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燃えよ花◆2lsK9hNTNE


「ごちそうさま」

さくらは箸を置いた。テーブルの上にはまだ朝食が三分の一ほど残っている。

「さくらちゃん、具合でも悪いの?」
「ううん。なんとなく食欲がないだけだから、平気だよ」

そう言って心配そうにしている両親に笑いかける。
こちらをじっと睨む兄、桃矢の視線を受けながら立ち上がり、逃げるように廊下に過ぎて、トイレに入った。
鍵を閉めてドアに寄りかかる。スカートのポケットから携帯を取り出し、メールを見なおした。
そこに書かれた殺し合いの文言に背筋が寒くなった。心臓の鼓動がやけに早く感じる。さくらは両手で自分の肩を抱きしめた。

「怖いですか」

霊体化したセイバーの声が聞こえた。

「そうなのかな。よくわかんないの」

こんな気持ちになったことは今まで一度もなかった。確かにお化けの話を聞いたあとの怖さには似ている。
でもそれよりもずっと辛い。ふとした瞬間に泣きたくなってしまう。

「嫌なら逃げてもいいんですよ。街からは出られませんが、戦いから逃げ続ければ、少なくともあなたが誰かを傷つける必要はなくなる」
「でもそれじゃあセイバーさんの願いは……」
「年端もいかぬ少女を無理に戦わせてまで叶えるべき願いなんて、この世のどこにもありませんよ」

セイバーは迷いなく断言した。
生前セイバーは仲間たちが戦いに赴くなか、一人病気のせいで休んでいたという。
だからサーヴァントとなった今度こそは自分の剣を託せる仲間――マスターであるさくらと共に最後まで戦うことを望んでいる。
この話を聞いたときは自分への大げさな評価が照れくさかった。

さくらにはセイバーの戦いたいという気持ちは正直よくわからない。だがその願いがセイバーにとってとても大切なものだというのはわかる。
なのにセイバーは自身の願いよりもさくらの意思を考えてくれている。その気持ちはすごく嬉しい。けれどさくらは首を振った。

「ううん、やっぱり逃げちゃいけないと思う」

この街は、たぶん聖杯戦争のせいで深く傷ついている。
それを無視するなんてさくらにはできない。無視してしまったら、仮に帰れたとしても、きっと前のようにみんなと笑えない。
なにをすればいかはわからない。でもなにもしないでいるのは絶対にいけないと思った。
セイバーは肯定も否定もせず、ただ「そうですか」と呟いた。その声は少し苦しそうにも聞こえた。
そのとき、寄りかかっていたドアが叩かれて、さくらは反射的に飛び退いた。

「さくら、そろそろ行くぞ」

桃矢の声だ。普段はさくらのことなんて気にせず一人で行ってしまう桃矢だが、最近は必ず二人一緒に登校するようになっていた。

「待って、今行く!」

トイレから出て、リビングに用意しておいたカバンを背負う。玄関に行くと桃矢は外で自転車を引っ張ってきていた。
ローラースケートを履いて立ち上がり、見送りに来た両親に振り返る。

「お父さん、お母さん。いってきます」
「いってらっしゃい、さくらさん」
「いってらっしゃい。さくらちゃん」

二人に背を向けて家を出た。ローラーを走らせて自転車を漕ぐ桃矢と並走する。
この街はいま春真っ盛り、さくらの一番好きな季節だ。いつもなら暖かい日が全身に浴びながら風を切っていくだけで元気になれる。
だけど今日はいつまでも沈んだ気持ちのままだった。
目の前を女の人が通り過ぎて行くだけで、あの人はマスターなのではないかと心臓が締め付けられる。
やっぱりこの気持ちは恐怖なんだと、さくらは自覚する。


