583ロランとカミーユと、苦悩するセレーネの話 1/142019/03/04(月) 02:41:37.33ID:Jd7KS+g90
※前スレ「ロランとカミ―ユの話」からの続き。
過去の作者様のネタからいくつか設定を拾わせていただいてるところもありますが基本的にパラレルです。独自設定およびご都合展開注意
できるだけ投下するつもりですが、規制入ったら朝以降に続きを落としますので、ご了承をば。

side ロラン

これは、昔のぼくの話だ。六年前カミーユが家を出ていって、家が慌ただしくなって。それが少し落ち着いた時期のこと。


 あれから、兄さん達はあまりぼくに干渉しなくなった。
べつに見放されたとかそういうのじゃなくて、今は放っておいた方がいいという判断だったのだろう。ぼくとしてもその方が気楽だった。

学校へは行かなくなった。その時、アムロ兄さんの暴走のことは知らなかったけれど。なんというか、疲れてしまったのだ。
深くため息をついて、外へ出る。散歩は好きだ。特に秋に吹く風は涼しげでとても心地よく、身も心も軽くなるようだった。

ただ、今は。気持ちのいい風はない。ただ心に空いた穴から風が吹きだしていくだけ。ぼくの中身まで一緒に流れ出ていくようだった。
川沿いを歩いて、水面を見る。自分の顔が映った。大嫌いな黒い肌と銀の髪と空虚な心のうちが合わさって、その顔はとても醜く見えた。
先のこと、家族のこと、自分のこと、いなくなったカミ―ユのこと。様々な思いが巡る。イヤなことばかり。辛いことばかり。
このまま水に溶けて消えることができたらどれほど楽だろう――そんなことを考えていたからか。
物思いにふけっているうちにぼくは足を滑らせ、川に落ちた。

「あ…」
川の流れに飲まれてすぐ、自分は泳ぎが苦手だったことを思い出したが、別にどうという感情も湧かなかった。
ぼくは死ぬんだろう。誰か泣いてくれるだろうか。悲しんでくれるだろうか。でも悲しいのはその時だけ。
あとはすっぱり忘れてくれれば、それでいい。どうせ、居ても周りに迷惑しかかけないのだから。
流され、意識も朦朧とする中で。二人の女の子の声が聞こえた。

ぼくはその人たち――ハイム家の二人のご令嬢に救われることになる。

 ぼくは、見知らぬ部屋のベッドの上で目を覚ました。
「(どこだろう、ここ)」
だるい体を起こしてきょろきょろと辺りを見渡すと、ぼくよりちょっと年下くらいの女の子が驚いた顔でこちらを見ていた。
そしてすぐに、誰かに知らせるように大きな声を上げた。
「お姉さま! 起きたわ!」
「本当?」
少しして入ってきたのは、今度はぼくと同じくらいの年齢の女の子。その顔を見て、今度はぼくが驚いた。

584ロランとカミ―ユと、苦悩するセレーネの話2019/03/04(月) 02:42:49.12ID:Jd7KS+g90
「(ディアナ様!?)」
その人は、ぼくが心の支えにしていた月の女王ディアナ・ソレルにそっくりだった。
とはいえ当時はD.O.M.Eの妨害で月は分断状態であった上に、ディアナ様自身も公式に姿を見せたことはなかったが
ぼくはカミーユや兄さん達がどこからか持ってきたアングラな雑誌と昔の月に関する資料で知った気になっていた。

叫びそうだったが、喉がからからに乾いていたので声が出なかった。後のことを考えると、ここで声が出せなかったのは幸いだったと思う。
「体は大丈夫?」
そう言って、その女の人は水の入ったコップを差しだしてくれた。頭を軽く下げてそれを受け取り、喉を潤す。
「ありがとうございます。大丈夫みたいです。あの、ぼくは…」
「なに…ですか、覚えてない…んですか?」
ところどころ途切れた、たどたどしい敬語で女の子が言った。この時はいちおう年上の客人扱い。ため口はまずいと思ったのだろう。
「気を失って湖に流されてきたのよ。覚えてない?」
「あ…」
言われて、誤って川に落ちてしまったことを思い出す。頭がずきずきと痛むのは、川に落ちた際にどこかにぶつけでもしたのだろう。

「思い出した?」
「はい…あの、ここはどこなんでしょう…?」
「ビシニティの、ハイム家の屋敷よ」
「ビシニティの…ハイム家?」
「あなた、ハイム家を知らないの!? ビシニティも!?」
つい素に戻ってしまったらしい女の子が、信じられないとばかりに目を見開いた。
「ソシエ」
「あ…す、すみませんお姉さま。でも…」
この子はソシエというらしい。お姉さんにたしなめられ、すぐ引っ込んだ。
しかし、この驚きよう。知っていて当然と言わんばかりだ。
「(まずいこと言っちゃったかな…)」

