「ポカ! ポカブー!」
「分かってる! 大丈夫だ、あいつらの強さは知ってるだろ?」
それは悠とティファが大きな音の方向へ向かって暫く後のこと。時間で言えば丁度クラウドがティファを殺害した頃だ。
八十神高校で待っててくれという悠の言葉に従いその方向を突き進むポカブとピカチュウだったが、その心中は不安で溢れていた。
「あの二人に限って最悪な事態は無いと思うが……なんだ、この胸のざわめきは。くそ、探偵の勘ってやつか? 不吉だぜ」
出来るのならば病院での戦いのように自分も助けに行きたい。けれどあんなに重い音が鳴るような戦場に向かえば足手まといなるのは目に見えている。てだすけのつもりが悠達を引き連れてじばくするなんて笑えない。
「ん? あれは……もしかして、悠が言ってたやつか!?」
そうして街道を進む内、短髪の少女が目に入った。緑色のジャージに茶色の髪……悠から教えられた里中千枝の特徴と一致する。
不安げな足取りを見るに彼女もこの殺し合いという状況に惑わされているのだろう。それによく見ればびしょ濡れだ。何者かに襲われた可能性が高い。
ならば警戒されぬよう第一声は選ばなければならない──そう考えたピカチュウはぶんぶんと手を振りながら彼女へ声を掛けた。
「おーい! あんた、里中千枝だな!?」
「!? ……え、シャドウ!? なに!? ってか何であたしの名前……」
ダンディな声色に似つかわしくないピカチュウの容姿と、己の名を呼ばれた事への驚きが合わさり千枝が硬直する。
「驚かせて悪い。俺は鳴上悠の友達のピカチュウだ!」
「え、鳴上君を知ってんの!?」
「ああ、アンタの特徴も悠から聞いてる。信頼出来る仲間だって言ってたぜ」
ピカチュウが放つその言葉に千枝は嬉しさと同時に心臓が軋むような心苦しさを覚える。
信頼出来る仲間──果たして彼は今の自分を見てもそう言ってくれるだろうか。自分は一度大して年も変わらなそうな少女を殺そうとしたのに。
「そう…………そっか、……」
自然と握られた拳が小刻みに震え始める。
この場に悠が居るなんて分かっていたのに。彼への距離が一気に近まるのを感じるとどうしようもない不安に苛まれる。
鳴上悠と出会い、『自分らしさ』を見つける。それを頼りになんとか歩けていたのに、途端に彼と出会う事を恐れ始めてしまっている。
もしも悠が自分を受け入れてくれなかったら。
自分にとって彼が希望たる存在になり得なかったのなら。
思い浮かぶ最悪なイメージは千枝から思考の余裕を奪い去る。
「なぁ、頼む! 悠のやつを助けてやってくれ!」
「え……」
だから、ピカチュウの懇願に迷いが生まれた。
「俺達には悠ともう一人仲間がいたんだが……二人ともあっちの市街地の方へ様子を見に行ったんだ。でかい音がしたから、誰かが襲われてるんじゃないかってな。音の規模からしてあれは普通じゃない」
「……それ、本当なの?」
「嘘なんかつくもんか!」
立て続けに、しかし簡潔に伝えられる近況は千枝の心を揺らがせる。悠のピンチと、そして彼の居る場所が明らかになった事で逃げ道が塞がれたからだ。
何かと自分に言い訳をして悠と出会う事を避けたい、なんて気持ちがなかったと言えば嘘になる。けれど確実に出会う術と理由を手にしてしまったのなら、その算段も霞と消えよう。
「あんたも色々と大変だったんだろう。様子を見ればわかる。けどな、今あいつを救えるのは千枝だけなんだ! 頼む!!」
一頻り捲し立てたピカチュウはぺこりと深く頭を下げる。
彼の言い分はなんとも勝手なものだ。この有様を見てなにか察せるものがあるのならば休ませてくれたっていいじゃないか。
疲労は抜けず、掌には刺傷。おまけにずぶ濡れで精神的にも参っている状態だ。そんな人間に助けてくれだなんて一方的にも程がある。
けれど、
「──鳴上君達はそこにいるんだよね?」
分かっている。
そんな状態の人間に縋らなければならないほどピカチュウは、悠は追い詰められているのだと。
疲れている?
掌が痛い?
服が濡れている?
