【TIPS 滑川ぬめ子】
滑川ぬめ子は生徒会に入って変わったというのが彼女を知る人たちの見解だ。
気が弱く控えめで、喋り方もぼそぼそとしていて目立たない。
それが中学時代までの滑川ぬめ子のクラスメイトからの評価だった。
中学に入って暫くするまでも同様であったが、ある時から殆ど喋らなくなり。
彼女と親しくする人間はごく少数に限られるようになった。
常に目線が定まらず何を考えているかも解らず。
明瞭な言葉を発する事さえ稀だった。
その魔人能力『ぬめんぬめん』も制御を失い粘液をぼたぼたと垂れ流すようになり。
彼女の面倒を見てくれるという心優しい友人の介護によってかろうじて学校生活を送れているという状態にまで転げ落ちた。
当然、成績も最底辺という状況ではあったが。
その魔人能力故に進学先に困る事は無く。
滑川ぬめ子は希望崎学園に入学する事となった。
まともな高校生活が送れるはずがないと思われた滑川ぬめ子だったが。
どういう訳か生徒会に入り、まるで人が変わったかのように彼女は行動的になる。
何が彼女を変えたのか。
どうして彼女が変わったのか。
元々の滑川ぬめ子とはどのような人物だったのか。
それを知る者は居ない。
【拒絶と浸蝕】
コンコン、コンコン、コンコン。
女子トイレの扉を叩く音はゆっくりと続いている。
音楽プレイヤーの音を最大にしても音の洪水の隙間を縫って泉崎ここねの耳にノックの音は潜り込んでくる。
コンコン、コンコン、コンコン。
(ここには誰も居ない!ここには誰も居ないんだッ!)
扉には鍵がかかっている。
つまり中に誰かが居る事は明らかである。
それでも蓋をした便器の上に蹲るように座っている為に扉の下の隙間から覗いても姿は見えない。
ここねの買える範囲ではかなりお高めのヘッドホンからは音漏れもしていない筈だ。
偶然鍵がかかったトイレの個室だと思えなくもない程度には偽装できている。
(諦めてどこかに行ってしまえ!私は絶対に応えない!ここには誰も居ないッ!)
「ねぇ、居るんでしょ?ここねちゃん」
湿度の高い、深く纏わりつくような声が聞こえる。
ぴたぴた、と水滴が零れ落ちる音がする。
いつしか音楽プレイヤーの曲は止まっていた。
がちゃり、とドアの鍵が開く。
「え?」
ここねは自分の手が扉を開けていることに気付いた。
「なん…で?」
キィ、と扉が開く。
「やっぱり、ここねちゃんだぁ」
「ぬめ子ちゃん」
滑川ぬめ子。
頼りない小柄で細い体躯。
長く整った髪は古い沼地の様に深い黒色
切れ長の細い目に深い水底のような瞳はきょろきょろと忙しなく蠢いている。
濡れたように光る赤い唇が歪む。
にたり、と笑う幼馴染の顔を見て。
泉崎ここねは安堵と恐怖を同時に感じていた。
「なんで、ぬめ子ちゃんがここに居るの?」
「んん~?なんでだろうねェ」
「ぬめ子ちゃんもイベントに参加させられたの?」
「ううん。違うよぉ。私は自主参加、生徒会副会長だから」
ぴたぴた、と水滴が零れ落ちる音がする。
「気持ち、悪い」
「んん~?」
「気持ち悪い気持ち悪い!ぬめ子ちゃんも結局はそうなんだ!気持ち悪い!男と仲良くなりたいだけなんだッ!」
ぴたぴた、と水滴が零れ落ちる音がする。
「ごめんねェ」
「『近寄らないでッ!』嫌い!気持ち悪い!」
ぴたぴた、と水滴が零れ落ちる音がする。
どこで?
「私が生徒会に入ってから。あまり話さなくなっちゃったねェ。あんなに仲が良かったのに」
「うるさい!うるさい!『黙って』!『嫌』!『やめて』!」
泉崎ここねの魔人能力『論理否定』は。
ここねが相対して否定の言葉を投げかけた相手の知能を低下させる。
複数回を連続で重ね掛けされると精神を破壊され廃人と化す恐るべき能力だ。
しかし、滑川ぬめ子は構わずにここねに近寄っていく。
ぴたぴた、と水滴が零れ落ちる音が、ここねの頭の中で響いている。
「なんでぇ?『やめて』よ『嫌』だよ。許してよ」
「ごめんねェ、怖かったねェ」
そっとぬめ子はここねを抱きしめる。
水滴の音が心地良い。
「ぬめ子ちゃん。ぬめ子ちゃん!」
「怖かったねェ。もう大丈夫だよぉ」
ここねは必死にぬめ子の細い体を抱きしめる。
まるで子供がお気に入りのぬいぐるみにしがみつく様に。
「あはは、痛いよぉ。ここねちゃん」
ぬめ子はそっとここねの頭を掴み、顔を覗き込んだ。
ここねの涙で濡れた顔がぬめ子の暗い瞳に映り込む。
「怖かった。寂しかった。なんで、居なくなっちゃったの?どうして話してくれなかったの」
「ごめんねェ。でも仕方なかったの」
「『嫌』!ずっと一緒に居てくれなきゃ『嫌』、また私の物になってよぉ」
泣きじゃくるここねの唇にぬめ子の唇が重ねられる。
「う…うぐ、あ、ああ」
ぬちゃ、ぺちゃ、ぐちょ。
(ぬめ子ちゃん!ぬめ子ちゃん!)
ずるり、どちゃり。
ぬめ子の体から粘液が溢れ、ここねの体に入り込んでいく。
「ぬめ…子…ちゃん。あ、ああっ…ん…ああ。あは…んんっ」
「ごめんねェ。ごめんねェ。滑川ぬめ子はもう居ないんだぁ」
「どう…し…て。あ、う…んぅ」
「壊したのは、ここねちゃんだから。滑川ぬめ子を壊したのは」
「だ…って。ずっと…いっし…ょ。んんッ…あ、ああ」
ここねの口から甘い吐息が洩れる。
壊されていく、心が溶けていく。
どうしようもない快楽が頭の中で渦を巻く。
「この体には、ここねちゃんの能力は効かないよぉ。もう頭の中は壊れているから。魔人の力は強力だけど狙う相手を間違えたねぇ」
ぬめ子の瞳がきょろきょろと忙しなく蠢いている。
笑顔の様で表情が無い。
「貴方が壊した人形に“私”が入り込んだ。だから“私”が滑川ぬめ子。ここねちゃんは“私”に話しかけるべきだったねェ」
「い、『い』…や…うぐっ?」
否定の言葉を投げかけようとするここねの口をぬめ子の口が塞ぐ。
ぐちゃり、ぬちゃり。
ぬめ子の長い舌がここねの舌を絡めとる。
「私が貴方に、貴方が私に。貴方に“愛”を“アイ”を“私”を教えてあげる」
泉崎ここねの瞳が暗く濁ったように輝く。
もはや、その口からは短く湿った吐息が零れるだけだ。
水滴の音はもう聞こえない。
ここねはなぜ自分が扉を開けたのか解ってしまった。
水滴の音が聞こえた時、既に“私”がここねの中に入り込んでいたのだ。
体が思うように動かない。
「これが“私”の魔人能力。『すべてが“アイ”になる』」
ここねの口から“私”の言葉が溢れる。
「“私”は“私”を愛している。だから、皆に“アイ”を教えてあげられるの」
かつて泉崎ここねだった物と。
かつて滑川ぬめ子だった物は。
にたり、と微笑んだ。
【TIPS 甘之川グラム】
小学生の頃には好きな男の子が居た。
たぶん初恋だったのだろう。
客観的に見てあの頃の私は少し…いや、かなりぽっちゃりとした体形だった。
あの頃から成績は良かったので馬鹿な男子達に何を言われても傷つく事は無かった。
まあ、ムカつく奴はぶん殴っていたが。
糖分は頭の働きに重要なのだから、賢い私が甘い物を食べるのは当然だと思っていた。
でも。
何時もの様にりんごを食べていた私に。
「お前、甘い物ばっかり喰ってるからさ。デブくて重いんだよ」
と言われた。
ショックだった。
多分、それが初めての失恋。
告白したわけではないけれど、普段から仲が良かったから勘違いしていたのが私の甘さ。
他の誰に言われてもどうとも思わなかったのが私の甘さ。
その子だけはそんな事を言うとは思っていなかったのが私の甘さ。
その子に言われて私はショックを受けてしまったのが私の甘さ。
甘さは重さ。
重い思い想い。
私の甘い想いが砕けて甘い初恋が消え去って。
私は失恋と同時に魔人能力に目覚めたのだ。
『林檎の重さと月の甘さ(ニュートンズ・イクエイジョン)』。
それが私、甘之川グラムの魔人能力だ。
その後、普通にダイエットには成功して今の私があるわけだが。
それ以来、私は恋というものを避けていた。
恋などというものには縁がないはずだった。
はずだったのだ。
【最初の二人 理系とヒモ】
「やぁ。スゲェ一撃だったな」
突然背後から声を掛けられ甘之川グラムは目を見開いた。
(しまったな。見られていたか?)
たった今、彼女は言い寄ってきた男子生徒を魔人能力で叩きのめした所だ。
彼女の魔人能力『林檎の重さと月の甘さ』は重さと甘さを置換できる能力である。
格闘戦におけるあらゆる物理ダメージは物質の質量と移動エネルギーに依るものであるのはボクシングが体重別のクラスマッチを行っている事からも明らかである。
重い奴は軽い奴よりも基本的に強い。
すなわち相手の体重を軽くしてしまえばその攻撃と耐久を大幅に下げる事が出来るのだ。
現状が特異な環境下である事を差し引いても自分を舐めてくる相手に容赦するほどグラムは甘くない。
(能力を見られた事は問題ではない。別にこのイベントの本質は戦闘ではないからな)
(私の能力だって知っている生徒はいるだろう。だがこの手のイベントで第一印象というのは大事だ)
(ここから私の印象が下手な形で伝播してしまうのは避けたい。甘之川グラムが暴力的だとかいう噂があいつに伝わるのは避けたい所だ)
(致し方ないが口封じをするしかないな)
一瞬で覚悟を決めたグラムが声をかけてきた方向に振り向く。
「そうだな、どれほどの一撃か君も味わって…んにゃ?」
(何故?!ここに!こいつが居るんだ!)
