ここはどこだ?

混濁する意識の中で周囲を見渡す。
辺り一面の真っ暗だった。無限に広がるような闇の前に足が竦む。
けど立ち止まっている場合じゃない。俺にはやるべき事があるはずだ。
漠然としか思い出せないけれど、そんな使命感に駆られて俺は足を進めていく。

そうしている内に遠くに二つの人影が見えた。辺りの暗さの中でも不自然なほどくっきりと輪郭を浮かばせていることからそれが男女のものだとわかる。
丁度いい、道を尋ねよう──やけに気怠い足を動かして歩み寄ろうとしたけれど、それは二人の声に止められた。

「鳴上先輩!」
「鳴上君、こっちに来ちゃダメ」

聞き覚えのある声だった。
何故か二度と聞けないと思っていたような、そんな感じがする。言いようのない安心感に包まれる中で俺は何故かと尋ねた。
すると二人はどこか言いづらそうに顔を伏せて、やがて俺の元へやってくる。

距離が縮まったことでより顔が鮮明に見えた。見覚えのある──けれど霞がかった記憶に身体が震える。
そんなもどかしさの中で俺は自分が泣いていることに気が付いた。なぜ泣いているのか分からず俺は二人に視線を戻す。
金髪の男はどこか苦い笑いを見せて、軽く黒髪の少女と視線を交わす。そうして何かを促すように彼女の背中を軽く押したかと思えば、暖かな温もりが俺の身体を包んだ。



「鳴上君……お願い、死なないで……!」

強く、強く俺を抱き締める彼女の言葉がとても重く感じる。震えた涙声はいつまでも耳に残って離れない。
俺は──その言葉に頷くことが出来なかった。

「先輩」

顔を俯かせて泣き続ける彼女へ金髪の男が声を掛ける。うん、と返した少女は改めて濡れた宝石のような瞳を俺に向けた。


「鳴上君、千枝や花村君を……お願い」


──ああ、そうか。


「里中先輩も花村先輩も無理しがちな性格スからね。まぁ……俺が言えたことじゃないかもしんないスけど」


二人の言葉を聞いて俺は全てを思い出す。
溢れ返る記憶の波の中でもみんなとの記憶は色褪せない。そして今俺がやるべきことも。
なんでこんな大切なことを忘れていたんだ。絶対に忘れちゃいけないはずなのに。


「──ああ、任せろ。雪子、完二」


もう忘れたりしない。
かけがえのない思い出はいつまでも胸に。
雪子と完二の意思は俺が受け継いだ。だから安心してくれ二人とも。

雪子と完二が安心したように笑顔で頷く。
急速に闇が晴れて辺りが光に包まれてゆく。やがて段々と雪子と完二の姿も見えなくなる。

そして俺は────目を覚ました。






それを戦いと呼ぶにはあまりに一方的過ぎた。

当然だ。ただでさえ疲労が溜まっている状態に加えスキルの連発による体力消耗により今の陽介は限界に近い。そんな状態でクラウドの相手をするなどとても無理な話だ。
仰向けで倒れ伏す陽介はノッキングじみた呼吸を繰り返しながらクラウドを見上げる。未だ悲しみに囚われたその顔に陽介は悔恨の念に駆られた。

(畜生……このまま、クラウドを助けられずに終わるのかよ……)

結局、救うことは出来ないのか。
現実は幻想に勝てないのか。

死ぬのが怖かった。
死んでしまったらそこで終わりだから。ティファがそうだったように救える存在を前にして終わってしまうのが堪らなく怖い。
命とはそんなに容易く、無意味に奪われていいものじゃない。そう心で分かっているのに身体が動かない。

「ごめんな、クラウド……お前を助けてやれなくてさ」

ようやく紡げた言葉はそれだった。
今更そんな謝罪をしたところで陽介の命は延びない。オーブに呑まれたクラウドはただ淡々と、死神めいた仕草で剣を振り下ろした。



「────ロクテンマオウッ!!」



神からの贈り物だなんて少しクサいかもしれない。
けど陽介にとってそれは間違いなく天の恵に他ならなくて。雷神の威厳を見せ付けるが如くクラウドの身を射抜く雷柱はまさしく天罰。

陽介はそのペルソナを知っている。
けれどそのペルソナは、その持ち主はもう居ないはずだ。一瞬覚えた疑問はしかしすぐに打ち消されることとなる。
理屈ではなく、熱く燃える魂で。




