1:
敬虔なクリスチャンがアメリカの一都市であるゴッサムシティの実情を知ってしまったら、口を揃えてこう言うかも知れない。
「現代に蘇ったソドムの市だ」、と。旧約聖書の成立より2000年以上が経過した現在では、創世期の中に語られるソドムの市など一笑に付す街並みをゴッサムは持つ。
見る者を圧倒する程の高さのビル群が林立し、これが夜になると、百万ドルの煌びやかな夜景を演出し、
日に流通する物資や貨幣の額は、今やステーツの中でも指折りの物へと成長、経済活動についても定評がついて来ている。
栄耀栄華を極めつつあり、絶頂の最中に今やあり、と思われるこのゴッサムの内情は実に劣悪なものであった。
アメリカにおいても新進気鋭の経済・商業の地として名を馳せるゴッサムに、利潤を追求しようとやって来るのは真っ当な経済人だけじゃない。
アウトローや凶悪な犯罪組織もまた、ゴッサムに実る利益と言う名の果実を欲する餓狼なのである。
犯罪組織が触手を伸ばしていない所など、ゴッサムには存在しないと言っても良いだろう。不当に利益を獲得する対象が、誰であろうと彼らには関係ない。
麻薬の売買、風俗法に著しく違反した売春業、恐喝、窃盗・強盗、マネーロンダリング等々。ありとあらゆる悪徳を用いて、彼らは利益を集めようと必死なのだ。
彼らは悪徳を犯して得て来た金を以て、行政や司法をも懐柔しようと目論んだ。賄賂に心を動かされると言うのは、古の昔から人は変わっていない。
ゴッサムの警官の殆どが、今や廉潔さの欠片もなく、生活の大部分を賄賂で賄う有様で、今や行政部も、犯罪組織が齎すブロンド美女や宴会、賄賂によって癒着。
マフィアやアウトローの増長を許すと言う有様である。そして極め付けが、急激な社会・経済発展のツケとも言うべき、修正不可能なレベルの経済格差だ。
実に不思議な町である。親子何代が一生放蕩に耽って暮らせるような富豪が当たり前のようにいる一方で、今日の飯の為に身を粉にして働く低所得者が、この街には同居している。
そんな低所得者やホームレス達が、スラムを形成。日々の生活でその心を荒ませて行き、ある日突然癇癪を起した様に犯罪を起こしたり、日々の困窮に遂に耐え切れず、
犯罪組織に身をおくなど、この街では日常の出来事。皮肉な事に、経済と行政の怠慢の犠牲者である彼らもまた、ゴッサムの治安の悪さを助長させる一因なのだ。
成程、確かにこの街はソドムの街と形容されるに相応しい街のようである。
そして最早、この街から悪徳と背徳の芽をその種子ごと焼き尽くすには、天にまします大いなる父が、灼熱の火炎と熱した硫黄を降り注がせる以外にないようにも思える。
しかしついぞ最近、この爛熟した経済都市に、ある一つの要素が持ち込まれた事を知る者は、極めて少ない。
その要素とは、ゴッサムシティのヒエラルキーの上層にいる者ならば、「犬だって食いやしねぇ」と馬鹿にする文化である。
だが同時に、正しく運用すればゴッサムの現状をも打破するだけでなく、その反対、ゴッサムの悪徳を更に際立たせる要素にも成長しうる可能性を秘めたものでもある。
世紀末都市一歩手前に位置するこのゴッサムになら、一つや二つ、そう言ったお題目を上げる組織が良そうなものであるが、何の偶然か、
そのスキマに入り込もうとする組織はついぞ今まで存在しなかった。つまりゴッサムにおいては今や、その2人組こそが、そのスキマにおけるパイオニアなのである。
――それは、宗教/カルトと言う、人類の歴史上最も完成された、集金集客の為の偉大なる発明品なのだった。
2:
その2人組が現れたのはつい2日前と言う最近の事らしい。
ストリートチルドレンやホームレス、低所得者たちがたむろする、ゴッサムの貧民街に出入りするその2名は、
一見すれば街の中流階層風のルックスをしており、とてもじゃないが、掃き溜めと形容されるゴッサムのスラムに足繁く通う様な者達には見えなかったと言う。
奇妙な事に2名とも、東洋人、しかも日本人であったと言う。
なおの事、理解に苦しむ。日本人の観光客であればゴッサムのスラムがどれ程危険であるかは事前に知識を仕入れて来る筈だろう。
いやそもそも日本人であれば、ゴッサムの大抵の歓楽地には足を運べる身分であるのだから、スラムに足を運ぶ理由すらがない。
