『────ポケモンには優しく、どこまでも優しくしてあげてね。
あなたのポケモンはあなたのために頑張るんだから!』
──フタバタウン、ママ
◾︎
「ピカ、かげぶんしん!」
「ジャローダ、リーフブレード!」
一対一、シングルバトル。
何事も介入を許さない、正真正銘混じり気のない実力勝負。
命運を預けられた相棒は、〝全力〟という形で主人へと応える。
「ピカ、十万ボルトだ!」
「避けろジャローダ! 返しにアクアテール!」
指示をするたびに。
攻撃を当て、受けるたびに。
かつて見た、旅の記憶が蘇る。
「まだまだ! ピカ、でんじは!」
「ジャローダ、柱を盾にして回り込め!」
──〝ねえ、ツタージャ。〟
「後ろからリーフブレード!」
「尻尾で受け止めろ! ピカ!」
──〝誰にも負けないぐらい、強くなろう。〟
「がんばれ! ピカ!!」
「っ──、…………」
──〝ボクたちなら、きっとできるよ。〟
ジャローダが打ち負ける。
体勢が崩れ無防備な腹を晒す蛇姫へ、鋭い電撃が振るわれた。
苦い結果に歯噛みをしながらも、トウヤはその光景をどこか予感していた。
なぜだろうか。
打ち合いに関しては、体格の勝るジャローダの方が有利だというのに。
トウヤはこの結果に、不思議と疑いを持たなかった。
「ピカ、もう一押しだ!!」
「ジャローダ、リーフブレードを地面に撃て!」
追撃を仕掛けるため、疾駆する電気鼠。
避けるためでもカウンターのためでもなく、縦一文字の斬撃が大地を貫いた。
抉れた衝撃で四方八方へと繰り出される無数の礫。
散弾となって襲いかかるそれらは、でんきタイプであるピカチュウにとって致命的な弱点となる。
「よけろ! ピカ!!」
引き連れた影分身のうち、いくつかが身体を撃ち抜かれ霧散する。
しかし本体であるピカチュウは、壁や倒れた柱を駆使した三次元的な動きで、掠り傷一つ負わずにやり過ごした。
「ピカ、ボルテッカーだ!」
「ジャローダ、リーフブレード!」
着地から切り返し、迅雷と化すピカチュウ。
ジャローダもまた翠緑の斬撃で返し、互いに衝撃で弾かれる。
ぐるりと反転する身体。
そのまま回転を活かして互いに尻尾を打ち付け合い、幾度目かの鍔迫り合い。
軽快な音が鳴り渡る。
ワザでもない純粋なフィジカル勝負。
一瞬の拮抗の後、疲弊の差により今度はピカチュウが吹き飛ばされた。
「ジャローダ、追いかけ──っ!?」
追従の指示を下そうとして、異変を悟る。
蛇妃の体表にはバチバチと電気が迸り、高貴さを失わなかった顔は苦しげに歪んでいた。
「〝せいでんき〟か……っ!」
「へへ、さっすが俺の相棒!」
ピカチュウの特性、せいでんき。
その効果は接触技を受けた際に発揮し、低確率で相手を麻痺状態に陥れる。
この土壇場でそれを引き当てるなど、なんという幸運の持ち主だろうか、と。
そんな無粋な考えを浮かばせたところで、トウヤは首を振る。
────幸運?
