Because,I miss you/逢いたくて  ◆EAUCq9p8Q.






―――





  安心って、なんなんだろう。
  ぼくは一言、そう呟いた。





―――





 ◇

  今朝方怖い夢を見て、寝るのがほんのちょっとだけ怖くなった。
  それからベッドに身を任せて、時には安楽椅子に揺られて。
  ぼうっと何もせずにただただ時間を過ごして。
  そんな生活を続けていても、お腹は減る。
  眠気もそこそこに鳴りを潜めると、動き出した頭が空腹に気づいて騒ぎ出す。
  そうなってしまうともうどうしようもない。何かを食べるまで収まらない。

  人間は不便だ。
  そう思いながら、起き上がり、手元のスマートフォンを手に取る。
  この時間に空いてる宅配はどこだろう、とインターネットで検索し。
  適当なところに電話をかけて、適当なメニューを注文する。

  そうして、届くまで三十分くらいの空白の時間が生まれる。

  やっぱりやることはない。
  本を取りに行くのも億劫だし、庭で元気に動きまわれる身体じゃない。
  話し相手になってくれる人物も居ない。
  居るのは―――

「あ、ポチ」

  黒毛の大型犬が、開けっ放しのドアからのそのそとぼくの部屋に入ってきて、そのままごろんと横になった。
  居るのは、ポチくらい。


  最初はすごく驚いた。
  というより、あの日でろでろになって死んで、ぶつ切りにされたポチが、いつも通りのっそりのっそり歩いてたら、だれでも驚く。きっと。
  触ってみると、あの日の通り。
  もとい、あの日より前の通りのポチだった。

  どうも、聖杯戦争ではNPCという形で参加者以外が再現されるらしい。
  アーチャーの推測によれば、あのポチもNPCなんだって。死んじゃったはずなのに。
  奇跡の安売りだね、なんて笑うとアーチャーは『戦う理由付けにはちょうどいいんじゃないでしょうか』と言っていた。
  そんなもんなのかな。

  ちなみに。
  ぼくとポチは居るのに、何故かお父さんは再現されていなかった。
  ぼくの財布の中にゴールドカードだけを残して泡のように消えてしまった。
  でも、ぼくにはその理由が何となく分かる。
  お父さんがいたら、ぼくはたぶん戦争なんか出来ずに死んじゃうだろうから、聖杯があえて再現しなかったんだろう。
  それを、喜ぶべきなのか悲しむべきなのかはわからない。
  少なくともぼくは、寂しい気持ちを持て余している。
  お父さんはぼくのことをゴミクズみたいに扱ってたけど、それでもぼくはお父さんのことが大好きだったから。

「あーあ、哀しい」

  時計の音だけが大きく響き渡る部屋の中、誰にともなく呟いた。
  ポチのしっぽがパタンと揺れた。


  ◇

  結局、宅配が届くまでの暇な時間はスマートフォンをいじって過ごすことにした。
  検索からしばらくぶりに電源を付けたスマートフォンをよく確認すると、メールが届いていた。
  誰にも番号を教えてないはずなのに、誰からだろうと訝しんでいると、成程ルーラーからの通達だった。
  今朝手紙でも通達をもらってたのに、意外と几帳面だなぁ。
  でも、もしかしたら、ぼくが今朝方電源をつけてなかったからわざわざ手紙の方でも送ったのかもしれない。

  通達の内容が手紙の方と変わりないのを確認して、すいすいと液晶をスワイプする。
  見るのは、朝方手紙では確認できなかった『聖杯戦争専用掲示板』というところ。
  最初の最初に確認した時は、なんにも書き込まれてなかったけど、今はどうだろう。

  液晶面を押し、ページにアクセスする。
  少しのラグのあと、ページが開かれる。
  そのページ、『掲示板』にはいろいろな話題が登っていた。

「うわ」

  思わず声が漏れる。
  なんかもう、やりたい放題だ。

  真っ先に目に止まったのが『ファンクラブ』という場違いな単語。
  開いてみると、一人の少女が聖杯戦争の参加者であると決めつけて文章が書きなぐってあった。
  これも、アーチャーに見せるべきかなと考えたけど、まあいいやと割り切った。
  呼び戻してまで見せるような情報じゃないし、令呪という餌が付いたフェイトの方が他の参加者も集まるだろうし。

