◆


 これまでずっと、一戦を終えればその場で帰路についていた。
 必ず一騎は首級を挙げてきたから。
 消耗も軽微で危なげなく勝利していても、常に余裕を残して一日の行動を終了させている。
 後方支援のない環境。与えられた神秘、英霊という未知の武装。
 学習の機会と時間さえ得られれば、最高のコーディネイターの能力値は異種異形の戦争にも対応を可能とする。
 手持ちの駒の能力を確かめ、戦果を値踏みし、記録を内省し、次なる戦術を考案する。
 魔術戦を制する手応えを、自己の感覚に慣れさせる為に。

 一月の試用期間を過ぎてその実践は叶ったわけだが、今回の失態を経て修正の必要を迫られていた。 
 主従ともに痛手を被り、取るべき首を逸し敗走を許す始末。 
 今回求められた成果とは奏者と英霊の消滅であり、設計にない挙動とは、許されていない失敗である。
 アコードの役割を果たす管理者に生まれた身には起こり得ない、失敗の烙印を押された事による熱は、未だにオルフェを静かに焼いている。

「セイバー。傷の具合は」
「骨にも肺にも届いていない浅手だ。全力に差し支えはしない、放っておいてもじき治る」

 痛みでパフォーマンスを損なう繊細な神経の持ち主でもない、十全の戦闘は可能なのだろう。
 アルトリアは先の負傷もどこ吹く風とばかりに、また買い込んだファストフードをもきゅもきゅと仏頂面で口に入れている。
 黙々とかっこんでいるのは不機嫌そうにも見えるが、表面的な思考に苛立ちの色は見られない。
 終始優勢の中で狂人と紙一重の救世主に一杯食わされても、余分な感傷を残すまいと泰然を崩さず。
 私情を挟まぬ戦地での判断。乱世における冷酷な判断力については、騎士王はオルフェよりも遥かに巧みだった。


 次なる敵の目星もついておらず、こちらに向かう敵意も感じられない現状を鑑みて、今後の動きを思案する。
 あえて見に回る理由はないが、焦れて事を急くように接敵を求めるというのも些か軽挙が過ぎる。
 療養などという生易しい処置は不要だが、息を整えるぐらいの余裕は確保しておくべきか。
 要害の観点で見ればまったく論外の拠点でも、セーフハウスとしての機能ぐらいは一応は果たしてある。
 意図していない連戦が立て続けに起き、良からぬ陥穽に嵌まる前に、取れるものは取っておくのも地に足のついた選択だ。

 問題はこれを受け入れる側であるオルフェの気性。
 無難な撤退を臆病風と捉えられる侮辱を流せるかどうかにかかってくるが……。


「見られているな」


 無造作な咀嚼音が歩みと共に止まる。
 指に付着した油を舐め取り、王の視線が鋭利を帯びる。
 食事時からの切り替えの早さ……いや、常在戦場の王にとっては食も戦も分たられない同列の順にある事項なのだろう。

「敵か?」
「それは必要な確認か? 我ら以外の葬者と英霊とは、即ち殲滅する敵でしかないだろう」

 サーヴァントではなく、こうしてる今もオルフェは思念をキャッチできていない。
 これまで見た魔術師が使う、動物の死骸を利用した監視の使い魔といったところか。
 セイバーが気づいても離れる素振りを見せないのなら、察知されるのを前提にした接近……戦闘以外を目的にした間諜という事になる。

「では改めて問おう。どのような相手だ?」
「サーヴァントの気配ではないな。害意は見せぬが視線だけはこれ見よがしに放っている。実に安い誘いだが……む、近づいてきたな」

 人の往来のない道路で聞こえてくるのは地面を鳴らす靴の足音ではなく、何かが高速で回る駆動音。
 果たして姿を見せたのは、空中を飛行する虫……強いて言えばトンボに近い形状の機械に、色違いの球体を載せたような珍妙な物体だった。 

