新宇宙暦073年、地球の軌道エレベータ周辺に位置するコロニーの一つ、『エルゴン』の管制が一つの機影を捉えた。
望遠カメラで一段ずつ拡大されたモニターが映し出したのは、宇宙空間に浮かぶMA(モビルアーマー)らしき灰色の機体である。
左右非対称の形をした本体の後部には、長距離航行用と思わしき大型ブースターが接続されている。
角張って歪な本体と洗練されて丸みのある追加パーツとの形状の不釣合いは、いかにも取って付けたという観があった。
ここエルゴンは旧式の田舎コロニーである。日ごろ寄航するのは輸送船くらいのもので、戦闘用のMAが、それもわざわざ追加ブースターを背負ってまで立ち寄るのは珍しい。
管制官は物見高くなりつつも、給料を貰っている手前、真面目に職務を遂行するべくポテトチップスまみれの手でマイクを握った。
「えー、こちらエルゴン管制室。そちらの機体名と所属を述べよ。しかるべき手続きが終わり次第、スペースポートへ誘導する。……ところでアンタの機体さ、まるでミノムシみてえな見た目だな?」
そうおどけた調子で付け足してみたせいか、灰色のMAから通信は返ってこなかった。
冗談を無視された管制官は気を悪くして、荒げた声で怒鳴りつけた。
「おいコラ、ミノムシ野郎、返事しろ。それ以上近づけば問答無用で不法入港と見なすぜ」
ようやく、灰色のMAから返答が帰ってくる。しかしそれは音声ではなく文字情報であった。
望遠カメラで一段ずつ拡大されたモニターが映し出したのは、宇宙空間に浮かぶMA(モビルアーマー)らしき灰色の機体である。
左右非対称の形をした本体の後部には、長距離航行用と思わしき大型ブースターが接続されている。
角張って歪な本体と洗練されて丸みのある追加パーツとの形状の不釣合いは、いかにも取って付けたという観があった。
ここエルゴンは旧式の田舎コロニーである。日ごろ寄航するのは輸送船くらいのもので、戦闘用のMAが、それもわざわざ追加ブースターを背負ってまで立ち寄るのは珍しい。
管制官は物見高くなりつつも、給料を貰っている手前、真面目に職務を遂行するべくポテトチップスまみれの手でマイクを握った。
「えー、こちらエルゴン管制室。そちらの機体名と所属を述べよ。しかるべき手続きが終わり次第、スペースポートへ誘導する。……ところでアンタの機体さ、まるでミノムシみてえな見た目だな?」
そうおどけた調子で付け足してみたせいか、灰色のMAから通信は返ってこなかった。
冗談を無視された管制官は気を悪くして、荒げた声で怒鳴りつけた。
「おいコラ、ミノムシ野郎、返事しろ。それ以上近づけば問答無用で不法入港と見なすぜ」
ようやく、灰色のMAから返答が帰ってくる。しかしそれは音声ではなく文字情報であった。
――DOLLDA――
「……どるだ? なんだそりゃ」
DOLL(人形)のことかとも思われたが、わざわざDAをつけて自己主張する理由が解せない。
管制官がなにかのアナグラムだろうと一人合点してあれこれ頭を悩ませ始めたのと同時に、モニターに映る灰色のMAの機首が割れ、それから数瞬間遅れて彼は光に包まれた。
シヴォーフにはまだ耳の横で、エマージェンシーのブザーがやかましく鳴り響いている気がした。
彼の意識はほとんど薄らいだ状態であったが、気の遠くなるほど訓練を繰り返した肉体は、滞りなくMS(モビルスーツ)起動の動作を行い、今や発進を待つのみとなっていた。
狭いコックピットに計器の音が響くと、ようやく五月蝿い耳鳴りが治まってくれた。しかしそれと同時に、引きつった心臓が烈しく鼓動し始めた。
シヴォーフにとって初めての実戦である。いくら演習で負けなし、コロニーのトップエースと認められ最新鋭機を任されたとはいえ、戦場で殺し殺される段となればその精神状態は新兵と何ら変わりない。
シヴォーフは逃げてしまいたかった。出世も月へ移住するという夢も、全てをかなぐり捨ててでも助かりたかった。
全天周囲モニターが起動し、自分の体とコンソールを除いた全てが消え去った。手を伸ばせばすぐ届くところに格納庫の壁があるのと同じく、自分の死も目前に迫っている心地であった。
足が震えた。操縦桿を握る手も緩み始めた。
『中尉? ラーグ中尉? 応答願います』
と彼の耳に馴染みのある声が響いた。見れば開かれた正面ウインドウにオペレーターの女性が映っている。
気遣う表情で窺う彼女を眺めていると、シヴォーフの震えが止まった。
「……大丈夫、いけます」
『シヴォーフ……気を付けて』
「ああ」
シヴォーフは恋人のためにもこのコロニーを守らなければならないのである。
半球形の頭部のモノアイが彼の意志に呼応するかのように輝き、人間でいう肩甲骨の部分に位置するスラスターと、股間が盛り上がって後ろへ突き出された形の可変式メインスラスターに膨大なエナジーが送られる。
「シヴォーフ・ラーグ、ドグッシュいきます!」
未だに慣れない最新鋭機ドグッシュの強烈な加速に顔を歪ませながらも、シヴォーフは瞳に決意を宿していた。
管制官にミノムシと形容された灰色の機体は、コロニー・エルゴンの管制室を破壊してから、それ以上の砲撃を加えるでもなく、コロニーから距離を取って宇宙空間に静止していた。
