グノーシス主義(ヴァレンティノス派)


キリスト教時代の初期には、マルキオン派、グノーシス主義、モンタノス派の三大異端が登場した。今回はその内、グノーシス主義(特にヴァレンティノス派)について。

グノーシスはギリシャ語で「知識」を意味する。グノーシス主義の初まりは1世紀に遡ると考えられているが、グノーシス主義そのものはキリスト教とは別の思想である。例えば、『使徒行伝』の中で、アテネの人々が「知られざる神」への祭壇をもっていたことが書かれているが、この知られざる神は、グノーシス的な最高神(プロパテール)に取り入れられた。

グノーシス主義の流行思想は、1世紀当時からキリスト教にも徐々に組み込まれつつあった。エウセビオスの『教会史』(300年頃)によれば、キリスト教グノーシス主義の起源となったのは、魔術師シモンである。『使徒行伝』でペテロに打たれた人物である。彼の死後、メナンドロス(70年頃)が後継者となり、さらにサトルニヌスとバシリデス(80年頃)という指導者が興った。その後、ヴァレンティノス派(150年頃)が興った。

しかし、疑似パウロ文書である『コロサイ書簡』や『エフェソス書簡』(80-110年頃)、編集前の『ヨハネ福音書』(70~80年頃)にもグノーシス思想の影響が見られる。後に教会編集者たちは『ヨハネ福音書』に修正を加え(125年より以前)、『第一・第二ヨハネ書簡』(2世紀前半)を執筆することで、グノーシス思想(特に仮現論)を排除しようとした。『牧会書簡(第一・第二テモテ書簡、テトス書簡)』(140-180年頃)になると、さらに激しくグノーシス主義を異端視している。

『第三ヨハネ書簡』(2世紀前半)は恐らく、第一・第二ヨハネ書簡の著者とは別人で、第一・第二ヨハネ書簡の中で排斥された仮現論信奉者(デオトレフェス?)側が書いたもので、教会側の排斥に対する苦情を訴えたものと思われる。

つまり、グノーシス思想そのものはギリシャ哲学的なもので、ある程度キリスト教と親和性があったのだが、シモン派を源流としたキリスト教系グノーシス主義が台頭すると、クリスチャンはそれを危険視したのである。初期のグノーシス的思想をキリスト教会の中で取り込んでいた人々は、教会に反発しようとしていた訳ではない。今でも新約正典とされているコロサイ書やエフェソス書やヨハネ福音書にもグノーシスの影響がある通りである。それは初期の頃は自然と教会内でも受け入れられていたし、後のエウセビオスに至ってもグノーシス的な発言をしている。しかし、グノーシス的思想が流行し、神話体系が作られ、シモン派の亜流が台頭してくるようになると、徐々に正統派教会の中で危険視されるようになった。特にキリストは天使であるので、肉体を持って地上には来てはおらず、肉の復活もないと考える「仮現論」(ドケティズム)の思想は異端視され、教会から排斥されることになった。

このように、キリスト教グノーシス主義は徐々に教会内部で危険視され排除されるようになっていったわけだが、特にヴァレンティノス派が登場してからは、いっそう敵視された。ヴァレンティノス派の思想は旧約聖書の神ヤハウェを偽の神と見なすような過激な思想の為、正統派教会から異端視されてしまうのはいた仕方がない。エイレナイオスは『異端反駁』(180年)の中でヴァレンティノス派を紹介しつつ、完全に異端視している。

しかし、何度も言うがグノーシス思想そのものはヴァレンティノス派のように過激な思想だけではない(グノーシス主義そのものは色々あり、規模も広範である)。現代の科学のように、もっと巧妙に哲学的な部分で初期キリスト教会の中にも組み込まれてきたのである。

では、グノーシス主義はどのような流れで現れはじめたのだろうか。その起源は不明だが、思想の最も根底には、プラトンのイデア論の影響がある。さらに魔術書である『ヘルマス文書』の影響もある。また、後の発展系ではプロティノスの影響が見てとれる。

