王と悪魔と始まりの朝◆GO82qGZUNE






―――空間を認識する。

 情報の存在に付随する構造体の変位として、天樹錬は仮想的に構築された世界を知覚する。
 視覚は必要ない。ノイズになる。だから、目を閉じる。聴覚も不要、嗅覚も不要。味覚、触覚―――五感の全てを脳から遮断すれば、あとにはただ、I-ブレインに投影された霊子虚構時空の構造情報だけが残される。
 脳内に構築されたイメージの『世界』に色彩という概念は存在しない。どこまで行っても無色透明の虚ろな空間。その中心にぽかりと浮かぶ、I-ブレインの中の『自分』。

(I-ブレイン通常起動。情報検索状態へ移行)

 眼前の一点を中心に、光が生まれる。
 抽象代数によって記述された脳内空間に、対象が持つ仮想的な空間構造が再現される。
 空白の世界を縦横に貫いて、光の線が走る。
 座標軸を現す無数の細線が、等間隔かつ平行に、世界の果てまでを満たす。初めは横、それから縦、高さ、そして時間。空間三軸、時間一軸、四方向に延びる光の線が、巨大な四次元の格子模様を形成する。

(未確認情報空間へ接続。演算処理継続)

 I-ブレインの感覚を他人に説明するのは難しい。通常のディスプレイのように画面が目の前にあるわけではないが、かといって21世紀の終わりごろに流行ったような、五感の全てを仮想世界に没入させるフルダイブ形式とも違う。
 肉体の感覚を全てこちら側に残しながら、同時に額の裏、すなわち脳内にもう一人の自分を用意するのだと例えれば適当だろうか。物質的な感覚と情報的な感覚、その二つを同時に体感する二重感覚。完全に覚醒しながら見る白昼夢と言ってもいい。
 光の線が縦横に貫くあちら側に佇む『もう一人』の錬の周りには無数の窓が並び、その中を高速で文字列が流れていく。やろうと思えばもっとリアリティのある、それこそ現実世界と区別がつかないような仮想世界を脳内に構築することもできるが、I-ブレインに負担をかけるだけなので何の意味もない。少なくとも、作戦行動中に取るべき行いではないだろう。
 そう、今は作戦行動中なのだ。

(高密度情報構造体を確認。接続―――……成功。当該情報構造体名をSerial Phantasmと定義)

 情報空間とは、正確には空間ではない。情報を蓄積し、計算する構造物。その内部に意識を接続した状態での情報処理領域を指す。有体に言うならば、そう、情報書庫(ハードディスクデータ)であろうか。
 錬はそこに介入しているのだ。本来ならば卓抜したウィザードですら困難極まる作業を何ともなしに、当たり前のように。
 膨大な演算処理能力を以てして。

(解析開始)

 世界は『情報』でできている。
 森羅万象のすべては、物体が支配する通常の世界と、数値パラメータが支配する『情報の海』の二重映しによって構成される。
 二つの世界は合わせ鏡。一方が動けば他方も動く。物体の運動は情報を変位させ、情報の変位が物体を運動させる。超高速の演算処理は情報の海を書き換え、通常の世界の在り様を変化させる。
 脳内に生体コンピュータ『I-ブレイン』を備え、物理法則を超越する者たち。
 名を、魔法士といった。

(No.0からNo.10^22-1までをクリア。把握領域を拡大)

 無機的な空間を潜っていく。光の線が走る最中を、虫食いの穴をかいくぐるように突き進む。
 高密度情報構造体、ムーンセル・オートマトンの一部たるSerial Phantasm、そこを基点に更なる潜航を果たす。
 そして錬は何か壁のようなものに接触し、該当情報を得るためにそれを振り払おうとして―――

(―――エラー。規定条項への抵触を確認。容量不足、強制終了まで残り10ナノセカント)

 瞬間、錬の知覚領域を膨大な"光"が呑みこんだ。
 目標に触れた途端に、錬のI-ブレイン内に大量の情報群が流れ込んだ。錬の知覚には、それはまるで海のようにも見えた。現実の視覚をカットしアナログ化させた脳内世界を、しかし非現実的なまでにリアルな視覚イメージで以て埋め尽くされた。圧倒的なまでの情報密度である。四方は淡青色の海中が如き情報群で占められ、大量の文字列が上から下へと流れていく。
 そしてその全てを覆い尽くす怒涛のノイズ、ノイズ、ノイズ―――