外観の調和を損ねる追加ブースターは先ほどの砲撃の後に切り離されていたが、目を引くそれがなくなったためによりいっそう本体の異質さが際立っている。
よくよく注意して見ると、ごつごつしたブロック状の各パーツに混じって、流線形の滑らかな箇所が覗いて見える。
その部分だけおそろしく色が白く、灰色の中にぼんやり浮かび上がって、喪服を着た女性のあの艶かしさと同種のそれをかもし出している。
機体の背後には、もはや前時代の遺物となった軌道エレベータが見え、嘗て栄華を極めたバベルの塔を下へたどって行くと分厚い灰色の雲の中へ消えている。
この雲の姿を言い表すには、木星のガスを灰色に染め直しただけと言ったほうがわかり易い。
人類発祥の地である地球は、年号が新宇宙暦と改められたと時を同じくして完全に見捨てられた。
気候変動、生態系云々以前に、純粋な汚染が地球の自浄作用を上回ったのである。
宇宙移民はそれ以前より行われていたが、それがかえって環境悪化を助長する原因となった。
コロニー国家と地球連邦との対立である。その後の展開はわざわざ語るに及ばない。慢性的に頻発する紛争、発展して全面戦争、そしてまた紛争に戻る。
どちら側も自分たちの住居であらざる所を攻めるので手段を選ばない。先に根を上げたのが地球の大地であっただけのことである。
黒い雨が降り注ぎ、細菌兵器の変質した未知の病原菌が蔓延る大地に、もうそれ以上人間は生きて行くことが出来なかった。
地下に潜っていた熱心な地球崇拝者たちでさえ、新宇宙暦001年には一人残らず宇宙へ上がって行った。
全人類共有の財産といわれ、地上にエネルギーを供給し続けていた軌道エレベータは、今はもはやソーラーパネルを剥ぎ取られて情けない有様を見せ付けるに留まっている。
その周辺に残るのは、貧乏人か、さもなければ地球の姿を見ていたいという物好きだけが住む旧式のコロニーばかりである。
シヴォーフの守るコロニー・エルゴンも、そうした最下等コロニーの一つである。
配備される兵器も中古や型落ちばかりなので、各コロニーからかき集められて合流した数十機のMSのうち、殆どが旧式であった。
一応は現行機として活躍しているグワッシュなどまだいい方で、中には作業用ポッドに銃座を取り付けただけの代物もちらほらある。
この程度の軍備でさえ宇宙連邦政府は過剰と考え、予算削減を迫っている。
こんな何の利点もない辺境コロニー郡に攻撃を仕掛けるテロリストなんぞあるわけないというのが彼らの言い分であった。実際、今の今まではそれで良かった。
『エルゴン管制塔を砲撃した機体の周辺に他の機体の反応は在りません。敵機は一機のみと思われます』
シヴォーフの恋人の通信に続いて、あちこちのMSから安堵の息を付く声が聞えた。
中には調子に乗って、「戦いは数だぜ」なんて威勢の良い台詞を吐くお調子者もあった。
『ですが、機体ブロックの構造を解析した結果と、砲撃の際の記録映像より、敵機は可変MS――それもガンダムタイプである推測されます』
通信機から息を呑む声が聞えた。すぐさまどっとざわめきが起こり、「嫌だ、死にたくねえ」と呆然と掠れ声で呟く者もいた。先ほどのお調子者の声であった。
ガンダムタイプとは、主にビーム兵器を搭載したMSの総称である。
どのような装甲でさえも一撃で破壊しその材質自体を崩壊・爆発させるビーム兵器は、特殊な粒子を制御するために大掛かりな演算装置を用いるので、通常は戦艦や要塞にしか搭載されないといわれている。
小型化も可能ではあるが、それには通常の三倍以上の費用と時間とが必要で、必然、ビーム兵器を搭載したMSは莫大なコストをかけたワンオフ機とならざるを得ないと一般では知られている。
「しかしガンダムタイプは兵器としては欠陥品だ」とシヴォーフは考えた。
ガンダムはその過剰な攻撃力に比べて、装甲や機動性そのものは普通のMSと大差なく、通常兵器の最高水準に見合った性能でしかない。
その上ビーム兵器に莫大なエナジーを食われるので持久戦も得意で無い。
シヴォーフの乗るドグッシュの基本性能なら、戦略次第でガンダムを撃墜することも無理な話では無いのである。
『砲撃以来、敵機は文字情報の送信を続けたまま動きを見せていません。
敵機から送られる文字情報より、以後敵機を一時的に「ドルダ」と呼称します。フォーメーションを整え次第、各機はドルダへの攻撃を開始して下さい』
射線をコロニーに重ねないよう後続の機体を静止衛星軌道に配置し、シヴォーフのドグッシュを中心に六機のグワッシュで編成された切込み部隊は、不規則な機動をとりながらドルダとの距離を詰めて行く。
全戦力のうち三分の二は防衛のためコロニーに周辺で待機させているので、ガンダムを直接相手にするのはシヴォーフの率いる部隊に任されている。
「しかし妙だ。コロニーを襲撃するテロリストにしては、やぶ蛇を突っつくような仕方だ」
渇いた唇を舐めて、シヴォーフは視認出来る距離に入った敵機をにらみつけた。ドルダはビームを一発放ったきり悠然と灰色の惑星の上にまどろんでいる。
「何かをおびき出す……いや、待っているのか?」
そう考えた瞬間、ドルダの機首で小さな光が瞬き、
