◆


 ───ゆっくりと移動する視点は、冥界に飲み込まれた街の有り様を俯瞰している。
 冥奥領域を外れた東京郊外。比較的冥界化して新しい地域でも、既に灰と砂が風に舞い、かつての街の骨格を覆い尽くしている。
 崩れ落ちたビルは、巨人の折れた牙のように空を突き刺し、その影は地面に模様を描いている。
 空気は重く、息苦しさで満たされ、遠くからは何かが軋む音がする。金属か骨か、それとも両方か。
 通りには誰もいない。人間は愚か動植物に至るまで、仮初の生命は元の死に逆行した。
 灰を含んだ風に吹かれ、皮を、肉を、内臓が風化し、骸骨だけになって徘徊している。 
 風が吹き抜けるたび、崩れたコンクリートの隙間から埃が舞い上がり、かつての喧騒を嘲笑うように静寂を掻き乱す。
 太陽は昇らず、月も見えない無空。
 やがてはこれらの建造物も、微生物が死骸を食い荒らすのと同様に分解され、荒涼とした平らな大地に変えていくのだろう。
 そんな中、瓦礫の山の中心に、不自然なまでに鮮やかな色彩が浮かんでいた。

 少女だった。古めかしい着物を身にまとって、鞠をついている。
 切り揃えられた黒髪に色白の肌は、古風というより、半世紀以上過去に描かれた絵画じみた遺物の趣さえある。

 冥界内で百鬼夜行の屯をする死霊は髑髏一種の姿のみを取らず、人や鳥獣等の形態も含む。
 だが球遊びに戯れる少女はその何れにも該当しない。
 人であるはずもなく。しかし死霊とも違う。
 額に飾られた油絵が、キャンバスから実体を持って飛び出してきたような異物さ。
 現世を模した像は全て絶える冥界の地で、なお濃い奇妙さを以て存在している。
 ここで例えるのも不適格だが───それこそ、この世のものとは思えない。

 少女が顔を上げる。
 視線が、画面の方へ向く。
 映像は鮮明だが、少女との距離は空飛ぶ鳥と人ほどの距離がある為、細かな表情までは窺い知れない。
 なのに、画像を拡大するまでもなく、表情は明らかだった。
 少女は、笑っている。
 口の両端を、この距離からでも分かるぐらい不気味に釣り上げて。
 口にあたる部位に、月のない夜に代わって黒い三日月が現れて、笑みであるように見せている。

 笑顔の、しかし狂ったとしかいえない、顔の皮膚が破れそうなほど引き攣った異常な顔は、こちらを見て離れない。
 視点は移動し続けていて、じき少女の頭上を通り過ぎる。崩壊を始めてるとはいえ高層建築も残っており、一分も経てば視界に収まらなくなる。

 そして方向を転換しようと前方に向いた視点を───いつの間にか眼前に近づいていた少女の手が掴んで無理矢理にこちらに向き直した。

 カメラのフィルムの一部を切り取って編集したような唐突さ。脈絡の無さ。
 少女とは思えない力で強引にカメラの首を曲げて画面いっぱいに映った少女は、やはり壊れた笑顔と、意思のある目を見開いてこちらを睨みつけて───


 ■


「うわーーーーーーーー!!!」

 映像がぶつ切りにされて砂嵐に飲まれたのと同時に、天童アリスは悲鳴を上げて隣にいるマキナに飛びつき、腰元に両手を回してひっついた。
 鉄面皮と同様の鋼の肌は人の温もりと無縁の冷たさだが、この際しがみつければ誰でもいいといった感じのなりふり構わなさである。

「うう……アリス、ホラーは苦手です……。まるで武器も魔法も使えないのにダンジョンを探索する縛りプレイと一緒です……」

 ぶるぶると震えるアリスには、サーヴァントも本質は幽霊であるという認識はありそうに見えない。
『銃が当たって効く相手』なら、どれだけ強く恐ろしくともキヴォトスではホラーとは呼ばない。レベルを上げるか装備を整えるかをすれば何とかなるのだ。

