国家《I Regulars》の勃興/衰亡


国家《I Regulars》の勃興/衰亡

旧ユーラシア西方に姿を現したその超能力者の一団は、まず生き残った通常種の殺戮を行った。
老人や女子供に関わらず、これまで自分たちを虐げてきた者たちへの復讐の為、
超能力者たちは意趣返しという名の虐殺を続けた。

やがて彼らの蛮行が各地の生存者の耳に入るようになった頃、
抗う事無く超能力者に屈する通常種が現れ始める。
彼らは死を恐れ、生にしがみ付くというただ一点に固執し、隷属の道を選んだ。
たとえそれが死よりも過酷であろうとも、彼らは生きる選択をした。
その後、各地の通常種も「こんな所で死にたくない」という《生への渇望》に支配され、
超能力者に抵抗の意思を見せる者は、次第に姿を消した。

嘗て超能力者を完全に無力化させていたASAが、ジャッジメントデイの後に西方の地から失われたのは、
彼ら通常種の強い感情が一因となっている。
生きるために差し出した者、自ら破壊した者、無謀と知りつつ抵抗し、運命を共にした者――。
虎の子のASAは様々な形でこの世から失われていった。
こうして、最初に誕生した超能力者の一団が強大な勢力を築き、
自らを《I Regulars》と名乗り始めるのにそう時間は掛からなかった。

国家I Regularsを形成する人種は超能力者と通常種の他に、エルフ種とドワーフ種が存在する。
エルフドワーフもまた、通常種に差別される側に立たされるやも知れない。
超能力者たちは、通常種よりも数の少ないこの二つの種族を、
自分たちを頂点とする階級制度の中に組み込むことにした。

エルフ種はその高い魔術技能を買われて《戦士》という階級を、
ドワーフもまた、屈強な肉体は戦士向きではあるものの、熟達した鍛冶技術から
超能力者や《戦士》達の武具や装飾品を作り出す《職人》の階級をそれぞれ与えられる。
着々と国家としての地盤を固める傍ら、I regularsは領土拡大のために各地へと進出し、
国家樹立から5年と経たずに大陸西方は超能力者の楽園へと姿を変えた。

ジャッジメントデイ直後、世界の人口は1千万足らずにまで減少していた。
故に、それまで一騎当千の実力を持ちながら、数の力に押さえつけられていた超能力者たちは、
自分たちの実力を十全に発揮できる最高の環境に身を置く事が出来た。

国境沿いに敷いた防御陣地は簡素ではあるものの、向かってくる敵は物の数ではなく、
ほんの2、3人の広域能力者の手によって易々と追い返せた。
逆に域外への侵攻の際には、精鋭を20人ばかり連れ立てば面白いように敵が退いた。
I Regularsと敵対する通常種たちは、必ずしも共闘している訳ではない為、
いくら種全体の数で上回っていたとしても、
会戦や総力戦による正面切っての戦闘では、通常種は遥かに劣勢だったのだ。

この当時、通常種超能力者相手に抵抗を行えたのは、視界の利かない森林地帯や濃霧の中か、
迷路化させた洞窟陣地での防衛戦くらいのもので、
嘗ての領地や連れ去られた人々を奪い返すことなど、口にはすれど、誰も本心から話してはいなかった。

遠征や通常種狩りの際には超能力者の他に、
戦闘補助と通常種の連行を主任務とする《戦士》階級の者たちも同行していた。
彼らは戦闘に長けたエルフドワーフのみで構成されていたが、
その中には、I Regulars通常種に対する政策に疑念を抱く者も少なからず存在していた。

そんな事情から、彼らはやがてI Regularsに抵抗する通常種の集団と協力関係を築くようになる。
それは、任務で度々国外に出られる彼らにしか出来ない事だった。

I Regularsの国家体制に綻びが生じ始めたのは、建国より20年ほど後のことである。
そもそも、超能力とは遺伝するものではなく、一種の先天的な才能による力であった。
そして、I Regularsを建国した世代の超能力者達の間には、
誰一人として超能力を持つ子が生まれなかった。
既に超能力者の平均年齢は40代に達し、この国の次代を担う子がこの中から現れることは絶望的だった。
加えて、それまで国を支える戦力だった者たちの高齢化、或いは戦死により、
嘗てのような積極果敢な攻勢に出る余力も無くなり、
階級制度の頂点に立つ超能力者の数が漸減するに従い、国は緩やかな衰退へと傾いていった。

