『────ポケモンはトレーナーの正しい心に触れることで物事の善悪を判断し、そして強くなる』
──ホウエン地方四天王、ゲンジ
◾︎
夢物語だと思っていました。
トレーナーとの絆こそが、何にも勝る力となる。
そんな謳い文句を幾つも見聞きして、私もそれを信じていました。
いいえ、きっと──信じたかっただけ。
薄々、そんな不確かで曖昧なものよりも、合理的な取捨選択こそが力なのだと気付いていました。
そんな現実を受け止めたくなくて。
いつしか私は、思考を止めてトウヤの指示に従っていました。
アイリスはどう思うか。
本当に、これが強さなのか。
そんな風に考えると、毒に侵されたかのような頭痛に襲われて。
心臓を茨に巻き付かれたような、鋭い痛みに見舞われて。
私は、己の本心から逃げ続けていました。
部屋で、ジャローダと会話をしました。
けれど彼女は、私よりも先に〝現実〟に気が付いていて。
私よりもずっと実力を伴う彼女は、まるでそれが真実だと突き付けるように。
物言わぬ、トウヤの人形と化していました。
ああ、やっぱり。
彼女は、私より遥か先を進んでいる。
それを自覚した途端、全てを投げ打ちたくなりました。
諦めていたのかもしれません。
私やアイリスの理想は、間違いだったのだと。
旅路の中で変わってしまったトウヤの考えこそが、強さに直結するのだと。
そう自分自身を納得させることで、苦しみから解放されたがっていたのかもしれません。
──そんな時でした。
赤い帽子を被った少年。
トウヤに似ていて、けれど決定的に違う存在。
彼は手持ちのピカチュウとオーダイルを、強く信頼しているようでした。
そしてそれは、逆も然り。
少年の期待に応えるように、持ちうる限りの力を尽くす二匹の姿を見て。
私の心は、強く揺さぶられた。
ああ、もしかしたら。
この子たちなら、もしかしたら。
夢を叶えてくれるかもしれない、なんて。
身勝手なのは重々承知しています。
けれどもう、トウヤを止められるのはこの世に貴方達しかいないから。
純粋だった少年の心に火をくべられるのは、今この瞬間しかないから。
だから、どうか。
絆の糸よ、解けないで。
◆
レッドから見て、旗色は非常に悪い。
既に優勢は目に取れるというのに、トウヤは一切油断も隙も晒す気配がない。
一パーセントの危険すらも排除し、妥協を許さない指示は残酷とさえ思える。
順当にいけば、トウヤの勝利は揺るがない。
もしも観客がいればそう思うのが当然の状況。
「ピカ、かげぶんしん! オーダイル、かみくだく!」
けれど、この少年は。
己と、相棒達の勝利を微塵も疑わない。
「ジャローダ、リーフブレードで切り払え! オノノクスは後ろに回り込め!」
翠色の横薙が分身を霞へ変える。
オーダイルの巨牙はオノノクスの影を噛むだけに終わり、回り込んだ竜の反撃を警戒し横っ飛び。
疲弊の息衝きを呑み込んで、オーダイルは再びオノノクスの鱗を噛み砕かんと迫る。
「オノノクス、下がれ」
やはり、捉えられない。
空振りに終わるオーダイルの隙を縫うように、ピカチュウが電撃を二匹へ放つ。
素早さに秀でたジャローダ、強化によりそれを上回る機動力を得たオノノクスはこれを余裕を持って回避。
体勢を立て直すオーダイルとピカチュウが、互いに背を預ける形に。
「へへ、強いなトウヤ……!」
「…………それはどうも」
二人の王者は、戦況と相対するかのように対照的。
窮地に立たされているレッドは心底楽しそうに笑い、勝利の兆しが見え始めたトウヤは無表情。
単なる心境の違い、という言葉で片付けていいほど単純な話ではない。
深い根っこの部分で繋がっている二人だからこそ、彼らが立っている舞台は、背負っているものは。
決定的な差を紡ぎ出し、遥か遠く映し出される。
「おかしな人ですね、負けるかもしれないのに笑うなんて」
だから思わず、問いかけた。
バトルの最中に余計な私語を挟むなど、とっくに無駄だと思っていたのに。
それでもこの少年は〝話す価値〟があると、そんなふとした気紛れで。
返答なんてろくに期待していなかったけれど、レッドは笑顔を崩さずに応える。
「まだまだだな、トウヤ」
歯を食い縛り、挑発の笑み。
弧を描く目元の先にいるトウヤは、ぴくりと眉を顰める。
