「ふふふくくくくくははは…」
その男の喉から漏れる不気味は含み笑いは、機械の動作音によってあっさりとかき消された。
緑色のローブを頭からすっぽりとかぶった男、
エビルマージは血走った目をぎょろりと回して、培養槽の
リュックを見た。
ローブの下に常軌を逸した笑みを浮かべ、彼は培養槽の下のパネルに手を伸ばした。
カタカタカタとパネルを叩く音が響き始め、機械動作音が、今度はそれと不気味な和音を奏でだした。
やった、勝てる。俺は
ゾーマに勝てるぞ…!
愚かな参加者共は全員脱出し、仮想世界との連絡ゲートは閉じられた。
その事での叱責…否、制裁が来ることも危惧していたが、どうやらその余裕もないらしい。
何から何まで都合がいい。
参加者とゾーマはどちらかが全滅するまで闘うだろうし、それに…
それだけの時間があれば、究極の生命体はこの世に具現化する。
すでに、見当は付いている。
この女は究極生物の欠片を扱いこなし、しかしその究極生物は培養槽の肥やしに過ぎない状況にある。
その違いは一つ。
黄金の腕輪。進化の秘宝。それを使ったか、否か。
その情報さえ得られれば、その理論さえ解明できれば、究極生物は完成し、この俺は大魔王に、ゾーマなど問題にならぬような大魔王になれるハズだ。
その理論を解明する鍵が、この女だ。
この女はしばらく秘宝を身につけていた。だが、身につけても効果を知らぬ事には扱えるはずもない。
効果を何処で知ったか…恐らくは腕輪から引き出したのだろうが、そんなことはどうでもいい。
問題は、それをこの女がまだ“覚えている”と言うことだ。
この女はまだ進化を続けている。エネルギーの再利用、変換両方の効率が異常に引き上げられ、欠点を補い長所を伸ばし続けている。
腕輪がないのに進化が続いている。どこかに進化を促進するモノ、進化の秘宝の情報がどこかに保管されているのだ。
俺はパネルを操り、女の体の中…物理的なモノではない、精神的な深淵にアクセスした。
普通に考えれば、その情報が眠っているのは脳だろう。だが、デリケートなソレをいじって壊してしまってはつまらない。
俺は女の中の魂にクラックをかけた。
魂とは、死後もその存在を維持し続けられることからも分かるように、肉の塊の脳髄よりずっと頑丈だ。
そして、生まれ変わりなどの事例を見ても分かるように、魂は個人の情報をより未来へ確実に届けることが出来るのだ。
女の魂は、ぐちゃぐちゃに乱れて、解析しても無意味な文字の羅列にしか過ぎない。
これは別種の生物になってしまい、それ故に人だったときの理論的な思考が消えてしまったためだ。
だが、この魂を修復し、そこから情報を取り出すことは簡単である。
俺は自分が歓喜のあまり汗だくになっていることを自覚しながらその作業を開始した。
私は、もう何もない。
何もないと言うことを考えるだけの余裕はあるようだが、それだけ。
どれだけ前からこうしているのだろう?もう分からない。五感はすでに消失している…
かちり
と、突然なにかが繋がる音がした。一体、何?
それはすぐに知れた。ガラスの外の鉄の部屋、ボコボコと言う気泡の音、臭いも味もない水の感覚。
全く全然なんの前触れもなく、私は全ての感覚を取り戻した。
かちり、かちりかちりかちりかちりかちり!
繋がる音が連続して聞こえてくる。それと一緒に、今度は記憶が溢れ出す。
アーロン、
ティーダ、ユウナ、ルールー、ワッカ、ゲーム、ゾーマ、進化…
次々いろんな事が溢れ出してきて、最後のかちっと言う音が聞こえた瞬間、
私はさっぱりすっきり、これからどうするべきかと言うことまで一切合切を自分の手に取り戻したのだった。
俺は一瞬意識を失うのを自覚しながらへたり込んだ。
やった。目の前の画面に、進化の秘密の全てが文字情報となって示されている。
ははっ、はははははくはははははあははははははははははははははあはあははははあはははははっ!!
全身をどんな女を抱いたときよりも激しい快感が突き抜ける。涎と汗と涙とが、止めようとしても止まらない。
この女の魂の修復は完了、情報は全て俺のモノだ!ざまあみろゾーマ!俺の勝ちだ!俺の勝利だ!
「俺は大魔王だぁっ!」
これ以上ないほど快楽に溶けた顔でおれはさけんだ。そしte…?
そして、エビルマージは仰向けに倒れ伏した。倒れたとたんばくっ、と言う音がして身体が真っ二つになる。
真っ二つ。登頂から股間まで、最初から別々のモノだったかと錯覚するほどに綺麗に。
直後には、培養槽がはぜ割れて、中から怪物ではない人間の女が、リュックが飛び出した。
培養液で濡れた金色の髪を撫でつけて、皮膚が変じたいつもの服を軽く叩き水気を取る。
彼女の放った真空波で真っ二つになったエビルマージを腹立ち紛れに蹴りつけた。
エビルマージのミスは、欲しい情報を見つけるためにリュックの魂…こころを修復してしまったことだ。
魂が修復され、意思を取り戻したリュックは、機械を通してしかソレを認識できないエビルマージよりも確実に、それを理解したのだ。
リュックは一カ所ずつ確かめるように、体を動かす。
身体と魂とを完璧な状態にしたエビルマージのおかげで、今のリュックは完璧に進化を制御できる。
もっとも、究極生物を法則ごと飲み込んでしまったリュックは、すでにリュックではなく、生物とリュックが混じり合って生まれた新生物だ。
だが、彼女は自分がリュックであると確信しているし、リュックと呼んでも差し支えはあるまい。
リュックは傍らの大きな培養槽の、その中にある究極生物の姿を見上げた。
同じ細胞を持ったソレに、リュックは進化した力を持って干渉する。
同じ細胞だからこそ干渉することが出来、そして干渉の結果はシンプルだ。
アポトーシスを命じられた究極生物は、己より進化した存在にひれ伏し、彼女の意思通りに己を殺した。
培養槽の中でぐずぐずと溶けていく究極生物に興味を失い、リュックは部屋の外に飛び出した。
「ティーダ、アーロン、みんな…私が助けるからね!」
リュックか力強く叫ぶ。
みんなを助ける、自分になら出来る。だから、そのために!
彼女はゾーマを探して疾駆した。
【リュック(進化完全制御) 所持品:なし
最終行動方針:ゾーマを倒し、仲間を救う】
【現在位置:エビマジの研究室から外へ】
【エビルマージ 死亡】
最終更新:2011年07月18日 08:13