プラトン(前427~前347年)はかつてイデア論を説いた。我々の物質世界は不完全である。例えば、我々には完全な円をイメージすることはできても、完全な円を現実化することはできない。しかし、我々が自らの知性によってそれをイメージできるのなら、完全なる世界(イデア)は確かに存在するはずだと。このようなイデア思想は、天上界と地上界を完全・不完全に分ける考えを生み出した。(ただし、プラトンは物質世界を肯定的に捉えているため、グノーシス主義とは相反する)。

後に新プラトン主義の創始者であるプロティノス(204-270)は、完全なる世界(イデア)を説明するために、「流出説」を主張した。彼によれば、完全なる一者(ト・ヘン)から流出したヌース(知性)によって万物は生じた。完全なる一者は光そのものであり、いかなる影をも持たない。彼の世界は光の充満した世界である。しかし光は遠ざかるにつれて力が弱くなるように、完全なる一者から流出した力は徐々に分化を続け、完全なる一者よりも劣った性質を次々と生み出していく、と。

完全なる一者から流出して生み出された最初のものは「ヌース」(知性)であり、霊(プネウマ)的世界を創始した。次の段階で魂(プシュケー)的世界が生まれ、最後に我々の肉(サルクス)なる物質世界が生まれた。世界は霊的世界・魂的世界・肉的世界の三階構造になっている。人間を構成するものも世界と同じであり、すなわち、人間を構成するものは三つ、霊(プネウマ)、魂(プシュケー)、肉(サルクス)と見なす。これを「人間の三元構成論」と呼ぶ。

グノーシス主義のうちヴァレンティノス派(100-175年頃)は、プロティノス以前に生み出されたキリスト教系グノーシス主義である。2~3世紀にかけて勢力を増し、教会指導者の教父たちに異端として排斥された。後にヴァレンティノス派はプロティノスの「流出説」を採用して、この思想を拡張していったと思われる。しかし、ヴァレンティノス派自体は4~5世紀に消滅した。

グノーシス主義の主な文献は教父たちの証言や『ナグ・ハマディ写本』であるが、文書ごとに内容も異なるため、グノーシス神話も伝承や解釈も色々あったと思われる。しかし、全体の主な流れにおいて共通点は見いだせる。

ヴァレンティノス派は、プロティノスの言う「完全なる一者」をプロパテール(原父)と同定した。プロパテールこそ唯一の至高神である。プロパテールが支配する世界をプレーローマ(充満界)という。これは「満ちる」というギリシャ語である。プレーローマは光に満ちた世界であった。

プロパテールが伴侶であるエンノイア(思考)、又はプロノイア(摂理)、バルべーローを働かせて、自ら唯一最初に生み出したものが、ヌース(知性)であった。他の文書ではヴァレンティノス派はこれを独り子と同定し、万物の初め(アルケー)とも呼ばれている。プロパテールの本質を知ることができたのは独り子ヌースだけだった。

プロパテールの光から流出したものは、全部で八組のアイオーンであった。アイオーンは「時代、永遠」などと訳されるギリシャ語で、グノーシス派はこの時の流れを神格化した。アイオーンはプレーローマ界に住む神々のことである。この八組のアイオーンはオグドアス(八個のもの)と呼ばれる。オグドアスは、男性アイオーンと女性アイオーンが対になった「両性具有」の状態を保っている。このオグドアスは「高次のアイオーン」である。

●完全なる一者
プロパテール(原父)

●高次のアイオーン
オグドアス(八組)
  • プロパテール又はビュトス(深淵)- エンノイア(思考)
  • ヌース(知性)- アレーテイア(真理)
  • ロゴス(理性)- ゾーエー(命)
  • アントローポス(人間)- エクレシア(教会)

※プロパテールの女性原理エンノイアは、プロノイア(摂理)、バルべーローとも呼ばれる。

※ヌースは独り子、万物の初めとも呼ばれ、最初に生み出された者であって、プロパテール(原父)の本質を唯一知る存在である。

※キリスト教会は後にプロパテール(原父)とバルべーロー(原母)とヌース(独り子)を三位一体の位格と解釈するようになったと思われる。

さらに、ロゴスとゾーエーは十組の中低次のアイオーンを流出した。これをデカス(十個のもの)という。さらにアントローポスとエクレシアも十二組の低次のアイオーンを流出した。これをドーデカス(十二個のもの)という。

