神は沈黙せず◆aptFsfXzZw
スノーフィールド中央病院。
名の通り、スノーフィールド市の中央区に存在する大病院に、
コレット・ブルーネルは居た。
彼女は今、口が利けない。
温度も感じられず、痛みも覚えず、そもそも触覚すら喪失している。
味覚も喪われ、食べ物を消化することもできず、夜、眠ることも叶わない。
しかしこれらの症状を癒やすために、コレットはこの場所を訪れたわけではない。
そもそもこの天使疾患は、マスターとしての自覚を取り戻したことで完全に発現した、元の世界(シルヴァラント)に由来する病。
文明レベルが遥かに優れたスノーフィールドの医療技術とはいえ、世界の理からして異なる以上、一朝一夕で解決できるものではない。
一方で、記憶を取り戻す以前は障害もまだ幾らか程度が軽く、そう頻繁に通院する必要はない状態だった。
故に彼女が、この中央病院を訪れた理由は、当人にあるのではなく――
「くっそ、えらそーに……!」
たった今、同伴していたコレットと共に応接室から追い出されたこの自称・写真家の青年の仕事に付き合って、のことだった。
「何が怪奇写真はお求めしていません、だ……! 俺はこの病院のありのままを写しただけだっ!」
門矢士の名で、スノーフィールドで活動するフリーカメラマンの役割を持つサーヴァント――ライダーは今朝方、応援するコレットに気にすることじゃない、と答えたことを綺麗さっぱり忘却してしまったかのように肩を怒らせ、行き交う人々が何事かと視線を寄せることにも意を留めずに不満を噴出させていた。
病院のホームページに掲載する写真を更新するに当たって、公募された撮影者候補の一人として訪れたライダーだったが、案の定というべきか、現像した写真の出来を見た担当者ににべもなく切り捨てられてしまったのだ。
「――誤解を招くような物言いは控えてください。単に被写体がめちゃくちゃに歪んだだけの写真を持ってきたのはあなたでしょう」
心底呆れたとばかりに担当者から注意され、ライダーは事実と罪悪感を指摘されてその勢いを鈍らせる。
「写真が歪んでいるのは……世界が俺に撮られたがっていないだけだ」
「(……えっと、ライダー? 落ち着こ? ねっ?)」
憤怒に歪んでいたライダーの顔が、幾らか沈痛に翳るのを見て取ったコレットはそのように宥め、相手方にぺこりと一礼をした後、一先ず離れた待合室まで移動することにした。
ライダーは基本的に尊大なまでの自信家ながら、どうにも写真を撮ることだけは上手くいかないらしい。そしてその点がコンプレックスにもなっているようで、写真絡みの情緒は他より不安定だ。
もちろん、万事が万事この調子ではなく……コレットを除けば、十件連続でその腕前に酷評を受けたことがいよいよ耐えかねたのだろう、とは推測できていたので、無理からぬとコレットも思っていたのだが。
「……悪い」
そうして、おおよその注目を避けて二人きりになった頃に、ライダーは斜に構えた様子もなく、素直に謝罪してきた。
コレットに要らぬ苦労をかけたことか、それともまたもや仕事を逃したことにか、具体的には言及しなかったが、声色には真剣なものが感じ取れた。
「(ううん、だいじょぶだよ。ライダーこそもう平気?)」
念話で胸の内を伝えると同時、コレットはライダーの手を取って、そこに文字を描くように指を動かしていた。
……ライダーは、今のコレットが直接声を届けることのできる唯一の相手だが、対外的にはコレットが発声できないことに変わりはない。
だから人目のあるところでは念話だけではなく、シルヴァラントでロイド相手にそうしていたように会話している、という振る舞いを付け足すようにしているのだ。
変身していないライダーは基本的にサーヴァントとして認識されないとのことだが、こういった些細なことから他の陣営に先手を取られることのないようにと、彼から指示されてのことだった。
「ああ。俺は別に、世界の全てを撮りたいだけで、写真に求めることなんて他にないからな」
