現状、重要視するべきは『ノエル・チェルクェッティ』である。


彼女は実際、聖杯戦争のマスターではないのだが、それは参加者たちには明かされぬ事実。
日常生活を再現する『見滝原』の役割は――「誰がマスターであるか」を隠蔽する、一種のマスター保護の役割を為していた。
無論、怪盗Xやアヤ・エイジアは立場や行動から目立つ存在だ。
仮に彼らが有名人でなく、一切メディアに取り上げられなければ、誰も注目をしないだろう。

少なくとも……
ジリアン・リットナーと呼ばれる、マスターとして選出された少女に召喚された復讐者。
アントニオ・サリエリ
彼は、まだ見定めていた。

ジリアン達のリハーサルで一時実体化し、演奏したのも理由の一つ。
これで仮にノエルのサーヴァントがいれば確実に、向こうからアクションがありえる。
無くとも――彼は深夜。
いよいよ聖杯戦争が開始する頃合いに。サリエリは、ジリアンによって把握していたノエルの自宅へ向かう。

彼女が貴族、という設定に似たものは役割づけられていた。
有名企業の社長。その娘という、一般人とは縁遠い存在。
尚更、見滝原でも貧相な家系の設定を持つジリアンとノエルは、やっぱり不釣り合いで何故友好関係にあるか違和感がある。


もしもの話。
彼女がマスターであったとしたら?
ノエルのサーヴァントと彼らの方針を見極める必要がある。
例え、本当にマスターでなかったとしても、あの主催者の文面によれば『本物のノエル』が巻き込まれている可能性も。

………しかし、サリエリは口にしてない。
ジリアンに可能性を伝えてなかった。
彼女を、マスターとして信頼してない訳じゃあなく、伝えれば一層彼女の意志と方針を揺らすからだ。


この際ハッキリ断言すべきか。
サリエリは、正直『聖杯戦争の主催者』を信用していない。
まるで奴らは『詐欺師』のようだと理解したからだ。
聖杯戦争開始に伴う主催者からの書類文面。一見、如何にもなほど単純で分かりやすいが情報の欠如がある。

冷静になり危惧するべき『保証』は聖杯の機能以外にもある。
一つ挙げるなら――マスターの処遇だ。
聖杯戦争終了後、果たして彼らはどうなるのか? 願いを叶えられて、その後は……
恐らく『帰還はできない』とサリエリは思う。否、そうだろうと考えている。

理由は討伐クエストの報酬だ。
聖杯戦争の放棄、願う者側からすれば他愛無い発想ではあるが、帰還する場合でも聖杯戦争の記憶を消去するとの記述。
だが『報酬』として掲示する以上、終了後に連中が帰還させる保証は?
逆に薄まる。信憑性も低下した。


どうして、特別でもないジリアンたちを巻き込んだ聖杯戦争が開かれたのかも定かじゃあない。
目的――があるのだろう。
なくては、イカレたパーティーの招待状たるソウルジェムも配布されまい。
故に、彼らは目的の為にマスターたち・マスター候補も生かす訳にいかない筈だ。


遠く彼方。けたたましいサイレン音が響いている………






「誰か、いるのですか?」


気配を感じ取ってマシュ・キリエライトが振り返った。
その先、草影より現れたのは一匹の大型犬。念の為、ブローディアも実体化したが、犬が魔術的な類でないと感知し。
遠くに響くサイレン音に、耳を澄ませていた。
ブローディアが、現在いるマンションが立ち並ぶ住宅エリアを見回す。
どうやら、近辺に異常はない。
マシュは人なつっこく近寄る犬に少々戸惑うが、カルデアに居る小動物のフォウを思い出し、久方ぶりに笑みを零せた。

「飼い主と離れたのでしょうか」

「野良ではないのか?」

「ちゃんと毛並みも整えられて、食事も取っているような……至って健康に感じられます」

「中々の分析力だな。むしろ『推理力』か。マスターが『探偵』のようだぞ」

「い、いえ。私は大した事は………」

それより、気を取り直し。
マシュは手元で端末タブレッドを操作し、緊迫感ある表情で液晶画面に表示されたものをブローディアに見せる。

「ここから離れた住宅街で火災が発生しているようです。この時間帯の為、まだ詳細な情報が流れていませんが……」

「成程。サイレンはそれの――」

ブローディアが反応した。
液晶画面から顔を上げ、周囲の感知に集中すると――いる。
まずは、疎らに移動をする魔力……サーヴァントじゃあない。恐らくは使い魔。
位置的にブローディアとマシュから視認できない位置に出現している。
ブローディアは、手元に剣を出現させ、己の周囲に無数の『刃鏡』を展開させた。
マシュの表情が険しくなる。