 そうして気まずくなった空気をただすように、女の子が口を開いた。
「…そういえば、お互いに自己紹介をしていなかったわね。私はキエル・ハイム。この子がソシエ・ハイム」
「ぼくは…ロラン。ロラン・セアック・G…です」
Gはガンダムの略。フルネームだと長いので、時にはこうやって省略することもある。
なぜミドルネームではなく家名を省略するのかといえば、"MSみたいでややこしいだろ"というのがアムロ兄さんの談。

585ロランとカミーユと、苦悩するセレーネの話 3/142019/03/04(月) 02:43:45.50ID:Jd7KS+g90
「そう、ロラン…失礼だけど、お父様とお母様はどちらに?」
「いません」
嘘だ。――でも、いないも同然だ。あるのは、物心つかぬころに買ってもらったというブリキの金魚と、兄さん達だけ。
そう伝えると、キエルは一瞬だけ目を伏せた。
「………そうなの。ちょっと、失礼するわね。ソシエ、ついてきて」
「え?」
「いいから。ロラン、私たちは少し離れるけどゆっくり休んでいてね。部屋のものは好きに使ってくれていいわ
 必要なことは使用人たちに聞いて」
そう言って、キエルはソシエを連れて部屋を出ていった。使用人がいるということは、やはり相当なお金持ちらしい。

「なんなんだろ」
とはいえ、好機だ。部屋の物から何かがわかるかもしれない。早速ベッドを抜け出して本棚から地図を探す。
ここがどこなのか、まだ教えてもらっていないのだ。一刻も早く確認したかった。
「…あった!」
地図帳のようなものを見つけ、手に取る。変わったつくりの本だった。むかし教科書で見た旧世紀のものに随分と似ている。
単に主が古いもの好きの好事家なのか、それとも。嫌な予感がますます強くなる。

「………やっぱり、アメリア地区だ」
予感は的中していた。日登町の一角に広大な土地とマウンテンサイクルを擁する、通称アメリアと呼ばれる地区がある。
その地区への出入りは禁止されていて、双方の交流もほとんどない――そんなところに来てしまったのだ。
「どうしよう…」
後にターンエーとターンXの戦いが終結した後は交流も出入りも自由化されたが、この時は完全に鎖国状態。
ぼくは大いに慌てた。入ってしまった人間がどうなるかは聞いたことがなかったが、大変なことだと思っていたからだ。

「………」
まず考えたのは、身の振り方。身分を明かすのはまずい。行き来を禁じられている場所である。何をされるかわかったものではない。
不思議なもので、さっきまで死んでも別に構わないとは思っていたのに、いざそうなると思うと怖くなった。
「ロラン」
「は、はいィ!?」
「どうしたの、変な声出して」
「い、いえ。急に声がしたものだからびっくりして…」
「まあ、いいけれど。ちょっとついてきてくれる?」
「は、はぁ…」
言われるまま、ぼくはキエルについていった。

586ロランとカミ―ユと、苦悩するセレーネの話 4/142019/03/04(月) 02:44:38.56ID:Jd7KS+g90
ついた先は、旦那様の部屋だった。部屋に入るようキエルに促され入室する。部屋には夫婦であろう、温和そうな中年の男女が待っていた。
「初めまして、ロランくん。私はディラン。この家の主で、この子たちの父親だ」
キエルと、最初から部屋にいたソシエを指してディランさんが言った。
「は、はい…初めまして。ロランと言います」
「キエル、ソシエ。ご苦労だった。あとは私が話すので部屋に戻っていなさい」
「わかりました」
「…はーい」
そう言って、姉妹が部屋を出ていく(同席できると思っていたらしいソシエはちょっと不満そうだったが)
残されたのは、ハイム夫妻とぼくだけだ。

「真面目で正直そうな子ね」
「娘たちが無礼を働かなかったかな?」
部屋を出て行った姉妹の足音が遠ざかるのを確認し、ディランさんは声をひそめてそんなことを聞いてきた。
「い、いえ、そんなことは…」
「特にソシエはあの通りお転婆に育ってしまったものでな、私も苦労を…」
「あなた!」
友人を見つけたかのように話すディランさんを夫人がたしなめた。