 完全に遮断したはずの聴覚を苛むノイズ音を振り払い、錬は苦し紛れに手近なオブジェクトへと手を伸ばす。
 アクセスは不可。これ以上踏み込めばI-ブレインごと脳を焼かれる。故に、"警告"以上の抵触を起こさないよう情報をかき集める。
 1ナノ秒経過―――作業完了。
 更に1ナノ秒経過―――データ参照、運営から与えられた知識との整合を開始。

 項目:令呪―――不整合はなし。
 項目:英霊―――不整合はなし。
 項目:聖杯符―――不整合はなし。
 項目:夢幻召喚―――不整合はなし。
 項目:聖杯―――不整合はなし。

 6ナノ秒経過―――検証終了。与えられた知識と掴み取った情報との間に一切の齟齬はなし。

(高密度情報構造体との接続を強制終了。全システム、正常に再起動)

 その文字列が脳内に表示された瞬間、錬の意識は急速に浮上し、光と情報に埋め尽くされた視界が一面の闇へと切り替わった。





   ▼  ▼  ▼






 微かに痛む頭を抑え、天樹錬は静かに目を開いた。
 思考の主体が『現実側の自分』へと復帰し、五感の機能が回復する。操作端末のディスプレイが仄かな燐光を放つ部屋の中、現実世界に戻った時特有の苦みが口の中に広がる。
 網膜に飛び込んでくるのは、窓から差しこむ眩しいくらいに明るい陽射し。ぴよぴよと、風の音に混じって鳥の声が聞こえてくた。
 清々しい朝であった。

「……ふぅ、危なかった」
「で、何か分かったのか、レン」

 安堵するように嘆息する錬にかけられる、労いの欠片もない無遠慮な声。
 振り返れば、そこにはアサシンの姿があった。

「そうだね、とりあえず監督役のNPCが言ってたことに嘘はないってことくらいかな。あくまで表層的には、だけど」
「それだけかよ。もっとこう、ムーンセル自体に介入とかはできねえのか」
「うーん……僕の知る限り最高のハッカーを百人用意して、僕と同じくらいの処理能力がある端末を三台ずつ渡して、五万年かければ手がかりくらいは」
「無理なもんは素直にそう言えよ」

 無理難題ふっかけてきたのはそっちでしょ、と苦笑いしながら、錬はうなじに接続していた有機コードを引っこ抜く。その反対側は、机に備え付けられたノートPCに繋がっていた。

 錬が行っていたのは簡易的なハッキングだ。
 この虚構世界そのものを構築している大本へのアクセス、それによる情報収集と、与えられた知識との齟齬の確認である。
 とはいえそう大仰なものではなく、あくまで簡易的なものだ。あまりにも時間が足りず、接続の基点が市販の情報端末と共有のネットワークシステムなことも相まってか、ほとんど既存の情報から発展した成果を挙げることはできなかったことからもそれが分かる。
 無論、あわよくば"聖杯"へのショートカットも……という考えはあったが、やはり現実はそう上手くいかないもので、ムーンセルへの完全な介入は現時点においては「絶対的に不可能」と結論を出さざるを得なかった。
 単純な演算速度もそうだが、それ以上に技術体系そのものが錬の知る情報制御理論とは姿を異とするものなのだ。あれは単純な科学技術のみならず、魂の量子化というある種の魔術的な見地が解析に必須なのだ。少なくとも錬単体では、この絶対的な隔たりを何とかする手段はない。

「で、お前これからどうする気だ?」

 と、思考の海に埋没しかかった錬の耳に、再びアサシンの声。
 考えをとりあえず保留として頭の隅に放り込みながら、何でもないふうに錬は答えた。

「まあ、暫くは潜伏だね。情報収集と様子見に徹する」
「弱腰、ってわけじゃねえだろうな」
「もちろん」

 錬の言う戦術は、アサシンを引いたマスターとしては定石である。アサシンのクラスは単純なスペックで他のクラスに劣る反面、サーヴァントがただそこにいるだけで垂れ流してしまう強大な魔力反応と気配を隠蔽する「気配遮断」のスキルを持つ。
 故にアサシンのサーヴァントの本領は、言うまでもなく潜伏と暗躍だ。あるいは暗殺者の名に相応しく、隙を晒した他マスターたちを闇討ちするのもそうである。つまるところ、表立って華々しく戦うようなクラスではないのだ。
 幸いなことにマスターである錬もまた、そうした潜入工作の類は仕事柄お手の物である。相性という面ではなるほど確かに、彼ら主従は良好と言えるだろう。