クロウカードを相手にするときとは全く違う、人が悪意を持って襲ってくるという恐怖。
ただ走るだけで朝たべたものを吐き出したくなる。
気分を変えようと楽しかったことを考えた。
ケロちゃんとお菓子を食べたこと。知世と遊んだこと。雪兎に髪を切ってもらったこと。今にして思えば李小狼とのバドミントンも面白かった。
だけど楽しいことを考えれば考えるほど暗い気持ちも膨れていった。それを振り払いたくて、また楽しいことを考える。
思い出せる限り。記憶にある限り。

「危ねえ!」

その声にハッとして電柱が目の前に迫っていることに気づいた。
急いで止まろうとしてバランスを崩し、転びそうになったところで桃矢が腕を掴み、支えてくれた。

「大丈夫か? ちゃんとまえ見て進めよ」
「ごめんお兄ちゃん。気をつけるね」

笑顔でそう言って、さくらはすぐに歩みを再開した。
桃矢が軽く舌を打つ。さくらの前に出て自転車をいつもは通らない脇道に向けた。

「どうしたの。学校はそっちじゃないよ?」
「回り道する。付き合え」

一方的に言ってそのまま脇道に入っていった。さくらも仕方なくあとに続く。
日の当たらない暗い道だった。幅も狭く、反対から人が来たらすれ違うのは難しいかもしれない。地面もどことなく汚い。
前に桃矢がいるせいで道の終わりも見えない。黙っていると息が詰まりそうだった。
なにか言おうと思ったところで、不意に光が差し込んだ。暗闇に慣れてきたころに来た明りにさくらは目を細める。

ゆっくりとまぶたを上げ、そこに広がる光景に息を呑んだ。
それは桜の木でできたトンネルだった。道を挟むように延々と並ぶ桜の木が頭上で絡まり合っている。
ひらひらと舞い落ちる花びらはコンクリートを覆い隠し、地面を桜色に染め上げていた。

「綺麗ですね。時代が変わっても桜の美しさは変わらない」

呟いたセイバーに、桃矢の視線があることも忘れて頷いた。
桃矢が自転車を降りて歩く。さくらもスケートを脱いだ。
一歩踏み出すと靴の裏から柔らかな感触が伝わってくる。それくらい花が積もっていた。
この街に関する記憶はそれなりに持っているが、こんな素敵な場所があるとはまったく知らなかった。

「お兄ちゃん、ここどうしたの!」
「この前バイトに遅れそうになってな、近道しようとしたら見つけたんだ。
そのうち家族で花見にでも来ようと思ってたんだけど急に見たくなった」

嘘だ。さくらを元気づけようと連れてきてくれたことくらい流石にわかる。
嬉しかった。この景色を見たからといって何かが変わるわけでもない。でも少しだけ、怖い気持ちが楽になった気がした。

「でもおまえを連れてきたのは失敗だったかもな。怪獣にズシンズシン歩かれたら花が全部、散っちまう」

さくらは桃矢の足を蹴っ飛ばした。



「じゃあまたあとでな」
「うん、お兄ちゃんも気をつけてね」

桃矢と別れ、入り口に立つ先生に挨拶をしてさくらは校門を潜った。
遅刻というほどではないが少し遅い時間。周りに他の生徒はいない。
この街の小学校は友枝小に比べると少し小さく、見た目も地味だった。漫画などで見る学校はこちらが近いので、もしかしたらこれが普通なのかもしれない。

「さくら」

玄関口に向かうさくらにいつになく緊迫した声でセイバーが言った。

「どうしたのセイバーさん?」
「狙われています」

一瞬さくらは何の話かわからなかった。すぐに聖杯戦争のことだと察し、慌てて辺りを見回す。

「姿は見えません。敵は霊体化したまま殺気だけをこちらに飛ばしています」
「どうしてそんなことを?」
「おそらく脅しているのでしょう。そちらが動かなければすぐにでもここで始めると」
「始めるって……ここで戦うってこと!?」