「敵性反応のあるサーヴァントですか? シールダーさん」

「まだ何とも言えんな。位置も不規則で我々を取り囲む気配すらない……偵察部隊だろうか」

警戒を維持したままブローディアが魔力感知の範囲を広めた。
近辺に敵サーヴァントがいる筈だ。彼女が予想した通り、距離は相当離れた位置にあるが確かな反応が。
やがて、マシュの視界にも使い魔の姿を捉える事が出来た。

一言で表現するなら亡霊だ。
亡霊は、銃や鋭利な剣らしきものを手にしているが、マンション周辺を巡回するように見え隠れするだけ。
マシュたちに気づいていないのか?
傍らで落ち着きなく、大型犬がウロウロとマシュに訴えた。
犬などの本能で危機を察知する動物にも、使い魔を感じ取れるのだろう。

「マスター。まずはどうする」

「………」

他の誰でもない。マシュが判断を下すのだ。
以前は、彼女の『先輩』――藤丸立香をマスターとし『グランドオーダー』を行ってきただけに、マシュがマスターとなり
明確な判断を出す責任。重大さにマシュは深呼吸する。
落ち着いて……状況の判断を。
ブローディアが口にした『探偵』めいた推理を可能な限り展開していく。

(使い魔の行動……魂食いが目的にしても、やはりアレは偵察…………敵の目的はサーヴァントの炙り出し?)

ならば合点がいく。
のだが、ブローディアに反応を見せないのは違和感を覚えた。相手が攻撃をしかける様子も、ない。
無理だ。とマシュは諦めた。
諦めは妥協の意味じゃなく『情報不足』による諦めである。
このサーヴァントに対し、早計な判断を下さず。まだ様子見するべきだ、と。
マシュは念話で伝えた。

『攻撃をしかけないで下さい。相手の方針が不明である点と、我々が聖杯獲得を目的としない意志を示すべきです』

『了解した。だが、動きは分からないものだな。あの使い魔で何かを探り出せるのだろうか』

『はい……民間人が襲われる事態になった場合は、シールダーさん。戦闘をしましょう』

それと。
彼女達の傍らで不安そうにする犬を横目に、マシュが言う。

『やはり、この犬の飼い主を捜索したいのです。もしかして事件に巻き込まれたのではと心配でして』

『フム。サーヴァントなどの手にかかった恐れか。有り得るな』

時間帯や場所、状況から。
現代日本の常識を考慮してもマシュ達の元に現れた犬には違和感しかない。
飼い主の身に『何か』が起きた。
何か――即ち聖杯戦争に関する事象に巻き込まれ、幸か不幸か犬だけは無事逃れ切ったのかも。推測の域から脱せない思考。
そんな中。
ブローディアがハッと顔を上げ『刃鏡』を前方へ浮遊移動させる。

「マスター! 敵サーヴァントの反応だ!!」

「それはあの使い魔の―――?」

「違う。私が『最初に』感知したサーヴァント以外の奴が、相当な速度で急接近して来るぞ!」

瞬間、現場に響き渡ったのは銃声。
正確には『銃声に近い効果音』。敵は銃火器を所持していなかったのだ。
指だ。

彫像を彷彿させる肉体を持つバーサーカーが、遠距離より銃弾を指先から放っている。
彼の持つ異常極まりない生命『柱の男』が兼ね備える特性。
警察署で回収した銃弾を指先に移動させ、続け様に連射を行う。
一種のマシンガン状態だ。
微動だにせず、銃弾を連射しながらバーサーカーは、マシュ達に接近し続ける。
ブローディアが構えた『刃鏡』が銃弾を防御する。
ただの銃弾ではないと、ブローディアも徐々に破片が散る『刃鏡』を目にして理解した。

マシュは、目前をブローディアに任せて周囲を伺う。
あのバーサーカーのマスターや、他の主従の動きがないか警戒しなくてはならない。
すると。
つい先ほどまで巡回程度の行動を取っていた、亡霊の使い魔が武器を構え、こちらに向かっている!