 江東区の南。海も近い荒川河口付近。
 無数の計器が立ち並ぶ、電算室のような部屋にアリスはいる。
 一見しただけでは何を計ってるのか判然としない数値を常時観測し、微細な変動にも逐一反応して数字を上下させている。
 正面には砂嵐から復帰して街の地図を映す、大型の液晶モニター。先程のホラー場面はここから流されていたものだ。
 研究棟の一室にしか見えないこの空間が、一台の車の内部であると言って、誰が信じられるか。
 内部を歪めて拡張された空間は、外から見た車両の倍以上の広さが確保されている。
 21世紀初頭の時代でもお目にかかれない技術、科学の徒ならば目を剥き垂涎を止められぬテクノロジーの塊。
 忘れられし神々の女王、製造された神秘であるアリスには本来馴染み深い場所だ。
 もっとも当の本人は部屋の端に転がる岩めいた機械の塊の方が興味が向いており、さらに言えば家庭向けゲームの方がもっと関心の対象である。

「さて。お分かりいただけたかな?」

 そんなアリスよりももう一回り幼い、部屋の主である少女が映像を再生して以来の口を開く。
 結んだ茶の髪。造形美の極みに至った天使の笑顔。
 アリスが乗り込んでいる移動式ショッピングカーの店主、そのように偽装されたシャドウ・ボーダーの操縦手にして、機人と造人の英霊を戴く葬者、レオナルド・ダ・ヴィンチである。

「今のがつい一時間前の撮れたての映像だ。
 冥奥領域外の冥界───元の地名でいえば千葉県にあたるエリアに監視に飛ばしていたバードが消息を絶った。
 冥界は生命じゃない使い魔や機械類であっても外装を風化させ、動力を奪っていくけれど……この時はまだ充分に電源が残っていた。
 そして徘徊する死霊は、運命力を持った生者……葬者しか襲わない。
 つまり、これは何者かの手により意図的に引き起こされた破壊行為であると結論づけられるんだ」

 聖杯戦争の形式はバトルロワイアル。優勝には生存者を減らすのが単純にして最短の正道。
 進入禁止に指定されたエリアに、寿命を縮める危険を犯してでも進む旨味は少ない。
 ダ・ヴィンチがその常道から外れて領域外に目を向けているのは、冥界からの脱出を掲げる非戦派という、稀有な陣営であるからだ。
 そのプランディングは現状交戦よりも情報収集、フィールドワークに比重を置いている。特に最も身近にある謎、冥界の調査は最優先で進めている。
 空間の成分分析、区画が冥界化するまでの時間、運命力の消費速度……調べるものは多くある。

「確認だけど、領域の外───冥界の性質について、どのくらい知っている?」
「知ってます! 入っているとどんどんライフゲージが減ってしまう毒の沼ですね!」
「はいアリスちゃん早かった。ふむ、毒の沼……言い得て妙だね」

 片手を上げて答えるアリス。平易な表現だが、あながち的外れでもない。
 立ち入れば力を奪われる地帯。足を戻せばそれ以上侵されず、時間を置けば回復もできるという要素は、まさにゲームでいうそれだ。

「じゃあそんな毒沼に入ってもダメージがない者がいるとしたら、それはどんな理由によるものかな?」 

 会話の流れに合わせて、ゲームのシステムになぞらえた質問にしてみる。
 自分の好きなジャンルであれば情報の咀嚼もしやすいと考えたからであり、アリスも首を傾げながら意見を述べてくれた。

「うーん……アリスなら毒無効のアイテムや、魔法を使います。
 それに、毒エリアには耐性があるモンスターもいます。映像の子もそうなんでしょうか?」
「そういうこと。たとえば冥界や『死』そのものに縁のあるサーヴァントなら、運命力の削減に耐性を持っていてもおかしくはない。
 それと神代級のキャスタークラスなら技術でそれを可能にもしてしまうだろう。実際私達も開発してるしね」
「おお……賢者ダ・ヴィンチちゃんは、博士とのダブルジョブなんですね!」
「そりゃあね、なにせ私は万能なのさ!」

 ふふんと得意げに胸を張る。
 身一つで放り出されたスタートから十分な機材を揃えられてるのも、契約したキャスターの相性の良さがあってこそだ。
 自身の知識と相方のキャスターの製造技術の融合は、個に収まらない規模に手段を拡張させている。
 本来臨床を繰り返ししなければ分からないデータも、無法じみた大量生産を可能とするキャスターの手を借りれば幾らでも代替が利く。
 自身の運命力を削る事なく延々と調査を続行してはや一ヶ月。冥界の仕組みに関しては研究を最も進めている陣営だろうと自負があった。