「……ドローンか?」

 無人航空機、いわゆるドローン技術は、この東京の時代に既に一般にも普及している。
 然るべきコネと技術さえあれば誰であれ資格を取得できる代物だ。
 よってこれのみで相手の所在を判断できる材料には本来ならない。
 しかしオルフェの目は誤魔化せない。機材こそ現代基準だが、組まれたプログラムの緻密さは、最新鋭のロールと比較してもなお上の性能だ。
 そう判断できるのは、他でもない彼がここより遥か先の未来の時代の住人であるからであり。
 然るに、コレを寄越した主の来歴を予想するに至らせた。


『このような機会越しで失礼いたします、オルフェ・ラム・タオ様。
 ですがどうしてもお話をしたく、このように使いを向かわせる形でアポイントを取らせていただきました』

 加工こそされているがリアルタイムでの通信だろう。
 流暢な女性の声が、オルフェを名指しで呼ぶ。
 最初から身元・動向を完璧に把握した上での接触。

「ふむ。いつから我々を補足していた?」

 動揺はない。戦闘の後にこうした出会いが出てくるのは折り込み済みた。むしろ狙い通りだとほくそ笑む余裕すらある。


「存在を確認したという段階であれば、かれこれ2週間以上前になるでしょうか。そこから暫く観察させていただきました。
 まったくもって素晴らしい戦いぶりでしたわ。並み居る英霊を全て斬り伏せ、逃げも守りも許さずに葬る。鎧袖一触とはこの事です」
「なるほど、理解した。闇夜に紛れて戦いを盗み見とは、間諜の英霊を従える葬者らしい手だ」
「あら、バレてしまいましたね」
「光に寄る虫のように毎夜纏わりつかれれば嫌でも察せるとも。その手の愚か者がどういう手を取るかも含めてね」

 破竹の勢いで勝利を重ねるセイバーの戦いぶりを見て、同盟を打診してくる陣営は数多くあった。
 一時協力して盤石の態勢を築こう、共に聖杯に邁進しよう。
 大言を吐いても、結局はどれも強者のおこぼれに預かろうとする小物ばかり。
 思考を読むまでもなく透けて見える、寄生虫の如き有象無象だった。
 オルフェが単騎で戦線に出向くのは、既に自身のサーヴァント一騎で事足りているからに他ならない。
 必要な数値は足りてあり、傘に着るだけの助勢など不要。
 身の程を弁えず、能力に余る利権を欲する輩に椅子を用意する温情をかけてやる気などない。
 よってその場で例外なく消した。どの道小手調べの洗礼すら凌げない程度の駒を抱えていても足枷になるだけだ。

 オルフェにもアルトリアにも存在を悟らせず、今日までの監視が可能だったとすれば、該当するクラスはひとつしかない。
 高ランクの気配遮断スキルを保有する英霊───アサシンクラスによる間諜。
 霊体化し、ターゲットを定める為の気配も消されては、さしものアコードの能力も用をなさない。
 マスター殺し───アサシンクラスの常套手段は、たとえオルフェであろうと即死圏内に含まれる凶手といえるだろう。

 このタイミングで接触を望んだのもまた狙い澄ましている。
 常勝無敗の王が、遂に敵を討ち漏らした。円卓の騎士王に対抗し得る戦力が冥界には集っている。
 単独では一筋縄ではいかないと悟った今でなら、交渉の余地が生まれている。
 この主従に欠けているのは、陣営に関する情報を集める網。自分ならそれを提供できる。そう歩み寄れる。
 もし断れば、間諜の目はそのまま暗殺の刃へと変わり、昼夜を問わぬ脅威となって忍び寄る───。

「それで? その結構な情報力で私が素直に話に応じるとでも?
 大方、先の一戦を見て今なら付け入る隙もあるだろうと擦り寄りに来たのだろう。
 自慢の情報網には、 今のように浅はかな脅迫で阿ろうとした者が、どういう末路を辿ったのか記録にないのかな?」

 言外に恫喝されていると察しても、物怖じする事なく機械の奥にいる某主に迫る。
 王の首を狙う不遜な刺客の奇襲など、とうに経験済み。
 智謀を尽くして強者の裏をかき、絶対的な上位に立ったと思っていたのが、一瞬で断崖から突き落とされているのを理解できないまま消滅していった顔も、何度も見ている。