そんなことをすれば学校の人達はただでは済まない。校庭を出れば家やお店もいっぱいある。桃矢まだすぐそこにいるだろう。

「ええ。しかし向こうもできるなら一目は避けたいはず。
このまま校舎に入れば案外なにもしないで去るかもしれません。どうしますか、さくら」

さくらは迷わなかった。先生の目がこちらを向いていないのを確認すると、すぐに校舎の裏に走った。
両手で鍵の状態の封印の杖を握りしめ、唱える。

「闇の力を秘めし『鍵』よ。真の姿を我の前に示せ。契約のもと、さくらが命じる。封印解除(レリーズ)!」

鍵が光りだし、先端が鳥のくちばしと羽に似た形状の杖に変化した。
スケートを脱いで、クロウカードを取り出す。このカードを使うのにスケートを履いたままでは返って移動の邪魔になる。
クロウカードを空中に放り投げ、杖のくちばしの部分で打った。

「跳(ジャンプ)!」

地面に魔法陣が浮かび、靴から小さな羽が生える。『ジャンプ』は跳躍力を上げるクロウカードだ。
さくらは軽く塀を飛び越え、そのまま学校の裏にある山に入った。山の中ならこの時間でも誰もいない。
『ジャンプ』の力で跳躍して山を登っていく。しばらく進んだところで桜色の袴を着たセイバーが姿を表した。

「ここまでくれば十分でしょう」

その言葉はさくらに掛けられたものではなかった。セイバーの視線の先、十メートルほどのところで新たなサーヴァントが姿を現す。
美しい女性だった。上半分は露出が少ないのに、スカートはやけに短い。
綺麗な金髪の中から横に尖った耳が出ている。何より異様だったのは至る所にあしらわれた薔薇だった。
ただ飾りとして花がついているのではなく、ツタごと身体中に巻き付いている。

「はじめまして。アーチャーです」

穏やかな声だった。顔には優しげな微笑を浮かべている。奇妙な姿はしているが、さくらには悪い人に見えなかった。
しかしセイバーは油断のない目つきで相手を見据えている。

「ご丁寧にどうも。いきなりで悪いですが、二つほど質問をしてもいいですか?」
「どうぞ」
「ではまず一つ目。なぜこの少女がマスターだとわかったんですか?」
「生前の仕事の関係で魔力を秘めた者を見るのに慣れていまして、あなたのマスターは素晴らしい才能をお持ちですね」
「なるほど。では二つ目の質問です。あなたの戦う理由はなんですか?」
「なぜそんなことを?」
「無駄な争いは避けたいのでハッキリ言っておきましょう。我々は聖杯を欲してはいません。
報酬を奪い合う間柄でないなら、場合によっては強力関係も築けるでしょう」
「つまり私が強力するに値する動機を持っているか知りたいと?」
「ありていに言えばそうなりますね」

アーチャーは少し考えたあと口を開いた。

「簡単にいえば、好きなんですよ。殺しあうのが」

それは先ほどまでと何も変わらない穏やか口調だった。

「立ち振舞を見ればわかります。あなたも生前は戦いに明け暮れていたのでしょう。
だったら感じたことはありませんか、人という生物は戦いの中でこそ真に生きられると。
互いが相手を殺すという共通の目的のもとぶつかり、血を流し、骨を砕き、贓物をぶち撒けたときこそ真に生を実感できる。幸福を感じられる」
「……相手が殺しを忌む者ならどうするんです?」
「こちらが殺す気で行けば向こうも応じざるを得ないでしょう?」

アーチャーは当たり前のように言った。
さくらには理解できなかった。セイバーの戦いたいという願いも理解できなかったがそれとはレベルが違う。
このサーヴァントは本当に元は人だっただろうか?
恐ろしかった。こんな存在がこの世にいるということがただ恐ろしかった。これほどまでに何か怖いと思ったことは今まで一度もなかった。

