れて滑川にわけ渡す。木下は疲れを癒しながら、今日の出来事を振り返る。初日から色々忙しかった、特にあの殺人鬼を遠くへ運んて行くのは、大人数に手伝って貰ったとはいえ骨が折れた。大体奴の体、なぜあんなにも異様に重たいのだ、と、心の中で愚痴を吐き、そしてある疑問が再び頭の中に浮かんだ。

「なあぬめちゃん、やっぱりあの殺人鬼、あたるに殺させた方が良かったんじゃないか?」

生徒会はその気になれば殺杉を始末する事は可能だった。にも関わらずあえて生かしておくと言う提案をしたのは滑川だった。彼女の愛のこもった願いに木下は抵抗できず受け入れた。

殺杉襲撃の件を受けあたるによる警備を強化させた。不審者の侵入を未然に防ぐべく、明らかに怪しい者が学園敷地内に侵入した場合も射殺するように命令した。しかし殺杉だけに関しては「人に危害を加えさせないようにする」だけに留まっている。果たして滑川の真意は何であろうか。

「何を言うのですか、あれは脱走を企てたわけた訳ではありません。なので無闇に殺す訳にはいかないと思うのです......」
「だ、だがな、果たしあの殺人マシーンは......」

愛を知る事は出来るのか?流石の木下でもそう疑問に思わざるを得ない。だが、直後に考えを改める。なめちゃんの事ならば何か考えがあっての事だろうと、もしかしたらぬめちゃんはあの殺人鬼でも愛を知る事で改心が出来るのかもしれない。

俺とした事がバカな事を、と木下は自省する。この俺に愛を教えてくれたぬめちゃんならば、愛の力を信じている筈だろう......

「分かったよぬめちゃん、俺も愛の力を信じテェイヒヒヒ!」
「いいえ会長......流石にあれは改心できないでしょう......」

滑川の粘液が木下の服の内に侵入し、その肌を隈なく撫で回した。高い声を出す木下に滑川は語る。

「私はあの殺人鬼を利用したいのです......吊り橋効果というのは知っていますよね......」
「ヒヒヒ......つ、続けてくれ」
「まず参加者の皆さんにあの怪物を襲わせます、勿論参加者の皆さんに危害が及ばないように注意させた上でです。その時生じた恐怖や緊張が恋愛感情へと昇華され、そしてより多くのカップルを成立させる事ができるという算段なのですが......いかがでしょうか?」
「い、いいよ!いい!グッドアイデア賞を贈与しちゃおうかな!ヘホホホ!」

興奮を続ける木下をよそに、滑川はほくそ笑む。彼女の粘液の力は木下の体表を撫でるだけに留まらない、むしろそれは本来の能力の副産物に過ぎないとさえ言えた。肌に触れた粘液はナノ単位の細さになって体内に侵入し、そして神経細胞を弄り回して当人の思考や記憶を思いのままに操作できる。これが滑川の能力『ぬめんぬめん』の真価、木下に愛を教えた時にも当然この力を行使している。......一つ確認をしようと、滑川は付け加えて言う。

「ありがとうございます......ではあの殺杉ジャックさんを利用させてもらいましょう」
「ヘッ?殺......何だって?」
「なんでもありません」

確認は済んだ、殺杉ジャックの事を木下は忘れている。昼の襲撃の際、滑川この殺人鬼についてある可能性に思い至った。それはこの怪物の正体が、映像部員の麻上アリサであるという事、生徒会は事前に映像部から今度の予餞会で放映する映画の内容の審査を行っていた。その時の書類にはチェーンソー等を振り回す殺人鬼”それそのもの”を麻上アリサという部員が演じる、と書いてあった。

滑川がそれを知ったのは、あるときふとその書類が目に留まった時だ。殺杉を一目見た時その事を思い出し、同時に「利用してみたい」と考えた滑川は、木下の記憶から殺杉の事を消した、いち生徒を道具のように利用する事は彼の正義に反するからだ。夜になって森から校舎に帰還する麻上を目撃し、その後彼女を攻撃する、その際ショックが強かったためか気絶してしまったため、今は森で眠らせているが、時間が経てば彼女は殺杉として目覚めるだろう。

(フフ、さあ見守る事にしましょう......あの怪物がいかな化学反応を起こすのかを)

滑川は胸の内で、これからの展望への期待に胸を膨らませるのだった。



12/2 AM10:45

《第一回希望崎ラブカップ、二人三脚マラソン大会》

ルール説明
  • 敷地内の合計3kmのコースを、任意のペアと二人三脚で走り切ろう!
  • 成績上位者にはこのラブマゲドンで有用なポイントが貰える!健闘しよう!
  • 意図的にコースの外を走る等、悪質な反則行為を行った場合、お仕置きを食らうぞ!

◆ ◆ ◆

「ヘヘッお利口さんにしてられっかよ!俺たちゃ美味いメシが食いてえんだ!」

ガラの悪そうな男子と装飾過多な改造制服を着た女子とのペアが、コースから脇に逸れた竹林の中を走って行く、まごう事なき不正行為だ。

「あんなボソボソしたパン、とても食べられた物じゃありませんもの!ゆくゆくはあのにっくき木下の奴にフルコースを持って来させるつもりよ!」
「すげえぜ!」

二人はヘラヘラと笑う。コース上に監視員がいる訳でもなし、あたるも多分脱走者や変質者の対処に追われていて忙しそうだし、一組くらい不正を犯しても多分バレないんじゃない?と高を括っているのだ。

実際はあたるが隈なく目を光らせている事など露知らず走行する2人は、竹林の中にぽつんと不自然に配置された、岩のような物体が目の前に見える。当然二人は進路を横に逸らし......

「なー、あの上を越えられっかチャレンジしようぜ!」
「わかったわ!」

し、しない!事もあろうに二人はその物体にぴょいんと飛び乗り、踏み越えて地面に着地する。チャレンジ成功!そしてその行いが眠れる獅子を呼び覚ます。


「ベギョアアアアアアア」


「ひいいい何だこいつ!」
「まさか昨日の化け物!?」

お察しの通りこの物体の正体は殺杉ジャック!目覚めるや否や二人を認識した殺杉はチェーンソーを起動させその胴体を横に薙ごうとする。その時。

「貴様らの下着、貰い受ける!」

男の声がしたと思うと、突如この場にいる三人の下着が独りでに動き出した!女子生徒は悲鳴を上げ、動く下着は二人の生徒の足を縛る布を引きちぎり、その勢いで二人は転倒した。一方殺杉は手を止め、声の方向に振り向く。その先にいたのは肌の下に下着を埋め込んだ変質者、嶽内大名!

「お、おお......駄目元であったが、本当にここにおったか!」

嶽内は殺杉から奪ったブリーフを手に取り感極まった様子になる。殺杉はそこへ容赦なく斬撃を振るうが、嶽内は大量のパンティーを空中に舞わせて彼の目を眩まし回避する。

「オレノチェーンソーヲアテサセロオ!」

「そうしていつまでも振るっているがいい、ふん!」

「い、一体私達が何したって言うのよーっ!」

その隙にペアの生徒は、よろよろと逃走するのだった......

◆ ◆ ◆

汚れたブリーフを抱えて竹林の中を駆け抜ける嶽内、周囲には無数のパンティー達が並走している。殺杉はさらなる人の気配を察知し、校舎近くの大通りに出ていったため、こちらには追って来ないだろう。走る内に林の中から和式住宅を模した休憩スペースが見えてきた、嶽内はそこにあるししおどしの前に来る。

「ハアハア......また、綺麗になるのだぞ、我が愛しのパンツ......」

嶽内はししおどしから流れる水で、殺杉のブリーフを洗い出した。汚れが落ちるブリーフの一方濁る支持台の水。風情はいまここに破壊されたり。

「嗚呼、罪深い君よ、何故こんなにも私を狂わせるのだろうな......」

綺麗になったブリーフと会話をする嶽内、その目は慈愛に満ちている、彼がその人生で終ぞしてこなかった表情だ。

「否、君にとっては私とは初めてであったか......悲しいな、一度消えたら全てが振り出しへと還ってしまう。だがそれでも、また振り出しから始められることを喜ぼうぞ......」

全身に下着を埋め込んだ変態は、ブリーフへとどこか寂しく笑いかけた。彼らに木枯らしが強く吹き付け、しかし竹葉の影から漏れた陽の光に照らされた。

◆ ◆ ◆

「ハア、ハア、どうしたの?今朝からずっと元気がなくって」
「......いいや、なんでもないよ」

キャラダインと共に走る朱場は、彼の調子がずっと低い事が気になって、直接聞きだす。彼が浮かない顔をするのも無理はない、眠りから目覚めた彼は、隣で眠っていた筈の麻上がいなくなっていることに気が付いた。間違いなく何事かあったのだろうと、彼ずっと不安を抱えたままだ。朱場との約束を反故にするのは申し訳がないと二人三脚に参加したが、やはり麻上の捜索を優先すべきだっただろうか、彼は心の中で惑い続ける。

「きゃっ!」

急かす気持ちからか、キャラダインの脚は朱場よりも先へと動いてしまい、朱場は引っ張られて転びかける、キャラダインは咄嗟に受け止めて事なきを得た。

「あっ、ありがとう......」
「いや、ごめん、朱場の言う通り僕は気が散ってしまってみたいだ、気持ちを切り替えるさ」
「うん、私と一緒に走ろうね」

朱場は笑顔で応える、キャラダインと共にいる事で、彼女の心の内は満たされるのだった。能力に目覚めてからというものの、彼女は純心を失い、ドロドロと暗くあまり人を近寄らせ難い性格になってしまったのだが、昨日の出来事が彼女を変えた。

夢に見るような勇者が私を助ける為にやってきたのだ。それは彼女にとってあまりに衝撃的な体験であった。これまで多くの"運命的な出会い"を体験した彼女だが、今回はもっと特別なのだと、そう確信していた。

「キャアアア!」「にっ逃げろ〜!」

するとコースの奥から鳴り響いてくる悲鳴!キャラダインは遠方を見ると、悪魔的な容姿でチェーンソーを振るう怪物の姿が見えた。殺杉ジャック......麻上アリサはここにいる。

「ああっ、あの化け物は......っ!」
「......朱場、ここから逃げてくれ、私は戦いに行く」
「い、一緒に逃げようよ!戦いなんてあたるに任せればいいし......」

朱場は必死の形相でキャラダインに説得をする。キャラダインは彼女の思いを胸にはせ、こう答える。

「すまない、それでも私は行かなくてはならないと思うんだ」

キャラダインは足の布を解いて、殺杉の方へと走る。すまないと、彼は心の中で朱場と麻上に再三謝る。そして腰の剣を振り抜き、殺杉の腕へと斬りかかる!

「............」

その様を朱場は一人、寂しそうに眺める。地面には解けた布が絡まったような形で置かれていた。

◆ ◆ ◆

「な、なんなのあの怪人、というか上空のあたるは撃たないのアレ」
「撃とうと思えば彼は撃てるわ、昨日はそうだったもの。これは私の考察だけど、生徒会は恐らくつり橋効果を狙っているんじゃないかしら?一応最低限の安全は確保されている......と、信じたいけど」

交戦する殺杉と、そして逃げ惑う生徒達を糸遊と泉崎は近くの茂みに隠れながら覗き見ていた。何故このような事を行っているかと言うと、これもラブマゲドンを打倒する為の作戦の一環だからである。

「それで今見えたのが佐藤と白石、花沢と金田一、ボブと柳原ね、どのカップルもいい雰囲気だったわ」
「全く地道な作業よね......」

二人が注目する事柄は、誰と誰が一緒にいるのか、二人の仲はどんな様子かの二つ。糸遊が個人情報を聞き出した参加者達を、彼女の能力で行動を強制させて、強制的に仲を取り持っているのだ。彼女達の作戦はこうだ、全参加者を適当なパートナーと仲を取り持った上で、更に泉崎の能力で木下の知性を低下させ、真実の愛の判定のハードルを緩くさせ、全員を無事脱出させるという筋書きである。

生徒会長の知性を破壊する、と言うのは初めは泉崎の思い付きに過ぎず、実際に実行できる確証はなかったのだが、糸遊は「魔人能力は内なる空想の発露だから、実行可能な策ではあるわ」と快諾したのであった。

「木下の知性を破壊し尽くせばいいじゃない、って言いたいのかしら?そうしたらこのラブマゲドンにおいて、一人の犠牲者が生まれてしまう。私の理想はあくまで『皆で手を繋いで仲良くゴール』だから、そこは妥協したくないわ」
「仕方ないわね......」

異様な雰囲気を醸し出す滑川を警戒しての事でもあるが、平和主義者の糸遊としては生徒会らも無事でいさせたかった。脳裏にこびり付いて離れない、忌まわしい殺し合いの記憶。ラブマゲドンをあれの二の舞にさせたくはないと糸遊は強く思う。あとは脱出しようとするアホが出てこなければいいのだが......

「おやおや君たち、そこで一体なにしているんだい?」

二人の横からから声がする、振り向いた先には細身で眼鏡をした男が立っていた。泉崎は本能的に嫌悪感を覚えて鳥肌が立ち震える。

「......あなたこそ一体何しているのかしら?」
「そんな怖い顔しないでよ......フフッ、私は決して如何わしい行為に至ろうなどとは思いませんよ、ただ、告白をきいてもらおうとね」

この男は学内ではそこそこ有名な変質者、酷峰博蔵である。彼は非魔人であり、悪質な猥褻行為を行ったりする訳ではない、ただ彼は女子に出会うと『愛の告白』を必ずしてくるという、滅茶苦茶地味だが確実に迷惑な変態なのだ!