グラムは目の前に居る人物を確認し目を丸くして一瞬首を傾げ即座に言葉を続ける。
「味わってみるのも良いかもしれないな。根鳥マオ」
(落ち着け私!冷静になれ私!根鳥が参加しているのを知っていて私も参加したのだろう)
「へぇ、俺の名前知ってるんだな」
「ああ、君は割と有名人だからな、と聞いている」
(し、しまった、根鳥の事を調べていたように聞こえてしまうのでは?)
「なるほどな。まあ、悪い噂じゃない事を願うよ」
袴姿の少年、根鳥マオ。
弓道部の副部長、見た目は良く、人当たりも良い。
学内で有名な人物と言えばそこそこ名前のあがる一人ではある。
気の迷いでなければ甘之川グラムが惚れてしまったかもしれない人物その人だ。
「まあ、俺も君の事は知ってるぜ。甘之川グラムさん、だろ」
「えっ?」
(な、名前を知っている、だと?ど、ど、どういう事だーッ!)
「え?あ、人違いだった?」
「い、いや。違わない。私は甘之川グラム。うん、間違いないぞ。ところで何故私の名前を知っている?」
(う、顔と名前が一致していないレベルなのか…だが何故だ)
「そりゃ、成績が常に学年トップの才女の事を俺が知らないわけないだろ?」
「そ、そうか。私もそれなりに有名だからな。ふふん」
(そ、そういうことか。だがよし!才女という評価はわるくないぞ!)
グラムはグッと小さくガッツポーズを決める。
「どうかしたのか?」
「い、いや。別に?それより何の用だ?まさか焦って私に告白でもするつもりか?」
(するつもりなのか?してもかまわないぞ!そちらからしてくれると言うのであれば私にも心の余裕という物が生まれるからな)
「い、いや。そういう訳じゃないんだ」
「そ、そうか。うん、まあ焦って告白などする奴の末路は今見た所だろうからな」
(違うのかーッ!いや、落ち着け私!まだ焦るほどの状況じゃない!)
「ああ、見事な一撃だった。思っていたより強いな」
「女子に強いは褒め言葉にならないが、まあいいだろう。ところで私に何の要件だ?告白するつもりはないという事だが?金でも貸して欲しいのか?」
(わりと金にだらしない奴らしいからな。ここで内面を判断する良い機会ではないか。うん、どうだ!私は冷静だ!)
根鳥は一呼吸置いて何かを決意したかのように話を切り出した。
「俺と共闘しないか?」
「共闘、だと?意味が解らないな。まず、何故に私と?次に何の共闘だ?」
(本当にどういう事だ!まったく意味が解らない!もうちょっとこうナンパっぽい事を言うとか!そういうの!ないの?)
「ああ、悪い。結論を急ぎ過ぎた。君は一番話が通じそうだったから声をかけたんだ。どうも他の参加者は思惑やそれ以前の問題で会話が困難な人が多い。最初に声をかけるなら君が良さそうだと思ったんだ」
「なるほど、確かに私の知る限りでもヤバい参加者が何人かいるが。それにしても私よりも話しやすい相手も居たんじゃないのか?」
(話しやすそうだが告白はしないと言うのか?いや、時間をかけてのアレコレで絆を深めるとかそういうタイプか?恋愛本でもそういうパターンはアリだった!うむ!)
「話しやすいってだけじゃダメなんだ。共闘って言っただろ?俺は恋愛するにしろ何とかやり過ごすにしろ。とにかくこのラブマゲドンを無事に切り抜けたい」
「まあ、そうだな。私は自主参加だが、不幸に巻き込まれるのは避けたいというのは解る」
(む、という事はまだ恋愛する気がないと言うか気になる相手が居ないと言う事か?)
「それとは別にさ。俺は出来る限り他の参加者にも不幸になって欲しくはないんだ」
「はあ?!他の人間を気にしている暇があるのか?合理的な考えとは思えないが」
(確かに面倒見の良い奴という噂もあったな。ひょっとしてお人好しなのか?)
「確かに、自分は大事だ。でも自分だけ助かったとして、後味悪いだろ?今後の学校生活で周囲に不幸な奴がいて気持ちよく過ごせるか?俺はもっと楽しく学生生活を送りたいんだ」
「なるほど、動機は理解した。で、やはり疑問だが。どうして私なんだ?」
(自分中心ではあるが、思ったより良い奴っぽい。うん、評価点だぞ)
「まず、こうやって話し合いが持てるっていう所。それから頭の良さだ。最初に声をかける仲間は理解力が高い方が良い」
「ああ、なるほどな。今のは中々良い褒め言葉だったぞ、根鳥。共闘も悪くない。だが私は自主参加者だ。当然恋愛が目的だが」
(お前はどうなんだ、根鳥!)
「勿論だ。甘之川さんの恋愛に関しても協力しよう。しっかりサポートさせてもらうさ。その代わり俺の場合や他のやつらの恋愛にも協力してもらえると助かる」
「…良いだろう。条件的にも悪くない」
(うぐ、まさか好きな奴が他にいるのか?いや仮に根鳥に好きな奴が居たとすれば、せいぜい幸せになってくれた方が諦めもつく)
(逆に誰もまだ本命が居ないのであれば他の奴らをくっつけていけば。最後に私しか残っていないパターンもあり得る)
(恋の駆け引きとしてはグタグタも良い所だが、恋愛経験が皆無に近い私にしてみればこんなものだろう)
グラムはそっと手を差し出す。
「共闘成立だ。つまりは仲間だろう?握手くらいはしても良いんじゃないか?」
(手を繋ぐ、というには馬鹿馬鹿しいやり方だが。最初はこれくらいから)
「ああ、よろしく。甘之川さん」
根鳥はグラムの手を握る。
「グラムで良い。そうだろうマオ。私達仲間だ、せいぜい頼りにしてくれてもいいんだぞ、ふふん」
(馬鹿なのか!私は!名前を呼び捨てにするとかいう恋愛イベントをこんな!こんな変な感じで!馬鹿!手!手を!握って!)
「ああ、よろしくグラム。まずは仲間を集めよう」
「よ、良し。任せろ。まあ誰も付き合う相手がお互いに居なくなったら相手をしても良いぞ」
(ロマンスの欠片もない!だ、だが!名前で呼ばれるのってヤバいな!ハハ!もうちょっと賢く立ち回るはずだったのに、ハイになってしまう。恋愛ってのは計算で予測できないな!)
甘之川グラムと根鳥マオ。
ラブマゲドンに対抗する生徒の最初の二人がここに誕生した。
そして数時間後まで時は流れる。
【TIPS 調布 浩一】
調布浩一は不幸である。
それは他人の不幸を肩代わりしてしまうという彼の魔人能力『アンラッキーワルツ』に依るものであるのだが。
何故そんな能力に目覚めたのかは、浩一自身ももはや覚えてはいない。
日々の不幸の連続がそれを忘れさせてしまったのだ。
でも、記憶の奥底に微かに残っている。
この能力は不幸を肩代わりする能力ではなく。
他人を幸せにする為の力なのだと。
きっかけはほんの少しの事。
小学校の頃、クラスメイトの女の子が泣いていた事。
それを肩代わりできれば、その子は笑顔になるに違いない。
そんな細やかな思いつきから生まれた能力。
調布浩一は不幸であるが。
他者の幸せを願う根っからお人好しである事の証明に他ならないのだ。
【アンラッキーと殺人鬼】
日が傾き始めた校庭を調布浩一が歩いていた。
校舎から伸びる影はあと数時間で夜の闇に溶けてしまうだろう。
普段であれば部活の片づけをする体育会系の生徒や、下校する途中の生徒の姿が少なからず見受けられる時間帯だが、人影は浩一以外に見当たらなかった。
「家にも帰れないとか、マジで最悪だよな」
そう言って浩一はブラブラと校庭の端まで歩く。
学園を囲むフェンスは然程の高さがあるわけでもなく、乗り越えようと思えば簡単にできる。
「つっても、あの生徒会長の事だから狙撃とかマジなんだろうな」
特に当てもない風情でぶらぶらと一人で歩く。
「恋愛っつってもなあ。どうすりゃいいんだよ。女子に簡単に声かけられるなら苦労しねえって」
ぶつぶつと愚痴をこぼす浩一の前にいつの間にか一人の男が立ち塞がっていた。
「な、え?マジかよ」
「ウギョゴロンッシギャギゲゲーー!!」
身長は2m。
悪魔的な筋肉が気色悪く波打ち、改造施術の傷跡が全身に隈なく残る肉体。
スキンヘッドで肌全体が真っ赤にペイントされた頭部。
不死身の連続殺人鬼、殺杉ジャック(仮)。
「マジで出やがった。甘之川の作戦、大当たりかよッ!」
『いいか?人気のない場所で単独行動をしていると殺人鬼に襲われるという不運に見舞われる可能性がある、これはホラー文脈におけるお約束だ。これをお約束確率論と仮定しよう』
『校内には多数の生徒が存在し誰もがその不運に見舞われる可能性がある』
『そして、一番先に狙われるのはその不運をすべて肩代わりしている者。つまりお前だ、調布浩一』
とは対ラブマゲドンレジスタンスの参謀、甘之川グラムの言であった。
「コ、ロ、ス!コノ、チェーンソウ、デナア!滅ビヨ!」
チェーンソウを今にも振り下ろさんとするジャック(仮)。
「ははッ!甘えよ!俺の不運はそんなもんで終わるわけねえんだよォ!」
死に際して恐怖しながらも笑う浩一を前にしてジャック(仮)は少し怪訝な様子を見せた。
浩一の言葉を受けて思考した為ではない。
新たに登場した何者かへの警戒心が浩一への攻撃を躊躇させたのだ。
「なるほど、戯言かもしれぬので捨て置こうとも思ったでござるが。この矢文、中々侮れぬでござるなあ」
ボロボロの袴姿の男が校舎の影から姿を現す。
手に持った矢と手紙らしき紙切れを投げ捨て、ちょんまげ抜刀斎は刀を抜き放った。
「ははッ!だがこれも天の意思と心得よう。どう見ても悪でござるしなあ」
『下準備さえ整えておけば、アンラッキーを極めた君の前に殺人鬼と人斬りが同時にエンカウントするくらいは当然起こりうるさ』
とは甘之川グラムの言である。
【TIPS ちょんまげ抜刀斎】
幕末、土佐藩に一人の男が居た。
下級武士であった男は、時代に流され勤王の志士となった。
彼の前を歩く者は多かった。
武市半平太、岡田以蔵、坂本龍馬。
彼らに憧れ、彼らの考えを学び、技を真似るうちに。
男は名も無き人斬りになった。
自分の名など残らなくとも良い、ただ偉大な英雄の礎と成れるのであれば男は本望だった。
人を!人を!人を!