「もう一つだけ質問してもよろしいですか?」

セイバーが言う。その声は一見いつも通りに聞こえた。

「なんで……」

セイバーは返事を待たなかった。一瞬の内に滑るようにアーチャーの間近まで迫り、刀を抜きながら斬りかかる。
神速の居合。回避不可能と思われる速度で迫る刃に対し、アーチャーは逃げるどころかさらに間合いを詰めた。
刀ではなくそれを振るうセイバーの腕を自身の腕で受け、反対の手で拳を握り突き出す。

通常、突然敵に懐に入られたら人は反射的に距離を取ろうとする。
まして相手はアーチャー。近づいてくるとは思わずセイバーは完全に意表を突かれた。
しかし理性では読めなくとも、天性の直感はこの展開を予見していた。
アーチャーの拳が胸元に食い込む直前に思い切り頭を振り下ろし、額を叩き込んだ。
続く攻撃が来る前に瞬時に距離を取る。アーチャーは自分の腕とセイバーを順番に見て、感嘆の声を漏らした。

「素晴らしい。まさかあの状況で反撃を喰らうとは思っていませんでした。あなたとは素敵な戦いができそうです」


セイバーはアーチャーを睨みつける。

「貴様の言うとおり、確かに私は戦いに生きる道を見出していた。だが貴様の言葉はまるで理解できん」
「それは残念」

アーチャーは楽しそうに目を細めた。
さくらには今の一瞬、二人にどんな攻防があったのかわからない。わかったのは精々セイバーが近づいてすぐ離れたということだけだ。
それでもすでに戦いが始まっていることは場に漂う空気から感じ取れた。

「さくら、そこでは危険です。もう少し離れていてください」
「う、うん」

さくらは後ろに下がろうする。しかし足が動かなかった。いや足だけではない。全身が石になったように動かなくなっていた。

「さくら?」
「あ、あれ!?」

頭では必死で動こうとしている。なのに身体の方は未知の恐怖で完全に麻痺していた。

「言っておきますが、私は目の前の弱点を見逃すほど甘くはないですよ。嫌ならマスターと別れておけばよかったんです」

セイバーはギリッと歯を噛んだ。
アーチャーが前へ飛び、セイバーも呼応するように前へ出る。
牽制に相手を足元を払う。アーチャーはわずかに後ろに飛んで躱し、再び前進。右手で突きを放つ。頬を掠め、血が吹き出た。
剣を持って素手の相手と戦う場合、重要なのは距離を空けることだ。距離さえ空いていればリーチが長い分、一方的に攻めることができる。
逆に懐に入られれば為す術もなくやられることもあり得る。

しかし今のセイバーは常にさくらの存在を意識せねばならず、思うように距離を取れない。
対してアーチャーは一度逃げられてもさくらを狙えば向こうから近づいてくる。
勝負の趨勢は明らかだった。直撃こそ避けているが段々と傷も増えている。
風向きを変えるべく、セイバーはあえてさくらを無視して距離をとった。アーチャーが容易にさくらを殺せる最悪のタイミングで。

だがアーチャーは動かなかった。
完全に予想外のタイミングで起きたことへの反応の遅れ、あからさますぎる好機への警戒、二つ要因がアーチャーの動作を鈍らせた。
達人同士の戦いにおいて、相手の予想外の作った隙は時に隙にならない。
この瞬間二人の距離はセイバーの間合いになった。チャンスは一度。相手の意表をつくだけの奇策は二度も通用しない。
セイバーは剣先を相手の目の上に向け、わずかに右にずらす。
平晴眼の構え。この局面で使うにふさわしい、セイバーが最も得意する『無明参段突き 』の構え
セイバーは技を繰り出すべく一歩を踏みだそうとして――吐血した。



蜂屋あいは何かが倒れるような音を聞いて目を覚ました。横を向くとトランプ兵が何人も折り重なって倒れている。
アリスがなにか怒鳴っていた。大方トランプタワーでもやらせようとして失敗したのだろう。
枕元の時計を見るとまだ朝の五時だった。二度寝してもいいが、目は冴えている。あいはベッドの上で起き上がった。