先程の取り乱し具合を思えば、白々しく感じるのが自然かもしれないが……彼の言葉は嘘ではないだろう、とコレットは思っていた。
もちろん自らが評価され、賞賛を受けることがあればそれを喜ぶ感性はあるのだろうが、真の目的は言葉のとおりなのだろう。
ただ、その彼が求めるだけの写真を撮ることだけが、どういうわけだが難しく。そこを無遠慮に責められても否定できないだけの自覚があり――それでも諦めず、次こそはといつも希望を抱いているからこそ、そのことだけは泰然自若としていられないだろう。
「(ライダー。喉、乾いてない?)」
彼の様子がある程度普段通りに戻ってきたと感じたコレットは、そこで話題を変えることにしてみた。
家を出てから、相応に時間も経過している。そうして言い争いまでしたとあっては、そろそろ潤いが恋しい頃合いではないかと思ったのだ。
「……そうだな」
暫し、躊躇った様子を覗かせた後。ライダーは頷くと、すぐ隣にある有料のコーヒーメーカーに歩を進めた。
ライダーはサーヴァントでありながら、極めて特殊な例として、嗜好ではなく生理現象として寝食を必要とするのだという。
一方で天使化の進んだコレットは、最早、飲食することすら叶わない。
食べることの素晴らしさを知りながら、後天的な疾患でそれの叶わないコレットに対し、その眼前で自分だけが恵みを堪能することにライダーも引け目を覚えているのかもしれない。
しかしコレットは誰に対しても、自分に遠慮などしないで、正しく人としての営みを送って欲しいと願っている。
それを既に承知しているからこそ、ライダーも結局は何も言わず、自身の飲料だけを求めて席を立ったのだ。
そうしてすぐ隣で、ライダーがコーヒーを淹れる間。コレットは担当者から押し返された写真にふと目線を配った。
不可思議に歪んだ景色の中、極光にも似た幕を透かして浮かぶ、巨大な白塗りの建造物。
外から見た病院の姿そのままとは言わないが、幻想的な白亜の城を描いたようなその一枚を、コレットはやはり嫌いになれなかった。
個々人で感性の差があるとはいえ、もっと大勢の人にライダーの情熱が篭ったこれらの写真の魅力が伝われば良いのに……と思いながら、コレットは視線を上げる。
歪んだ写真が素敵であることと、目の前にある実物がまたそのままでも素晴らしい物であるということは、矛盾する事柄ではないと思う。
適度な弾力を秘めた機能と継ぎ目もない美観を両立した、滑らかな床や壁の造り。
眼前に広がるのは、コレットの世界、シルヴァラントにはない景色。
互いの世界は文字通り時空の断層で隔たっているのだとしても、限りなく遠くとも起源を同じくしたヒトの築き上げた文明の産物。
与えられた知識によれば、これが神や精霊の祝福によるものでも、世界を蝕む魔科学によるものでもなく、真実人間の手による業だという。
その事実を尊く思ったコレットは、自然とその瞼を伏せ――
「……何してるんだ?」
いつの間にか隣に腰掛けていたライダーの問いかけに、コレットは己が掌を合わせていたことに気がついた。
「(えと……お祈り)」
答えながら、湯気の昇る紙コップを片手に握ったライダーの、もう反対の手を取って、コレットは指先で字を書いていく。
「(シルヴァラントの皆が、無事でありますようにって……)」
「……俺には祈ったりする習慣はないからわからないが、こんなところで祈って届くものなのか?」
「(わかんない……けど、ずーっとやってきた習慣みたいなものだから、やらないと変な感じがするの)」
コレットの返答に、一口コーヒーを啜ってから、ライダーは皮肉げに問いを重ねた。
「……こんなことに巻き込まれても、おまえに救いの一つも寄越さないような神様に、か?」
「(うん。旅は、試練だから。まず人が頑張らないと、神様はお応えしてくれないよ)」
「そうやって目を瞑っている間に、応えが来たのかわからないまま旅が終わりそうだな」
信仰における盲目への嫌悪を隠しもせず、ライダーは吐き捨てる。
それはきっと、彼は自分で旅をして来たからだと、コレットは思う。