「各機散開!」
と叫び終わるのと同時にシヴォーフのドグッシュとすれすれの位置を真紅の光芒が流れて行った。
股間のメインスラスターを小刻みに前後させ、その機動で目まぐるしく変わる視点の中、
『畜生! 腕がやられ――』
と通信が聞え、先ほどと程近い座標にビームの第二射が通り過ぎる。
「カマッセ! 応答しろ!」
飛び散った破片が視界の隅にちらと見え、ウインドウのレーダーに「LOST」と表示される。
「各機垂直軌道をとりつつ敵機に取り付け! ビームといえども直線だ! 変形する前に仕留めるぞ!」
シヴォーフは右腕に装備した100㎜リニアライフルでけん制しつつ、スラスターの推力を全開にした。
エナジーと推進剤の残量が見る見る減って行き、コックピットにアラートが鳴り響く。敵機の後方へと回り込んだときにはエナジーのゲージが半分を切っていた。
シヴォーフたちが必死に射線から逃げ回っている間、ドルダは旋回を繰り返すばかりで、こちらを嘲笑っているかのようであった。
「舐めやがって……!」
リニアライフルを高出力モードに切り替える。チャージ開始で射程距離の数値を増やし始めると同時に相対距離を真っ直ぐ詰めて行く。
いつ撃たれるかもしれない、二つの照準が重なるまでの時間がシヴォーフには永遠にも感じられた。
機首が下がり始めた。照準はまだ離れている。後部ブロックが分割され、その上部を構成していた箇所が、折りたたまれた状態から本来の形へと戻り始めた。照準はようやく端同士が重なったところである。
シヴォーフが焦りと恐怖からトリガーを引いた時には、ドルダは既に人の形態を取って、右腕と化した機首のビーム砲をドグッシュへと向けていた。
ドルダの放ったビームはリニアライフルの弾丸を苦もなく蒸発させ、リニアライフルごとドグッシュの右腕を抉り取った。
真紅の光が収まっても、シヴォーフは生きているのやら死んでいるのやら解らない心地のまま、ぼんやりと「ガンダム」の姿を見つめていた。
教本で見たどの「ガンダム」にも似ていない。
辛うじて共通な部分は、鶏の頭のような輪郭のヘルメットから覗くツインアイと、ただもうくっつけただけといった感じで鶏冠の脇にちょこなんと着けている左右対称のアンテナだけであった。
巨大な右腕にはマニピュレータはなく、MA形態での機首に当たるビーム砲が折れ曲がって腕の形を繕っている。
両足は左右不均等の形をして、踵、脛、膝、腿、それぞれの裏表にこれでもかといわんばかりのスラスターが乱雑に取り付けられ、そのためか、まともに歩けるか疑わしいほど肥大化している。
そうして、何よりも目に付くのは、胸の左半分と、そこから伸びる左腕にかけての箇所である。
スモウレスラーを連想する灰色で不細工な他の部分から一転して、純白のそこは、女性の肉体のように流麗で丸みを帯び、すっきりした感じを与えている。
左腕は恐ろしく細かった。そして、右腕より短かった。クロールをするような体勢でMAの姿をとっていたことも納得できた。
片輪のMS――シヴォーフはガンダムドルダについてそのような印象を抱いた。子供のころに絵本で見たノートルダムの怪物のことを思い出した。
『よくもラーグを!』
通信に続いて一機のグワッシュが高周波ブレードでドルダに切りかかった。
ドルダは全身のスラスターを駆使してその巨体に似合わぬ軽やかな機動で攻撃をかわし、同時に背中から、長い柄と、柄の先端に取り付けられたスプーン状の幅広の刃からなる武器を取り出した。
純白の細腕が手にしているのは、一見したところ白兵戦用円匙であるらしかった。
DOLL(人形)のことかとも思われたが、わざわざDAをつけて自己主張する理由が解せない。
管制官がなにかのアナグラムだろうと一人合点してあれこれ頭を悩ませ始めたのと同時に、モニターに映る灰色のMAの機首が割れ、それから数瞬間遅れて彼は光に包まれた。
シヴォーフにはまだ耳の横で、エマージェンシーのブザーがやかましく鳴り響いている気がした。
彼の意識はほとんど薄らいだ状態であったが、気の遠くなるほど訓練を繰り返した肉体は、滞りなくMS(モビルスーツ)起動の動作を行い、今や発進を待つのみとなっていた。
狭いコックピットに計器の音が響くと、ようやく五月蝿い耳鳴りが治まってくれた。しかしそれと同時に、引きつった心臓が烈しく鼓動し始めた。
シヴォーフにとって初めての実戦である。いくら演習で負けなし、コロニーのトップエースと認められ最新鋭機を任されたとはいえ、戦場で殺し殺される段となればその精神状態は新兵と何ら変わりない。
シヴォーフは逃げてしまいたかった。出世も月へ移住するという夢も、全てをかなぐり捨ててでも助かりたかった。
全天周囲モニターが起動し、自分の体とコンソールを除いた全てが消え去った。手を伸ばせばすぐ届くところに格納庫の壁があるのと同じく、自分の死も目前に迫っている心地であった。
足が震えた。操縦桿を握る手も緩み始めた。
『中尉? ラーグ中尉? 応答願います』
と彼の耳に馴染みのある声が響いた。見れば開かれた正面ウインドウにオペレーターの女性が映っている。
気遣う表情で窺う彼女を眺めていると、シヴォーフの震えが止まった。
