分厚いスーツ越しですら、冴えた空気を感じている。
白銀に光る肌を眺めながら、クランはゆっくりと月の大地に降り立った。
弛んだコードを引き寄せた。ぴん、と張りつめたのを確認して、背部からエアを吐き出しながら彼女は飛んだ。
「ナルコレプシー、こちら01よ」
『オーケー、聞こえてる。デブリには気を付けろよ』
メットに響く音声はクリア。この低い男性の声は、オペレーターのカナンだろう。
「ルナリアンはきれい好きだわ、私たちと違ってね」
か弱い声が割って入った。
『クラン』
「シンシアも。何をそんな声を出すの?」
『ちがうの。いってらっしゃい』「……行ってくるわ」
これで三回目ね、と頭の中で数える。一回目はノーマルスーツを着た時、二回目は自分たちの船――ナルコレプシーを出る時。
(心配してくれてるのかしら)
あの子の感じている事は分からないわ……、とクランは声には出さずに呟いた。
火星の地下遺跡でシンシアを発見してから、クラン達は命からがら火星軍から月へと逃げ出して来た。
その追撃の際に破損した、ナルコレプシーの通信機類の代わりに、今クランが目と耳と口となっている。
つまり、偵察と交渉だ。
近くに地球側の施設があると知り、救助を求める為に。
クランとナルコレプシーが通信を行えるのは、ノーマルスーツの腰から伸びた、緊急時の通信用コードのおかげだった。
命綱の役割も果たすそれが伸びる範囲は約1km以内。艦に搭載されていた月面図では、この近くに施設があるはずだったが――。
(何も無し、か)
地球所属である月ならばそうそう死にはしないだろうが、助けがなければ緩やかな死を待つのみである。
O2だって無限ではない。
クランには、急にメットが息苦しいものに思えてきた。
『クラン、大丈夫か?』
「大丈夫よ。それより、付近の警戒をきちんとしなさい。私ももう大分離れてるのよ」
『分かってるよ。なあ、本当に――』
「行ってくる」
通信を切り、クランは大地を蹴る。彼女の身体が、ゆっくりと旋回しながら宙を舞う。
星空。
蒼い影を残しながら、地球が流れていった。
「……感傷に浸る暇は無いのよ」
まず生きる事を考え、次にシンシアをどうするかを考え、それから――
目には見えないはずの、「やるべき事の山」が高く積もっている様が見えるようで、クランはうんざりした。
だが、それすらも今は許されない。まだ偵察任務は終わってはいないのだ。
星空に目を走らせる。
星々の冷たい光が、身体を突き刺すようだった。
「ウサギもカグヤも居ないのね」
呟きはナルコレプシーには届かない。今は通信を切っていた。
やかましいカナンの声を、今は聞きたくなかった。
「異常無し。ついでに目標の施設も……。うん?」
一周して月面と向き合った身体を星空に向き直す。
一瞬、視界の隅に光の筋が通った気がした。記憶が正しければ、それはMSのノズルフラッシュだ。
二つ、三つ。
「……来る? ナルコレプシー!」
『勝手に通信を切るな! どうした』
光は更にもうひとつ増える。規則的に動くそれは、流れ星などでは決してない。
(そうであれば、願い事を叶えて欲しいものだ……!)
内心で愚痴を溢しながら、カナンへと報告する。
「ノズルフラッシュを三機……いえ、四機確認した!」
『月面軍所属機の可能性は!』
「そんなこと――もう遅い!」
まだ小さくはあるが、MSの形が肉眼で見える程に接近していた。
舌打ちしながら、クランはすぐにナルコレプシーの方へ身体を向ける。強くエアを噴射させる。
コードを手繰りよせながら、彼女はナルコレプシーへと飛んだ。
白銀に光る肌を眺めながら、クランはゆっくりと月の大地に降り立った。
弛んだコードを引き寄せた。ぴん、と張りつめたのを確認して、背部からエアを吐き出しながら彼女は飛んだ。
「ナルコレプシー、こちら01よ」
『オーケー、聞こえてる。デブリには気を付けろよ』
メットに響く音声はクリア。この低い男性の声は、オペレーターのカナンだろう。
「ルナリアンはきれい好きだわ、私たちと違ってね」
か弱い声が割って入った。
『クラン』
「シンシアも。何をそんな声を出すの?」
『ちがうの。いってらっしゃい』「……行ってくるわ」
これで三回目ね、と頭の中で数える。一回目はノーマルスーツを着た時、二回目は自分たちの船――ナルコレプシーを出る時。
(心配してくれてるのかしら)
あの子の感じている事は分からないわ……、とクランは声には出さずに呟いた。
火星の地下遺跡でシンシアを発見してから、クラン達は命からがら火星軍から月へと逃げ出して来た。
その追撃の際に破損した、ナルコレプシーの通信機類の代わりに、今クランが目と耳と口となっている。
つまり、偵察と交渉だ。
近くに地球側の施設があると知り、救助を求める為に。
クランとナルコレプシーが通信を行えるのは、ノーマルスーツの腰から伸びた、緊急時の通信用コードのおかげだった。
命綱の役割も果たすそれが伸びる範囲は約1km以内。艦に搭載されていた月面図では、この近くに施設があるはずだったが――。
(何も無し、か)
地球所属である月ならばそうそう死にはしないだろうが、助けがなければ緩やかな死を待つのみである。
O2だって無限ではない。
クランには、急にメットが息苦しいものに思えてきた。
『クラン、大丈夫か?』
「大丈夫よ。それより、付近の警戒をきちんとしなさい。私ももう大分離れてるのよ」
『分かってるよ。なあ、本当に――』
「行ってくる」
通信を切り、クランは大地を蹴る。彼女の身体が、ゆっくりと旋回しながら宙を舞う。
星空。
蒼い影を残しながら、地球が流れていった。
「……感傷に浸る暇は無いのよ」
まず生きる事を考え、次にシンシアをどうするかを考え、それから――
目には見えないはずの、「やるべき事の山」が高く積もっている様が見えるようで、クランはうんざりした。
だが、それすらも今は許されない。まだ偵察任務は終わってはいないのだ。
星空に目を走らせる。
星々の冷たい光が、身体を突き刺すようだった。
「ウサギもカグヤも居ないのね」
呟きはナルコレプシーには届かない。今は通信を切っていた。
やかましいカナンの声を、今は聞きたくなかった。
「異常無し。ついでに目標の施設も……。うん?」
一周して月面と向き合った身体を星空に向き直す。
一瞬、視界の隅に光の筋が通った気がした。記憶が正しければ、それはMSのノズルフラッシュだ。
二つ、三つ。
「……来る? ナルコレプシー!」
『勝手に通信を切るな! どうした』
光は更にもうひとつ増える。規則的に動くそれは、流れ星などでは決してない。
(そうであれば、願い事を叶えて欲しいものだ……!)
内心で愚痴を溢しながら、カナンへと報告する。
「ノズルフラッシュを三機……いえ、四機確認した!」
『月面軍所属機の可能性は!』
「そんなこと――もう遅い!」
まだ小さくはあるが、MSの形が肉眼で見える程に接近していた。
舌打ちしながら、クランはすぐにナルコレプシーの方へ身体を向ける。強くエアを噴射させる。
コードを手繰りよせながら、彼女はナルコレプシーへと飛んだ。