 太く強固な王道は邪道を轢殺する。
 真の絶対たる護り手の走らせる剣閃こそが偽らざる証だ。
 戦いという分野で、オルフェが自らのサーヴァントに託す信頼は全幅のものだ。
 この剣が在る限り、恐れも敗北もこの身に落ちる未来(コト)は無い。 

「私は最強のセイバーを統べ、ただ当たり前に勝ち進むのみ。姑息な策を仕掛け機を窺う必要もない。
 狙うというなら好きに来るといい。私はあなたの顔も名も知らぬまま冥界に還す事になるだろう」

 交渉も調略も最初から受け付けぬ。
 それは名目上とはいえ対等の者同士で交わされる契約の名だ。
 オルフェにはいない。配下も、同族も、伴侶までも用意された御子に、『同等の存在』などという配置は存在しない。
 葬者に求めるのは、大人しくその魂を差し出せというただ一択。敗着した運命を覆す奇跡は誰にも譲らない。


『───素晴らしい』


 全否定で卓を突き返された女の声は、こちらへの称賛に満ちていた。

『もちろん、あなたのご活躍は存じています。その戦いの姿勢もまた。
 あなたは孤高の星。群れを作らず、作っても決して他とは交わらぬ地上の王。
 直接姿を晒す勇気もない臆病な私がすぐに並び立とうなど、初めから考えておりません。
 できる事といえば、そう───気持ちばかりの投資ぐらいのもの』

 会話中、位置を変えず滞空したままだったドローンがオルフェに近づき、上部に設置された薄緑色の球体が首を回すように動く。
 アルトリアは動かない。意思持たぬ機械相手にも戦士の直感は精確に働いている。
 あれには銃器も刃物も仕込まれておらず、自爆の機能すら有していない動く置物だと理解していた。

『そちらの『ハロ』は、我が社の自慢のドローン技術を導入したAIロボットです。
 見た目から子供の愛玩用にも思われますが、各種インフラに接続、操作する優秀なインターフェースでもあります。
 そしてその個体には、私共が集めた聖杯戦争に関するデータ……その全てが収められています。
 これを、友好の証としてあなたに進呈いたします』
「ほう」

 言葉に偽りがなければ余りに過大な供与だ。
 諜報に専念してきて一月を生存してきたのなら、収集してきた情報はかなりのものの筈。
 上手く活用出来れば、戦局を自由に操作するのも可能だろう。

「その代わり、あなたに対処できない怪物を討伐しろ、か。随分と迂遠に要求をするものだ」
『まさか。何を信じ、何を定めるかはあなた次第です。私は何も求めてはいません』
「私が陣営を落としさえすればよいのだから関係ないと。大した融資な事だ」

 情報の真偽はどうあれ、これを元手にして動くのであれば、実質向こうに都合のいい方に誘導されてるようなものだ。
 何を選んだところであちらの利になるよう、情報を選別してあってもおかしくない。
 直接オルフェを指名し交渉を望んでいるというのは、逆に言えば他の組に比べて与し易く、舐められてるという事。 
 友誼など欺瞞も甚だしい。
 これは体の良い露払いと見做し、天に座す王者を小間使いにする蛮行だ。

 本来であれば激昂しかねない場面であるが……感情の波を揺らめかせず、オルフェはハロの本体を手に取る。 
 取り扱いを聞くまでもなく構造を把握、コンソールを見つけて滑らかに操作する。
 目に相当する部位からの光でスクリーンが映写され、情報を閲覧し始める。
 豪語するだけはあり、データの全容は膨大なものだった。 かなりの詳細が事細かに記されている。
 確認できた葬者のプロフィールには所在地や職業、英霊であれば外見、クラス、能力値……戦闘の破壊範囲、現時点での生死状況まで。
 偽の情報を特定するのは困難といっていい。少なくとも大凡の概要は信頼度が高いといえた。
 これには素直に舌を巻く調査結果と言わざるを得ない。

『ご満足いただけましたか? より追加の調査をお求めでしたら喜んでお受け致しますが』

 上機嫌な声に対して、オルフェはわざとらしく、かねてよりの質問を言い放った。

「……ああ、そうだな。ひとつ尋ねたい事があった」
『何でしょう?』
「モビルスーツ、というものをご存知かな?」
『───』


 息を呑む無音。
 悠然に盤面を操作して満悦でいた声が、唐突に途絶えた。
 それだけで画面の向こうの動揺ぶりが伺い知れる。
 無理もなかろう。オルフェとて先に聞かれれば同じ反応を見せていただろう。