このままでは国家樹立から50年と待たずに国が崩壊する。
そんな危機感が立ち込める中、思いも寄らない報せが入った。
それは、「通常種の中から超能力を持つ赤ん坊が生まれた」というものだった。
前述の通り、超能力は遺伝ではなく、才能によって開花する。
従って、通常種の子が超能力者であっても不思議ではない。

ここで国の意思決定権を持つ者たちは選択を迫られた。即ち、その赤子を迎え入れるか否かである。
意見はやはり二分した。通常種の穢れた血を宿す者を迎える事は出来ないとする主張が当初は根強かったが
このまま後継ぎもないまま戦と寿命で貴重な超能力者を磨り潰しては、国家の破滅に繋がる。
そうなれば、先に待つのは嘗てのような迫害のみ――。
誰もが一度は考え、最後には考えまいとして頭の隅へと追いやってきた破滅の未来を彼らは今一度思い起こす。
――そうして彼らは、赤ん坊を迎え入れた。

その後も通常種の中からは超能力を宿す赤ん坊が生まれたが、迎え入れはこれまでが嘘のように円滑に進んだ。
赤ん坊はそれぞれの超能力者の夫婦が引き取り、超能力者としての教育を施した。
物心付く以前から超能力者の生い立ちやI Regularsにおける立場、そして自身の出生に至るまでを教えこまれた子供たちのほとんどは
現在の階級制度に対する疑念や、生みの親に対しての関心を持つことなく育っていった。
それ以外の少数の子には現実を見せ付け、生みの親への幻想や通常種との共存という理想を早い内に摘み取る事で対処した。

やがて子供たちは成長し、戦いに身を置くようになる。
外敵から国を護る事が、階級制度の頂点に君臨する彼らの義務なのだ。
I Regularsの建国から半世紀が経とうとしていたが、彼らに刃向かう者は未だ多かった。
ASAという旧文明の遺物が完全に排除されようとも数に勝り、同族を憐れみ、
時に無謀とも思える行動に出る通常種は、それだけで脅威足り得る存在だった。
超能力者という圧倒的な存在の数的回復には、今しばらく時を必要とした為、
I Regularsは数世代に亘り、超能力を持った赤ん坊の引き取りと国の防衛に重点を置く事となる。

そして、超能力者の王国が築かれてから150年余り。
通常種から引き取られた子供たちも大人として扱われる年齢になると、同年代の中では密かに蜜月を交わす者達もいた。
彼らは俗に4世と呼ばれる世代だが、これまでにも誰一人として"両親"との血の繋がりのある者はなかった。
その事は本人たちにとっても周知の事実であり、今度こそ血の繋がった超能力者の後継者を、と望む声は多く、
婚姻を控えた若い超能力者たちにとってもその思いは一入であった。

建国より170年を前にしたある年、不意にその奇跡は訪れた。
初めて超能力者の夫婦から超能力を宿した赤ん坊が生まれたのだ。
この報せに同世代の超能力者は盛大に夫婦を祝福し、次は自分たちもと意気込み、
年老いた超能力者たちは、嘗て自分たちが切望し終ぞ叶わなかったこの出来事に歓喜の涙と、僅かな悲嘆を湛え国の大事を祝った。

これでこの国も安泰だ――漠然とした安寧の感情が、ふと誰かの胸中に浮かんだ。

やがて4世たちを主力とした超能力者部隊が形を成すに従い、外征の頻度はまた以前のように増えていった。
これに対し、長らく鳴りを潜めていたI Regulars通常種狩り再開を危惧した通常種側も対策を進め始めた。
通常種側はI Regularsの活動が鈍化した時期に乗じ、
周辺地域に点在する通常種の組織による連合体を築き上げ、計画的な旧文明再興に着手していた。