「負けそうになるくらい白熱したバトルだからこそ、勝った時の喜びが大きいんだろ!」
────言葉が、詰まる。
返答する価値もないだとか、そんな理由ではなくて。
脳裏を掠めるセピア色の残影が、喉を震わせた。
勝負事においてなんの意味もないと、奥底に封じ込めていた懐旧の記憶。
少年の手によって無理やり引きずり出されたそれは、風の音や景色、草原の匂いまで鮮明に再現する。
『────がんばれ、ツタージャ!』
思い出したくもない、かつての自分。
絆が力となり、激励が勝利に繋がると本気で信じ込んでいた未熟な青二才。
邪魔だと切り捨てたはずのそれを、目の前の王者はさぞ大事そうに抱えていて。
得体の知れない忌々しさが、胸を焼いた。
「そんな強がりも、勝たなきゃ意味がない」
それを受けてか。
彼にしては珍しく、勝負を急ぐ。
水面に波紋を作り出すかのように、場の流れに手を加える。
「────ジャローダ、リーフストーム」
空気が変わる。
逆巻く強風が、ひしめく大地が。
この場にいる生命に、極度の緊張をもたらした。
「ピカ、オーダイル! 柱の裏に隠れろ!」
下した号令に耳にして、二匹は迅速に障害物に身を隠す。
もしその命令がなくとも、本能で回避を選ばせたであろうと確信させる厄災。
〝それ〟が鎖から解き放たれたのは、二匹が跳び立つのとほぼ同時であった。
「────っ……!」
咆哮、大嵐、竜巻、暴風、鎌鼬。
足りない。それを形容するには、どれも足りない。
荒れ狂う翠風は螺旋を描いて、中庭の一部を抉り取り我が物顔で突き進む。
捲り上がる地面、散る草花。
直撃を受けた柱に穴が開き、重厚な音を立てて地へ沈む。
もはや応戦どころではない。
回避に全力を尽くすピカチュウ達は、もう一つの脅威を野放しにしてしまった。
「オノノクス、りゅうのまい」
それは、冷酷な死刑宣告。
無慈悲な指令を聞いたのは、オノノクスだけではなく。
暴風の中でも確かに届いたその声に、レッドは戦慄を抱いた。
三段階の強化を経たオノノクス。
素の力では四匹の中で最も劣っていたはずの彼女は今、〝最強〟の存在と化した。
◾︎
────リーフストーム。
莫大な威力と引き換えに、己の特殊攻撃力を著しく下げる大技。
安定しない命中率とデメリット効果を鑑みて、下手な乱用は身を滅ぼすとトウヤは考えている。
事実、無造作に振るわれた大技は一匹も仕留められず、自身の能力を下降させるだけの結果で終わった。
しかし、それはシングルバトルでの話。
「ジャローダ、戻れ」
「え……!?」
トウヤの手にあるボールへ、赤い閃光と共に吸い込まれるジャローダ。
二対二のバトルの最中で、戦闘不能に陥った訳でもないポケモンを下げるなど正気の行動ではない。
驚愕するレッドはしかし、彼の狙いをすぐに察する。
(まさか────!)
「オノノクス、ドラゴンテール」
推察の答え合わせをするかのように、オノノクスがオーダイルへ飛び掛かる。
もはや回避が間に合うレベルではない。
咄嗟に防御したオーダイルの巨体を、しなる尻尾が無慈悲に吹き飛ばす。
「ピカ、十万ボルト!」
「かわせ、オノノクス」
残るピカチュウの電撃を、オノノクスは余裕を持って回避する。
これが、ジャローダが不在である〝一手〟で行われた攻防。
「いけ、ジャローダ」
そして再び、森の君主が顕現する。
森林に住まう生命を平伏させる高貴さを纏って、それは目前の敵を睨む。
空気のざわめきと共に訪れる不穏な予感。
当たって欲しくないと願っていた推測は、答えとなって示された。
────ポケモンバトルの基礎の話をしよう。
バトルの最中に行われた〝りゅうのまい〟や〝つるぎのまい〟といった能力値の変化は、永続ではない。
一度ボールに戻してしまえば、ポケモンのステータスは元の値に戻される仕組みだ。
ここで重要なのは、なにも戻されるのは強化効果に限らないということだ。
ステータスが元に戻るのであれば、逆を言えば──能力値が下がった場合、一度ボールに戻してしまえばいい。
言うだけならば簡単だが、思いついても出来るような者はそういない。
ダブルバトルにおいて一匹を戻すということは、残された一匹で二匹の相手を担うことが強要されるのだから。
