ゴッサム・シティの闇。
かつてはヴィランとヒーローが幅を利かせていた、恐ろしくも華々しい闇。
だが今、そこにはヴィランもヒーローもいない。
偽りのゴッサムの闇は聖杯戦争が始まらぬ限り、未熟で幼稚な闇に過ぎない。
「おぅ、今回はこいつでファック&サヨナラか?」
「ハハハ、もう死んでるみたいな顔だなァ」
「……………………」
闇の片隅で少女を囲むのは、そんな幼稚さに相応しい程度のチンピラどもだ。
ありふれた格好、ありふれたマッポー、ありふれた欲望。
ただ男どもに囲まれている少女の碧眼だけが、この場において際立った存在だった。
淀んだその瞳には恐怖も、悲哀も、興味すら映っていない。ガラスめいてさえいる。
彼女のいた学校には、このような存在はいなかった。
確かにネオサイタマの治安はマッポー的な状況である。
しかし彼女のいた全寮制のスナリヤマ女学院は厳しい規律の元で――奇っ怪な秘密が隠され、
その秘密から芽吹いたグループ意識が、表面上は平穏なままで幅を利かせていた。
「バカみたい」
「エッ?」
だから、少女は――キカ・ヤナエは、素直な感想を漏らした。
「あいつの方がもっとクズだった。
あいつならもう殺してる」
「なっ」
状況を理解できず、チンピラどもはただ愕然とするだけだった。
大の男が数人、武器すら持って年端もいかぬ少女を取り囲んでいる。
なのに……その少女は全く怯えていない。泣き叫びも、座り込みもしない。
「お前達なんかただのチンピラだ。
怖くもなんともない。そんなお前達が――」
言葉を述べる最後まで、少女は立ち続けている。揺らぐこと無く。
「私の。邪魔を、するな」
少女が喋り終わると同時に、空気はしんと静まり返る。
チンピラどもは数秒の時間を掛けてようやく怒りの表情を浮かべた。
思い思いに、ただありふれた怒号を叫び始める。
ヤナエの身に危険が迫っているのは明らかだが、彼女の表情には何の揺るぎもない。
ただ、拳を握りしめただけだ。
何かを呼び出すように――――
しかし。
ヤナエの元に現れたのは、彼女が想定したものとは違っていた。
『まったく。
NPCと問題を起こすなと言っただろうが』
その瞬間、少女の姿は消えた。
※ ※ ※
数分後。
チンピラどもが騒いでいたのとは別の喧騒の片隅に、ヤナエの姿がぽつりと現れた。
少なくとも転移したわけではないことは、汗が滲んでいる様子から明らかだ。
いきなり現れた少女の姿を、ゴッサムの喧騒が気に留めることはない。
ただ同時に現れた少年だけが、苦い顔をしながらヤナエを見つめている。
「ゴメン、キャスター=サン」
「サン付けはいいとも言っただろう。
いい加減、俺に世話係をやらせるな」
青髪の少年――ヤナエよりも背は小さい――の返事は、その容姿に見合わぬ野太いものだ。
サーヴァント・キャスター。
先の件でヤナエの姿が消えたのは、彼がヤナエの姿を透明化させたからである。
「でも、私が持ってきたものが変わって、キャスターは来てくれた。
サーヴァントとして」
「シャブティのことか? 確かに俺はサーヴァントだがな。
俺に保護者を期待するのはナンセンスだ、無意味だ、不可能だ。
身を守ってくれなんて言うほうがどうかしている」
矢継ぎ早に放たれるキャスターの言葉。
それはまるで、自分が弱いサーヴァントと言わんばかりだ。
……いや。
「もう一度、はっきり言っておく。
俺が戦って勝てるサーヴァントはまずいない。というかいたら驚きだ。
絵本書きに負けるなんぞ、本当に英雄かそいつは?」
自分は最弱だと、彼は断言する。
あまりにも自己評価が低いサーヴァントだが、それも道理。
彼の真名はハンス・クリスチャン・アンデルセン。
三代童話作家として、知名度だけは抜群な英霊である――もっとも、童話作家を英雄と呼んでいいかは怪しいが。