本当に、そんな言葉で片付けていいのか。
このレッドという男は、これまで幾度も不合理な戦い方を見せつけてきた。
それの原動力となったのは、ポケモンへの揺るぎない信頼。
ならばこの現状も、理に囚われない力が働いたのではないのか。
「ジャローダ……ピカチュウをよく見ろ。冷静な君なら出来るだろう」
それに気がついたところで。
トウヤに出来ることは、理に満ちた戦法。
「ピカ! かげぶんしん!」
ジャローダはそれに無言で従う。
細めた瞳がピカチュウを追いかける。
五匹の分身が撹乱のために動き回るが、冷静さを乱さないジャローダには意味を成さない。
絶え間なく動き回るピカチュウに対し、ジャローダは最小限の動きで対応する。
どこまでも対照的な〝静〟と〝動〟の戦い。
「ピカ! ────!」
「ジャローダ、────!」
繰り出される電撃や突進は、蛇妃を捉えられずに時間だけが浪費される。
しかし残像を描くほどのスピードに加え、麻痺が響いて完全には躱しきれず、チリリと焦げ跡が目立ち始めた。
体力が消耗してゆく。
精神がすり減ってゆく。
折れぬ意志、欠けぬ理念。
磨き上げられた宝石のように、硬く美しく。
互いの掲げる輝きを、これでもかと見せつけ合う。
「がんばれ、ピカ──!!」
「っ、…………!」
そこにいるのは、王者ではない。
冠もマントも放り投げて、強敵(ライバル)と競い合う挑戦者。
「ジャローダ────」
栄光も、過去も、彼らを縛るものは何もない。
無垢でまっさらな一人の旅人となって、高みを目指す。
必要なのは知識でも、技術でもなく。
金剛のように、決して砕けない〝情熱〟。
口にすることなど、もうないと思っていた。
今更彼女にそれを言う資格など、ないと思っていた。
強くならなくちゃ、と。
そんな呪縛に囚われていた心が、熱に当てられて雪解けるように。
風に帽子をさらわれた少年は、喉奥を震わせる。
「────がんばれ!」
旅人の一声は、鋭く空気を切り裂いて。
耳にした蛇妃の目には、かつての情景が広がる。
戦って、負けて、負け越して。
悔しさに打ち震え、誰にも負けないと臆面もなく宣言する少年を見て。
その道を共に歩もうと誓う、自分の姿が──そこにいた。
◆
彼(トウヤ)が私を選んだ理由は、本当に些細なきっかけだったらしい。
最初の三匹の中で、私が一番人を怖がっていたから。
そんな意味のわからない理由に首を傾げていたけれど、彼と旅をする中でなんとなく本心が見えはじめた。
私は、人と関わるのが怖かった。
人間というのはポケモンよりもずっと複雑な感情を持っていて、何を考えているのかまるで分からなかったから。
閉鎖的な世界で閉じこもることを理想としてきた私は、自然と外の世界に対して消極的になっていた。
きっと彼は、そんな私の気持ちを見抜いていたんだと思う。
少しでも私を前向きにさせようと。
少しでも私に世界の広さを教えようと。
途方もない旅の相棒として、選んだのだろう。
『ねぇ、ツタージャ』
『ジャァ?』
何気ない会話。
まだ彼の手持ちが私を含めて三匹しかいない頃。
苦手なむしタイプで固めたヒウンジムのジムリーダーに、それは見事に返り討ちにされた時の記憶。
私たちは、夕陽のよく見える丘にいた。
『ごめんね。君を勝たせられなくて』
彼の気持ちは、分からなかった。
負けて悔しいのは、誰よりも彼自身のはずなのに。
口癖のように「ごめんね」と口にする彼が何を考えているのか、理解できなかった。
けれど思い返してみれば。
それが私の、行動理念だったのかもしれない。
『ツタージャ。ボクはね、一番にならなくてもいいと思ってたんだ』
ぽつりと、帽子を深く被り直してトウヤが言う。
いきなり何を言い出すんだと、訝しげな視線を向けた覚えがある。
そうするとトウヤは少しだけ微笑んで、思い返すように目を閉じた。
『ベルもチェレンも、一緒に一歩を踏み出したから。ボクだけが先を歩く必要もないかな……なんて、そんな風に考えてたんだよ』
知ってる。
その光景は、ボール越しに見ていた。
きっとそれはベルが選んだミジュマルも、チェレンが選んだポカブも同じだったはずだ。
『けれど、ね。ボクはボクが思っていたよりも、ずっと負けず嫌いだったみたいだ』
夕陽に照らされた彼の顔が、儚げに映る。