まともな神経をしていれば、そんな不利に直結するようなことはしない。
「ジャローダ」
けれど、例えばそれが。
圧倒的な能力上昇で、他の追随を許さない力を得た者が残されたのならば。
たったの〝一手〟程度、時間を稼ぐことなど造作もないのかもしれない。
「リーフストーム」
暴威が降る。
先程のそれと全く遜色のない破壊力を伴って、潰滅の限りを尽くす大自然の奔流。
二度目となるそれは、強制的にレッドの選択肢を奪い去った。
「ピカ、オーダイル! 避けろ!」
回避を怠れば即座に敗北を叩き付けられる。
大袈裟なまでの横っ飛びでリーフストームをやり過ごすが、そう何度も躱せるものではない。
砕けた柱の破片がピカチュウの身体に衝突し、短い悲鳴を上げさせた。
「戻れジャローダ。オノノクス、ドラゴンテール」
負傷したピカチュウを気にかける余裕もない。
再び下げられるジャローダ、同時に襲いかかるオノノクス。
そこからはもう先の光景の焼き直し。距離を取らされたオーダイルと、ピカチュウの反撃を躱すオノノクスの姿。
────戦況は絶望的。
ペースが、完全に呑まれ始めている。
トウヤの姿が遠く、遥か遠くに見える。
眼前のオノノクスが、怪獣の如く巨大に映る。
勝ち目などまるで見えない。
だというのに、この少年は。
逆境の中でこそ、熱く燃え滾る。
風で吹き飛ぶ赤い帽子。
鮮明に映える王者の顔。
レッドは────笑っていた。
◾︎
トウヤは理解できなかった。
レッドが浮かべている笑みの正体を。
まさか、ここから打開策でもあるというのか。
常人では到底並び立てぬ思考力を持ってしても、答えは出せずにいて。
再びジャローダを出そうとボールに手をかけた、まさにその瞬間。
「オーダイル!」
強く、振り絞るような声色。
ぴたりと嵐が止んだような、そんな〝予感〟に囚われた。
「────じわれ!」
今度はトウヤが目を剥く番だ。
じわれ──地割れ。その単語の意味を理解すると同時、夥しい情報量が彼の脳を埋め尽くす。
(馬鹿な、オーダイルはじわれを覚えないはず……!)
まず最初に浮かぶ疑問はそれ。
トウヤの知る限り、オーダイルはじわれを習得しない。
全てのポケモンが習得するワザを死ぬ気で叩き込んだのだ、〝ほぼ〟間違いないと言っていい。
────要するに、断言はできない。
この世には、なみのりやそらをとぶを覚えるピカチュウがいるという。
通常では習得不可能なわざを、果たしてどんな理屈か、使用出来るポケモンが確かに存在するのだ。
加えてオーダイルは、じわれこそ覚えないが同系統の〝じしん〟を習得できる事実がある。
なにより、決め手となったのは。
一瞬の迷いもなく片足を振り上げ、今まさに地面を蹴り抜こうとしているオーダイルの姿。
「────オノノクス、上に跳べ!」
トウヤは、誰よりも勝利に徹底している。
驕りや油断といった、読み負ける要因の尽くを排除してきた。
それが例えどんなに可能性の薄いものだとしても、一切の妥協を許さない。
戦闘特化のアンドロイドであるA2にさえ、容赦がないと称されるほどに。
並のトレーナーであれば、目先のメリットを優先して攻撃指令を下すであろう。
じわれは当たりさえすれば一撃必殺であるが、その命中率は恐ろしく低い。
けれどそれはつまり、ゼロパーセントではないということだ。
理を突き詰め続けたトウヤは勝負事において、〝天運〟というものに信頼を置くことができなかった。
そして、それが。
トウヤのその容赦のない性格が。
このバトルの風向きを変えた。
オノノクスが跳ぶ。
オーダイルが地面を踏む。
同時に起きた出来事。同時に行われた攻防。
しかし結論から言えば、一撃必殺の地殻変動は起きなかった。
〝起きるはずが〟なかった。
「っ──、しま────」
しまった、と。
口にするよりも先に、遮られる。
力強い指差しが狙いを定めて。
翼も持たずに宙へ投げ出され、機動力を殺されたオノノクスへ。
少年の相棒が、目を光らせた。
「ピカ、でんじは!」
黄色い円形の帯がオノノクスを包み込む。
バチバチと、強烈な静電気が鱗を迸る。
着地と同時に体勢を崩す竜の姿が、彼女の身に起きた異変を存分に知らしめた。
(やられた……!)