「おはよう、アリスちゃん」
「あ、起きたのあいちゃん!」

アリスがパッと顔を輝かせて、ベッドに飛び乗った。

「ねえ、これ見て。今おもしろいことが起きてるの!」

そう言ってあいのケータイを突き出した。そこには差出人がルーラーと書かれたメールが表示されている。
受け取って読む。送付されているフェイト・テスタロッサの写真を開いた。
見たところあいと同じか、少し下くらいの歳に見える。しかし毎日小学校に通っていて一度もこの娘を見たことがない。
ルーラーが捕獲を頼むくらいだから学校には来ていないのかもしれない。

次に掲示板。『みんなのアイドル 諸星きらりだにぃ☆』というタイトルのスレッドが一つだけあった。読む。
アリスが言ったおもしろいこととはこのことだろうと思った。このスレッドを立てたのはなんとなく江ノ島盾子のような気がした。根拠はない。
いかにも江ノ島盾子が好きそうではあるが、彼女とは一度、ほんの数分話しただけだ。さほど詳しく知っているわけでもない。
なのにどうしてそう思ったのか自分でもよくわからなかった。

「ね、おもしろいでしょう。私たちもなにかやりましょうよ!」

アリスは随分と興奮している。退屈が続いた反動だろう。
二人で作った死神様のシステムだが、アリスはすでに飽きを見せていた。
人の願いに答えるあのシステムは彼女には受動的過ぎたらしい
死神様に願っても人が死ななくなったのは、その必要もなく直接殺す子が増えたというのもあるが、アリスが面倒臭がるようになったというのが一番の理由だ。
人が死ねばオトモダチも増えるはずだが、それもアリスに言わせれば、

「だって性格悪い子ばっかりなんだもん」

とのことだ。
あいはアリスの提案について考える。掲示板を使って何かやるか否か。もっとも答えは最初から決まっている。
あいは江ノ島盾子を除く他のマスターを知らない。死神様を調べる少年の話は耳にしたことがあるが、男ならマスターではないだろう。
直接あって色を見れないなら、掲示板でいくら人を操っても意味がない。

「いいえ。せっかくだから放課後に江ノ島さんと相談してから考えましょう」

だからこう答える。嘘ではない。彼女なら何か有効な使い方を教えてくれるかもしれない、という思いはある。
元々文字だけでやりとりする掲示板はあいの得意分野ではない。

「昨日も言ってたけどその江ノ島って人、そんなにおもしろいの?」

アリスは不服そうだ。気まぐれに一人でどこかに行くことの多い彼女は、江ノ島盾子とあったときも側にいなかった

「うん。とっても」

正確には面白いというより興味深いのかもしれない。
あいは今まで様々な心の色を見てきたが、自分の色だけは知らない。鏡を見ても、ビデオや写真を見ても、自分の色だけはわからなかった。
江ノ島盾子。まるで黒い太陽のような、暗く輝く色を持つ少女。あんな色は今まで見たことがない。
あいは彼女にどこか自分と似たものを感じていた。もしかしたら彼女を観察することで自分の色がわかるかもしれないという期待。
あいは自分の感情をそう推測した。

「まあそんなに言うなら放課後くらいなら待ってもいいか。ワタシ、好きのものは最後に食べるタイプだし」
「ありがとうアリスちゃん。けどそれはちょっとズレてない?」
「え~、そう」

口を尖らせるアリスに、あいはは口の端を釣り上げ、目を細めて微笑んだ。
掲示板を閉じ、トップ画面に戻す。ふと画面端の時計を見ると、すでに起床してから二時間以上経過していた。

「アリスちゃん、そこの時計で遊んだりした?」

枕元の時計は五時を指したままだ。

「兵隊さんにお手玉させるのに使ったけど、それがどうかした?」
「ううん。聞きたかっただけ」

この家にはあいとアリスの他に誰もいない。あいはこれから作る朝食を何にするか考えた。学校には遅刻するだろう。



あいの家は聖杯戦争の舞台の西端の辺りにある。学校に行くときはまず南にまっすぐ進み、そこから山沿いにしばらく歩く。
珍しく霊体化してついてきていたアリスが声を上げたのは、ちょうどその山にぶつかったときだった。