「────アマテラスッ!!」



癒しの風が陽介の身体を撫でる。
ネコショウグンのものよりもずっと強力な回復魔法に包まれた陽介は自然と涙を伝わせた。

知っている。知らないはずがない。
テレビの中で繰り広げられた大冒険には必ず彼らの姿があった。何度も何度も、数え切れないくらい助けられた。

「すまない、少し遅れた」

そう言って隣に並ぶ彼の横顔はいつもよりも頼もしくて。まるでもう二人傍にいるような────そんな気がした。

「おせぇよ、相棒」

だから安心して笑えた。
一人じゃないということはこんなにも安心出来る事なんだと実感出来て、力の入らなかった身体が勇気づけられる。

「それがペルソナの真の力か」

ジオダインの電撃から立ち直るクラウドが感情の籠らない声を漏らす。オーブの影響か、もはや並大抵の電撃は受け付けない肉体を持ち始めていた。

「もう友情ごっこを見せられるのは飽きた。今度こそ俺が破壊してやる」

ゾッとするほど冷たい殺気が膨れ上がる。
しかし陽介と悠は怯まない。それどころか二人は足並みを揃えて一歩分踏み出す。

「させねぇよ」
「ああ、させない」

クラウドの瞳は何を見るのか。
勇む二人に付き添うように金髪の男と黒髪の少女が並んでいる。幻だと分かっているのに何度目を凝らしてもそれは消えない。
自分の血塗れた手ではもう掴む事は出来ないそんな光景が────ひどく妬ましかった。



「「────ペルソナァッ!!」」



一斉に顕現する二体のペルソナ。スサノオとロクテンマオウ。
巻き起こる暴風に気を取られれば即座にロクテンマオウの巨体がクラウドに肉薄する。故にそれをさせんと稲妻を纏う虹の鋒を地面に突き刺した。



「──ジゴスパーク」

死刑宣告と共に辺りに迸る紫電の大蛇。
地を這うように迫るそれは陽介が喰らえばタダでは済まない。故に雷属性に完全耐性を持つロクテンマオウが陽介を庇い、その悉くを無効化する。

「いくぜ──ペルソナァ!!」

ならばペルソナごと斬り伏せる、と振るう刃はロクテンマオウの巨体によって隠されていたスサノオのソニックパンチによって逸らされる。隙を補うようにオーブの力を解放するがそれを意に介さずロクテンマオウの拳がクラウドの身体を打ち抜いた。

「まだだ、デッドエンド!!」

決定打にはならないと踏み赤熱した拳が振り抜かれる。威力こそ立派だが大振りなそれは冷静な飛翔に躱される。
しかしそれは布石──いつの間にか背後に回っていたスサノオの存在に気がついた頃にはもう遅い。

「おせぇ! ペルソナッ!!」
「ぐ……!!」

スサノオの両手から放たれる怒涛の烈風が空を裂く。咄嗟に横へ飛んだものの右翼の一部が巻き込まれ飛翔能力が失われる。
落下しながらも体勢を整えクライムハザードの要領で大地に向かい凄まじい勢いで剣を振り下ろす。遅れて生じた衝撃波が悠の身体を吹き飛ばした。

「悠!!」

クラウドの着地を許してしまった事実は容易に覆せない。地面を抉りながら振り上げられた最速の斬撃、破晄撃が悠の身体を切り裂かんと迫る。

「くっ……!」

避けられない。そう判断した悠はせめて受けるダメージを減らそうと防御の姿勢を取る。が、それはすぐに無駄となった。
己を庇うスサノオの身体によって。

「なに……?」
「へへ、思い付きだったけど……上手くいったみてぇだな」

スサノオの身体には傷一つ見当たらない。
彼の言う思い付きの内容は極めてシンプル。破晄撃が風属性であればスサノオの耐性で無効化出来る、と。そしてその予想は的中した。



「助かった、陽介」
「お互い様だ。さぁ、仕掛けるぜ!」

──なんなんだ、こいつらは。

互いの弱点を補い合い、どちらかが隙を生んでもどちらかがそれを潰す。まるで思考を共有しているかのような迅速にして的確な判断力は凡そ年相応とは言えない。
ならば何が彼らをそうしているのか。それは信頼というありふれた言葉に他ならない。

仲間を自らの手で殺した自分への当てつけか。
そんな歪な思考が浮かんでしまうほどにはクラウドも疲弊していた。魔物となった肉体は元のクラウドを凌駕する体力を兼ね備えているが、無尽蔵ではない。
単純な消耗戦ではクラウドに分があるだろう。けれどそんな不確定要素の多い戦い方は些細な物事で敗北を招きかねない。

──故に、クラウドは時を待つ。

「アマテラスッ!!」

マハタルカジャとマハスクカジャにより極限にまで研ぎ澄まされた二人の斬撃がクラウドの剣戟とかち合い、相殺を重ねてゆく。
それでも殺し切れない余波により生じた傷は即座にメディアラハンで治療。距離を取ってシルバースパークや破晄撃を放とうものならどちらかがそれを防ぐ。

飛行能力があれば攻撃のバリエーションを増やし拮抗を崩す事が出来るかもしれないが片翼の再生にはまだ時間が必要だ。
ならばそれがクラウドの待っていることなのか──否。自然治癒で回復する頃には決着などとうに付いていよう。
対する陽介と悠には手札が溢れている。初見で対処しきれない攻撃が来たのならばそれは確実な隙となるだろう。互角のように見える戦いは悠の覚醒によりその実クラウドが押されている。