  次に目に止まったのが、その『ファンクラブ』スレで糾弾されている少女に語りかけているスレ。
  知り合いだから、信用して。
  信用して、私に会いに来て。
  愛をこめてで締めくくる、長ったらしい演説。

「すっげーわざとらしさ。狡猾っての?」

  彼女を誘き出して襲いかかるつもりなんだろう。
  思わず笑ってしまうほど見え見えな手。アーチャーはあんまり喜ばなさそうな手だ。
  それだけ見て、もう胸いっぱいになった。
  掲示板を閉じて、それでおしまい。
  スマートフォンをベッドのすぐ横に投げ、起こしていた身体をそのまま倒した。

  寝過ぎたせいと、もともとの『汚染』のせいで少しだけ身体が痛む。

「愛をこめて、か」

  ふと考える。
  さっきの書き込みが。
  愛をこめてで締めくくられていた長い文章が、もし、本当に『知り合い』からだったら?
  それはたぶん、奇跡。
  いや違う。
  奇跡ってのはここではわりかし安売りされてるから、たぶん奇跡とは違うなにか。
  奇跡以外に何かそれにふさわしい呼び方があるとするなら。
  それはたぶん。
  ぼくがいつも言っている言葉で表すなら、『ぼくのためにすげーがんばってくれる、すっごくいいかんじの、ほんとの友達』ってやつなんじゃないだろうか。

  友達のことを思って、是が非でも会ってやるって腹に決めて掲示板に書き込んだ文章なのかもしれない。
  いろいろな不都合も顧みずに、ひたすらにその子のために頑張ってる人、なのかもしれない。
  そう考えて、また少しだけ寂しくなる。
  ぼくは目をつぶり、息を整える。
  瞼の裏の真っ暗な世界には何もない。
  お父さんも居ない。
  痛みを伴って動き回る必要もない。
  ただただ微睡んでいるだけでもいいこの世界。
  一人ぼっちの世界の中心。
  この広くて狭い金魚鉢の中。

  ぼくはちょっとだけ、息苦しさを覚えて。
  す、と浅く息を吸って目を閉じる。
  ほんの一二秒だけ、泡が浮かばなくなる。
  そんな息苦しさの中で思い出したのはひとつの単語。
  ぷくりと一つ、泡が浮かぶ。


「安心って、なんなんだろう」


  ぼくは一言そう呟いた。





  これが、山田なぎさが目指すと言ってた安心なんだろうか。
  これが、担任が必要だって言ってたらしい安心なんだろうか。

  今のぼくの状況は、きっと、おそらく、一般的に言うなら安心だ。
  安心ってことは、きっと誰にもなんにも邪魔されない。
  ほんとの友達は居ないけど、代わりに敵が居なくて嵐も来ない。
  世界が金魚鉢で、金魚鉢の中にぼく一人なら、それがたぶん、究極の安心。
  たった一人の世界で、ぶくぶくと浮かび上がる泡を見上げながら、永遠にも似た時間をただひたすらに削りながら生きていく。
  今のぼくによく似た状態は、『安心』って言っていいはずだ。

  だとしたら、安心っていうのは、残酷だ。

  言葉も、吐息も。ぼく自身も。
  一人ぼっちで、泡になって消えていく。
  ぼくの言葉を聞いてくれる人は、誰もいない。
  生きているのか死んでいるのかすらもわかってもらえない。一人だけで終わる世界。
  永遠の孤立。
  それが安心。
  安心って、本当は、意外と、残酷なんだ。


「安心って、なんなんだろう」


  でも、思う。
  こんな残酷なものが安心でいいのだろうか。

  ぼくは、安心ってのがよくわからない。
  山田なぎさも知らなかったみたいだけど、ぼくだってわからない。
  わかるはずがない。
  遠い世界の御伽話のようなものだ。
  一生かかっても理解することの出来ない話。