「おっと、すまない。本題はそこではなかった。…君について、あの子たちから話を聞いたのだが。
 今一つ要領を得ないというか…年頃ゆえの思い込みというか、そういうものが多分に混じっていてね。直接話を聞かせてほしいと思ったのだよ」
「は、はぁ…」
「キエルの中では、君は家族を失ったショックで川に身投げし記憶喪失になった哀れな少年――ということになっているようなのだが。
 本当かね?」
あんまりな言い方。しかもそれをあの上品そうなキエルが考えたと聞いて、ぼくは思わず吹き出した。
「ご、ごめんなさい」
非礼を詫びると同時に、ぼくの頭にひらめくものがあった。これは使えないだろうか。
これなら、多少常識を知らなくともごまかせる。そう考えたのだ。

「家族がどうのっていうのはわからないんですけど…頭、打ったみたいで…記憶が曖昧なのは、本当なんです…」
助けてくれた人たちを騙すのは忍びないけれど。このほうが、アメリアに居るには都合がいい。
身の危険を感じる状況に置かれていたせいか、この時は本当に頭が回っていた。
「なんと」
「事実は小説より奇なりとはよく言ったものねぇ…」
驚くディランさんと、なぜか嬉しそうな声の夫人。

587ロランとカミーユと、苦悩するセレーネの話 5/142019/03/04(月) 02:46:07.99ID:Jd7KS+g90
「…帰る家や、家族は?」
「………わかりません」
これは本心だった。

『本当の兄弟じゃなかったりして!』

あの言葉が、いまだに心の奥深くに突き刺さっていたから。

「あなた…!」
「す、すまない! 余計なことを聞いてしまったな!」
一気に暗くなってしまったぼくの顔を見て、ディランさんは申し訳なさそうに言った。そして、咳ばらいを一つして。
「では…提案なのだが。うちの使用人になる気はないか?」
そう提案してきた。
「…え?」
「実は、もうすぐ引退する使用人がいてね。そろそろ新しい者を教育せねばならんと思っていたところだったんだ。
 もちろん賃金は払うし、住む場も用意する。君は娘たちとも年が近いから、年頃の悩みというのもわかるだろう。
 私や娘たちの相談役も兼ねて…どうかね?」
ぼくが誰かの役に立てる。それに家に帰れない以上、これは絶好の機会でもあった。
こんないい人達を騙しているという罪悪感はどうしてもぬぐい切れなかったが、明かすわけにはいかない。

「………本当に、いいんですか?」
「もちろんだとも」
聞いて、ぼくは差し出されたディランさん――いや、旦那様の手をとった。その時、心の中に微かな風が吹いた気がした


しかし。
家で大変な騒ぎになっているであろうことは、(覚えていてもどうしようもないとはいえ)ぼくの頭からはすっかり抜け落ちていた。

588ロランとカミ―ユと、苦悩するセレーネの話 6/142019/03/04(月) 17:51:10.83ID:Jd7KS+g90
遅れましたが続きです。たぶんまた5回くらいで止まると思います


Side セレーネ

 ロランがアメリアに流された、その夜。悪いことは続くものかと、セレーネは頭を抱えていた。
カミ―ユの件が落ち着いたと思ったら、今度はロランが行方不明になったのである。
アムロは仕事でシャイアンへ出張に行っていて、今のところ事情は知らない。
「言えるわけないじゃない…」
次々と起こる身内の事件に落ち込んでいたアムロがようやく立ち直ってきたところなのである。そこでロランの失踪が知れたら首を吊りかねない。
そしてこれがカミ―ユにも知れたら、関係修復は絶望的になるだろう。
「………」
許容量ギリギリの事態に、セレーネは無意識のうちに頼れる人間を思い浮かべたが、クワトロにこれ以上負担をかけるわけにはいかないし
昔からよく頼りにしていたカッシュ家の人々はデビルガンダム製造の罪で夫妻共に冷凍刑に処され
その息子で昔馴染みのキョウジはデビルガンダムに乗って逃亡中という、とんでもない状態。
彼ら以上に気を許せる他人もおらず、自分がやるしかないと覚悟を決めようとしたところで。ある人物の姿が脳裏をよぎった。


  •  ・ ・

 ところ変わって、ジオン社アクシズ支店。かつてMS産業に革命を起こした大企業も今では圧倒的資本力を誇る連邦にすっかり押されていたが
それでも脅威の技術力と、スペースノイド達の圧倒的支持を大きな武器として連邦社に次ぐMS企業として活動を続けていた。
「アルレット、ハイザックについてなんだが…」
「ハイザックはあれが仕様! 初期型はカスタマーセンターに連絡すればちゃんと改修する! 文句は連邦に言え! 以上!」
機体のテストを終えてやってきたダントン・ハイレッグを、アルレット・アルマージュ・ガンダムは怒り心頭といった様子で叱り飛ばした。

