「ペルソナッ!」
悠の号令と共に顕現。同時に天高く片腕を突き上げるネコショウグンがマハタルカジャを唱える。
攻撃力上昇の効果を持つ魔法は伊達ではなく奥底から力が湧き上がるのを感じる。駆け出すティファとそれに付き添う形でスサノオがクラウドへ先攻を仕掛けた。
「はッ! せりゃッ!」
「外さねぇ……ペルソナッ!」
目にも止まらぬ拳打を並外れた瞬発力でやり過ごし、隙を縫うように繰り出されるチャクラムの斬撃を虹で受け止める。
無駄の感じられない一連の流れからいよいよクラウドがオーブの力に適合し始めたのだと理解させられる。競り合いにすら発展せずスサノオの身体ごと弾き返させた事からそれは確信に変わった。
「陽介、無理に攻めようとするな! 奴の反撃を食らうのはまずい!」
「ああ……ペルソナァ!!」
「……! ありがとう!」
二人からやや離れた場所にいる悠の指示を受け陽介は次の手を攻撃から支援へと変更する。
アルカナを叩き割ると同時にマハスクカジャが発動し陽介達の身体が身軽さを得た。前線に立つティファは特にその恩恵が大きく、俊敏性が増したおかげで辛うじてクラウドの反撃をかわす。
「せいッ!」
「ッ……!」
横薙ぎを屈んで回避したティファはそのまま研ぎ澄まされた動きでアッパーカット、ジャブ、正拳突きの三連撃を叩き込む。
マハタルカジャにより強化された拳の威力はさしものクラウドといえど無視できない。体勢を崩した隙を狙われることを警戒したクラウドは本能のままにオーブの力を解き放つ。
全身に駆け巡る電流のような魔力はクラウドの体を抜けて紫色の閃光となり暴走する。
「うわッ!?」
「きゃああああっ!!」
辛うじて陽介はシルバースパークの奔流を躱したが反応の遅れたティファが避け切れずに悲鳴を上げる。
その時間を利用し追撃を仕掛けんとするクラウドの身体を電撃が射抜いた。シルバースパークの弊害か──その疑問は此方を睨む悠の姿により解消する。
「下がれティファ! 陽介、少しの間時間を稼いでくれ!」
「ああ、わかった!」
「……ごめんなさい」
苦い顔でクラウドの間合いから逃れるティファ。クラウドは既に彼女を標的としておらず、痺れの残る身体でスサノオの身体を穿たんと刺突を放つ。
それを受け止めるような馬鹿な真似はしない。回避に専念したスサノオはマハスクカジャのおかげか紙一重で身を捩る。
稼いだ一瞬は大きい。メディラマを重ねがけすることでティファは勿論元々クラウドによりダメージを与えられていた陽介の傷が癒えていく。
メディラマに限らず回復能力の効果は著しく制限させられている。本来ならば数度重ねがけした程度で癒える傷ではないだろう。
しかしネコショウグンには回復魔法の能力を1.5倍にまで引き上げる効果がある。制限下においても発動されるその特性はサイクルを回してゆく戦いで強く輝く。
「いい加減……邪魔だ」
「がッ!?」
防戦一方でありながら時間を稼がれる事に鬱陶しさを覚えたクラウドは虹の刃に紫電を纏わせて文字通り疾風迅雷が如く斬りかかる。
電撃によりリーチが増したそれを躱し切ることは困難だ。直撃こそ避けたものの伸びた稲妻がスサノオの腕を焼く感覚に陽介は濁った悲鳴を上げた。
耐性のない電撃属性を食らった陽介は身体機能を一時的に封じられる。迸る雷撃と見紛うほど鋭い一太刀は陽介の首を刈り取らんと迫った。
「させない!」
「ペルソナッ!」
しかしそれは同時に放たれる二つの攻撃に遮られる。
ティファの膝蹴りを左腕で防御し、ネコショウグンの黒点撃を右手の虹で受け止めたクラウドはそのまま力任せに両腕を振るい強引に二人を弾き飛ばす。
体勢を立て直し、瞬時に懐へ潜り込み掌打ラッシュを仕掛けるティファ。その全てを防がれダメージこそ与えられないが陽介の回復分の時間は稼いだ。
「──ペルソナァ!!」
持ち直した陽介が加わった事によりようやく攻撃のターンが回った。
足元へ水面蹴りが放たれた事により僅かに体勢が崩れたクラウドへ、ガルダインが大口を開けて迫る。
味方さえ巻き込みかねないそれはしかし事前に陽介の意図を汲み取ったティファが場を離れた事によって遠慮は無くなった。最大級の風魔法の直撃はここに来て一番のダメージとなる。
「よし、このまま攻めるぞ!!」
「おう!」
「ええ!」
大きく吹き飛ばされ片膝をつくクラウド。紛れもない総攻撃チャンスだ。
走り出す悠に倣い他の二人も一斉攻撃を仕掛かける。この機を逃せば勝ちは一気に遠のく。なればこの瞬間に全てを賭ける他ない。
雄叫びと共に繰り出される彼らの攻撃を避ける術はない。迫り来る三人をクラウドはどこかぼうっと眺めていた。
────ああ、俺は負けるのか。
何故だろうか、不思議と悔しいという感情は湧かない。
それどころか寧ろ雨上がりの晴れ模様のような清々しい気持ちだ。
彼らは強かった。
単騎では自分に遠く及ばないというのに全員が支え合い、実力の差を補い合う。各々の役割を理解し一人も欠けないよう動いていた。