時に転んで怪我をしたとしても、道を間違え迷うことがあるとしても、それでも旅をして来た。
誰かに案内されるままではなく、自らの選んだ道を歩み続けた。その道程に誇りを覚えている。
『生きるとはすなわち旅すること。人は皆、旅をせよ』というマーテル教の教えを誰より体現しながらも、悪魔を自称する青年は、人間の自由を尊ぶ故に。それを自ら放棄するような盲信を快く思わないのだろう。
そしてそれは――コレットにも、いくらか共感できることだった。
「(あのね、ライダー。もしも、マーテル様には届いてなくても……わたしの声、聞いてくれる神様は居るんだよ?)」
「……多神教なのか?」
「(ううん、そういうことじゃなくて……それにライダーにも、その神様の声は聞こえたと思う)」
「俺は一応、悪魔ってことになってるらしいんだがな」
露骨に不機嫌さを増したライダーに対し、コレットは続ける。
「(聞こえてるよ。だからわたしを助けてくれたんだもん)」
「……は?」
これまで、写真を撮ること以外ではずっと余裕ぶった態度を崩さなかったライダーが、真剣に意味を測りかね、困惑した表情を見せた。
それから先程まで以上に、苛立ちをその顔へ露出させたライダーは何とかその怒りを飲み込んで、和らげた重い嘆息として吐き出した。
「……俺がおまえの前に通りすがったのは、別に神様とやらの道案内があったからじゃない」
「(ううん……ライダーの中にも、神様はいるよ。良心っていう神様が)」
侮蔑さえも滲ませつつあったライダーは、その言葉に意表を衝かれたのか暫く目を瞬かせて、硬直していた。
その様子が何だかおかしくて、くすりと微笑を一つ零した後、コレットは両掌を自らの胸に重ねた。
神が、ヒトをより善き生き方を歩めるように導いてくださる指針であるのなら、誰もが心に棲まわせているはずなのだ――良心という、内なる神を。
そればかりはライダーが否定しなかったことに、コレットは温かい安堵を覚えていた。
「(貰っただけの知識なんだけどね。この街の元になった世界で信じられてた――聖杯に纏わる神様の言葉も、わたし達の世界で信じられてる物とよく似てるの)」
「こっちの神は――まぁ、少なくとも最初から創造主が存在していたわけじゃなさそうだが」
英霊のように、後世の信仰から近い存在が生まれているかもしれない可能性を踏まえながらも。隠蔽を言い出した手前、表に出せなかった躊躇を間隙としながら、ライダーが呟いた。
「(うん……でもきっと、その方が素敵だと思う)」
「どーいう意味だ?」
寸前までのような悪感情もなく。純粋に興味を持ったように、ライダーがコレットに尋ねる。
対して神子は、聖言を刻むように厳かに、悪魔の掌へとその見解を述べた。
「(『汝、殺すなかれ』、『汝、盗むなかれ』……こんな神様の教えが、本当はヒトの考えたことで。その願いが、違う世界みたいに遠く離れたヒト達の間で、同じように善いことだって信じられてるんだったら。
ライダーが言うみたいに、誰かが道案内しなくても……人間は、自分達だけで善良であろうとしていけるんだって)」
ユウマシ湖における、ユニコーンとの邂逅から密かに芽生えた疑問。
神は真実、生まれ以っての神であるのか、という不敬。
我が父を名乗る天使(レミエル)が、真実コレットの父であるのか――そんな疑念をもより加速させた一件からの逡巡は、この月より与えられた異世界の知識により、一つの着地点を見出していたのだ。
……神子という立場にありながら。マーテル教のみならず、そんな宗教観を受け入れられるようになったのは、常に歴史の定説を疑うリフィル・セイジに師事していたことと。
神の教え、その遵守による報酬のためではなく……自らの良心に従って生きる、一人の少年のことをずっと見て来たからなのだろうと、コレットは思う。
「それが、おまえの本当の信仰か?」
「(……内緒にしてね)」
マーテル教会の神子が、奉ずる神以外を信仰するというのは世間体として宜しくない。