「シールダーさん! 使い魔の方も敵性反応があります!!」

「しかし、雰囲気があのサーヴァントとは異なる……他サーヴァントが潜伏している筈だ、気をつけろ。マスター!」

「はい! これより魔力のバックアップを行います!」


―――――ぐぇ



ぐちゃ



「……………?」

マシュは唐突に静止してしまう。
気のせいか、そんな訳……だけども聞こえた。生理的嫌悪を催すような生々しい効果音が、マシュの耳元に。
銃声、使い魔、ブローディアの刃。どれにも該当しない場違いのモノ。

一瞬のことだった。
マシュの前で盾となっていたブローディアが、凄まじい形相で振り返った。
意味が分からない――状況が、マシュの瞳に光景が映し出されたのに、結局分からないのである。



マシュの傍らに居た『犬』が―――口から猟奇的な刃を吐き出したのだ。







「やっぱり駄目かー……いけると思ったんだけどなぁ~」


なんて能天気に『犬に化けていた怪盗X』がぼやく。
細胞変異にも限度はあるらしいが、少なくとも大型犬程度ならXにも『変身』する事が可能だった。
至って普通だった犬から、上半身を人に形取って刃をブローディアへ刺し向けたX。
凶器は『刃鏡』の一つでギリギリ受け止められる。

マシュは言葉を失くす。
犬が人間に変化した光景ではなく、Xの行った所業とXの凶悪性そのものにだ。
通常、マスターがサーヴァントに一矢報いようとは考えない。返り打ちされる危険が高い。
サーヴァントの方こそ注意する筈。にも関わらず。

Xは明確な殺意を以て攻撃をしかけた。
ブローディアが『サーヴァント』だと理解した上で―――
不意打ちの形だが、マシュが出くわした『悪』とは比較にもならない、恐ろしいほど純粋で猟奇の所業を爛々と残す者。
今まで彼女が対峙した悪は、人でない者や人であるからこその殺人。
屁理屈を述べればXにも動機はあるが、罪悪感は無い。

おぞましい凶行の失敗を、残念そうな表情で済ますXに流石のブローディアは刃を振り下ろした。
無論。殺す為でなく、Xをマシュや自分から離す為に。
Xがブローディアの刃が襲う前に回避。それから―――

急接近してきた亡霊の使い魔。
銃を手にした個体がXに対し攻撃をしかけたのである。
Xも反射的に避けようとするが、数発肉体に命中。
されど焦りもなく平常で普通の表情で、使い魔の攻撃威力を確かめた様子。

(使い魔の方は、やはり彼らとは別の……それよりも……っ……)

マシュは冷や汗を浮かべる。
ひょいと身軽に跳躍したXは、近くの街頭に無数に増殖した足の指でガッシリと掴まり、
蝙蝠じみた宙吊りの状態で問いかけてきた。

「参考までに聞きたいんだけど、いつ俺に気付いた? さっき一緒に居た時は、バレてなかったよね」

果たしてコレは人間なのか?
マシュも特別でないと断言できない身だが、Xに関してはマスターに選出された事実が異常だ。
圧倒する悪の傍ら。
いつの間にか、バーサーカーの銃撃は止んでいる。
彼の手持ちの銃弾を全て撃ち尽くされたが、さして重要ではないのだろう。バーサーカーが言う。

「余計な会話は必要ない。下がれ」

ブローディアが念話でマシュに伝えた。

(マスター、バックアップを頼む!)

(は、はい……!)