「あそこ」
「どこ?」
「山の上の方。サーヴァントがいる。それも二人も。きっとサーヴァント同士で戦ってるのよ。
行ってみましょう。ワタシ、サーヴァントのオトモダチも欲しいの!」

アリスは声は今にも飛び出して行きそうだ。退屈も限界に来ていたのだろう。止めても効きそうにない。
それにあいも他のサーヴァントには興味があった。元が普通の少女であるアリスは性格の悪い子ならよくあるような色をしている。
しかし生前、英雄や大罪人と呼ばれたようなサーヴァントはどんな色をしているのだろうか。

「そうね。行ってみましょう」

あいに山に踏み入った。ここはさほど険しい山ではない。軽装の小学生でも少し運動神経が良ければ十分登れる。
やがて異常な速度で動く二つの影が見え、あいに低木の裏に隠れて気配を消した。

アリスの言ったとおり二体のサーヴァントが戦っていた。
一体は桜色の袴を着たセイバー。滑るように足を動かし、日本刀を振るっている。心の色は澄み渡る海のように透明な青。しかし同時に大きな波のような激しさもある。
もう一体は赤い薔薇を纏ったアーチャー。こちらは武器を持たず素手だ。血のような赤黒い色の中に人を幻惑するような怪しい美しさがあった。
セイバーの後ろにはマスターと思しき少女もいた。恐怖で青ざめた顔と同じ、青白い色をしている。特質する点はない。

あいはサーヴァントに視線を戻す。
二人の動く速度は人間の範疇を超えていて、あいの目では追い切れない。ただ戦いそのものは想像していたよりも地味だった。
広範囲に飛び回ったり、衝撃波や光る弾を飛ばしたりもしていない。
ただレベルが高いだけで戦い方自体は人間のそれとあまり変わらないように見えた。
と、突然、桜のセイバーが血を吐いた。続けて何度か咳をする。薔薇のアーチャーはそれを見て驚いている。
マスターの少女が「セイバーさん!」と叫んだ。

「興醒めですね」

薔薇のアーチャーが動きを止め、ガッカリしたように言った。

「弱点を突くに躊躇いはないと言いましたが、さすがに勝手に自滅されてはつまらないのですが」
「では今日のところはここで終わりにしますか?」

咳は収まったようだが、その声はまだ苦しそうだった。

「甘くはないと言ったはずですよ。しかし、そうですね……」

薔薇のアーチャーは少しの間考えこむようにして、

「ではほんの少しだけ時間をあげましょう。先に片付けを済ませるので、そのあいだ休んでいてください」
「片付け?」

桜のセイバーは訝しむように目を細める。
あいは薔薇のアーチャーの瞳がこちらに動くの見た。上手く隠れられていると思ったのだが見つかったらしい。
あいは立ち上がり後ろに走る。同時に薔薇のアーチャーも走り、僅かに遅れて桜のセイバーも動いた。薔薇のアーチャーへと向かいながら進行方向に鞘を投げて足止めする。
しかし薔薇のアーチャーはブレーキをかけながら、地面に転がる石ころをあいの方へ蹴り飛ばした。
サーヴァントの脚力で放たれた石は猛烈な勢いであいに迫る。避けるのは無理だ。アリスの実体化も間に合わない。
あいは特に怯えるでもなく、悲しむでもなく、ただ単純に自分は死ぬんだなと思った。あいの身体を衝撃が襲った。



気がついたらさくらは飛んでいた。
――このままじゃ、あの子が。
そう思ったら怯えていたことも、身体が動かなくなっていたことも忘れて、考えるより先に動いていた。
まだ効力が残っている『ジャンプ』の力で正面に思い切り跳躍。石よりも先に少女にぶつかり、そのまま二人で数メートルほど転がった。
慌てて起き上がり、少し離れたところに倒れた少女に駆け寄った。

