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憂鬱症候群-Gloomy Syndrome- /post TFnetwork&unit
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幸せについて

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匿名ユーザー

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 小さな頃から「幸せ」とはなんだろうというようなことは漠然と考えていましたが、年を重ねるごとに真剣に考えるようになってきました。おそらく、大人になるにつれて幸せを与えられる立場から、自分で掴む、さらには与えていく立場へと自分の位置が変化してきたからでしょう。特に、親元を離れ、自らが社会と直に接していく機会が増えた今、「幸せ」は自分の中で大きなテーマになっています。まあ、これは人生最大のテーマかもしれません。なので、自分がじいちゃんになる頃(運良く生きてたらの話)までに何かしらの答えが出ればなぁと思います。
 っと言うことで、「幸せ」について何かつかめたような気がする事柄について書きます。
 まず、「幸せ」というのは自分の外に転がっていて、宝くじに当たるかのように偶然に遭遇するようなものではなく、こちらから自発的に見出すものなんじゃないかってことです。要は、こちらの心の持ちようというものが幸せかどうかを決める大きな要素じゃないかと思うんです。
 次に、「幸せ」ってのは意外に地味なものなんじゃないかってことです。華やかに着飾ったようなものではなく、ちゃぶ台に向かい合って座った老夫婦が静かにお茶を飲むような、地に足が着いてる感じのあるもののような気がします。例えて言えば、AT車限定の免許しか持ってない僕にとってはここら辺の感覚は想像ですが、MT車を走らせる時、ローギヤに入れてアクセルを踏むと音のわりに前に進まないけど、スピードがのってトップに入れたとき確かな手ごたえが得られるってな感覚に近いと思います。たぶん。とにかく、ドキドキワクワクするようなもんではなく、じわじわぁ~と心に染みてくるもんだと思います。
 まだまだ、「幸せ」ってやつは良く分からない存在です。またなんか思いついたら書きます。これを読んでくれた人は、「幸せ」について何らかの見解を聞かせてもらえたらうれしいです。



カテゴリ: [幸せ] - &trackback() - 2005年10月02日 21:49:36
  • 「幸せ」ってのは「辛い」ことに対して一線を画したときに現れる。字だってそんな感じじゃん。今までに無いくらい「辛い」と感じた瞬間、それまでの「辛い」ことは多少なりとも「幸せ」に変化しているのかもしれません。 -- kenji (2005-10-03 00:27:21)
  • 幸せとは不幸以外のもの。つまり幸せとそうじゃないのとの間に線を引くとすれば私ならフツーなときと不幸せなときの間に引くと思う。なぜなら例えば重要な式典とか授業中とかにお腹がすこぶる痛くなったとする。想像していただきたい。あなたは今トイレに行きたくて仕方がないのだ。そういや今日は朝から下痢だったんだよなとか思い出してますます気分は悪くなる。そんなとき普通人間はどう思うか。おそらくきっとお腹が痛くなかったいつもの日々を思い出すだろう。つまり日常というのは幸せだと思う以上に毎日見ず知らずのうちにかみ締めている幸せだということになる。よく分かるのは入院とかしたときだね。あと不幸か幸せかを決めるのは本人にしかできないことだから、よく障害者の人とかを見て「ああかわいそう助けてあげなきゃ」なんていうのはいい偽善だね。そう思われてしまったほうにしてみれば自分は幸せだと思ってるのに不幸にされてしまったなんてことになる。これってとても理不尽な、それでいてよくある不幸だよね。 -- tomoya (2005-10-03 02:55:19)
  • あたしにとって幸せとは、顔から笑顔がにじみ出てくる時。でもこれは自覚している幸せで、自覚していない幸せも他にたくさんあると思います。幸せなんちゅうのはきっと、自分の考え方次第やね! -- 海原 (2005-10-04 21:20:09)
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