次の瞬間。マシュはブローディアの判断を理解する。
暴力的な『刃』がバーサーカーの腕――肉体より抉り現れた姿は、皮肉にもマスター同じく人の理を越えた光景だ。
バーサーカーの刃に光の魔力が灯るのに、Xがムスとした表情で忠告する。

「え。ちょっとソウルジェムは壊さないでよ? 観察したいんだから」

「『手加減して倒す』のは、無理な注文だ。奴を見て同じ事が言えるか?」

不満な態度でXが外灯から発つなり、バーサーカーが刃を宿した腕を軌跡を描いて降ろせば。
マシュ達の周囲に近付く亡霊の使い魔を瞬く間に薙ぎ斬る。
そして、ブローディアも魔力を込めて力を発動させた。



「『刃鏡螺旋』!!」


「『光の流法・輝彩滑刀』!!」



今ここに二つの斬撃が衝突する。
膨大な魔力によるエネルギーが衝撃波となって周囲に拡散するだけでも、周辺のマンションのガラス窓が震えるなり。
次々と破損し、ブローディアの『刃鏡』は桜吹雪のように舞い散り、バーサーカーへ向かう。
ブローディアの背後に居たマシュには、激しい周囲の状況を視認する事が叶わず。
最中、ブローディアが言う。

「……気付けなかったな。奴が殺気を放つまでは。
 いや――正確には、殺気を感じ取れたにも関わらず、位置を掴めなかった」

Xに対する、彼女の返答だった。
まさか『人間そのもの』が細胞を変化させ犬に化けていたなど。
マスター全てが、化物染みた能力を保持してなくとも、Xは一種の領域外である。

斬撃で発生した砂煙が晴れた後。
マシュは周辺――少なくとも彼女らの居る範囲にあるマンション住民の騒ぎが始まろうとしていた。
自然と、誰かが興味本位あるいは危機感を覚え、こちらに顔を見せてしまう恐れがある。
どうにか一般人の巻き添えは回避しなければならない。

だが、人々の喧騒よりも先にマシュの耳に届いたのは―――戦慄。



                『至高の神よ、我を憐れみたまえ』



肉体と精神を害する音色。
マスターであり、デミ・サーヴァントとしての能力を失ったマシュには、身を受けるだけでも気を失いかける。
想像せずとも亡霊の使い魔。
その主たるサーヴァントの攻撃だと分かった。
砂煙の中、再び武器を構えた亡霊達が列をなして移動するのがチラリと見える。

「し………シールダ………さ……」

マシュの呂律が回らない。
それは、ブローディアの方も同じだ。
煙の合い間から銃口を向ける使い魔たちの姿、しかし。同じくしてブローディアの『刃鏡』も反応する。
音色で彼女の精神に多少なり影響があるものの。
一点集中。『刃鏡』一つだけを起動させ、油断してただろう使い魔達を裂いた。

が、やはり限界は到達する。
恐らく遠方より攻撃という名の演奏をし続けるサーヴァント。
マシュは噂の中。ダ・ヴィンチ同じく真名を看破している部類に属する英霊に心当たりがある。

ブローディアが魔力による抵抗を以て、戦慄を物ともせずに一歩踏み出そうと試みる直前。
ピタリと演奏が中断する。
何故? 驚く彼女達だったが、我に返ってマシュがブローディアに呼びかけた。

「シールダーさんっ、一度霊体化の方を……」

「だが、マスター……件のサーヴァントは攻撃を仕掛ける筈だ」

砂煙が晴れると、怪物主従の姿はなく。
代わりに見滝原の住人たちが野次馬の前身として形状を為す最中だった。
少なくとも。
ブローディアの恰好は非常に目立つ。英霊としての装備、『刃鏡』も含め奇抜極まりない。
だからこそ霊体化するべきだ。マシュは冷静に一つ告げる。

「いいえ。それは『問題ありません』。私も先ほど気付いたのですが―――『私を』攻撃する意志はありませんでした」

「……フム?」

確かに使い魔は怪物じみたマスター・Xの方は攻撃したが、マシュは自身でなくブローディアの方に照準が定められていた。
戦闘経験ある彼女だからこそ、見抜けたかもしれない。
敵意ある存在とは言い難い。だが、突如として攻撃が止んだのは、理由が明白に存在する。
件のサーヴァントは、最低限聖杯精製に必要な『サーヴァント討伐』を優先していた事。
霊体化しつつ、ブローディアは念話で伝えた。

『マスター。戦線離脱と言いたいが……もしマスターの推測が正しければ、このまま人混みに紛れるべきだ』

「え? ………なるほど。あの主従を見逃す形になってしまいますが、状況は芳しくありません」

そう。良くは無い。
このまま他の住人を巻き込んでしまうのは、マシュにとっては不本意だ。
回避可能なら、素直に離脱する他ない。
自分の都合で他者を踏み滲む行為………それが『悪』でなければ何だと言う。
善処してるだろう件のサーヴァント―――否。