となればその2名は、初めから意図を持って、スラムに足を運んだ、と見る向きが強いと言わざるを得ないだろう。だとしたら、面倒な仕事を増やしてくれたものである。
ドブと、アルコール中毒気味のホームレスの吐いた吐瀉物の臭いがミックスされた、反吐が出る程胸糞悪い裏路地を早歩きで往きながら3人の男達は一様に考える。
スラムや貧民街に住むゴッサムのヒエラルキーの下層に位置する住民達を急速に取り込み、決して無視できない規模にまで成長している新興宗教があると言う。
『ゴウ教』。その新興宗教の名前である。教主に位置する人間の名前から取っていると言う。
その宗教の教義とは、こう言う事であるらしい。曰く、ゴウ教の教主である男は、『正統な神の立場から貶されて、神格の低下した神』であり、だから今は、奇跡を見せようにも極めて限定的なそれしか発揮出来ないと言う。
自分が嘗てのような力を発揮するには、皆々が自分の事を『神であると信じる事』が必要である、と言うらしい。
自分が神であると嘯く新興宗教には、ロクな組織が存在しないと言うのが世の常である。
況してや、神の加護など欠片も信じていないゴッサム市民を相手に布教活動など、それこそソドムの市の住民を回心させる事よりも難しいだろう。
だが現実問題として、この新興宗教は、マフィアや犯罪組織達の嘲笑をよそに、着実と勢力を増やして行っていた。
何故か。理由の1つに、教主ではないもう1人の日本人が、卓越したヴァイオリンの腕前の持ち主であると言う事実がある。
音楽に国境はないとはさても良く言ったものだ。布教活動に野次をいれる下卑たホームレスや低所得者達を、華麗な音楽の力で黙らせるのである。
黙らせるだけでなく、人を集める効果もそのヴァイオリンの日本人は担当している。その集客率は予想の通り、高い。音楽目当ての者もいるからだ。
勢力拡大のもう1つの要因が、要の教主そのものなのである。そのゴウ教の信者を締め上げて聞いてみると、その胡散臭い男の話術と存在感は、不思議な魅力は確かなもので、
貧民街で極貧の苦しい生活を送る自分達の心境や境遇に理解を示し、同調、そして一緒に過ごすうちに、気付いたら、この男の話を信じてみよう、と言う気になるのだと言う。
そして2日ばかりで多くの人間の支持を集めた最大の理由が、この宗教には布施は不要であると、教主自らが断言した事であり、事実2名は信者から何も受け取っていないのだ。
見返りは貰わず、ただ自らを神と信じるだけで良い。
話だけを聞く限り、その教主と言う男は、聖人気取りの馬鹿か、承認欲求を満たしたいだけのただの愚か者である。
しかも、見る者を惹きつける謎の魅力と、優れた話術を持ち、影響力だけは一丁前に強いと来ている。尚の事タチが悪い。
夜のゴッサムのスラム街は狼の巣である。下手に一人でそんな場所に迷い込もうものなら、身ぐるみを完全に剥がされて路上に転がされるのがオチである。
そんな危険な場所を3人程度で歩き回っても、スラムのチンピラやホームレス共が彼らを見て見ぬフリをする訳は、単純明快。
3人は此処ゴッサムに幾つも蔓延る、中堅規模のマフィアグループに所属する男達だったからだ。
用もなければこんなしみったれた場所になど足も運ばない彼らだったが、今回ばかりは勝手が違う。自分達の評価、引いては所属マフィア全体の収入が懸っているのだ。
男達はスラムの少女達や娼婦に売春を行わせ、その収入の上澄みをハネ、そのドルを上納金として納める事で評価を得ていた。
だが昨日、その日の分の収入を回収し計算すると、目に見えてその額が減っていたのだ。理由はハッキリとしている。
売春をする女、特に年端もいかない少女達の多くが、その行為を拒否し、その日はサボタージュしていたのである。
何故やらないと少女の1人に脅しをかけると、「レイお兄ちゃんがそんな事しちゃダメだって言うから……」と、泣きながら弁明。
どうやらその新興宗教的には、春を鬻ぐと言う行為は、余り好ましい所ではなかったようである。
其処から3人は、今このスラムに根を張りつつある日本人の2人組の事を初めて察知したのである。
結論を述べれば、この3人組はその2名の日本人を抹殺するつもりだった。
イカれたジャンキーの戯言なら彼らも無視はしたろうが、スラムに大きな影響を与えており、もっと深刻な問題として、収益が減っているのである。