  だとしても、少なくとも。
  世間一般で言う安心とか、担任が山田なぎさに伝えたかった安心は、少し違うような気がする。

  安心って、なんなんだろう。
  安心をどれだけ積み重ねれば、ぼくらは生きていけるんだろう。


「……安心、か」


  でも。
  よくわからないけど。
  言葉じゃ説明できないけど。
  この状況は、ぼくにとっての安心じゃない気がする。
  そんな気がする。

  ぼくにとっての安心っていうのがどこかにあるなら。
  それも説明できないけど。
  それはきっとは山田なぎさの隣にあった。
  バス停に居る山田なぎさを見た時、自然と笑みがこぼれた。
  二人で身を寄せ合った時、心の中が暖かくなった。
  あのなんとも言えない不思議な気持ちに、ぼくは安心と名付けることにした。
  こんな閉塞にも似た状況じゃなく。
  心細くても、泣きたくなっても、脚が痛んでても。
  それでも笑うことが出来た、山田なぎさの側に居たあの瞬間を、安心と呼ぶことにした。


.
  ぼくの思う『安心』が正解なのかどうかはわからない。
  ひょっとしたら、まったくの勘違いかもしれない。
  残酷な方がほんとの安心で、こっちはただの偽物かもしれない。
  でもぼくは。
  偽物だったとしても。
  嘘んこだったとしても。
  山田なぎさの隣で。
  もっと『安心』していたかった。


「ねえ、どうなんだろ」


  ぼくは遠くはなれてしまった安心に、言葉を放つ。
  すべてが嘘っぱちだった人生。
  現実にたどり着けずに消えてしまう作り物の世界。
  嫌になるくらい絶望しかなくて。
  未来なんてずっと先まで真っ暗で。
  きっと嘘なんだと思いたかったこの世のすべて。
  でもぼくは。
  嘘ばっかりの人生で。
  『実弾』じゃない生活の中で。
  偽物にしてしまいたかったすべての中で。
  たった一つだけ、『現実』を愛していた。
  たった一つだけ、『安心』を愛していた。



「逢いたいよ、山田なぎさ



  現実の名前は、『山田なぎさ』。




  ◇


  砂糖菓子の弾丸は、現実に微睡む。


  ◇




【Bー1/海野邸/一日目 午前】

海野藻屑@砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない】
[状態]健康、空腹
[令呪]残り三画(内腿の青あざの中に)
[装備]なし
[道具]ミネラルウォーター入りペットボトル、おてがみ、スマートフォン
[所持金]クレジットカード(海野雅愛名義のゴールドカード)、5000円分のクオカード
[思考・状況]
基本行動方針:山田なぎさに会いたい
0.安心したい
1.アーチャーに全てを任せる
2.惰眠をむさぼる
[備考]
※家にはポチが居ます
※すぐに出前が届いて空腹ではなくなります。
※NPC海野雅愛が存在するかどうかは不明ですが、少なくとも海野邸には出入りしていません。
※掲示板を確認しました。少なくとも江ノ島のスレと大井のスレは確認しています。








―――



  好きって絶望、か。
  そうやって、あいつの言葉を一度だけ繰り返す。



―――





  ◇


  結局、いつリスクを背負うかなんだ。
  戦争は遊びじゃない。
  危ない橋を渡らなければ生き残れない。
  じっと隠れてて生き残れるほど、私もアサシンも強くない。
  いつかは戦場に立たなければならない。
  いつかは危険に身を晒さなければならない。
  じゃあ、いつリスクを背負うべきか。

「それが今、ね」

  アサシンがクッキーを一枚口に放り込み、もそもそと咀嚼しながら答える。
  私達は何を持ってもまず『他の組との接触』が重要。
  アサシンが力を蓄えるには、それしか道がない。
  中盤、終盤になれば他の組を警戒する組も増えてくる。
  つまり、暗躍するなら今を置いて他にない。
  幸い、アサシンには『気配遮断』というスキルがある。
  情報収集、影打ちなど、暗躍するには持ってこいのものだ。

「だから、別行動するの?」

「別ってほどじゃないよ。そこ100mか、200mか、そのくらい離れるだけ」

  あまり離れすぎるのは危険だ。
  アサシンが見つからなくても私が狙われるとそれだけで状況が悪くなる。
  学校全部を破壊する!みたいな危険思想の奴が現れた時に離れすぎてたらそれで終わり。
  だから、あまり離れず学校の周辺を見張るくらいにとどめておく。