「―――『アントニオ・サリエリ』。彼を敵性と断定するには早計です」

煙が晴れた先。
市街地には在り来たりに設置されているマンホール。
マシュの視界へ入り込んだ身近にあるソレは、鋭利な凶器で大きく斬り開かれていた。



【B-5 都心/月曜日 未明】

【マシュ・キリエライト@Fate/Grand Order】
[状態]魔力消費(小)精神&体力疲労(中)
[令呪]残り3画
[ソウルジェム]有
[装備]
[道具]端末機器
[所持金]両親からの仕送り分
[思考・状況]
基本行動方針:元のカルデアに戻る。特異点の解決。
0.現場から離れる。
1.セイヴァーとの接触
2.協力者の捜索。ダ・ヴィンチちゃんと出会えれば良いが……
3.前述を達成する為、見滝原中学かテレビ局に向かうべきか悩み中
4.Xたちを放置はしたくない。
[備考]
※セイヴァーの討伐令には理由があるのではないかと推測しております。
※セイヴァーが吸血鬼の可能性を考えましたが、現時点で憶測に留めています。
※見滝原内に点在する魔力の残り香(ナーサリー・ライム)について把握しています。
※セイバー(リンク)のステータスを把握しました。
※X&バーサーカー(カーズ)の主従を把握しました。
※アヴェンジェー(サリエリ)の使い魔を視認しました。
 宝具や噂の情報から『アントニオ・サリエリ』のものだと推測しています。


【シールダー(ブローディア)@グランブルーファンタジー】
[状態]魔力消費(小)
[ソウルジェム]無
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:自分の居るべき世界への帰還
1.マシュの方針に従う
[備考]
※見滝原内に点在する魔力の残り香(ナーサリー・ライム)について把握しています。
※X&バーサーカー(カーズ)の主従を把握しました。






「はぁー……ああいうのは駄目だなぁ」

襲撃に失敗したXがぼやく。
彼が嘆いたのはブローディア相手ではなく、もう一騎のサーヴァント。
演奏を奏でる復讐者に対してだ。Xもある程度の使い魔の攻撃を確かめる余裕すらある規格外の一人なのだが。
単純明快な肉弾戦でない。精神と肉体を遠距離より攻撃する『灰色の男』の宝具は不利にある。
いくら細胞を変化させられても、件の宝具の対処はXには困難だ。

当然だが『Xには』の話なだけあって、サーヴァントは別だろう。
実際、演奏で体の自由を奪われたXを救出したのは、彼のサーヴァント・カーズだ。
バーサーカー特有スキル『狂化』の影響と直感に似た性質のスキルの保有を組み合わさり。
ブローディアよりも多少なり動けた。

動けただけで十全じゃあない。
彼らはマシュたちと出くわしたのは『偶然』。本来の目的は、鹿目まどかの自宅へ向かう事。
そして、双方が逃げ込んだ下水道でカーズは冷静に告げた。

「面倒だが、このまま向かうとする。地上で他の連中が暴れ出したようだ」

「うん。警察や消防の動きもに異常が『観察』できた」

でも――と。
Xが犬に『変身』する為、脱ぎ捨て。先ほど回収してきた服を着直しつつ問う。

「俺も動けなかった状況だけど、戦い続けても良かったんじゃない?」

「ああ、それか」

カーズは念の為、下水道に侵入する為に破壊したマンホールがある方角に振り返った。
随分もう距離は遠ざかってはいる。
交戦したブローディアとマシュ。彼女らの魔力が接近する様子はなかった。
やはりか。カーズは一つの確信を得た。
彼女達は聖杯獲得へと意志がない、ということを。

「魔力が足りん」

カーズの返答を聞き、Xは呆然としてしまう。

「派手にやったけどアレだけでそんな魔力減った?」

「自分がなんだと……いや。己が何者か分からないだったか。一つ教えてやろう。
 お前は紛れもなく『魔術師』の類――――『ではない』」

「………」

こんな異常な体だ。
Xは内心、ひょっとすればカーズのような人智を超えた生物。魔人に匹敵するものじゃあないかと。
少し、あるいは微粒子レベルに期待を抱かなかった訳じゃあない。