しかし完全な部外者(通りすがり)であり、悪魔を名乗る彼にならば、胸の内を明かせるのではないか。
そんな思いで、コレットは告白していた。
「(それに、マーテル様を信仰しているのもほんとだよ? 苦しむ人々のために、その御力を揮ってくれた――敬うべき、素晴らしい御方だもん)」
見返り目当てではなく、己の良心に従って正しく生きようとする人々がいたからこそ――仮令、真実の地母神ではなかったのだとしても、後に女神と呼ばれるようになった偉大なるマーテルもまた、シルヴァラントを救ってくれたのだとコレットは信じたかった。
そんな答えに行き着くことも、彼女が神子に世界再生の旅を命じた目的なのではないかと、思うからだ。
アメリカという国が、二十一世紀という時代にここまで至ったように、
神の導きがなくとも善を為し、文明を興し、繁栄に向かって前進することのできる力が人間にあるのなら。シルヴァラントの行先にも、人々がより幸福となる未来があると希望を持てた。
……マナの減少による、世界の衰退さえ回避できれば。
この異界の月に囚われている間に、どうかこれ以上の悲劇がないように。
そして己が辿るのがどのような結末であれ、再生された後の世界に、大いなる実りがあるようにと――コレットは、祈らずにはいられなかったのだ。
ただ偉大なる存在に縋るのではなく、自らの良心でそんな明日を望み、実現へ向けて進むための、一歩目として。
そんな気持ちを、コレットは目の前の恩人に表明していた。
「……それが、おまえの旅なんだな」
コレットの言葉を反芻するように瞳を閉じていたライダーは、ぽつりと感想を漏らした。
それを境に目を開けた彼は、心なし素直な表情をしているようにも見えていた。
「だいたいわかった――ま、そういうことなら、悪魔にだって神様は居るのかもな」
「(うん。居るよ、絶対!)」
胸の前で両手を握ったコレットは、ライダーの肯定に猛烈な勢いで同意を示した。
決して容易い道ではないとしても、良心こそが、聖杯戦争の犠牲を防ぐ結末にも繋がると信じていたから。
……引っ込み思案な自分が、こうも遠慮なく主張する不思議を胸に感じるコレットは。
目の前の青年もまた、これでも彼の知己が目にすれば喫驚する神妙さを見せていることをまだ知らなかった。
そうなった理由が、コレット自身が彼に向ける感情と似通い、また鏡写しの物であることも。
気づかないまま、しかしその価値を損ねることもなく、暫し二人は笑顔で共に過ごしていた。
◆
「ねえ聞いた? 口裂け女の被害者が、この病院に居るんですって」
その後。病院を後にするべくエントランスに足を運んでいたコレットは、そのような噂話を耳にした。
往来から離れた場所で発せられた話し声を聞き取れたのも、天使疾患の影響だ。人としての営みと引き換えに、残された視力や聴力は旅を始める以前より遥かに鋭敏となっていた。
それだけならば、心を痛めながらも聞き流してしまっていたかもしれないが、ちょうど備え付けられたテレビでも、同名の犯人による連続殺傷事件のニュースが取り上げられていたとあっては無視できなかった。
「(ねぇライダー。口裂け女って……?)」
「……元は、日本って国の都市伝説だ」
立ち止まり、ライダーの掌に疑問文を書くと、彼はさらに詳細に答えてくれた。
邪魔にならないよう壁際に寄ってのやり取りは、自分がこんな身の上でなければ、ただ歩いているだけでも本来は済んだ物だ。
不便を掛けて申し訳なく思いながらも、コレットはライダーへ質問を書き連ね、都度彼は答えてくれた。
「……周辺の国々にも伝来したとは聞いたことがあるが、アメリカではそんなに知られているような話じゃない。模倣犯が自然発生するってのも考え難いだろう」
「(じゃあ……)」
「最近急に広まり始めているオカルトだ。関係あるかもしれないな」
後に続く単語そのものは、ライダーも口にはしなかったが、文脈から充分読み取れた。
――即ち、聖杯戦争と。
