校則違反者達!!
彼らは現在の希望崎学園を席巻し、校内に秩序などというものはもはや存在しない。
読者諸君、諸君はダンゲロスを、希望崎学園を本当に知っているだろうか。公式で出版された『戦闘破壊学園ダンゲロス』を基準に希望崎学園をイメージしてはいまいか。
確かに、学園自治法はこの世界にも存在しているし、ラブマゲドンの舞台は海上の人工島だ。
かつては番長グループと呼ばれる不良群団と生徒会の招集した精鋭による血で血を洗う戦争、ハルマゲドンも何度か起きている。
他に細かい所で共通する部分もあるだろうが、よく考えて欲しい。
ここに、ド正義はいない。
校則を破ったと見なされれば即死刑というあの暴君、されど個人主義に走りすぎる魔人達を諫めるにはその激しさが王権として役割を果たしていたあの賢君は、ここには現れない。
代わりに据えられているのは、元不良、今は色ボケの木下礼慈なのだ。
どうして彼が生徒会長になったか。体力テストで学年一位のスコアを取った彼は、全く候補の居ない生徒会会長職に他薦で立候補、他の候補と殴り合いで決着をつけ、学園の頂点を手にしたのだ。
会長職に着いてすぐ、彼は心を壊した。
彼でなくても結果は変わらなかったに違いない。生徒の半分以上が毎日のように遅刻し、授業中に席を立って戻って来ず、便所は落書きだらけ、窓はすべて割れている、暴力事件は数えきれず、郊外からの苦情陳情もひっきりなし。
カウンセリングに長けた滑川ぬめ子が何とか彼の精神を回復させ、胎児程度の知性からゾンビ程度の知性まで回復させたというのは偉業に数えられても良いほどだ。
毎日精神が死ぬ度に、彼はぬめ子のカウンセリングで蘇生を果たした。
連日の故障と修復の果て、遂に会長就任から半年も苦難を乗り越えた会長は、上空一万メートルから降り注いでいると思われる電波を受信し、決定した。
「そうだ、ラブマゲドンしよう!」
思い立ったが吉日、直近三か月以内に校則違反を犯した生徒達をリストにまとめ、12月1日、登校拒否、遅刻する者は家から腕力にモノを言わせて引きずり出し、生徒指導室に連行した。
ラブマゲドンってのはつまりそういう経緯で起こったイベントなんだ。
ちなみに会長が存在を主張しているスナイパーあたるという人物は学園に籍を置いていないし、存在も確認されていない!
―—
調布浩一ってのは、前任の生徒会長を務めたクソ野郎さ!
木下と同じように他薦で立候補、特に理由もなく集まってしまった票で会長に成りあがり、職権濫用でハルマゲドンされたんだ。
嘘じゃないよ、君達は既に見ただろう。
あの男は本能の赴くまま、行き当たりの女子達とHなイベントを繰り広げていたじゃないか。
え? 彼の魔人能力『アンラッキーワルツ』は他人の不幸を代替する能力だろうって?
馬鹿を言っちゃあいけないよ。
胸を揉まれた女子もパンツを見られた女子も、彼女達は自業自得で男子に醜態を晒したとでも言うのかい? あの一連の出来事が彼女達にとって不幸でも何でもなかったと君達は言いたいのか? 薄情者だなあ、全く見下げたもんだ。
良いかい? 本当に彼の能力がそのような内容であれば、彼は女子の胸を揉む代わりに自分の胸を男子に触られているべきだったんだ。パンツを男子に…… これは女子でも良いのかな、に晒して恥をかくべきだったんだよ。
彼が魔人になった経緯を知らない? ほら、車が跳ねた泥水を女の子が被ったから、それを肩代わりしたいと思ったら目覚めたとかいうやつだよ。
あれね、特にその場で泥水がかかった子の肩代わりはできてないんだよね。うん、既に降りかかった不幸を時を遡ってまで代替する能力では無いから当然だ、か。
いや、むしろ魔人になった経緯がその瞬間であるならば、彼は本当に時を遡ってでも不幸を引き受ける能力を得るべきだったと僕は思うよ。
彼の能力は自動発動だそうだけれど、覚醒の瞬間にその時抱えていた問題を解決できていないというのは、色々な魔人の覚醒エピソードを見て来た僕からすると不自然と言わざるを得ない。
思うに、彼の真の能力はエロハプニング発生、だったんじゃないだろうか。彼は魔人になった時、女子が泥水でグチョグチョになったのをみて興奮してしまったんじゃないかな。
それで、起こり得るHなハプニングが必ず起きるようにする運命固定能力を得てしまったんだろう。
生徒会長時代はそりゃあもう酒池肉林というかんんというか……先生にまで手を出したとかですごかったらしいよ。
普段彼が不幸な目に遭っているのは何故か、解説してみろ? まだ疑ってるのかい、そうやって人の言うことをすぐ嘘だと決めつけるのは良くないと思うな。
まあ、説明しろって言われたらしてあげるよ? 僕は人徳に溢れていて優しいから。
大体ドジか計算づくかで説明がついちゃうんだけどね!