──そんなの、今悠が味わっているであろう苦しみと比べれば些細なものなのだ。
「わかったよ、助けに行く」
「本当か!!」
バッと顔を上げるピカチュウの表情は歓喜に満ちていた。どこかクマを思わせる調子の良さが少しだけ可笑しくて、千枝は小さな笑みを浮かべた。
「俺達は八十神高校で待ってる。後で落ち合おう! ……くれぐれも無理はすんなよ!」
「あー、やっぱりあそこ? 鳴上君の考えそうな事だわ」
去り際、そう言い残すピカチュウに千枝は再び笑みを浮かべた。
奇しくも八十神高校という同じ場所を目的地としていた。ここでも鳴上悠という人間は変わらないのだと分かったような気がして、不安定な心を持ち直す。
「さてと、行きますか」
パチンッと両頬を叩き気合いを入れ直す。
この数分で彼女の顔は別人のように強く、気丈な調子を取り戻した。
「──あたしらしさを見つけに、ね」
■
「よ、っと」
持ち前の身軽さで瓦礫の山から悠達がいる地面へ飛び移る千枝。当の悠達は未だ驚きと、そして湧き上がる感動に声が出せない。
「何驚いてんのよ、二人とも! ほら、立って立って。こういう戦いは慣れっこでしょ?」
「……フッ。ああ、そうだな」
「ったく、遅れてやってきたくせに一丁前に仕切りやがって……ま、里中らしいけどよ」
まさかまたこうして三人並んで戦うことが出来るなんて思わなかった。
懐かしい。そして心地良い。今ならばどんな敵にだって勝てるような、熱く滾る自信が奥底から湧き上がる。
「……また、ペルソナ使いか……」
辟易の声を上げるクラウドは──孤独だ。
陽光を浴び立ちはだかる三人と日陰に佇むクラウドはまさしく光と影のように。
一度地に落ちた気持ちは二度と這い上がれない。渦巻く負の思考に囚われたクラウドはただただ目の前の三人に憎悪を膨らませる。
「いくよ、鳴上君! 花村!」
「ああ!」
「──ペルソナッ!」
もううんざりだ。
いい加減にしてくれ。
お前達の絆とやらは十分にわかった。そんなに俺の惨めさを浮き彫りにしたいのか。
誰かが追い詰められても必ず誰か一人が踏み止まりギリギリのところで死を回避する。俺はもう、それが出来ないのに。
「ぐっ……!」
「一度下がれ、陽介!」
「鳴上君、回復お願い! あたしが時間稼ぐ!」
ペルソナとは困難に立ち向かう為の人格の鎧。それを得られる者はほんの一握りだ。
けれどクラウドはこの決して長くない時間の中で雪子、陽介、足立、悠、千枝、と──この場にいる全てのペルソナ使いの力に触れてきた。
ペルソナ使いとは自分の全てを認められた強い者達。己を受け入れられず、本当の自分を見ようとしなかったクラウドとは対照的な存在だ。
(──本当に、残酷な世界だ)
もし神が本当に居るのならば、つくづくそいつは性格が悪いのだろうと思う。
自分を騙し、ウルノーガの傀儡となり、ティファを殺し。何を得ることも無く自ら希望を零し続けた自分がこんな奴らの相手をするなんて。
「ペルソナぁッ!」
──ああ、わかったよ。
だったらその絆とやらを利用してやろう。
お前達は仲間がいなければ何も出来ないのだから。一人でも殺してしまえば立っていられなくなるんだろう?