だけども。
実際に「違う」と明言されてしまうのは、ショックに似た感覚を受けていた。
自分の正体の範囲が狭まった筈。でも、何と言うか。こんな経緯で判明してしまうのは釈然としなかった。
案外、ドラマ性や運命を彷彿させる展開を望んでいたのかも。

複雑な表情を浮かべるXを傍らに、カーズは話を続けた。

「セイヴァーと出くわすのを考慮し余力は残してある。魔力の確保は……後だ。まずは移動をするぞ」

「なんだ……マスターに選ばれたから。もしかしたら~って考えてたけど」

「不満を述べるな。いいか。少なくともセイヴァーを狙うのであれば、あの小娘共を出し抜く必要がある」

「ん? アイツらの『動き』……見るからに聖杯狙いじゃあないけど」

「そうだ。聖杯狙いではない。――なら、何を目的とするかだ」

「―――あ」

マシュとブローディアの動きは随分と短絡的で情報量の少ない動き、とXは観察で見抜いていた。
だが、現段階に得られる明確な情報の一つ。
即ち……セイヴァーだ。
彼を狙っているのはXだけではない。可能性として全主従に狙われても変じゃなかった。
何より。セイヴァーは『討伐令』があり。倒せば『報酬』を得られる。

「不味いな。それもそれで困るよ」

少しばかり『討伐令』の存在を疎かにしていたX。
Xの目的は他主従にありがちな聖杯獲得の他にも『英霊の魂の観察』が含まれる。
確か、そう。
討伐報酬の中に―――『聖杯戦争の放棄』が一つ挙げられていたのだ。

想像してみれば、戦争を放棄し、マスターは帰還する。
同時にサーヴァントも消えてしまうではないか。
可能なら、いいや。絶対にブローディアの魂も観察したい。帰還されては困る。
しかも、帰還を望むマスターが他にいるだろう。

「案外、セイヴァーを優先させないと駄目ってこと」

「フン……ただし。お前が警戒するのは朝までで良いだろう。奴は吸血鬼だ。昼間に現れないのを考慮すれば
 あとは自然と、お前の『予告』に釣られる方を期待すれば構わないからな」

「うーん。どうかな? だって太陽に当たらなければセーフじゃん」

「……理屈はそうだ」

カーズが最も理解している。それは非常に危険な綱渡り。
けど、セイヴァーは『あえて』行動を取るとも限らない……故に慢心は出来ない。
二人がここまで移動したところで、カーズは地上の感知を行う。
下水道からの感知も、距離的に支障を来さない間隔である。カーズは少々眉間にしわ寄せた。

「高密度の魔力を感じる。使い魔……大規模な陣地か? しかしコチラまで影響は無いか」

「サーヴァント?」

「今は無視だ。地上に出れば不利になる」

カーズが感知したのは、シュガーの製造した『砂糖』。
『砂糖』の魔力は大部分まで感知したカーズだが、陣地作成には程遠いと理解する。
今、ここは敵の独壇場だろう。
本来であれば――生前通りに魔力を考慮せず戦闘を行える身であれば、一つ顔を出しても構わないのだが。


現状、重要視するべきは『鹿目まどか』である。


乱闘事件とセイヴァーの情報を照らし合わせても、マスターの可能性が極めて高い。
万が一、マスターでなかったとしても……
カーズが不敵に笑い、そして

「X。見滝原中学の『誰か』になると言ったな。……鹿目まどかはどうだ?」

こう提案するのがやや珍しかった為に、Xも即座に反応出来なかった。
折角だから、案外いけるかもしれない。カーズは冗談交じりに提案したのかも。
目を丸くしてから、少し唸り、Xは結論を出した。