斬って!斬って!斬って!殺した!殺した!殺した!
それで英雄の助けになるのであれば、男は蔑まれても構わなかった。
しかし、偉大なる英雄は死んだ。
死んでも時代は流れ動いていく。
「なぜでござる!武市先生!以蔵さん!龍馬さん!なんで、あんたらが死なねばならぬでござるか!」
男は叫び、人を斬った。
変わらぬまま人を斬り続けた。
武市よりも学のない者が間違いを正せるか!
以蔵より弱い者が悪を断てるか!
龍馬より愚かな者たちが歴史を変えられるか!
「ああ!あああ!あああああああッ!誰が許しとろうが知るかッ!他の誰が認めようが知るものかッ!拙者に殺されるような愚か者に!拙者に斬られるような弱者に!拙者に断たれるような正義に!天に届く資格はないッ!」
「これは天の意思でござる!天が英雄を殺すなら!拙者に殺される程度の有象無象は天に誅されると同じでござろうよ!」
武士がこの世から無くなるという。
そんな事を認められるものか。
人々はちょんまげを切り、明治維新だの散切り頭などと浮かれている。
このちょんまげは男が武士である証だ。
男が武士である事すらやめてしまえば、男のこれまでは何だったというのか。
江戸という時代が終わりを迎えても。
男は斬り続けた。
時代遅れのちょんまげ姿の人斬り悪鬼を人は「ちょんまげ抜刀斎」と呼んだ。
自分に斬られるような者は天に殺されるのと同じ、天に殺される者を自分は確実に殺す。
天がそれを許す限り、男の天誅を止める術などありはしなかった。
こうして、魔人ちょんまげ抜刀斎は誕生した。
自分が認めぬものは天も認める筈がないという歪んだ認識。
天に認められぬ者を殺すという魔人能力『天誅』は、事実上すべての人類を殺す事が出来る必殺の魔剣に等しい。
そして時は、男を歴史の彼方に置き去りにして進み続けた。
その精神が擦り切れて。
なぜ自分が人を斬るのかすらも忘れ。
現代的な俗世の欲望に染まり。
思想も憧れすらも忘れ去り。
ただ、自らの欲のままに天に伺いを立てて斬るだけの怪人と成り果てて。
男はこの学園にたどり着いた。
【聖剣と性拳】
「天ッ!誅ゥ!」
繰り出されるのは。
基本を押さえた道理の剣筋ではない。
天才が放つ強者の剣ではない。
選ばれた者が放つ輝けるような美しき剣ではない。
歪なる剣筋。
だが、確実なる死を孕む魔剣。
ちょんまげ抜刀斎の放つ魔剣は確実に殺杉ジャック(仮)の首を斬り落としていた筈だった。
狙った相手を殺すのに必要な力を得る事が出来る魔人能力を防げたものなど居るはずがなかった。
これまでは。
金属が擦れるような音が響き、魔剣は弾かれる。
「なるほど、殺意のみを練り上げたような剣ですね」
獅子の様な金髪を揺らし勇者ウィル・キャラダインがちょんまげ抜刀斎の前に立ち塞がる。
「ですが、人を見た目だけで判断し即座に斬ろうとするなど。許すわけにはいきません」
簡素な旅立ちの装束ではあるが手に持つは旅立ちの丘で引き抜いた聖剣バルクアップ。
「ギョゲゲゲゲェ!コロス!」
「いや、それはダメでござろ?見た目で判断できるでござろ?」
「まあ、実際、俺は殺されかけてるけどね」
叫ぶ殺杉(仮)、ツッコむ抜刀斎と浩一。
「フハハ!そのような事は些細な問題ではないのかね?これも作戦の内だと吾輩は認識して居るが?受けよ、【パンタローネの抱擁】!」
高笑いと共に無数のパンティーが舞い上がり、校庭を分断する。
「ギョゲーッ?」
パンティの波に押し流されるように殺杉ジャック(仮)は押し流され、その場に一人の男がぬるりと現れる。
一見すると体中にパンティーやストッキングの入れ墨を入れた男。
しかし実際は皮膚下に下着を埋め込んでいると言う超ド級の性犯罪者“絶対変態” 嶽内大名。
その魔人能力【パンタローネの抱擁】は下着との意思疎通であり。
能力の影響下では下着に命が宿り動き出す。
「そこのパッと見た感じ殺人鬼にしか見えない女は吾輩の希望よ。簡単に斬らせるわけにはいかんな」
「濃い奴が多すぎるよ。正直、この状況も俺の不運の一環なんじゃねえかと頭を抱えたくなるね」
「ハハ!人は自分に理解できぬものを見ると混乱するのだよ。不運なる少年よ。だが吾輩は善!人斬りは悪!そこを間違えないで欲しい!」
「違うと思うなぁ」
「正確に言うと。吾輩は犯罪に手を染めているわけではないので警察に通報するのはノーサンキューだ」
「いや、公然猥褻だろ」
「例えそうだとしても、今は仲間!それは忘れないで貰いたい!」
「まあ、そうだな。こっちは任せるぜ。オッサン」
「吾輩、まだ20歳。ノーオッサンだ高校生男子よ。吾輩悲しい、泣いちゃうよ?」
変態と不運のコントを傍目に、人斬りと勇者の攻防が始まる。
人斬りの剣が跳ねる。
炎の魔法を牽制として撃ち出しつつ聖剣が舞う。
地を這う稲妻を人斬りの剣が弾き飛ばす。
弾丸のように繰り出される衝撃波を全て斬り捨てる。
肉体の限界を超えた動きで無軌道な剣が繰り出されるが、それを勇者が全て受け流す。
「何故でござるッ!何故斬れぬでござる!拙者の剣は天の意!ならば拙者を阻む貴様も死ぬべきでござろうが!」
「確かに恐るべき魔剣。しかしながら私の剣は人を守る守護の剣。邪悪な論理に屈する道理はありません」
聖鎧も聖盾もない。
装備はこの世界に渡る際に初期化されてしまった。
構えるのは、旅立ちの丘で引き抜いた聖剣バルクアップのみ。
しかして人斬りの前に立ち塞がるのは“絶対勇者”ウィル・キャラダイン。
「ぐぬう、シリアスなバトルを繰り広げて吾輩を放っておくなど、吾輩は悲しいぞ」
人斬りと勇者の周囲をヒラヒラと舞うパンティーを掻き分け変態が叫ぶ。
「だが、しかァし!その膠着状態を打開するのが吾輩の“性拳エロスカリバー”というわけであるな。奥義パンチライン!受けきれるかァッ!」
嶽内が拳を突き出すと風が巻き起こり抜刀斎の着物の裾をペロリと捲り上げた。
嶽内の猥褻拳法“性拳エロスカリバー”は殺傷能力こそないが猥褻目的では神速必中を旨とする。
「白!」
嶽内が叫ぶ。
ちょんまげ抜刀斎の褌は白かった。
「その程度で拙者の気を逸らせられると思うなら甘い、甘すぎるでござる」
ちょんまげ抜刀斎は周囲の気配を感じ取るように一瞬だけ目を閉じる。
「姑息な手でござるな。その空を舞う布きれの影には、まだ何人か潜んでいる様子。そのような卑怯者には天誅を下さねばならぬ」
更に僅かに校舎の屋上付近に意識を割く。
(見ているでござるな。狙撃者の類か)
やれやれ、とちょんまげ抜刀斎は首を振る。
「拙者の邪魔をする者はすべて斬る」
人斬りが魔剣を。
勇者が聖剣を。
変態が性拳を。
構えた。
【TIPS 平河玲】
言葉には力がある。
それを思い知ったのは小学生の時だった。
早過ぎたような気もするが、今思えば早めに挫折しておいて正解だった。
友達に良く見られたい為のちょっとした嘘の積み重ねは、平河玲の生活を確実に彩りのある世界へと変えていた。
休日に高級レストランで食事をした。
親戚に芸能人が居る。
そんな些細な嘘をつく毎に寄せられる期待の視線、称賛の言葉。
ただ、言葉を並べるだけで彼女は輝いていた。
その輝きの崩壊は直ぐにやってきた。
期待は失望へ、称賛は侮蔑へと変わり。
彼女は信用を失った。
それは構わない。
自業自得だからだ。
彼女が納得できなかったのは。
同じような嘘をついていたクラスメイトが許されて。
自分は許されなかった事だ。
そのクラスメイトは平河玲よりも可愛くて、お金持ちだった。
言葉には力がある。
だがその力は脆い、何かで補強してこそ言葉に力が宿るのだ。
本当に力のある言葉を欲した彼女は魔人へと覚醒し。
言葉による現実改変能力『流言私語(ブルー・ライアー)』を手に入れた。
しかし、それは彼女があり得るだろうと思える範囲の改変。
出来ない事は、やはりできない。
嘘を本当に変える事は出来ない。
だから、平河玲は嘘のような真実の言葉を望んでいる。
【情報と共闘】
「ヤバいぞ、狙撃に感付かれたな、どうする?」
校舎屋上。
校庭を見下ろしながら隻腕に法被姿という服装の少女が問う。
「やっぱ、この程度の距離じゃ気付かれるかぁ。糸遊さんの見解は?」
問いに対して袴姿の、爽やかなスポーツマンといった印象の少年、根鳥マオが問い返した。