この瞬間、オノノクスが受けてきた素早さ上昇の恩恵は無意味と化す。
最初から狙いはこれだったのだ、と。理解した瞬間に抱いた感情は畏怖に似ている。
よもやポケモンバトルでブラフを交えるなど、それこそ無法も無法。
しかしトウヤが総毛立つ理由は、それではなかった。
あの瞬間オーダイルは。
躊躇いも逡巡もなく、覚えもしない地割れを行う〝フリ〟をしてみせた。
どんなに忠実なポケモンであろうとも使えないわざの命令を下されれば、まず戸惑いを見せるはずなのに。
あの一瞬で意図を汲み取る知能を持っていたのか、もしくは────よほどの信頼関係を築いていたとしか思えない。
そう──、絆や信頼。
トウヤが〝不要〟と切り捨てたそれが決め手となって。
今まさに、形成を覆す要因となったのだ。
「ピカ、ボルテッカー!」
「っ、……ジャローダ! リーフブレード!」
ノイズを振り払いジャローダを出す。
固定砲台の役目は、相方であるオノノクスが麻痺している以上放棄するしかない。
電撃纏う突進がオノノクスに到達する寸前、ジャローダの尾がそれを相殺する。
「オーダイル!」
呼びかけられたオーダイルが攻撃態勢に入る。
ペースを乱されたことに僅かに動揺の色を見せたトウヤは、オノノクスへの指示を迷う。
今のオノノクスの機動力は皆無に等しい。下手な回避は困難だろう。
しかし、りゅうのまいによって得た攻撃力上昇の効果はまだ潰えていない。
オーダイルの攻撃の癖はもう見抜いた。
顎を大きく開ける姿勢、今まで散々みせた〝かみくだく〟の予備動作だろう。
今のオノノクスであれば十分に受け止められる。そこで反撃を見舞えばいい。
そんなトウヤの〝妥協〟は、
致命的なミスとなり、窮地を引き寄せる。
「こおりのキバ!」
喉奥から息が漏れ、汗が頬を伝う。
驚きよりも先に、己の犯した失態に血の気が引いた。
そうだ、あの地割れはブラフ──つまりオーダイルはまだ四つ目のワザを見せていなかった。
「く、……オノノクス! きりさく!」
「いっけーーー! オーダイルっ!!」
冷気を纏う巨牙がオノノクスの首筋に食らいつく。
黄金の鱗に亀裂が走り、弱点であるこおりタイプということも相まって容易く防御を貫いた。
苦悶の呻きを上げるオノノクス。
勝負が決してもおかしくないダメージを負いながら、それでも応戦する彼女もまたこの死闘に参加する〝資格〟を有していると言える。
「オノノクス……!」
「オーダイルっ!」
牙と牙が、互いの首筋へ突き立てられる。
どちらかが倒れるまでこの拮抗は続くのだと、誰もが確信する。
ここまで来れば互いのトレーナーが介入できることなど、なにもない。
「グルルル……」
オノノクスが低く唸る。
その声が届いたのは、相対するオーダイルだけだった。
──〝どうして、貴方は戦うのですか。〟
竜の問いかけに、鰐が答える。
「オォダ、ァ……!」
──〝この人になら、従ってもいいと思ったからさ。〟
蒼玉のような澱みのない瞳。
濁りのない、宝石のような煌めき。
ああ、そうか。と。
やっぱり自分は間違っていなかったのだと。
オノノクスは、まるで何かを掴んだかのように。
後のことを託すかのように。
紅玉のような瞳を、静かに閉ざした。
◾︎
ずしんと、大きな質量が地に伏せる。
力を失い倒れるオノノクスを、勝者であるオーダイルが見下ろして。
誇り高さを象徴するような彼の笑みが、陽光の下で輝いた。
「へへ、やったな……オーダイル!」
「………………戻れ、オノノクス」
オノノクスを失った今、トウヤができる事はぐんと狭まる。
振り返るピカチュウとオーダイルの視線が、ジャローダへと向けられた。
二匹同時の猛攻を凌げるような機動力は、今のジャローダにはない。
オノノクスをボールに戻すと同時、焦燥と決意の入り交じった顔を浮かべた。
背に腹はかえられない。
未来を見据えて出し惜しみすれば、今を切り抜くことなど出来ない。
そうしてトウヤが導き出した答えは────
「ジャローダ、リーフストーム!」
三度目となる大技。
異なる点は、もうデメリットを打ち消す手段がないということ。
一度きりの大技──乱発を避けるべきと下したが、今撃たずにして〝次〟は来ないだろう。
破壊の権化が辺りを灼き尽くす。
避けろ、と。迷いなく下された指示は、暴風に掻き消されたのか否か。