この時彼らが優先したのは、ソルグレイユのような生活基盤の安定を目的としたインフラ面の技術復古では無く、
わずかに現存するASAや比較的サルベージが容易な旧文明の通常兵器の回収、研究、量産を行う為の設備の再興だった。
この活動は功を奏し、I Regularsが国境の防衛に労を取っている間に計画を順調に進め、100年程で国力を盤石なものとしていたのだ。

そしてある日、I Regularsの都で一つの事件が起きた。
普段と変わらない生活を送っていた人々の頭上で轟音を立てながら飛翔し、落下、爆裂したそれは国の外から齎された物だった。
国境の警備にあたっていた兵によれば、地平線の向こうから突如現れたそれは、都の方角へと一瞬で飛び去って行ったという。

“これは正しく、国外の通常種が嘗ての力を取り戻し、我らI Regularsへの宣戦布告を告げる奇襲攻撃を行ったに違いない”

そう考えたI Regularsは、4世を主力とした大規模遠征の決定を下した。
遠征には戦闘可能な超能力者の半数と、エルフを始めとした《戦士》階級約1万が動員された。

今回の通常種側の戦略は、超能力者の漸減であった。
防衛線を何重にも敷き、こちらからは仕掛けずに防衛に徹する事でI Regulars側の被害を拡大させ、
最終的に数で有利な通常種側の勝利を拾う持久戦に戦い方を絞ったのだ。

だが、この作戦は思うようには進まなかった。
通常種側は複数の組織が徒党を組んだ連合体であった為、現場での意思疎通や指導者同士の協調を欠き、一枚岩に成り切れずにいた。
超能力者側にも勇み足の者は多かったが、それ以上に連携を欠いた通常種連合側の混乱が作戦を破綻させた。
結果この戦いで、真に団結の厚かった一部の組織の領土を除いた大半はI Regularsの手に落ちてしまう。
この戦果を好機と捉えたI Regularsでは、一息に大陸東進を推し進めんとする機運が高まっていた。
実際、今回の遠征によりI Regulars以東の通常種は大打撃を受け、国力は衰退し切っていた為、これらを打ち倒す事は容易であると目された。

こうして、遥か東に存在すると云われる通常種の大国への到達が現実味を帯び始めると、超能力者達は次なる遠征の決定を下した。

建国より180年目、ついに東征が開始された。
前回の遠征時に壊滅させた通常種国家を手早く吸収したI Regularsは、破竹の勢いで進軍を続ける。
広大な領土を誇る東方の大国ソレグレイユに辿り着くには、行く手を遮る《魔の領域》を超える必要がある。
超能力者達は第一作戦としてまず、この地の攻略に着手する。

超能力者の持つ能力は系統である程度の大別が可能で、中には非常に似通った能力が複数存在するが
その威力や性能は個々人の技量に大きく依存した。
不安定な力ではあるが、それは逆に、使う者によっては絶大な力にすら成り得るという事でもある。

彼らの行く手を阻んでいた魔の領域は、たった一人の超能力者の手により切り拓かれた。
地を割き、森を薙ぎ、山を砕いたその力で本来なら何十年と掛かる魔の領域の踏破を、その超能力者は1年で成し遂げた。
そこから更に拓いた道の整備、物資・兵站の補充、街道の安全確保に先の作戦で占領した通常種国家の奴隷を動員し、
それらの事業が完了した3年後、第二作戦であるソレグレイユ領侵攻が開始される。

しかし、侵攻作戦は呆気無い幕引きに終わる。
ソレグレイユ連邦共和国・初代連邦大統領ガブリエルが直接指揮する部隊と彼自身の術数に嵌り、
東征に参戦した超能力者の半数以上がたった一度の戦闘で戦死した事で、戦線の維持が不可能となったI Regularsは撤退を余儀無くされた。