隻腕の少女の名は糸遊兼雲、魔人学生の武闘闘争ダンゲロスハルマゲドンの経験者である。
「君程度の弓術では狙撃は効果が期待できないな、根鳥。牽制くらいにはなるかと思ったがその手が無くなっただけだ。問題は無いだろう」
「俺の弓の腕前が何気にディスられた気がするけどOK。引き続き味方の連携の随時更新をヨロシク」
糸遊が手に持った手帳に文字を書き込んでいく。
糸遊兼雲の魔人能力『万蕃儿縁起大系・手引足抜繙自在鉄之帖』は対象となる人物同士の協力行動を補足、強化する。
書き込まれた対象人物の情報量が多いほど、その効果は高い。
「嶽内が牽制を行いつつウィルが防御に徹する、と。ウィルに関しては情報不足が否めなかったが、思ったより嶽内との連携が上手くいっているな」
「協力行動っていうのは要するに、利害の一致だからね。ウィルと嶽内さんの目的は殺人鬼の演技に飲み込まれた麻上さんを守る事。これさえ徹底して共有しておけば問題ない」
「あの二人を言いくるめるとは。口の上手いマオの本領発揮といった所だな」
「酷いなあ、グラム。俺たちは仲間なんだから目的の共有は大事だって事さ」
甘之川グラムの少し呆れた声に、さも心外だといった口調で根鳥マオは返す。
「それに、殺人鬼を止めたいっていう俺とちょんまげ抜刀斎の協力行動も上手く行っただろ?抜刀斎を煽る手紙書くの結構大変だったんだぜ」
「目的さえ一致させれば、敵対者であってもある程度の行動を操れるとは流石は糸遊さん。ハルマゲドンの生き残りの本領発揮といった所だな」
「あれ?俺の矢文作戦とかの評価は?」
「根鳥の詐欺師じみた交渉力は実に役に立っている」
「糸遊さんも酷いなあ。俺は結構頑張っているんだぜ?だろ?平河」
「え?ああ、口は上手いと思うな」
ニット帽とマフラーで顔を隠した情報屋の平河が答える。
「くぅ、俺の頑張りは評価してもらえないのか…」
「そんな事より、私の情報では抜刀斎の能力はほぼ即死能力だったはずだが、何故アイツは受けきれているんだ?」
「そんな事って。俺頑張ってるんだけどなあ」
「それは私も疑問だったな。お前たちの作戦だと言うから信用はしたが」
糸遊と平河の疑問に甘之川が答える。
「それは、彼が“勇者”だからだ」
「勇者?」
「彼自身がそう言っている。そうだな?マオ」
「ああ、異世界から来た勇者だって話だ。そう思い込んでるだけの魔人かとも思ったがマジっぽいぜ。良い奴だし嘘はついてないと思う」
「そして抜刀斎の魔人能力だが、これはどうだったかな?平河」
「天に許されない者を殺す身体能力を得るって感じかな。ただし天ってのが自分の中の勝手な妄想だから対象はガバガバ。ほぼ無制限の必殺能力だ」
「恐らくだがウィル・キャラダインはこちらの世界に来た際にその性質が魔人能力として適応していると思われる。勇者の特性とは何だと思う?糸遊さん」
「なるほど、天に選ばれた者か」
「そういう事だ、魔人としてのウィルは天に選ばれた者としての属性を持つ能力者だ。魔法や剣技も使えるようだが。本質は“勇者”であること」
「ああー、なるほどな。天に選ばれた者だから抜刀斎がどう思ってもそこは変えられないわけか」
「対抜刀斎の守りの要としては最適だ。彼がマオの友人で助かったよ」
「いやあ、なんかこちらの世界に慣れてなくて困ってたから、色々相談に乗ったりしてたんだよね」
「お前の無駄に広い人脈は確かに力になる。そういう意味でも普段の行いが大事ってわけだ」
校庭では更に攻防が続いている。
「さて、狙撃での援護が難しくなったわけだけど。ここからは近接戦闘かな?」
「それで問題ないだろう。抜刀斎に告白したいという奇特な奴のサポートをする。私は随時連携を強化する。当初の予定通りで良いな?」
「狙撃抜きの連携プランで頼む」
そう言って平河、根鳥、甘之川は走り出す。
「しかし情報屋としては面倒くさい状況だな。糸遊さんは他人からの情報なしで相手を知らなければ能力がうまく効果を発揮しないからね」
「でも俺やグラムは助かってるぜ、平河さんの情報収集で」
「そうだな、私の計算が素晴らしいのは確かだが。作戦を立てるのには情報は不可欠だ」
「言っておくけど、今回はサービスだ。本来情報はタダじゃないからな」
【TIPS スナイパーあたる】
スナイパーあたる、という名は偽名である。
生徒会の隠し玉である彼の素性を知られない為の欺瞞だ。
授業すら通信教育で受けているという、僅かな噂すらも生徒会が用意した仮の物だ。
普通に考えれば上空1万メートルに常駐で待機するには設備やら生活インフラなど諸費用がかかるうえに、完全に学外扱いとなる。
これは国土安全の必要上、政府からも放っては置けない状況であることを意味する。
そこまでの影響力を現在の生徒会が持っているわけはない。
生徒会には謎のスナイパーが居るのは事実である。
事実として生徒会に逆らう生徒が狙撃された事実がある。
謎のスナイパーが実在するなら、上空1万メートルに狙撃点があるという噂を広める事は難しくはないというだけの事だ。
何しろ魔人が闊歩する希望崎学園である。
その程度の非日常を皆が受け入れる土台は最初から完成しているのだから。
高さ500mを誇る希望崎学園時計塔。
無駄に高いその建物は学園全てを見渡す事が出来る絶好の狙撃点であった。
あたるは弓を引き絞り能力で光の矢を生み出す。
魔人能力『光陰矢の如し』は必中必殺の狙撃能力だった。
【空飛ぶフンドシと天から降る矢】
「おのれ!おのれ!貴様が天に選ばれるはずがないでござる!天は世界を救うかもしれない英雄すら殺す!故に貴様もとっとと死ぬでござる!」
「そうか、だが私はかつて世界を救った」
「な、なんじゃと?」
「そう、世界を救ったさ。だが妻の心は救えなかったようだ。だから恋を知るまでは死ぬわけにはいかない」
「妻?色恋でござると?そんな下らぬ事を言うお前が天に選ばれたと!?」
抜刀斎の剣筋が乱れる。
彼の信じた英雄は国を救う前に斃れた。
しかし、目の前の男は世界を救ったと言う。
「嘘でござる!嘘でござる!坂本龍馬さんですら死んだ!岡田以蔵さんですら!その後の維新の英雄などといわれる輩も、ほとんど無為に死んだではないか!認められぬでござる!」
「それらの人々が何者であるか、私は残念ながら知らない。だが貴方の中でそれは尊敬すべき人なのだろう」
「黙れ!黙るでござる!」
「それに、貴方は私より幸せだ。私は恋というものを知らない。だが、貴方に恋する者はどうやら居るらしい。貴方がその恋に応えられるのなら。私にとっては良い知見となる」
「な、何をバカなことを言っているでござる?」
「馬鹿な事じゃないんだな、これが」
周囲を舞う下着の影から甘之川グラムが飛び出す。
「警戒が緩んでいるぞ」
とん、とかるく甘之川が抜刀斎に触れる。
「お前が拙者に恋をしているとかいう戯言をぬかすでござるか?」
「残念だが私じゃない」
「ならば死ぬでござる!」
「『動揺した抜刀斎の剣は僅かに逸れる』そして『その剣なら甘之川は避ける』」
平河が呟くと抜刀斎の剣が振り下ろされるが剣先が逸れグラムには当たらず空を斬る。
「な、何故斬れぬでござる!?」
「それくらいなら私も起こりうる事だと思えるな」
平河玲は自分があり得ると思える程度の現実を改変できる。
「やれ、嶽内!」
「言われずともやっておるわ!【パンタローネの抱擁】ォ」
「んぐぁ?」
白いフンドシが抜刀斎の股間を締め上げそのまま空へ浮く。
「ノーパン派であったらどうしようかと吾輩心配したが、貴様も立派なフンドシ掛けだったな。指差し確認ヨシ!フハハハハーッ!」
甘之川グラムの魔人能力『林檎の重さと月の甘さ』は重さと甘さを置換する。
今や抜刀斎の体は数百個分のリンゴの甘さに匹敵しその分体重はリンゴ数個分しかない。
嶽内の能力で命を得たフンドシは空へと羽ばたき、抜刀斎を上空へと押し上げる。
如何に鍛えられた魔人と言えど股間を締め上げられては苦悶の表情を浮かべるほかにない。
そして抜刀斎が上空30mほどに到達したとき。
光の矢が抜刀斎を貫いた。
【TIPS 牧田ハナレ】
空を見上げるのが好きだった。
流れる雲を見ているだけで幸せだった。
空を飛ぶものに憧れていたのだ。
遊園地で貰った風船を空にかざして歩いていた。
青い空と白い雲、赤い風船のバランスは途方もなくふわふわで。