●中低次のアイオーン
デカス(十組)
  • ビュティオス-ミクシス
  • アゲーラトス-ヘンノーシス
  • アウトピュエース-ヘードネー
  • アキネートス-シンクラーシス
  • モノゲネース-マカリア

ド―デカス(十二組)
  • パラクレートス-ピスティス(信仰)
  • パトリコス-エルピス
  • メートリコス-アガペー
  • アエイヌース-シュネシス
  • エクレーシアスティコス-マカリオテース
  • テレートス-ソフィア(知恵)

以上を合わせて、プレーローマ界には30組の男女からなる神々(アイオーン)が存在することとなった。

しかし、最も低次のアイオーンであったソフィア(知恵)は、ヌースだけが知るプロパテール(原父)の「知らせざる神」の性質を、自らも知りたいと思い、その情欲から純粋性を失い、プレーローマの境界まで落下した。ぎりぎりのところで我に返ったソフィアは、自らの情念(パトス)をプレーローマの外に投げ出し、身を引き返した。

※別の文書では、父を知りたいと情欲を抱いたのはソフィアでなくロゴスである。

独り子なるヌース(知性)は、二度と同じことが起きないように、「キリスト」と「聖霊」という新たな対のアイオーンを流出した。また、他のアイオーンたちは「救い主」(ソーテール)と天使たちを流出した。

プレーローマの外に投げ出されたパトスをキリストは憐れんで、救い主と天使を送り、彼女に形を与えた。そしてアカモート(ヘブライ語由来の知恵を意味する)となった。アカモートは救い主と天使の美に欲情して回心し、「霊的なもの」を生んだ。こうして、アカモートからプレーローマより低次元の「中間世界」が生まれることになった。そして、この中間世界にも霊的なものの種が残されることとなった。

このように、アイオーンたちの住むプレーローマ界は上位世界と見なし、アカモートが住む場所を中間世界と見なしている。これをロゴスの分裂と見なし、上位のロゴス界と下位のロゴス界と解釈する文書もある。

アカモート(知恵)は中間世界の光となった。中間世界には元々プレーローマの光の外であるので、闇(カオス)があった。ソフィア(光)とカオス(闇)が交わると、霊を持たない醜い子(嫉妬)が生まれた。それは蛇とライオンに似た両性具有であった。ソフィアはその醜い子をヤルダバオート(混沌の子)と名付けて封印した。

※アイオーンの像は、ペルシャのゾロアスター教におけるズルワーンが起源となる。頭部は獅子、身体は人間、両翼を持ち、蛇を全身に巻き付けている。ミトラ教の主神ズルワーンの子は、善神アフラ・マズダと悪神アンラ・マンユに分裂してしまった。こうして世界は双子の神々の争う戦場となった。アフラ・マズダーは世界の終末に最後の審判を下す。後にズルワーンはアイオーンと習合された。ヤルダバオ―トが獅子と蛇の姿をしているのはそのためだ。

ピスティス(信仰)/ソフィア(知恵)は、霊を持たないヤルダバオートに実体を与えて中間世界の支配者としようとした。しかし、ヤルダバオートはピスティスとソフィアを見た時、それを自分の姿だと思い込み、自らを唯一の全能の神と勘違いした。そして、ヤルダバオートは物質世界を創造し、自らを崇拝させた。ピスティスは彼の傲慢さを非難して「サマエル」(盲目の神)と呼んだ。そして将来、キリストが被造物の中に現れて彼を滅ぼすと宣告する。こうして、こうしてヤルダバオート(サマエル)は下位世界に落下し、「第一のアルコーン」となった。アルコーン(支配者)とは、真の神々であるアイオーンと区別された偽の神々のことであり、古代ではアイオーンやアルコーンが宇宙の星々を支配していると考えられていた。

  • アイオーンは真の神々(プレーローマ界の神々)

  • アルコーンは偽の神々(物質世界の神々)

サマエルは下位世界である物質世界を創造したが、その時に七人のアルコーン(太陽系の七つの惑星)が生まれ、七つの天(惑星天)を支配した。一方アカモートは第八天(恒星天)に住んだ。第八天は中間世界のこと。こうしてサマエルは物質世界の「デーミウルゴス」(製作者)となった。こうして、デーミウルゴスとアルコーンたちが住む世界は下位の世界、肉的(物質)世界となった。

