日本語の代表的な聖書とその歴史(委員会訳編)


ここでは、日本の代表する聖書翻訳を紹介します。今回は、個人による翻訳聖書ではなく、委員会による翻訳聖書に的を絞ります。

『明治元訳聖書』


『明治元訳聖書』とは、1880年(明治13年)に完成した『新約全書』と、1887年(明治20年)に完成した『旧約全書』を併せたもののことです。

『新約全書』

  • 【翻訳】翻訳委員社中
  • 【翻訳期間】1872~1880年(明治13年)
  • 【影響を受けている翻訳聖書】ジェームズ王欽定訳(KJV)

『新約全書』は日本で初の委員会による翻訳聖書です。

1872年(明治5年)ヘボン、S.R.ブラウン、グリーンなど7名の宣教師が「翻訳委員社中」を結成し、新約聖書の翻訳をはじめました。

ヘボンといえば、ヘボン式ローマ字を開発した人物でも有名ですね。

「ルカ福音書」から翻訳をはじめ、1880年に新約聖書全体が完成し、出版されました。

『旧約全書』

  • 【翻訳】聖書常置委員会
  • 【翻訳期間】1876~1887年(明治20年)
  • 【影響を受けている翻訳聖書】ジェームズ王欽定訳(KJV)

次にヘボンらは、旧約聖書の翻訳に着手します。その際に、翻訳委員会は何度か組み直されました。新約聖書と旧約聖書の翻訳に最後まで関わりつづけたのは、ヘボンのみとなりました。旧約聖書は1876年から翻訳を開始し、1887年に完成しました。

こうして、『新約全書』『旧約全書』ともに翻訳が完成し、これらを併せて『明治元訳聖書』と呼ばれています。

『大正改訳聖書』


『大正改訳聖書』とは、『新約全書』(1880年)を改訂し、1917年(大正6年)に完成した『改訳 新約聖書』のことです。

『改訳 新約聖書』

  • 【翻訳】聖書常置委員会
  • 【翻訳期間】1910~1917年(大正6年)
  • 【影響を受けている翻訳聖書】改訂訳(RV)

『明治元訳聖書』(1887年)は英語の『欽定訳聖書』(KJV)を下地に翻訳されていました。しかし、1884年、イギリスで欽定訳の『改定訳』(RV)が完成しました。そのため、『明治元訳聖書』が完成してまだ間もなかったのにも関わらず、再び改訂しなければならなくなったのです。

『新約全書』の改訂作業は、1910年から開始され、1917年に完成しました。

一方、『旧約全書』の改訂の方は、1942年に日本聖書協会が「旧約聖書改訳中央委員会」を結成して翻訳に着手しました。しかし、完成する前に戦後となり、文語体ではなく口語体(現代語)が主流となったため、旧約聖書全体が文語体の形で刊行されることはありませんでした。

『文語訳聖書』


『舊新約聖書』



  • 【出版】日本聖書協会
  • 【構成】明治元訳(旧約)+大正改訳(新約)

現在、いわゆる『文語訳聖書』と言うのは、明治元訳の『旧約全書』と、大正改訳の『改訳 新約聖書』を併せたもののことを指します。

日本聖書協会(1937設立)がその版権を受け継ぎました。

『口語訳聖書』


『口語訳聖書』とは、一般に日本聖書協会から発行されている『口語訳聖書』のことを指しますが、カトリック教会のフランシスコ会聖書研究所が翻訳した聖書も『原文校訂による口語訳』という名称です。

『口語訳聖書』



  • 【翻訳】聖書現代語訳委員会
  • 【出版】日本聖書協会
  • 【翻訳期間】
    • 新約聖書 1951~1954年
    • 旧約聖書 (1942)※~1955年
注※ 旧約全書の改訂をはじめたのは1942年からですが、“現代語”に直しはじめたのは1951年からとなります。
  • 【影響を受けている翻訳聖書】改訂標準訳(RSV)