神秘の秘匿という、運営側より厳命された大原則の一つをこうも軽視している立ち回りは俄には信じ難いものだが、ライダーの推測は無視できない。
既にこの街の警察も捜査に乗り出しているということだが、口裂け女事件がサーヴァントの関与しているものだとすれば、彼らではきっと敵わない。さらに多くの悲劇が生まれてしまうことだろう。
「それで、おまえの良心(神様)はなんて言ってるんだ? コレット」
そんなコレットの内心を読んだかのように、ライダーは問いかけを浴びせて来た。
「(……止めなきゃ)」
無論。この時も、神は沈黙してなどいなかった。
「(これ以上、誰かが傷つけられちゃう前に)」
その声はコレットに強い決意を固めさせ、次なる方針を明確にさせる。
ただ、いくら強く決意しても――コレット一人だけでは、聖杯戦争においてはあまりにも無力だ。
だから。
「(……ライダー。お願いしても、だいじょぶ?)」
「何度も同じことを言わせるなよ。俺の選んだ役割は、おまえが信じる道を行く自由を護ることだ。
それにどうやら悪魔の神とやらも、おまえの神様と同じ意見みたいだからな」
「(そっか……ふふ。じゃあ、その神様にも御礼を言わなきゃだね)」
「……必要ないだろ。ほら、行くぞ」
コレットの掌を振り払い、ライダーは行動に移るよう促した。
頷きを返し、コレットは素っ気ない様を装う彼の背中を追いかけることにした。
「(ありがと、ライダー)」
その背中越しに、心の声だけでも。感謝の言葉を、確かに新たな仲間へと届けながら――
「――――?」
その時、不意に。視線を感じたような気がして。
振り返ったコレットは、しかし天使に近づいた目にも耳にも、その主を認識できず。
振り向くまでの間に隠れた気配も、消えた人影もないだろうことを、周囲を行き交う人々の平常極まる様子から推察するまで、暫し立ち尽くしていた。
「どうした?」
「(――ううん。ごめん、何でもないみたい)」
その様子を訝しみ、微かに緊張の色を増したライダーの問いかけに首を左右に振りながら、コレットは改めて出口へと歩みを進めた。
◆
……聖杯戦争に参加するマスターには、目にしたサーヴァントのステータスを視認できる特権が与えられている。
筋力や耐久といったパラメータ、さらに解読していけばスキルや宝具に至るまで、その霊基を構成する情報を具に読み解いていくことができるのだ。
しかしそれは、あくまで目視した時に得られる特典でしかない。
逆を言えば、単純に視線を隔たれていただけで――すぐ傍にサーヴァントが居ても、その気配をスキルにも成り得ないレベルであれ隠されてしまっていれば、マスターには発見することができないのだ。
――だから金髪の少女は、幾枚もの内壁に阻まれた先より己を監視するサーヴァントの存在に、気づくことができなかった。
「(マスターを見つけたわ、トワイス)」
外来患者を装い病院内を闊歩する、古めかしいフリッツヘルムを被った欧州系の若い女――ガンナーは、やはり壁を隔てた診察室に待機する医師に向けて、そのような思念の声を飛ばした。
「(おや。患者の中にはマスターは居なかったはずだが……外来かね?)」
「(そうね。あまりよくないものに憑かれているわ。でもそれを治しに来たわけじゃなかったみたい)」
脳内へと直接響く返答に、鉛色の髪を揺らしたガンナーは小気味よく応じて行く。
彼女のマスター――中央病院勤務の脳外科医という役割を今も演じている
トワイス・H・ピースマンは、説明するガンナーの声色を読み取ってか、自身も興味を惹かれたように尋ねてきた。
「(それで、お眼鏡には叶いそうかな?)」
「(そうね……あたしは好きだわ、ああいう子)」
人間の想念から生まれた神であるマックルイェーガー――ガンナーにとって、神という概念を重んじてくれる人間が好ましい対象であることは言うまでもない。
特に宗派に囚われず寛容であり、過酷な境遇にも負けず人間の善性を信じてくれるような優しい子とくればなおさらだ。
そんな、一人の少女の背負う因果、その果てに導かれた心の在り様までも、神の視座から見れば赤裸々に読み取れる事柄であった。