「フフフ、まずはそこの金髪のお嬢ちゃん、君の事ーー」

その時!謎の人影が上空から飛来し、酷崎の上に着地した!踏みつぶされた酷峰は合計20ヶ所に骨折を負う!

「ゴブブーーッ!」

怯えていた泉崎は呆気にとられ、少ししてから人影が飛来した場所へ行くと、そこにいたのはまたしても調布浩一、加えて彼のペアである女子生徒も同伴していた。

「ごごごごめんなさい調布さん!焦る気持ちがまた私を空に飛ばしてしまいましたわ!」
「うう痛い......牧田さん、これもう今日で15回目だよー、あっ君は昨日の!あれから大丈夫だった?」
「マジでなにこれ」

調布浩一がこの二人三脚でペアとなったのは牧田ハナレだ、身体能力向上系の魔人と聞いて、これは上位も狙えるのではと思った調布であったが、悲しいことにこれは二人三脚だ。牧田はあたる様に私のいい所を見てもらいたいという気持ちが先行してしまい。ついつい力んで空高く飛び上がってしまうのだった。

「つっ次から気を付けて行きます!何故か人が少なくなっている今こそ勝機です!」
「ああっそんな訳でもう行かないとだ......えーと、とりあえずお互い頑張ろう!」

そう言うと調布と牧田はゴールへと走ろうとし、空へと飛んで行くのだった......

「うあああああー!」
「ごごっごめんなさいー!」

泉崎は飛んで行く調布を見つめて続けた、変態に襲われかけて曇った心が、ちょっとだけ清々した気がした。

「あんな人がペアなんて全く不幸そうね......」
「......泉崎さん?」

◆ ◆ ◆

キャラダインは殺杉のチェーンソーをしゃがんで回避しすぐさまコースのスタート方面へと地面を蹴り向かう。振るわれたチェーンソーは街路樹を豆腐かのように容易く切り落とす。殺杉はキャラダインを追おうとするが、キャラダインが元いた地表から岩の柱が飛び出し足元を掬う、土属性の魔法だ。

同様の術式を殺杉との直線上に設置しながら走るキャラダイン、彼はあるものを探していた。それは殺杉ジャックを打倒せしめる事の可能な化学薬品、要するにエナドリである!

(このような設定を追加する事で、いざ私に何かあった時に対処できるようにしたのです)昨日の麻上との会話が頭の中で反復される。エナドリとはいかな飲み物かも彼女から教えて貰った。

(自動販売機なる機械は確かこちらの方にあった筈、念のためこちらの世界の通貨を所持していて良かった......)

そうして走って行った先、通路の左端に一台の自動販売機が鎮座するのが見えてきた。後ろを振り返る、足止めの策が功を奏した結果、殺杉は距離にして距離にして100m近く引き離した。エナドリの購入が果たして間に合うか、とにかくやってみる!足をはち切れる程に疾走し、自動販売機の前に到着する。使用するのは初めてだったが、思いのほか金を入れる場所はすんなりと分かった。そして懐から紙幣を取り出し、入口に挿入するが......

「何っ!まだ走者がいる!」

二人組の男女こちらの方向へと走って来るのが見えた!

◆ ◆ ◆

「はあ......はあ......もう殆どの者たちがゴールしている所だろうな......」
「た、多分......いや全く散々だなあ、まあぼちぼち頑張ろうな......」

根鳥と甘之川のペアは誰もいない経路をぎこちなく走り続ける、昨日の一件から付き合い始める事にした二人だが、いざこの競技に乗り込んでみるとあまりにも息が合わず、転倒を繰り返した結果、最下位にまで落ちてしまった。二人ののテンションは否応なしに低下する。

(ああ、こうなる事は考えていなかった訳ではないが......一目惚れの相手といえど、こう人間的に息が合うとは限らぬか......)

それにしても、先程からチェーンソーの音が聞こえてくるのは一体何であろうか......二人はすると目に入ってきたのは、チェーンソーを振り回しながらこちらへ向かってくる殺人鬼と、その手前で自動販売機を利用する勇者という光景!

「こっ、これは一体!?」

「人類ガ増エタカアアア!」

殺杉は目標をキャラダインから二人へ変更し、走るスピードを上げて突進して行く、二人の存在に気がついたキャラダインは自動販売機から離れてインタラプトをする。

「二人とも逃げるんだ!」
「......待ってほしい、私ならこいつを何とかできるかもだ」

甘之川の言葉に根鳥は耳を疑う、この化け物を一体どうするのかと疑問視する。彼女に疑問の言葉を言いかけた時、彼は体がフワッと宙に浮く感覚を覚える......否、実際宙に浮いていた。今の根鳥はさながら甘之川の足に括りつけられた風船だ。

「うわわわわっなんだこれ!?」
「昨日話したじゃないか、これがこの私の能力、」

キャラダインは殺杉に急接近する甘之川を制止しようとするが間に合わない。殺杉は目の前にのうのうとやって来た彼女めがけてチェーンソーを振りかぶり......

「ググウ!?」

甘之川の前蹴りを受けて殺杉の体は浮かび、地面にチェーンソーを取り落とした。甘之川は魔人能力『林檎の重さと月の甘さ』を行使し、殺杉の体重を5tから200g程度までに低下させた事により彼女でも対処可能になったのだ。それでもなお襲ってくる殺杉を甘之川は手玉に取り続ける。

「君は強い力を持つのだな......手助けに感謝するよ」
「す、すげえなぁ甘之川は......」
「そう言われると少し照れるな......とと、特に根鳥からはな......」

赤面しながらパスパスと殺杉を殴りつける甘之川をよそに、キャラダインは自動販売機で『ENERGY XXX』という文字が印刷された缶飲料を購入する。これで正しかったろうかと不安になりつつも、缶上部のフタを開け、殺杉に投擲する!

「ギョギャアアア!!」

成功だ!殺杉は体から蒸気を噴出させ前のめりに倒れる。甘之川は安心して能力の作動を解除し、根鳥の肉体がドスリと地上へ落ちた。甘之川は殺杉から背を向けキャラダインへ語り掛ける。

「ふう、昨日出たと噂の殺人鬼とはこいつの事なのかな?倒した筈だったんじゃ......」

突如、キャラダインが血相を変えて走り出した、何事かと甘之川が驚く。だがその時には既に、最後の力を振り絞った殺杉の右手が彼女の胴を......

ZGAAAAAAA!!


彼女の胴を貫こうとする直前に上空から光の矢が飛来し、殺杉の右腕を貫き焼く。間一髪の所で手は静止し、力を失い地面に肘をついた。キャラダインはホッと息を吐き出し、遥か上にいるあたるへと感謝した。

「よ、良かった生きてる......って、俺庇った意味なくない!?」
「と、というか、完全にあたるが狙撃した後だったぞ、根鳥」

......一方この二人は、根鳥が甘之川を地面に抑え込むような体制になっていた。殺杉が最後の一撃をかますのが見えた根鳥は、甘之川を守るべく無意識に体が動いたのだった。顔と顔が急接近し、急に恥じらいを感じた二人は慌てて立ち上がる。根鳥は溜息をついた。

「は~、そりゃ結局の所あたるがやるよなぁ、カッコつけたつもりなんだけどさ......」
「い、いいや、無意味なんかじゃない、何故かって......」

「私は、嬉しかったからさ......」

甘之川は己の性を嘆いた。天才であるこの私が一目惚れをし、庇われた事にときめきを覚える。こんなベタベタな展開に私は何故胸がきゅうっとなるのだ。私は何故、恋をするのだ。知ろうとすればするほど、訳が分からなくなっていく。

「ハハッサンキュー、マジ愛して......」
「ななななんだとっ!!」

甘之川は突然の告白に声を高くして驚く。

「ああっいや、今のは感謝する時の挨拶みたいなもんで......本当にごめん!今のは悪かった!」

根鳥がガバっと勢いよく頭を下げた。甘之川は力が抜けて肩を落とした。この私の一目惚れの相手はこんな感じの男だ、甘之川はここ半日の彼の事を振り返る。だと言うのに不思議だ、私はもっとこの男の事を知りたくなっていた。

「いいよ、私を庇った事に免じて許す......本当チョロいな、私」

甘之川は冬空を仰ぎ見て、小さく笑いかけた。根鳥は腕を上に伸ばして1人ごちる。

「あー、もうレースもあったもんじゃないし、喉も乾いたし、何か買おっか......いや、甘之川に悪ぃよな......」
「ん?どうかしたのか?」
「あーいや、いつもみたいにドリンク代貰おうかって思ってたけど、やっぱ失礼だよなって......」
「い、いつもだと......?まさかいつも人に借りて暮らしているのか......」
「あ、あーええと......」

迫りくる甘之川に冷や汗をかく根鳥、その後彼は『宇宙ヒモ理論』の事を洗いざらい話し、「そこは超ヒモ理論だろ!」などと叱られるのだった。根鳥は失敗したなと思いつつも、彼女なら口を滑らせても良かったかなと、心の底で思った。



12/2 PM11:25

「本当にごめんなさい!」
「本当にすまない!」

マラソンコース脇の森の中、麻上とキャラダインの謝る声が同調する。その事に麻上は恥ずかしくなって赤面し、キャラダインも苦笑して髪をポリポリ掻く。しかし事態は重大である、聞けば麻上はキャラダインが就寝した後廊下に出たのだが、そこから急に記憶が曖昧になったのだという。朝には彼女はもう部屋にはいなくなっていた、事が起こったのは夜中だろう。キャラダインは推理をする。

「......まだ可能性の話ではあるけど、麻上を意図的に殺杉へと化けさせようとする存在がこの中学園内にいるかもしれないのだ」

キャラダインはそう推測する、彼の経験してきた数多の冒険においても味方を操り人形にして来る魔の手先は数多く存在した。

「なので今日から私が麻上を保護する事にしよう」
「そっそんなの申し訳ないです!キャラダインさんにも本来の目的がありますし......」
「大丈夫さ、私も昨日と今日だけで色々な愛に触れる事が出来た、いずれきっとアリスを喜ばせられるだけの愛を知る事ができるだろう」
「す、すみません......」

麻上は彼の提案を受け入れ、キャラダインといられる時間が多くなる事に内心嬉しく思った。......同時に、彼と何時も一緒にいられるアリスを羨ましいと感じた。

「勿論、いつでも傍にいられる訳ではないから保護の術式を仕掛けておく、少しの間じっとしてて」

キャラダインは目を閉じて、両手を優しく重ね合わせて麻上の方へと向ける。この魔法は外界から物理的、精神的な攻撃を防護し、術を仕掛けられた者の身を守るものだ。初級の魔法ではあるものの、使用しないよりは比べ程にならない程に安全だろう。

「あの、マラソン大会での事なのですけれど......」

麻上はじっと立ちながらキャラダインへと話しかける。

「続けていいよ、何かい?」
「あの時、キャラダインさんが私を止めに来てくれて、その時申し訳なさも感じたけれど......同時に嬉しかったんです、だから、本当にありがとうございます!」
「当然の事だよ、君だって元の姿に戻るのが早くなっている、目覚めた時間が11時近くだろう、成長している証拠だと思うよ」
「い、いえ!これもキャラダインさんのおかげです」

麻上は説明する。彼女の『ハイ・トレース』は、親しい人等がすぐそばにいると数分で役から抜け出して元の姿に戻る事ができる。その事で麻上は(元の私に戻らなければ)と言う気持ちを強く感じるからだと推測している。『炎陽の殺人鬼 ~END OF WAR~』の撮影中では、カットの時に殺杉にエナドリをかけて倒した後、副部長がそばに来る事で演技を解除させていた。

「そう言ってくれると僕も嬉しいよ、どんな時も仲間が増えるというのは楽しいからさ」
「はい、うれしいです!」

二人は笑顔をお互いに向けた。それからキャラダインは、朱場を初め他の参加者と交流をしつつも、それ以外の間は麻上の傍らで護衛をするのだった。一度だけ保護の術が起動した事はあったものの、それから数日間希望崎学園内で殺杉が目撃されるという事態は発生しなかった。



12/7 PM0:18

海岸沿いに存在する校内牧場、草原では元気なホルスタイン達が海風を浴びながら草を頬ばる。これから生徒会主導で乳しぼり選手権が行われる予定だ。参加者達は草原近くのベンチに座ったり、立ち話などをしながら待機していた。

この乳しぼり選手権への出場者は、二日目のマラソン大会の時と比べて半数以下にまで減少していた。主な理由は二つ。一つはもう既にペアを見つけた者が多く出ているという理由、彼らの大多数は集団の中で行動をするよりも、二人きりの時間を作って愛をより親密なものにする方がより早く脱出できると判断したのだ。そしてもう一つは......