眉尻を下げて、唇を震わせる彼はとても悔しそうで、私はなぜだかそれを見るのが嫌だった。
『負けてもいいだなんて、そんな中途半端な気持ち……ベルもチェレンも持ってない』
いや、きっと彼が悔しいのは。
バトルに負けたことじゃなくて、それを受け入れていた自分自身なのだろう。
物事を俯瞰的に見てしまう〝れいせい〟な性格だからこそ、断片的に彼の感情を読み取れてしまう。
『それに気付かせてくれたのはキミだ。ありがとう、ツタージャ』
ひどく穏やかに、そう微笑むトウヤ。
橙色の光源が横に差し、彼の顔に明暗がくっきりと浮き上がる。
私は、控えめに頷くことしか出来なかった。
────うそつき。
どうしてだろう。
人の考えなんて、まるで分からないのに。
私はなぜだか、トウヤの心だけは読むことができた。
トウヤは嘘をついていた。
まるっきりの出任せではないけど、彼が勝ちに拘るようになったのはそれだけの理由じゃない。
本当の理由は、私にあった。
『ジャ、ァ…………』
負けず嫌いだったのは、私。
プライドが高くて、高飛車で、身の丈に見合わない自信に満ちていた私は。
敗北という屈辱に耐えられなかった。
トウヤはそんな私の性格を、誰よりも先に見抜いていたんだ。
彼は、私よりずっと冷静だった。
可能な限り私を傷つけないように、優しい嘘を吐き続けて。
がむしゃらに、だけど的確に。勝利を得るため成長を遂げていった。
────ねぇ、トウヤ。
────あなたを変えてしまったのは、他でもない私なの。
彼から純真さを奪い取ったのは、私だ。
だからせめてその責任を取ろうとして。強くなるために、努力をした。
〝勝利〟という結果を過程として、共依存じみた関係を築いていたのかもしれない。
そんな私が、〝強さ〟に囚われた彼に捨てられることになったなんて。
皮肉な話だけど、自業自得だ。
だから私は運命に呪いをかけて、蓋をして、彼の操り人形となることで自身を保とうとした。
なのに。
それなのに。
どうして今になって。
がんばれだなんて言うの。
勘違いしてしまう。
自分は人形ではなく、彼のパートナーなのだと。
そんなことを思う資格なんてないはずなのに、心のどこかで喜んでしまう。
ああ、本当に。
彼はなんて残酷なんだろう。
女心を弄ぶなんて、ひどい人だ。
けれど、トウヤ。
私はきっと、そんな貴方のことが────
◆
翠色の尾が斜めに這う。
地を抉り、目眩しとなった砂埃にピカチュウは反応が遅れて直撃。
それは間違いなく、これまでジャローダが見せた中で最も冴え渡る一撃であった。
「ピカ!!」
レッドの呼び掛けに応じ、空中で体勢を整えるピカチュウ。
ダメージを感じさせない強気な顔で振り向いて、にやりと笑ってみせる。
まだまだやれるぞ、と。そう伝えるように。
「行けるよな、ピカ」
相棒の意図を汲み取り、レッドが笑う。
対してピカチュウは、頬にバチバチと電気を走らせながら頷く。
「ジャローダ」
名を呼ばれたジャローダは、横顔を見せる。
紅蓮の目線はぎこちなく空を彷徨い、少ししてトウヤの目を見た。
僅かに緊張と期待の入り交じった面持ちを浮かべて、耳を澄ます。
「いい攻撃だったよ、その調子で勝とう」
高貴なる蛇妃は、不意に心が軽くなる。
ひどく久方ぶりな感覚だ。緩む口元が彼女の抱くモノを物語る。
ピカチュウは、折れない。
レッドという少年を心から信頼しているからこそ、自分が折れてはならないと理解しているのだ。
そしてそれは、ジャローダも同様に。
違う点があるとすれば、彼女が折れない理由はトウヤへの信頼というよりも、過去への贖罪のためといえる。
金剛のように砕けぬ意志が相手ならば。
静かなる海底で目覚めを待つ、真珠の如き理念をもって応えよう。
「ピカ、ボルテッカー!!」
「ジャローダ、かわしてリーフブレード!」
まるで落雷が水平に落ちたような白い輝き。
その源となる小柄な身体は、触れるだけで勝負を決しかねないパワーを秘める。
全身全霊で回避を試みるも、麻痺によって機動力の落ちた今完全に躱しきれず皮膚を掠めた。
迸る激痛と熱に顔を歪ませる。
気品さなど感じられない必死の形相。
しかしここには、それを嗤う者など一人としていない。
「ジャ、ァ……ッ!」
「ピ、カ……!?」
返しのリーフブレード。
ピカチュウの前脚を掠め取り、苦悶の声を上げさせる。
即座に反応してみせたが決して浅くはない。