仲間がいることの強さを知り、そして自分も以前はそうしてセフィロスを打ち破ったのだと思い出す。
ならばあの時のセフィロスのように自分が淘汰されるのは当然の事だ。強大な闇でも小さな光が集えば敵うのだと過去に証明したのだから。
クラウドは静かに目を瞑る。他者に掻き乱され、惑わされ続けた運命に終止符を打つように。
────そして破滅は訪れる。
■
「ぐ……っ、あれ…………俺、なんで……」
重力が何倍にも引き上げられたような感覚の身体を両腕で支え、なんとか起き上がる陽介は信じられない光景を目にする。
──地獄だった。
アスファルトのあちこちは焼け焦げ、災害が通った後かのように建築物の悉くが崩壊している。
一体何が起きたんだ。朧気な思考の中記憶を整理する途中でふと黒い物体を目にする。
丁度人間大の大きさのそれに陽介はドクンと心臓の警鐘を聞く。恐る恐る、という言葉すら軽く思えるほど覚束無い所作でそれを覗き込んだ。
「あ────」
間違いない。
真っ黒に焦げ所々焼け爛れた肉を露出するその物体の正体は。
ティファ・ロックハートの亡骸だった。
陽介は全てを思い出す。
総攻撃を仕掛ける瞬間、クラウドが目を閉じたかと思えば凄まじい速さで回転斬りを放ったのだ。まるで何かに取り憑かれたかのような無理やりな動きで。
異変に気が付いたティファは陽介を身を呈して庇った。刹那、剣の軌跡から生じた竜巻とそれに伴う電撃が辺りを呑み込んだ。その巨大過ぎる厄災の名残がこの惨状なのだ。
災害の理屈は簡単。クラウドのリミット技、画竜点睛とシルバースパークの同時発動。
それぞれでさえ魔物を屠るのに十分過ぎる威力を持つそれらが合わさればどんな事態が起きるか──最早、語るまでもあるまい。
「くそ、くそッ! 悠!! 悠は!?」
胸に潜む焦燥を隠そうともせず陽介は辺りの瓦礫の山を掻き分けて行方知れずとなった親友の姿を探す。
電撃と疾風の混合技──どちらかに耐性があり幾ら片方を無効化出来たところで甚大な被害は避けられない。事実陽介もティファが盾になってくれなければ意識は戻らなかっただろう。
枯れた喉は絶え間なく彼の名を呼び、破片によって手が切れるのも厭わずに辺りを探し回る。
そうして陽介が見付けたのは呆然と立ち尽くす"魔物"の姿だった。
「クラウド……!」
散らばる瓦礫の丁度その中心。台風の目のように穏やかな円状の大地でクラウドは天を仰ぐ。
陽介はそんな彼の姿を見て心の奥底から憤りに支配されるのを感じた。かつての仲間であるティファを呆気なく殺した血も涙もない男を前に冷静で居られるはずもない。
「やっぱり──」
ぽつり。
こちらを見るクラウドの顔を見て陽介は息が詰まる。
「現実は幻想に勝てないんだな」
彼の瞳はあまりにも悲しそうだったから。
薄く浮かべた自嘲は酷く人間臭くて。取り返しのつかない想い出に浸るかのように儚げで。
そんな彼の姿は助けを求めているように感じた。
歯を食いしばる。
力一杯拳を握る。
震える激情の矛先はクラウドからウルノーガへ。終わらせたいと願う彼の気持ちを踏み躙り、あまつさえティファを殺させた悪魔は地獄へ落としても事足りない。
やり場のない怒りを力に変えて。強く大地を踏み締める陽介はクラウドと見合う。
「アンタの言う現実がこんな結果なら、確かに幻想に逃げたくなる気持ちも分かるよ。辛い現実なんて見たくねぇよな」
現実は辛い。誰だって嫌になる時はある。
無慈悲な言葉だけがデタラメに街に溢れている。そんな曇り空に陽介だって嫌気が差す事があった。
「けどな、それじゃダメなんだ。形のない幻想を追い求めて、精一杯現実を生きる奴らの未来を奪うなんて……やっちゃいけねぇんだよ」
だけどクラウドと陽介は違う。
前に進むことを恐れ道を踏み外したクラウドには、陽介の存在はあまりにも眩し過ぎた。
それはまるで雲の隙間から顔を覗かせた太陽のように。
「だから俺が終わらせてやる。アンタの幻想を」
バッグから取り出されたグランドリオンが陽介の魂と木霊し本来の輝きを取り戻す。
穢れない純白の光はまさしく太陽。二重の光輝に目を細めたクラウドは同じように虹を構え、目の前の現実を迎え撃つ。
「────ペルソナァ!!」
爆ぜるアルカナ。走る電撃。
それぞれの想いを乗せ闘う者達。
空っぽな幻想の囚人は飛び交う光の中にひとときの夢を見た。
『俺の誇りや夢、全部やる』
『私はいつでもおまえのそばにいる』
『オレたちの乗っちまった列車はよ! 途中下車はできねぇぜ!』
『じゃあねぇ、デート一回!』
『あのね、クラウドが有名になってその時私が困ってたら……』
『クラウド、私を助けに来てね』
『私がピンチのときにヒーローがあらわれて助けてくれるの』
『──一度くらい経験したいじゃない?』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
最終更新:2021年02月07日 03:42