今より多くの娼婦や少女が仕事をサボタージュし、収益が減り続けて行けば、自分達の評価や出世にも響きかねない。危険な釘は、速めに抜いておくに限るのだ。
2名が住んでいる場所は、既にアタリを付けていた。
前述のような、新興宗教の教主とその右腕と言う様な立ち位置と言う事もそうだが、日本人と言う、裕福さの代名詞とも言えるような人種のくせして、
スラム街とゴッサムの中産市民が住むアパート街の、丁度ボーダーラインに位置する安アパートに居を下ろしているのだ。
これで有名人にならない筈もない。現にこの3人は、適当な浮浪者の信者1人を締め上げるだけで、もう住処を特定出来た始末である。
「とっとと仕事を終らせるぞ」
トレンチコートを着用したマフィアが立ち止まるなりそう口にする。
あぁ、と、仲間の2人から返事が返ってくる。其処は既に、件の2名が住んでいると言うアパートの前であった。
2人が住んでいる部屋の前まで近づき、施錠の有無を確かめる。流石にスラムに近い場所にあるアパートの為か、しっかりと掛かっていた。
3人の仲間の内、ピッキングに強い1人が、無理やり開錠する。安い家賃に相応しく、セキュリティもお粗末だ。
この程度の古いタイプの施錠など、プロの犯罪者にとっては何の防犯にもならない。ゆっくりとドアを開け、気付かれぬうちに仕事を終らせようとした――その時だった。
「どーもこんちゃーっす」
――アパートの『内部』から、如何にも軽く、軟派そうな男の声が聞こえて来たのである。しかも明らかに、マフィアの3人に向けて、である!!
驚いた3人は急いで、懐から拳銃を取り出し、その銃口を部屋の先へと向ける。果たして其処には、部屋の住民と思しき男のシルエットが佇んでいた。
白い半袖のシャツに、少し白みがかった青色のジーンズを穿いた、良く日焼けた肌に、長い金髪のサーファー系の男性。
間違いない、情報の通りならこの男だ。新興宗教を興した2名の内の1人、『教主』の側に位置する男だ。
「ケッ、どんな奴が教主かと思えば、マイアミ歩けば100mに10人はすれ違いそうなチャラ男じゃねーか」
3人のマフィアの内1人が言った。
教主の顔立ちは、一般的に見れば整った方に位置する、フレッシュで若々しい、プレーボーイ風のそれである。
しかし、それだけだ。彼と同じような背格好と容姿の人間など、アメリカ中を探せば掃いて捨てる程見つける事が出来る。
こんな人間を神と崇めるなどとは、全く馬鹿馬鹿しくて救いようがない。
「で、3人はどう言う集まり何だっけ? あ、もしかして俺を神って信じてくれる事を教えてきたの?」
「なワケねーだろうがクソジャップ、テメェとその片割れをぶっ殺しに来たんだよ!!」
教主の緩い喋り方に対して頭に来た、一番先頭にいたマフィアがサイレンサーつきの拳銃を躊躇いなく発砲。
彼の着用していた白いシャツの左胸部分を容易く貫き、赤い血液で急速にそれを濡らして行く――筈であった。
「あー、いいねぇ!! 自分から面倒する手間が省けたよ」
何故この男は、平然と、笑顔を浮かべてマフィアに語りかけて来ているのだろうか。
そして何故――この男のシャツは、血に濡れていないのだろうか。
「な、何だ、何があったんだ『豪殿』!?」
サイレンサーを付けているとは言え、火薬の炸裂する音響を完全に消す事は出来ない。室内で撃てば、銃声が響くのは当然の事。
その音に驚いた様子で、『豪』と呼ばれた男のすぐ近くのソファで眠っていた男が飛び起き、彼に話し掛けて来た。
……『女性』? 事前情報で男性であるとは解っていた為にさほど混乱はなかったが、それでも人伝に聞いた話と実物を実際に見てみる事は全然違う。
事前情報があっても、マフィア達は惑わされたのである。それ程までに、ソファで今まで寝ていた男は中性的な容姿をしていた。
黒いリボン付きの、フリル付きカッターシャツを身に付けた、黒いスラックスの少年。
これよりも女性的に劣った容姿の女など、アメリカを探せば10万人は下らないだろう。それ程までに、魅力的な容姿をした少年だった。教主に据えるなら寧ろ此方だろう。
「お~、おはよう『麗』くん。いやなんか、カチコミに来たみたいだよこの人達」
あそこに花が咲いている事を教えてやるような呑気さで、豪と呼ばれる男はマフィアの方を指差した。
どうやら強がりでも何でもなく、本当に銃弾が通じていないらしい。まさかコイツ本当に、いやまさかそんな筈はない!!