「それで、アリスはどうしたらいいですか? ダンジョンにいるモンスター探索のクエストの依頼でしょうか?」
「いやいや、そこまで体を張ってもらう気はないよ。
 今のは単なる情報交換、危険になるかもしれない知識の共有さ。こういうのはマメに持ち寄るべきだからね」
「確かに……互いに連絡し合うのは協力プレイでは大切ですね! あ、アリスもトウジにクエスト達成の報告をしないといけませんでした……」

 世界の仕組みを解き明かし、ルールの穴にリソースを注ぎ込んでこじ開けて、番外からの勝利をもぎ取るのが、ノウム・カルデアの必勝パターン。
 他所から見れば非効率で確実性に欠けた戦術に見えても、成功のノウハウの厚みがあればゴリ押しも利くというもの。
 もちろん、アリスへの協力もそこには含まれている。


 事のあらましはおおよそ一時間前。
 偵察機から届いた映像の検証をしている最中、停止していたシャドウ・ボーダーに向かってくるサーヴァントの反応を受信した時から始まる。
 堂々と車両に近づき、大手を振って元気溌剌と挨拶するアリスを、元より積極的な陣営の交流は望むところのダ・ヴィンチは快く出迎えた。
 話してすぐに、天童アリスという葬者は、こちらとかち合う危険の薄い善性の持ち主であると分かった。
 些か話す言語のチョイスが独特なものの、好んで聖杯や戦いを望まない方針。エミヤ[オルタ]のような奇襲を警戒して、密かに仕込んでいた防御策はどれも無用となり果てた。
 懸念すべきは、アリスにダ・ヴィンチの店の情報を与え探りを入れるよう依頼した、伏黒トウジなる人物。
 報酬にアリスの知り合いに関わる追加の情報を与えるそうだが、ダ・ヴィンチの視点からすると上手く利用されてる気がしてならない。
 この純真で疑う事を知らない性格だ。悪意を前面にされない限り綺麗に騙されてくれるだろう。
 そうなるとアリスは無論のこと、ダ・ヴィンチも策謀に巻き込まれいらぬ損害を受けてしまう可能性があった。
 かといってアリスを切り捨てるのは心情面、戦力面と諸々の理由で気が咎める。
 よってこちらでフォローできるよう取り計らう事にした。他所の事情に巻き込まれるぐらいなら、先にこっちの事情に巻き込んでしまえの精神である。

「まあ、私としてはむしろ手段そのものより、理由の方が重要なんだけどね」
「理由、ですか?」
「うん。とうに禁止区域になった冥界を調査する事に、いったいどんな意味があるのか。
 私と同じ脱出のための調査? それならバードを破壊したのは? 何か秘密にしたい、知られたくない作業をしていた?
 『なぜそうするのか』。推理小説の用語ではホワイダニットともいうね」

 これは自論ではなく魔術組織の総本山、時計塔のさる名物講師の言だ。

「魔術神秘が当然のようにある世界で、どうやって(ハウダニット)や誰が(フーダニット)を探るのは意味がない。遠隔での呪殺、壁のすり抜け、精神の操作……挙げていくだけきりがないからね。
 だが事件の動機、ホワイダニットだけは───特に魔術師のような思想に奉仕する生き物であるほど隠せないものだ」

 ダ・ヴィンチの世界の魔術師のフォーマットとは遠く離れた変わり種であるが、その観点の差異と視野の広さでもって神秘の鍵を解いてきた。
 カルデアにも疑似英霊という特殊な形式で所属してるので、話に携わる機会も多い。
 推理はダ・ヴィンチの専門外だが、ここは彼に倣ってみる事にする。推理と聞いて一番に浮かぶべき探偵は、「まだ語るべき時ではない」を多用しがちだった。

 冥界を自由に動けるカラクリはここでは重要視しない。
 問題はその行為が結びつける結果、引き起こされる事態についてだ。
 興味本位の物味遊山と切り捨てるには、もう時間が経ちすぎている。敵陣の攻略法のひとつと警戒しておくべきだ。
 例としてここにひとつ、判明してる冥界の性質に、聖杯戦争を勝ち抜くにあたって有効に働く面での使い道がある。

「冥界はただ葬者の行動範囲を狭めて戦闘を活発化させるだけのエリアじゃない。君が言ったように、踏み込むだけで命を奪う毒沼だ。
 ……ここじゃ言えないような悪い使い方なんて、幾らでもあるよ?」
「……!」