「う……、くそ……!」
「はぁ、はぁ……っ!」
千枝が加わった事で戦況は良くなったはずだ。けれど一向に勝利の兆しは見えない。
先程の奥義のぶつかり合いにより陽介と悠の身体は悲鳴を上げていた。それだけではない、体力もSPも底が見え始めてきたせいか大胆な攻め方が出来ないのだ。
となれば主力は幾分か余裕のある千枝だが、ペルソナが進化していないこともありクラウドとまともに打ち合う事は難しい。
「──! ロクテンマオウ!」
「くそっ、スサノオッ!」
「トモエッ!」
クラウドの斬撃も以前は悠と陽介の二人で相殺出来ていたのに今ではそれも厳しい。二人では押され、三人がかりでようやく押し返せる。
絶え間ない連撃のせいで合間に反撃を挟む隙がない。おまけに電撃や疾風といった搦手を交えてくる為些細なミスが命取りになる。
しかしそれはクラウドも同じだ。悠達が攻撃に移れない理由はクラウドがその場その場で最適解の攻撃を行っているから。つまりそれが崩れてしまえば三人からの一斉攻撃が飛ぶことになる。
「う……っ!」
「! 花村!!」
我慢比べに先に根を上げたのは陽介だった。
四人の中で最も激戦に激戦を重ね、体力の消耗が激しい彼が膝をつきほんの数瞬スサノオの消失を許してしまうのも無理はない。
だがその僅かなほつれはクラウドにとっては砂漠のオアシスのようなものだ。
「はぁッ!!」
「う、ぐっ!?」
二対一となった一瞬、威力よりも速度を重視したはやぶさ斬りを最も近い位置にいるトモエに叩き込む。幾ら威力を抑えたといえどクラウドの膂力から放たれるそれは千枝からダウンを奪うには十分だ。
「里な──」
「危ない、陽介!!」
狼狽する陽介へクラウドは電撃を放つ。即座にロクテンマオウが庇い出てそれを無効化する。しかし予めそれを読んでいたクラウドはロクテンマオウへ急接近。
斬撃に備え防御の姿勢を取るロクテンマオウへクラウドは跳躍という不測の行動を取る。巨体を踏み台に空へ舞い上がったクラウドはそのまま空中から陽介へシルバースパークの狙いを定めた。
「があああああああああああッ!!」
「陽介っ!!」
身を焦がす電流に絶叫が轟く。やがて倒れ伏す陽介の後方、片翼での不安定な着地を決めたクラウドはトドメを刺すため地を砕き疾風の如く迫る。
「ペルソナッ!!」
クラウドの追撃は目前に広がる巨大な拳に遮られる。イノセントタック──クラウドであれど被弾は絶対に避けなくてはならない一撃だ。全身全霊斬りでそれを迎え撃ち、相殺する。
「ペルソナ……!!」
またしても迫る破壊の拳。奥義であるそれを連発されるとは予想外だ。しかし対処出来ない訳では無い。はやぶさ斬りで威力を殺したそれを屈んで掻い潜る。
「ペルソナアアァァ──ッ!!」
そして三発目。
さしものクラウドもこれをやり過ごす事は出来ない。極限まで身を固め、虹の剣身を盾代わりにそれを防ぐ。
無論イノセントタックを防ぎ切る事など不可能。故に直前で後方へ跳躍し少しでも受け流そうと試みた結果、凄まじい衝撃に撃ち抜かれ後方へ弾き飛ばされるだけに留まった。
「アマテラスッ!!」
「……っ、悪い、悠……! ペルソナァ!!」
ようやく出来たクラウドの隙は一瞬足りとも無駄にできない。即座にアマテラスへチェンジしディアラハンを陽介にかける。戦線復帰を果たした陽介は再度スサノオを君臨させた。
決着の時は近い。語らずとも戦士達は確信する。
双方共に限界だ。これ以上の戦いの継続は望み薄──故に、互いが最後の一撃。
陽介と悠の視線が重なる。相棒の意図を汲み取った二人は同時にアルカナを出現させた。
「っ!?」
「やべ、速──」
しかしそれを割るよりも先にクラウドは駆ける。ただ肉薄という過程に全力を注いだ結果生まれた速度は脅威的だった。
このままではアルカナを割るよりも先にクラウドの剣が彼らの身体を両断するだろう。
技が発動する前に妨害してしまえばいい。邪道だが効果的なその作戦はこれ以上なく実を結んだ。
「──ペルソナッ!!」
横から伸びた巨大な拳がクラウドの握る虹を弾き飛ばす。
訳も分からぬまま突如得物を失ったクラウドは攻撃の方向へ顔を向ける。と、うつ伏せのままにやりと不敵な笑みを浮かべた千枝と目が合った。
ゴットハンドの反動により千枝は再び意識を失う。けれど勝利を確信した笑みはそのままに。
何故ならば──信じているから。
「「ペルソナァッ!!」」
マハガルダインの旋風がマハラギダインの劫火と融合し、灼熱を纏う竜巻が誕生する。
触れるもの全てを呑み込み邁進するその熾烈さたるや、まるで顎を開けた龍のよう。
膨大な力を持つ龍に武器を失ったクラウドは立ち向かうことさえ許されない。筆舌に尽くし難い美しさを目に焼き付けた青年はぽつりと、穏やかな独言を零した。
「────綺麗だな」
そして龍は、
彼を呑み込んだ。
■
「終わった、のか……?」
陽介が口を開くまで辺りには無音が続いていた。
先程までの死闘が嘘のような静まり返った世界。陽介は最初それが何かの前兆なのではないかと不安に陥ったが、いつまでも崩れることの無い穏やかな空気の流れに当てられて歓喜に酔った。
「やった……やったぞ相棒! 俺達、勝ったんだっ!! クラウドに勝てたんだ!!」
「……ああ、そうだな」
高らかな勝利宣言。
長く激しい死闘の勝利を噛み締め、溢れ出る達成感と喜びを身体で表現する陽介。が、疲弊した肉体がついていかずがくんと糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちた。
「うおっ!? ……はは、はしゃぎすぎた……かな」
「フッ……相変わらずだな、陽介」
「わり、相棒。へへ、なんか力抜けちまってさ」
差し伸べられた悠の手を握り重い体を起こす。なんとなく格好がつかないような気がして照れ臭そうに笑った。
ふと悠を見れば柔和な微笑みを携えながら右手を顔の横まで上げていた。彼の思いを汲んだ陽介は同じように右手を上げ、すれ違うように悠の横を歩く。
──パチィンッ!
