「グッ……!」
比喩抜きで吹き飛ぶ。地面に叩き付けられ、一転二転。三転目で足を踏ん張って、転倒だけは免れた。
手早く自身の確認をする。全身の至る所に打ち身と裂傷。四肢はイカれていない。
握力は剣を握る分には不足ない。疲労は有るだろうが精神が磨耗してあまり感じない。
つまり、状態はあまりよくないが、戦闘続行には支障ない。
敵の様子を見る。異形の骸骨がそこにある。
最初の数分で身に纏っていた腐肉は飛ばしたが、アレはもうモノでしかなかったらしい。
骸骨はおぞましい程の力、ただそれだけを持って自分たちを打ちのめそうとしてくる。
技も術もない。だが純粋な力さえあれば、そんなもの関係ないのだ。
圧倒的な速度と破壊力をもって、防御を無視して全てを薙ぎ倒す。
それが魔王と呼ばれる存在の在りかただ。
血の滲んだ柄を握りなおし、
アルスは後方を見た。
バラモスゾンビが力押しのみだと気付いてから、ティナと
バーバラは後方支援、
自分と
ライアンは全面で押し返す、というフォーメーションを取っている。
それは今のところ上手くいっているが、二人とも戦闘開始から魔法を連発している。
何時魔力が切れてもおかしくない。だから、早々に決着をつけなくてはいけない。
だが――――
天空の剣を構えて打ち込む。閃光のような一撃は、バラモスゾンビの腕に阻まれる。
通らない。剣を返し、別の角度から二回、三回。
そのいずれもが、並みの魔物なら致命傷である。ソレを、
「こざかしいっ!」
「ッ!」
片腕で止められ、返す腕がアルスの胴を薙ぎ払う。
ギリギリ剣の背で受け止めるが、あっさり押し切られて体が浮いた。
「アルス殿!」
ライアンが
大地のハンマーを振るいバラモスゾンビの肩口を殴りつけるが、それも決定的な一打にならない。
アルスにかけようとした追撃の拳を返し、ライアンに放つ。
ドム、と鈍い音が鳴ってライアンの体が宙に浮き、数メートル飛んで地面に叩き付けられる。
「アルス君、離れて!」
瞬間、ティナが放ったファイガの炎がバラモスゾンビを包み込んだ。
バーバラは蹲ってうめくライアンに駆け寄り、回復魔法を唱える。
「う……く。すまないでござる」
「黙って、舌噛むよ!」
自ら後方に飛び退いて威力を軽減させたが、それでもダメージは大きい。
まともに受けていたら胴体を突き抜かれていただろう。
と、その時。バラモスゾンビを包み込む炎から、何かが飛び出した。
バーバラがそれはバラモスゾンビの頭部であり、
牙を向いて自分に襲い掛かってきたということに気付いたときには、
決定的に間に合わない状態になっていた。
しまった、と思う間もない。圧倒的な暴力を前に目を瞑る暇さえない。
次の瞬間、彼女が見たのは、空を切ったアルスの剣と、彼の脇腹を切り裂いたバラモスゾンビの牙だった。
鮮血が飛び散る。アルスは受身も取れず床に崩れ落ち、頭部は火炎の中へと戻っていく。
バラモスゾンビが炎の中から出てくる。クチャ、クチャリと何かを咀嚼しながら。
「しゅうちゅうがとぎれたなゆうしゃ。おまえのにくはうまいぞ」
それが何か気付いて、ティナとバーバラは表情を青くする。
顔も表情もない、骸骨だけのバラモスゾンビが、厭らしい笑みを浮かべた気がした。
「………ッ」
アルスは立ち上がろうとする。
全身から脂汗が流れ、抉られた脇腹からポンプの水のように血が吹き出る。
足が震える。平衡感覚が上手く働いていない。痛恨の一撃を貰ってしまった……
それでも、彼は剣を杖代わりにして立ち上がった。
戦わなくてはいけない。それでも、戦わなくてはいけないのだから。
血に染まった脇腹に手を当て、回復魔法を唱える。
マジャスティスのために魔法は温存したかったが、もう形振り構っていられない。
そんなアルスに、トドメとばかりにバラモスゾンビは暴風をまとって突進する。
援護は、間に合わない……アルスは繰り出される絶望的な力の塊を睨みつける。
ギリギリのところを見切って、会心の一撃にかける。それしかない……!
アルスとバラモスの因縁の対決。
それは今、決着がつこうとしていた――――
――――のだが。
意外と言えば意外な、あんまりと言えばあんまりなカタチで割り込まれた。
ガギン!
アルスとバラモスゾンビの合間に一本の剣が突き刺さる。
間合いを崩されたバラモスゾンビは一旦仕切りなおすべく後退し、
アルス、ライアン、ティナ、バーバラは剣が飛んできた方を見て……呆気を取られた。
「ぬ、なにやつ!」
必殺の機会に水を刺されて、バラモスゾンビは殺意を込めて
怒鳴る。
ソレは……笑ったようだった。いや、あんまりわからないけれど。何しろ覆面だから。
ついでに言うと覆面とビキニパンツ以外何も着ていなくて、
何故かチョコボの上に立って腕組みをしている。
「悪党に名乗る名前などないが、誰だと聞かれて答えぬわけにはいかんな」
どっちだよ。
まあ、存在自体が意味不明の塊なのでどうでもいいことだが。
「この世に悪がはびこる限り、どこかで誰かが泣いている。
世界の庶民に成り代わり、正義の剣が悪を断つ!――――とうっ!」
ソレはチョコボの上から跳んで床に突き刺さった
グレートソードの側に着地。
剣を抜き、ブゥン、と大きく振るう。
「――――人呼んであらくれ仮面! 見・参!!」
「なにぃ、あらくれかめんだとぉ? こしゃくな!」
「………えっと」
何と言えばよいのかはわからないが、
とりあえず今のうちに応急処置をしておこうとアルスは思った。
最終更新:2011年07月18日 08:31