 個の強さに依らず運命力を削ぎ落とし、魂を死に追いやる冥界。
 つまりは戦闘力で叶わない相手にも、運命力を消費させれば『謀殺』が可能になるという事だ。
 しかもこの舞台に仕掛けられた致死性の罠は、時間を追うごとに範囲を広げていく。
 英霊はともかく生身の葬者では、五分も足を止められれば窒息に至る。比喩抜きで毒に沈んだ腐海だ。
 冥界を如何に避けていくかのみならず、如何に敵を冥界に追いやるかも戦いの争点に加わる。
 聖杯戦争の後半に起きる地獄の様相を、ダ・ヴィンチはそう予測していた。


「さて、脅かすのはここまでにして、本題に入ろうじゃないか。
 実を言うと……すっ、ごい、気になって仕方がないんだよね、そのでっかいの!」

 陰気な話を済ませれば、変わって顔を輝かせるダ・ヴィンチ。興味に煌めく視線はアリスの後ろ、背負った長大な箱に注がれている。

「はっ、そうでした。アリスのクエスト達成条件はまだでした」

 アリスがダ・ヴィンチを訪ねたそもそもの理由。
 愛用のレールガン、光の剣・スーパーノヴァの尽きた弾を手に入れるという、キヴォトスの生徒にとっての死活問題。
 胡散臭いとして零時に開くテスカトリポカの店を避けながら手に入れる道筋として、甚爾から提示された情報を元に捜索をしていたのだった。

「アリスちゃんのご要望どおり弾丸の補充をしてあげたいけど、その為にはまず内部構造を調べないとね。そこの台座に置いてくれるかい?
 うわ、おっも……何キロあるんだいこれ? え、最大で140キロ? 元は宇宙戦艦用の砲台? まだ船本体も造れてないのに先に造っちゃった? なんで? レールガンはロマンだから? それで年度の予算の七割使い果たした? うわすごーい! 何から何まで発想(あたま)わるーい!」

 製造技術は十二分に高水準。元いた時代……21世紀初頭より数世代は進んでいる。構成に魔術の痕跡はないにも関わらず一定の神秘の付与を確認。科学技術でありながらサーヴァントにも通用する性質を保持されている。
 無茶と無理と無謀とを総動員したような武器の解析に、ダ・ヴィンチの技師としての血は奮い騒ぐ。
 惹かれたのは性能より設計思想。あまりの馬鹿馬鹿しさ、加減の利かなさ。実用性やら計画性やらを投げ捨てたノリと勢いの一念を夜を徹したテンションのまま押し通して実現してしまったスタッフの情熱を肌で感じられる。

「しかもこれを素手で抱えて使ってるの? バッテリーも付けて撃った反動も含めたら200キロいくでしょ、よく背負って来られたね?」
「はい、アリスは勇者ですから! アリスだけが使える伝説の武器です!」
「ゆうしゃ?」

 答えてるようで理由になっていない答えに自信満々なアリスと、よく分からないがまあいかと頷くダ・ヴィンチとの間に、幼気な子供の声をした電子音が差し込まれた。

 単眼の鉄人とでもいう、黒青色の鋼体。
 アリスの二倍ほどもある巨躯であるが、拡張されたボーダーの車内でなら直立したとて天井に頭頂を擦る事はない。
 部屋に同席こそしてはいたが何をするでもなくぼんやりと佇んでいたキャスターが、アリスの言葉に興味を引かれて身を乗り出す。

「ありすも、ゆうしゃなの?」
「はい、アリスは勇者です。期間限定でメイド勇者もやってました」
「ははは、じゃあ、ぼくとおんなじ、だ!」

 窮知の箱のメステルエクシル
 本物ならずとも世に混沌を撒く危険因子、魔王自称者の一人にして稀代の技師、軸のキヤズナに創られた戦闘生命体。
 そして『本物の魔王』を倒した『本物の勇者』を選定する儀礼、六合上覧に連ねた勇者候補の一人。
 言うなれば、魔王の手により造られし人工勇者だ。