ああやって同情を引いたり滑稽を気取って無害な振りをしているから、Hなハプニングもなあなあで許されてるんだよ?はあ、許せないなあ……
君達はどう思う?
———
ちょんまげ抜刀斎は、2人の犠牲者を切り捨てて洞窟を抜けたのだが、外の惨状に絶句した。
「天変地異ってやつでござるなあ……」
空はどす黒く染まっている、というのも学園敷地のあちこちで火の手が上がっているからだ。
地はどこからか鳴り響く爆音に揺れ、積み重ねられた屍が山脈を築いている。
悲鳴がすぐ近くで上がったので見てみれば、マッチョな魔人が2人、手に持ったバットで逃げ惑う人々の頭部を吹きとばしている。
「よっしゃこのノビはホームランだよな!! 俺は今50点だぜ!!」
「は? 見ろよオレのスリーランホームラン! 一回打っただけでボールが3つホームランしてるんだぜ。点数なんてどうでもいいぐらいスゲエだろうが」
「マジかすげえじゃん。だったら俺は100ランホームランを目指そっかな!!」
球児が青春の代名詞だと思われている学園外の人間では理解できないだろう。
「……天天誅。」
抜刀斎は目障りな2人を両断し、逃げ疲れて倒れこんでいる生徒に尋ねた。
「そこの御仁、よろしいか?」
「は、はい。助かりましたあ」
ぶるぶると震えながら抜刀斎の手を借りて立ち上がったのは、高校生にしては少し幼く見える金髪の少年だった。
「これは一体何事にござる。拙者、先程ラブマゲドンなる奇態な催事を知ったばかりで何が何やら、でござる。
そもそも開かれるのは不埒な恋愛いべんとでは無かったでござろうか」
「じ、じつは私もよく分かっていないんですよう。恋について知りたいからここに来たっていうのに……」
見れば、少年は他の生徒と同じような制服を着ていない。
彼は麻か木綿で作られた「ぬののふく」を肌の上に直接羽織るばかりだ。
誰かの断末魔が響き、彼はびくりと身を震わせた。
「むう、拙者、年若き者には寛容に接するよう努めている故、恋に現を抜かしていることは捨て置こう。
どうやら先程斬り捨てた痴れ者共はまだここにいるほんの一部らしい。残りも斬るべきでござる」
「そ、それなら私もついて行きます。連れて行ってください!」
「お主、名は何という」
「ウィル・キャラダインです」
「よかろう、うぃるよ。拙者の後に続くでござる」
彼らが目指すのは生徒会長がいるという生徒指導室。
抜刀斎は事の次第を糺すため、ウィルは恋について問いかけるために。
———
牧田ハナレ、ああお嬢様でしょ知ってる知ってる。
彼女は凄いよ。何が凄いって登校の度にSPをずらっと連れてくるからね。
遅刻欠席が多すぎる授業じゃあSPの人達まで空いた席に座って授業受けてるんだって。
いや、この学園ではまだまともな方だと思ったこともあるよ?