 15メートル級以上の人形機動兵器。モビル・スーツという単語が仮想世界で一般的でないのだから、反応を示した答えは明白だ。
 自分と彼女は同郷───最低でも近似した世界観の生まれの可能性があるのだと。

『……驚きましたわ。まさかこのような巡り合わせがあるとは』
「私にとっても意外だよ。ドローンはともかく、この機械に用いられているプログラムは、現代では作成できないレベルだ。
 それでいてパターンに私の知るそれと類似性があったか。近い世代とはないかと踏んではいたが……」
『近い世代……失礼ですが、そちらでの年号を伺っても?』
「コズミック・イラだ」
『私の時代ではアド・ステラと呼んでいます。……冥界となれば時代も空間も一緒くた、という事なのですね』
「そのようだ。同じ兵器を扱う、違う世界───か」

 まさに奇縁と呼ぶべき巡り合わせだろう。
 異なる時代同士、同じ名を冠した兵器の歴史が、死後の墓穴で繋ぎ合わさるとは。
 聖杯の超抜性、冥界の特異性が改めて浮き彫りにされた。

『こちらからもいいでしょうか。
 ガンダム、というモビルスーツに聞き覚えは?』
「いや、ないな。せいぜいが特定のモビルスーツに使われるOSの通称程度としか」
『私共の世界では重要な意味合いのある名前です。
 外観は設計者にもよりますが……大抵はこのような形態に収斂します』

 スクリーンに出される映像をを見たオルフェの目が、驚愕に見開かれる。 
 二角の角を付けた、二つ目の白亜の巨人。
 オルフェの人生に、二重の意味合いで敗北を与えた、あのおぞましき怨敵───。

「……ああ、その姿なら覚えがあるとも。そうか、そういう名前なのか。
 しかし技術水準から見るに、そちらも既に宇宙進出を果たしてると見るが……こんな機動兵器が必要になる時代だ。
 私の世界とそう変わらない混迷なのだろうな」
『……そちらの宇宙でも、苦労があるようで」 

 風向きと、温度が変わる。
 会話の議題が情報の供給から、互いの生きた時代への興味にスライドする。

『私の生きた世も、同じく荒廃の時代でした』

 無言のまま、オルフェは先を促す。

『水星にまで移住し資源を掘り尽くす消費文明。
 人を未来へ、さらなる宇宙の先へ導く技術は私欲によって兵器にされ、異端の名の元に焼かれ失落した。
 そしてそこまでして維持された世界は、自己の利益の為に人の子さえ兵器として使い潰す有り様。
 我々の犠牲は忘れ去られたばかりか、無意味に排され、魔女という汚名の烙印を押されたのみでした。
 私はこの構造を破壊し、新たな秩序を生む変革に臨んだ者。その成れの果てでございます』

 持って回った、やや芝居がかっている言い回しだが、演出の範囲を超えてはいない。
 偽りで語る様相にここまで実のある重みは伴わない。語る歴史は大凡事実に則しているのだろう。
 星の海を飛び越えた、同水準にある技術を持った別次元の世界でも、人は愚かで、正しく生きられない。

「まったくだ。地球の重力を振り払っても、人の愚かさは歯止めが利かない。
 つまらぬ恨みを忘れず、ままならない憎悪を振り撒き、絶滅を叫ぶばかりの世界だよ」
『心中お察しします』

 惨憺たる情景を思い起こさせる内容に、オルフェが抱いたのは納得だ。
 郷愁を懐くほどにどうしようもない不実の未来への納得だ。

 悟りなど夢のまた夢、空に絵を描く空想であり、現実に齎さない妄想。
 手を変え品を変えようが、人の本質は少しも変化しない。
 運命を差配するに値しない無能が足を引っ張り合う、オルフェの生きた世界と何も変わりない。
 落胆はない。安堵といっていいだろう。
 話を聞けてよかった。どこかであるいは、と期待していた部分もあったがそれは正しかった。
 導く者の不在による混沌は、世界共通の陥穽であると確信に到れたのだから。
 やはり世界にはオルフェが、統制者が不可欠なのだと。