「全く喜ばしい!想定以上のカップル成立者がここ数日の間に誕生している!」

木下に愛の告白を成立させ、校外への脱出を果たした者達がこの時点で多く出ている為である。木下は集まった参加者達の前で、両腕を広げ満面の笑顔で歓喜する。

「今日のカップル成立者もこの時点で2組だ!このペースでいけば計算上全員脱出も余裕で可能!という訳でお前らも頑張る事だ!ルールはさっき説明した通り、という訳で30分になったら牛の所へ集合!以上!」

木下は隣の滑川と共に草原へと歩いて行く。上機嫌な木下へ滑川が話しかける。

「殺人鬼、あれからってきませんね......」
「まあな、もしやすると二回目の襲撃で死んでしまったのかもしれんが......うむ、平和であるのが一ばベビビビビ!」
「吊り橋効果は実際の所あったのでしょうか......」
「ヒヒ......あ、あったと思うよ、マラソンの時から明らかにカップルが増えた感じで......エフフ」

喘ぎながら滑川に率直な気持ちを述べる木下、それを聞いた滑川は笑顔になり、木下への粘液責めを加速させた。

「良かったです......そうでなければ私は、ただ迷惑を寄越しただけの女になってしまう所でした......」
「ヘヒヒヘ.....迷惑なんて事ないよぉ......なめちゃんは参加者のことを考えてえらいねぇ!」

......その様を横目に、ベンチの中央で座るキャラダインは周囲の参加者達へほほ笑んだ。

「この短期間でこれ程まで......つくづく凄い事だと思うよ。」
「うん......羨ましく思っちゃうなぁ、私」

隣の朱場が下を向きながら寂しそうに語りかける。彼女は構って欲しそうにその小さな手でキャラダインの裾を掴む。キャラダイン彼女の方へ振り向く。

「ああ、私もそういった思いは感じるさ、愛とは何かを知るためにこの世界へやって来たものの、未だに掴みかねている所だからね」
「そう、だったね、いつか帰る......」
「私も別れるのは悲しいよ、そこはお互い様だね」

朱場はキャラダインを掴む手を放し、膝の上に戻す。すると彼の目の前に立っていた麻上が疑問を呈した。

「そういえばキャラダインさんって、今は初級の呪文しか唱えられないのですよね。じゃあ今空間転移って出来ないのではないのでしょうか?いかにも難しそうな感じですし......」
「それなら大丈夫だよ、確かに今は空間魔法を唱える事は叶わない、けれども私が転移前に唱えた転移の術は往復で1セット、復路分を発動させる事はいつでも可能だよ」
「そうだったんですね!」

キャラダインと仲睦まじく会話をする麻上を、朱場は凝視する。それを傍で聞いていた甘之川が会話に割り込んだ。

「へえ、魔法の世界も随分奥深くて楽しそうだな、私にも少しばかり教えてくれないか?」
「いいとも、他の皆も聴いてみたいだろうか?」
「大丈夫です、キャラダインさんの事、もっと知りたいですから!」
「決まりだな、マオも聞くよな?」

甘之川は隣の根鳥の顔を見上げて呼びかける。根鳥はポリポリと頭を掻きながら照れ顔で返事をした。

「おう、なんだけど~、ちょっとトイレ行ってくるわ」
「分かった、あとだ、公衆の面前ではもうちょっとオブラートに包んでほしいかな......」
「了解っ!」

根鳥は衛兵の敬礼のような砕けたポーズを決めて、牛舎近くの公衆便所へと歩いた。中で小便を済ませて手を洗い、甘之川の元へ戻ろうと数歩足を進めた時、彼の知り合いである牧田とばったり出くわした。

「よう!思い人へのアピールは順調か?」
「根鳥さん!今は自分なりに精一杯頑張っている所ですわ」

牧田は幼少から教え込まれた丁寧な動作で根鳥にお辞儀をする。彼女はラブマゲドンの期間中、常に良き女性であろうと振る舞い、生徒会による企画においても好成績をおさめるべく奮闘していた。あたる様はいついかなる時でも私を見て下さっている。そう思うといてもたってもいられないのだ。

「というか、一回本人と会ってみないのか?根鳥ちゃんなら飛んで行けるだろうし、実際話合わなけりゃ始まらないぜ」
「いっ一回だけ飛びましたよ!でも体にぶつかってくる風が段々と恐ろしい程寒くなっていって、このままでは死んでしまうと思い止めたのです......」
「言われてみりゃそうだな......スマンかった」

牧田は自分で言って情けない気持ちになり、顔が陰り下を向く。根鳥は彼女にヘコリと頭を下げて謝る。牧田は俯きながら小さめの声量で話す。

「......甘之川さんとの関係はどうなのでしょうか」
「ああ、アイツとは順調だぜ、ていうかさ......」

根鳥は遠くでキャラダインの話を聞く甘之川を見つめる。彼は目を細めて優しい声で宣言をする。

「今日あたりに愛の宣言、しようかなって思ってるんだ」
「もうそこまで......!」

牧田は顔を上げて驚嘆する。彼女は内心信じられなかった、あの根鳥さんがたった1人の女性に思いを寄せるなんて、そう彼女は不思議に思った。

「確認なのですが、もし成立しなかったら2人共不幸になってしまうのですよ」
「心配すんなって!愛の基準ってのがどんなものなのか知らねえけど、グラムとならきっと大丈夫!だってよ......」
「な、何でしょう?」
「いや、何でもないや、じゃあな、俺は戻るぜ〜」

根鳥は手を振りながら戻っていった。牧田は甘之川の事を思う。彼女の事は根鳥から幾らか聞いていた、2ヶ月前に彼女は根鳥に一目惚れをして、それからずっと悶々とし、この気持ちにケリをつける為にラブマゲドンへと参加したのだと言う。

自分少し似ている、牧田はそう感じた。甘之川が一目でしか見たことのない人を思い悶々としていたように、牧田も自身が恋をするあたるに出会った事など一度もない。甘之川はその相手と遂に巡り会い、そして恋を実らせようとしている。

(やっぱり私も、あたる様に直接会いに行かなければいけないのでしょうか......)

牧田は曇り空を見上げ、まだ見ぬ彼を思う。......もしも彼が自分の勝手な夢想に反するような人物だったらどうしようかと、そう怖気つく時も少しだけある。それでも彼女は会いたいと願う。そうしなければ、自分の時計は止まったままだから。

◆ ◆ ◆

「全く良いね木下の奴、仕組まれた愛である事も知らずに」

草原内、少し盛り上がった丘の上で、ベンチとその周辺の参加者達を糸遊と泉崎は見下ろす。彼女達の作戦はひとまず成功を収めていると言えよう。糸遊によって多くのペアが半ば強制的に組まれ、既に脱出を果たした者も少なくない。

次の課題となるのが、真実の愛と言える程の関係性にまで至れない者達の存在である。糸遊がカップルを選出基準は、余程相性が悪くなさそうな2人を適当に選出しているのであって、皆が皆、特段相性が良い訳ではない。故に「それなりに仲がいい」程度で真実の愛の判定を受けられるようにする。それこそが泉崎に与えられた仕事だ。

「この分だと最初の予定通り、今日に作戦決行で大丈夫でしょう、安心してね泉崎さん、あの滑川を退く為の策もあるわ」
「それってまだ聞いていなかったのだけれど、何?」
「それはね......あ」
「あ?」

糸遊そ視線の方向へと振り向く泉崎、見ると、丘の下から手を振って歩いてくる男子生徒が一人、調布浩一だ。彼は泉崎に向かって手を振りながらこちらの方へ歩いてきた。

「おおーい、ちゃんと会えたのは初めてだねって逃げられてる!?」

泉崎は真顔のまま、調布に背を向けて歩いて逃げる。幾らかショックを受けた彼は走って追いかける......

「いやあ校舎の方に告白不成立になってしまった人がいて、そこから逃げてきたんだよね、あえっと名前は?」
「泉崎、本当気が狂いそうな能力よね」

泉崎と調布は草原で歩きながら会話をし、糸遊はその後ろをついていく。この一週間、彼とは不幸による事故の最中にばったり出くわすという形で邂逅しては、またすぐに別れるといった事を繰り返していた。そういった時は大抵、泉崎が精神衛生上何らかの危機に陥った時でもあった。

「......この際聞くけど、どうして私が嫌な思いしてる時に限って私に近づくの?もしそういう気があるんだったら死んでほしいんだけど」
「うーん、それは泉崎の不幸を肩代わりした結果だと思う、肩代わりされるのは泉崎に限った事じゃないよ」
「そう......」

泉崎は終始低いトーンで会話をする。そもそも彼女がこうして他人と、それも男と会話できている事自体が奇跡的だ。糸遊とは同じ敵を持った共闘相手として繋がっているだけだ。だが彼には不思議と拒否感を感じなかった。

「あっでも泉崎と遭遇する事は特段多いかも、何でだろ」
「ハア......やっぱりそう、この私が不幸な人間だからなのかな」
「不幸?それってどういう事なんだ?」

調布は妙に食いつき、泉崎に顔を向ける、泉崎はそれに驚き、少し顔を遠ざけながらぶっきらぼうに答える。

「そ、そんな大層な事でもないから、例えば中学の時、好きだった教師にレイプされかけただけ」
「そ、それは酷いよ......!」
「えっ......」

調布は驚愕し、そして心の底からの怒りを露わにし、深刻な表情を浮かべる。彼の顔を見た泉崎は一瞬呆然となり、疑問を浮かべる。

この男は何よりも自分が不幸であると思っていい筈だ。なのに自分の身に掛かる不幸には笑って流し、それでいて私の不幸を聞けば自分の事みたいに悩んでいる。私も自分が不幸である事にはそんなに頓着はしていない(まあ馬鹿だし)。だけれど、私は他人の不幸はそれよりずっとどうでもいいと思っているのだ。思っている、筈なのだ......

「......てよ」
「ん?」

泉崎の口から言葉が出かける、調布は何事かと思い尋ねると。泉崎は調布の顔に目を向けてこう言い放つ。

「もっと自分の事を心配し......は?」

その時!調布の姿が泉崎そ前から消えた!突如として牧草をかじっていた牛たちが興奮をし暴走をはじめ、調布の体を突き飛ばしたのである!泉崎と糸遊は呆気にとられて数秒の間立ちすくむ。それから牛たちが突進してきた場所から奇声が聞こえてくる。

「オッパッパー!オッパオー!」

それは初日に泉崎と出くわして、知性を低下させられた変態、乳揉み崎だった!乳揉み崎は健康なホルスタインからその胸をもぎ取り、ひとりでに動きだす乳達と謎の踊りを踊る!泉崎と糸遊は突き飛ばされた調布の方を見ると、彼は仰向けで倒れ伏していた。

「い、一週間前位にも似たことあったよう.......な。」
「しっ死んだ......」

調布は力尽き気絶した。泉崎は彼の方へと駆け寄り起こそうとするが、当然起きない。糸遊は溜息をつく。

「頭が痛くなるわ......あれは確か初日に出会ったおっぱい人間だったよね」
「ねえ糸遊、私に考えがあるのだけれど」

糸遊は泉崎へ向き、その表情に驚く。泉崎の表情は、今まで見せてこなかったs真剣な面持ちをしている。

「こいつを連れて行ってもいい?」

◆ ◆ ◆ ◆

「オッパッパー!」

乳揉み崎が暴れる様子はそのままベンチ側の生徒達にも見えていた。彼らはその様に驚愕し嫌悪感を覚え逃げ惑う生徒達、そんな中キャラダインは乳揉み先を見つめて剣を抜き、奴を制止するべく足を進めようとする。

「まって!別にあたるに任せてしまえばいいじゃない!」

その時朱場が、キャラダインの体を後ろから掴んで離さない、彼女の表情は気圧されそうな程の剣幕で今にも涙を流しそうであった。キャラダインはそれを無視できない。

「大丈夫だよ、事を納めたらまた君の元へ戻って......」
「戻らないよ!だってあたしの事なんか放ってばかりで麻上の事ばかりじゃない!」
「いや、それには重要な訳があって......」
「......もういいわ、あたし」

朱場の声のトーンが急激に低くなり、その表情も暗闇の様な真顔だった。辺りの空気が凍り付いたような錯覚をキャラダインは覚える。ニ、三秒程の重苦しい沈黙ののち、彼女の口から言葉が吐き出された。

「告白するわ」

朱場は自分自身を「阿」とし、キャラダインを「吽」とする。彼女が好きな人に「告白」するのは中学生の時以来だった。伝えきれない程の伝えたいこと、全部一つの言葉に乗ようとして、だけれどもあの時の彼は耐えられなかった。だから朱場は好きな人ができて、その人に告白しようとしても全部の気持ちは伝えようとはしない。

そんな生半可な告白でもみんな病院送りになってしまう、朱場はそうなった時は運命の相手ではなかったのだと思う事にする。あたしにとっての素敵な人は、きっと私の告白も耐えられる。そう根拠もなく彼女は信じている。朱場は彼へのいっぱいの気持ちを代表する言葉を述べる。

「どうか分かって、あなたの事がす――」

その瞬間、キャラダインの脳が幾千本の針で突き刺されるような衝撃に見舞われた。思わず頭を抱え、額が赤くなり汗が垂れる。その場に座り込んで耐えるキャラダイン、しかし彼は、死なない!