それでもさ。会長の妄言を信じてスナイパーあたるの存在を信じちゃうとかさあ。素直とかもうそんな言葉で表せるレベルじゃないでしょ。
彼女以外にも確かに信じちゃった人はいるよ? だけど他の人達はあくまでもそれが脱出を阻む存在として認識してるわけだよ。恋愛対象ってなんだよ。
今も彼女はSPに守られながら、自分の所有してる人工衛星で撮影した映像から想い人の場所を割り出そうとしてるよ。
飛んでいかないのって? 今の希望崎学園は全体の3分の1が火の海だからね。高い所に行くと熱と煙に巻かれて死んじゃう危険性が出てくる。
それでもめげずに探し続けるのは健気……と言って良いの?
恋は盲目? 盲目の恋? よく分かんないや!!
————
廊下は走るためにある。
少なくとも現在の希望崎学園ではそうだ。
逃げる者か追う者だけがこの道を行く。
抜刀斎とウィルは追われる者を逃し、追う者を倒して道を聞き出した。
抜刀斎は天誅のため、ウィルは正義のためにしばしば道を逸れて戦闘を行うことになったため、一向に目的地に近づく気配はない。
抜刀斎も勇者もそれでいいと考えていた。
罰当たりな者を根絶やしにするのは木下一人に構っているよりも大切なことだから、あるいは弱き人々の救いとなることがライフワークだったからには。
度重なる戦闘の中で抜刀斎も気がついたが、ウィル・キャラダインという男は別段戦闘能力に劣るということはなかった。
本人の言うところによれば、彼は常に数の優位に立った戦をしてきたらしい。
兵士の数で敵に劣っていても、常にパーティ単位で敵本隊から分断した少人数の相手に挑むことで確実な勝利を得るというのが、ウィルの本来の戦術だという。
「魔王と呼ばれる敵の親玉も圧倒的人数差で囲んで殴って倒しました」
なるほど、一対多の条件で刀を振るう抜刀斎とはまるで異なるが、合理的な戦術だ。
実際に天誅の供を任せてみれば、抜刀斎が思ったよりもずっと簡単にに敵が捌けていく。
本来の世界でも決定力を持たない彼は撹乱と補助の役割を果たすことが多かった。
抜刀斎にはウィルの言う世界というものは分からなかったが、要するに故郷ということらしい。
このような優秀な戦士が育まれた地に興味が湧かないでもないが、しかし彼には使命がある。
天から下された使命が。
故に、斬るのだ。使命のままに斬り、それを阻む者も斬る。
あっちへ右往こっちへ左往と彷徨った挙句、ちょんまげ抜刀斎とウィル・キャラダインが目的の地へ至ったのは出発から2時間以上を隔ててのことだった。
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麻上アリサだって? そんな名前の生徒はこの学校にはいないよ。
あっと、誤解しないで欲しいがスナイパーあたるみたいに妄想の中の人って意味じゃない。
「麻上アリサ」という役を演じた無名の女優はいるんだよ。
彼女は変わった子でね。普通の演技ならば「麻上アリサ」よりもずっと上手かった。
それなのに、B級映画に出てくるモンスター、殺人鬼になることに執着したんだ。
やりたいこととできることっていうのが致命的にずれていて、彼女は殺人鬼を演じることが出来なかった。
だから演じたんだ。
殺人鬼を完璧に演じる女優の役を。
本来「ハイ・トレース」は「麻上アリサ」を演じたあの子の能力だったけれど、どうしても殺人鬼にだけは没入できなかったそうだ。
今暴れまわってる彼女は、望んだ演技ができて幸せなのかね。
————
木下礼慈は息絶えていた。口や鼻から血を垂らしてピクリとも動かない。
「私の愛は本物なんだから……」
傍らで立ち尽くす女は朱場永斗@鬱。男子生徒Aの死体と手をつなぎ、彼女はそれだけを呟き続けている。
生徒指導室の扉を開いた抜刀斎とウィルは2つの死体と一人の生者を見るとすぐに駆け寄った。
「木下礼慈というのはどちらの男にござるか」
抜刀斎は朱場に切っ先を向け、睨みつける。