「さぞ口惜しいだろう。理想が道半ばで潰え、このような荒れ地に放逐されるとは」
『いえ、それが実のところ、私の望みは叶ったのですよ。それも私が望んだものとは違う、想像だにしない形で』
「……なに?」

 遠い宇宙の歴史へのシンパシーは、しかし次なる一言で覆された。
 オルフェが最も忌む、人の愚かしさの極限のような言葉によって。


『様々な様子が合わさり、一言で表すのは難しいですが……そうですね。
 あえて言うならば───愛、でしょうか」
「───────」


 胸の奥に生じた虚無に、オルフェは失笑すら忘れた。

「何故……そこで、愛などという言葉が出てくる?」
「あら、おかしいでしょうか? それなりに普遍的な概念だと思いますが」

 質の悪い冗談としか思えない。先程と同一の話題をしているのかも疑わしい。
 よりにもよって、ここに来て出てくるのがそれなのか。
 一体何故、打ち捨てられた地獄の底に落ちてまで、そんな言葉を耳に入れなければならないのか。
 オルフェの胸中に渦巻く怒りと当惑をよそに、女は今までで最も情を乗せた声で耳障りな話を続ける。

「母を想う子。子を想う母。妹を想う姉。姉を想う妹。
 家族の愛によって世界は救われ、混迷の闇は払われたのです。まるで童話のお伽噺のような、素敵なお話でしょう?』

 椅子から硝子を落としたような、呆気ない破砕の音が聞こえる。
 なまじ関心を向けていただけに、失望の落差も大きかった。

 詳細をわざわざ聞くまでもない。
 愛についてのご高説は、死の間際に散々に諭された。
 運命だった筈の女。それを奪い取った男。
 人は必要からではなく、愛から生まれると、刀を翻して己に突き刺した。
 いい加減に聞き飽きた。誰も彼も同じ話を、よくもまあ飽きもせずに宣うものだ。 

 黄泉の冥底に愛など不要。理解も要らない。
 そんなものは結果の後に得られる付属物でしかないと切り捨てる。
 オルフェが必要とするのは勝利。その為に欲するのは列に並べられた葬者の首。
 毀たれた価値を修復できるのは、己の性能の確かな証明と成果だけだ。

 問答は事足りた。
 顔も見えぬ闖入者への関心は既に片鱗もなく失せている。
 それに丁度、仕込みも終わったところだ。

『少し、話し過ぎましたね。これ以上はこんな場所で続けるものではないでしょう。
 宜しければオフィスにご案内しますので───』
「いいや、そこまでの配慮は不要だとも───セイバー」

 指示を飛ばした時点で、オーダーは完了していた。
 具現化した聖剣は出現と同時に手元のハロを串刺しにし、内部から鮮烈な火花を散らしてクラッシュさせる。

 眼前で咲き乱れる火花に構わずオルフェは端末に指を伸ばす。
 フレームの破損、回路の断絶でシャットダウンする直前の電脳に、王の一手を差し込み詰めて行く。
 そうして首尾よく王を掴み、停止する寸前の通信回路を経て見えた『仮面を被った女』に、オルフェは最後の言葉を伝えた。

「今度はこちらから直接伺うしよう。
 次に語り聞かせる童話を吟味しておくことだ、レディ・プロスペラ。
 もっとも───披露する機会は二度と訪れないだろうが」
『──────!』

 何事かの呟きはノイズに呑み込まれて声にならずに消えた。
 剣を引き抜かれた勢いのまま放り出されたハロは機能を完全に停止し、落ちた先で目の光を永遠に閉ざした。
 機械を介しての第三者が去り、残るは元の葬者と英霊の二人のみ。

「壊してよかったのか、アレは?」
「情報は全て記憶に入れてある。何らかのバックドアが挟まれてないとも限らんし、持ち運んでも嵩張るだけだ」

 突然のアポイントを鷹揚に応対し会話を引き伸ばしたのは、何も協力の打診をよしとしたわけではない。
 あちらの本命だったであろう、情報を通して鉄砲玉に仕立てる算段に乗ったわけでもない。
 インターフェースをハッキングし、逆に相手の居所を取得する為に、無駄話に興じた振りをして時間を稼いでいたのだ。