遊園地の遊具やマスコットに目もくれず夢中になって見ていた。
当然であるが上を見て歩いていれば何かにぶつかって転んでしまうのは避けられない。
見事に転んだ私は空へとふよふよと飛んでいく風船を見て私は自分も飛べると信じた。
それが私の魔人能力『エターナル・フライ・アウェイ』。
とにかく高く上昇する力。
その時の私は危うく上空で死んでしまう所だった。
空に憧れはあるが飛び過ぎてしまうかもしれない。
あの時はまだ幼かったが。
今でもうっかりどこまでも飛んでいきそうになる自分を抑えられない。
そんな時、謎のスナイパーの噂を聞いた。
彼なら、空の彼方に消えてしまいそうな私を撃ち落としてくれるかもしれない。
それが私の恋心の始まりだ。
【空飛ぶ少女とスナイパー】
「どうだ?マオ!解るか!」
「射角は読めた。時計塔だ」
「よし、牧田ハナレ!目標は時計塔だ!」
「ありがとうございます、皆様。待っていてください、あたる様!ハナレが今、貴方のもとに参ります!」
牧田ハナレの魔人能力『エターナル・フライ・アウェイ』は単純明快に空へと向かって急上昇する事が出来る。
謎のスナイパーに恋した少女は最早止まる事は無い。
が。
「まだだ、マオが合図してからだ」
「ええッ?ですが私、あたる様のもとへ早く行きたいのです」
「私達を信じろ、そのままだと狙撃されるのは今のを見ればわかるだろう」
「わ、わかりました」
逸る牧田をグラムが制止する。
マオは携帯で通話を始める。
「あ、繋がった。もしもし俺です。根鳥マオで~す」
『お前か、根鳥。何の用だ?』
スピーカーモードにした為、通話相手の声も周囲へと漏れる。
「も、もしや。あたる様?なんてワイルドなお声でしょう」
「静かにしてろ」
「もが~?」
牧田の口をグラムが塞ぐ。
「いや~、お疲れさまっス。小樽部長。部長も大変ですねえ」
『何の事だ。という誤魔化しは通じないな、お前には』
「狙撃役ご苦労様です」
『バレるとしたら、お前かなと思っていた。だがお前には悪いが手加減はできない』
「え~?俺と部長の仲じゃないですか~、一緒に弓道部を盛りたてて来たのにィ」
『悪いな。お前のそういうノリは弓道部の雰囲気が良くなって好ましかったよ』
「過去形は怖いなあ。俺、死にたくないですよ~」
『だから俺に撃たせないでくれ。お前なら恋人の一人くらい問題なく作れるだろう?』
「うーん、それじゃあダメなんですよね。皆で幸せになりたいんですよ俺は」
『何故だ?』
「俺は他人の幸せの横で生きてるような男ですからねぇ。皆が幸せだと俺もついでに幸せになれるっていうか」
『ハハハ、幸せな奴からなら金を借りやすいとでも思っているんだろう?』
「いやいや、無いとは言いませんが。俺は皆が笑ってるのが好きなんですよ単純に。部長にも幸せになって欲しいと思いますよ?」
『それが本心であると思っておこう。だが俺も役割を捨てる事は出来ないのは解るだろう』
「部長は無駄に責任感強いですからねぇ」
『無駄っていうな。少ない犠牲で生徒会の暴走が抑えられるのであれば致し方ない。せめて校則違反者だけに絞ろうと思ったが。お前が入ってしまったのは…。お前の素行のせいだな。ハハハ』
「いやあ、そりゃ自業自得なのは解ってるんですけどね」
『なら、この問答は終わりだ。できれば恋人を得て無事に戻ってきてくれ』
「最後まで足掻いて見せますよ、俺は。あ、最後に一つ良いですか?」
『なんだ?』
「部長の『弓、全部貸してくれませんか?』」
「…良いだろう」
ひゅるひゅると音を立てて時計塔の上から弓が数個、校庭に向かって投げられた。
根鳥マオの魔人能力『宇宙ヒモ理論』は。
相手からの好感度に応じて様々な物を借りる事が出来る能力である。
「今だ、飛べ!牧田ァ!」
「解りましたわ!もう誰も私を止められませんわよ!」
牧田ハナレの体がふわりと浮く。
「あたる様ァ!いえ、弓道部部長。小樽一矢様!」
一条の矢のように牧田ハナレが時計塔へと突き進む。
「だ、大丈夫か?あれは」
「大丈夫だと思うぜ。部長はああいう押しの強いタイプに弱い。牧田は見た目も可愛いし部長の好みから考えても押し切られると思う。そうだろ?平河さん」
「そうだな、『小樽部長の性格なら、牧田さんと仲良くなれるだろう』と思える」
平河があり得る程度の事は、彼女が能力を使わなくても起こりうるだろう。
平河はそう信じている。
ラブマゲドンカップル成立一組目。
【TIPS 朱場永斗@鬱】
私の想いを受け止めてくれる人。
私の言葉を信じてくれる人。
手を繋いで一緒に帰りたい。
一緒にお弁当を食べたい。
休みの日にはどこかへ出かけたい。
そんな簡単な事で良いの。
でも簡単な言葉では伝えきれない。
私の右手の指と好き貴方の左手の指が絡まって人差し愛指の指紋が触れ合うような感触で
中指はまっすぐ人差し指好きで愛を語りたい親指で触れあいた愛い始めは二人でで左足か
ら一歩を踏み出すの愛まずは景色のきれいな公園ま好きであるいてそれから時間はたくさ
んあるから焦らない好きで良いよね私の家まで歩いていくと十愛五分だけど回り道すれば
一時間くらいはつぶせるよコンビ愛ニに寄っても良いしカフェに行く好きのもイイかもし
れない家には愛お父さんとお母さんがいるからいつか好きは紹介しないとね明日のお弁当
の買い物をいっしょ好きにしても良いよね何が食べたい?何が好きなのか愛しらそれを聞
くのも悪くな愛いわそうだお弁当をいっしょに食べなく好きちゃ唐揚げくらいなら作れる
んだからか期待しててね卵好き焼きは甘いのが良いかしらそれともオ愛ムレツ?パン派か
ご飯派か愛も教えてねお休みの日にはお弁当をも好きって出かけましょう映画?遊園地?
愛してる好き恋してる愛して欲しい好きよね愛恋好知りたい知ってほしい愛恋愛恋愛恋愛
ちょっと短すぎたかな。
私ってさっぱりとしてるから。
きっとこんな短い言葉でしか伝える事が出来ない。
こんな簡単な言葉だけではきっと私の事を伝えきれない。
ああ、私の想いを受け止められる人が良い。
こんな簡単な言葉ではまだまだ足りないの。
だから私の頭の中を全て貴方に贈るわ。
私の愛の全てを貴方に捧げるの。
でも、体の弱い人はダメね。
何故か病弱な人ばかり好きになってしまう。
ちょっと思いを伝えただけで頭が爆発する病気が流行っているのかしら。
だからとても体が丈夫な人が居たらきっと好きになってしまう。
【愛の言葉と天の声】
「体が…動かないでござる。くそ、狙撃手が他にも居たとは!油断したでござる」
狙撃され墜落したちょんまげ抜刀斎は痛みに体をよじる。
「だが許さん、拙者を狙撃するなど天が許すはずがない…」
スナイパーあたるの魔人能力は必中即死の威力であるが。
ちょんまげ抜刀斎の魔人能力は天が許してくれそうな天誅を行う身体能力を限りなく上昇させることができる。
肉体が死んだとしても、天誅を行う為に肉体は再生を始めている。
幕末から幾度となく寿命で死んでいる抜刀斎が現在生きている理由もこの能力のおかげなのだ。
「まあ、なんて素敵なの」
抜刀斎を一人の少女が見下ろしている。
ショートボブの巻いた紫髪、長い睫毛、睡眠不足を感じさせる双眸、眉間の高い鼻、薄い唇。
一見すると美少女に見える。
「なんでござるか?」
「根鳥くんの言っていた事は本当だったのね。確かにあの狙撃でも生きてるなんて」
「何を言っているでござる」
「とっても頑丈そう」
「ごちゃごちゃと煩いでござる。黙らねば殺すでござるぞ?」
「素敵、幕末の志士なの?坂本龍馬にもあったことがあるの?素敵、そんな幕末恋愛だなんて。ゲームのヒロインみたいだわ。その殺意も本物ね?」
「なんだ?おい、何を言っているでござるッ!」
「あ、怪我してるのに無理して話さないで。痛むでしょう?大丈夫です。私、少しだけの言葉で色んなことが伝わるの。坂本龍馬、岡田以蔵、武市半平太。土佐のビッグネームだわ」
「先生たちの名を、呼び捨てるな」
「そうね、そうね。ごめんなさい。貴方の憧れに比べたら私ってとっても下らなく見えますよね。私、朱場永斗@鬱って言います」
「名前など聞いておらぬでござる」
「そうですね。名前だけなんて申し訳なかったです。今から“私の想い”をお伝えしますから」
すぅ、と朱場は息を吸い込む。