「! キャスターも勇者なんですか!?」
「うん! ぼくはかあさんがつくって、『ほんもののゆうしゃ』になるしあいに、でてた!
 まおうや、ほかのゆうしゃこうほにも、はは、ま、まけないぞ! ぼくは、さいきょうだから!」 
「キャスター以外にも勇者や魔王がいるんですか!? アリス、もっと話を聞いてみたいです!」
「うん、いいよ! トロアに、ジルゼルガ、キア、クゼ、もっといるよ! たくさん、おしえてあげる!」

 そのあたりの内実を知らないアリスは、耳慣れた言葉を聞いて大興奮だ。
 キヴォトスで機械の住人は一般層まで溶け込んでおり、鋼の巨躯の異形を持つメステルエクシルにも物怖じしない。
 戦闘においては慈悲も容赦もない、自動機械のままの殲滅を執行するメステルエクシルだが、非戦闘時に徒に暴力を行使する事はない。
 幼子の無邪気さと無意味な破壊は行わない無機的な判断が合わさったものであり、敵ではないと認識したアリスにも武器を向けず、楽しげに笑い合っていた。

 メステルエクシルは常に笑う。戦いの時、戦いのない時、死ぬ時、蘇る時、殺す時に必ず笑う。
 呼吸に等しいただの生理現象、プログラムされただけの反復作業なのか、心から楽しいから笑っているのか。
 製造者であり母の軸のキャズナが不在では正確に知れる者はおらず、ただただ楽しそうに笑うのみだった。


「なんだかウマが合ってるねえ。精神年齢が同じくらいだからかな?」

 スーパーノヴァの解析をオートメーションに任せ、ダ・ヴィンチは不動で立つマキナの隣に椅子を置いて腰かけた。
 メステルエクシルよりは人の体を成している機人は、本物の機械と変わりなく終始無言の不干渉に徹している。

「……」 
「おや、だんまりかい? 向こうも仲良くしてるし親睦を深めたいと思ったんだけど。
 まあそれならそれで、私一人で所感を述べちゃうのだった。
 あの子の体……まだボーダーに入る際にかけた危険物検知のチェックしかしてないけど、生身の体じゃないよね?」

 独り言。アリスを守護するマキナに聞かせているというよりは、言葉を声に出して分析と推論を構築させる作業。
 出自や素性で善し悪しは語らない。紛れもなく彼女はレオナルド・ダ・ヴィンチ。芸術に限らず、人を見る審美眼も据え置きだ。

「分類でいえばオートマータより、機械の含有率が高いからロボット、いやアンドロイドかな? 
 でもそのくせ動力やプログラムの根幹は何某かの神秘を基にしてるっぽくて、その性質がまた深遠だ。オリュンポスのクリロノミアじみたオーパーツ。
 設計思想は……ある意味この光の剣とやらと同一だ。執念、怨念の域にまで高まってしまった熱が、それ自体が動力源であるかのように根幹に絡みついている」

 その知性が語っている。メステルエクシルと遊ぶアリスの身体に込められた、万能の人でも見通せぬ、計り知れぬ未知数を。


「なるほど……キャスターはクラフトスキル持ちのロボ勇者なんですね。先生もシャーレでは色んな物をクラフトしてました。
 あ……じゃあアリスはゲーム機を作って欲しいです! ソフトは中古ショップで見つけたのですが、肝心の本体が見つからなくて困ってたんです」
「げーむ? はは、は、なに、それ?」
「ゲームを知らないんですか? ならアリスとゲームをしましょう! 丁度対戦プレイができるやつです!」


「……自分でとうに至ってる答えを他人に求めるのは利口ではないな。
 あれが言うようにお前の属性は賢人だろう。俺に伺いを立てる愚見は止せ」
「おや、やっと口を開いてくれたね。しかしそうなるとやはり───」

 古鉄にこびりついた錆が、軋む音で削れ落ちたような重声だった。
 問答を受けたマキナにお墨付きをもらい、ますますダ・ヴィンチは確信を高める。

 天童アリスは、兵器としての運用を前提に造られている。
 神代の魔術師、もしくはそれに匹敵する科学技術によって。

 プロトコルの解析はまだ済んでいない。簡易なスキャンは全て弾かれてしまってる。
 叡智と窮知が組んでなお、本格的に精査しなくてはならないだけ高度なプロテクトがあるという事だ。
 それでも推論はできる。判明した点で外を埋めていき、不明な点の概要を補完する。
 高出力のスペックに対し、火器武装の類は内臓されてはいない。恐らく本命の出力先が別にあるのだ。
 単純な戦闘をこなす兵士とは異なる役割……他の兵器を指揮・使役するホストとなる上位個体である線が高い。
 ダヴィンチの知識の中で近いのはやはりオリュンポス、大西洋異聞帯を支配するギリシャの主神、星の外から来た宇宙艦隊。現代では痕跡しか見当たらない、失われた古代のオーパーツ。
 もし想定される脅威が最大の規模で展開され場合……冥奥領域に収まらない規模の災害が顕現する可能性があった。
 とはいえ内部を精査しない限り断定するものでもない。今は後回しにしても問題ないというのダ・ヴィンチの見解だ。

