※パロディやIF話みたいなもんです、私の想像の産物です。ご注意ください。
「お前の優しさは酷だ。」
そういって希鳥の体を掴み、肩に自らの頭をのせ発した
エーヴェルトの声は、わずかに震えていた。
その体勢のせいで、彼の表情を窺い知ることが出来ない希鳥は、ただ困ったように彼の背中に手を置くことしか出来ない。
それを受けた彼は、更に何かに堪える様に身を縮こませた。
「何故だ。」
そうして洩らした声は、今にも泣きそうで、驚くほどの戸惑いと不安を孕んでいた。
何かあったんですか、と希鳥は優しく彼に問いかける。
「何故お前はオレに優しく出来る。」
エーヴェルトが以前、希鳥にしでかしたことは、決して許されるものではない。
けれど希鳥はそのことを責め立てず、ぽっとこちらに戻ってきたエーヴェルトを迎え、こうして受け入れる。
巻き込まれたも同然なのに、共にこれからのことを考えてくれる。
責められて当然なのに、優しくされる資格などないのに。
そう、ぽつりぽつりと、言葉にすると、希鳥は何も言わずに、彼の背中に置いていた手で、まるで子供をあやすかのようにそっと撫でてきた。
今頃きっと困った表情を浮かべているのだろうとエーヴェルトは思う。
しかしそれは自分に対しての呆れや軽蔑でなく、どうすれば相手を傷つけずに済むか、慰められるか、言葉を選んでのことなのだ。
甘い、甘すぎる。
とろりと暖かく溶けて体を潤して、蝕む。
あまりにも心地よくて、自分を許してしまうそうだ。
それはいけないことなのに。
「もう、いいんです。だって、エーヴェルトさんは、そのことで苦しんで、オレに謝ってくれて、今こうしてやり直してる。そんな風に頑張ってるヒトの邪魔、したくないんです。」
ゆっくりと選ばれた言葉は、とても甘く満たされるけれど、苦い罪の意識をより鮮明にさせ、心を黒く蝕んで、体の動きを鈍らせる。
「・・・これが罰か。重いのか軽いのか、分からないな。」
自嘲するように呟く。
それを拾い、意図を掴みかねた希鳥は小首を傾げてエーヴェルトのほうを見るが、彼は相変わらず希鳥の肩に顔を伏せている。
けれど泣きそうで、縋るようなその様子に何も言えず、暫くはそのまま、エーヴェルトのほうから離れるまで受け入れていた。
※※※※※※※※※※※※
戦場だった。
魔物たちが、傭兵たちを強かに打ち据える。
圧倒的巨体に、圧倒的数。
それらに負けじと応戦している傭兵たちを、希鳥は離れたところから見守り、呼びかけることしかできない。
「お願い、話を聞いて!話せば分かるはずだからっ・・・」
「うるせぇーーーっっ!!!!!」
寂しさに泣き叫ぶ子供の心を紛らわすかのように、ヒステリック気味に青年が叫ぶ。
そして従えている魔物に更に指示をだすと、猛吹雪が吹き荒れて、それが傭兵たちの体を煽り、自由を奪い、傷に酷い痛みを伴って染み渡らせる。
そうして自身は大きな弓矢を番えて、それを希鳥に向けるのだ。
「人質くんっ!!!」
希鳥はその場から固まってしまって動けないでいた。
ナームの叫びで事態に気づいた他の傭兵たちも、希鳥を助けようとするが、距離が遠すぎたり魔物に妨害されたりで、それは叶わない。
「死ね!
セルレアのまわりにあるもん全部消えちまえっ!!」
そうして無情にも、冷たく矢が放たれた。
瞬きする余裕すらなかったその刹那、風を切る音がして、希鳥に向かっていた矢が砕ける。
その出来事に少なからず傭兵たちは安堵と共に驚き、魔物使いの青年はショックを受けたように大きく目を見開いた。
かつて自分と生死を共にした仲間であり、友であるエーヴェルトが今、希鳥を庇うようにして肩を抱き寄せ、自分に向けて武器を構えていたから。
「・・・・んだよ・・・・・・なんだよ、なんだよっ!!!」
わなわなと震える体から声を絞り出す。
それは誰の耳から聞いても、悲痛さを帯びていた。
「お前もか!お前もオレを裏切るのか!そいつのほうに行っちまうのかよぉっ!!!なんでだよおおっ!!!」
「・・・・これは、お前とセルレアと、俺たちの問題だ。だから、コイツは巻き込まないで欲しい。」
「何言ってんだよ。もう巻き込んだじゃないか。お前だってそいつに何したか、忘れたわけじゃねぇだろ!?」
「嗚呼。」
「じゃあ、何で馴れ合ってんの。」
「・・・こいつが許してくれたから。」
ヒステリックな叫びから一転、驚くほど冷たい視線と静かな声を受けて、希鳥の肩を掴む手に、力が篭る。
それはエーヴェルトの意思の強さと弱さを暗に示していた。
「そんなわけねーじゃん。そいつは天使かなんかかよ?じゃなきゃ狂人だ。簡単に許されるもんじゃねーだろっ!!」
「そうだろ?なぁ、お前騙されてるんだよ。そうやって気を許させておいて後で裏切るんだ。俺たちと同じ苦しみを味あわせようとしてんだよ。だから、さ、なぁ・・・。」
言葉を続けることを許さない、ただ一言が、苛烈な戦場の中で、確かに青年の耳に届いた。
生前の名を呼ばれた青年は、それでおびえた表情と共にビクリと体を硬直させる。
心配そうに二人を見守る希鳥に目を向けてから、エーヴェルトは凛として青年と向き合った。
「・・・それでもこいつは、許してくれた。受け入れてくれた。オレに、償う機会と環境をくれたんだ。」
甘美な呪縛。
拒絶せず、暖かく縛りつける。
悪意無く与えられた甘さは、苦味を際立たせる。
その生殺しのような状況で、生きていく。
「それがオレの罪で、それを与えてくれたこいつを守ることが、オレの償いだ。だから、巻き込んで辛い目に、もうあわせたくない。」
「・・・・なんだよ、お前、結局自分だけ抜け出そうとすんの?オレを置いて?オレを裏切って?」
「そうじゃない。お前も、やりなおせる。セルレアとのことも、これからのことも。そう言いたいんだ。」
「都合が良すぎると思わないか?」
「・・・そんなことはないと、オレは思う。罪や嘆きを背負い生きることは、死ぬより辛い。死んだら何も感じないのだから。」
「・・・・・・・・・そいつに死ねって言われたら?」
そんなの、と二人を見守っていた希鳥が声を上げた。
「オレは誰にも言わない。言いたくない。死んで償おうだなんて、オレが許さない。死んで欲しくないんだ。勿論、キミにも。」
気弱そうに眉尻を下げて、それでも真っ直ぐに黒曜石の瞳が青年を捉えた。
今しがた己を殺そうとしている彼すら許し受け入れようと言う。
ほら、また呪詛が紡がれた。
青年は激昂し、それに呼応するかにように魔物たちが雄叫びをあげる。
それを皮切りに、再び激闘が始まろうとしていた。
「オレから離れるな。」
気を引き締め、エーヴェルトは傍らの希鳥に語りかけた。
呪縛から離れることは、できないのだけれど。
最終更新:2012年03月27日 19:26