「はっ、はっ……」
走る。
少女はただ一人、ゴッサムの闇を駆け抜ける。
追われているのは鳴り響く怒号と、向けられるサーチライトからも明らかだ。
彼女は、この地域に根を張るギャングの組織に追われていた。
「…………っ」
少女は腹立たしげに歯を噛みしめる。
これだけ派手にギャング達が動いているにも関わらず、警察が止めに来る様子はない。
理由は簡単、彼女を追う組織が警察に根回しを行っているからだ。
最悪、警察が少女を捕まえるべく追ってくる可能性すらあった。
それほどの組織に対し、少女は何かしたわけでもない。
追われているのはただ単に、「そういう役割だから」という理由にすぎない。
彼女は身に覚えのない濡衣を着せられ、逃げ惑っている。
ギャングの構成員を殺した女。
指名手配された犯罪者。 ロール
それが、少女――
ヤモト・コキの役割。
逃げ続けるヤモトに……しかし、ギャング達が追いつく様子はなかった。
それどころか、どんどんと距離が離れていく。
桃色のライトに照らされた少女の影にすら、彼らの手は届かない。
淀んだ空気を切り裂く、鋭い音。
苛ついた一部のギャングが発砲したのだ。
威嚇が目的でまともに狙いも定めなかった銃撃だ、当たるとは撃った当人すら思っていない。
故に。
運良く頭に当たりかけた銃弾を、ヤモトが避けたことにギャング達は気付かなかった。
少女は自らが抱えている刀を意識した。
名刀ではないが、ギャング達を鏖殺するには十分過ぎる得物だ――彼女自身の能力も含めて。
しかしNPCの殺傷は禁じられているという事実が、彼女に反撃を躊躇わさせる。
結局、橋を見つけると同時にヤモトは刀を諦め、オリガミに手を伸ばした。
橋を渡ったところで彼女のジツ、オリガミ・ミサイルで橋を爆破し追撃を断つ魂胆である。
『さすがにその力を見える形で使うのはまずいよ~、ヤモヤモ』
その考えは、しかし声ならぬ声に阻まれた。
『ここはそのまま渡ってね~』
間の抜けた声に従って、ヤモトは橋を駆け抜ける。
同時に橋が砕け散る様子に、ギャング達は慌てて足を止める。
何があったんだ、爆弾か、と顔を見合わせる彼らに、気付けるはずもない。
ほんの一瞬だけ実体化し、橋の下から突き出された「槍」と――
それを振りかざす、少女の姿に。
※ ※ ※
ヤモト・コキはニンジャである。
偶然からシ・ニンジャのソウルに憑依された彼女は、
それでも力をほとんど使う事無く暮らしていたが……
ネオサイタマのニンジャ組織――ソウカイヤはその存在に気付いた。
いかにシ・ニンジャのソウルが強力と言えど、ソウカイヤという組織の力はそれに勝る。
彼女が逃げおおせたのは、様々な偶然を経た結果に過ぎない。
シルバーカラスから受け継いだものを胸に、逃亡生活を続けていたヤモト。
だが、ソウカイヤの追っ手は執拗に迫り来る。
終わらぬイクサに消耗しきったヤモトは、通りすがった古物店でアクセサリーを気休めに購入した。
願いが叶うという触れ込みの小さな人形。
ミイラのような姿を演出するためなのか、オリガミのような紙が巻きつけられている、古臭いもの。
特に期待せずにそれを……シャブティを手に取ったヤモトは聖杯に招かれ。
そして、今は偽りのゴッサムでギャングに追われている。
確かにあのままニンジャとの戦いを続けるよりかは、ただのギャングに追われる生活の方がマシだろう。
だがそれなら逃亡生活そのものを無くしてくれてもいいのではないかと、ヤモトは聖杯に問い詰めたくて仕方がなかった。
適当なビルを駆け上り、屋上から向こう岸の風景を見渡す。
ギャング達は向こう岸で右往左往しているようだ。
ほっと一息ついたヤモトの肩が、トントンと叩かれた。
「おつかれ~
しょうゆ味のジェラート、食べてみない?」
「…………ランサー=サン」
振り返った先には、一人の少女がいる。
ランサーのサーヴァント。
ヤモトと同年代……いや、年下にさえ見える彼女の装束は神秘的なほど優雅で、花のよう。
刃を何本も浮かせた特徴的な形の槍を振るったばかりだというのに、その服装には一つとして乱れがない。
いつの間にか服装に気を遣う事を忘れていたヤモトは、自分より年下らしき少女を羨ましく感じた。
しかしそんなヤモトの様子をよそに、ランサーは氷菓を突き出してくる。
「ほらほら~」
「う、うん」
ランサーの行動はいつも突飛で、マイペースで、スローライフだ。見た目と同じか、或いはそれ以上に子供っぽい。