ジャローダほどでは無いにせよ、自由が利かない身体では闇雲な突撃は無謀。
一度距離を取り、互いに数歩分の猶予を残して相克する。
片や稲妻を頬に、片や翠風を尾に。
可視化出来るほど凝縮された力を溜め込んで、主人へ目配せをする。
いつでもいけるぞ、と。
それを汲み取れないほど、彼らの築いた関係は浅くない。
「ピカ、十万ボルト!」
「ジャローダ、リーフストーム!」
疾風迅雷、とはまさにこの光景。
高密度のエネルギーが塊となり、衝突。
迸る稲光、荒れ狂う烈風。
あれほど圧倒的とも思えたリーフストームの破壊力も、二段階の威力低下を経て電撃を喰らうことを許されない。
拮抗はほんの一瞬。
異なる属性による最高峰のせめぎ合いは、爆発という結末で終わりを告げる。
爆風に晒されて勢いよく吹き飛ばされる二匹の身体。
二匹は鏡写しのように同時に宙返り、体勢を立て直した。
「ピカ、もう少しだ! がんばれ!!」
「ジャローダ、油断するな! 冷静に勝ちに行こう!」
決着が近い。
互いにそれを悟ったトウヤとレッドは、激励を飛ばす。
ここまで来ればいい加減、もう読み合い云々ではなく、相手の考え方も分かってくる。
良き理解者であり、良き強敵(ライバル)だからこそ────全力で受け止めてくれるだろうと、信頼していた。
「ピカ──」
「ジャローダ──」
恐らくは、これで決まる。
互いの体力量を見る限り、これを当てた者が勝利すると確信する。
これまでに培われた絶対的な経験と洞察力は嘘をつかない。
「──……、……」
「トウヤ…………」
空気が歪む程の圧に当てられる観客席。
イレブンとベルも、激闘の終わりを感じ取り固唾を呑む。
一言も声を出せず、一瞬足りとも目を離すことも許されなかった戦い。
それが今、終わろうとしている。
「────ボルテッカー!」
「────リーフブレード!」
稲妻のようなジグザグ走行。
並のスポーツカーを遥かに越える神速もしかし、前脚の傷により不完全。
しかし条件はジャローダも同等。
麻痺により回避が困難な今、衝突の直前を見極めて居合を放つしか道はない。
交錯は刹那。
コンマ数秒のズレも許されない、シビアなカウンター。
糸のようにか細く薄い勝機を、手繰り寄せんと決死を尽くす。
電撃が迫る、まだ遠い。
電撃が迫る、まだ遠い。
電撃が迫る、もう少し。
電撃が迫る、今だ。
刀が振るわれる。
あまりに静かに放たれたそれは、音さえ切り裂いたのではないかと錯覚させた。
交錯が終わり、二匹は互いの傍を過ぎる。
喧騒に溢れていたはずの中庭を、静寂がしんと呑み込んだ。
勝負を制したのは。
ジャローダであった。
「ピカ……っ、……!!」
無音を打ち消したのは、レッドの悲痛な声。
慣性に則った減速の後に倒れ伏すピカチュウの身体には、流れるような一筋の傷が刻まれていた。
対するジャローダは。
振り返り、ピカチュウからトウヤへと視線を移す。
その顔は果たして、勝利の余韻に浸るわけでも達成感に満ち溢れるわけでもなく。
実感の追いつかないような、戸惑いが滲んでいた。
「…………オレの勝ちです、レッドさん」
そんな彼女を後押しするかのように、そう告げる。
紙一重の勝利だった。
一つでも違っていれば、負けていたのは自分だった。
けれどこの瞬間をもって、バトルを制したのは間違いなく自分なのだと。
「何言ってんだよ」
そんな〝間違い〟は、呆気なく否定される。
「まだ、勝負は終わってないだろ」
何を、と。
口にするよりも先に、鋭い悪寒が背筋を捉える。
「そんな、……ばかな……!」
トウヤの視線はレッドからピカチュウへ。
瞬間、彼の瞳は有り得ないものを見るかのように大きく見開かれた。
ボロボロの体で、今にも倒れそうになりながら。
それでも燃え上がる闘志を隠そうともせずに、瞳の奥に炎を宿して。
────ピカチュウは、立っていた。
耐えるはずがない。
残り体力から見て、リーフブレードを受け切ることなど不可能だったはずだ。
幾千幾万の戦いを乗り越えて、対象のステータスを数値化するほどの慧眼を持つトウヤだからこそ、断言できる。
「ピカ、見せてやろうぜ! 俺たちの絆を!」
いいや、違う。
そんなつまらない理屈、意味などない。
本質はもっと、もっとシンプルで────
ピカは レッドを
かなしませまいと もちこたえた!