「フン、だが忘れるなよレン。俺はあまり気が長いほうじゃない。当面はお前に合せてやるが、俺が"動くべき"と判断した場合には……分かってるな?」

 だがこのアサシン―――アンクほど暗殺者のクラスに似つかわしくない英霊もそうはいないだろう。
 彼はアサシンのサーヴァントとしては破格のスペックを誇る英霊だ。三騎士はおろか騎兵とすら打ち合えないのが定石のアサシンにおいて、彼はスキルや宝具次第では三騎士にも比肩し得るステータスを誇る。
 しかし、それはあくまで"条件次第では"の話だ。宝具を使えば強い、などというのは当たり前の話で、なおかつ宝具(それ)を持つのはアンクだけではない。故に、総合的に見れば彼は三騎士相手に決して油断できないという程度の力しか持たないと結論付ける他ない。
 同時に、彼はアサシンとしての技量に乏しい。アサシンとしての技量というのは、つまりは潜入・潜伏の工作能力だ。気配遮断のスキルランクこそBとそれなりだが、この欠点はアサシンとしては致命的だろう。

 言ってしまえば、アンクは単純戦力としてもアサシンとしても器用貧乏なサーヴァントなのである。無論それら双方を高レベルで両立しているのは破格と言う他ないが、それぞれを個別に見た場合には一流のそれには決して及ばない。加えて前述の性格だ、どうしても不安は残ってしまう。
 だが、しかし。

「うん、分かってる。サーヴァントへの攻撃のタイミングはアサシンに任せるよ。思考に拠らない直感じゃまるで敵わないわけだしね」

 同時に、アンクだけが持ち得る思考的な強みというのもまた存在していた。野性的な直感、狩るべき獲物を知り尽くしているが故の経験則。言うなれば獣の強さだ。そして彼は傲慢な性格とは裏腹の極めて合理的な思考回路を持つ以上、感情に任せてそれらを放棄する愚を犯すことはない。
 その一点において、錬はアサシンを信頼していた。期待と言い換えてもいい。それを前に、アサシンは不貞腐れるように一回だけ鼻を鳴らす。

「結局のところ、僕らは圧倒的に情報が足りてないんだ。敵マスターの所在に戦力戦況、事前情報はできるだけ手に入れるべきだ。
 そしてそれは、虱潰しに当たるなら人の多い場所のほうが効率もいい」
「つまりこういうことだ。お前は要するに」
「うん、要するに」

 そこで二人は、顔を見合わせ。

「そろそろ登校の時間ってこと」

 遅刻まであとぎりぎりと言ったところまで差し迫った時計の針が、無情に朝の時間を告げていたのだった。






【D-6 学生寮/一日目 午前】

【天樹錬@ウィザーズ・ブレイン】
[状態] I-ブレインに蓄積疲労(極小)
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] ミスリル製サバイバルナイフ
[所持金] 学生並み
[所持カード] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得による天使の救済。
1.暫くは情報収集に徹する。
2.まずは普通に登校し、サーヴァントの気配及びマスターの痕跡を探す。
[備考]
※スノーフィールドにおける役割は日系の中学生です。
※ムーンセルへの限定的なアクセスにより簡易的な情報を取得しました。現状はペナルティの危険はありません。


【アサシン(アンク)@仮面ライダーオーズ】
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] 欲核結晶・炎鳥(タジャドル・コアメダル)
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:王として全てを手に入れる。
1.レンに合せて他陣営を探る。場合によって戦闘も視野に入れる。
[備考]






001:神は沈黙せず 投下順 003:言の葉を紡ぐ理由
時系列順
OP2:オープニング 天樹錬 005:それぞれの往く場所
アサシン(アンク)

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2019年01月15日 00:17