「だったら中身を『観察』しないと」



【C-4 下水道 移動中/月曜日 未明】

【X@魔人探偵脳噛ネウロ】
[状態]魔力消費(小)肉体ダメージ(小・再生中)
[令呪]残り3画
[ソウルジェム]有
[装備]
[道具]大振りの刃物(『道具作成』によるもの)
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯も得たいが、まずは英霊の『中身』を観察する。
1.鹿目まどかの自宅へ向かう
2.見滝原中学の『誰か』になって侵入する
3.アヤ・エイジアの殺害は予定通り行う
4.討伐令を考慮し、セイヴァーの殺害も優先する
[備考]
※アヤ・エイジアの殺害予告は実行するつもりです。現時点で変更はありません。
※警察署で虐殺を行いました。
※警察で捕捉可能な事件をある程度、把握しました。
※セイヴァーが『直感』で目をつけたマスター候補を把握しました。
※マシュ&シールダー(ブローディア)の主従を把握しました。
 彼女らが聖杯獲得に動いていないと知っています。
※前述の情報を一応記憶していますが、割とどうでもいい記憶は時間経過と共に忘却する恐れがあります。


【バーサーカー(カーズ)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(中)
[ソウルジェム]無
[装備]
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1.日が昇るまでの間にサーヴァントを倒す
[備考]
※警察で捕捉可能な事件をある程度、把握しました。
※セイヴァーが『直感』で目をつけたマスター候補を把握しました。
※マシュ&シールダー(ブローディア)の主従を把握しました。
 彼女らが聖杯獲得に動いていないと知っています。
※警察署で回収した銃弾は使い終わりました。
※バーサーカー(シュガー)の『砂糖』の魔力を感知しました。






「―――全く、何事ですのっ!?」


あまりの騒ぎに一人の少女は寝床から離れ、自室の窓を一つ開けて外の様子を眺めた。
自宅よりも少し向こう側。マンション街周辺で何らかの事件が発生したらしい。
他にも、消防車のサイレンが耳に入る。
遠方では白煙が立ち上っているから、あそこで火事が起きたのだろうか?
憤りを抱いていた少女も、徐々に感情は不安に変わっていき、渋々窓を閉め、床につく。


「……ノエル・チェルクェッティ。彼女がマスターである可能性は低いか」


それを見守るサリエリが呟いた。
サーヴァント同士による交戦。使い魔の出現。これらに対する少女・ノエル側のリアクションは一切無い。
彼女はマスターではない。
あくまで暫定的な結論。これが覆る可能性は無きにしも非ず。
現在、強いて一つ不穏要素を挙げるなら……サリエリ自身の事だろう。


どういう訳か、アントニオ・サリエリは無辜の怪物に飲み込まれきっていない。
それ以上に、彼は自身を何者か理解している。


ごく当然で何ら違和感ない話だが、アントニオ・サリエリという英霊に限っては『ありえない』。
通常の召喚であれば、サリエリは自らを何者か分からずにいる。
今回は『何か』違う。
ジリアンがピアノに精通し、それでサリエリを把握しているから?
最初、サリエリも『そうだ』と受け流しかけたが、どうも違うのだと分かったのは。
先刻での戦闘。使い魔を召喚し、宝具を使用した際の感覚。外殻を纏った事で理解したのだ。

(強力な力により、我が『外殻』の妄執――『醜悪』が引き剥がされた。他サーヴァントの宝具が原因だとすれば……)

サリエリを飲み込む『灰色の男』が、怪物の断片が別の物に引き寄せられたような。
どうやら。
悪を引き離された事で、今回のサリエリの異変が発生しているらしい。
理性に支障はなくとも戦闘で万全な状態に整えられないのは、聖杯戦争において問題だ。

心当たりがつかない。
だが、もしあるとすれば……討伐令をかけられた救世主?


騒がしい街を眺めれば、まだ夜明けは迎えられそうに思えなかった。


【C-3 住宅街/月曜日 未明】

【アヴェンジャー(アントニオ・サリエリ)@Fate/Grand Order】
[状態]魔力消費(小)
[ソウルジェム]無
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの願いを叶えてはやりたいが……
1.ノエルの監視
2.
[備考]
※ノエル(NPC)はマスターではないと現時点では判断しています
※主催者はゲーム終了後、マスター達を帰還させないのではと考察しています
※マシュとシールダー(ブローディア)、X&バーサーカー(カーズ)の主従を確認しました
※『悪』を引き寄せる宝具を持つサーヴァントがいると分かりました。
 その宝具の影響で、宝具やスキルの威力が低下するようです。
最終更新:2018年08月16日 21:02