ただ、優しい人間が好きだというのは、マックルイェーガーの一面から見た話。
そんなガンナーにとっては好ましい、という言い回しに、含むものを感じたのだろうトワイスはやや硬い様子で問うた。
「(では、私とはどうだ?)」
「(たぶん、相性最悪じゃないかしら)」
人間の傍に在り続けたが故に、ガンナーの千里眼はそんな結論も容易に導けた。
ヒトに望まれた神、人間を愛する神として、善良なる人間を好むのは嘘偽りのない事実ながら、同時に。マックルイェーガーは、戦女神である。
優しき少女を好ましく感じる慈愛の精神と、数多の死を齎す
トワイス・H・ピースマンの思想に共鳴する危険性とは、いずれも彼女を構成する一側面として等しく含有される要素だ。
そして今のマックルは、ガンナー。
トワイス・H・ピースマンとの契約によりこの世界へ招かれたサーヴァント。
聖杯戦争による犠牲を望まぬ信心深い娘が居ようとも、人類の救罪を願う亡霊の側にこそ立つことを選んだ邪神に他ならない。
「(そうか……まぁどちらにせよ、君はマスターは狙わないとのことだ。向こうはこちらに気づいているのか?)」
「(いいえ)」
「(なら、顔だけ覚えてこの場は見逃すかい?)」
トワイスの目的には合致せず、即ち戦場に送り込む意義は薄い。
そして聖杯戦争は未だ開幕したばかり。無闇な消耗を避けられるならばその選択こそが賢明だろう。
そういったありきたりの理由だけならば、トワイスが戦いを見逃す素振りを示すことすらなかったろうに。なまじ、ガンナーが対象への好意を表明していることが遠慮させたのだろうか。
そんな調子ではこの先苦労するぞ、と内心苦笑したガンナーは、婉曲的に助け舟を出してみることとした。
「(んー、折角見つけた最初のマスターだし……それに、どちらかというサーヴァントの方が気になるのよね)」
「(というと?)」
「(うん……あのサーヴァント、何者なのかは知らないけれど、どうもまだ生きている人間みたいなの)」
繋がった念話越しに、トワイスが驚いたのをガンナーは認識した。
「(そもそもあの二人の関係を見てそう判断しただけで、彼のことをサーヴァントとは普通は認識できない……今のところはね。
よくよく見てみればちゃんと霊核……に当たる部分は『聖杯符』になっているみたいだけど。便宜上は疑似サーヴァント、とでも言えば良いのかしら)」
「(……だから、そのサーヴァントは君に気づかなかった?)」
「(たぶん)」
一方的な捕捉は索敵範囲の差だと思っていたのだろうトワイスが、事態の深刻さを咀嚼するようにして沈黙する。
その横で、ガンナーは東洋人の青年に注目を移したことで、知り得た情報を伝えていく。
「(免許証を持っているみたいね。ツカサ・カドヤ……単なる偽名なのか、真名として座からあたしに伝えられたのは別の名前なのか、どっちかしら)」
「(……視覚を共有しても、私も彼をサーヴァントとして認識できない、か。階位(カテゴリー)すら見通せないとは、聖杯戦争に例外は付き物とはいえ、些か登場が早すぎる気もするが)」
考察を重ね合う中で、トワイスが苦笑する。少しだけ表情に出てしまって、周囲から訝しまれているが当人は気づいていない様を、壁越しにガンナーは眺めていた。
「(ムーンセルが受け入れたイレギュラー……なるほど、興味深い話ではある)」
「(でしょ?)」
そうして、乗り気になったマスターに相槌を打つ。
彼はそれで良い。戦争という概念に縛られた亡霊。かつての自分と同じ。
この先、もしもそこから変化することがあるとしても。ガンナーに対する勘違いが理由で捻じ曲がっていては、他ならぬ彼が報われない。
「(わかった。その二人の後を追ってみてくれ、ガンナー)」
「(了解よトワイス。それじゃあたし、お出かけしてくるわね)」
答えながら、ガンナーは足を進める。院内の監視カメラが在る手前、ここで不用心に霊体化することなく、出口までのんびりと徒歩で向かうことにした。