「ええい、天よ、このおかしな女を斬り捨てても構わぬでござるな」
抜刀斎がその手を動かす。
目の前の少女を切り殺すに十分な力が湧いてくる。
「天ッ…」
「私、貴方が好きです!」
朱場永斗@鬱の魔人能力『ヘイストスピーチ』は。
対象を指定すれば伝えたい事が完全に相手に伝わるパーフェクトコミュニケーション能力である。
ただ二点、朱場の精神には常人には計り知れないほどの想いが詰まっている事と性格が逸脱している事を除けば。
「おごぅ?」
一瞬にして膨大な量の言葉とイメージの奔流ががちょんまげ抜刀斎の精神に流れ込む。
「が、うがが?愛、うげ。好き。ぬうう天よ。こいつを殺…ああッずっと一緒ォ?」
抜刀斎は天に問う。
普段なら、彼自身の自答という形で天の意思は応えるだろう。
だが今は抜刀斎の内側から限りなく甘ったるく狂った言葉が溢れだしてくる。
その全てが、誰かを殺してもよいという事に対する返答ではない。
目の前に居る少女を愛して欲しい、という事を数億通りの表現で垂れ流すだけである。
常人であれば脳が爆発して死ぬレベルの負荷であるが。
抜刀斎の肉体は天の声によってスナイパーあたるを殺す為に無限の再生を行っている為、死ぬ事は無い。
「天がお主を愛せよと拙者に言うでござる」
「素敵な事だと思います」
「そうか、何も考えられぬ…天が言うのであれば仕方ない事なのでござろうな」
「はいッ」
自分の胸に飛び込んでくる少女をちょんまげ抜刀斎は優しく受け止めた。
自分に何かを与えてくれる者が死んで彷徨い続け。
何もかもを忘れてしまった人斬りの自分に何かを与えてくれる事が。
とても嬉しかったのだ。
ラブマゲドンカップル成立二組目。
【TIPS 麻上アリサ】
演じる事が好きだった。
皆がそれを褒めてくれたし、より良い演技をすればもっと褒めてくれた。
その行きつく先に魔人能力に目覚めたのだが。
それを演技とみてくれる人は居なかった。
私の魔人能力『ハイ・トレース』は演技に没入すれば容姿や技能、衣装や装飾品までもがその役そのものになる。
私としては、演技の延長線だったのだけれど。
魔人能力というのはそれだけで偏見の目で見られてしまうようだ。
だから高校に入って私の演技を必要としてくれた演劇部の事は嫌いではなかった。
彼らの好意が嘘でない事はわかる。
でもこの魔人能力がある以上、役者でない私を好きになってくれる人は中々居ない。
もし、そんな人が現れたら。
【アンラッキーと信じる心】
殺杉ジャック(仮)は殺人鬼という設定だ。
故に人を殺す能力は桁違いだが、相手が下着となるとそう上手く行くものでもなかった。
ジャック(仮)の周囲には蝶の様に、或いは小鳥の如くパンティーやブラジャーが舞い踊っている。
「ゲギョーッ!ナンダコレハッ!?」
チェーンソウを振り回せば周囲を飛び舞う下着を斬り裂くことはできるが、何しろ数が多い。
また斬り裂いた下着の糸や金具がチェーンソウの刃に絡まり動き辛くなってきている。
「殺ァ!シャー!」
殺すべき人間の姿も見えぬままジャック(仮)は暴れ続けている。
「おい、俺だけでこいつを見張るのはもう限界なんだけどォ!」
先ほどから数回に分けてエナジードリンクやカフェオレなど、校内の自販機で買えるカフェインと糖分を含む製品を投げつけている調布浩一であったが下着が邪魔なうえジャック(仮)が武器を振り回しているので中々当たる気配がない。
「演劇部と連絡をとって得た情報だ。殺杉ジャックの弱点は糖分とカフェインという設定らしい」
「殺杉って…。そのネーミング、俺はどうかと思いますけどね」
下着の嵐を掻き分けて平河が浩一の元にたどり着く。
「そっちはどうなったんだ?」
「成功だ。スナイパーと人斬りは無力化した。あとはコイツを抑えれば校外へでることも可能になるはずだ」
「作戦は問題ないのか?」
「君の能力と私の能力があれば可能だと甘之川が言っていたな、あとはあの変態次第だろう」
「俺の能力って単に他人の不運を肩代わりするだけなんだけどなあ」
と言いながら浩一は気を引き締める。
今の話からスナイパーと人斬りすら死んではいないと解ったからだ。
甘之川と根鳥、良くわからない組み合わせだが信用できると浩一は判断した。
「まあ、根鳥と甘之川の作戦も信用できるみたいだし、いっちょやるとするか」
「その意気だ」
浩一が走りながら幾つものエナジードリンクやコーヒー飲料を投げつける。
しかし、“不運”にもそれらがジャックに当たる事は無い。
「おらおら、これくらいやっちまえば準備完了じゃないかなーッ?」
「任せろ、『運さえ悪くなければ、私の投げたエナジードリンクは殺杉ジャック(仮)に命中する』と私は思うな」
平河は握りしめたエナジードリンクをジャック(仮)に向かって投げつけた。
それは“運悪く何かにぶつかる”という事もなく、“運悪くジャック(仮)の武器で撃墜される”という事もなく。
真っ直ぐに飛んでジャック(仮)の顔面に命中した。
「ゲッギャアア!」
ジャックが叫び暴れる。
その時、ジャックの持つチェーンソウが腕から離れた。
「あっ…」
それは平河の方へと目がけて一直線に飛んでくる。
(『私なら避けられる』とは思えない、あのスピードは無理だ。なんだ、結局はつまらない結果だったな。私はやはりダメなんだ)
「馬鹿やろうッ!諦めずに避けようとしろ!死ぬとは限んねえだろ!」
「んなッ?」
呆然とした平河を浩一が突き飛ばした。
チェーンソウは浩一の腕を抉り地面に落ちる。
「ぐあああッ」
血が噴き出す。
「お、おい!大丈夫か?しっかりしろ!」
目の前で大量の血が噴き出る浩一に平河は思わず駆け寄った。
「な、俺の不運の肩代わりも、まあ役に立つだろ?」
「馬鹿言うな、誰が頼んだ!くそっ!」
「いやあ、誰も頼んでないけどよ。これ勝手に肩代わりしちゃうからさ」
「嘘をいうな。自分から走ってきただろうお前」
「そういう性格も含めてアンラッキーって事だろうな。俺の場合はさ」
「もう黙ってろ」
口元に巻いたマフラーを浩一の傷口に巻き付ける。
血は止まらない。
「結構、可愛い顔してるじゃん。隠さなくてもいいのに」
「馬鹿な話をしてる暇はないっていってるだろ、この馬鹿!」
「大丈夫だって、この程度じゃ死なないから肩代わりできたんだよ」
「うるさい!うるさい!」
「あんた凄え能力持ってんだからさ、自分に自信持った方が良いぜ」
「くそ、だからこんなイベントは最悪なんだ」
「そうかなあ、俺は悪くないと思うけど」
「くそ、血が止まらない」
「…アンタの能力で治せばいいんじゃない?」
「は、はあ?何を言ってる」
ちょいちょいと浩一は自分の肩を指さす。
「傷口、見えないだろ?」
「血が出てるじゃないか」
「いやいや、あのチェーンソウは演劇部の備品なんだって、だからこれは血糊。そうだろ?」
「それをあり得ると思えというのか?」
「可能性は十分にあると思うぜ。あれ演劇部員なんだろ?」
平河はぎゅっと目を閉じる。
「『演劇部の備品で怪我をする事は無い、血の様に見えるのは赤い塗料、血糊だ』と私は信じる」
(目を開けるのが怖い)
(私の言葉は結局、うすっぺらい嘘に過ぎないんじゃないか)
(でも、私はこいつの言葉を信じてみよう。きっとそれは本当の言葉なのだ)
少しの間をおいて平河は目を開ける。
「な、大丈夫だったろ」
血糊でべとべとに汚れた調布浩一が目の前に立っていた。
平河は浩一に抱き着いた。
「泣いてるより笑ってる方がずっと良いと俺は思うな」
ラブマゲドンカップル成立三組目。
【TIPS 嶽内大名】
その赤ん坊は生まれてすぐに歩き、周囲を驚かせたと言う。
左手にTバックパンティーを持ち、右手にTフロントパンティーを握りしめ。
「TバックTフロント唯我独尊」
と叫んだと言う。
後に成長した嶽内は。
「TバックもTフロントも唯、我は尊ぶ。故に孤独であろう」
という意味だと語った。
それ以来、嶽内は変態として生き、パンティーを愛し続けた。
だが、そんな真性の変態である彼ですら。
おっぱいに心を揺さぶられたことがあった。
おっぱいの伝道師、乳揉み崎痴れ者太郎がいかに強者であったとは言え。
己の価値観が揺らいだことは事実である。
そう、パンティーとはSEXできるかもしれないが。
パンティーは妊娠しないのである!