「……大丈夫、いけます」
『シヴォーフ……気を付けて』
「ああ」
シヴォーフは恋人のためにもこのコロニーを守らなければならないのである。
半球形の頭部のモノアイが彼の意志に呼応するかのように輝き、人間でいう肩甲骨の部分に位置するスラスターと、股間が盛り上がって後ろへ突き出された形の可変式メインスラスターに膨大なエナジーが送られる。
「シヴォーフ・ラーグ、ドグッシュいきます!」
未だに慣れない最新鋭機ドグッシュの強烈な加速に顔を歪ませながらも、シヴォーフは瞳に決意を宿していた。
管制官にミノムシと形容された灰色の機体は、コロニー・エルゴンの管制室を破壊してから、それ以上の砲撃を加えるでもなく、コロニーから距離を取って宇宙空間に静止していた。
外観の調和を損ねる追加ブースターは先ほどの砲撃の後に切り離されていたが、目を引くそれがなくなったためによりいっそう本体の異質さが際立っている。
よくよく注意して見ると、ごつごつしたブロック状の各パーツに混じって、流線形の滑らかな箇所が覗いて見える。
その部分だけおそろしく色が白く、灰色の中にぼんやり浮かび上がって、喪服を着た女性のあの艶かしさと同種のそれをかもし出している。
機体の背後には、もはや前時代の遺物となった軌道エレベータが見え、嘗て栄華を極めたバベルの塔を下へたどって行くと分厚い灰色の雲の中へ消えている。
この雲の姿を言い表すには、木星のガスを灰色に染め直しただけと言ったほうがわかり易い。
人類発祥の地である地球は、年号が新宇宙暦と改められたと時を同じくして完全に見捨てられた。
気候変動、生態系云々以前に、純粋な汚染が地球の自浄作用を上回ったのである。
宇宙移民はそれ以前より行われていたが、それがかえって環境悪化を助長する原因となった。
コロニー国家と地球連邦との対立である。その後の展開はわざわざ語るに及ばない。慢性的に頻発する紛争、発展して全面戦争、そしてまた紛争に戻る。
どちら側も自分たちの住居であらざる所を攻めるので手段を選ばない。先に根を上げたのが地球の大地であっただけのことである。
黒い雨が降り注ぎ、細菌兵器の変質した未知の病原菌が蔓延る大地に、もうそれ以上人間は生きて行くことが出来なかった。
地下に潜っていた熱心な地球崇拝者たちでさえ、新宇宙暦001年には一人残らず宇宙へ上がって行った。
全人類共有の財産といわれ、地上にエネルギーを供給し続けていた軌道エレベータは、今はもはやソーラーパネルを剥ぎ取られて情けない有様を見せ付けるに留まっている。
その周辺に残るのは、貧乏人か、さもなければ地球の姿を見ていたいという物好きだけが住む旧式のコロニーばかりである。
シヴォーフの守るコロニー・エルゴンも、そうした最下等コロニーの一つである。
配備される兵器も中古や型落ちばかりなので、各コロニーからかき集められて合流した数十機のMSのうち、殆どが旧式であった。
一応は現行機として活躍しているグワッシュなどまだいい方で、中には作業用ポッドに銃座を取り付けただけの代物もちらほらある。
この程度の軍備でさえ宇宙連邦政府は過剰と考え、予算削減を迫っている。
こんな何の利点もない辺境コロニー郡に攻撃を仕掛けるテロリストなんぞあるわけないというのが彼らの言い分であった。実際、今の今まではそれで良かった。
『エルゴン管制塔を砲撃した機体の周辺に他の機体の反応は在りません。敵機は一機のみと思われます』
シヴォーフの恋人の通信に続いて、あちこちのMSから安堵の息を付く声が聞えた。
中には調子に乗って、「戦いは数だぜ」なんて威勢の良い台詞を吐くお調子者もあった。
『ですが、機体ブロックの構造を解析した結果と、砲撃の際の記録映像より、敵機は可変MS――それもガンダムタイプである推測されます』
通信機から息を呑む声が聞えた。すぐさまどっとざわめきが起こり、「嫌だ、死にたくねえ」と呆然と掠れ声で呟く者もいた。先ほどのお調子者の声であった。
ガンダムタイプとは、主にビーム兵器を搭載したMSの総称である。
どのような装甲でさえも一撃で破壊しその材質自体を崩壊・爆発させるビーム兵器は、特殊な粒子を制御するために大掛かりな演算装置を用いるので、通常は戦艦や要塞にしか搭載されないといわれている。
小型化も可能ではあるが、それには通常の三倍以上の費用と時間とが必要で、必然、ビーム兵器を搭載したMSは莫大なコストをかけたワンオフ機とならざるを得ないと一般では知られている。
「しかしガンダムタイプは兵器としては欠陥品だ」とシヴォーフは考えた。
ガンダムはその過剰な攻撃力に比べて、装甲や機動性そのものは普通のMSと大差なく、通常兵器の最高水準に見合った性能でしかない。
その上ビーム兵器に莫大なエナジーを食われるので持久戦も得意で無い。
シヴォーフの乗るドグッシュの基本性能なら、戦略次第でガンダムを撃墜することも無理な話では無いのである。
『砲撃以来、敵機は文字情報の送信を続けたまま動きを見せていません。
敵機から送られる文字情報より、以後敵機を一時的に「ドルダ」と呼称します。フォーメーションを整え次第、各機はドルダへの攻撃を開始して下さい』