マフィアの1人が、その仮定を否定する。ありえない、だってゴッサムには神の存在など――
「麗くんは危ないからソファの裏にでも隠れてなよ、流れ弾とかはそれで何とかなるでしょ」
「その、豪殿は……?」
ソファの裏に隠れながら、麗と呼ばれている少年が心配そうに訊ねて来る。
「大丈夫だって安心しろよ~ほんとヘーキヘーキ!! ヘーキだから!!」
いかにも軽い調子で麗と言う少年の心配を消してやると、豪は、マフィアの方に目線を向けた。
薄っぺらい軽薄とした笑みからは、到底、神を名乗るには程遠い空気が醸し出されている。
神と言うよりはむしろ、詐欺師の方が性に合っているだろう。
「銃が利かねぇ何てあり得るかよ!!
バットマンだって、銃弾で頭撃ち抜かれりゃ死ぬんだぞ!!」
先程銃弾を撃った男とは別のマフィアが、前に出て拳銃のトリガーを引いた。
パシュンッ!! と言う音が響くと殆ど同時に、豪の眉間に銃弾が直撃――そして、素通りして行く。
ピシッ、と言う音を響かせて、マフィアの放った銃弾は豪の背後の窓ガラスを貫いて、向かいのアパートのコンクリ壁に入没する。
「あーもう滅茶苦茶だよ、窓も壊しちゃってさぁ」
幽霊でも目の当たりにしたかのような表情を浮かべながら、3人は豪の事を見ていた。
平然としていた。いやそれどころか、蚊に刺された程の痛痒もこの男は感じていないらしく、平然と3人に向かって言葉を投げ掛けて来ているのだ!!
「ま、まさかほ、本当に神――」
「もう何発か撃ってみりゃ解るんじゃない?」
言って豪は男達の方に一歩近づいた。
2回目に拳銃を撃った男が、ヤケクソと言わんばかりに、チャンバーに込められた銃弾を全て豪にぶち込んだ。
が、相変わらず豪は平然としている。そしてあの軽薄な、チャラついた笑みを浮かべているのだ。
3人が3人、最早その場から動けずにいた。
胃が裏返りそうな程の恐怖に直面し、喉が急激に渇いている。体中からの冷たい汗のせいで、水をぶっかけられたように身に纏う服がびしょ濡れである。
「おっ、皆如何やら本当に俺の事神様って信じてくれたみたいだな」
ニッ、と豪が笑みを浮かべ直した。――酷薄で冷たい、残虐な笑みであった。
「俺もこの力を振るうのは初めてだからなー、練習してみるか」
そう言った次の瞬間だった、最後に銃弾を発砲した男が、唐突に悲鳴を上げ始めた。
2人のマフィアがその悲鳴の方を見なくとも、何故その声を上げたのかハッキリとした。男が生きたまま燃え上がっているのである。
直立の状態を保ちながら燃える様子はさながら燃える杭のようである。悲鳴を上げる事の出来た時間は、正味1秒程度だったろう。
摂氏4000度の炎で以て燃え上がった彼は、それこそ一瞬で、のたうつ暇も与えず、骨も灰も残らず焼き尽くされてしまったのだ。
「すげ~ことなってんぞ~?」
男が燃え上がった様子を見てからの言葉が、それであった。
「あーでも、この殺し方――あ、違うな、裁き方は失敗だったな、死体の焼ける匂いがダメだ、気持ち悪い。麗君、後ろの窓開けてくれるかな?」
と、豪が口にするが、3秒経っても何の反応もソファの裏からはなかった。
「あー、駄目か」、と豪が諦めたように口にする。マフィアの側からは麗の様子は見られなかったが、彼はソファの裏で耳を塞いでガタガタと震えていた。
「……あ、じゃこうすれば良いんだ」
何か閃いた、と言う様子で豪が口にした、瞬間だった。
最初に彼に銃弾を発砲したマフィアが、うぐっ、と苦しそうに呻吟した後で、前のめりにドタッと倒れ込んだのは。
心臓を抑えながら、発作に苦しむように。やがて、ガクガクと強い痙攣が体中に走った後に、ピクリとも動かなくなった。
驚くのは、その後の事だった。なんとその男の身体が、徐々に空気と同化して行くように透明になって行き、遂には姿が見えなくなってしまったのである!!