嶽内も生物である以上、この変態のDNAを後世に残したいと考えるのが普通だ。
故に生物由来であるおっぱいに心が揺さぶられたと嶽内は自覚した。
世の中は変態抑圧の時代へと変遷し。
多くの変態魔人達が変態の楽園にして変態の牢獄である露出亜へと移り住む中。
嶽内は世界中を旅していた。
どう見てもド変態であったので世界中で警察に追われたが旅をやめる事は無かった。
何故か。
そう、世界中を探せば妊娠するパンティーが必ず存在すると信じて。
【演劇少女とパンティ狂】
「おい、起きろ。しっかりしろ」
体を揺さぶられて麻上アリサは目を覚ました。
目の前にはどう見ても変態。
変態の腕の仲でアリサは目覚めたのだ。
「ぎゃああああ!変態!」
「むう、確かにそうだが。ノータイムで言われると吾輩、結構悲しい」
「あ、すいません。つい」
麻上アリサは直ぐに気を取り戻した。
元々は落ち着いた性格である。
芸能界や演劇界など変人の巣窟の様なものだったからだ。
「気が付いたようで吾輩は安心した。しかし見事な物だった、パンティー吊るしにしては上出来よ」
「パ、パンティー?」
周囲にふよふよと浮いている下着類を見て改めてアリサは驚愕した。
「ああ、なんか聞いたことがあります。卒業生に凄い変態が居たって」
「ふむ、なるほどな。既に噂が伝わっていたか…。ならば仕方ない、吾輩はパンティー吊るしといえども真の芸術家には敬意を表する。もう吾輩は去るとする。変態と会話するのは苦痛であろう」
悲しそうな表情を浮かべアリサを立たせると嶽内は立ち上がった。
「さらばだ、真なる芸術家よ。己の技巧の末に姿まで変えるとは。吾輩が真になりたかった境地。十分に堪能させてもらった」
「あ、待ってください」
「なんだ?」
「いえ、噂というのは別に悪い噂ではないんです。パンティー番長嶽内大名さん」
自らのかつての呼び名を聞き、嶽内は立ち止まる。
「ほう、その名を知っている者がまだ居たとはな」
「いや、まあ先輩。卒業してまだ3年くらいですよね?」
「なるほど、吾輩ウッカリしていた。世界を旅していると時間間隔が狂う」
「伝説ですよ。世紀の変態ハルマゲドン。全校生徒ノーパン化計画を目論むノーパン生徒会長を止めた伝説のパンティー番長さん」
「なに、パンティー吊るしにはパンティーが吊るしていなければ吾輩は落ち着かぬというだけの事だよ」
懐かしい物を見るような目で嶽内は夕日を見上げた。
「乳揉み崎痴れ者太郎、松羽田かだ三、プルチンコ・モロダシスキー。敵ながら見事な変態であった」
「名前だけでも割とヤバさが伝わる変態どもですね、思ってたよりドン引きです」
「そうか、我が名はまだ好意をもって迎えられていたか」
「まあ、変態だけどマシってくらいの認識かと思いますけど。でも私は好きですよ。その自分を貫くセンス」
「ははっ、並みのパンティー吊るしで居たいのであれば。そういう事は言わない方が良いぞ」
では、と嶽内は立ち去ろうとする。
「もはや、スナイパーは居ない。この下らぬ乱痴気騒ぎから逃げた蹴れば今のうちだ」
「まって下さい。まだ終わってませんよ」
「む?どういう事だ?」
「何か、私に言いたい事があったんじゃないですか?さっきの様子だと」
「う、うむ。だがな、吾輩は変態だぞ。一般の感覚では碌な事は言わぬが。それでも良いのか?」
「構いませんよ。私を人斬りから助けてくれた人たちの一人なんでしょ?なんとなくわかります」
とアリサは笑顔で答えた。
「そうか…では。パンティーの演技をしてくれまいか!」
「うわぁ…」
流石にドン引きだった。
思ってたよりドン引き案件だった。
「あ、うん。吾輩ちょっと傷つくわ」
「あ、嘘ですよ。良いですよ。いつもパンティーで居ろとかは嫌ですけど」
「な、なんだって?」
「だって演技で無機物を演じるの。基本ですよ、学芸会で木になるとか。そういうのありでしょう?」
「な、なるほどーッ」
「ではでは、私の演技の神髄をお見せいたしましょう!ハッ!」
アリサが気合を込めるとその姿がふわりと一枚の可憐なパンティーへと姿を変えた。
「う、うおおおおおおおッ!白ッ!いや吾輩、下着の色に貴賤は無いと思うが君が変身するなら白だなーって思ってたァ!」
「結構、その発言もドン引きですよ」
「シャ、シャベッター?」
「あ、パンティは喋らないリアリティ派でした?」
「いや!吾輩、自分の能力で命を得たパンティー意外と話すの初めてで…」
「じゃあ、嶽内さんの初めては私ですね」
きゃっきゃうふふ、と仲良さげに話す変態とパンティ。
パンツ論から以外にも演劇論までこなせる嶽内の知性まで披露され会話に弾みがつく。
「うむ、吾輩。結構映画は見るのよな。マリリンモンローのパンチラとか芸術級だと思うワケ」
「あー、たしかにモンローはお色気だけに注目されるイメージありますけど芸術性たかいですよね」
など盛り上がる。
「なあ、平河」
「何?浩一くん」
「アレはもう付き合ってるって言っても良いんじゃねえ?」
「私もそう思う」
わりとシリアスラブだった平河玲と調布浩一はわりと現実に引き戻されていた。
ラブマゲドンカップル成立4組目。
【TIPS 糸遊兼雲】
自由気ままな魔人たちに協力行動をとらせることができる能力。
魔人武闘抗争ダンゲロスハルマゲドンに置いてこれほど強力な能力は無い。
と、糸遊兼雲は自負している。
凡そ、どのように凶悪な魔人であっても一人では多数の魔人の連携の前には無力であり。
能力の相性差で潰されるのがオチであるからだ。
そして組織同士の抗争ともなれば、いわゆる能力コンボとも呼ばれる魔人能力の連携をいかに成功させるかがカギとなる。
連携の成功率をアップさせる糸遊の能力は組織の戦力を数倍に引き上げるに等しいのだ。
だがそれを理解できる指導者は少ない。
糸遊自身がリーダーとなるには彼女の能力は戦闘向きではない。
あくまで補助として最高性能を発揮する軍師ポジション。
偶然や性癖の発露によって魔人能力が決定してしまう事が多い中。
そんな理想を妄想し自ら能力を構築した、珍しい能力ガチ勢魔人が糸遊兼雲という女だった。
故に、彼女は潜在的に戦いを欲し、くだらない恋愛騒ぎなど大嫌いだったのだ。
ラブマゲドンが始まるまでは。
【軍師と生徒会長】
「見ろ、木下。お前の目論見は終わりだ」
生徒会室でうつむいている生徒会長、木下礼慈に糸遊は宣言した。
「もはや、校外に出る者を止める事はできまい。ある程度カップルも成立したようだしこれで満足したらどうだ」
「ヒヒ、成立?成立だってェ?何がどう成立したっていうんだ?糸遊先輩ィ」
不気味な笑いを浮かべる木下。
「誰も、俺の所に告白の宣言をしていなァい。故にまだラブマゲドンは終わらんぞ」
木下が立ち上がり目を見開く。
「俺の邪魔をする奴は全て不幸にしてくれる」
「馬鹿な事はやめろ。お前は操られているだけだ」
「操られている?俺が?ゲヒャヒャ!ぬめちゃんの事を言っているのか?それは間違いだぜ、先輩」
「何?」
「確かに、ぬめちゃんは人を洗脳するような能力を持っていいるがね。それはそれとして俺は操られてはいない、協力しているだけさ」
「協力だと?」
「ああ、そうさ。あんたが教えてくれたんだぜ。先輩、協力の大切さってやつをよ」
「お前、あのハルマゲドンの生き残りかッ!」
どちゃり、と糸遊の背後に湿った音がする。
「時間稼ぎ、ご苦労様」
「しまっ…」
ぬちゃ、ぐちょ。
糸遊は粘液に絡めとられる。
糸遊の背後に滑川ぬめ子。
「俺は戦闘向きじゃあないんで前線にでてなかったんですがね。アンタに憧れてたんですよ先輩」
木下は倒れた糸遊を見下ろした。
「あんたは補助型、俺は妨害型の魔人。実際ハルマゲドンでは活躍できるはずだった」
「まあ、俺は妨害なんて面倒だっていう武闘派どもに相手にされず補欠扱いで終わったんですが。先輩はちゃんと活躍してた。格好良かったですよ、実際ね」
悲しそうな目で木下は語る。
「それなのにさあ。戦いが終われば英雄のはずのアンタが報復で怪我するってどういう事だよォ!非戦闘型魔人を舐めてんのかァ、馬鹿どもが!この人は英雄だぞ!」
「せ、生徒会長…。この人はどうする?“私”に変えちゃう?」
「いや、そうはしねえ。ラブマゲドンは愛を教える。それは間違っちゃいねえ。そしてそれに反発するヤツも間違っちゃいねえのさ」
「つ、つまり?」
「この圧政を続ければ。いずれハルマゲドンが起こる!全裸生徒会長のノーパン圧政の結果を知っているだろう」
「な、なるほどね。フヒ」
「愛による統治は最終的に達成するさ。だがな、俺はハルマゲドンで力を見せつけてやる。補助型の魔人が指揮する軍団の強さをバカどもに叩きこんでやるのさ!」
「馬鹿が…、そんな事をしようと企んでいたのか?」
粘液で押さえつけられた糸遊がやれやれとため息をついた。
「馬鹿な事じゃねえ!アンタも協力してくれよ!わかるだろ?俺の気持ちがよ!」
「確かに私は戦いを求めていた。理事長に与して結局は戦いの火種を探っていた」
「だろうよ!アンタはスゲェ!アンタが協力してくれるなら生徒会長の座を譲ったって構わねえ!」
「だがな、ラブマゲドン。始まってみれば面白かったぞ。やり方が強引過ぎただけで恋愛沙汰を真面目にやる企画ってのは馬鹿にしたもんじゃないのさ」
「ぐ、ぐぐ…」
「聞く耳をもっちゃ、ダメ」
ぬめ子の粘液が圧を増す。
「うぐっ」
「や、やめろ!ぬめちゃん。その人は!」
「だったら、閉じ込めておけば良いでしょう?ハルマゲドンを起こして、“私”に肉体を沢山提供するって約束だったでしょう?」
「あ、ああ」
「そうする事で“私”は増えていく。うふ、うふふひひ。嫌ならこの人から“私”にしちゃっても良いんだけど?」
「や、やめてくれッ!わかった」
「フヒ、素直な人は好きよ。さあ、ラブマゲドンを続けましょう?」
滑川ぬめ子の皮をかぶった“私”はほくそ笑む。
「いや、それはもうお終いだよ」
「誰ッ?」
生徒会室の入り口に“絶対勇者” ウィル・キャラダインが立っていた。
【TIPS “絶対勇者” ウィル・キャラダイン】
ウィル・キャラダインは勇者である。
人々を愛し、人々を救う。
世の中に悲しみの気配があるならば、“絶対勇者” ウィル・キャラダインは駆けつけるのだ。
その悲しみを愛の刃にて断ち切る為に。
【勇者と巫女】
「ウィ、ウィル・キャラダインッ!」