「(ああ、そうそう。もちろん何かあればあたしが何とかしてあげるけど、例の被害者には気をつけておいてね。この先がはっきりとは視えてないけど、どうにも悪い気配があるから)」
「(……承知した。余計なお世話だろうが、君も油断しないように」
平穏を乱すために寄り添い舞い戻った二人の亡霊は、皮肉と思いながらも互いの無事を祈り合い、そして一度距離を取った。
単独行動スキルも活用し、別行動を開始しながら、ガンナーは一人呟いた。
「さぁて。今度のあたしは、簡単に黙って消えたりしないわよ」
それでもなお必要ない、というのであれば、この銃神が身を引くに相応しいものを示してみるが良い。
あの日の英雄のように。輝く勇気と知性と正義、即ちヒトの素晴らしさというものを。
そんな猛りを抱えながら、女神は天使と悪魔の後を追い始めた。
【E-5 中央病院周辺/1日目 午前】
【
コレット・ブルーネル@テイルズオブシンフォニア】
[状態] 天使疾患終末期(味覚、皮膚感覚、発声機能喪失中)
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] チャクラム(破損中)
[所持金] 極少額(学生のお小遣い未満)
[所持カード] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に巻き込まれた全員の生還
1.聖杯戦争に関係のある被害を食い止める。
2.まずは『口裂け女』事件と聖杯戦争の関連性を探る。
[備考]
※ライダー(
門矢士)が生きた人間(疑似サーヴァント)であることを知らされていません。
※スノーフィールドにおける役割は「
門矢士に扶養されている、重度の障害を持つ親類」です。
【ライダー(
門矢士)@仮面ライダーディケイド】
[状態] 健康
[装備] 『全てを破壊し繋ぐもの(ディケイドライバー)』、『縹渺たる英騎の宝鑑(ライドブッカー)』、『世界を駆ける悪魔の機馬(マシンディケイダー)』
[道具] 『伝承写す札(ライダーカード)』、『次元王の九鼎(ケータッチ)』
[所持金] 数百ドル程度
[思考・状況]
基本行動方針: コレットの十番目の仲間としての役目を果たす。
1. コレットと協力し、彼女のサーヴァント、かつ、一人の仮面ライダーとして戦う。
2. 『口裂け女』事件を追う。
[備考]
※サーヴァントですが、「(自称)フリーカメラマン」というスノーフィールドにおける役割を持っています。
※スノーフィールドでライダーが撮影した写真には奇妙に歪みが発生します。
【
トワイス・H・ピースマン@Fate/EXTRA】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 医師相応
[所持カード] なし
[思考・状況]
基本行動方針:全人類のために大戦争を起こさせる、後継者たるマスターを見出す
1.当面は様子見を続ける。
2.ガンナーにイレギュラーのサーヴァント(
門矢士)を追わせる。
[備考]
※サイバーゴーストに近い存在ですが、スノーフィールドでは中央病院勤務の脳外科医という役割を得ており、他のマスター同様に市民の一員となっています。
※イレギュラーのサーヴァント・
門矢士の存在を認知しました(ただし階位とクラス、「仮面ライダーディケイド」の真名は未把握)
【ガンナー(
マックルイェーガー・ライネル・ベルフ・スツカ)@レイセン】
[状態] 健康
[装備] 無銘・『フリッツヘルム』
[道具] なし
[所持金] ほどほど
[思考・状況]
基本行動方針: トワイスとの契約に則り、人類規模の戦争を起こさせるために戦う
1. 自分自身も『戦争』を楽しむ。
2. ツカサ(ライダー)と金髪の少女(コレット)を追う
[備考]
※闘争ではなく作業的虐殺になりかねないので、マスターは基本的には狙わない方針です。
※口裂け女の被害者に宿る、悪い気配を感じています。
最終更新:2018年01月22日 22:39