「大丈夫!?」

声をかける。見たところどこにも怪我はしていない。
肩まで伸ばした髪にリボンカチューシャをつけた、天使のような少女だった。透き通った瞳でさくらを見つめている。

「……綺麗」
「え?」

――なにが?
という疑問は少女の次の言葉で吹き飛んだ。

「キャスター、あいつを止めて」
「はあい」

さくらたちの横に青いワンピースを着た金髪の少女が姿を表した。
金髪の少女がパチンと指を鳴らす。するとお伽話に出てきそうなトランプの兵隊が、アーチャーとその足止めをするセイバーを囲むように現れた。
カチューシャの少女が立ち上がる。土のついた白い手でさくらに手を握った。

「逃げましょう」

そう言ってカチューシャの少女は走りだした。
事態の変化についていけないさくらはされるがまま引っ張られていたが、やがて思い出したように叫ぶ。

「セイバーさん!」

さくらの声に答え、セイバーがトランプ兵を飛び越える。追おうとするアーチャーにトランプの兵隊たちが襲いかかった。
追いついたセイバーは少し迷ったあと、さくらとカチューシャの少女を抱え上げ走った。


拳を振りぬき頭を粉砕する。トランプ兵は仰向けに倒れたあと、完全に消滅した。
行手を阻む雑魚を一掃し、アーチャーは心中で呟く。

――逃げられましたか

近くからセイバーたちの音は聞こえない。もうアーチャーの耳の届く範囲にはいないのだろう。
あるいは集中すれば聞こえるかもしれないが、アーチャーはすでにセイバーへの興味を失っていた。
どれだけ実力があろうと、いつ爆発するかわからない【病気持ち】ではそそられない。
あとから現れたキャスターも明らかに戦闘に適したタイプではなかった。わざわざ探してまで追いかける必要はないだろう。

アーチャーはため息をついた。ここには確かな実力を持つサーヴァントが大勢いる。
しかし未だ彼女を心の底から満足させる力を持った相手には出逢えていなかった。
退屈ではないが少し期待はずれだ。

――どこかにいないものですかね。私と同等の力を持ち、強烈な殺意を向けてくれる相手が。

次なる強敵との出逢いを求めアーチャーは姿を消した。



「ここまで来れば大丈夫でしょう」

その言葉を聞いてさくらはほっと一息をついた。
抱えられていただけだが、さっきまではずっと意識が張り詰めていた。生きた心地がしないというのはああいうの言うだろう。
場所は中学校近くの住宅街の物陰。さくらは民家の塀に寄りかかってカチューシャの少女を見た。
この少女はさっきキャスターのサーヴァントを呼び出していた。つまりはマスター。聖杯戦争のルールでは敵ということになる。
だけどさっきは助けてもらったし、そもそもさくらは誰とも戦いたくない。
どうすればいいのかわからずセイバーの方を見るが、セイバーもどうすればいいのか考えている様子だった。
迷っている間にカチューシャの少女の方から話しかけてきた。

「助けてくれてありがとう」
「ううん、わたしの方こそありがとう。えっと……」
「蜂屋あいだよ」
「ありがとうあいちゃん。わたしは木之本桜。あいちゃんは、その……どうしてわたしを助けてくれたの?」

おかしな質問だ。そんなの聞くまでもない。
だが未だ続く混乱と、他のマスターたちへの恐れからつい口に出てしまった。

「ご、ごめん。今のは……」

訂正しようとするさくらの口にあいは人差し指を当てた。クスリと笑って、

「わたしね、心細かったの。いきなり知らない街に連れて来られて、帰り方もわからなくて。
わたしの命を狙う人も大勢いるし、頼れるのは自分のサーヴァントだけ。ずっとずっと心細かった」

