「フーハッハッハッハハハハハハ!!」
講堂に響く木下会長の声。
何が起きたのだと疑問に思う間もなく、ラブマゲドン参加者12名は講堂に転移させられていた。ラブマゲドン開始から二週間が経過し、大多数の生徒は脱出もしくは死亡し、残されたのは生徒会メンバーと12名だけであった。
「よくぞ来た!残された、愛に迷いし子羊諸君!生徒会からの一足早いクリスマスプレゼントだ!互いをよりよく知るため!これから鍋パーティーを開始する!」
『ハッチ・ポッチ・パッチ』
「ふむ!全員いるな!流石は鍋焼君!」
残された猛者たちを一か所に集め鍋をさせる。そんな難題を解決したのは生徒会書記、鍋焼東風の能力、『徹夜鍋醤!』である。
対象者を強制的に暴力御法度の鍋パに参加させる、創作界隈に引っ張りだこの能力者だ。参加者の実力と人数に比例して発動までの時間が多く必要になるため遅まきながらの発動になったが、木下会長は気にしない。袋小路に入りかけていた参加者たちの関係性を発展させるには丁度良いタイミングだったとさえ考えている。
殺傷能力皆無、発動までの時間は莫大、それと引き換えに『徹夜鍋醤!』の束縛能力は非常に高い。暴力と理不尽の権化であるちょんまげ抜刀斎すらも、気が付けば席に着き鍋をつつき始めていた。
(鍋とは!まさに!協力行動の結晶!最高の鍋にしてみせる!)
糸遊兼雲の割り切りは早かった。一番ヤバいちょんまげ抜刀斎が抑えられているのなら、会長の言う通りこの鍋パーティーの間は安全が確保されているはず。だったらもう楽しんだ者勝ちだ!
すばやく『万蕃儿演技大系・手引足抜繙自在鉄之帖』を発動させる。参加者の協力行動を誘導する。
(この宅に用意されているのは豚しゃぶ!ならば根鳥は煮えにくい白菜を投入!麻上は薬味のゴマを擦って!勇者は皿を各人に用意して…)
ウィル・キャラダインは勇者故に、博愛精神に満ちている。兼雲に誘導されるまでもなく、ナベリョウリとやらに対応して参加者皆が楽しめるように動く。
「この肉はキュルケ山脈で暴れていた魔獣、ベゼルボアの肉に似ているね!ならばじっくり煮込まなくては!」
しかし悲しいかな立ちはだかる文化の違い!恋心を解せぬ男が鍋奉行の阿吽など理解できるはずもない!ドバっと、大皿に盛られていた豚が全て鍋に叩きこまれた!
(ほあーーー!?)
「ああもう!何してんすかウィルの旦那!そんないっぺんにぶっこんだら灰汁だらけになっちゃいますよ!」
「む!?悪!?根鳥君、どこに邪な輩がいるのかね!?」
(頭痛い…あっちの卓じゃなくてよかった…)
泉崎ここねにとって、ワイワイ楽しくなんて柄じゃない。甘之川は鍋をじっと見てるけど何考えているかわかんないし、朱場はインスタ映えだか知らないけど許可もとらずに鍋パーティーの様子をバシバシ撮ってるし、平河玲は食事中だってのにマフラー外さないし。
(お肉は嫌いだから海鮮鍋が用意されていたのは良かったけど!でも、ネギがたくさん入っているからやっぱり嫌い!)
実のところ入っているのはネギではなく水菜だったが、泉崎ここねは緑の野菜は大体ネギだと思っていたので見るだけでうんざりしていた。
(もう!どこまで不幸なの!)
(ああー!どこまで不幸なんだ俺は!)
いつものように調布浩一が嘆く。ちょんまげ抜刀斎と嶽内大名と同卓。それだけで不幸極まるのに、牧田ハナレお嬢様に置かれましては
「どうせならスナイパーあたる様もお呼びしたいですわ!」
などと飛んでいってしまった。木下会長が「愛のためなら良し!」などとガバガバな判定を下したからお咎めもなしで。お嬢様は良いだろうけどパンツと侍の卓に残された俺はどうしろというんだ!?