初めから、こんな男などいなかったと、世界からそのまま否定されてしまったかのようにも見える。
「うし、魂喰いって奴も成功したし、死体も綺麗に消滅させられたし、一石二鳥!!」
「な、な……」
残されたマフィアの1人など、堪ったものではない。
この男は、本当に神だったのだ!! 信じられない、俺達は何て男に喧嘩を売ってしまったのだと強く後悔していた。
厳しいプロテスタントだった母親の、厳格なキリスト教教育を今になって思い出してしまう。
人は神と絶対に争ってはいけないし馬鹿にしてはいけないと言う、今まで蔑んで来た教えがフラッシュバックする。
逃げなければならない、ガクガクと震える足腰で、豪に背を向けかけるが、腰が回らない。
なんだ、如何した、と混乱するマフィアだったが、下半身を見て、戦慄した。自分の爪先から腰までが、完全に石と化しているのである!!
「わ、わああぁあぁああぁっ!!」
柄にもなく子供の用に叫び声を上げるマフィア。
自らの身体が石化する。それは、常人の精神であれば一発で正気を失い、発狂すらしてしまうであろう、恐怖の現象であった。
「大人しくしろ!! 身体全部石化させてバラ撒くぞこの野郎!!」
突如豪が、人が変わったかのように豹変、荒々しい口調でマフィアを恐喝する。
最早何が何だかわからない、マフィアは既に平静を保てずにいた。
「バラ撒かれたくねぇだろ? 命だけは助かりてぇだろ? だったらジタバタすんじゃねぇっ」
豪の言葉を辛うじて飲み込む事が出来たマフィアは、男の言葉を意のままに、黙りこくった。
「よーしそうだ」、と、心底ゲスな、場末のチンピラだって上げないような声のトーンで、豪が満足そうに呟いた。
「良いか、お前だけは命を助けてやる。だが、お前には1つ約束を守って貰うぜ?」
「や、約束……?」
「組に戻ったら、この街には『神』がいるって、命の限り組員に布教しろ。もしも手ぇ抜いてみな、そん時は……お前にも仲間と同じ道を辿って貰うぜ?」
マフィアの顔面が一瞬で、青色を通り越して白色に変貌する。下半身が石化していなければ、きっとその場で失禁すらしていただろう。
「良いか、解ったか?」
「は、はい!!」
「じゃぁ行け!!」
言うや否や、豪はマフィアの脚部の石化を解除する。
途端に男は前のめりに倒れ込む。「ひいぃいぃいっ!!」と、先程此方にカチコミを仕掛けて来たのが遠い昔の話の如く、彼は倒けつ転びつアパートから逃げて行った。
「……ま、こんな所かな」
満足そうに、豪が呟いた。
眠らない街ゴッサムの、深夜0時の話であった。
3:
「あれしかなかったのか……」
心底ゲンナリとした声色で、ソファに座りながら神楽麗は、壁に背を預けて佇む豪に言った。
何処となく非難がましい、豪を責めるような光がその瞳に宿っている。
「冗談言わないでよ麗君、明らかに話し合いで解ってくれる人達じゃなかったでしょ」
麗の言わんとする事を察したのか、豪が反論する。
彼の言葉を正論と思ったらしく、「それはそうだが……」、と麗は大人しく引き下がる。
当然と言えば当然だ、銃を持ち、何も目的も話さず発砲して来るような人種と、話し合いをする方がどうかしているのだ。
「それにさ、多分あのヤクザっぽい奴らが来たのも、原因は解ってるでしょ。麗君が昨日買春してる少女を助けたからだぜ?」
「……それは……すまない。私としても迂闊だったかも知れない」
昨日、豪の宝具の真価を発揮する布石である布教活動をしている時、麗は買春して家族を養っていると言う少女を見た。
10歳にも満たない少女が、端金の為に身体を売り、しかも他ならぬ自分が稼いだ金なのに、何もしてないマフィアに上澄みを搾取されていると言う現実に怒りを覚えたのだ。
だから麗は、そんな馬鹿げた事は止めるんだと彼女を説得した。……結果としてその行動は、何の得にもならない所か、命の危機すら引き起こしてしまったが。