彼は悪竜殺しの英雄を父に持ち、幾多もの冒険を経て比類なきまでに肉体的に、そして精神的にも成長した。それは転移した状態である今も変わらない、この告白の衝撃もかつて戦った魔王軍による呪詛責めに比べれば。まだ手緩いとさえ言える程だった。

「あ......キャラ、ダインさん......」

彼女は自分が告白をしてしまったという事実に狼狽えながら、しかし目の前の思い人が死なない事に歓喜をしていた。こんな事は初めてで、故に確信をする、彼こそが運命の相手なのだと。苦しみの治まったキャラダインは立ち上がり、汗を全身から流して朱場に話す。

「朱場、今のは一体......?」
「は......っ!ご、ごめんなさい!私とした事が......でも、嬉しいです」

朱場はこの時決意をする、必ずやこの人と添い遂げよう、アリスなど知った事ではない、最早手段を選んでいられる段階ではないのだ......

(さっきの衝撃は、いや、今胸の中に駆け巡るこの熱は一体.......)

キャラダインは一方、先程告白を受けた事による戸惑いを隠せない、彼が受け止めた愛の言葉の数々、笑顔が綺麗な事、優しい事、逞しい事......否応なしに彼の脳内を駆け巡る。彼はアリスがしたような愛を知らなかった、それでも思い知れされる。愛の重さを、【恋】の重さを。

(アリスはこんなにも、こんなにも、私の事を......!)

自身へ身を寄せる朱場の事をよそに、キャラダインは遠く異世界の伴侶を思い浮かべるのだった。



12/7 PM1:16

麻上アリサは夕日の差し込む教室の中で一人で黄昏ている、彼女の悩みは唯一つ、キャラダインへの恋心の行く末である。キャラダインがいずれ彼の伴侶への愛を知り、そして異世界へと帰らなければならないことは十分理解できていた。......一体どんな因果か、彼女はそんな彼に恋をした。そして今でも恋をしている。

「アリスさんってどんな方なのかな......?」

ふと、そんな疑問が口に出た。キャラダインからは彼女がいかな人物であるかは既に幾らか聞いている。キャラダイン曰く私達の世界から転移してきた巫女であり、彼女の神託によって魔の手先から命を守られたことも多かったという。細身で赤がかった髪で、家事全般をそつなくこなすという。

(この気持ちなんだろう、アリスさんをこんなにも羨ましいと......)

これが嫉妬という感情なのだろうと、麻上は思った。私はアリスだったなら、そんな思考が駆け巡る、そして心に魔が忍び込む、できるじゃないか、私の力でアリスになる事に、と。

(駄目......そんな事をしたらキャラダインさんにもアリスさんにも失礼だよ......)

麻上は胸を腕でぎゅっと締めつけて自分を諫めようとする、だけれども彼女の恋心は止まらない、もうどうしようもなかった、麻上はアリスへと没入してゆく、遠く異世界で彼を恋焦がれながら待っている、幸せで、それでいて寂しく思っている人に......

◆ ◆ ◆ ◆

不可解な感情に押しつぶされそうになりながら、キャラダインはつかつかと廊下を歩いてゆく、彼が先程から頭にこびり付いているのは己が伴侶であるアリスの事だ、決して短くない間の冒険と、それを終えた後の平穏な日々の暮らし、そこで彼女とは幾多もの思い出を通じてかけがえのない絆を結んでいる。

(一体これはなんなのだろう......アリスを思えば、思うほどに......)

だが、その思い出を思い返して湧いてくる彼女への気持ちは、その当時感じた絆とはまるで別物と言える。彼は今だその正体を掴めずにいて、昨日彼女が言い放った言葉を思い起こす。

「ねえ、ウィル。私は貴方が大好きよ。一目見た瞬間■に落ちたの。一目惚れってやつよ」

(■、やはり■なのだろうか)

キャラダインは恋を理解しない、故郷の世界ではそんな感情は誰も知らないのだ。いま私がアリスの心を理解しかけているのだとすれば、彼女はなんて難儀な感情を背負わされていたのだと彼は感じた。そんな時であった。

「な......!」
「あ、貴方......!」

彼の目の前には、この世界にいる筈のないアリスその人だった。アリスは喜びに顔を明るくしてキャラダインの元へ駆け寄る。

「やっと会えたわ、貴方が旅をしてからずっと恋しくって......」
「一体なぜこの世界へ、何かされたのか?」
「それが分からないの、気が付いたらここにいたのよ」

不安げな表情を見せるアリスを見て、キャラダインは胸が縛られる感覚を覚える。彼女がそばにいるだけで気がおかしくなってしまいそうだ。この昂ぶりを抑えようと、言ったん話題を切り替えることにする。

「こちらからも話をしよう」

それから二人は廊下を歩きながら、この希望崎での出来事を話した。アリスはそれを楽しそうに聞いていた、この世界から転移して久しい彼女は郷愁を感じ、転移してからの事を思う。

「聞いたことあるかな、私がこの世界を去ってから貴方に会うまで、ずっと辛くて苦しかったのよ。家族とも会えなくて知らないことばかりだもの」
「......ああ、辛かったのだな......」
「だから貴方と出会えて人生が変わったの、重ね重ねになるけれど、本当にありが......」
「変えられたのは私の方もだよ」

アリスはハッと顔を上げ、キャラダインの目を見つめる。それは彼が一度も見せた事の無かった、恋に満ちた瞳だった。

「この世界に来て、ようやくアリスの心が解ったのだ、それだけでなく、私の心も......」
「あ、ありがとう、私のこんな気の迷いの為に......!」
「むしろ私の方から感謝したいさ、君があの時愛を求めなかれば、このかけがえのない思いはずっと眠ったままだったのだから」

キャラダインはアリスへ顔を寄せ、アリスもそれに応えるようにして首を上向かせる。キャラダインは口づけをしようとして、ふと、アリスの体から光の粒が舞い散るのが見える。

「なっ......これはまさか!」

アリサの変身は、親しい者が傍にいると解除されるのだ。

「一体っ!何をする!」

キャラダインは思わず声を荒げて、それから自身が怒っていることに気が付き、愕然とする。キャラダインは純真で博愛的な人物だ。彼は純然たる害意意外の全てを抱擁し、笑顔で受け入れる男だった。そんな己が一人に女性と啖呵を切るなど恥ずべき事だと諫める。数秒後光が消え去り、中から麻上が青ざめた顔で出てきた。

「あ、麻上、今のは言い過ぎだった......」
「あ......ほ、本当に、ごめんなさい......私は恩を仇で返すような事を......!」

キャラダインは怒りがふつふつと湧き出てくる。麻上のした事にではない。己が麻上を傷つけてしまった事にだ。朱場に対してもそうだ、私は世界の全てへではない、たった一人へのかけがえのない愛を知った。だがその過程で彼女たちを犠牲にしてしまっている。嗚呼、分からない、これも愛という物の性だというのか......

「ごめんなさい、ごめんなさい......!」
「すまない......これから私も用がある......では」

キャラダインは麻上の前からから逃げるようにして立ち去る。彼にはこの後にもやらなくてはいけない事があったのだ。キャラダインの内なる悩みは加速する。人を傷つけてまでして得た愛を、私は受け取る資格など果たしてあるのか?

悩みの消えぬ内に、彼は体育館の裏へと到着する。それはある人物から通達されていた集合場所であった。既にその人物は集合していた。糸遊と泉崎である。キャラダインの見た事のない男子も一人眠っていたが、これでメンバーは揃った。糸遊は二人に語り掛ける。

「これで全員集合ね、では作戦を確認するわ、告白希望者が現れたらキャラダインさんが滑川を引きはがす。木下は告白希望者が現れると滑川に先んじて移動することが分かっているの。その後泉崎が木下へ直接会いに行って、能力を行使し真実の愛のハードルを低下させる。これで大丈夫ね」

糸遊は二人に確認を促す。

「大丈夫よ......ただちょっとやらせて欲しい事があるけれど」
「......本当に、これが最も平和的な方法と言う認識でいいのだな?」
「ええ、これが不幸を呼ばない方法です」

キャラダインはその言葉を信じる事にする。彼はこの世界で愛を知ると同時に、もう一つの目的があった。それは生徒会を止める事である。彼はこのラブマゲドンで過ごす内に、脱出=死という厳罰、真の愛が成立しなかった場合の措置などに強い疑問を感じるようになる。木下会長は正義を重んじる男ではあるのだが、その正義は自分とは相容れないものだと考えた。

そんなキャラダインを糸遊は自陣に引き入れることに成功した。キャラダインの個人情報は、初日の特別授業の際に既に入手していたため、泉崎との協力行動操作と言う形で操作する事ができた。糸遊は滑川から漂う雰囲気から、彼女を戦闘強者であると仮定する。だからこそキャラダインを味方につけられた事は重要な事柄であるのだ。

「ではこれより作戦を実行します、必ず成功させましょう」

キャラダインは心の中で成功を誓った。何の罪も無いにも関わらず巻き込まれた生徒さえもいるのだ......

「麻上......」
「キャラダインさん?何か問題でも」
「いいや、問題ないさ」

彼は心が痛みを隠しきれない。このままでいい筈がない......

◆ ◆ ◆ ◆

時を同じくして、麻上はグラウンド奥の森林地帯を歩く、一週間前の夜にキャラダインと共に歩んだ道を逆に進む形だ。彼との思いでが思い起こされる度に、情けなさが溢れていく。

麻上アリサは一人で懺悔をする。私はまた、この演技で悲しみを生んでしまった。涙がぽろぽろと地面に落ちるのをみて、自分のみっともなさに胸がより締め付けられる。意味もなくしばらく歩き続ける、涙が枯れて目が赤く染まっている。こんな事になるのならもう、私は演技を......

「あーっいたぞ!おー麻上!」

後ろの方から声がした。麻上は想像だにしていなかった出来事に一瞬驚く、その声がいつも聞き慣れた物であったからだ。彼女は振り返ると私服を着た三人の男子が走って来る。彼らは彼女の所属する映像部のメンバーであった。

12/7 PM1:30

希望崎学園校門前、本土へと続く長く広い道路を背に四人の若者が歩みを進めている。彼らの表情は怖気ついているか、また緊張に顔を固めて冷や汗をかく者もいる。

「だ......大丈夫ですよね......あたるの目は誤魔化せないでしょうし......」
「うむ、怪しい侵入者は排除せよ、などと命令が下っている可能性も大いにありうるな......」

集団の先陣を行く三人の男は、皆同じく映像部に所属する者達だ。彼らの目的は一つ、このラブマゲドンへ侵入する事だ。だがそのまま行ったのでは上空に座するスナイパーに狙われる可能性も大いにあり得る事だ。

「だからこその平河さんの出番って訳だ!」

部長である亀川は後ろを振り返る。映像部の後ろに付ける中性的な学生は、彼らに頼まれてこの仕事を引き受けた。この学生の名は平河玲。希望崎学園の生徒相手に、情報屋を行っている。彼は通常授業にはほとんど出席しておらず、映像部員達も行き着くのには相当時間が掛かった。

「はい、理論上は可能だ、可能な筈だが......」

平河には実際自信がなかった、一週間前、滑川に盗聴をしたときの事もだ、彼は未だにあの時の視線を時折脳裏に浮かべる。それへの恐怖心は根強く、あれから家に籠っていた。しかしそんな彼へ助けを求める声が来た。それが映像部員達だ。

依頼内容を聞いて、平河は胸を打たれる思いをした。逃げたままの私と比べて、彼らはこの困難へと立ち向かおうとしている。彼は己を強く恥じ、彼らの意思を報いたいと決意した。それでも恐怖は否定できないが、強く手を握り締めて振り払おうとする。

「いや、大丈夫。必ずや成功させる」

平河は目を開き、息をゆっくりと吸う。それを吐き出すようにして声を出し、能力を発動させる。

スナイパーあたるは侵入者への狙撃命令などは下されていない、私達が入っていっても大丈夫だ。これで行ける」

平河は能力の成否に関して、手ごたえを感じる事はない、実際にやってみなければ確認不可能なのだ。映像部員達は校門を潜る。......狙撃はやって来ない。成功したのだ。

「ほ、ほ~っ、良かったな~」

副部長の鴨田は思わずため息を出す。これで中へ入る事は成功だ、勿論ここから外へ脱出は不可能、平河の能力を以ってしてもそこまでは可能ではない。

「よおーし、お前等ありがとうな!別に行くのは俺だけでも良かったというのにわざわざ付いてきてよお!」
「いえいえ、僕も麻上さんの事が心配だっただけなんですから......では探しに行きましょう」
「おう!じゃあ平河とはここでお別れだ、本当にありがとう!感謝感激だ!」

映像部員達は走って行く、彼らの後ろ姿を眺めながら平河は帰宅しようとする。......足が動かない、彼の意思はその事を心から望んではいない。平河は自分ながらその事に驚き、溜息をついた。そして歩みを進める。校門の向こうへと!

「本当に何考えているんだか......」

平河の体は学園敷地内へと進む。これでただでは帰宅できはしなくなった。だが後悔はない。澄んだ瞳で平河は校舎の方へ歩きだした。もう一週間が経っているが、何か私にできる事はあるだろうか、彼は自分のやるべき事を探す。



12/7 PM1:50

「おいお前ら!一緒に行くぞ!せーのっ」
「「「本当にごめんなさい!」」」

映像部員達は麻上に向かって土下座した。麻上は逆に申し訳ない気持ちになりあわあわと震える。

「ええと......そんなに気にしないで下さい!私は大丈夫です!」
「いいや!そんな事ないじゃないか!明らかに泣き顔だぞ麻上!」
「そ、それは......」

麻上は図星を突かれ反射的に下を向いた。映像部員達は顔を上げる。それから彼女はラブマゲドンに巻き込まれてからの出来事を話した。殺杉の状態で暴れた事、キャラダインに助けられた事、そしてその彼を怒らせてしまった事......

