僕は、なにをしているんだ?
2Bが、しんだ。
いいや、違う。2Bは最初からしんでいた。
僕がころしたんだ。
いや、殺したのはA2だ。
でも、A2は僕が◾︎した。
なのにこの世◾︎では生◾︎ていた。
ちがう。
それはA2だけじゃない。
僕も◾︎んでいたはずだ。
そして、2◾︎も。
けど、◾︎きていた。
記憶データだけ◾︎されたのか?
僕が◾︎憶を失って◾︎たんだから、◾︎◾︎もそうだったの◾︎もしれな◾︎。
なら、ここに◾︎た2◾︎は偽◾︎?
で◾︎、僕◾︎本◾︎じゃない◾︎。
願◾︎を叶◾︎るっていう◾︎は、本◾︎なのか?
こんな◾︎してる◾︎合じゃ◾︎い。
殺◾︎なければ。
生き◾︎って、願◾︎を◾︎えるんだ。
そし◾︎、2◾︎を生き◾︎らせなくちゃ。
◾︎Bは僕だけの◾︎なんだから。
壊◾︎。
◾︎す。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す壊す壊す壊す殺す殺す壊す壊す殺す殺す壊す壊す殺す壊す殺す殺す殺す壊す壊す壊す壊す殺す壊す殺す殺す壊す殺す壊す殺す壊す◾︎す◾︎す◾︎す◾︎◾︎殺◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ああああああああああああああ
──────ナインズくんっ!
ちがう。
ちがうだろ、9S(ナインズ)。
おまえには、やるべきことがあるだろ。
なんでこんな当たり前のことを忘れていたんだ。
記憶を取り戻して、2Bが居ないことを思い出して、全てを失ったつもりでいた。用意された血濡れた道を歩まなければ自分の存在意義が、2Bの痕跡が無くなってしまうと思っていた。
けれど、ちがう。
僕にはまだ、守らなければならない人がいる。文字通り、一度捨てたこの記憶(いのち)を懸けてでも護り抜かなきゃいけない存在がいるんだ。
Q.それは、人類だから?
A.ちがう。
Q.それは、2Bに似ているから?
A.ちがう。
Q.それは、約束をしたから?
A.すこし、ちがう。
Q.それは、〝星井美希〟だから?
A.そうだ。
美希は、僕に言った。
ナインズくんを一人にしない、と。
感情を読むことに長けているわけじゃないけど、その言葉が嘘じゃないことくらいはわかった。
思えば美希はこの十二時間、ずっと一緒にいてくれた。
歌を歌ってくれたり、彼女の世界について教えてくれたり──他愛のない会話一つ一つが、僕にとってはすごく新鮮で、嬉しくて。
一緒に記憶を取り戻す、なんていうのは建前で……ただ彼女と同じ時間を過ごしたかったのかもしれない。
死なせない。
絶対に、死なせてたまるか。
美希はまだ生きている。生命反応は途絶えていない。
なら、お前にできることはなんだ。
こいつを──セフィロスを倒すことだろう。
美希、ありがとう。
あなたに出会えていなかったら、僕はきっと破滅を迎えていた。
僕を一人にしないと言ってくれたあなたを、嘘つきになんかさせない。
改めて、誓おう。
──僕は、貴方を護ります。それがナインズ(ぼく)の生きる証だから──
◆ ◆ ◆
セーニャの手は星井美希の顔に向けられている。
魔法の心得がある者が見れば気が付くだろう。その手に宿る魔力は回復呪文を行う者のそれではない。明確な殺意を伴っている。
(そうですわ……この子を殺して、カミュさまたちを殺して……お姉様を生き返らせなくちゃ。そして、お姉様をもう一度私の手で壊すの)
可哀想だけれどしかたがない。
だって、壊さなくちゃいけないんだから。
それが今の自分の生きる意味。なにかを壊すことでしか快楽を得られず、殺戮に身を委ねている時間は恐怖を忘れられるから。
「うふ、うふふふ。あははははは……っ!!」
星井美希を殺すのなんて簡単だ。
たった一発、最下級呪文(メラ)を撃つだけでこのか細い命の灯火は消え失せる。
満たされるのだ。ジェノバ細胞とGウイルスが与える地獄の苦痛から逃れられる。代わりに与えられるのは形容しがたい至福と達成感。