戦後、文語体から口語体(現代語)が主流となりました。また、アメリカでも改訂訳(RV)を現代英語に改訂した改訂標準訳(RSV)が生まれていました。そのため、文語訳聖書を口語体に直す必要が生じてきました。

現代語に直す際に、新約聖書はすでに出版されている大正改訳を再利用しました。旧約聖書は、1942年から、大正改訳の旧約聖書の翻訳作業がまだ完成しておらずに続いていたので、それを現代語に直していきました。

また、単に現代語に直しただけでなく、RSVの影響を多大に受けつつ、訳文そのものの改訂もなされています。

こうして、口語体での翻訳作業は1950年の末に「聖書現代語訳委員会」が発足され、1951年に翻訳に着手しました。新約聖書は1954年、旧約聖書は1955年、と比較的短期間で完成しました。


『聖書 原文校訂による口語訳』



  • 【翻訳】フランシスコ会聖書研究所
  • 【出版】サンパウロ(旧中央出版社)
  • 【翻訳期間】
    • 新約聖書 1956~1978年
    • 旧約聖書 1956~2002年
  • 全巻本の初版 2011年
  • 【影響を受けている翻訳聖書】エルサレム聖書(JB)

『聖書 原文校訂による口語訳』は、フランシスコ会聖書研究所が翻訳したので、「フランシスコ会訳聖書」とも呼ばれます。

ローマ・カトリック教会用の聖書は、それまでエミール・ラゲ訳の新約聖書と、フェデリコ・バルバロ訳の聖書が存在しました。しかし、いずれも個人による翻訳であり、委員会による翻訳聖書が待ち望まれました。

カトリック教会の許可が下り、1956年からカトリック公式の委員会による聖書翻訳がはじまりました。一巻ごとに発売され、1958年、最初に創世記が発売されました。最後のエレミヤ書の翻訳が完了したのが2002年です。約半世紀を経て完成しました。2004年にようやく全巻本が発売されました。

翻訳は、カトリック教会によるエルサレム聖書の影響を受けていて、聖句の欄外に、聖書学の成果も考慮に入れた豊富な註釈が付けられているのが特徴です。カトリックの聖書ですので、旧約聖書の外典(第二正典)も含まれています。

十分に時間をかけて翻訳され、註釈も充実しているため、カトリック以外でも実用に耐え得る完成度の聖書となっています。

『(旧・新)共同訳聖書』

『共同訳聖書』は、プロテスタント教会とローマ・カトリック教会が歩み寄って、共同作業で翻訳することを試みたものです。

共同訳聖書には旧版と新版があります。旧版は1978年に刊行された『新約聖書 共同訳』のことで、新版は1987年に刊行された『聖書 新共同訳』のことを指します。

また、新共同訳の方には「旧約聖書続編つき」とそうでないものの二種類用意されています。

『(旧)共同訳『新約聖書』



  • 【翻訳】共同訳聖書編集委員会
  • 【出版】日本聖書協会,講談社
  • 【翻訳期間】1972~1978年
  • 【影響を受けている翻訳聖書】新英語聖書(NEB),現代英語聖書(TEV)

はじめにフランスで、ローマ・カトリック教会とプロテスタント教会が共同して聖書を翻訳する動きを見せました。その影響から、1966年、ヴァチカンと聖書協会世界連盟は、協力して世界各国語で共同訳聖書を作る方針を立てました。こうして、まずフランスで、初の共同訳聖書(TOB)が完成しました。

日本の聖書協会もすぐに対応をはじめした。入念な準備を整えてから、実際に翻訳作業がはじまったのは、1972年からです。そして、1978年に新約聖書の共同訳が完成しました。

『共同訳 新約聖書』は日本聖書協会と講談社から出版されました。講談社が出版している方は、簡単な註釈付きの聖書となっています。

当時のイギリスやアメリカの聖書翻訳(NEB,TEV)は、読みやすい言葉に意訳したものが流行していたため、共同訳聖書も意訳の方針が取られました。また、「ナイダ理論」に基づいて固有名詞を原語に近づける試みがなされました。