「うう、辛かっただろう、これも俺が不甲斐ないせいで......」

亀川は彼女の独白に心打たれ涙を流す。脇の二人も沈痛な面持ちを浮かべていた。皆が皆、自分に罪悪感を感じていた。麻上が今にも泣きそうになりながら口を割る。

「いえ、私が出過ぎた真似をしてしまったんです、私の演技でキャラダインさんは......」
「......そうだよな、そのキャラダインという男も怒ってただろうな......」
「はい......」

亀川は麻上を見つめて返答する。

「それでもだ、彼は麻上が落ち込むのは嫌がると思う」
「......」
「彼は見ず知らずのお前の事を助けてくれたんだろう。彼は間違いなくいい奴だ、今でも麻上を案じる気持ちは変わらないだ」

亀川は麻上を励まそうと必死で言葉を探す。亀川には彼女が恋心を抱くことに驚いている。麻上が他人に優しい事はよく知っていたが、特定個人を強く愛する事は聞いたことがない。だからこさキャラダインへの恋は余程の事だと考える。そんな大切な気持ちを失って欲しくはなかったのだ。

(キャラダインさんは、今でも......)

麻上は初日での出来事を思いだす。彼が私の事を助けてくれたのは何故だろうか、勇者だから?それは半分正しい、けれども彼が勇者である意味はなんだろうか、彼女は考え続け、一つの言葉が脳裏に過った。

「人が悲しんでる顔を見ると私も悲しくなってしまうから」

彼が麻上へ漏らしたこの言葉、麻上はそれに強く共感していた。麻上自身も他人の不幸は嫌だった、それも特に、自分の能力の為に不幸になるのは嫌だった。今まさにそうしてしまった。けれども。

(私が悲しんでいたら、もっとキャラダインさんが傷ついてしまう!)

麻上はグッと力拳を握り締めて、それで瞳についた目やにを取り払う。彼女は前を向き、笑顔を取り繕って部員達に礼を言う。

「ありがとうございます!おかげで気持ちの整理がつきました!」
「ああ......良かった!麻上が元気になったのなら俺達が来たのも意味があったって訳だ!」
「いえいえ......って、これからどうするつもりなんです?」
「おう!俺は映像の編集でもしながら、ぼちぼち刑の執行を待つとするかーって感じでさ」
「ええっそんな!だってあの副会長に何されるか分かったものでは......」
「そそ、そうだけどね......今更怖くなってきたぞ......」

亀川は今更になって恐怖を覚えて顔色を変え、他の部員達も顔を下げる。いざ鎌倉とばかりに助太刀に来たものの、リア充でもなんでもない彼らには脱出の目処は立っている筈もない。亀川はこれ本当に良かったのか?と一瞬思うも、次の瞬間には元気を奮い立たせる。俺達が後悔していては、麻上は結局傷つくのだと。

「フ、フン!ぬめぬめ刑なんて恐れる事は無いっ!あわよくば恋人を作っててみせよう!そうなれば結果的に誰も得するって寸法だ!心配なんてないぞ麻上!おい、お前らも元気出せ!」
「はっはあ......頑張ってみます」
「す、すみません......」

口では謝りつつも、その顔には笑みを浮かべていた。自分に演技の楽しさを思い出させてくれた皆には、感謝してもしきれなかった。彼女がこれからする事は決まっていた。もう一度キャラダインの所へと行き、彼にちゃんと謝る。そうしてこの身を焦がす恋心にも決着を着けたかった、キャラダインはリスと二人で幸せになならなくてはいけないのだと考える。

「そこで何をしているの?麻上さん」

麻上の前の方から声が聞こえる、人影が見えた。目の焦点を合わせるとそこにいるのが朱場永斗であると分かった。朱場は麻上の方へと近づいていく。



12/7 PM1:40

食堂裏へと根鳥に呼び出された甘之川は、そこに向かって歩いて行く。またどうして、わざわざ離れた後に待ち合わせるのだろうかと疑問に思う甘之川、食堂への道は偶然にも日課の散歩でのルートと一致していた。現在いる第一校舎の正面を横切り、そこから真っすぐいけば食堂だ。もしや告白なのでは?半ば期待しつつ歩みを進めていると......

「おーいグラム!俺はここだぜ~」

第一校舎の玄関に根鳥が立っているのが見えた。甘之川は予想だにしていなかった事態に驚き声があらぐ。

「しょ、食堂裏と言っていただろう!」
「いやー驚かせたくってさあ、だってここ、俺の事を初めて見た場所だったよね?」
「あ......」

甘之川は二か月前の事を回想し、現在と比較する。一目惚れの相手は丁度今根鳥が立っている場所で待ち合わせをしていたのだった。彼女は思い出した。

「ああ......丁度私もこうやって散歩をしていた時だったな、陽の光も今と近い当たり方だった。当時は今より陽が長いから時間はずれているがね」
「そこまで覚えてんのか~、記憶力も流石だな!」
「ふふ......そうでもないさ」

甘之川は照れ顔になって柔らかに口角が上がる。彼女は数秒の間この景色を眺めて、それから根鳥の方へと歩いて行く。すると同時に玄関の中から、木下が歩み出して来た。

「マ、マオ、これはもしかして......」

甘之川は驚きと喜びとが混じった感情を覚える、胸の高まりと手汗が止まらない。半分の期待が当たったのだ。

「ああ、この出会いの場所で、愛の誓いをしたいのだけれど、大丈夫?」

根鳥は淀みのないすっきりとした笑顔になる。彼は絶対に成立するという。確かな自身があった。

「......うん、問題ない、愛を誓おうではないか」

甘之川は目の前の二人へと静かに宣言した、根鳥と甘之川は隣り合い、木下の方へと向かう。木下は高らかに声を上げる。

「更なるカップル!俺にとってここまで嬉しい事はない!では二人共、俺に愛を聞かせてくれ!」

二人は手を握り合う、落ち着いた根鳥の手とは対照的に、甘之川の握る力は強く、手汗が滲むのが根鳥にも感じられた。二人は一度顔を合わせて頷き合う、そして前へ向き直り高らかに宣言した。

「「私達はここに、真実の愛を宣言します!」」

二人の誓いは校舎前に反響し、それから静寂が訪れる。根鳥は満点の笑みを浮かべ、大して甘之川は不安が混じりつつも木下へ笑顔を向けた。木下は穏やかな声で語り掛ける。

「......二人の言葉、しっかり聞き届けた、では愛の判定を下す」
「オーケー、もったいぶらないでくれよ」
「ああ、判定は」

「不成立だ」

「............え」

根鳥の表情が凍り付く、口が開き小刻みに震える。そんな筈はない、俺の愛は間違いなく本物の筈だ、コイツの判定がおかしいんじゃないかと思い至り、木下へと詰め寄る。

「どどっ......どういう事だよ!何かの間違いだ!もう一度判定させてくれ!」
「できない、同じペアの判定は一度きりしかできない制約だ。それとお前の方の愛に関しては十分真実たり得る物だった、だが......」

根鳥はゆっくりと横を振りむく、甘之川は寂しそうな笑顔を浮かべていた。彼女は小さい声で話しかける。

「ハハハッ、全く酷い女だな私、勝手に一目惚れだとかで押し寄せて、勝手に不幸を与えてるなんてな」
「俺は、俺はお前の理想たり得る男にはなれなかったのか......?」
「そんな事はない、私、気が迷ってしまったんだ、あの時一目惚れをした所に来てさ」

甘之川の目には涙が浮かんで来る、彼女は根鳥の握る手を放して、懺悔するかのように答える。

「人違いだったんだ、あの時とさっきのマオとで比べてみたらさ、それが解ってしまった。最低な話だろ、今更人違いでしたなんて言っても納得できないだろう?」
「グラム......」

冷たい風が吹き込み、二人の体を強く打ちつける。甘之川の目に溜まった涙はとうとう零れはじめる。彼女は根鳥が人違いであったと感じた時、心に果てしない程の揺らぎが産まれた。甘之川は泣き声になりながらも続ける。

「私は思ってしまったんだ、私が愛するのは目の前のマオなのか、それともただ「一目惚れをした相手」という箔の付いた男なのか......!そのせいで......本当に、私は最低だ......!」
「そんな事ないって!」

根鳥は甘之川に真摯な声で叫んだ。彼女は涙を垂らしながらもその顔を見上げる。彼は感情を頭の中で咀嚼しながら語る。

「最低なんかじゃないって......俺こそ人から物を借りっぱなしの最低人間だ、けれどもグラムに出会ってから、俺は多分、変わる事が出来たのだと思う」
「マオ......」

根鳥の両目からも自然と涙が流れて来る、お互い泣き声で語り合った。

「あれからずっと、言われた通り能力は使ってないぜ。グラムがひたむきに頑張っているのをみてさ、俺自身情けなく思えてきて、だから変わらなくっちゃなって、初めて思えたんだ......」
「マオ......!マオ......!」

甘之川は根鳥を抱きしめ根鳥もそれに応じる。

「だからグラムは、俺にとって最高で、運命の出会いだったんだ!全然最低なんかじゃない!ないんだって......!」
「マオ......!私が愛しているのはマオだ!やっと分かった!」

2人は涙でくしゃくしゃになりながら接吻をする。その様子をすぐ傍で見ていた木下は内心愕然としていた。

(こ、この2人を、果たして不成立と断じていい物なのか......?俺の能力は愛を判定する物だが、所詮は俺から見た愛の形に当てはめているだけなんじゃないのか......!?)

木下は二人へとかける言葉が見当たらなかった。所で、この二人に不幸が降りかからないのは何故か?彼は不成立者に降りかかる出来事について思いを寄せる。昨日不成立になったあの二人組といえば、脱走した乗馬部の飼う馬が突然走って来て片方を乗せて遠くへ行ったりなどしたものだった。とにかく、二人を引き裂く出来事が起こる筈だが......

「うわああーっ轢き殺される!」
「ハアハア......本当最悪っ!」

その時!第一校舎の裏側から、牧場より脱走してきたホルスタインに追いかけられながら走って来る男女が見えてくる!彼らは間一髪でホルスタインの突撃を躱しながら玄関前にまで辿りついた。元居た三人は呆気に取られながら見つめている。二人は泉崎ここねと調布浩一、泉崎は息も絶え絶えになりながら木下に宣言する。

「ハア、ハア、木下、あんたに愛の誓いをするわ」

◆ ◆ ◆ ◆

第一校舎の近くの倉庫の影から、糸遊は作戦の行く末を見守っている。見ると、泉崎と調布は木下のすぐそばへと接近することに成功したようだ。糸遊はガッツポーズを小さくとる。愛の宣言をするというブラフは実際有効といえる......

(しかし、どうして泉崎さんはこの男を相手へと選んだのだろう......)

彼女にはそれだけが疑問であった。泉崎調布に向かってこう言い放った。

「ほら、早くしなさい、宣言するの」
「え、ええ??何がどうなって......」

当然、調布にとっては晴天の霹靂である。理解が追い付かない、まさか告白で更に僕を不幸にするのか?一瞬そう思うが、すぐにその考えを切り捨てる。だって彼女は悪い人ではないだろう。牧場での会話でそう確信していたからだ。何か考えがあっての行動なのかもしれないと、彼は思う。

「な、何か意味があるんだよね?大丈夫だよねぇ?」
「お、お前たち、真の愛無き者には不幸が襲い掛かるという事は知っているよな......?」

木下も二人の様子には困惑を禁じ得ず、念を押して確認をする。すると泉崎は木下へと向かってこんな事を言い放つ。

「何言ってんの、お前なんかが愛を規定できるの、所詮お前の判定も私情込みなんじゃないの?」
「ぐ、それは......」

今の泉崎の言葉はあくまでも出まかせに過ぎない、しかし先程の根鳥と甘之川を目撃していた彼の心には刃物めいて突き刺さる。木下は愛を判定するが、事実その判定の是非を保証する物はこの世に存在しない。木下は見つめる彼女を見て悩み.....しかし彼は意思を曲げない!

「今ここではこの私の『レジェンダリー木下』が愛を規定する!私の思う愛が、間違っている筈がない!」
「そう......分かった、私も覚悟を決める」
「泉崎さん......うん、俺も覚悟を決めるよ」

調布は泉崎の方へと向き直り、覚悟を決めて真剣な面持ちになる。遠巻きに見ている糸遊は困惑する。

(もも、もしかして本気で宣言するつもり!?正気なの泉崎さん!?)

彼女達が一週間前から決めた作戦、それをその場の思い付きだかで破壊されるようなことがあってはいけないのだ、どうにか彼女へ伝えようとジェスチャーを送るも、泉崎は見向きもしない。

「うん、じゃあその前に木下、私のいう事を守って」
「ん?それはどういう......」

泉崎は木下と面を向かう。そして

「私の平穏を邪魔しないで」

木下の能力を否定する。

「ぬうっ!?今なにかをされたような......」
「さあ今よ!一緒にやるわ!」
「ええっこれは一体!?」
(ふ、普通に能力を使った!)