滑川ぬめ子が吠え、粘液を飛ばす。
しかし、勇者の光魔法によって一瞬に蒸発させられる。
「な、この世界ではそれほどの力は振るえないはず!」
「知っているだろう?勇者は戦いで経験を得て成長するのだと」
伝説クラスの人斬りとの戦いで得た経験は勇者を容易くレベルアップさせていたのだ。
「そ、そんな!そんな事って!木下ッ!あいつを不幸にして!」
「あ、ああ。解っ…」
「まてッ!木下生徒会長ッ!」
生徒会室には。
平河玲と調布浩一が。
朱場永斗@鬱とちょんまげ抜刀斎が。
嶽内大名とパンティー(麻上アリサ)が。
牧田ハナレとスナイパーあたる(小樽一矢)が。
甘之川グラムと根鳥マオが。
現れた。
「生徒会長にはまずやるべきことがあるだろう?」
根鳥が問う。
「な、何をだ。俺は今忙しい。邪魔をするならお前たちも不幸に…」
「愛の告白を判定するのではないのか。それをしないのならばこのイベントは本当に終わるぞ」
甘之川グラムが叫ぶ。
「う、うぐ」
「最終的には愛による統治とか言っていたな、やり遂げろ生徒会長」
言葉に詰まる木下に糸遊が話しかける。
「う、うおおおおお!俺は、俺はッ!自分が開催したイベントの責任を取る!」
「ば、馬鹿!そんな事をしてたら」
「馬鹿な事じゃねえ!ぬめちゃんが語る愛ってやつがどんなに欺瞞に満ちていたとしてもな。俺は愛って奴を見てみたかったのも事実なんだ!ラブい展開をこの目で見たかったんだ!文句あるかよ!」
「この馬鹿―ッ!」
木下がカップルの元に走り寄るのを絶望の目で滑川ぬめ子は見送る。
「さて、もう君一人だけになったな」
勇者ウィルが滑川に歩み寄る。
「ひ、一人でも構わない。みんな“私”にしてしまえば良いんだッ」
生徒会長の机の下から泉崎ここねが飛び出す。
「廃人になってしまえーッ!」
“私”に汚染された泉崎ここねが能力を発動しようとする。
「もうよそう、アリス」
「えっ?」
泉崎ここねと滑川ぬめ子の動きが止まる。
「いつ…から?」
「アリスなんだろう。気が付かないとでも思ったのか?」
【TIPS アリス・ティーナカ(田中アリス)】
勇者ウィルが姿を消した。
勇者は世界を救い旅立つモノだという無責任な噂を流す者もいたが。
アリス・ティーナカは信じなかった。
幸い異世界転移の痕跡は直ぐに見つかった。
だがアリスの魔力は遠見と精神感応であり。
異世界を覗く事は出来ても転移までは難しかった。
このままではダメだ。
ウィルは恋を知らない。
もし、知ってしまったら。
元の世界に戻らず向こうで恋を知ってしまったら。
戻ってこないかもしれない。
そんな彼女が問った手段は精神感応による人形操作の術式であった。
当然、邪法の類であるとは知っていたが。
愛する者を失うくらいならどうでもよかった。
ちょうど精神が崩壊しかけていた滑川ぬめ子を見定めて邪法を使い。
彼女は精神だけでこの世界にやってきたのだ。
全ては愛を失わないために。
自分以外と恋に落ちるくらいなら、その候補先を全て自分へと塗りつぶせば。
ウィルと恋に落ちるのはアリスだけなのだという妄念によって。
“私”は誕生したのだ。
【拒絶とぬめぬめ】
「アリス、帰ろう。私たちの世界へ」
ウィルが手を差し出す。
「嫌です!だって、だって。貴方は私の事は好きではないのでしょう?帰るなら惨めな私は忘れてください」
「ふむ。困ったな」
「そうです。私は貴方を困らせてばかりです。ですから」
「いや、そうじゃないんだ。こちらの世界に来てからね。私は君の事ばかり思い出すんだよ」
「え?」
「この世界で、恋をする者を沢山見た。それらは気高く美しくそして滑稽だった」
「恋はやはり滑稽ですか…」
「いや、そうじゃない。それは私に向けられた君の姿にとても良く似ていてね。とても好ましい物だったと気付かされたよ」
「そ、そんな。でも滑稽だって」
「ああ、滑稽だ。理不尽だし馬鹿馬鹿しいこともするさ」
「でもね、アリス。僕も君とそういう事をしてみたいと思ったんだ。他の誰でもないアリス・ティーナカ。いや、こちらの言語で発音した方が良いかな?田中アリスさん、私は君に恋していたいのだ」
「ウィル~。私、私」
「ハハハ、泣くものではない」
滑川ぬめ子と泉崎ここねが崩れ落ちると。
そこに半透明の少女が立っていた。
「いや、皆さん。お恥ずかしい事にこれは私達の初めての夫婦喧嘩だったようだ。巻き込んでしまってすまない」
「ウィル。そんな恥ずかしい事」
「君も謝りなさい、アリス」
「は、はい。ごめんなさいね。木下君も」
キラキラとした光に包まれウィルとアリスが消えていく。
「また落ち着いたら、改めて謝罪に訪れよう。根鳥くん、親切にしてくれてありがとう」
「え?あ、いや。どうも」
呆気にとられる根鳥たちを置いて異世界の勇者と巫女は消えていった。
「な、なんだったのコレ」
「まあ、本人の言っていた通りじゃない?」
甘之川が笑う。
「ぬめ子!ぬめ子ちゃん!」
その傍で泉崎ここねは滑川ぬめ子に抱き着き泣き叫んでいた。
「ごめんね、ぬめ子ちゃん。ごめん、私。そんなつもりじゃなかった。貴方を壊す気なんて」
ぬめ子の細い体躯を力いっぱい抱きしめてここねは泣く。
「痛い、痛いよぉ。ここねちゃん」
「ぬめ子ちゃん!」
少女二人は抱き合って泣く。
「おっと、そうだ。彼女の精神は私と妻の回復魔法で治療しておいた」
とウィルの声が風に乗って届いた。
「おい、木下」
「何だ?先輩」
呆然とする木下に糸遊が笑いながら話しかける。
「あれもカップルで良いんだよな?」
「ん、まあ。良いだろう。同性ではダメだとは言っていない。ぬめちゃんが元気になって良かったよ」
「まあ、お前の知っているぬめちゃんは中身人妻だったけどな」
「ぐ、ぐぬ」
「ハハ、お前。年上好きなのでは?」
「放っておいてくれ」
「否定はしないんだな?じゃあ、あれだ」
と、糸遊は一呼吸置く。
「なんだ?」
「お前、私の事好きだろ?」
「ぶっがあがああああああ!?な、なななななな!」
「ハハ、否定はせんのな?」
「だ、だが、あんたはそういう色恋は嫌いだろう。そうか俺をからかう手段か。弱みを握ろうという」
「ま、そうでもいいさ。あれだけ私を心配してくれた事は嫌じゃなかったとだけ言っておこう」
「え?それって、どういう?」
「はは!さあな!恋愛生徒会長、それくらいは自分で考えろ」
こうして、ラブマゲドンは幕を閉じた。
ラブマゲドンカップル成立。
六、七、八組目。
【TIPS 根鳥マオ】
子供の頃から要領が良かった。
他人に頼って生きていけるという自信を持っていた。
そう、自分以外のお金でなんとなく暮らしていきたいというダメすぎる妄想が。
根鳥マオを魔人へと変えた。
『宇宙ヒモ理論』他人に依存して生きるという決意の具現化した能力。
だが、小学生の時マオは失敗する。
とあるクラスメイトの少女を傷つけてしまったのだ。
彼女は確かに太っていて、いつもリンゴを齧っていた。
だが彼女は聡明で魅力的な少女だった
マオはそんな彼女を尊敬していたのだ。
だが、つい出たひと言で彼女を傷つけてしまった。
それ以来、マオは他人の幸せを求める様になった。
自分が他人から幸福の分け前をもらうからには他人が幸せでなければ意味がない。
それがマオのポリシーなのだ。
転校していったその少女にいつか謝る為にも、それを曲げる事は出来ない。
【最後の二人 ヒモと理系】
「さて、とうとう最後になってしまったな」
甘之川グラムが呟いた。
「他の参加者は相手を見つけてしまったぞ。モブどももいつの何やらに、だ」
「そうだなあ。グラムは好きな奴居ないのか?」
「はあ?さあな、もうマオと私しか残っていない。居たとしてもどうしようもないだろう」
グラムは笑う。
「どうだ?最初の約束通り他に相手が居ないなら私と付き合ってみるか?ん?」
「いや、ラブマゲドンは終わった。木下もそう無茶は言わないだろう」
「え?どういう事だ?」
予想外の展開にグラムは狼狽える。
計算外の展開である。
「失恋しちまったなら、他に好きな奴ができるまで俺が手伝うよ、だから今後の事は…」
「ば、馬鹿―ッ!馬鹿なのか、お前はッ!」
「え、だから俺はグラムの為に」
「そんなに嫌か!嫌なのか!?」
「え、ちょっと落ち着けよ、グラム」
「う、うるせー!バーカバーカ!このアホー!私じゃダメなのかよ!この女たらし!」
「は、はあ?」
「不幸にならないと知ったらもうこれだ!だから男なんてバーカ!お前なんか恋人作って勝手に幸せになれアホーッ!うわあああああああんッ!」
グラムは泣いて走り出す。
「えぐぅ!だから恋なんて嫌なんだ!計算の欠片も通用しねえし!」
グラムは走る!
「ハハ!ハハハ!めでたく二度目の失恋だ!これで諦めもつく!ノーベル賞でも目指したらァ!私は天才だからなァ!うわああん!えぐぅ!ふぐぅ!ふぎゃん!」
グラムは転ぶ!
足元に矢が突き刺さっていた。
後ろからマオが走ってくるのが見える。
「おい、待ってくれ!」
「アホかーッ!あぶねえだろ!ふぎう!うわあああん!」
グラムは泣きじゃくる。
「あ、あのさ」
「何だ!バーカバーカ!」
「い、いや。俺で良いのか?」
「はぁん?別にお情けとかいりませんけどォ?えぐぅ!ふぎゅう!」
「ちょっと鼻水汚ッ、ほらこれで拭け」
「ぶびー、ちーん」
涙と鼻水を拭う。
「落ち着いたか?」
「ふん、なんだ。お情けなど要らんぞ?偽りの愛はダメなんだろう?」
「物凄く元に戻るな、グラム」
「ふん、私は天才だ。いつだって冷静なんだ」
「ははは、確かにな。で、質問だけど、俺で良いのか」
「むしろ何が問題かと聞きたいな」
「俺、結構クズだけど」
「知ってるよ、ヒモ野郎。あの能力で金をせびってたんだろう」
「あと、君を傷つけるかもしれないぜ」
「そうだな、今傷ついた所だ」
「2度もな」
「はあ、数も数えられないとは。相当なバカだな、マオ。初めてに決まってるだろう」
「いや、そうじゃない。覚えてないか?グーちゃん」
「…その呼び方、マー君?」
グラムは目を丸くする。
「そうか、あのバカは君だったか」
「それでも構わないなら喜んで」
「ふん、あの頃の私と違って鋼のメンタルだからな、むぐぅ?」
根鳥マオは甘之川グラムの口を塞ぐ。
「お、お前な!キスというのはこう雰囲気がな!」
「計算通りじゃないんだよ恋って奴は!」
「やはりアホだなマオ!」
ラブマゲドン完全終了。