「おい少年、キムチ鍋とはいえスープの素だけでは薄味でござろう?拙者、心根が侍ゆえ、常に味噌を持ち歩いているでござる。ほんの少し入れるだけで味の深みが段違いでござるよ」
「豚をそのまま入れても芸がないのでな!吾輩が事前にネギと一緒にごま油で炒めておいた!このひと手間でコクが違う!」
なんでこういう時は妙に真面目なんだよ!うう…気を許していいのかいけないのか…よく分かんなくなって泣けてきたぜ…。
「むう?後輩よ、若人よ、涙は似合わんぞ?」
嶽内先輩…俺はこの人を誤解していたかもしれない。涙目の俺にやさしくハンカチを差し出して…ってパンティーじゃねえか!
「やっぱり不幸だぜ…」
何気なく呟いた調布いつもの言葉。その言葉は講堂に妙に響き、場を一瞬しんとさせた。
大真面目な顔で、ちょんまげ抜刀斎と嶽内が調布に詰め寄る。
「いやいやいや、お主、そこまで不幸ではないでござろう?死んでないし。」
「後輩よ!そこまで嘆くことはないだろう!死んでないし。」
(え!何この人たち、こわ!何で急に生き死にの話になってるの!?)
「異世界に飛ばされてないでござろう?」
「逮捕、拘留されてないだろう?」
(そして何この説得力!?妙にリアリティあるし!)
「そうですよ。不幸じゃないですよ。」
「うお!」
気が付けばいつの間にか平河玲が立っていた。
「貴方は生きている。そして人間だ。世の中、そういった常識が足元から崩れることもあるんですよ?」
これまた謎の説得力。
「そうです!いつまでも人間でいられるとは限らないんですよ?人と下着の隔たりなんて薄布一枚なんです!それに調布さん、失恋してないじゃないですか!」
今度は麻上アリサ。
「え?え?麻上さんが?下着?何言ってるんだ?というか失恋?麻上さんが?」
「あら…確かに私、どうして失恋なんて言ったのかしら…何故かそんな可能性があるような気がして…」
自分の言葉に疑問を持つ麻上に根鳥が軽く声をかける。
「お二人さん、固まっちゃってどうしたんだい?おっと、アリサちゃん、口元にお弁当ついてるよ。」
ひょいと、伊達男はなんのてらいもせずに、麻上アリサの口元の米粒を取り除いた。
「あ~~!!これだから色男は嫌なんだよなーーー!」
調布、心の底からのシャウト。
「あっちこっちの女の子の唇を奪って!お前、全人類の半分を敵に回したぞ!?イケメンは男の敵!」
「ちょ!ちょっと待て!なんだよ唇を奪うって!そんなことした覚えないぞ!?」
全力で否定する根鳥に対し、甘之川が調布の味方となり追撃をする。
「それは違うぞ調布先輩。あちこちの女の子にキスして、それは女の敵でもある。即ち全人類の敵!」
「んなぁ!?勘弁してくれよグーちゃん!」
「なんだそれは!?いきなりグーちゃんなどと呼ばれる筋合いはなーい!」
講堂は混沌の様相を呈してきた。収集が付かなくなりかけた時、轟音と共に牧田ハナレが戻ってきた。
「お疲れ様です皆さん!あたる様を連れてきました!」
「ちわっす!先輩方お疲れ様っす!自分、生徒会役員やらせてもらってます!スナイパーあたるっす!」
(誰だこいつ)
全員の心の声は奇麗にハモった。
「いきなりの質問で申し訳ないが・・・君には兄弟がいないかね?」
さすがは勇者。自ら率先して疑問に対して切り込んでいく。
「あ!何で知ってるんすか?確かに兄貴がいるっす!」
続けて朱場。
「背中に翼とか生えてないよね・・・?」
「あはは!いきなりなんなんすか~!天使じゃあるまいし、翼なんて無いっすよ!」
我慢しきれずに兼雲。
「オイルとか好き?」
「なんすかその質問!?機械じゃあるまいし、オイルとかいらないっすよ!」
絶妙に会話がかみ合わない。妙な違和感が拭えない。講堂には様々な可能性と記憶と未来が絡み合い、ごった煮状態となっていた。
誰もが何をどうしたらいいかよくわからなくなっている中、停滞を打ち破ったのは、パコッ!という、蛤の開く音であった。海鮮鍋の中で煮られていた蛤の口が次々と開き、ぷっくりつやつやとした身を、むせ返るほどの海の香りとともに晒していた。
「え…何コレ…どうしよう…」
困惑する泉崎を甘之川が押しのける。
「オイオイ!煮えちゃっているじゃないか!食べ時を逃すぞ!」