射線をコロニーに重ねないよう後続の機体を静止衛星軌道に配置し、シヴォーフのドグッシュを中心に六機のグワッシュで編成された切込み部隊は、不規則な機動をとりながらドルダとの距離を詰めて行く。
全戦力のうち三分の二は防衛のためコロニーに周辺で待機させているので、ガンダムを直接相手にするのはシヴォーフの率いる部隊に任されている。
「しかし妙だ。コロニーを襲撃するテロリストにしては、やぶ蛇を突っつくような仕方だ」
渇いた唇を舐めて、シヴォーフは視認出来る距離に入った敵機をにらみつけた。ドルダはビームを一発放ったきり悠然と灰色の惑星の上にまどろんでいる。
「何かをおびき出す……いや、待っているのか?」
そう考えた瞬間、ドルダの機首で小さな光が瞬き、
「各機散開!」
と叫び終わるのと同時にシヴォーフのドグッシュとすれすれの位置を真紅の光芒が流れて行った。
股間のメインスラスターを小刻みに前後させ、その機動で目まぐるしく変わる視点の中、
『畜生! 腕がやられ――』
と通信が聞え、先ほどと程近い座標にビームの第二射が通り過ぎる。
「カマッセ! 応答しろ!」
飛び散った破片が視界の隅にちらと見え、ウインドウのレーダーに「LOST」と表示される。
「各機垂直軌道をとりつつ敵機に取り付け! ビームといえども直線だ! 変形する前に仕留めるぞ!」
シヴォーフは右腕に装備した100㎜リニアライフルでけん制しつつ、スラスターの推力を全開にした。
エナジーと推進剤の残量が見る見る減って行き、コックピットにアラートが鳴り響く。敵機の後方へと回り込んだときにはエナジーのゲージが半分を切っていた。
シヴォーフたちが必死に射線から逃げ回っている間、ドルダは旋回を繰り返すばかりで、こちらを嘲笑っているかのようであった。
「舐めやがって……!」
リニアライフルを高出力モードに切り替える。チャージ開始で射程距離の数値を増やし始めると同時に相対距離を真っ直ぐ詰めて行く。
いつ撃たれるかもしれない、二つの照準が重なるまでの時間がシヴォーフには永遠にも感じられた。
機首が下がり始めた。照準はまだ離れている。後部ブロックが分割され、その上部を構成していた箇所が、折りたたまれた状態から本来の形へと戻り始めた。照準はようやく端同士が重なったところである。
シヴォーフが焦りと恐怖からトリガーを引いた時には、ドルダは既に人の形態を取って、右腕と化した機首のビーム砲をドグッシュへと向けていた。
ドルダの放ったビームはリニアライフルの弾丸を苦もなく蒸発させ、リニアライフルごとドグッシュの右腕を抉り取った。
真紅の光が収まっても、シヴォーフは生きているのやら死んでいるのやら解らない心地のまま、ぼんやりと「ガンダム」の姿を見つめていた。
教本で見たどの「ガンダム」にも似ていない。
辛うじて共通な部分は、鶏の頭のような輪郭のヘルメットから覗くツインアイと、ただもうくっつけただけといった感じで鶏冠の脇にちょこなんと着けている左右対称のアンテナだけであった。
巨大な右腕にはマニピュレータはなく、MA形態での機首に当たるビーム砲が折れ曲がって腕の形を繕っている。
両足は左右不均等の形をして、踵、脛、膝、腿、それぞれの裏表にこれでもかといわんばかりのスラスターが乱雑に取り付けられ、そのためか、まともに歩けるか疑わしいほど肥大化している。
そうして、何よりも目に付くのは、胸の左半分と、そこから伸びる左腕にかけての箇所である。
スモウレスラーを連想する灰色で不細工な他の部分から一転して、純白のそこは、女性の肉体のように流麗で丸みを帯び、すっきりした感じを与えている。
左腕は恐ろしく細かった。そして、右腕より短かった。クロールをするような体勢でMAの姿をとっていたことも納得できた。
片輪のMS――シヴォーフはガンダムドルダについてそのような印象を抱いた。子供のころに絵本で見たノートルダムの怪物のことを思い出した。
『よくもラーグを!』
通信に続いて一機のグワッシュが高周波ブレードでドルダに切りかかった。
ドルダは全身のスラスターを駆使してその巨体に似合わぬ軽やかな機動で攻撃をかわし、同時に背中から、長い柄と、柄の先端に取り付けられたスプーン状の幅広の刃からなる武器を取り出した。
純白の細腕が手にしているのは、一見したところ白兵戦用円匙であるらしかった。
『高周波スコップだと? アステロイドならともかく、オープンスペースならこっちのほうが!』
「止せ、デッド!」
グワッシュのブレードとドルダのスコップが切り結んだ瞬間、スコップの尖端から赤い光が伸び、そのまま抵抗なくブレードをすり抜けてグワッシュの胴体へ吸い込まれた。
「ビームスコップ……」
そうして、ひぃと気の抜けた声を上げて袈裟斬りにされたグワッシュの半身を、ドルダが流れる動作でシヴォーフのドグッシュへと蹴り飛ばす。
凍った血のこびり付いたコンソールの残骸がドグッシュのメインカメラに当たった。
シヴォーフがOSを再起動し、抱きつくように片腕で絡みついたグワッシュをやっとのことで振りほどくと、既に彼の仲間は一機しか残っていなかった。