 「並行世界ですらない完全な異世界。無限の鏡合わせの、外側の景色にいるはずの住人。
 一体全体どんなカラクリで招いたか想像もつかないけど……ことこの四人に限定すれば共通項が見られるね。
 人ならざる人造の命が冥界に落ちる……つまり魂の存在を認められたって事になるのは、中々にロマンだね。それともまっとうな生命じゃないからこんなところに落ちちゃったのかな?」
「そんなものは無価値の境界だ。ただ死という状態を付与されただけのこの世界では特にな」

 機械が自我を獲得し、魂が宿る。
 夢のある話を、所詮幻でしかないとマキナは断ずる。

「ふむ、その心は?」
「俺もお前もこうして話している。思考を保ち、行動に一定の制限なく選択を取る事ができる。ならば生きていた時と何が、どう違うという。
 死とは終焉だ。それより先はなく、幾度と繰り返す事もない。役者は去り、舞台の幕は降りる。後に残る蟠りは灰塵すらない完全な無でなくてはならない。
 それをまるで祭の仮装のように気軽に纏わせ、黄金の果実を餌に狂った舞踏を強制するなぞ、滑稽にも程がある」

 互いの肉を引き裂き合い、自我も魂も一個の意志に束ねられた爪牙と成り果てる。
 飽く程に見続けてきた光景だ。終生を穢されたマキナが一心に解放を願い挑んだヴァルハラの聖戦と変わりない。
 役者も舞台も変えておいて、殺戮劇という演目だけは同じときている。とどのつまり茶番劇である。
 死から逃れたいと願う自由がある時点で、死として中途半端だ。
 静謐も安寧も存在しない狂奔である冥界の死を、マキナは頑として認めなかった。

「故に魂の真贋に価値はない。叶った終焉を奪われた俺。遠からず終わりを迎えるお前。共に決定した路に比べれば、余りに浅い差異だ」
「…………そこまでお見通しか。どうやら随分死の概念に深く関わってる英霊みたいだね。生まれは冥界?」
「牢獄(ゲットー)だ。出獄には至ったがこうして再び出戻りしている身だ」


「あれ? アリスのゲージ技が入ったのにHPバーが減ってません……ああ!? アリスのキャラがワンパンで死にました!?
 キャスター! まさかチートを使ったのですか!?」
「ははははは! ぼくは、さいきょう! このげーむのるーるも、ぜんぶわかった!」
「駄目ですキャスター! チートはキヴォトスでも許されない行為なんですよ!」


 ───レオナルド・ダ・ヴィンチの遺作、グラン・カヴァッロの体は、限界が近づいている。
 これは負傷や故障とは無関係の、製造時点から定められた活動時間だ。
 一度きりしか回せないゼンマイ仕掛けと同じ、人理修復の先、異聞帯攻略の終着か、その手前かで燃え尽きる蝋燭の火。
 血を流し涙を呑んで全てを完遂し、世界を取り戻す未来を掴んだとしても、生き残った仲間と同じ立ち位置には決していない。

 少女ダ・ヴィンチはそこに何の不満も悲観も持たない。恐怖も感じない。
 知性での達観。道具としての了解。補填を踏まえても余りある、

「終わりは決まっている……それはそうさ。私だけ特別なわけじゃない。どんな生命も、みんなゴールに向かって走り続けている。
 でもこっちの意見も付け加えさせてもらうと。
 私達は死を目的に走ってるんじゃなくて、人生の目的を完了する為にひた走っているんだ」