東征への長い準備期間に見合わない早すぎる敗戦は、I Regulars本国に瞬く間に知れ渡り、
国力の衰退が確定したこの状況が連鎖爆発を引き起こしたかの如く、領内各地で通常種の奴隷による反乱が始まった。
また、東征部隊の撤退が続く中、本国の治安維持に兵を引き抜かれた事で、東征の為に整備した街道は警備が手薄となり、
拡大した魔の領域の脅威が壊滅した東征部隊に追い打ちを掛け、最終的にI Regulars本国に帰還できたのは出征時の10分の1以下であった。

建国より185年、事態の悪化は留まる所を知らず、遂には各超能力者の所領が反乱した奴隷らによって奪われる事件が相次ぐ。
戦闘向きの超能力者の多くが先の東征で戦死した為、本国に残っていた若い未熟な超能力者や
力の衰えた老齢の超能力者では、通常種の反乱を抑える事が出来なかったのだ。

国内の通常種ばかりではない。
未だI Regularsに帰属しない抵抗勢力が、示し合わせたように攻め込んで来たのだ。
これはI Regulars国内に潜伏していた通常種の活動家や国の体制に疑念を持っていたエルフ、ドワーフといった《戦士》階級の内通者が呼び寄せたものだった。
国内の鎮圧と外敵の迎撃に追われるI Regulars超能力者や《戦士》達だったが、圧倒的に数に劣る彼らはすぐに限界を迎えた。
国境の防衛線は突破され、建国以来、初めて敵勢力の侵攻を許してしまう。
既に総崩れとなったI Regularsは、残った戦力を首都に結集させ、最後の抵抗を続けた。

I Regularsには、建国に立ち会った超能力者の中で現在も存命な者が一人だけいる。
彼は圧倒的なまでに高い超能力の才能を有し、物理現象への干渉が可能な程の強力な戦闘系能力の他に複数の能力を行使する事が出来た。
そんな彼の持つ能力の一つである《自己再生》を彼は、ジャッジメントデイ以前から研究していた《染色体のテロメア修復》能力へと昇華させていた。
建国から180年余り経った現在、齢250を数える賢者としてI Regularsの国政に深く関わり続けた彼女は
此度の通常種の反乱に際して全ての超能力者を指導し、抗った。
しかし、そんな奮戦の灯火は超能力者国家の始まりの地、I Regulars首都を包む反乱の炎に飲み込まれようとしていた。

首都は既に火の海であった。
もはや趨勢は決し、I Regulars国内の全ての通常種が、エルフが、ドワーフが、国外で抵抗を続けていた反乱組織が、
超能力者を滅ぼそうと、津波となって押し寄せていた。

残った数十名の超能力者は宮殿に立て籠もっていた。
勇敢な者は先に死んだ。残った女子供と老いた超能力者は、奥の一部屋に固まっている。
実質的な戦力は十数名と、其れを率いる《彼》のみ。
降伏はしない。だがこのまま戦っても数に押し潰されるのは時間の問題だった。
宮殿内に雪崩れ込まれれば、奥の女子供がどうなるかは自明。最早、勝機など無かった。

ならばと《彼》は、最後に奴らに一矢報いる策――自爆を選んだ。
敵は既に宮殿を取り囲んでいる。《彼》が宮殿内で力を暴走させ、超能力者I Regularsも、何万という通常種達も道連れに消滅した。
ここに、嘗て栄華を極めた超能力者の楽園は、彼ら以外の人類種によって、過去の遺恨によって、そして他ならぬ彼ら自身によって滅び去った。

その後、I Regularsが支配していた土地の遺構は、通常種による共同体を築く礎となった。
数年の内に人や物が盛んに行き来するようになり、人々はあの戦いを《過去》と位置付けられるようになりつつある。
その証拠に今この地域に生きる超能力者は、狩り出されて見世物にされている。
嘗て超能力者の宮殿があった“爆心地”跡に造られた闘技場で幼い超能力者同士を戦わせたり、磔にして広場に晒したり、
有用と判断されれば徴用され、超能力者狩りを行う。

全てはジャッジメントデイ以前の旧時代からあった《人》と《超能力者》との間にあった慣習だ。
復讐の連鎖など、そう簡単に絶てるものではない――彼ら彼女らは、身を以ってそれを証明し続けるだろう。

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最終更新:2025年01月01日 13:25