泉崎は調布を生徒会長の方へと向き直らせ、愛の言葉を言おうと息を吸う。調布も困惑しながらも同様にする。そして二人は宣言する。

「えーと、はい愛してます」
「あっと、あ、愛しています!」

二人の言葉を聞き、『レジェンダリー木下』が作動する。その判定は木下の判断能力破壊に伴い格段に低下をしていた。泉崎の見立て通りになる。それから木下は二人に向かって高らかに宣言をする。

「ご、合格だっ!合格おめでとう!えっと大丈夫だよな......うん良い!」

泉崎は調布の腕を引っ張る動作をしてから走り出す、作戦を決行してから逃走する手筈なのだ。調布もその命令を察して走り、二人は校舎裏の影に隠れた。

「えーと......あれって真実の愛のハードルを下げたって事でいいんだよね?」

調布が泉崎に尋ねる、彼女は彼の視線から少しだけ逃げるように逸らし答える。

「そう、そっちが本来の目的だし、私がそんなすぐに人を好きになれる訳ないし」
「そうだったんだね......えっじゃあ俺と宣言したのはなんで?」

調布は率直な疑問を口にした。実際の所、彼女達は作戦を実行し終えた後は余った適当な他人と交友を結び、それで緩くなった判定をパスするつもりだった。何なら糸遊と泉崎とで組む事も考えられた。しかし泉崎が彼を相手に選ぶ事には理由があった。

「それは......お前が幸福になれば私の所にばったり出くわす事もなくなるから、ただそれだけ......」
「幸福......そうか、じゃあ泉崎の不幸も取り払われるかな!」
「そういう所なのよ!」

泉崎は思わず怒鳴り散らしてしまい、その後恥ずかしさで自己嫌悪し下を向く。調布はまたもや困惑する。

「ええっとわからないけどごめん......」

実際の所、泉崎は調布とばったり出会わなくなると思うと、ほんの少しだけ清々する。私を不幸な事から救ってくれた事への感謝?そんなの結局偶然の結果に過ぎないだろう、そう彼女は断ずる。

ただ、彼が不幸にならないで済む事を考えると、ほんのちょっとだけ嬉しく思えただけだ。

「......もう少し自分の事を考えろって話、幸福を手にして幸せになるのはお前の方こそよ」
「俺もそれは滅茶苦茶嬉しいよ......ただ、やっぱり他の人が幸せになるのも嬉しいってだけだよ」
「はあ......」

まったく、と泉崎は溜息をつく。この男の心はテコでも動かなそうだと観念する。それでも彼女の心は確かに満足していた



12/7 PM1:58

森の中で麻上と朱場は対峙し見つめ合う、麻上の表情は不安げで、一方朱場は半笑いをしながら暗い目で見つめて来る。先に口を割ったのは朱場の方だった。

「ねえそこの人達、どいて?」

朱場は映像部員達に睨みを利かせる。一体なんのつもりだと部長の亀川が反撃しようとするが、彼女から漂う異様な雰囲気に気を押されて、危険を感じ脇に逸れる、麻上は一切動かず対峙する。朱場は麻上を煽るようにして言い放った。

「全く酷い話よね、好きな人を誑かすなんて」
「はい、私は酷い事を......」

麻上は再び沈痛な表情になる、怒った時の彼を思い出して涙がこみ上げてくるのを感じる。だが彼女は前を向きこう話した。

「だから私はもう一度キャラダインさんに謝ろうと......」
「無様ね、あたしは彼に選ばれたのよ」

朱場は射殺すような目つきで睨む。キャラダインの前には決して出さなかった、彼女の本来の姿だった。怯みながらも麻上は疑問を述べる。

「え、選ばれたと言うのは一体......」
「文字通りよ、今まであたしの愛の告白を受け取って無事だった人はあの人だけだったもの」

無事だった、と言うフレーズに麻上は戦慄する。麻上は彼女もまた魔人である事を察するが、過去に、そして今日キャラダインに。

「朱場さん、あなたは一体何を!」
「簡単な事、あたしはキャラダインに思いを伝えたの、全部ぜんぶ!頭が破裂してしまうくらい!」

長い睫毛をめいいっぱい上にあげ、高らかに宣言する朱場。それを聞いた麻上は、朱場の事が身勝手な愛を振りまいた自分と重なり、怒りとも悲しみともつかぬ感情が湧く。

「そ、そんなのいけないです!キャラダインさんに何かあったらどうするつもりだったのですか!」
「その時は......そう、本当の運命の相手では無かったと思うしかないわ」

麻上は彼女の異常な思考に内心震えを感じる。愛している相手なのに、どうして平気でそんな事ができてしまうのだろうと、まるで理解ができなかった。朱場はフッと真顔になり、麻上に宣言をする。

「さてここからが本題、どうしてあたしがあなたなんかにペラペラ秘密を喋っているのだと思う?」
「......何をするつもりなんですか」
「そうね、あたしはもうこの世界には用はないの、あたしはキャラダインの世界へと行くの、そこであたし達は結ばれる、その為にあなたの能力が必要なの......」

朱場はこれから行おうとする行為を思い不機嫌な表情になる、小さく息を吐いた後こう語った。

「憎たらしい事だけれど、あなたにキャラダインに化けて貰うの、直接会っていないアリスの奴にもなれたのだから簡単でしょ。そして異世界への転移魔法を使ってあたしをそこへ送るの」
「す......する訳にはいきません!勝手にいなくなっては家族が困りますし、アリスさんとはどうするつもりですか!」
「真の愛はあたしのものよ、あんなのに負ける筈なんてない」
「でも......っ!」

麻上は、キャラダインが真に愛する者はアリスである事は知っていた、彼女がアリスとなったその時に......麻上は意を決して、その事を伝えようとする。

「確かにキャラダインさんは、アリスさんの事を」
「黙って!だってあたしの告白は確かに受け入れられたのよ!間違いなんてない!」

朱場は興奮気味にまくしたてる。麻上はその剣幕にびくつき、言葉も弱弱しくなる。朱場は麻上に迫り来る、映像部員達が制止しようと迫るが、そこへ朱場は向き亀川に言葉を吐いた。

「部外者は消えて」
「っつああああ!」

亀川は激しい頭痛を覚え溜まらずのたうちまわる、朱場から憎悪の言葉の数々を、一瞬にして受け付けた結果だ。部員達は駆け寄り、麻上は目を見開き啖呵を切った。

「部長!部長に何て事を!」
「あれはほんの軽い程度よ、後遺症の心配はないわ、さて、あなたにも死なない程度に教えてあげる、彼が耐えきった愛をね!」

朱場は己を『阿』に、麻上を『吽』に設定する。麻上にキャラダインへの愛を一端わからせてやれば、これを耐えたキャラダインが私を真に愛している事が解るだろう、そう朱場は考える。朱場は麻上の胸倉を掴みながら、麻上へと叫ぶ!

「あたしはこれだけ大好きなのっ!思い知れっ!」
「......っ!」

麻上は襲い来る激痛を想像し歯を食いしばる。......しかし、何も襲って来ない。朱場は麻上を掴む手を下ろし、酷く狼狽する。

「な......なんで......話が違うよ......あたしの愛に耐えられるのは、運命の......!」
(これって、キャラダインさんが施してくれた......)

麻上は胸に手を当てる。キャラダインは麻上を殺杉へと強制変身をさせた魔の手から守るべく、防護の魔術が施されていた。それが朱場の呪詛めいた攻撃を防いだ、ただそれだけの事。しかし朱場の心は混迷し、酷く落ち込んでいた。耐えられれば運命の相手で正しかった筈なのだ。なぜアイツまで......

「......もういいでしょう朱場さん、キャラダインさんが愛するのは、アリスさんです......」
「な......何かの......間違いよ......もう一度だけだから......!」

朱場は震える唇を開かせながらもう一度能力を行使しようとし、麻上は静止しようと何か言葉を投げかけようとする。

丁度その時だった、上空から爆発音が鳴り響いたのは。

「え......何よ......」
「こ、これってまさか......!」
「まさかあたるの奴が......」

その場の全員が、信じられないような出来事を察知した。スナイパーあたるは、何者かにやられた!唖然としながら一同が天上を見入っていると、おお、袴を身に着け無精髭を生やし、刀を携えた男が落ちるのが見える!皆が皆、その様に恐怖し足が竦む。やがてその男は一同近くに着地し、そして話かける。

「お主達、生徒会がどこにいるのか知ってるでござるかー?」

彼の名はちょんまげ抜刀斎、希望崎学園に最近伝わる都市伝説『洞窟で消える生徒』の正体。一同は息を飲む、もしも返答を間違えたら死ぬ、その事を全員が理解していた。

「あ......えっと、多分、校舎の方、です......」

真っ先に答えたのは朱場だった。彼女は全身が硬直し、目には今にも涙が零れそうになっていた。抜刀斎は腕組しながらうんうんと頷き、彼女へ返答する。

「なるほどなるほど、別に目新しい情報ではないでござるが、提供感謝する」
「あ......!」
「だがお主ぃ?そのなんつーか妙な髪が気に入らんでござるなー、日本人なら黒髪か最悪茶髪でござるでしょ!」
「あ......あ......」

朱場は死を察知しその場にへたり込む、回りの部員達は既に散り散りになって逃げていた。当然の行動である。だが、麻上は朱場の前へ出る!

「とゆーわけでその髪を...... と見せかけて首ごと天誅!

抜刀斎の刃が朱場の首を横に斬る!彼は己の刀を鞘に仕舞い。朱場の首はぽろりと落ちる......筈だった!

「ぬう?何奴ぅ!?」

「ギギャア......」


麻上のいた地点に突如!朱場を守るようにして謎の男が現れる!その為に抜刀斎の斬撃は阻まれる!その姿は身長2m、悪魔的な筋肉が気色悪く波打ち、改造施術の傷跡が全身に隈なく残る肉体、スキンヘッドで肌全体が真っ赤にペイントされた頭部!名は殺杉ジャック!

「あ......あ......」

朱場は初日での出来事を思い出す。彼女はこの怪物に殺されかけて、そこでキャラダインと出会ったのだった。......成る程、確かに彼女が心まで変身をする能力を持つのならば、コレの正体が麻上でもおかしくない、ああ、もうおかしくなりそう、いや、もうおかしくなっているのか。朱場は訳が分からなくなりながら。睨み合う二者から逃げ隠れる。

殺杉と抜刀斎は互いの得物を構え合い、ジリジリと足を寄せる。一枚の枯葉が二人の間を舞い落ちていく。

「ほほう、あたるに続いて中々腕の立ちそうな奴の到来でござるな、拙者嬉しいでござる!と言う訳で~......」

その枯葉が地面にピトリと落ち、その音に合わせて二者は動きだした!


「天誅でござぁぁるぅ!!!」

「ウギョゴロンッシギャギゲゲーー!!」


ぶつかり合う二人!だが、先程やられたあたるは一体どうなっている......!?



12/7 PM1:56

「ここに逃げ込んだ筈なのですが、あの猥褻な怪人は......」

その時牧田は牧場から逃げ出した乳揉み崎を追いかけて、人工林の唯中にあるぽっかりと木々が植えられていない場所に辿りつく。そこには人工的に作られた小さな岩山があり、表面にはいくつかの穴が存在する。その穴は地下へと伸びる洞窟の入り口になっていた。

牧田は巡回を続けていると洞窟の中から悲鳴が聞こえて来る。何事かと彼女は振り向くと、そこから尋常ではない程の殺気が漏れるのを感じ、彼女は怖気つく。

「なん、でしょう......嫌な予感しかしません......」

30秒程経過した後、汚れた袴を身に着け、みずぼらしい髪型の男がひょいと飛び出してゆく。彼の腰には日本刀が身に着けており、全身が返り血で濡れていた。牧田は恐怖に身が凍り付く。

「んんー?あそこの木の影に女がいるでござるなあ、おーいそこのおぬし!」
(逃げなければ、逃げなければ、逃げなければ!)

牧田は足が完全に竦み逃げる事が叶わない。そうしている内に彼、ちょんまげ抜刀斎は牧田の傍に顔を出した。

「生徒会が誰かを知っているでござるかー!」
「ひいいいい!」

牧田は震えた叫び声を上げる。一方の抜刀斎は(そこまで驚かんでもよいでござるだろう)とでも言いたげに困り顔を浮かべる。彼はそれに続いて言葉を言い放った。

「早く教えてくれないと、天が許してしまうでござるよー」
「ひ、ひい!教えます!なので刀を首元から離して下さ......」

「オッパパパパーッ!」

その時出てきたのは先程逃げた乳揉み崎!彼は乳達と電車ごっこの様な遊びを呑気にも行っている!抜刀斎は牧田を突き飛ばしそちらの方へと向く。抜刀斎は顔をしかめ怒りを露わにした。

「この拙者が大事なインタビューを行っている時に邪魔をするなどとは......全くもってうざってえでござる!故に......」

抜刀斎の身体能力が急激に上昇する。両手両足に破滅的な程の力を蓄えて、一気に開放する!



「天誅ぅぅぅ!!」



彼は乳揉み崎の胴を真っ二つに割った!その上半身はごろりと地面に落ちる。牧田は恐怖の為に声が出なくなる。不敬者を天誅した事で満足した彼は。再び牧田の元へと戻ろうとするが......