 それだけでは生まれない、走る事に充足を持っていられる理由を、既に得ている。

「ならばお前が望む終わりとは、どんな形をしている」 
「そりゃあ、最期はみんなと笑顔でお別れさ。そんな素敵なゴールを目指して、私達は進んできたんだから」

 死は唯一無二。
 だからこそ死を忘れず、一瞬一瞬の刹那を懸命に生きる。
 どれほど辛く悲しくても後悔のない、一番(ベスト)な完了(エンディング)を。

 ダ・ヴィンチとマキナ、そしてアリス。
 被造物の見る夢の形は、違う星を眺めながらも、繋がり合うように似通っている。

「それがお前達の語る浪漫か。鉄塊の俺には錆を深める光でしかないが……」

 過去を取り戻すマキナと未来を目指す少女とでは、結末は同じでも行き先はまったくの反対。
 だが此処は、永劫関わらないはずだった物語(ロマン)が交差し、連なる先の未知。 
 この身も既に青い春を懐く少女を輩とし、永劫回帰の中のどの既知にもない線の上に立っている。
 芥子粒の如き小さく脆い希望が、壮大な茶番劇……デウスエクスマキナを回す歯車を狂わせる異物に変わる。
 それが動く屍に過ぎない己を稼働(めざめ)させた意義足り得るというのであれば。

「暗闇で道を照らす標の用は、成すのだろうな」


「うわーん! 画面で無限増殖したキャスターにボコボコにされてます! 
 助けてくださいユズー!!!」
「はははははははははははは!」


「……とりあえず、止めにいこっか!」

 相似する出自と死への姿勢。魂の共感への感慨を億面にも出さず。
 遊びとはいえ仮にも自身の葬者を泣き出す寸前まで追い込む機人を鎮めるべく、マキナは重く足を動かした。






【墨田区/一日目・午後】

【天童アリス@ブルーアーカイブ】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]光の剣:スーパーノヴァ@ブルーアーカイブ
[道具]木の棒や石(アリスのコレクション)
[所持金]少なめ
[思考・状況]
基本行動方針:トゥルーエンドへいざ行かん!
0.チートはいけません!
1.パンパカパーン!賢者博士のダ・ヴィンチちゃんとロボ勇者のキャスターが仲間になりました!
2.お使いクエスト達成です。トウジに報告します。
[備考]
※異修羅世界の勇者候補について(メステルエクシルの知識内で)知りました。たぶん、名前ぐらいしか聞けてません。

【ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)@Dies irae】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:奇跡という名の終焉へ
1.アリスを守る
2.ベイの葬者(伏黒甚爾)には警戒
[備考]
※ヴィルヘルムとライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)の参戦時間軸は違います。
 マキナはマリィルートで死亡後、英霊の座を通じて召喚されています。


【グラン・カヴァッロ@Fate/grand order】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]無し、強いて言えばシャドウ・ボーダー
[道具]無し
[所持金]潤っている
[思考・状況]
基本行動方針:この領域を解決する
1.アリスちゃんと協力体制。メカ仲間が急に増えたねえ
2.ヒーローの2人に接触したいけどどこにいるか分からないよ~!
3.深夜0時になったらテスカポリトカの店に行って交渉する
4.危険そうな勢力には最大限警戒
5.領域の外にいる謎の存在を警戒。危ない事にならなければいいけど
6.アリスに秘められた神秘に興味と警戒。とりあえず今はロマン砲の整備だね
[備考]
衛宮士郎陣営と非戦協定を結びました。連絡先も交換済です。
※江東区において白面の者を捜索していた黒炎と戦闘し撃破しました。
※黒い魔獣と炎氷怪人陣営(紅蓮&フレイザード)の見た目の情報を得ています。
※3/31に東京上空で戦闘をしていた3陣営(冬のルクノカ、プルートゥ、メリュジーヌ)の戦闘を目撃しています。メリュジーヌは遠方からの観測のため姿形までは認識していません。
※郊外の2つの市を消滅させた陣営を警戒しています。
※令呪狩りを行っている陣営の情報を入手しました。
※アリスが神代級の技術で造られた機械であると理解しました。
※冥界を制作したバード等で探索しています。
 千葉県エリア内で着物姿の童女(しの)を観測しました。

【窮知の箱のメステルエクシル@異修羅】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:ぼ、ぼくが、さいきょう!
1.おねーさんに、したがう!
2.トロア!ま、また、たたかおうね!
3.アリスもゆうしゃ!ぼくとおんなじだ!
[備考]
なし

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最終更新:2025年05月05日 17:28