「──はぁッ!」
「ロクテンマオウッ!」
「スサノオッ!」

クラウドの電撃を纏った二連撃──はやぶさ斬りをロクテンマオウのキルラッシュで迎え撃つ。三連撃を繰り出す赤い装甲に覆われた拳に微かにヒビが入るが相殺に成功する。
ロクテンマオウに気を取られた瞬間を縫って肉薄したスサノオのチャクラムがクラウドの体に裂傷を刻む。咲く血飛沫に反して手応えが薄い。
ほぼ反射的に行ったバックステップの恩恵だ。培われた戦闘経験により鍛え上げられた反射神経の賜物と言える。事実彼が多人数相手に戦えているのは魔物の基礎能力よりも反射神経や判断力による要因が大きい。
だからこそ長期戦で失われていくそれらが切れる前に決着をつけなければならない。


「────限界を越える」


そして、時は来た。
リミットブレイク状態に加えてオーブの力が極限まで肉体と融合した状態。名付けるのであればそれはスーパーリミットブレイク。
恐らくはこの状態になれるのは今この瞬間が最後だ。次にリミットブレイクになるようなダメージを受けた時には己も技を放てるような状態ではないだろう。



「まずい──あいつ、またあれをやる気だ!!」
「止めるぞ、陽介ッ!!」

だからこそこれがクラウドの『最後の切りふだ』だ。
ティファを殺め、悠を瀕死に追い込んだ技。画竜点睛の竜巻とシルバースパークの電撃を併せ持った魔軍兵士の集大成。
それの発動を許してしまえば待っているのは逃れよう無い全滅のみ。
腰を深く捻り低く虹を構えるクラウド。数瞬の静寂の後、爆発に似た轟音と共に破壊の剣が振り抜かれる────!


「ブレイブ……ザッパァーーーーッ!!」
「イノセントタック……っ!!」


虹の進行を塞き止めるは悠と陽介の全身全霊の攻撃。
クラウドのそれが切り札ならば悠と陽介の技もまた切り札。己の持つ最大の物理攻撃を寸分の狂いもなく同時に解き放ち、終焉を遅らせる。

「うおおおおぉぉぉぉぉッ!!」
「っ……、ああああああああッ!!」

究極技の衝突は凄まじい衝撃波を撒き散らし、辺りの瓦礫や街路樹を吹き飛ばす。この破壊の連鎖ですら技の発動前であると聞けば誰もが戦慄を抱くだろう。
その隕石が如き威力を秘める剣を一身に受け止めるスサノオとロクテンマオウの両腕は今にも押し潰されそうで。感覚を共有する悠と陽介もその激痛と重圧に悲痛なまでの叫びを上げた。

痛い、重い、辛い、苦しい──!
今にも腕がはち切れそうだ。過度に張り詰められた血管がぶちぶちと切れてゆくような錯覚を覚え、腕だけではなく両足もガクガクとと笑い始める。
立っているだけでも、呼吸をするだけでもこんなに辛いなんて初めてだ。けれど今ここで膝を折ってしまえばこれまでの努力が無に帰す。

「ぐ、ッ……おおおおおおおおおおォォォォッ!!」
「な、めんなあああああああァーーーーッ!!」

退かない。
一歩も退いてなるものか。
技の衝突は拮抗している。拮抗出来ているのだ。あの絶対的な力を持ったクラウドと互角にまでもっていけている。

あと一つ、あと一つ足りない。
これを打ち破るにはあと一つ必要だ。
どんな些細な事でもいい。力を貸してくれ。
奇跡よ、舞い降りろ──!







「────ペルソナッ!!」





それは決して奇跡ではない。
神が、因果が、運命が──彼らの声に傾いている!
まるで最初からそう描かれていたかのように。夢見る少年少女が抱いた儚くも綺麗な憧憬のように。
彼らが望んだ"力"はこの場に導かれた──!

「──っ!?」

吹き荒ぶ氷の風。
死角から放たれた魔法は瞬時にクラウドの両足を凍てつかせる。予期せぬ襲撃に気を取られたほんの一瞬。その一瞬が長い均衡を打ち崩した。

「ぐ、ぅ……っ!?」

スサノオとロクテンマオウの体が押し進む。ギリキリと鳴り渡る虹の刃はついに弾かれ、凄まじい反動がクラウドの体ごと大きく吹き飛ばす。
数度地面にバウンドし、片手で地面を押さえブレーキを踏んだクラウドは新たなる襲撃者を睨んだ。


「本当はさ、迷ってたんだ。いくら助けて欲しいってお願いされたって、死にたくなんてなかったから。こんな暴れ回ってる化け物相手に勝つなんて馬鹿じゃないのって、そう思ってたから」


視線は瓦礫の山のその頂きに集う。
片足を山頂に乗せて逆行を浴びる姿からは勇猛ささえ感じられて。気弱な口上とは裏腹な豪胆さを見せ付ける。

「けどさ」

人影が少しだけ首を傾げる。
覆われていた太陽が顔を出し思わず目を細める。と、晴れた視界に映し出された顔立ちは悠と陽介の心を打ち震わせる。


「──里中!!」
「千枝っ!」


繰り返そう。
それは決して奇跡ではない。

今ここに"全ての"ペルソナ使いが集うのは必然なのだ──!


「二人を見てたら、そういう馬鹿になってみたくなっちゃった」





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最終更新:2021年08月10日 17:15