ひとまずジェラートを口に入れてみたヤモトは、その味に微妙な表情を浮かべた。
「………………」
「あれ~、2分の1の確率で美味しいって言うんじゃないかと思ったんだけど~」
「2分の1?」
「ん~、ヤモヤモの味覚はわっしーとミノさんのどっちかなって」
そっか~、ヤモヤモはわっしータイプか~、などと呟くランサー。
言われている側はどういうことかさっぱり分からない。
ため息をつきながら、ヤモトは向こう岸に視線を戻した。
ギャング達は川を渡れず、追撃を諦めたようだった。
しかし、あの程度の川幅ならヤモトは――ニンジャは飛び越えられただろう。
おそらくサーヴァントも同じだ。
聖杯戦争。
その知識はヤモトの頭の中に刷り込まれている。
英霊をサーヴァントとして使役する、魔術師の戦争。
戦えるかどうかは自信がなかった。
シルバーカラスからのインストラクションは未だ未完成。
せめて鍛錬を積み重ねたいところだが、ギャングに追われる身ではその暇もない。
思考を巡らす後ろで、ランサーがのんびりと呟いた。
「……うぅーん、ヤモヤモがマスターなのはそのうちバレるかもしれないね~」
「バレるって」
「あ~、警察官やギャングの役割を与えられたマスターもいるかも。
そういう人はヤモヤモがマスターなのに気付いて、一方的に攻撃してくるよ~」
「分かるの?」
「いや~、考えてみただけ。
そういう役割を貰えた人は、自分の立場を利用して戦うよね~」
思いつきもしない発想だった。
いつの間にかニンジャとなりソウカイヤに追われるようになった彼女には、
友人を巻き込まないよう逃げ回りながら生きるだけで精一杯だった彼女には、
利用できる立場などありはしなかったのだから。
「つまり、アタイは役割の時点で不利っていうこと?」
「うん。
だからせめてその時、ニンジャだってバレてるよりは……ただの女の子だって思わせる方が戦いやすいと思うな~」
「もしかして、さっきのも」
橋の破壊を静止された時のことを思い出す。
年下にしか見えない少女はその実、ヤモトよりずっと先を読んで戦略を立てていた。
「つまり。マスターは戦わないほうがいいんだよ~」
そう言って、ランサーはぴんと指を立てた。
「……でも」
「だいじょうぶだいじょうぶ~
これでも神性持ちの上級サーヴァントだからね~
本気になったら大量の武器でズガーンだよ~」
ランサーは笑顔で指を振る。
年下にすら見える少女が、一人で戦うという。
ヤモトは何も反論できない。
ただ抱えていた刀――ウバステが、小さく震えた。
ヤモトの身体と共に。
※ ※ ※
ランサー。
真名を
乃木園子。
神樹に選ばれた少女であり、一時は生き神として扱われた「勇者」。
彼女の全盛期とは、20回の満開で身体を散華させる前の状態だ。
それはつまり、身体が動く状態という事であり……20回の散華に耐えうる状態ということであり。
宝具もまた、それを行うためのもの。
即ち。
ランサーは己が宝具を使う度に、身体機能を失っていく。
(マスターとしての透視力って、どこまで見えるのかな~?)
全く表情を変えないまま、ランサーは自問した。
ヤモトに宝具のリスクについて説明するつもりはない。
戦略的にヤモトの力を秘匿しておくべきである以上、ランサーの戦力について不安を覚えさせるわけにはいかないし……
そもそもあまりニンジャの力を使ってほしくないというのが本音だ。
(人間じゃなくなった挙句に友達とお別れ、もう会えない……なんて。
見てて楽しいものじゃないよね~)
ランサーの願いは、ヤモトが元の生活に戻ること。友人と平穏な暮らしを過ごすこと。
ニンジャも、バーテックスも、勇者も、普通の暮らしにはいらない。
そして聖杯なら、それくらいの世界を作ることはできるはずだ。
一人で身体機能を失いながら戦うことに対して恐怖はない。生前にも経験したことなのだから。
動けない身体のまま何年も幽閉されることはないのだから、むしろ気が楽だとすら感じている。
だから、自らの能力と宝具を最大限活用し……勝つ。
(そのためなら……十回でも百回でも満開するよ)
ランサーの笑みは消えない。
その覚悟は、決してヤモトには漏らさない。
※ ※ ※
――助けなきゃ。
助ける?どうやって?
――助けられるとも。
どうやって?
――アタイは何でもできる。
どうやって?