当然ながら戦闘経験はないし、実力もそれに見合った程度のものでしかない
「他のサーヴァントはどんな?」
「さてな。
候補としてはそれこそ物語の数だけいるだろうさ。英雄も怪物もな。
確実に言えるのは、俺とは比較にならんくらいに強いという事と……
ほとんどはお前を殺しに来るという事くらいだな」
肩を竦めながらアンデルセンが告げたのは、ほぼ死刑宣告に等しい。
敵は世界で名を馳せる戦士や魔術師。
味方は無力な絵本作家。
戦争においてこれほど酷いハンデイキャップもあるまい。
ヤナエが俯くのを見て、ただアンデルセンはため息をつく。
馬鹿にしているとも取れる態度だが……これでも、真実を真摯に語っているだけだ。彼としては。
「帰りたいか? だがまあ手遅れだ。
俺にできることはせいぜい隠れ潜むのが精一杯で、お前をここから連れ出すなんてしてやれん。
……怖いか?」
「わからない。だけど」
依然として辛口な言葉を受けて、しかしヤナエは顔を上げた。
「サーヴァントがいる中をただじっとしているだけじゃ、安心できない」
返事を残して少女は歩き出す。
怯え惑うにしてはあまりにも無謀な行為。
実際、こうしてあちこちを調べ回っていたせいでチンピラに絡まれてしまったのだ。
熱に浮かされたようなヤナエの後ろで、アンデルセンは首を振りながら霊体化した。
(馬鹿め。それは期待している、というんだ)
童話作家の指摘は口から漏れずことも、念話として伝わることもなかった。
アンデルセンは既に己がマスターの観察を終えている。その本質を見定めている。
彼女が自らより遥かに強いことなど――とうの昔に分かっている。
(こいつは人間ではない。
戦う術を持ちながら、それでも自分から踏み出さそうとはしない。
ただ、自分に道を示してくれる何者かの存在を待つだけ。
連れて行ってくれるのならば、それが悪逆の化身だろうと罵倒しながらついていくだろう。
……まったく面倒な女だ。
夢見がちなだけならまだいい。見ようとする夢、その見方、両方が面倒臭いにも程がある。
恐らく吊り橋効果やストックホルム症候群の類が効果覿面だ)
そんな辛辣な批評は、ただ彼の心中に止め。
アンデルセンは、少女の――ニンジャの背を、ただ無言で追っていった。
まるで、彼女の連れて行かれるかのように。
(人で無くなった挙句に幸福のあり方すら定まらない立ちん坊。
善なり悪なり現実なり夢想なり、好きな行き先を決めればいい。
見ていて筆が進む対価として、例え地獄の底に向かおうとも付き合ってやるさ)
【クラス】
キャスター
【真名】
ハンス・クリスチャン・アンデルセン@Fate/EXTRA CCC
【ステータス】
筋力E 耐久E 敏捷E 魔力EX 幸運E 宝具C
【属性】
中庸・中立
【クラス別スキル】
魔術詠唱を早める技術。
彼の場合、魔術ではなく原稿の進みに多少の恩恵があるようだ。
魔術により様々な道具を作り上げる能力。
魔術は修得していないものの、宝具を応用した詩文により多少の作成はできるようだ。
【保有スキル】
本人の意思や姿とは関係なく、風評によって真相をねじ曲げられたものの深度を指す。
アンデルセンの場合は"読者の呪い"である。
人間を観察し、理解する技術。
ただ観察するだけでなく、名前も知らない人々の生活や好み、人生までを想定し、
これを忘れない記憶力が重要とされる。
厭世家で知られるアンデルセンだが、その根底にあるものは拒絶ではなく理解である。
彼にできる事は物語を紡ぐだけだが、だからこそ、誰よりも語ることだけは真摯であろうと誓い続けた。
【宝具】
- 貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:0 最大捕捉:一人