 コズミック・イラの技術力と、あらゆる才能の限界値を生来から獲得しているアコードの能力であれば、現代の機器を操作するのは造作もない。
 仮想敵としていたベネリットグループへの対策に、予めプログラミングの突破法を考案していたのも効果があった。
 敗戦から立ち直る前につけ入ろうとした敵方だが、オルフェの先見の明によりあえなく撥ね付けられ、地金を晒す失態を演じる羽目となった。

「座標は掴んだ。やはりベネリットの系列だったな。シン・セー開発公社……ふん、都心で冥界化に慌てふためく陣営を見下ろす気でいたか」

 とはいえ万事が思い通りかといえば、そうともいえない。
 名前が判明したプロスペラ・マーキュリー……彼女が擁する技術がオルフェに肉薄する性能だった。
 寄越されたハロというドローンの掌握は、率直に言って手を焼いた。
 この時代の産物としては考えられないレベルの防壁が築かれており、手持ちのツールでは攻略に手間がかかりすぎる。
 破れる自身はある。だが時間をかけては異常を検知したプロスペラに気取られる恐れがある。
 逆探知が出来なくなる覚悟でアルトリアに物理的にプログラムを壊させて隙を作るという、乱暴な手段に訴えるしかなかった。
 速度を優先したとはいえ明確な反省点だ。

「それで、潰しに行くか? 嗅ぎ回られても煩わしいだけだ」 
「今頃は会社を出ているだろう。複数ある支社を虱潰しに回るのも効率が悪い。
 逃げ回るしか能のない匹婦であれば、巣穴から出た途端遠他の獣に捕食される事もあるだろう。追跡の対象ではあるが絶対とはいえないな」

 影から戦局を操作しようとする輩を、同じ盤面に引きずり下ろした。今はこれで十分だ。
 急いて仕留める程でもない。時間をかけて追いに追い立てて、疲弊したところを縊り殺せばいい。

「フ───しかし会話の片手間に特使の頭を弄るとは、手癖の悪い王もいたものだ」
「ハッキングは情報戦の基本だろう。隙を見せたあちらの落ち度だ」

 蜘蛛の吐いた糸を千切り、攻め手を増やせる選択肢も得た。
 手札は潤沢に揃っているのなら手をこまねいている暇はない。
 甘言に乗ってやるのは癪だが、守りに入っても得るものは少なく、進撃こそが優勝の近道なのも事実。
 まだ見ぬ敵へ対する必勝の戦略を練りながら、王と騎士は次なる勝利に向けて人の賑わう市街地へ戻っていった。



 オルフェ・ラム・タオとプロスペラ・マーキュリー。
 それぞれが母なる大地と星の海を行き交う世紀を生きる者同士の邂逅は、直に対面する事なく決裂する結果となった。
 互いの所以を知らず、理由を知らず、隣ですれ違うだけの交差。

 しかしオルフェはこの時に知った。
 ふたつの世界を繋ぎ合わせる、知られざる原型(アーキタイプ)の鋳型の名を。

「ガンダム───か」

 運命を断った自由の翼。無垢に気高き魂に付けられた傷。
 穢らわしき呪いの象徴、存在してはならない忌みの銘として。





【新宿区/一日目・午前】

【オルフェ・ラム・タオ@機動戦士ガンダムSEED FREEDOM】
[運命力]通常
[状態]健康、釈迦及び彼の中に見たイメージに対する激しい不快感(小康状態)
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[所持金]潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を入手し本懐を遂げる
1.得られた情報を元手に、戦略を練る。
2.バーサーカー(釈迦)とその葬者は次に会えば必ず殺す。………………紛い物が。
3.プロスペラを追跡する。
4.異なる宇宙世紀と、ガンダム───か。
[備考]
※プロスペラから『聖杯戦争の参加者に関するデータ』を渡され、それを全て記憶しました。
 虚偽の情報が混ざってる可能性は低いですが、意図的に省いてある可能性はあります。
※プロスペラの出自が『モビルスーツを扱う時代』であると知りました。
 また『ガンダム』の名を認識しました。

