「篠原君、仕事終わり? これから、飲みに行かない?」
「ん? ああ、いいよ」
 夜の10時。簡単な残務を終えたあたりで宮野に声をかけられた。
 仕事といっても、オーヴァード事件の後処理くらいしかない。事件後の処理にかかった費用などの詳細をまとめて支部長に渡すだけの簡単なお仕事だ。……普段の俺にはそれくらいしか割り当てられないとも言う。
 不用意に扱うと容易に物が壊れてしまう。日常の代償として手に入れた力は日常の仕事にすごい不都合がある。故に、仕事のスピードは遅いと言っていい。
 つくづく自分の役割に合ってないと思う。
「また、あそこでいいか?」
「安い、近い、顔なじみはいいところだね~」
 俺も宮野も上のマンションの一室が住居なので、帰りがてらにどこか、というわけにはいかない。
 かといって部屋飲みするほど深い仲なわけではない。というか、酒を調達するためには結局外に出ることになる。
 だから、飲みに行く時は大体近所にある“ことりのき”という飲み屋に行く場合が多い。
 そこはそれなりにうまい飲み屋でもあるし、裏側では情報・調達の面も持っていて、俺達UGNとは何かと関係を持つことがよくある。前に支部長が店の親父と親しげに話していた。……どんな内容を話しているか、想像に難くない。
 最近はいろいろ面倒なことがあった。飲みたい気分でもあった。
「また、グダグダになるまで飲むなよ」
「節度を持って飲酒するのが治療班の役目です!ってね」
 ……面倒にならないと良いが。

「らっしゃーい」
「こんばんわ、親父さん。今日はどうだい?」
「さっぱりだよ。テレビばっか見ていたさ」
「てことは、今晩は平和な夜なのね」
 “ことりのき”についた俺たちは、決まったような挨拶をする。何かいい情報があれば、それに倣った返し方をする。今回は、『見ていたが何もない』つまりは平和ということ。
 適当に注文して、二人並んでカウンターに着く。ほどなくして、飲み物が来る。
「「乾杯」」
 飲みながら、仕事の愚痴やら愚痴やら話す。間違ってもレネゲイド関連のことは言えないが、それを外に匂わせないように身内同士で会話することには慣れている。

 2杯目が空になったあたり。
 宮野がため息交じりに呟いた。
「うちってさ、人の出入り多いよね」
「……まあ、な」
 オーヴァードとして。
 オーヴァード関連の事件は後を絶たない。本当に、世界に秘められているのか、と思うほどに多い。
 もしかしたら、俺たちがそう感じているだけで、他の支部とか評議会クラスの大きな眼で見れば全然なのかもしれないが。
「特にさ、人形が来てからはだいぶさー」
 人が増えることはありがたいことだが、ただ増えたことを喜べない。オーヴァードが一人増えるということは、その何倍、下手したら何百倍とも言える非オーヴァードが犠牲になっている。
 逆もしかり。オーヴァードが一人減ることは大抵事件に巻き込まれ、死ぬか、ジャーム化するということ。

 最近は、2人、『出ていった』。
 狛井武彦。向こう見ずで首を突っ込んでは日常を気にして。
 こいつは一度出ていったらしいが、すぐ戻ってきた。これが、どれほどうれしかったことか。
 天宮比奈子。負けん気が強く、プライドが高く。不器用な奴。
 斉藤伊織。要領は悪いけど、それでも全体を見ていた冷静な奴。
 狛井と違い、二人はいったきりここに帰ってこないだろう。二度と。
「年かさ低くても、実力高い奴は出ることが多いからな」
「なんだよねー。なんつーか、私は悲しいよ。まだまだ先がある身が無くなってくのを見るのも、見送るのも」
「……そんなこというなよ。割り切らないと、どうしようもねぇ」
 レネゲイドが世界に広がって20年。その間にほぼ全世界の人間が感染して。それは生まれた子供が、最初からその力を持っていることもあって。
「特に伊織君はチルドレンだったじゃない? あたしたちより長く力を使い続けてきてるの。その苦しみの中耐え続けて、結局暴走する……悲しすぎるよ、そんなん」
「力に目覚めた時に、どう付き合っていくか。その時の信念と、あとはそれに乗れる強い意志。それしかないと俺は思っているけどな。見送る側も、見送られる側もそうならないために」
「信念……ねぇ。それが、足りなかったとでも?」
「いや、今俺たちがそれ足りてないな、と思ってな。悲しむのは良いけど、それでくよくよしてもあいつらのためにもならないと思うんだよ。残した側の気持ちってーか」
「……そーいう君は、大丈夫なん?」
「俺は揺るいでない」
 空いたコップに酒を注ぐ。二瓶空いている。周りにはもう客も居ないし、親父さんも店じまいの準備をしている。
 ちらと、時計を見ると閉店は過ぎている。けど何も言ってこない。
「篠原君、身持ち固いもんね」
「……忘れられないからな」
「……そっかぁ」
「あの2人にもそういうのがあったはずだ。それでもなっちまった。その二の舞にならないように戒める。それしかないと思ってる。俺は頭良くないし」
「頭じゃなく、気持ちの問題?」
「人員調整とかの人事面は人事部かノイマンにでもやらせてればいいさ。俺は精神面じゃあなく、肉体面でしか考えられないからな」
「それ、考えるの放棄してない? それこそ、彼らに対してひどいと思わないのかな~?」
 宮野が、意地悪い顔して俺の頬を突く。
「やめろよ、何の口だお前」
 それを聞くと、ケタケタ笑いだす。そして、机に突っ伏した。何だ、笑いタケか。
「ごめんね、変なこと聞いて。……誰しも辛いだろうし、誰にでも救いの手を伸ばせるわけじゃない。わかってるんだけど、つい吐き出したくなっちゃったの」
「……やっぱりな」
「む。やっぱりって、何よー。やっぱりって」
「お前が俺だけ飲みに誘う時って、大体そう言う時だから。俺だけっていうか、誰かと二人で飲みに行く時」
「えー、それ誰ソースよ、ソースどこよそれー」
「鏡、置いといてやろうか」
 それを聞くと、またケタケタ笑いだす。笑いタケだ。
 いつまでも愚痴って暗いままじゃあ、明日からやる気が出ない。
「時間も時間だ、そろそろ帰ろうぜ。ほら、立てよ」
「やだー、飲みすぎで立てないよー。持って帰ってよしのはらくーん」
「ふざけんな、自分で帰れ自分で。親父さーん、遅くまでごめんなさい。お勘定」
 そう言うと、片づけをしていた親父さんは笑顔でいいよ、とジェスチャーで返す。
「宮野、ほら立てって」
「女から誘ってんだぞー、男見せろよしのはらかつみー」
「お前、わかってて言ってるだろ。絶対」
 大きな笑い声しか返ってこない。……女って、面倒だ。

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最終更新:2011年04月12日 08:26