しかし、過ぎた意訳や、固有名詞の原音での表記に関して、評判は良くありませんでした。

『新共同訳聖書』



  • 【翻訳】共同訳聖書実行委員会
  • 【出版】日本聖書協会
  • 【翻訳期間】1978~1987年
  • 【影響を受けている翻訳聖書】新英語聖書(NEB),現代英語聖書(TEV)

翻訳委員会は、新約聖書の共同訳が完成したので、引きつづき旧約聖書の翻訳にも着手しました。

しかし、新約聖書の共同訳の評判が良くなかったので、新約聖書も全面的に改訂することになりました。そして、1987年、旧約聖書の翻訳の完成と同時に、『聖書 新共同訳』として新たに出版されました。

カトリック教会では、旧約聖書の外典も第二正典として扱われますが、プロテスタント教会では正典から除外されます。それで、新共同訳聖書には「旧約聖書続編つき」と、そうでないものの二種類あります。

新共同訳聖書は、現在日本の中で最も普及している聖書となっています。

『新改訳聖書』



  • 【翻訳】新改訳聖書刊行会
  • 【発行】日本聖書刊行会
  • 【販売】いのちのことば社
  • 【翻訳期間】1962~1970年、一巻本の初版1973年
  • 【影響を受けている翻訳聖書】新アメリカ標準訳(NASB)、新国際版聖書(NIV)

『新改訳聖書』は、福音主義のプロテスタント教会が中心となって翻訳された聖書です。

聖書は『誤りなき神のみことば』であるという信仰的な立場から翻訳されているため、自由主義神学の視点も考慮に入れている、聖書協会の翻訳方針と対立します。

その翻訳は、新アメリカ標準訳(NASB)や新国際版聖書(NIV)の影響を受けています。

1962年、新改訳聖書刊行会が組織され、翻訳作業がはじまりました。そして、1965年に新約聖書が、1970年に旧約聖書が完成しました。一巻本が販売されたのは、1973年です。

その後、1978年に改訂第2版、2003年に改訂第3版、2017年に改訂第4版が発売されています。

『岩波委員会訳聖書』



  • 【翻訳】旧約聖書翻訳委員会/新約聖書翻訳委員会
  • 【出版】岩波書店
  • 【翻訳期間】1995~2004年

通称、岩波委員会訳聖書とは、岩波書店から出版され、聖書学者たちによる翻訳委員会によって翻訳された聖書です。

特徴として、委員会訳でありながらも、各書の翻訳者の名前を公表しているところです。また、聖句の欄外に、聖書学の観点からの註釈を多めに付けていることです。全体として、教会の既存の教義に束縛されない自由な翻訳となっています。

たとえば、一般の聖書では、今では正確な発音が不明となったヘブライ語の唯一神の名を「主」と置き換えていますが、岩波委員会訳では、その神の名を「ヤハウェ」と訳出しています。

さらに、旧約聖書の配列が、一般の聖書の配列ではなく、ヘブライ語原典の配列になっています。すなわち、「律法」「預言者」「歴史書」「諸書」の順番となっています。



『聖書協会共同訳聖書』



  • 【出版】日本聖書協会
  • 【翻訳期間】2010~2018、2018年12月3日初版刊行

『聖書協会共同や訳聖書』は、日本聖書協会による新しい聖書の翻訳です。

これまで日本聖書協会は、日本を代表する『口語訳聖書』や『新共同訳聖書』の翻訳を手掛けてきました。そして、次世代へ向けて新しい聖書の翻訳を行っています。2010年から翻訳に着手し、2018年に完成しました。

聖書協会共同訳聖書も、カトリックとプロテスタントの共同訳とのことです。そして、これまでの聖書学や翻訳学の成果を取り入れ、過度な意訳を避け、礼拝で用いるのに十分な格調高い日本語を目指しているとのことです。
最終更新:2022年01月02日 11:47