【セイバー(アルトリア・ペンドラゴン〔オルタ〕)@Fate/Grand Order】
[状態]疲労(小)、胸元に斬傷
[装備]『約束された勝利の剣』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:蹂躙と勝利を。
1.…さて。
2.バーサーカー(釈迦)は面倒な相手だった。次は逃さん
[備考]




 ◆



 砂嵐を巻き起こすノイズを最後に、繋いだ回線は強制的に閉ざされた。
 難解な交渉相手との面談を終えたプロスペラ・マーキュリーは、社長室の椅子に腰かけて深く息をついた。

「思った以上に、気位が高いのね、王子様」

 ベネリット社とジャックによる、社会の表裏からによる情報戦略。 
 オルフェ・ラム・タオは、予てよりこの戦争の優勝者の有力候補にピックアップしていたうちの1人だ。
 自らを隠し立てせず、正道を進み、歩く速度で敵という敵を踏破する。
 プロスペラが調べ上げた中での、葬者と英霊の総合値が非常に高く纏まっている完成されている正統派だ。

 数ある優勝候補から接触相手を選ぶなら、この主従だと当たりをつけていた。
 なにせ他は会話が成立するか疑問の怪獣や、正体が一切不明の災害じみた謎の消滅者といった際物ばかり。
 まっとうな話し合いが可能というだけでも選ぶ価値があり、雌伏してるダークホースを除けば最も安定した強豪といえよう。

 それだけに軽率な接触は控え慎重に動いていたが、丁度ジャックを監視に出していた時間帯で起きた戦闘に期せずして機は巡ってきた。
 無傷無敗を誇ったセイバーのサーヴァントが、終始優勢だったとはいえ痛手を受け相手を逃がすという顛末を迎えた事で、最適なタイミングが整った。
 都合よく取り込めるとまで侮れははしないが、会談の場を設けるだけの余地が生まれていると踏んでの事だ。

「どうやら逆鱗に触れてしまったようね。愛に飢えてたのかしら?」 

 結論からいえば失敗した。
 オルフェの激情を引き出してしまい破断に終わってしまったばかりか、プロスペラの正体と所在を暴かれるという痛恨の逆襲を食らってしまった。
 想定を上回る優秀さだ。しかもまさか、同じくモビルスーツを扱う時代の出自だとは夢にも思うまい。
 アド・ステラにGUNDがあるように、コズミック・イラなる時代にも何らかの特殊な技法が存在しているのかもしれない。
 未知の可能性というのは恐ろしい。母を救う希望にも、娘を喪う絶望にも変わりかねないのだから。

「ただいま、おかあさん/マスター」

 扉を開ける音もなく、机に乗った状態でジャックが実体化した。

「お帰りなさい、ジャック。どうだったかしら?」
「うん。とっても強そうだったよ、おにいさんのサーヴァント。
 それに、とっても魔力が強いの。おんなのひとなのに、わたしたちの宝具じゃ殺し切れないかもしれない」
「あらあら、それは大変ねえ」

 プロスペラが交渉を進めてる間、オルフェとセイバーに決して気取られぬまま2人を監視するのがジャックの役割だった。
 いかに首を取れる状況にあっても、ここで奇襲をかけようものならあらゆる優位を切ってでも敵対の立場を取るだろう。
 セイバーの埒外に強壮な魔力により、それも杞憂に終わったようだが。

「ごめんなさい、おかあさん……」
「ううん、謝らなくてもいいのよ。私達が倒す必要はないんだから」

 オルフェが推察した通り、プロスペラの狙いは強豪陣営の潰し合いにある。
 聖杯戦争が推移し、舞台上が縮小されるにつれ、現状は一時的な小康状態にある。
 トップランカー同士が衝突したり、考えなしの狂人が大量殺戮でも起こさない限り……暫くは散発的な小競り合いが続くと見られる。
 こまごまとした削り合いで残るのは、順当に地力のある陣営に限られる。
 大企業という強力な地盤と暗殺者を抱えてはいても、正面きっての対決などという状況は避けるべきだ。