軽やかなハイタッチの音が響く。
久し振りの感触だ。強敵を打ち破った時はいつもこうして喜びを分かち合っていた。
域な事してくれるもんだ。彼らしい計らいが堪らなく嬉しくて。陽介は振り返る。
そこにはゆっくりと倒れ込む悠の姿があった。
「悠?」
呼び掛ける。返事はない。
傍に座り込んだ陽介は軽く彼の身体を揺さぶる。
「おい、悠」
悠は動かない。
いくら呼んでも答えが返ってくることはない。
やり遂げたような微笑みを残したまま、悠は──事切れていた。
「なぁ、悠! 冗談よせよ!! 嘘だ……嘘だ!! ここまできてそんな事あるかよっ!?」
認めたくない。認められるはずない。
ボロボロと零れ落ちる涙で制服を濡らしながらただ一心に彼の身体を揺さぶる。けれど無抵抗に揺れる悠に現実を突き付けられるばかりだった。
それは、当然の結果だった。
悠の肉体はとうに限界を越えていた。本来ならば立っている事すら苦痛だったのに、仲間を護らなければという強い意志が彼の身体を限界以上に動かしていたのだ。
だからこそ、命を削る奥義であるイノセントタックの連発による反動を受け止め切れなかった。
「悠っ!! 悠ぅぅーーーーッ!!」
悲しい程の静寂の中で陽介の叫びが木霊する。そして、後に残ったのは咽び泣く声だけだった。
ガラリ、
瓦礫が崩れる音が陽介の嗚咽を搔き消す。
視線をやった先には幽鬼のように立ち上がる人影の姿があった。
「もう、いいだろ……」
人影──魔軍兵士クラウドはぎこちなく身体をよろめかせながら近づく。一歩進む度に皮膚の一部が焼け落ち、ズタボロになった羽がひらひらと枯れ落ちる。
まるで壊れた操り人形が無理やり動かされているような地獄じみた光景は、胸を抉るような悲痛を陽介に訴えかけた。
「もういいだろっ!!」
クラウドの肉体はもう死んでいる。今彼を動かしているのはオーブの支配力と参加者を殺して回れというウルノーガから与えられた使命のみ。
そこにクラウド・ストライフという人間の意思はない。空っぽの依代に入り込まれ、死ぬことすら許されず望まぬ戦いを強いられる。
どれだけ生命を侮辱すれば気が済むんだ。湧き上がる憐れみと強い憤りが陽介を立ち上がらせる。
「分かってるよ、クラウド。アンタが何を望んでるのか」
涙を拭い、クラウドを見据える。
ペルソナを出せる力はもう残っていない。最後に頼るのは己の拳。それは武器を失い、技を放つ心をも奪われたクラウドもまた同じだ。
「終わりにしようぜ、クラウド。これが本当の……最後の戦いだ」
複雑に絡み合う因果が齎した死闘。
数多の異能が飛び交い、最大規模の破壊を繰り返したその戦いの終幕はシンプルな殴り合い。
駆けろ青年達。目の前の幻想を討て。
未来を掴み、現実(いま)を乗り越えるために。
■
最終更新:2025年05月06日 15:12