アンデルセンが書いた自伝、「我が生涯の物語」の生原稿。
この本を白紙に戻し一から執筆することで、"ひとりの人間"を"ひとりの主役"、すなわち究極の姿に育てることを可能とする。
ただし成立まで時間がかかる上に、ようやく完成しても駄作に終わるかもしれない、というリスクまでついている。
殺生院キアラ曰く、「うふふ。無理ゲーですわ、これ(はぁと)」。
【Weapon】
筆と舌。
キャスターとして自らの絵本を元にした魔術を使用可能だが、ほぼサポート特化のため彼自身が戦うことは不可能。
【人物背景】
毒舌厭世ショタ作家。世界にその名の鳴り響く三代童話作家のひとり。
他人に好かれる気がなく自分にも価値を見出せなくなっているため、人生を楽しむ、という考えが欠如している。
アンデルセンは人生に何も求めていない。生前、望む物は何一つ手に入らなかったことが原因だろう。
「人生に価値があるとしてもだ。そんなものはたいてい、人間が夢想するものよりも下だろうよ」
と、世の中すべてを嫌っているようにさえ見える。
しかし根は面倒見がいいのか、頼られれば応えるし、作家らしく几帳面なのでアフターケアも万全。ようは男のツンデレである。
そも、読者を楽しませよう、奉仕しようなんて考えがなければ物書きは務まらないのだから。
(Fate?EXTRA materialより抜粋・改変)
【サーヴァントとしての願い】
マスターの行く末を見守り、そしてその内容で自らの筆を進ませる。
例え、その行く末がどんなものであろうとも。
【方針】
戦闘力が皆無で宝具も使えねぇ宝具なので、透明化のスキルなどを最大限活用して逃げ回るしかない。
はっきり言って勝ち目はないが、しかし……
【マスター】
キカ・ヤナエ@ニンジャスレイヤー
【マスターとしての願い】
生きる。
【weapon】
特に持っていない。
しかし……
【能力・技能】
常人並みの身体能力であり行動力も皆無。
しかしいざ動くとなると、一般人とは思えない判断力と精神力で決断的な行動を開始する。
また、もう一騎サーヴァントを運用しても全く行動に支障が出ないほどの魔力量を誇る。
一見するとただの少女だが、勘が鋭い者なら普通の人間でない事に気付くだろう。
仮に彼女が「キカ・ヤナエ」としての生活と決別し、自らの力を抑えずに生活する道を選ぶのであれば……
その莫大な魔力はサーヴァントと渡り合えるほどの力を持つ、巨大な不可視の獣を呼び覚ます。
なぜなら。
キカ・ヤナエは――アズールは
デスドレインやランペイジと共に行動していた、ニンジャである。
ニンジャとしての能力は前述の獣の使役。
成人男性の頭ほどの足跡を残すほどの大きさの上に不可視のため、
感知系の能力か高い白兵戦技能が無ければ気付くことさえできない。
キャスターのサポートと組み合わせた場合、下級サーヴァントが相手なら容易に撃破できるほどの力を発揮する。
【人物背景】
ニンジャ・デスドレインによって家族を皆殺しにされ、そのまま彼に拉致される形で行動を共にすることになった少女。
アズールだけが殺されなかった理由は、ニンジャソウル憑依者である事に気付かれたからだった。
行く宛てもないアズールは半ばヤケになってデスドレインと行動を共にすることとなるが、
最終的には戦いの中で彼と逸れ、ヤナエ夫妻に拾われて平穏な暮らしを送ることになる。
夫妻への感謝からそのまま奥ゆかしい暮らしをしようと思っていたアズール――キカ・ヤナエ。
しかし内心では、人ならざる何者かが自分を連れて行ってくれる事への期待が燻っており……
それは『シャブティ』として彼女の元へと現れた。
【方針】
とにかく生きる。自分を守ってくれる人を探す。
だが、もし誰も自分を守ってくれないのであれば――――
最終更新:2015年05月13日 02:32