 暗殺者にとって殺人を行う絶好の機会。
 闇夜と、人混み。それと混乱だ。
 凪いだ水面に波紋を浮かばせるには石を投げ込めばいい。それもできるだけ大きく重い石を。
 マスターは無論の事、サーヴァントをも屠る大物食い(ジャイアントキリング)を生めるフィールドの形成に、オルフェという巨石はうってつけの人選といえたのだ。

「おかあさんは大丈夫? あのひとたちに酷いこと、されてない?」
「平気よ。ちょっと困った事にはなったけど、でも何もしないよりずっと多くを手にできた」
「逃げればひとつ、進めばふたつ、だね!」
「そうよ。本当にその言葉が好きになったのねぇ」

 予定を大きく外れてもプロスペラは狼狽えない。
 第一目標である戦場の活性化に関しては、これで達成されている。
 オルフェに情報は渡った。あれに嘘の情報は一切入れていない。あえて抜いた部分も無いとはいえないが。
 そしてその有能さ故無駄に捨てるのをよしとせず、最上の効果を発揮させられる戦場を用意する事だろう。
 予定外なのは、その標的にプロスペラも含まれている店のみだ。
 むしろプロスペラさえも巻き込まれた、より大きな波紋を生み出す事ができたという見方も、なくはないだろう。

 全てが目論見通りに動く事など殆どないのだ。
 第一義の最終目標を違えずに、そこから逆算して枝葉を伸ばして系図(チャート)を形成していく。
 綿密な計画と土壇場での方向転換、その双方を情勢に合わせて巧みに入れ替えてこその魔女。
 人心を読み抜く魔の手腕は遺憾なく振るわれている。


 とにかく今はここを引き払うべきだろう。
 シン・セー及びベネリットは既に補足されたと見ていい。いつまでもいるわけにはいかない。
 幸いにして都内に支社は複数存在する。参加の系列を辿れば更に候補は増える。
 この全てからピンポイントで所在を明らかにするほど鋭敏な探知能力があるとは思えない。
 そんなものがあればもっと積極的に敵を探し当てていた筈だ。運気はまだプロスペラにある。


「それにしても───どこにいってもこんな話なのね」

 最後に、世代が近似し、技術も似通い、地獄ですら相似しているらしき世界への感想を一言漏らし。
 プロスペラとジャックは資材の梱包と運搬の準備を手早く済ませていった。





【千代田区・シン・セー開発公社東京本社/一日目・午前】

【プロスペラ・マーキュリー@機動戦士ガンダム 水星の魔女】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]いつもの義肢(右腕)、拳銃及び弾薬
[道具]義肢令呪(残り?画)、他不明
[所持金]とても潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:優勝狙い。エリクト・サマヤが自由に生きられる世界を作る。
0.引っ越しの準備をしなくちゃねえ。
1.自身の社会的地位や、アサシンの《情報抹消》スキルを活用して他マスターの情報を収集する。
2.1.によって得た情報で、他マスターを利用できそうなら利用する。出来なさそうで、かつ可能なら殺害。
 現在の候補はオルフェ・ラム・タオ。ただし同時に警戒対象。
3.他マスターを殺害した場合、可能であれば令呪も奪い、義肢令呪に加工する。
4.学生服の少年(岸浪ハクノ)とそのサーヴァント(ドラコー)のような、初見でアサシンを殺し得る存在を警戒。
5.アサシンの対戦相手に隙を作れるような一手を用意する。
[備考]
※3月31日深夜に都内上空で行われた戦闘を目撃しています。
龍賀沙代の冥界におけるプロフィールを把握しています。
※ベネリット社製品のハロ@機動戦士ガンダム 水星の魔女をドローンとして所持しています。

ジャック・ザ・リッパー@Fate/Apocrypha】
[状態]回復済み、右手義肢化
[装備]『解体聖母』、スカルペス
[道具]なし
[所持金]おかあさんにあずけてる
[思考・状況]
基本行動方針:おかあさんの指示にしたがう
0.おかあさんと、おひっこしのお手伝い!
1.おかあさんといっしょの右手!
2.次はぜったいころす
[備考]
※龍賀沙代から、自分と似たような匂いを感じ取りました。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2024年10月03日 22:09