トウヤが動揺から戻るほんの僅かな時間。
それが決定的な差となって、レッドの雄叫びが届く。
「ジャローダ、よけ──」
「──十万ボルト!!」
それは、混沌を射抜く光。
それは、勝利を齎す希望。
それは、決して堕ちぬ星。
「あ、…………」
稲妻は一筋の矢となって。
導かれるように、大蛇を撃ち抜いた。
◆
どこかの悪の首領が言った。
────君は、とても大事にポケモンを育てているな。
その時に見せた表情は。
威厳と風格に、一抹の寂寥を交えたような複雑さを持っていて。
どこか遠くに置いてきてしまったモノを見遣るような双眸が、忘れられなかった。
────そんな子供に、私の考えはとても理解できないだろう。
確かにそうだ。
俺はその男の思想を、理解出来なかった。
どうしてポケモンを悪事に使うのか。どうしてポケモンを世界征服の道具にするのか。
時に笑い、時に泣き、時に喧嘩し、時に仲直り。
俺にとってポケモンは、かけがえのない仲間だと思っていたから。
彼らと共に足並みを揃えることこそ、最高のポケモンマスターだと信じていたから。
何故みんなその光を目指さないんだろう、なんて。子供だった俺は心から不思議だった。
けれど、今思えば。
その男もきっと、目指していたんだ。
夢の果てへ進み続けて。
躓いては立ち上がり、遂に手の届く所まで来た頃には。
眩い光に当てられた世界に生まれた、影の部分に染められてしまった。
皆が皆、幸せでいられる世界になればいい。
そんな綺麗事を吐くだけでは、理不尽に涙する人も、ポケモンも、救えない。
だからあの男はきっと、〝光〟でいることをやめてしまったんだと思う。
あいつはきっと、理解して欲しくなんかなかったんだろう。
けれど今なら、少しだけ理解出来てしまう。
あの男とトウヤは、同じ目をしていたから。
だったら、もう一度教えてやる。
忘れていたなら、呼び覚ましてやる。
どんなに世界が残酷でも。
どんなに世界が不平等でも。
仲間と過ごした時間は、築き上げた絆は。
そんな闇なんて切り払う、強大な光になるんだってことを。
あの時俺達が過ごした時間は、何にも負けない力になるんだってことを。
なあ、そうだろ?