彼がシールドを捨てて高周波ブレードを構えたときには、その一機のグワッシュもコックピットをビームスコップで串刺されていた。
ドルダは細腕を一振りしてはやにえを放り投げると、横合いから来るドグッシュの捨て身の突進を何でもないように回避した。
そうしてそのまま止めも刺さずMA形態に変形して、コロニーへ向けて飛び去って行った。
片腕を失ったドグッシュがたどり着いたとき、コロニー防衛隊は惨憺たる有様であった。
数多のMSの残骸が漂い、死に切れなかった幾人かのパイロットの声がオープン回線で聞えてくる。
ゆっくりとして、のん気にも感じられる断末魔は、コロニーエース・シヴォーフ・ラーグ中尉の精神を無力感と絶望とでいよいよ追い詰めていった。
青ざめた彼が黙々と指令室との通信を試みていると、オートにしてあったドグッシュの高性能カメラが最望遠でガンダムドルダの姿を映し出した。
ちょうど、装甲に傷一つないドルダが、防衛隊の最後の生き残りと思わしき作業用ポッドをスコップで殴り飛ばす場面である。
エナジー節約のためか、ビーム刃は生やしていなかった。音も無く装甲がひしゃげ、作業ポッドは運動エネルギー保存の法則に従ってコロニー・エルゴンの外壁へ叩きつけられた。その姿はコミカルで小気味良くさえあった。
しかしシヴォーフは笑ってばかりもいられなかった。ドルダが右腕の銃口を、コロニー・エルゴンに向けたのである。
「やめろ」
展開された砲口に、真紅の光が収束する。
「おい、やめろよ」
声が、震えていた。
「冗談は止せって」
「止せ、デッド!」
グワッシュのブレードとドルダのスコップが切り結んだ瞬間、スコップの尖端から赤い光が伸び、そのまま抵抗なくブレードをすり抜けてグワッシュの胴体へ吸い込まれた。
「ビームスコップ……」
そうして、ひぃと気の抜けた声を上げて袈裟斬りにされたグワッシュの半身を、ドルダが流れる動作でシヴォーフのドグッシュへと蹴り飛ばす。
凍った血のこびり付いたコンソールの残骸がドグッシュのメインカメラに当たった。
シヴォーフがOSを再起動し、抱きつくように片腕で絡みついたグワッシュをやっとのことで振りほどくと、既に彼の仲間は一機しか残っていなかった。
彼がシールドを捨てて高周波ブレードを構えたときには、その一機のグワッシュもコックピットをビームスコップで串刺されていた。
ドルダは細腕を一振りしてはやにえを放り投げると、横合いから来るドグッシュの捨て身の突進を何でもないように回避した。
そうしてそのまま止めも刺さずMA形態に変形して、コロニーへ向けて飛び去って行った。
片腕を失ったドグッシュがたどり着いたとき、コロニー防衛隊は惨憺たる有様であった。
数多のMSの残骸が漂い、死に切れなかった幾人かのパイロットの声がオープン回線で聞えてくる。
ゆっくりとして、のん気にも感じられる断末魔は、コロニーエース・シヴォーフ・ラーグ中尉の精神を無力感と絶望とでいよいよ追い詰めていった。
青ざめた彼が黙々と指令室との通信を試みていると、オートにしてあったドグッシュの高性能カメラが最望遠でガンダムドルダの姿を映し出した。
ちょうど、装甲に傷一つないドルダが、防衛隊の最後の生き残りと思わしき作業用ポッドをスコップで殴り飛ばす場面である。
エナジー節約のためか、ビーム刃は生やしていなかった。音も無く装甲がひしゃげ、作業ポッドは運動エネルギー保存の法則に従ってコロニー・エルゴンの外壁へ叩きつけられた。その姿はコミカルで小気味良くさえあった。
しかしシヴォーフは笑ってばかりもいられなかった。ドルダが右腕の銃口を、コロニー・エルゴンに向けたのである。
「やめろ」
展開された砲口に、真紅の光が収束する。
「おい、やめろよ」
声が、震えていた。
「冗談は止せって」
光の帯がコロニーを貫き、線を描くように、二度三度と念入りに往復した。指令室のあるブロックは二回も塗りつぶされた様子であった。
か弱い女性などひとたまりもないであろう。一拍遅れて、ドルダがなぞった跡にそって連鎖的に爆発が起こり、継ぎ接ぎの外装ごと各ブロックがばらばらに崩れ始めた。
コロニー・エルゴンの崩壊の仕方は予想したより緩やかであった。ソーラーパネルが全部飛んで行ってしまうまでに十分もの時間を要していた。
シヴォーフは早くも退屈を感じ始めた。そんなとき、最後までメインシャフトにしがみ付いていた廃棄ブロックの一つから、真紅の光芒が閃いた。
そうしてそこから、何かが光の尾を引いて一直線にガンダムドルダへと向かって行った。
「なんだろう、あれ。流れ星かな? ううん、流れ星はもっと、ばぁーっとするもんな」
だらしなく口を半開いてその光景を眺めていると、突如指令用回線が繋がって、野太い男の声が耳に入った。
『こちらコロニー・プロネーシス指令室、ただ今コロニー・エルゴンより発進した機体は友軍機である。機体コードはGEY-002ガンダムドルチェである。繰り返す……』
「なんだよそりゃ、エルゴンはもう無いんだぜ。ふざけすぎだよ。いまさら出てきて、なにがガンダムドルチェだよ」
望遠レンズで捉えたガンダムドルチェは、ドルダの半身と同様に純白の機体であった。
