人の寄り付かない山地に響く二つの声。 その間を埋めてからんからんという
乾いた音が聞こえてくる。
「よしっ、いい太刀筋だ。経験ありか?」
エドガーが手に持った棒切れを、同じく
テリーの握る棒切れにつばぜり合いの要領で重ね合わせる。
背の低いテリーは上からかかる力を押し上げる形となった。
「友達が剣の達人だった! それを見ていたんだ」
テリーが子供ながらに気合の声を上げ、エドガーを押し返そうと踏ん張った。
「甘いなテリー」
エドガーが腕に力を込め、胸よりも下にいるテリーをぐっと押さえつけた。
「うわっ」
たまらずテリーは膝を曲げて地面に尻を貼り付けてしまった。
エドガーはニッと笑った。「よーし、ここまでっ」
一休みということで二人は手頃な岩に腰かけた。エドガーは
テリーが手を擦り合わせて息を吐きかけている
「なかなか動きは良かったんだが、最後のあれはまずかったな
上から押さえつける力と下から押し上げる力なら、どうしても上からの方が有利だろ?
もう少し背が伸びればまた違うんだがな……」
テリーが岩から飛び跳ねて足元にある木の棒をまた拾う。
「じゃあもう一回やろう」
めげている様子は感じられない。エドガーは逸るテリーの頭をポンと叩いた。
「待て待て、そんなに急ぐことはないんだ。少しずつ上達させていけばいい、わかったな」
テリーは不満そうにしながらも、やがて棒切れを捨てると
「わかったよ、おじさん」と笑った。
「やれやれ、またか」
エドガーもまた笑う。
まさかこの笑顔がすぐに過去のものになろうとは二人とも予想できなかった。
誰かが近づいてくる足音が聞こえてきたのだ。
足音はぴたりと止まった。この出会いは宿命だったと言える。
「……」
アルスにとっては初対面だが、傍らの二人には運命の再開に他ならなかった。
「エドガー、ね?」
ティナの声は歓喜に満ちていた。これほど嬉しそうなティナは滅多に見られないだろう。
アルスはエドガーを羨ましく思った。
その横で
バーバラが不思議そうにつぶやく。
「あれテリーだよね……? どうして縮んじゃったんだろう」
アルスは言い知れぬ胸騒ぎを感じて、ふとティナの方を見た。
その顔にはまるで血が通っていなかった。
エドガーは内心の動揺を完全には隠せなかった。
予想外だ、名前を呼ばれてはかなわないな……。
「あいつを知ってるの、おじさん」
テリーの笑顔は粉微塵となって空に掻き消えていた。
潜めていた憎悪を噴出して、鋭い眼光をティナに向けていた。
今にも飛び出して
ナイフを振りかざさんとしているのがわかる。
完全に本気だった。
「ふう……」
上手く立ち回れば丸く収まるかもしれない。そのために漠然とではあるが考えていた作戦はある。
だが本気の者に偽りの心で相対するのは無礼となろう。
エドガーは真っ正直にいこうと決めた。
「ああ、仲間というやつさ」
そう言ってティナにウインクする。 ティナは悲しそうに儚げな微笑を浮かべた。
テリーは体を震えわせてエドガーを睨んだ。
「ごめんな、出会う前に本当は言うべきだった」
ティナは重々しい口を開いた。
「あの時の子ね。 ……片時も忘れたりしなかった」
テリーが拳を握り締めて一層憎しみを込めた目をする。
突然現われた敵に対して言葉が出てこないようだった。
だがその目が物語っている。 よくも言えたものだな、と。
青地の服が風でなびかれ、テリーの心の荒波を表している。
子供に気圧されそうになる自分を認めざるを得なかった。人の王たる者が何という様か。
「テリー、誓いの言葉は覚えているかい」
エドガーは飽くまでも冷静さを失わずに努めようと、あの三ヶ条を唱え出した。
「一つ、その女の子に出会ったら……」
絵本を読んでやるようにゆっくりと言葉を紡ぎだす。
エドガーが一条読み上げる毎にテリーは首を横に振り続けた。
上気した顔は、もはや話を聞こうという意思など持ち合わせていないのか。
それでもエドガーの口が休まることはない。
「君はまだ未熟。はっきり言って勝敗は見えている。
あの子に本気を出してもらおうがもらわまいが関係ない。 勝てないんだよ、テリー」
テリーはどうしていいかわからないといった風にたじろぐ。
エドガーは語気を強めて言った。
「やめるんだ。君のような子供に人殺しなどさせたくはない」
テリーがチキンナイフを頭上にかざした。
「もう普通の子供じゃなくるんだぞ!」
「いやだっ、いやだいやだっ!! おまえなんか、お前なんかー!! 」
テリーがついに走り出した。ティナの真っ正面、穴だらけの斜面を小さな足踏みで、
心の中に大きな憎しみを持って。
バーバラがヒステリックな声を上げた。腕組みしていたアルスはもう間に合わない――
ティナは受け止めるかのように立ち尽くしていたが、ナイフが体に届く距離まで近づいた瞬間、
弾かれるように横に飛びのいた。
突然目標を失ったテリーは勢いのあまり前倒れになって頭を打ちつけた。
赤い血が色白い額に滲んでいた。
ティナが思わず声をかけたようだ。
「無理よ、あなたはまだ小さすぎる」
うぅぅぅおおおおおお!! 猛獣が発したかと思えるような唸り声。
いよいよ殺気だった顔立ちがティナを射抜いた。 子供のものとは思えない。
「よすんだ! 復讐したって何も生まれないよ!」