「良いよ、別に。それに結果として、俺の『宝具』だっけ? それを使える布石も一応打てたんだし、良い方向に考えようぜ?」
本気で落ち込んでいる麗を見て、少し反省したらしく、気遣う様な言葉を投げ掛ける豪。少し持ち直したようで、麗は「悪い」、と切り返した。
「仕方がない事とは言え、迂遠な作業だな。……君に直接戦う力がないのは解ってる、だがこんな事をしていてはサーヴァントどころか、一般市民にすら……」
「そりゃー言わない約束だよ麗くん。俺だってチャチャチャッと相手を倒せる力が欲しかったけどさ、そう言う訳にもいかないって」
2名は、聖杯戦争の参加者であった。
表向きは、豪が教主、麗が彼の補佐役と言うような立ち位置で知れ渡っているが、本当の関係はそれとは真逆。
麗こそが豪のマスターであり、豪こそは麗のサーヴァント――『デミウルゴス』と言うエクストラクラスを与えられた存在なのである。
麗が殺されれば、豪も自動的に聖杯戦争の舞台であるゴッサムから退場する。
つまりあの時マフィア達は、豪になど目もくれず、麗に銃弾を撃っていればその時点で豪も殺せたのだ。
……尤も、それをNPCに理解しろと言うのが、酷な話ではあるのだが。
「までも、さっきのは儲けだよ儲け。俺の方から何もせずして、相手は神だって思い込んでくれるんだぜ? こんなおいしい話はないぜ麗君」
先程マフィア達は、豪に銃弾が通用せず、そのまま素通りして行ってしまったと言う事実から、彼の事を神だと誤認した。
だがこのトリックは、聖杯戦争の参加者、或いは魔術師であれば数秒かからずにそのタネを看破出来る。
超近代の存在であるとは言え、豪はサーヴァント。サーヴァントには、神秘のない攻撃は通用しないのである。
だからこそ豪は、あそこまで大仰な態度を取れたのだ。敵対して相手が本物のサーヴァントであったのなら、豪は急いで麗を抱えてその場から逃げ去っていた。
何れにしても、殆どノーダメージで、豪の宝具を発揮できる環境を大きく整えられるのは、瓢箪から出たコマと言う他ない。豪が儲けと言うのも、頷ける話だった。
デミウルゴスのクラスのサーヴァントである豪が、聖杯戦争に参加している全参加者の中でも特に弱い部類に入る事は、
マスターである麗は愚か、サーヴァント本人である豪ですら自覚していた。
恐らく豪は、何かの間違いでキャスターと殴り合いに発展したとしても、勝ちを拾える可能性は少ないだろう。
そんな彼の唯一の勝利筋が、彼を神であると『誤認』する事であった。豪は紛れもなく元人間のサーヴァントであるが、
戦う相手が彼を神に類する存在だと誤認した時に限り、豪は聖杯戦争の全参加者の中で最強を誇る程の強さへと昇華される。
しかし実際に、神秘に対して造詣の深い魔術師のマスターや、況してや神秘そのものであるサーヴァントを欺く事は至難の技。
だからこその布教活動なのだ。NPCに『豪(ゴウ)教』と呼ばれる宗教を布教する事で、『豪と呼ばれる神がゴッサムにいる』と言う噂を、
マスターやサーヴァントの耳にも入る規模にまで拡大させる。こうする事で、元々発動する可能性が極めて低い宝具の発動率を、高めさせる。
初めてシャブティが、デミウルゴスのサーヴァントである豪に変化した時、彼らは本気でどうやって勝ちに行くか悩んだ。
マスターには魔術の才能もない、取り立てた運動能力もない。そしてそれは、サーヴァントである豪ですらも同じと来ている。
ただ、発動すれば兎に角強い宝具だけがあるだけ。ならばその宝具の発動に全てを賭けるしかないし、その宝具を発動する環境を本気で整えるしかない。
2人の長い話し合いは、それで決着がついた。まだ布教が始まって1日しか経過していない。
本当の聖杯戦争が彼らにとって幕を開けるのは、普通のサーヴァントよりも遥かに遅い時の話になるのである。
……それに、神楽麗は人を殺したくない。