白衣の内側からずらりと調味料を並べていく。
「料理部の腕前御覧じろ…と。」
素材の味を生かすためシンプルに醤油。さっぱり感を際立たせるためにポン酢と小葱。コクを押し出すためバターとパセリ。ベトナム風にニョクマムとレモン果汁とおろしにんにく。オリーブオイルと香味野菜でアクアパッツア風…。手際よく味に変化を加えていく。
「さあ諸君!美味しいものを美味しい時に食べないことほど罪深いことはないぞ!この天才でもよく分からないんだ!とりあえずは目の前の食事に没頭しようじゃあないか!」
(…おそらくはこの現象は鍋焼の能力の暴走…。力のある魔人を大量に巻き込んだ上、戦闘まで封じるなんて因果に逆らうことをした結果、【可能性としてありうる対象者】が全て呼ばれて混ざってしまったのだろう。このパーティーの間だけのかりそめの平和。無暗に騒ぐ必要もない)
甘之川グラムは、答えに大体の見当をつけながらも共有を避けた。数多の可能性が自分の中で混ざり合ったせいだろうか。ひと時の夢のような淡い空間を惜しんだのだ。
「確かにそうだな…美味っ!こんなの食えるならさっきまでの不幸は帳消しかな!?」
「美味しいですわ!あたる様もぜひお食べになって?」
「協力行動というよりソロプレイだけど…美味しいからいいか」
甘之川に促され、それぞれ食事を楽しみ始める。
「酒がないのは気に食わねえが、武士は呑まねどなんとやらでござる」
「吾輩の愛しき者たちも感涙しておる!」
「それキムチ鍋で汗かいてるだけじゃ…どうでもいいけど。あ、ネギはよそわないでよ…」
皆、甘之川と同じような想いがあるのか、疑問を思考の隅に置き食事を再開した。
「ふむ、これら全てがナベリョウリとやらなのだろうか?」
未知の食事を楽しみながらもウィル・キャラダインは困惑する。確かに異世界のものにとって、キムチ鍋と海鮮鍋と豚しゃぶ、味も見た目も違うものを、全て鍋料理と表現されては混乱するのも無理からぬことだろう。
「あ~、ウィルの旦那、そこまで悩まないでいいんすヨ。色んな食材をまとめて煮るのが鍋なんで」
正確には違うのだが、正しく理解してもらえる自信がなかったので、根鳥はざっくりとした説明をするに留めた。
「なるほど。様々な食材を選び、まとめて、混沌とした味わいを生む…まるでこの学園のようだな」
「面白い表現しますね。だったら俺は何の食材だろう?」
「調布は白飯だろ」
「鍋だっつってんだろ!じゃあ根鳥お前は豆腐だ!あっちこっちの食材に味をつけてもらいやがって!」
「私は生卵…」
「吾輩はどの食材も邪魔せぬ白菜といったところか…」
(いやお前は主張の強い食材だろ)
「私は何かな?」
「兼雲は肉だな。生卵とまとめてすき焼きだ」
「調布サイテー。さっきの泉崎さんの言葉聞いてたの?二人まとめて食ってやるって?」
「ちげーよ!肉と生卵だけで成り立つくらい良い組み合わせってことだよ!」
それぞれ食材談議に花を咲かせるのを、甘之川グラムが興味深げに眺める。
「この学園が鍋、か。勇者殿の視点は相変わらず面白い。どの食材を選ぶのか、どんな調味料を使うのか。人によって好きな味、調理法は様々だろうねえ。」
例えば、と豚しゃぶを引き上げて砂糖醤油で味付けをする。すっと根鳥と兼雲に差し出す。
「あ、これ俺好きだわ」
「そう?甘すぎない?」
続けてポン酢と大根おろし。
「サッパリしすぎて物足りないんだよなー」
「男の子ってこってりが好きよね。私はあっさりした後味も好きだけど。」
「同じ食材であっても調理する側で味が全く変わってくる。量が多いのが好みの人もいるし、甘いのが好きな人もビターなのが好きな人もいる。だから鍋は楽しい!」
「なるほど。私にもナベリョウリとやらがなんとなく掴めてきたよ。興味本位で聞くが、甘之川君はどの鍋が一番美味しいと思うんだい?」
「確かに美味しさに差はあります。でもさっき言ったとおり、それぞれにそれぞれの味わいがある…どの鍋が一番美味しいか?決めるのは私ではありません」
「なるほど。じゃあ決めるのは誰なんだい?」
にいと、音が聞こえるほどの笑顔。甘之川グラムは天に笑いかけ、静かながらも響く声でつぶやいた。
―――さあ、誰が決めるんでしょうね。
終わり