「ふうん……悪くないね」

  アサシンが残酷なほど可愛らしく微笑んだ。
  幸い、この周辺には主要な機関がいっぱい集まっている。
  私が通っている中学校に加えて小学校、高等学校、更にはフェイト・テスタロッサ受け渡しの場所である図書館まで集まってる。
  これだけ集まってれば、一組二組は警戒心の薄い主従を見つけられるだろう。
  もしかしたら、フェイト・テスタロッサを巡って勃発する争いの被害者を運良く発見できるかもしれない。
  そうなれば、アサシンにとっては好都合だ。

「じゃあ、行ってくるよ。令呪なんか残してても意味ないから、なにかあったらすぐ使って呼んで」

「言われなくても」

  アサシンが人間離れした身体能力で飛び上がり、ベランダを足場にひょいひょいと屋上まで登っていく。
  それを見届けたあと、私はその足で朝の委員活動に向かった。


―――


  委員としての活動は特別なものじゃない。
  振り分けられた場所の簡易清掃だけだ。
  校舎の裏手に立っている目的地までは数分もかからなかった。
  鍵を回す。番号は「0527」。
  記憶を取り戻して、ここに来て、この鍵を見た瞬間、番号なんて一発で分かった。
  油切れの蝶番がぎしぎし軋み、『それ』が音に反応して一斉にこちらに注意を向ける。
  その程度の注目なんて気にするほどのことじゃない。
  一枚目のドアを抜けて。
  囲いの中のものたちが逃げ出さないようにと用意してある二枚目のドアも抜けて。
  ようやくそこに到達する。

  『それ』は私が入ってきてもさほど気にせず、じっと壁のほうだったりなにもない方だったりを見つめたまま身じろぎもしない。
  私にとってもこれがルーチンだったように、彼らにとってもこれはルーチンの一部となっているんだろう。
  耳の長い、もこもことした『それ』を踏まないようによけながら、掃除道具の入ったロッカーから箒を取り出す。
  そして、その小屋の住人たちに断りもせずに掃き掃除を始めた。

  なんてことはない。
  飼育小屋の掃除だ。
  NPC時代、私はここに呼ばれる前から引き続いて飼育委員をやっていたのだ。
  信じられないことに。




  ずっと不思議だった。
  なんであんな嫌な結末をたどったのに、NPCの私は懲りずに飼育委員なんかやってたのか。
  ご丁寧に鍵番まで「0527」とお馴染みの番号にして。
  でも、その答えも、記憶を取り戻して一日が経ち、二日が経ちと状況を整理する内になんとなくわかった。

  きっかけは、あの日友彦が出した問いかけだ。
  情報交換も兼ねて何の気なしにあの問題をアサシンに出して、アサシンが迷わず『逢いたくて』と答えた時に、頭のなかでパーツが少しずつ少しずつ組み上がっていった。

  妻が我が子を殺した理由についての問い。
  正解は『逢いたくて』。
  妻はこう考えた。
  同僚は夫の葬式に来た。
  葬式が設けられれば、同僚は来る。
  誰かが死ねば、もう一度葬式が設けられる。
  だから、殺す。
  『逢いたくて』殺す。
  葬式自体になんの繋がりもないと気づかずに殺す。
  その選択で、幸せな結末が訪れると信じて殺す。
  子どもが邪魔になったから、なんてありきたりな理由ではなく、ただ純粋に『逢いたくて』殺す。

  ぼんやりと考えていて、ぼんやりと辿り着く。
  NPC時代の私が飼育委員を投げ出さず飼育小屋に足繁く通っていたのも、きっと理由は一つ。
  認めたくないけど、きっとその答えは、平仮名でも漢字でも五文字。
  言葉でどう取り繕っていても、心の底では願っていたんだろう。
  記憶もないNPCのくせに。
  感慨もないNPCのくせに。
  ずっと。
  ずっと。
  待っていたんだろう。



  初めて言葉を交わし、忘れられない思い出ばっかり深々と刻み込まれた飼育小屋。
  ここでこうしていれば、いつかあの陸に不慣れな人魚が、水をぐびぐび飲みながらやってくるんじゃないかと。
  「痛ぇ、痛ぇ」と整った顔に不釣合いなセリフを口にしながら片足を引きずってやってくるんじゃないかと。
  そうして、こちらに気づいたそいつが、手に持っている空のペットボトルを投げてくるんじゃないかと。
  にやにや笑いながら「山田なぎさがいたぁ」と、人の気も知らないで、えっちらおっちら歩いてくるんじゃないかと。
  そう思って、NPCのくせに、ずっと、ずっと、待っていたんだろう。