豪が宝具を発揮できれば、どんなサーヴァントだって真正面から迎撃出来る強さを誇る。
しかしそれとは逆に、どんなサーヴァントの手傷だって癒せる程の力をも秘めている。
麗は、マスターを殺して聖杯を手に入れ、元の世界に帰るのではない。圧倒的な力を以て相手を降参させ、平和的に聖杯戦争を解決出来ないかと本気で考えていた。
だが非力な麗と豪では、その手法は絶対に取れない。だから何に変えても、豪に力を蓄えさせる必要があるのであった。
「まぁ何にせよさ、今日は此処で一晩寝てさ、明日になったらこのアパートをとっとと出てって、違う所をアジトにしようか」
「……あぁ、そうだな。此処は一度マフィアとの戦闘に使ったからな、その場所に未練がましく固執するのは危険だ」
「そう言う事。あ、実は止まる場所についてはアテあるんだよね。実はさっきさ、最後に生き残らせたマフィアから引き抜いたんだよね」
言って豪は、自慢げに懐から札束入れを取り出した。「あっ」、と麗は口にする。
それは明らかに、生かして置いたマフィアから豪がくすねたと思しきものであった。札束ではち切れそうなその財布を見て、麗は呆れた様な顔つきで口を開く。
「それが本当に神のやる事か……」
「大丈夫だって安心しろよ~麗君。明日この金持って、昨日麗君が助けた女の子達にこのお金渡せばいーじゃん。
汚いお金が、元々そのお金を稼いでた人間に渡るだけ、俺らはそのお金を悪い奴らから取り返しただけ。んで、更に俺が神に近付く!! あ~いいね!!」
「全く……」
弁が立つと言うか、言い訳が上手いと言うか……。それっぽく聞こえてしまうのが、また恐ろしい。
それ以上咎める事はせず、麗は小さく溜息を吐くだけだった。
「このお金をさ、麗君が助けた子供に渡したら、きっとあの娘言ってくれるぜ?」
「何てだ」
「GO is Godってさ」
「知らないよ」
呆れた様子で、麗はソファに寝転がり、眠ろうとした。
豪もそれを受けて、自らの身体を霊体化させる。明日は今よりも、もっと忙しくなりそうな予感がするのであった。
【クラス】
デミウルゴス
【真名】
豪@真夏の夜の淫夢シリーズ
【ステータス】
筋力D 耐久E 敏捷D 魔力C 幸運A+ 宝具EX
【属性】
中立・中庸
【クラススキル】
神性(偽):E-(A+++++)
神霊適性を持つかどうか。
自らの存在が知られるに至った原因となった出演作、及び彼の身体を体験した者の話で、デミウルゴスは神として扱われていたり、形容されていたりする。
しかし極めて最近の偽神(神格)の為神秘の積み重ねが全くなく、実体化したデミウルゴスを確認しても、精々「不思議な何かを纏った人間」程度にしか認識されない。
後述する宝具の効果が発動した際に、神性ランクはカッコ内のそれへと向上。一創作体系の中で唯一の神として扱われている存在に相応しい力と権能を発揮出来る。
【保有スキル】
無辜の神格:EX
――ホモビに出ただけで神に列せられる男。
生前自らが出演していた同性愛者向けのアダルトビデオが一部のホモガキに目をつけられ、ただの人間にも関わらず神格として祀りあげられた。
デミウルゴスの信仰説は諸説あり、善神でもあり悪神でもある、光の神である一方で闇の神である、創造神の側面もあるし破壊神の側面もあると、一定しない。
宝具の効果が発動しない時のデミウルゴスには、神であると言う自覚が希薄で、特定状況下以外では能力・姿・人格が変貌する事はない。
このスキルは外せない。
カリスマ:E(EX)
軍団を指揮する天性の才能。
根拠もなければ理由もないのに、いつの間にか神として認められ、人々の信仰を集めていた事実を指す。
デミウルゴスには軍事的知識が皆無の為、平時の状態では不思議と人を惹きつける程度の才能に留まっている。
宝具効果が発動した際には、カリスマランクはカッコ内のそれに修正される。
話術:E+
言論にて人を動かせる才。