その気持ちはさくらにも痛いほどよくわかった。さくらだってそうだったのだ。
今朝も桃矢にあの桜のトンネルに連れてってもらわなければ、沈んだ気持ちのままだっただろう。

「だからあなたに助けてもらって凄く嬉しかったの。マスターにもこんなに優しい人がいるんだって希望が持てた。
……だからさくらちゃん、わたしと友達になってくれる?」」

差し出された右手は微かに震えていた。さくらは心のどこかで戦いを嫌がるマスターは自分だけだと思い込んでいた。
自分以外のマスターはみんな聖杯のために戦う怖い人たちだと――そう無意識に考えてしまっていた。
でも違ったのだ。ここにもさくらと思いを同じくする少女が一人いる。さくらはあいの手を両手でしっかりと包み込む。

「わたしからもお願いあいちゃん、わたしと友達になってくれる?」
「うん!」

二人は両手を握り合って笑った。境遇を同じくする友達がいる。ただそれだけのことがこれ以上ないほど心強く感じた。


「かわいい子ね」

いつからいたのか、霊体のアリスが耳元で囁いた。さくらはセイバーと何か話している。
あいは二人に聞こえないよう細心の注意を払って呟く。

「だめだよ。あの子は殺しちゃ」

あいは陶然とさくらの色に見惚れていた。弱々しくも確かな熱を感じさせるオレンジ色の火。
強く人を惹きつけるわけではないけれど、優しくてずっと見ていたいと思わせる。
綺麗だった。だけどあいを助けたときの色はキラキラと輝いていてもっと綺麗だった。

「また見たいな」

それはアリスにも聞こえないような、ほとんど空気を震わせる程度の呟きだった。




【D-2/中学校近くの住宅街/1日目 午前】

【木之本桜@カードキャプターさくら(漫画)】
[状態] 疲労(中)、魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[装備] 封印の杖、
[道具] クロウカード
[所持金] お小遣いと5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針: わからない
1. マスターの友達ができた喜び
[備考]
※ローラースケートは学校の裏に置きっぱなしです

【セイバー(沖田総司)@Fate/KOHA-ACE 帝都聖杯奇譚】
[状態] 疲労(中)、ダメージ(小)、スキル『病弱』発動中(ほぼ治りかけ)
[装備] 乞食清光
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: さくらのために
1. 念のために周囲を警戒
2. 余裕があれば鞘を取りに行く
[備考]
※使わない間は刀を消しておけるので、鞘がなくてもさほど困りません

【蜂屋あい@校舎のうらには天使が埋められている】
[状態] 疲労(極小)
[令呪]残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 小学生としてはかなり多めの金額
[思考・状況]
基本行動方針: 色を見る
1. さくらの色をもっと見たい
2. 江ノ島盾子に強い興味

【キャスター(アリス)@デビルサマナー葛葉ライドウ対コドクノマレビト(及び、アバドン王の一部)】
[状態] 健康、作っておいたトランプ兵は全滅
[装備] なし
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: オトモダチを探す
1. さくらに興味
2. サーヴァントのオトモダチが欲しい

【D-1/山の中/1日目 午前】

【アーチャー(森の音楽家クラムベリー)@魔法少女育成計画】
[状態] 疲労(極小)
[装備] なし
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: 強者との闘争を求める
1. 敵を探す。差し当たってはフェイト・テスタロッサを巡る戦乱に乗じる



※さくらの家はB-2、あいの家はC-1、桜のトンネルはC-2、学校の裏山はD-1にあります

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000:前夜祭 木之本桜&セイバー(沖田総司 018:ふ・れ・ん・ど・し・た・い
-020:愛の夢
000:前夜祭 蜂屋あい&キャスター(アリス 018:ふ・れ・ん・ど・し・た・い
-011:少女地獄
005:紅の夢 アーチャー(森の音楽家クラムベリー 016:ホワイト&ローズ

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最終更新:2020年06月28日 00:07