「むうっこれは!」

なんと乳揉み崎の体が無数のおっぱいへと分解し、散り散りになるではないは!抜刀斎が左へ向くとそこには死んだ筈の乳揉み崎がいる。抜刀斎が斬ったのは、おっぱいで形作られた偽物だったのだ!

「パイパイパ」
「ぬうう~どこまでも拙者を苛つかせおって~!」

抜刀斎は再び力を込め決意する。今度こそ奴を殺す、そしてあそこの女にインタビューを行うのであ......

ZGAAAAAAA!!


その時抜刀斎の元へと遥か空の上から光が貫いて来た!彼の体は光と爆熱に覆われる、牧田は空を見上げて、そしてまだ見えぬ彼へと心からの感謝をする。抜刀斎はあたるの手により呆気なく死亡したのだった......そう思われた時。

「クーッ、フーッ、この拙者に傷をつけるとは、相当なやり手でござるな......」

ちょんまげ抜刀斎は生きている!彼は先程パンフレットを読んだ際に、脱出するとスナイパーあたるにより、天から狙撃をされ即死するという事を知る、彼はそれに興味を持ち、先程から体の耐久力を極限にまで引き上げているのであった。即死の効果をもつその光の矢は幾らか抜刀斎を傷つける事は叶ったものの、死にはしない。

「そ、そんな......」
「オッパ......」

牧田は絶望し、乳揉み崎は逃走した。抜刀斎はそんな彼女らへの興味を全く失い、上空を仰ぎ見た。

「なるほど......確かにお主は強いでござるな、しかし拙者が加護を賜っているのは『天』でござる、たかだか1万mで粋がっているお主は所詮井の中の蛙なり、そして......」

抜刀斎は刀を握り、足腰をひねり力を蓄える。そして

「スナイパーとは弾を撃つと居所が割れるでござるぞ! 天誅!

抜刀斎は遥か空へと飛ぶ!スナイパーあたるを殺す事を天が許すのであれば、当然彼の体はそうさせるだけの力を得る!

「まずいですね......」

上空1万m、超大型の人工衛星のような飛行物体の上に乗るスナイパーあたるは、確かな危機感を覚えていた。飛んで迫り来る彼へと光の矢を打ち込むも、幾度も耐えきり、或いは刀で弾かれる!

「グハハハ!痛い、痛いぞお主!だがそれこそがお主の強さの何よりもの証!故に!」

残り1500m、1000m、500、250、急速にあたるへ接近する抜刀斎、あたるは敗北を確信し、背中のパラシュートを開こうとする。

「楽しかったぞ、我が強敵(とも)よ......なんつって」

あたるの人工衛星は両断され、その片側僅かに下へずり落ちた瞬間に爆発する。あたるは気を失い、吹き飛ばされて遥か地上へと落下して行く。抜刀斎は彼にも関心を失い、次なる得物を求めて落下起動を校舎の方へと寄せる。

「これだとまた森の中へと落ちるでござるなぁ、まあ、あそこにも人がいそうだし聞いてみたり天誅したりするでござる!」

さらなる天誅に胸を膨らませながら、彼は万有引力に従い希望崎学園へ落下していく。

その際、抜刀斎とすれ違うようにして上昇する人影を彼は見落としていた。

「ハーッ、ハーッ、ハーッ」

厚着をしているのにも関わらず、牧田の全身にぶつかる風があまりにも寒く、ビリビリと痛む。それでも彼女は耐え続ける。

「あたる様!」

あたるが落ちていくのが小さく見える。牧田は声を上げ、すぐさまその方向へと転換する、寒い、痛い、耐えられない、けれども彼女は飛翔する。なぜなら、すぐそこに恋焦がれる人がいるのだから!

「今お助けしますっ!」

牧田は彼の胴を鷲掴みにする!彼の体は細身で中くらいの身長だった。......それが彼女が初めて知った彼の秘密だった。あたるは目が覚めて、目の前の女性を見た。

「あ......あなたは一体......」
「良かった!生きているのですね!私の名前は牧田ハナレ、2年生」

二人は顔を至近距離で向かいあう、あたるは黒髪の短髪で、どこにでもいそうな凡庸な顔立ちだった。

「ずっと貴方に......恋を、していました!」

突然の告白に呆気にとられるあたるであったが、牧田の瞳は真剣そのものであるのが分かった。

「うん、とにかくありがとうございます、あなたは命の恩人です......こういった告白には、なんと答えればいいのでしょうか」
「ああっ突然告白されると困りますよね......申し訳ございません!」
「いえ、困ってないですよ」

困り顔になる牧田に、あたるは優しく返答する。彼は元いた上空を見る、己が住処がバラバラになって落ちていくのを見ると、どうしても胸が痛む思いがした。

スナイパーあたるは物心ついた頃、既に魔人能力に覚醒していた。幼い故に無法な力を持つ彼の能力を目当てに様々な大人達が彼を雇おうとした。貧しく我が子への愛着も薄かった両親は喜んで出稼ぎに出させるのだった。

彼の初任務は5歳の時、彼は極めて優秀なヒットマンとなるべく、命令に背かぬ忠実な機械として教育され、また彼もその事を不幸せと思った事はなかった。希望崎学園に入学したのもあくまで知識の獲得のみの為、しかし......

「下に降りるのは何時ぶりだろうか......楽しみ、です」

彼は奇妙な胸騒ぎを感じていた。それは己に恋をし、助けてくれた女子生徒のせいであろうか。何にせよ、あたるは牧田の事に興味を持ち始めていたのだった。

「......では、まずは友達から始めるので大丈夫ですか、先輩」
「あ、ありがとうございます!......え、先輩!?」
「私は一年ですから」

牧田の顔から火が噴き出る、それを見てスナイパーあたるはニッコリと笑ったのだった。



12/7 PM2:03

「これで良かったのだろうか......」

第一校舎の脇で、キャラダインは己の行いを恥じる、作戦はきっと成功している筈だ、しかしだまし討ちの恰好になってしまった事を、キャラダインは勇者として後ろめたく思う。

―-先刻の事、校舎の廊下の一角で、キャラダインは木下と滑川の事を影から監視していた。 滑川が用を足すために木下から離れる。丁度その時を狙って、彼は仕掛けておいてあった魔術の罠を発動させた。それは睡魔を促す魔術、この世界の住民は基本的に魔力への抵抗が存在しないため、たちまち滑川の意識は飛び倒れこむ。

そこへとキャラダインは静かに駆け寄り、音を立てずに彼女を抱えて保健室へと駆け込み、ベッドに安静にさせたのだった。幸い木下は、その時男子生徒からの告白希望を聞いていたため、バレているという事はないであろう。そう考えていたその時。

「これは一体......!」

上空に大きな光の玉が弾けるのが見えた、彼は直ぐに事態の深刻さを察する。どう考えても、スナイパーあたるがやられたとしか思えない。彼ほどの男がやられるとは一体何故......彼はすぐに爆発のあった方向へと走り行こうとする、が!

「なっ!」

目の前に粘液の壁が現れ行く手を阻む!それはキャラダインの背後にも回り込み、完全に包囲する形になった。彼は近づいてくる足音に耳を向け、そちらへ振り返る。そこにいたのは保険室にいた筈の滑川だった。

「許さない......私をコケにした罰を与えないといけません......」

滑川は怒りの滾った目で凝視する。土を這う粘液がキャラダインの足元へと近づいていく。キャラダインは彼女に向かいこう話す。

「......滑川さん、私があなたにした事を許してほしいとは言いません、私の行いは戦士として恥ずべき事です、しかし、この学園に今危機が訪れている!どうか向かわせて頂きたい!」
「あの爆発の事ですか、私の享楽を破壊する、この上なく腹立たしい。しかし、私に捕まる程度の貴方に何ができるのです......?」
「それは......」

キャラダインは図星を突かれる。もし敵の正体が、単純にあたるを倒せる程の力を持った生命体だとすれば、弱体化している今のキャラダインには勝ち目は無い。切り札は存在するものの、それを使う事だけは絶対に回避したい。彼の心は惑い、そして押しつぶされそうになる。

「ふふ......無様ですね、今なので話ができますが、あなたがよく守っていた麻上さん、あれが殺杉ジャックですよね?」
「な、何故知っている!」

キャラダインは驚愕し顔を上げた。この事だけは麻上の為に隠し通していたのだ、だが何故それを彼女は知っている?彼は怪訝になる。

「あの夜、私が刺激させてあげたのです、麻上さんを変身させるために......それをあなたは見過ごしてしまった、あなたは姿は立派でも、女1人も救えていないのですよ......!」
「くっ......それは......」

キャラダインの脳裏には2つの顔が浮かぶ、麻上と朱場だ。私は彼女らを守ったつもりでいて、実の所は出来ていないのだ。キャラダインは顔を下げ、苦悶の表情を浮かべる。

それだけではない、あろうことかこの私は2人を悲しませてしまった、それも全て愛の為だ。朱場は我が妻と同じ悲しみを抱かせてしまい、麻上は私が愛に惑う故に後悔を抱かせてしまった。私は、私は勇者だというのに!キャラダインは顔から大粒の汗を垂らす。その間にも粘液が触手の様に迫る。最早、彼の内なる愛情は止められない、止まることができない、だが、それでも彼は顔を起こし、父の言葉を反芻する。

「......一度過ちを犯そうとも這い上がれる者は、偉い」
「成る程、それは名言ですねぇ......」

滑川は軽口を叩きながらも、触手による警戒を強める。彼の意思が明らかに強まっているのを感じた。

「私は1人の夫としてたった1人の妻を愛したい、だがそれでも勇者として、全てに区別なき愛を手向けたい」

キャラダインは滑川へと剣先を向ける、滑川も応じて粘液でドームを形成する。彼の心は決まった。ウィル・キャラダインは勇者である、故に傲慢にも全てを守り通す。そう決意した!

「故に私は、麻上を傷つけたお前に、止められている場合ではない!」

炎を纏わした斬撃で、キャラダインは周囲の粘液を払う。もう一度二人に会おう、再び愛する為に......!



12/7 PM2:15

人工林の真っ只中、殺杉は自慢のチェーンソーを縦へ横へ恐るべき速度で幾度も振り回し、抜刀斎へと斬りつける。抜刀斎は刀で受け止め続けるも、唯一筋の斬撃のみを胸に受ける。だが。

「天んんんっ誅!」

抜刀斎は能力を行使し、その傷を"自然治癒"で治した。今度はこちらのターンとばかりに、抜刀斎が刀で下から切り上げ、殺杉の腹部に痛々しい傷ができる。

「ギュオオオオオ......」}


殺杉は目の前の敵を恨めしく睨む。殺杉の肉体は不朽にして不滅、そういう設定である。だがその肉体を抜刀斎は、かのスナイパーあたると同様にダメージを与える事が叶った。それも抜刀斎が、そうするだけの身体能力を天に賜ったが為だ!

「ふっふっふっ......お主もあたる同様なかな善戦するでござるが、結局は拙者には及ばなかったでござるなぁ~。これが強者の悲しみって奴でござるか?」

抜刀斎は鼻をほじくりながら殺杉を煽る。殺杉の全身には相当の切り傷が付き、多量の出血を余儀なくされている。一方抜刀斎は当然無傷、殺杉のパワーでは彼にダメージを与える事が出来ない!

「ゴロジダイイイイイイ!」

口惜し気に咆哮する彼を笑いながら、抜刀斎は30m程もある針葉樹の頂点に飛び立ち、殺杉へと斬撃を飛ばす!

「ジゴオオオォォォォ」

殺杉は激怒し彼の立つ木を根元から伐採!だが当然抜刀斎は飛び移り斬撃を飛ばす!

「グハハハハハハハ!天誅!天誅!天誅天誅天誅!恐怖の五連天誅にござるーっ!いやー今日で分かったでござるが拙者、最低限の歯ごたえがある程度の格下相手に無双するの大好きでござるうう!」

抜刀斎は興奮しつつ殺杉をズタズタにしてゆく。殺杉の体力は尽き、とうとう膝を折り地面についた。

(このままじゃ死んでしまう......!どうしたら......!)

殺杉の深層意識の中で、麻上は迫りくる死を実感し焦燥する。彼女が良く知る人物の中で、最も強い者の演技をしようとして彼女が選んだのが殺杉だった。それで朱場を助ける事はできたが......

(何かいい策は......!いや、思いついたとしても、私は動けない!私は、役の殻に籠ったまま!)

麻上アリサはその演技を解除するには、相当の時間経過か、あるいは親しい者が傍にいる必要があった。前者はその前に死ぬ為不可、後者なら、キャラダインが駆けつけてくれれば可能かもしれない......

(でも、今のキャラダインさんでは一瞬で殺されてしまう!)

空間転移を果たした際、キャラダインの絶対勇者としての力はは異物として排除され、今は大幅にオミットされた状態で魔人能力として固定されている。そんな彼ではこの抜刀斎は倒せない!麻上は考える、生き抜く為に、みんなを守る為に——

(......これなら、可能性はゼロじゃない)

麻上は思案した末に一つの可能性に行き当たる。これならきっと倒せる。だが......

(今の私には、変身を解除する事ができない!)