デミウルゴスは元々人気の男娼であった為か顔は良く、それを利用する事で、多少此方に有利な展開に進ませる事が可能。
また、相手が現在の状況に不満を覚えている時には、話術の成功率が上昇する
【宝具】
『人から神へと至る者(Go is GOD)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:自身
元々ただの人間であったデミウルゴスが、同性愛者向けのポルノビデオに出演している様子を一部の趣味人に目をつけられ、遂には神に祀り上げられてしまったエピソードの具現。
デミウルゴスを『神霊』そのもの、或いは化身かそれに準ずる存在と認識した者に対して、デミウルゴスは、
聖杯戦争及びサーヴァントとしての範疇を逸脱しない限度であれば、まさに神の如き力を発揮する事が出来る。
全てのステータスをAランク以上に修正する事も可能であるし、魔力を無尽蔵に取り出す事も、キャスターランクを上回る威力と性能の魔術を連発する事も、
実戦向けのスキルの数々を獲得する事も、相手の傷を癒す事も、この状態のデミウルゴスには造作もない。
発動さえしてしまえば対峙したサーヴァント相手にはほぼ勝利が確定されるも同然の凄まじい宝具であるが、
この宝具を発動するにはデミウルゴスを『神霊』として認識する必要があり、発動時に彼を『人間由来のサーヴァントである』と認識、
反論した瞬間、この宝具の効果は消滅する。更に、この宝具を発動した時に殺す事の出来る相手は、デミウルゴスを『神と認識した本人だけ』であり、
『デミウルゴスを神だと認識していない相手』にたいして、この宝具の発動時のデミウルゴスが攻撃を仕掛けたとしても、攻撃は素通りされるだけである。
【weapon】
無銘・ビデオカメラ:
生前本人が所有していたとされる物の中で特に知られているもの。
199X年と言う極々最近の代物の為、神秘など当然ある筈もないのだが、趣味人はこれを神器だと捉えている。
デミウルゴスはこれを投影する事が出来る。
【サーヴァントとしての願い】
不明。
【基本戦術、方針、運用法】
直接戦闘は最弱同然のサーヴァントである事は、論を俟たないであろう。
貧弱なステータスに、実戦的なものが何一つとして存在しない固有・保有スキル。最弱のクラスであるキャスター・アサシンにすら、直接戦闘に持ち込まれればGOは敗北する。
兎に角ありとあらゆる手段を以って、GOはその宝具に発動する事しか勝機がない。しかし発動するにしても、その条件は決して楽なものではない。
このように非常に細い勝利筋であるが、同時に発動に成功すれば恐ろしく強力な宝具でもある。
GOの宝具は発動してしまえばほぼ無敵に等しい力を得るも同然で、この状態の彼は三騎士すらも軽くあしらう事が可能。
だが、発動に時間が掛かる癖に宝具解除も一瞬の宝具である為、相手を甚振ったり余裕を振る舞う時間は全くないので、即座に決着を着ける必要がある。
宝具の性質上、サーヴァントの過去を確認出来るスキル、宝具を持った相手には致命的なまでに相性が悪く、彼ら相手から勝利を拾う事はほぼ不可能。
特にルーラーには固有スキルの都合上万に1つも勝ち目はない。
【マスター】
神楽麗@アイドルマスターSideM
【参加方法】
国内のアイドル講演の出張先の骨董品屋で、惹かれるがままに手を取った人形が、シャブティだった
【マスターとしての願い】
解らない。
【weapon】
【能力・技能】
アイドルとして修行中の腕前は、光る所こそあれどまだまだ成長段階。
それよりも彼の武器は、素晴らしいヴァイオリン奏者としての腕前と、絶対音感である。
ただこれが、聖杯戦争に於いて役に立つ技能であるかどうかは不明。
【方針】
GOの力を発揮させる為、当分は布教活動に専念。その際、敵サーヴァントに合わないように祈る。
最終更新:2015年04月12日 01:40