ずっと見ていたアルスが駆け寄ろうとする。
「アルス、いいの」
ティナはテリーのそばに立つと、手からこぼれたチキンナイフを拾い上げた。
「私があげたナイフ、きっとあなたの憎しみを吸っているわよね」
テリーは悔しさのためか涙まじりでティナを見上げた。
「私にできるのは、これくらいしか無いけれど」
チキンナイフをいきなりティナは自分の左腕に突き刺した。
ティナの顔が苦痛に歪む。
「ティナさん……」
アルスが、バーバラがその光景を見て立ちすくんだ。
「あなたの痛みの百分の一でも感じることができれば……」
ティナが勢いよくナイフを腕から抜き取った。鮮血が舞い、冷たい地面にぼたぼたとこぼれ落ちた。
きょとんとして焦点を失った眼差しを向けるテリー。身動き一つしようとしない。
だが手を差し伸べようとすると、怯えた表情を浮かべて地べたに座ったまま後ずさりする。
「聞いて。本当にあなたに殺されてもいいと思った。 気が済むならそれでいいと思ってた。
でも、それじゃあなたが……」
ティナがまた一歩、近づいた。
「うっ、うわ うわぁああああん!!」
テリーは喚き叫びながら地面を蹴りつけ体を起こすと、後方にすっ飛んでいった。
「驚かすつもりじゃ……」
「テリー! 追わなくていいの!?」
バーバラの促す声に、暫し呆然としていたエドガーが我にかえる。
「あ、ああ……しかしティナが」
エドガーは振り返った。ティナはうずくまり苦しそうに左腕を押さえている。
溢れ出した血が赤い水溜りを作っていた。
バーバラが駆け寄り、震えているティナを押さえつけ矢継ぎ早に呪文を唱える。
エドガーは自分自信に憤っていた。ティナにしてやれることが何もないこと、
そしてテリーを暴走に導いたのが自分であるという責任のために。
テリーが走っていった方向に目を凝らしてみたが、岩陰が障害物となって既にその姿は見えなくなっていた。
ちいっ、どっちつかずだ…
アルスがエドガーの気分を察知したのか、なだめるように言った。
「大丈夫。レミラーマの杖があるから見失っても」
ガチッ、ガチッ 反応がない。アルスの顔が青ざめた。
「まさか、もうそんな距離を?」
「ううっ」
ティナか細い声が耳に届いた。 その声を聞くとエドガーはここを離れるのを躊躇してしまう。
アルスが声を上げた
「僕が探してくる! 何とかして見つけるから」
「待って!」
ティナが叫んだ。 呪文を唱えていたバーバラがびくっと体を震わせる。
「ダメ……あの子とわかり合えることは絶対無い。 連れてきても私を殺せずに苦しむだけ……」
バーバラはティナの顔をじっと見つめた。
「考えもしなかった。あんな子供がいるんだって。 あれほどの憎しみを抱く子供がいるだなんて……
ティナの目から涙が溢れ出す。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
突然、ティナは泣き出し地面に突っ伏した。 ごめんなさい、ごめんなさい……声は連続する。
バーバラが困った顔をしながらも呪文の詠唱を続ける。
「俺たちに謝ることはないだろう。
ティナの気持ちはわかるさ。テリーに人を殺させたくないと思ってのことだろう?
優しすぎるんだ、ティナは」
エドガーは優しく声をかけたのだが、
「違う! 違うの。もっと、私は……自分勝手で」
ティナは涙でうるおった声で叫んだ。
「私、わたし……あの瞬間、ナイフを持って走ってくるあの子を見たときから、死にたくないって思ったの。
殺されてもいいなんて言いながら、恐くなったの。嘘をついたの。
私は臆病者なのよ……」
あとはもうティナの嗚咽する声が響き渡るだけであった。
エドガーは近づきティナの傍らに立つ。バーバラもエドガーの言葉を待っているようだ。
エドガーは頷いた。
「それなら尚更だ。何故謝る必要がある、当然じゃないか。好き好んで死にたがる人間がいるものか。
誰だって、それは同じだ」
エドガーはそっとティナの肩を抱いた。
少し離れているところで見ていたアルスも納得顔であった。
しばらくそのままで時は過ぎた。 四人を急かせるように冷たい風が音を立てて吹く。
やがてティナの腕の傷が癒えると、バーバラはすっと立ち上がった。
「あたしテリーを探しにいくわ。 知ってるテリーと少し違うけど、やっぱりあれはテリー本人みたい。
あ、心配しないで。 ここに連れてはこないから。 だから」
バーバラは眩しいくらいの笑顔を浮かべて
「さようならっみんな。
あっと、これじゃ何だか不吉か。 ……よし、やっぱりこうか。
また会おうねっ」
バーバラはそういい残してテリーを探しに行ってしまった。
エドガーはテリーとバーバラの幸運を祈るばかりであった。
【テリー 所持品:なし
第一行動方針:わけもわからず逃げる
第二行動方針:強くなりたい
基本行動方針:
謎の剣士の敵を取る】
【現在位置:ロンダルキア中央西よりの山地から南の平原の方へ】
【バーバラ 所持品:
果物ナイフ ホイミンの核 ペンダント
メイジマッシャー
第一行動方針:テリーを探す
第二行動方針:レナの遺言を果たす
第三行動方針:仲間の捜索】
【現在位置:ロンダルキア中央西よりの山地】
最終更新:2011年07月18日 07:53