ドルダが片輪の醜い怪物女だとすれば、全身が純白に包まれているドルチェは、穢れを知らぬ美しい乙女と形容できると、少しばかり頭が可笑しいことになり始めたシヴォーフは考えた。
人体の外観を損ねるスラスターは、かかとから生えた薄く広い翼型のそれと、肩より垂れる長いショールに似たそれに集中している。
肥え太ったドルダとは正反対で、痩せすぎの観があるほど繊細に本体が作られている。
蟷螂型の頭部は、あるべきところに収まっていると感じられるが、それには顔と呼べるものは無い。
人間の耳に当たる箇所から伸びた二つのアンテナと、絶え間なく点滅する大型のバイザーのみが表情を与えている。
武装は、左右の手のひらに仕込まれたビームサーベルを兼ねるビーム砲と、スカート状に腰へ接続されている八枚の有線式オールレンジ攻撃用兵器である。
か弱い女性などひとたまりもないであろう。一拍遅れて、ドルダがなぞった跡にそって連鎖的に爆発が起こり、継ぎ接ぎの外装ごと各ブロックがばらばらに崩れ始めた。
コロニー・エルゴンの崩壊の仕方は予想したより緩やかであった。ソーラーパネルが全部飛んで行ってしまうまでに十分もの時間を要していた。
シヴォーフは早くも退屈を感じ始めた。そんなとき、最後までメインシャフトにしがみ付いていた廃棄ブロックの一つから、真紅の光芒が閃いた。
そうしてそこから、何かが光の尾を引いて一直線にガンダムドルダへと向かって行った。
「なんだろう、あれ。流れ星かな? ううん、流れ星はもっと、ばぁーっとするもんな」
だらしなく口を半開いてその光景を眺めていると、突如指令用回線が繋がって、野太い男の声が耳に入った。
『こちらコロニー・プロネーシス指令室、ただ今コロニー・エルゴンより発進した機体は友軍機である。機体コードはGEY-002ガンダムドルチェである。繰り返す……』
「なんだよそりゃ、エルゴンはもう無いんだぜ。ふざけすぎだよ。いまさら出てきて、なにがガンダムドルチェだよ」
望遠レンズで捉えたガンダムドルチェは、ドルダの半身と同様に純白の機体であった。
ドルダが片輪の醜い怪物女だとすれば、全身が純白に包まれているドルチェは、穢れを知らぬ美しい乙女と形容できると、少しばかり頭が可笑しいことになり始めたシヴォーフは考えた。
人体の外観を損ねるスラスターは、かかとから生えた薄く広い翼型のそれと、肩より垂れる長いショールに似たそれに集中している。
肥え太ったドルダとは正反対で、痩せすぎの観があるほど繊細に本体が作られている。
蟷螂型の頭部は、あるべきところに収まっていると感じられるが、それには顔と呼べるものは無い。
人間の耳に当たる箇所から伸びた二つのアンテナと、絶え間なく点滅する大型のバイザーのみが表情を与えている。
武装は、左右の手のひらに仕込まれたビームサーベルを兼ねるビーム砲と、スカート状に腰へ接続されている八枚の有線式オールレンジ攻撃用兵器である。
二機のガンダムは互いにビームを撃ち合い、赤い光芒でコロニーの残骸に追い討ちを食らわせながら、螺旋の軌道を描いて徐々にドグッシュの目の届かぬところへ消えて行った。
「やられちゃえよ、ガンダム。どっちも、やられちゃえよ。この、ふざけやがって……」
シヴォーフはコンソールを操作して、エナジーの残量を確認した。
救助隊が来るまで酸素を維持するだけのエナジーは、ぎりぎり残っていた。
シヴォーフは二機のガンダムが消えた方角へ機体を向けて、殆どのエナジーをスラスターに送った。数十秒加速してからあとは慣性にまかせた。
ドグッシュがたどりついたのは、初めに仲間を殺されたのと同じ宙域であった。
軌道エレベータと地球を背にして、それぞれ満身創痍のガンダム二機が斬り合っている。
ドルダは右腕と左足、それから右足の膝から下が欠けていた。ドルチェには両足が残っていたが、どちらの翼も焼き切られ、そうして左肩から先がばっさりと無くなっていた。
ビームの刃は実体剣のそれとは違って鍔迫り合うことがない。
傍からは空振りばかりで不毛な殺陣を演じ続けているだけに見えるが、ドルダがスコップを振り回すたびにドルチェの身体は欠け、ドルチェがサーベルを一閃するごとにドルダの装甲は抉られて行く。
決着は近かった。そうして、傍観者の望み通りそれはすぐに訪れた。
サーベルをすり抜けて、ビームスコップがドルチェの腰の中心を貫いた。スコップを素通りして、ビームサーベルがドルダの左胸に突き刺さった。
二体のガンダムは同時に身震いして、ぐったりと互いの身体に垂れかかった。相打ちである。
ドグッシュの通信機がノイズを捉えた。
覗き見の愉悦に身を震わせていたシヴォーフは周波数をでたらめに弄くりまわし、ひとつこの人非人どもの声を傾聴してやろうと神経を高ぶらせた。
『……に……で……かったの?』
若い、女の声である。舌足らずの調子が、少女であるとも感じられた。
『……ああ、そ……いい……これで、いいんだ』
そのしゃがれた男の声を聞いて、シヴォーフは全ての事情――殆どが彼の身勝手な憶測であるが、大筋としては間違っていない――を了解した。
「ふざけんな、みんな死んだんだぞ。お前らのせいで、お前らが殺したんだぞ。悲劇の主役気取りで悦に浸ってんじゃねえ!