  馬鹿げた話だ。
  繋がりもないのに、繋がりを信じて。
  そんな選択に意味があるはずもないのに、恵まれた結末を信じて。
  逢いたくて。
  逢いたくて。
  陸の上で泡になった人魚を待っていたのだ。
  きっと。
  私は。



  ―――朝焼けのなか 海をみていた
     君をみつけた
     夢みたいに きれいな人魚
     一瞬だけで 消えたから
     ぼくはこの海に 何度もやってくる
     君を捜しに……



  頭のなかに、あの歌が流れる。
  ロマンチックな歌詞をした一番だけが流れる。
  その歌を歌っているあのいけ好かない男の姿を思い出す。
  なぜ殺したのか?
  Because I miss you/『逢いたくて』。
  一般人にはたどり着けないその答え。
  海野雅愛にはその答えがわかっていた。
  そんな純粋で狂気的な『好き』を、一途で眩しい『絶望』を、知ってか知らずかぴたりと言い当ててみせた。
  理解できない。そう思っていた。
  ただの狂人の戯言だと、そう決めつけていた。
  でも、実際にNPCだった頃の私は、その理解できない行動を取っていた。
  誰に言われるでもなく、トラウマと言っても過言ではない場所に通い続けていた。
  昔の私なら(少なくとも、海野藻屑と出会う前の私なら)絶対にしなかったはずだ。
  そこまで考えて、少しだけ憂鬱になる。



  私はひょっとして、あいつの言葉を借りるなら、『汚染』されてしまっているのかもしれない。
  その『汚染』は、妻が男性に向けたような『愛』なんて高尚なものじゃないけど。
  それでも、人生を狂わせるのには十分な、一発の『弾丸』。
  回ってしまった毒はきっと、実弾主義の私に撃ち込まれた特大級の『砂糖菓子の弾丸』。
  消えてしまった今では調べることも出来ない、正体不明の凶器。
  効能はありもしない未来を夢見て忠犬のように待ち続けるようになる。それもどんだけ悪しざまに扱われようとずっと。おそらく、人類で最も悪質な毒。


  実弾主義のリアリストだった私が。
  海野藻屑と海野雅愛の放った不純物たっぷりの弾丸を胸に受け。
  毒が回って。
  汚染されて。
  こんなどこともしれない土地で死んだはずのあいつの幻影を追っていたのだとしたら。
  ありもしない幸せな未来を夢見て、夢破れて、夢見て、夢破れて、夢見て、夢破れて。
  裏切られ、騙され、それでもじっと幸せな未来を夢見続けていたのだとしたら。

  だとしたら。
  だとしたら。
  だとしたら?
  私が汚染されているとしたら?

「……『好きって絶望』、か」

  そうやって、あいつの言葉を一度だけ繰り返す。
  あの日、あいつがぽつりとこぼした、何気ない言葉を。
  そして問いかける。もう泡となって消えてしまったあいつに。


「……これが、あんたの見てた陸の上の世界?
 これが、あんたが言ってた『絶望』なの?」


  いつまでも届かないと知りながら、それでもじっと待ち続ける。
  ずっと、ずっと、いつか届くと信じて待ち続ける。
  傷つけられ。
  汚染され。
  誰にも理解されず。
  誰にも祝福されず。

  裏切られ、
  裏切られ、
  裏切られ。

  絶望して、
  絶望して、
  絶望して。

  それでも幸せな結末を夢見て、砂糖菓子の弾丸を撃ち続ける。


「それが、あんたの言う『好き』だったの?」


  今はもう溶けて消えてしまった砂糖菓子の弾丸に、届かぬ問いを投げかける。

  それが本当なら、確かに『絶望』だ。
  幸せなんてありはしない。
  ただ、鬱々と、明けぬ夜の中で泣き続けるだけ。
  どこまで行っても世界の闇が晴れることはない。
  ただ、目を瞑って『偽物』にすがり、逃げ続けるだけ。
  例え笑われても、例え傷ついても、何も聞こえぬ左側から悪しざまに言われていると知っても、ずっと、ずっと……
  ヘタクソな字で書かれた『さよなら、もくず』という手紙を思い出す。
  唇を噛みしめる。
  絶望して、絶望して、絶望して、その結果が、あれだって?