「ダメです。私の回復魔法では間に合わない……」
勇者は伏した死体に近寄り、様々な処置を施したようだが、何も起こらなかった。
朱場は二人の行動には一切気を払っておらず、ただ誰かが入室したということしか認識していないらしい。
「ねえ、あなたたちはどう思う? アタシとたっくんは完全な恋人以外の何者でもないわ。
会長はこんなの真実の愛じゃないなんて酷いことを言ったけど、あなたたちはそうは思わないわよね」
狂気をはらんだ瞳、天誅するべきかと構えた抜刀斎だが、勇者がその間に立ち塞がった。
「分からないんです。真実の愛とは何なのか、恋とは何なのか、それを探しに来たのですが……」
「何をしているうぃる。これは天誅に値する大馬鹿女にござる」
「抜刀斎さん、私は恋が何なのか分かりません。彼女も似たような悩みを抱えているようですし、助けになれればと」
「何を馬鹿な」
自分の質問にはっきりとした答えが返ってこないことが分かり2人の問答を見守る朱場だったが、不意に窓の外、校庭に響く音が激しくなったことに気が付いた。
「ちょっと、何か外の様子が変よ」
朱場自身様子を確認してみると、そこには恐るべき光景が広がっていた。
全く同じ顔、同じ姿の男子生徒がレーザー光線を周囲に乱射し、人も校舎も関係なく破壊活動を行っている。
更に向こうに目をやれば、筋肉に覆われた大男がそれらの男子生徒を次々と切り倒しながら歩き回る。
光線が効いている様子は一切ない。
「ははは、でかしたでござるよそこの女。天誅すべき奴らが溢れかえっている。ああ、存在意義が張り詰めるでござる」
窓を割って飛び降り、抜刀斎は殺戮の現場へ向かう。
「あなたはどうしますか?」
ウィルは朱場に声をかけた。
朱場はふと、繋いでいた恋人の手が一瞬で冷めたような気がしてそれを放し、
「行くわ。連れて行って」
ウィルに抱えられて校庭に向かった。
————
さっきスナイパーあたるは空想上の存在だってさんざん言ったけどさ。どうやら現実に存在しちゃってるみたいだ。
厳密にいえば牧田ハナレ、彼女が最新の生物工学と金の力で生み出したと言うべきかな。
最初は一体だけ作って自分のすぐそばに置いていたけれど、暴力の余波で死んじゃったんだって。
あのお嬢様は一人で逃げて、今度は死んでも死なない大量のスナイパーあたるを作り出したってわけ。
そして「麻上アリサ」、彼女はもう元には戻れないみたいだ。今彼女の演じている殺杉ジャックはエナジードリンクという弱点があったみたいだけれども、演技の活動時間が長すぎていつの間にか続編に登場する殺杉ジャック改になっちまった。
もうあいつに弱点は無い。続編は人類滅亡エンドを予定していたらしいからな。
それはそうと調布浩一がずっと話に出てこないと思った君、よく気が付いたね。
彼は生徒会副会長、滑川ぬめ子と揃って学園外に逃亡したよ。誘ったのは滑川ぬめ子だし彼ばかりを非難するわけにも行かないけどね。
僕だってこんな命の危機だったら逃げるに決まってるし。
滑川ぬめ子は目の前で会長が死ぬのを見ちゃってさ。スナイパーあたるなんて存在しないことを知ってる彼女は事態が収束するまで安全圏に隠れることにしたんだと。
だけどまた学園に戻って来た時、復興には臨時のリーダーが必要だって担ぎ出されたのが前生徒会長調布浩一。
前の任期と違って滑川のサポートもあるし、リコールをわざわざ起こす奴ももういないから、何とかなるって判断だろう。
まあ、人類滅亡エンドが迫っているからそれどころじゃないんだけどね。
仮に希望があるとしたならば、ちょんまげ抜刀斎の何でも斬れる能力が殺杉ジャック改の設定を凌駕する可能性ぐらいかな。
失敗したならば、僕も多分死ぬね。
最後に告げておこう、僕の名前は平河玲。
青い文字を全く使わなかったなって言いたそうな顔をしているね?
一度真実にしてしまった言葉は嘘にできないらしいんだ。今の今まで気づかなかったなんて馬鹿みたいだろう?
全部全部、冗談だったのに。