それと比べればこんな無力な少女一人の命など、無価値に等しい。今ここで潰えたところでなんら影響ない。
「あはははははっ!! あはは、あははは……!!」
壊せ、セーニャ。
本能の赴くままに。
殺せ、セーニャ。
人形として役目を果たせ。
殺せ。殺せ殺せ壊せ。
哀れなマリオネットは踊る。
手に込めた魔力を凝縮させ、その呪文を唱えた。
「────ベホ、マ…………ッ!」
優しい光が星井美希の身体を包み込む。
柔肌に痛々しく刻まれた外傷が塞がり、幾らか呼吸が落ち着く。血色は未だ戻らないが触れかけるほど目前であった死からほんの少しだけ離れることができた。
「──ベホマっ! ベホマ……っ!」
制限下では本来手術を必要とするような重傷は治せない。ゆえに何度重ねがけしたところで命の危機という状況を脱することは不可能だ。
けれど、それはイコール無駄ではない。医療において大切なことは生きようとする意志だ。
星井美希が生きることを諦めていない以上、この治療によって彼女が助かる可能性はゼロではなくなったのだ。それが針の先ほどの極めて僅かな確率であっても。
「…………っ、……!」
身体が悲鳴を上げる。
破壊を求めて右腕ががくがくと大袈裟に暴れる。
想像を絶する苦痛と渇望が一瞬の間も置かず襲いかかる。
「……ッ、……私は、…………っ!」
苦しい、辛い、痛い、気持ち悪い。
本能さえ乗っ取らんとする悪意の塊が心に染わたる。なるほどたしかに、数多の悲劇によって弱り擦り切れた心であれば容易く呑み込まれていただろう。
「────負けないッ!!」
けれど、それはもしもの話だ。
カミュの、ハンターの、9Sの、美希の諦めない姿を見てセーニャの精神は成長を遂げていた。無力な己への怒りと、彼らに応えなければという雄心が人形(マリオネット)を聖女へと昇華させた。
これで罪が消えるだなんて思っていない。
最初から許されたいとも思っていない。
セーニャが今美希を助けているのは、自分自身の意思によるものだ。
何者にも囚われず、命令されず、助けたいから助ける。カミュたちが当たり前のように行ってきたそれはセーニャにとって困難極まりないことだった。
「もう、私は…………間違えない……! なにがあろうと、絶対に…………ッ!!」
その言葉の意味する重みは自分自身が一番よくわかっている。絶対なんてものは存在しないなんて承知の上だ。
だからこそ、この宣言は戒めだ。もう二度と間違えない。心のない人形はついに見失っていた自分を探し当てた。
殺戮を求め震える右腕を自由の利く左手で握る。ぎゅう、と。血が滲むまで強く、強く。
「私は、高潔なるベロニカお姉様の妹────〝聖賢〟セーニャですわ!!」
右腕の震えはもうない。
破壊衝動を抑え込んだ彼女は、ただ目の前の少女を治すために呪文を紡ぐ。懸命な治療の成果か、美希の右腕がずるりと動いた。
「……っ、……!」
動かないで、と。言おうとした口はすぐに閉ざされる。力のない美希の右手は反射で無作為に動いているわけではなく、なにかを目指すように真っ直ぐと伸びていることに気がついたから。
向かう先は美希自身の頭。御伽噺のお姫様を思わせるような銀色に光る髪飾り。金色のマテリアに装飾を施されたそれを髪から外し、天へ掲げてみせた。
重傷の身でただそれだけのことをするのが如何に苦痛なのか、セーニャはよくわかる。掲げられた髪飾りごと美希の手をそっと両手で包み込んだ。
(……あなたも、戦っているのですね…………)
触れてみて初めて髪飾りの魔力に気づく。
瀕死の美希が託してくれたそれはただのアイドルをも一人の戦士に変えるほど強力な代物。緑色のヘアバンドの代わりに、鮮やかな銀色がブロンドの髪を彩る。
彼女に渡ったことに安心したのか、美希は再び意識を失う。 聖賢の瞳には決して淀むことのない光が宿っていた。
最終更新:2024年10月20日 23:44