────トウヤ。
◆
おかしな話だった。
あれほど忌避していた敗北に直面したというのに、心はこんなにも晴れやかなんて。
ゆっくりと倒れ伏すジャローダをボールに戻し、トウヤは空を仰ぐ。
彼の心情を表すかのような晴天。
雲の隙間から顔を覗かせる太陽が、勝者を照らし出す。
「やった……! やったぞ、ピカ! ありがとう、よく頑張ったなピカ!!」
満身創痍のピカチュウを抱きかかえ、惜しみない賞賛を送るレッド。
力なく声を上げ、嬉しそうに笑顔を見せるピカチュウがレッドへ頬を擦り寄せる。
その光景はまさしく、旅立ちから間もない無垢な少年の姿そのものであった。
(…………眩しいな)
自分もかつては、こんな風に映っていたのかもしれない。
けれどすっかりくすんでしまって、汚れてしまって。輝きはとうに失ってしまった。
だというのにこうして食い入るようにレッドの姿を見つめている理由は、未練と言う他ない。
「レッドさん」
だからこそ。
心の奥底に仕舞い込み、見ないふりを続けてきたそれを気が付かせてくれたチャンピオンに。
昔の自分を着せて、向き合わなければならない。
「トウヤ……」
「ありがとうございました。……とても、強かったです」
目線を向けるレッドは、最初こそ憂慮の色を覗かせていた。
けれど憑き物が落ちたかのようなトウヤの顔を見て、すぐに喜色が滲む。
ゆっくり休め、と。傍らの相棒をボールに戻して、黒髪を靡かせるレッドが顔を向けた。
「俺も同じ気持ちさ! あんなに緊張感のあるバトル、本当に久しぶりだったよ!」
「こちらもです。…………レッドさん、あなたには一つ訂正しなければいけませんね」
深く、息を吸う。
肺に送り込まれる新鮮な空気が、乱れた思考をリセットする。
トウヤの眼差しに当てられて、レッドもまた真剣味を乗せた面持ちを見せた。
「思い入れや愛着なんて、力にならないと思っていた」
思い返す。
旅を共にしてきた仲間の数々。
勝利や敗北に一喜一憂していた、あの日々の記憶。
「けれどそれは言い訳でした。どんなに大切に育てても、負けてしまったら思い出が否定されてしまいそうだから……いつの間にか、自らそう言い聞かせていたんです」
普段の声色よりも幾分かトーンを落として、贖罪を綴る。
ぽつりぽつりと、自らそれを絞り出すことがいかに苦難を伴うのか。
年頃もそう変わらないはずなのに、まるで彼の心境を知るかのように見届けるレッドの姿は、ひどく大人びて見えた。
「ありがとうございます、レッドさん」
「へへ、……どういたしまして!」
差し伸べた手は、トウヤから。
レッドはこれを握り、屈託のない笑顔を返す。
「トウヤ! レッドさん!」
と、慌てた様子で駆け寄る金髪の少女。
しかし表情には安堵の色が濃く浮かび、付き添うサラサラヘアーの青年も、緊張を交えながらも同様に警戒はない。
「ベル……久し振りだね」
「ねえねえトウヤ! さっきのバトルすごかったよ! いつの間にあんなに強くなったの!?」
「イレブンさん、黙って出てきてごめん!」
「いえ…………僕も、止められなかったので……」
もうここに、敵意を持つ者はいない。
誰かを殺すためではなく、矜恃と意思を持った死闘を経て。
荒れた中庭を舞台に、四人の演者が宴を取り囲む。
張り詰めた糸は弛み、ささやかな安らぎをこの場にもたらした。
──なにをしていたんだろう。
トウヤはこれまでの半日を思い返す。
ひたすらに戦いを求めて、飢えを凌ごうとして。
大切なものを見落としていたのかもしれない、と。ベルの顔を見て思う。
チェレンの死を悼むこともせず、取り憑かれたように命のやりとりに身を馳せて。
本当に、愚かだったと思う。
もしも赦されるのならば。
もう一度、一歩を踏み出してみてもいいかもしれない。
チェレンの無念を晴らす為に、ベルやレッド達と一緒に────
「トウヤっ!」
「っ…………え、……」
その瞬間。
レッドに視線を向けたと同時、トウヤの身体が突き飛ばされる。
無防備に尻餅をついて、顔を上げれば。
「なん、で」
突如、二階の窓から蒼い光線が放たれる。
激流伴う瀑布を嘲笑うかの如き勢いで放たれたそれは、荒れ狂う津波を凝縮したかのようで。
狙い澄まされた砲撃は、トウヤの居た場所を貫く。
その矛先にあったレッドの胸には、大きな風穴が空いていた。
◆
長い長い 旅の途中にいても
数え切れぬ バトル思い出せば
時空を超えて 僕らは会える
まぶしい みんなの顔
イエイ・イエイ・イエイ・イエ!
まだまだ未熟 毎日が修行
勝っても負けても 最後は握手さ
なつきチェッカー ごめんねゼロ
ホントに CRY CRY クライネ!
きらめく瞳 ダイヤかパール
まずは手始め クイックボール!
マルチバトルで バッチリキメたら
GOOD GOOD SMILE!
もっと GOOD GOOD SMILE!
最終更新:2025年06月06日 22:44