◆ ◆ ◆ ◆

「ハア、ハア、ハア......」

嶽内大名の精神状態は今、限界に達しようとしていた。六日前、己が恋をしたブリーフとの二度目の邂逅ののち、あのパンティーには遂に再開できなかった!あの怪物はどこへ!一週間近く悶々と過ごしていた彼の目に飛び込んで来たのは、謎のサムライと交戦し傷つく殺杉!

狂喜し近づく彼であったが、交戦相手のサムライから漂う非常なオーラに圧倒されビビりっぱなしの嶽内!もし今ブリーフを取ろうものならば、奴の注目を集め殺されてしまう!木の影に隠れる嶽内は己の不甲斐なさを呪った

(嗚呼何という......!目の前の愛するブリーフがこんなにも......遠い!)

情けなさで遂に涙を流す嶽内であったが、その時彼の傍に現れたのは乳揉み崎だった!彼は奇声を上げながら抜刀斎の方へと近づく。

「オッパオッパー!」
(や、奴もここに逃げ隠れていたのか!ってなんか様子がおかしいぞ?大丈夫?)

怪訝に思いながらも彼は乳揉み崎を見守る......奴もなにか思いがあってあそこへ近づきているのだろう。あの青二才だったお前が、よもや一週間でここまで勇敢になるとは、嶽内は心の中で彼を誉め称える、そして燻っていた闘志に火がついた!

「うおおおおーっ!」

殺杉のブリーフがひとりでに動き嶽内の元へ行く!それを見た抜刀斎は興味を持ち目を追う......ニヤリと彼は嗤った。

「ああ、会いたかったぞおおお!やっと、やっと!お前が好きだあああ!」

ブリーフを抱えて一人喜ぶ嶽内、彼に向けて抜刀斎は天誅の一撃を見舞おうと構える。その頃麻上は——

(私は、変わらなきゃいけない......皆を傷つけようとした事、キャラダインさんを傷つけた事......!)

麻上はこの一週間の出来事を思い出す。......私の演技が、どれ程迷惑がかかったか分からない。だから、だから私は進歩したい!麻上はこれ以上なく強く願う!

すると彼女の意識は段々と表層へ出ていく。麻上としての意思と、殺杉としての意思が交じり合う、奇妙な感覚を覚えた。

(私は絶対!やって見せる!)

その瞬間、殺杉の肉体は強い光を放った——

◆ ◆ ◆ ◆

「ややっなんでござるか?」

嶽内を斬ろうとしていた抜刀斎は突然の光に驚愕する。そこから一つの人影が飛び出し、木の上に直立する。その姿は、正しく西洋風ファンタジー世界の勇者そのもののなりであった。

「私の名はウィル・キャラダイン!勇者として貴様を倒す!」

麻上アリサの魔人能力は成長した。自分の意思の力で演技を解除する事ができるようになったのである。その上で彼女は再び演ずる、勇者キャラダインを!

「なーんだ興ざめでござる、さっきの方が強いじゃないでござるかー」

抜刀斎は心底がっかりし、やる気なさそうに剣を構え、そして彼の元に飛び斬りつける!

「という訳で天—」

その瞬間、抜刀斎の姿は消えた。麻上演じるキャラダインは笑みを浮かべる。

「転移魔法、これでこの世界から奴はいなくなった......」

キャラダインの使用した魔法は、彼が使う筈だった復路分の転移魔法である。それにより抜刀斎は彼の住まう異世界へと転移した。だが果たして彼はその世界でも暴れてしまうのでは?疑問に思う方も少なくはないだろう、しかし......

「は、はなすでござるー!拙者は天に愛された男なのだぞー!」

一方異世界において、暴れる彼の身柄は町の自警団によって拘束される。彼の異常なまでの強さは、世界の修正力によって異物と判断され排除された!

「ああ、これで私は......皆さんを......」

キャラダインから元の姿に戻る麻上、彼女は立っている木の頂点から倒れて、そのまま地面へと落下していく......

「麻上ッ!」

その時、走りながら飛んだキャラダインは彼女の体を腕でキャッチする!麻上は驚き、目を見張る。それから彼女はキャラダインにむかって話かけた。

「キャラダインさん......先程はごめんなさい......!こんな私を許してくれますか?」
「ああ......!!許すさ、勇者として当然の事さ、そして、成長したのだね、ありがとう、皆を守ってくれて!」
「はい!ありがとうございます!」

2人は笑顔になって、地表へと着地した——

12/7 PM 4:40

希望崎学園校門前、そこには帰宅をする少数の生徒の他に、集団でたむろする者達も大勢いた。彼らは木下と滑川を取り囲むようにして立っていた。

「ふむ......つまりこの学校に謎の人斬りが存在していて、少なくとも期間中に二人死んだ、と」

生徒会を取り囲む一人、平河玲は木下から事情を聴いていた、ラブマゲドンは終結した、その後校内にいた謎の不審者を(一人はキャラダインの魔法で正気にさせた上で)警察に引き渡し逮捕。それから牧田の言った人斬りの住処を捜索、中から新鮮な死体二つと大量の人骨が発見された。

「ラブマゲドンと関係なしに人を殺すような輩ではあったとはいえ、その脅威を見過ごしつつも生徒達を拘束したことには責任が生まれるだろう......」

木下は下を向き反省する、彼はあくまで正義の味方なのだ。故に謝罪の言葉を述べた。

「申し訳ないっ......!私としたことがこのような......!」

それを滑川は冷たい目で見る。彼女は実の所、木下を愛してなどはいない。彼女はその能力で他人を操り、そして狂わせる事を快楽としていた。その中でも木下は非常に反応が良かった。

滑川は木下へ生徒会の立候補を提案し、就任後は様々な愛に関する政策を打ち出す事を提案し、挙句の果てラブマゲドンの開催を決定させた。それがこのイベントの真実である。彼女が愛をテーマにしたのは、それが最も人を狂わせると知っていたからである。

平河は滑川の方へと向く、平河は先程滑川と戦闘している、キャラダインへ粘液で攻撃をする彼女の前に平河は飛び出し、キャラダインを逃がしたのだった。当然手痛い反撃をその後食らったのだが、彼女に後悔は一切ない。

「生徒会長はこう言っている......滑川、あなたも何か......」
「やめろ!なめちゃんは悪くはない!」

平河と滑川はその剣幕に驚く。彼は頭を地面につけてこう釈明する。

「なめちゃんは......俺のいう事を聞いただけだ!ただ単に操り人形にしていただけなんだ!だからこれ以上責めないでくれ!俺が、俺が恋をしている人に!」

滑川は訝しむ、恋?恋だと、私が教えたのは愛の筈、滑川には恋など身に覚えがなかった。

「か、会長......やめて」

滑川は木下の顔を上げさせる。木下はそれに応じて滑川の方へと向いた。.....滑川は木下を愛さない、所詮快楽の為の手駒に過ぎなかった。しかしそれは短くない付き合いのせいなのか、彼が自分の事を全力で庇ってくれた事が嬉しかったのだ。彼女の口から、自然と優しく言葉が漏れた。

「あ、ありがとう会長......一からまたやり直しましょう」

その様を糸遊と泉崎は遠巻きに眺める、スナイパーあたるは抜刀斎に討ち果たされ、その抜刀斎も異世界の彼方へ消えた。結局、彼女達の作戦は結果的に無意味であったといえよう。しかし......

「こ、これでマオと一緒にいられるのだな!本当に、本当に感謝する!」
「ハハハ照れるなあ......今度は不幸のいなし方を教えるぜ!」
「本当サンキューっつっても言い切れねーぜ!」

「本当にカップルが大量に生まれたわね......」

2人は甘之川と根鳥と調布の方へと見る、甘之川と根鳥は告白に宣言に失敗し、不幸を被った。しかしそこへ宣言に成功した調布が、彼本来の能力で被る不幸を木下から受け取った幸福で帳消しする事で、このカップルの不幸を取り除く事に成功したのだ、泉崎は再び彼に心底呆れる。

「泉崎も、こっちへ来ないか?いや、無理しないでいいけどさ」
「言われなくとも無理はしないけど」

泉崎は調布へと冷たく言い放った。彼女の人間嫌いだのは一朝一夕で克服できるものではない、だから彼女は一人で帰ろうとする、だが......

(......一回位、踏み出してみてもいいか)

泉崎は調布達の方へと歩みを進めたのだった、それを見ながら、糸遊は心の中で一人愚痴を言った。

(全く、これじゃただのコンサルタントみたいじゃない)

彼女がラブマゲドンに参加する直前、目に毒としか言いようのないカップル共を見かけて彼らに敵意を抱いた。自分の能力でカップルが産まれ続けた時、内心優越感に浸っていた。所詮愛なんてそこまでのものなんだぞと、世界に証明したような気になっていた。

だが実際産まれたカップル達を見てその考えは変わっていった。例えばいま傍にいる根鳥と甘之川のカップルも、実の所彼女による操作が無かった訳ではない。でも二人の顔は実際幸せに満ちているのが分かった。彼女はこう思う、結局の所二人が幸せならなんだっていいのかもしれないと。

(唯一心残りなのはあの二人の死者ね、彼らの冥福を祈りましょう......)

糸遊は学校側へ向き直り黙祷を捧げ、同時にここで生まれたカップル達の幸せを祈るのだった。

「ねえ、キャラダイン......」

麻上を初めとした映像部員達が見守る中で、朱場は泣きだしそうな顔でキャラダインへと迫っていた。この後すぐにでもキャラダインは故郷の世界へと帰り、妻のアリスへと愛を知った事を報告し、共に過ごすのだという。朱場にもその事は話され、彼女はある事を問おうとする。

「あたしの事よりも、アリスの事が好きなの......」

キャラダインは少し返答に迷った後、彼女へ言い聞かせる。

「私は無論、君の事が好きだ、アリスの事も好きだ、その愛に貴賎は付けられない......」

朱場の鼓動は早くなり、彼女は息を飲んだ。キャラダインはそれから続ける。

「でも、アリスへの愛を、他の誰かに送る事は私にはできないのだ、重ね重ねだが、本当にすまない」
「キャラダイン......!あたしは......あたしは......!」

朱場はキャラダインを凝視し、息を荒げる、その口からおぞましく愛憎に満ちた言葉が吐き出されそうになる、しかし彼女は肩を落とし、力なく言う。

「............分かったわ、あなたの愛は、もう......」

そう言うと彼女はキャラダインに背を向け遠ざかり、木の陰でワンワンと泣き出した。彼女の恋心は、今終わったのだった。麻上は泣きじゃくる朱場を見た後、彼の方へと向き直る。

「キャラダインさん、もう行ってしまうんですよね......」
「ああ、私の妻が待っている、......私も会いたくて仕方がないんだ」

麻上は酷く寂しそうな顔をする。映像部員達は固唾を呑んでいるしかなかった。キャラダインは空間魔法を起動させ、別れの挨拶を言う。

「では、一週間もの間本当にありがとう、私が得たのはなにも愛だけではないさ、かけがえのない思い出が生まれたんだ」

キャラダインは優しさに満ちた笑顔で言い聞かせる。ここに集っていた生徒達も彼の方へと向いていた。彼は異世界の住民である、きっとこれが、今生の別れなのだと皆が理解していた。

「......朱場さんも来てください、もう行ってしまいます......」
「いい、彼が消える所を見たら、きっとあたしは人を殺してしまうと思う」

彼女の言葉に周囲に緊張が走る、しかし朱場はそれから付け加えるようにして言う。

「けれどあたしは、キャラダインがアリスと結ばれる事......認めるから......」

泣き声になりながらそう言い終えると、彼女は再び陰で泣き出した。キャラダインは申し訳なく思い寂しい顔をした。

「うん......では私は......」
「まっ、待ってください!」

麻上はキャラダインを制止する、彼は一旦魔法の作動を止めて、彼女に笑顔を向ける。麻上は彼へこう言った。

「わたしは結局、キャラダインさんに迷惑かけてばっかりで、全然ダメな女でした」
「そんな事はないさ、あのサムライを討ったのだって君のお陰だ」
「ありがとうございます......ですが、これだけは最後に言わせて下さい」

キャラダインは優しく頷く、麻上は息を飲んで、勇気を出してこう言った。

「キャラダインさん、私はずっとあなたに、恋をしていました......」

キャラダインは何かが腑に落ちて、安心した顔を浮かべて麻上に返答した。

「ありがとう......今ので心の最後のつっかえが消えた、アリスが求めていた愛を私は知った、でも私はそれに何という名が付いているのかを理解していなかったんだ......恋、だったのか......」

そう言うと、キャラダインの体は青白い光に覆われる。彼は満面の笑みを浮かべ一筋の涙を流した後、恋しきアリスの待つ世界へと消えていった。それを見届けた麻上は映像部の面々に向かい、大粒の涙を流した。

「ううっううっ......うわああぁぁ.......!」
「い......今は泣くんだ麻上!その涙は明日へと必ず繋がる!」
「で、でも俺達のせいなんですけどね......」
「そういうのは今はあまり言うな!さあ、明日の夜は帰還おめでとう打ち上げだ!」

励ましの言葉を贈る映像部員達に麻上は感謝を抱いた、こんな仲間と絆で繋がれて、愛し合えた事にこれ程感謝した事はなかった。

けれども彼女はこれだけは忘れない事にする。私は恋を、していたのだと。
最終更新:2018年12月10日 01:49