無くなれ、消えろ、死んでしまえ

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無くなれ、消えろ、死んでしまえ


「じゃあ鳳龍はいつものダブルチーズキャンディバーガーでいいんだね?」
「……ええ、まあ、それでいいですよ」
ㅤ紫音はけらけら笑って、ふわふわと鳳龍の席から離れた。N◎VAアサクサ、某ハンバーガーショップ。バンズだけオーガニックフードらしいが、正直合成パンとの違いは誰にもわからなかった。実質、化学的な味の代わりに安すぎる値段だけがこの店の売りであり、つまりあまり売上は良くないらしい(紫音調べ)。目立った成長もしないが、この店舗だけは根強く残り続けていた。
「便利な道具やなぁ」
ㅤ隣席からの声が自分に向けられたものであること、道具というのが何をさしているのか、それらが分からないほど鳳龍はバカではない。自分に向けられた言葉なのか、鳳龍は怪訝そうに男を睨む。サングラスをかけた和服の、がたいのいい男だった。目には見えないが、帯刀していることが鳳龍には分かった。
「お使いだけならDAKでもやれる。それに加えて冗談までかましてくれるんやから、さぞかし楽しいんやろうなぁ」
ㅤ男の声は、字面の意味とは正反対の意図を感じさせるものだった。この手の嫌味には慣れている。隣の男が、何がそんなに気に入らないのかは知らないが、鳳龍に付き合うギリはない。
「どこのどなたか存じませんが、こんな所で一人でお昼なんて……、ランチに誘う相手もいないんですか?」
「まあそんなところや、人形とおままごとしてるあんたと同じで、ね」
ㅤなお突っかかってくる男に、そろそろうんざりし始めた。適当にあしらおうとした、そのとき。
ㅤ男は急に、ストレートに鳳龍に尋ねた。
「で、あれを使って何人殺したん?」
「は?」
「いんや、便利な道具やねって」
ㅤ男は二度と、セリフを繰り返さなかった。
「斯く言う俺も実は方向音痴でなぁ、シティガイドにはお世話になりっぱなしで、ホント、人間道具なしでは生きていけまへんなぁ」
「…………」
ㅤ男の、張り付いたような笑顔が気味悪い。鳳龍はこんなふうな、あからさまな作り物が、建前が、心の底から嫌いだった。何を必死になってこの男は、皮肉の塊のような、本心とは真反対の言葉を吐くのだろう。果たして、男はころりと話題をすり替えた。
「ところで〈黄色い龍〉って知ってます?ㅤそれが最近巷で噂になってて。突然ストリートにふらりと現れ、日系のヤクザばかり狙って襲う中国人がいるって言うんですわ。その銃のマズルフラッシュで姿すら見えないもんで、その様子から〈黄色い龍〉と呼ばれとるんです」
ㅤ鳳龍には心当たりがあった。というか自分のことだと思った。なんだかコンディションが悪い時、イライラしてスッキリしたい時、手近な河渡系列と思われるチンピラどもに八つ当たりするのが鳳龍のジンクスみたいなものだった。
「へぇ、そんなのが。嫌ですね物騒で」
ㅤでも、と鳳龍は言葉を続ける。
「島の管理がなってないからじゃないですか?」
ㅤしんーー、と。店の喧騒が遠のいていく。二人の緊張はピークに達し、そしてそれを。
「鳳龍おまちどー」

ㅤ一閃。

ㅤその空気を感じ取った瞬間に、肌の泡立ちとともに、鳳龍は本能的に〈閃鋼〉を走らせた。虚空から掴み取るように刀を振りかぶった男より、速く、手元の机をひっくり返した。
ㅤ机は、そのままシュレッダーにかけられたように粉々になった。それは破裂したように見え、男は机のチリの合間から、紫音を庇った鳳龍が銃口を向けているのを見た。
「あさっり認めてくれておおきに、おかげでいらん手間省けましたわ」
「あれぇ、私何か言いましたっけぇ」
ㅤさっきのお返し、わざとらしく、鳳龍はニタニタと笑った。
「あいにく恨み辛み、他方から買いまくる難儀な商売でしてぇ」
「引退したらどうです?」
「まさか、生涯現役ですよ」
ㅤ地に堕ちる、その時まで。
ㅤじゃりんっ!ㅤと刃を鳴らして、男は凄む。
「なら墜してさしあげやしょう」
ㅤぬらりと歩み寄りながら、男は名乗る。
「名乗らせてもらいます。河渡連合、泣成組頭領、護人衆が一人、泣成消得ーー」
「三合会、えー……、所属は秘密です。名前ぐらいは言っておきましょうーー鳳龍。以後、お見知り置きを」

ㅤこの日、このハンバーガーチェーン店の閉店と、三合会と河渡連合の対立がより決定的となった。


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