もしくは届いたが、それが許される余力が残されていなかったのか。
「グ、オォ……ダ…………ッ!」
翠色の螺旋がオーダイルを呑み込む。
タダでさえボロボロであった肉体が、弱点の大技を耐えることなど出来るはずもなく。
強靭な筋肉に無数の切創を走らせ、骨が軋む音を聞きながら。
圧倒的な推力に見舞われて、壁へと叩きつけられたオーダイルはそのまま倒れ伏した。
「オーダイル!!」
「ジャローダ、リーフブレード!」
「っ、……ピカ! 避けろ!」
オーダイルを気遣う余裕もなく、流れざまに放たれるジャローダの一撃。
反撃の体勢を立て直す暇もなく襲いかかる連撃。ピカチュウは大きく後方へ距離をとる。
「オーダイル、ありがとう……よくやった! ゆっくり休んでくれ!」
警戒をそのままに、オーダイルをボールへと戻すレッド。
トウヤもまた、今まで以上に慎重に相手の出方を伺う。
顔を向かい合わせ、対峙するピカチュウとジャローダ。
戦況も
ルールも一変した今、今まで以上の緊張が迸った。
「言っただろ、トウヤ」
レッドの声が耳を木霊する。
「バトルは負けそうな時ほど、楽しいんだって」
言葉のやり取りをする気など毛頭ないのに。
この飢えを満たすのは、戦いだけだと思っていたのに。
なぜだかその声を無視することが出来なかった。
「今のトウヤも、そんな顔してるぜ!」
華やかで、濁りのない笑顔。
曇天の隙間から差し込んだ陽光のように、眩しくて。
チャンピオンという栄誉に囚われず自由に。
未だ残影を追いかける自分を置いていくように。
ただひたすらに前を向き続ける彼にあてられたのか、トウヤの口元には薄笑いが浮かんでいた。
「第二ラウンドです、レッドさん」
「ああ! ──のぞむところだっ!」
ああ、もしかしたら。
自分が本当に求めていたのは、〝勝利〟ではなく。
敗北だったのかもしれない、なんて。
────ひどく、今更な話だ。
◾︎
「イレブン! あれ──って、うわっ!?」
ベル達が中庭に辿り着いたのは少し前。
リーフストームの余波が周囲を呑み込む瞬間。
王の間で見た時よりも凄惨な戦場に、ベルの体を庇うイレブンは戦慄を抱いた。
「…………とめないと、」
それは半ば、己へ発破をかけるためのまじない。
こうして使命感を与えなければ、尻込みしてしまいそうだったから。
死闘を広げる彼らとイレブンたちを隔てるのは、頼りない腰程の高さの鉄柵のみ。
いつ誰が怪我をするか分からない状況に急かされ、イレブンはラリホーを撃とうと掌に魔力を宿らせる。
「まって、イレブン!」
そして、それを止めたのは。
潤んだ瞳で見上げるベルの一声。
「ベル…………?」
「よく見て、イレブン! 二人の顔!」
なぜ止めたのか、と。
そんな疑問を先読みしたかのように、ベルが述べる。
「…………あ、……」
目を凝らす。
我ながら、間の抜けた声を漏らす。
イレブンが見ていたのは、ポケモン達が繰り広げる激闘という状況だけだった。
けれど彼らの顔に注目してみれば、まるで見え方が違ってくる。
なんのしがらみもなく。
殺し合いという使命も忘れて。
自分自身をぶつけ合う彼らは、まるで互いのことしか目に入っていないようで。
想起したのは、戦いを会話とするグロッタの闘士たちだった。
「二人とも…………すごく、楽しそう」
ベルの顔は、どこか羨ましそうで。
テレビの中でしか見た事がなかったチャンピオン達の戦いに馳せる、一緒に巣立った幼馴染の姿を、自慢気に見ていて。
遥か遠くにいる彼の姿を、心から祝福しているようで。
「……そう、だね」
勇者は、見届ける道を選ぶ。
歴史上においても、最高峰のポケモンバトルを目の当たりにするのは、たった二人の観客(オーディエンス)。
世代を越えて、時空を越えて。
集う彼らは、前を向き続ける。
(次なる世代へ)
────アドバンス・ジェネレーション。
◆
勇気凛々 元気溌剌
興味津々 意気揚々
ポケナビ持って 準備完了!
先手必勝 油断大敵
やる気満々 意気投合
遥か彼方 海の向こうの
ミナモシティに 沈む夕陽よ
ダブルバトルで 燃える明日
マッハ自転車 飛ばして進もう!
WAKU WAKU したいよ
ぼくらの夢は 決して眠らない
新しい街で トキメク仲間
探していくんだよ
最終更新:2025年06月05日 20:48