七人のアルコーンの内、サバオートはピスティスを称えて悔い改めた。そこでサバオートは引き上げられ、第七天を支配することが許された。そして、第七天に座し、四つのケルブの車に乗った。さらに、イエス・キリストを右に、聖霊の処女を左に据えた。

デーミウルゴスはこれを妬み、七つの悪霊を創造した。ヤルダバオートの妻は、キリスト(光のアダム)を見て欲情した。彼女の処女の血から、地上に生命の木(永遠の命)、善悪の知識の木(グノーシス)、オリーブの木(油注がれたもの)、その他の物質的な木が生まれた。

デーミウルゴスは光のアダムに対抗して人間を創造した(別の文書ではバルべーローが創造した)。デーミウルゴスは粘土から魂を形成するが、デーミウルゴスは魂的世界の存在なので、霊を与えることはできなかった。そこでピスティス(信仰)とソフィア(知恵)は霊をその魂に送り込み、アダム(生きた魂)とした。アルコーンたちはアダムに霊が与えられたことを妬んで、アダムをエデンの園に幽閉した。

ソフィアはこれに対抗してエバ(霊的な女)を創造した。しかし、アルコーンたちはエバを汚して霊的に殺そうとした。エバは自分の肉体をアダムの横に置き、自らの霊は善悪の知識の木に隠れた。アルコーンたちは肉体のエバを汚したが、彼女に霊はなかったのでアルコーンたちの魂の方が汚れてしまった。

デーミウルゴスは二人がグノーシスを得ることを恐れて、「善悪の知識の木」から食べるなと命じた。だが、霊的な女はアダムとエバを無知から救うために蛇と化け、善悪の知識の木から食べさせた。こうして二人はソフィアの知恵を得て、光と闇の違いを知るようになった。妬みと怖れにかられたサマエルは二人を罰し、生命の木からも食べて不死を得ないよう、楽園から追放した。

アダムとエバはカインとアベルとセツを生んだ。またセツは娘ノーレアを生んだ。デーミウルゴスのアルコーンたちはこれを妬み、ノーレアを汚そうとした。しかし、サバオートから派遣された天使エレレートが彼女を守った。天使エレレートはレノーアにグノーシス(知識)を啓示し、レノーアの起源は霊的存在なのだと教えた。さらに、お前はプレーローマから送られるキリストと聖霊による油注ぎを受けて、天使と結婚してプレーローマへと帰昇せよ、その時アルコーンたちの支配するこの物質世界は消滅する、と啓示した。

アルコーンたちはレノーアを汚す作戦を失敗したので、人類を洪水によって滅ぼし尽くそうと考えた。しかし、サバオートはノアに箱舟を作るよう命じ、レノーアたちを洪水から救った・・・。

こうして、三つの世界、アイオーンたちの住むプレーローマの上位世界と、アカモートが住む中間世界(第八天)と、デーミウルゴス(またはサマエル、ヤルダバオート)と七人のアルコーンたちと人間たちが住む下位世界、物質世界(コスモス=世)の基が置かれた。すなわち、プレーローマ(上位世界)はヌースの支配する霊的(知的)世界で、中間世界は魂的世界、コスモス(下位世界)は肉的(物質的)世界である。

  • 上位世界、アイオーン界、霊的(知的)世界
  • 中間世界、アカモート、第八天、魂的世界
  • 下位世界、アルコーンと人間界、肉的(物質)世界、コスモス(世)

さらに、下位世界では七人のアルコーンが各惑星(地球から近い順番に、月、金星、水星、太陽、火星、木星、土星)を支配している。古代では天界は十層構造で成っていると考えられていた。

地下: ハデス(墓)
地上: 人間界
第一天~第七天(惑星天): デーミウルゴスと各アルコーンが支配、下位世界
(第七天(土星): 回心したアルコーンであるサバオートが支配する)
第八天(恒星天): ソフィアの分身アカモート支配、中間世界
第九天: 高中低次のアイオーンたちが住むプレーローマ界
第十天: 原初の父、プロパテールが支配