なんだよオイ、くだらねえ戦場のロマンスかよ。そんな二束三文の感傷のためにおれは、おれたちは殺されたってわけかよ!」
機能を停止した二機のガンダムが、引力に囚われて灰色の惑星の中へと溶け込んでいく映像を最後に、ドグッシュのコックピットの電源が落ちた。
同時に酸素の供給が途切れて、シヴォーフの意識も薄らいで行った。
「やられちゃえよ、ガンダム。どっちも、やられちゃえよ。この、ふざけやがって……」
シヴォーフはコンソールを操作して、エナジーの残量を確認した。
救助隊が来るまで酸素を維持するだけのエナジーは、ぎりぎり残っていた。
シヴォーフは二機のガンダムが消えた方角へ機体を向けて、殆どのエナジーをスラスターに送った。数十秒加速してからあとは慣性にまかせた。
ドグッシュがたどりついたのは、初めに仲間を殺されたのと同じ宙域であった。
軌道エレベータと地球を背にして、それぞれ満身創痍のガンダム二機が斬り合っている。
ドルダは右腕と左足、それから右足の膝から下が欠けていた。ドルチェには両足が残っていたが、どちらの翼も焼き切られ、そうして左肩から先がばっさりと無くなっていた。
ビームの刃は実体剣のそれとは違って鍔迫り合うことがない。
傍からは空振りばかりで不毛な殺陣を演じ続けているだけに見えるが、ドルダがスコップを振り回すたびにドルチェの身体は欠け、ドルチェがサーベルを一閃するごとにドルダの装甲は抉られて行く。
決着は近かった。そうして、傍観者の望み通りそれはすぐに訪れた。
サーベルをすり抜けて、ビームスコップがドルチェの腰の中心を貫いた。スコップを素通りして、ビームサーベルがドルダの左胸に突き刺さった。
二体のガンダムは同時に身震いして、ぐったりと互いの身体に垂れかかった。相打ちである。
ドグッシュの通信機がノイズを捉えた。
覗き見の愉悦に身を震わせていたシヴォーフは周波数をでたらめに弄くりまわし、ひとつこの人非人どもの声を傾聴してやろうと神経を高ぶらせた。
『……に……で……かったの?』
若い、女の声である。舌足らずの調子が、少女であるとも感じられた。
『……ああ、そ……いい……これで、いいんだ』
そのしゃがれた男の声を聞いて、シヴォーフは全ての事情――殆どが彼の身勝手な憶測であるが、大筋としては間違っていない――を了解した。
「ふざけんな、みんな死んだんだぞ。お前らのせいで、お前らが殺したんだぞ。悲劇の主役気取りで悦に浸ってんじゃねえ!
なんだよオイ、くだらねえ戦場のロマンスかよ。そんな二束三文の感傷のためにおれは、おれたちは殺されたってわけかよ!」
機能を停止した二機のガンダムが、引力に囚われて灰色の惑星の中へと溶け込んでいく映像を最後に、ドグッシュのコックピットの電源が落ちた。
同時に酸素の供給が途切れて、シヴォーフの意識も薄らいで行った。
――死者一万七千六百二十三名、行方不明者四万八千十六名、負傷者三百五十六名の犠牲を出したコロニー・エルゴン襲撃事件の公式記録はこれで全てである。
しかし、この事件の発端を探って行くならば、これより一年前に遡らなければならない。
新宇宙暦072年の火星における、アルフ・スメッグヘッド博士率いる火星開発公社の調査団とマスター・ベイト大佐率いる反宇宙連邦組織との間に発生した武力衝突の時期である。
しかし、この事件の発端を探って行くならば、これより一年前に遡らなければならない。
新宇宙暦072年の火星における、アルフ・スメッグヘッド博士率いる火星開発公社の調査団とマスター・ベイト大佐率いる反宇宙連邦組織との間に発生した武力衝突の時期である。