――アタイの力。シ・ニンジャの力。さあ使え。
私の力。
――存分に使え。さあ使え。
※ ※ ※
【クラス】ランサー
【真名】乃木園子@鷲尾須美は勇者である
【属性】中庸・中立
【パラメーター】筋力:C- 耐久:D 敏捷:A- 魔力:C+++ 幸運:E 宝具:C+++
【クラススキル】
魔術への耐性。一工程の魔術なら無効化できる。
宝具により精霊が増加すると共に強化される。
【保有スキル】
神霊適性を持つかどうか。ランクが高いほど、より物質的な神霊との混血とされる。
神性を持つ、もしくは神の支援を受けた逸話のある「勇者」の英霊から攻撃を受けた際に耐性として機能する。
このランサーの場合、宝具により武器を強化すると同時に神性も強化される。
一時、身体のほとんどを神樹に捧げ生き神として崇められたため最高値は極めて高い。
戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を「感じ取る」能力。視覚・聴覚への妨害を半減させる。
瀕死の傷でも十全な戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限りは戦闘を続行できる。
――例え、四肢のほぼ全てと五感の一部が機能しなくとも。
【宝具】
タ タ カ イ
ランク:C+++ 種別:対人(自身)宝具 レンジ:0 最大捕捉:1人
神の祝福。勇者を守る精霊達。
『勇者』という存在を害する全てに対し精霊が出現し、無効化する。
しかし神霊由来の防御であるため、一定ランク以上の『神性』を持つ相手ならば突破は可能。その際の攻撃はランク分の威力削減を行ってからダメージ計算する。
また神性由来でなかろうと、攻撃によって発生した衝撃波や音などには精霊が現れない、もしくは現れてもそれを緩和する程度となる。
初期の精霊は一体のみだが、後述の宝具により散華する度に精霊は増加し、効果も強化される。
ヤ ク ソ ク
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:50 最大補足:500人
勇者の切り札。大輪の花を思わせる巫女装束と無数の刃の開花。
「全盛期」の関係上、宝具のランクと効果はランサーの戦闘結果を反映している勇者たちより低い。
神樹から通常よりも多くの力を引き出し、飛行能力を得るだけでなく幸運以外の全てのパラメーターを1ランクアップさせる。
また武器となる槍に威力強化、数量増加、遠隔操作を付与し、与ダメージ計算の際に魔力を計算式に加える。
10ターンの発動を以って終了し、その際に『散華』が発生して身体機能の一部を喪失、代わりに精霊が追加される。
喪失する機能と追加される精霊については20回までは生前の逸話を踏襲するが、21回以降は喪失はランダム、かつ精霊の追加もなされない。
散華する度に神性及び魔力・対魔力が強化されるが、聖杯を得るまではどのような方法を使っても喪失した部位を回復することはできない。
また「鷲尾須美は勇者である」発動中は「三ノ輪銀は勇者である」が発動せず、連続使用した場合は発動ターンが減少する。
【weapon】
宙に浮いた複数の刃を持つ独特な槍。
魔力が強化される度に数が増加する。
【人物背景】
滅びた世界において神樹の力によって守れる四国の中、名家に生まれた少女。
ぼんやりとした性格だが天才的な頭脳を誇り、物事を直感的に把握し危機的状況でも冷静に答えを導き出す。
三ノ輪銀、鷲尾須美と共にバーテックスから世界を守るための「勇者」として選ばれる。当時小学生。
だが戦いの中で銀が戦死。
そういった事態を防ぐべく勇者システムは改善されるものの、
勇者の身体の一部を「供物」として捧げる必要がある事に園子は気付く。
気絶した鷲尾を戦線から遠ざけた園子は単独でバーテックスとの戦いを挑み、撃退したが、
代償として身体機能のほとんどを失い、生き神として祀られることとなった。
……鷲尾とも、同世代の誰とも長らく出会うことのない、半ば幽閉された環境で。
【サーヴァントとしての願い】
ヤモトが無事に友人との生活に戻ること。
【方針】
マスターの能力は十分だが役割が悪すぎるので、いざという時のためできるだけ自分一人で戦う。
またランサーの私的な感情としてはマスターに人間としての幸せを得て欲しいので、
あまりニンジャとしての能力は使ってほしくない。
【マスター】
ヤモト・コキ@ニンジャスレイヤー
【マスターとしての願い】
生き残ること。
【weapon】
無銘の刀。名刀ではないが、ヤモトにとっては大切な品。
【能力・技能】
ニンジャとしての身体能力。
また、シルバーカラスから最低限の剣技を学んでいる。
物体にカラテ・エネルギーを込めることで超自然の桜色の光を纏わせ、
その物体に爆発性を付与したり、サイキックで自由に操作したり、強化したりする効果を持つ。
ヤモトは主にオリガミに対して使用し、オリガミ・ミサイルとして撃ち出す。
【人物背景】
女子高生ニンジャ。
自殺未遂に巻き込まれたのを契機にアーチニンジャ「シ・ニンジャ」のソウル憑依者となる。
それが原因となったことでソウカイヤのニンジャに狙われるようになり、
友人であるアサリと別れて孤独な逃亡生活を送り始める。
偶然出会った余命いくばくもないニンジャ・シルバーカラスから剣の手ほどきを受け、
彼の病死と共に「ウバステ」を受け継いだ。
時系列としては「スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ」のしばらく後。
【方針】
ランサーに任せっきりでいいのか、悩んでいる。
【役職】
ギャングと汚職警官に追われる指名手配犯。
最終更新:2015年05月18日 03:45