「そんなの、納得できるわけ、ない」


  少なくとも、私は納得出来ない。
  そんな不条理、耐えられない。
  申し訳ないが、私は海野藻屑ほどヤワじゃない。
  そして、海野藻屑ほど逃げるのが上手じゃない。
  だから私は、絶望してやるもんか。
  待ち続けて、受け入れるのなんてまっぴらごめんだ。
  クソッタレな世界を押し付けられるなんて反吐が出る。

  暴れてやる。
  絶望しろと世界が押し付けてくるなら、真っ向から立ち向かう。
  あんたを殺したこの絶望ってやつに正面切って戦いを挑んでやる。
  絶望するなら死んだあとで十分だ。
  地獄であんたに会った後で、離れ離れの次は何をやっても離れられないってことに死ぬほど絶望してやる。
  だから、それまでは、絶望なんてしない。
  私の方から動き続ける。
  漫然と待ち続けるんじゃあなくて、『聖杯』というゴール目指して。
  みすぼらしくても、あざとくても、きたなくても、みっともなくても、おろかしくても。
  最後の一歩まで、ゴール目指して進み続ける。
  それが私の、山田なぎさの今放てる精一杯の『実弾』だ。




「だから、待ってて」


  ―――朝焼けのなか 海をみていた
     君をみつけた
     夢みたいに きれいな人魚
     一瞬だけで 消えたから
     ぼくはこの海に 何度もやってくる
     君を捜しに……


  リフレイン、リフレイン。
  海野雅愛の、あの理解できない男の代表曲『人魚の骨』が頭のなかで繰り返す。
  一瞬だけで消えてしまったきれいな人魚を捜しに、この海にやってきた。
  それが一番の歌詞。
  それから、二番で人魚と出会い彼女に手を伸ばして、三番でお刺身にして美味しく食べてしまう。
  思い直しても酷い歌詞。だが、その一番の歌詞は、偶然、今の私にぴったりだった。
  でも、あんな傷だらけの人魚は美味しくないだろうし、美味しくないものを無理して食べる趣味なんてない。
  だから、私に必要なのは二番まで。
  人魚を見つけ、手を伸ばす。
  そこから先は……海野雅愛の作った物語ではなく、私の物語。
  手を伸ばし、捕まえて。
  人魚が投げようと右手に構えていたペットボトルを取り上げて。
  そのペットボトルで頭をぽかりと叩いた後に文句のひとつもぶつけてやろう。

  実弾主義の私に、砂糖をコーティングしてくれた『人魚』の奴に。
  絶望して死んでいった、孤立無援の『空想』の奴に。



「逢いに行くよ、海野藻屑



  空想の名は、『海野藻屑』。




  ◇


  実弾は、空想に酔う。


  ◇




【D-2/中学校・飼育小屋周辺/一日目 午前】

山田なぎさ@砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない】
[状態]健康、若干憂鬱(すぐに切り替え可能)
[令呪]残り三画
[装備]携帯電話、通学カバン
[道具]
[所持金]中学生のお小遣い程度+5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れて、海野藻屑に会う。
1.とりあえず、今は平常通り過ごす。
2.お人好しな主従と協調するふりをして、隙あらばクロメに襲わせる。
3.ただし油断せず、慎重に。手に負えないことに首を突っ込まないし、強敵ならば上手く利用して消耗させる。
[備考]
※掲示板を確認しましたが、過度な干渉はしないつもりです。

【アサシン(クロメ)@アカメが斬る!】
[状態]実体化(気配遮断)中
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.現状、マスターに不満はない。
2.アサシンらしく暗殺といった搦手で攻める。その為にも、骸人形が欲しい。
3.とりあえずおとなしく索敵。使えそうな主従を探す。
[備考]
※八房の骸人形のストックは零です。
※気配遮断が相まってかなり見つけられにくいです。同ランクより上の索敵持ちで発見の機会を得られます。

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008:砂糖菓子の朝はほろ苦い 山田なぎさ 025:過ぐる日の憧憬
アサシン(クロメ 014:絶望少女育成計画Reflect

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最終更新:2020年06月28日 00:08