人間も同様に、肉体(サルクス)・魂(プシュケー)・霊(プネウマ)によって構成されている。魂は中間的・自律的なものなので、自由意志を持って霊にも肉にも傾くとされた。これを「人間の三元構成論」と呼ぶ。

人間も、肉体(サルクス)・魂(プシュケー)・霊(プネウマ)によって構成されているから、物質的である人間の肉体はデーミウルゴスの支配下にある。しかし、精神的である霊だけはアイオーンに属する。したがって、人間の霊(プネウマ)こそが救済の根拠となる。

グノーシスでは、神々は必ず男女の対で一体である。アカモートが中間世界に取り残された時、その対となる存在が欠如してしまった。その結果、様々な不完全で悪の世界が生まれてしまったという。グノーシスの救済の目的は、全ての世界を光の充満したプレーローマ界に取り戻すことである。そのためには、物質界を消滅させ、アカモートから流出した霊の欠片を世界から集め出して、その霊を再びアイオーンたちと結合させることで救い出す必要がある。全ての霊が上昇した時に、デーミウルゴスやアルコーンたちが支配する物質世界は滅ぼされてしまう。それが完了すると、目的を達成したアカモート自身もプロ―レーマ界に上昇し、再結合できる、というのだ。

ヴァレンティノス派では、旧約聖書の創造神ヤハウェを嫉妬深いデーミウルゴス(またはサマエル、ヤルダバオート)と同定した。そして新約聖書の神(主)を回心したアルコーンであるサバオートと同定した。そして、アカモートと人類の救済の為に真の神プロパテール(原父)から遣わされたのが、御子イエス・キリストと聖霊であった。

イエス・キリストは救済者として地上に来てグノーシス(知識)を啓示する。その啓示された知識によって信者は自らの霊を呼び覚ますことで、死後その霊が救われると説いた。終末の時には、霊を持たない物質界は火で焼き尽くされて消滅してしまう。その時、霊的な人々は肉体を脱ぎ捨てて、花嫁となってプレーローマ界から来た天使たちと結婚する。アカモートは中間世界を去り、プレーローマ界に入って救い主(ソーテール)と結婚する。こうして、プレーローマの満ち満ちた状態は回復する。

※アカモートが結婚するのは、イエス・キリストとは別のソーテール(救済者)である。元々イエス・キリストと聖霊は対のアイオーンだからである。対を持たないアイオーンは救済者(ソーテール)と天使たちのみである。

  • 男性アイオーン - 女性アイオーン

  • キリスト - 聖霊

  • ソーテール(救済者) - アカモート

  • 天使たち - 霊的な人間たち

  • 霊を持たぬアルコーンたちと人類は消滅

このようにヴァレンティノス派は、ギリシャ哲学やヘルマス文書などをキリスト教と融合させたもので、精神世界を善(完全)、物質世界を悪(不完全)とみなす「反宇宙的二元論」の性格をもつ。また、旧約聖書の神(ヤハウェ)を悪神とし、新約聖書の神を善神(サバオート)とする。それ故、キリストは物質の肉体で地上に来たのではなく、天使が仮現した姿に過ぎず、肉の復活もなかったのだとする「仮現論」(ドケティズム)を主張した。

ヴァレンティノス派は西方グノーシス主義として発展し、著明な指導者にプトレマイオスやバシレイデースがいる。一方、東方グノーシス主義はゾロアスター教と融合したマニ教や、カタリ派などが広まった。現代でも唯一残っているグノーシス主義はマンダ教である。マルキオン派(140年頃)も旧約聖書を排除し、修正したルカ福音書とパウロ文書のみを正典として扱ったが、ヴァレンティノス派とは異なる。

以上がヴァレンティノス派の概要だが、初期のグノーシス主義はそこまで異端的な性質が目立つものではなかった。むしろ正統派教会もグノーシス思想を取り入れている。それは、『コロサイ書簡』や『エフェソス書簡』、『ヨハネ福音書』等を見れば分かる。彼らはヴァレンティノス派とは異なる解釈で巧みにグノーシス思想の言葉や概念を取り込んでいるからである。



最終更新:2017年07月23日 04:55