「その話じゃねえよ。改修型のテスト終わったからデータ渡しに来たんだ。…いい加減、機嫌直したらどうだよ」
「似たようなクレームが毎日届けば直るものだって直らないわよ! しかも今回、私たち悪くないじゃない!?」
「そりゃあ、なぁ…」
格納庫で改修を待つ多数のハイザックを見上げて、ダントンは頬を掻いた。
ライバル関係であるジオン社と連邦社の共同開発ということで注目を集めたのだが
連邦がジオンの指定と異なるジェネレータを導入したために欠陥が発生したのである。

589ロランとカミ―ユと、苦悩するセレーネの話 7/142019/03/04(月) 17:52:20.80ID:Jd7KS+g90
「ハイザックが不良品だの欠陥品だのって…冗談じゃないわ」
見た目がザクだったこともあって完全なジオン側の手落ちと思い込んだユーザーによるクレームが殺到。
前評判が良かっただけに反動も大きかったらしく、わずかばかり開発に携わっただけのアルレットまでクレーム対応に追われる羽目になっていた。
「ま、こうなっちまったもんは仕方ねえだろ。じゃ、データは渡したからな」
これ以上アルレットの癇癪に巻き込まれることを嫌ったか、ダントンは足早にその場を立ち去って行った。

「そもそも連邦との提携なんて考えたのが馬鹿だったのよ…今度のザク3できっと挽か…痛っ」
「無駄口をたたいている暇があるならとっとと返事をしたらどうだ。アルレット・アルマージュ」
怒りの収まらないアルレットの頭を小突いてきたのは、同じように不機嫌な顔をしたアルバイト社員、ハマーン・カーンだった。
アルレットは気付かなかったが、先程からずっと呼んでいたらしい。

「あら、ハマーンちゃん。どうしたの?」
「ちゃんはやめろと言っているだろう。――貴様あてに通信だ」
仏頂面でそう言ってくるハマーン。少し前まではよく笑う可憐な少女だったのだが、今ではすっかり性格が変わってしまった。
「誰から? クレームだったら不在ってことにしてもらえると…」
「地球のセレーネとかいう女が、お前に用があると」
「セレーネちゃんから!?」
互いの多忙のため滅多につながらない最愛の家族からの連絡。アルレットは通信機に飛びついた。
そして一言、二言話すとアルレットの表情が厳しいものに変わった。そこからさらに表情をもとに戻して、ハマーンのほうを向いた。

「ごめんハマーンちゃん! 急病で早退します!」
「誰がだ?」
「私がです!」
「…あれで病人か?」
言うが早いか大急ぎで社を後にしたアルレットについて、ハマーンがそれ以上追求してこなかったのは諦めているのか
それとも微妙な雰囲気の違いを感じ取ったためか。どちらにしろ、今のアルレットにとってはどうでもよかった。

一刻も早く落ち着いて話がしたかった。社員寮"モウサ"に駆け戻り、セレーネとの回線を開く。
ディスプレイには、暗い表情をした妹の顔が映っていた。
「何があったの、セレーネ」
安心させるよう落ち着いた声音で話しかけると、セレーネはぽつりぽつりと事情を話した。途中から涙声になっていた。

590ロランとカミ―ユと、苦悩するセレーネの話 8/142019/03/04(月) 17:55:32.51ID:Jd7KS+g90
「――そう。そんなことが…」
元来の責任感の強さゆえか、それとも大勢の弟たちの姉という立場のせいか。セレーネはあまり他人に弱みを見せたがらないところがあった。
だが少しでも抱えきれないと思ったら、アルレットに必ず連絡するよう約束させていた。
正しい道を示せるかはわからない。しかしこうやって心の中のものを吐き出させることで少しでも負担を軽くしてやることはできる。

「頑張ったわね、セレーネ」
普段とは打って変わった、長女としての慈愛に満ちた声色で話しかける。
「うん…姉さんは帰って…来られないよね…」
「ええ…ごめんなさい」
本当は今すぐにでも飛んでいきたいが、その外見や年齢に似合わぬ知識量と技術を持つアルレットは現場に欠かせない存在となっていた。
そしてアルレットが送る仕送りも、貧乏なガンダム家にとっては貴重な収入。
それを放り出して遠い地球まで悠長に戻っている暇はない。歯がゆいが、それが現実だ。

「いつでも連絡をちょうだい。どんな話も聞くし、相談にも乗るわ」
「ありがとう…」

「さて! お姉さんの私見なんだけど」
重い空気を振り切るように、声を明るい調子に切り替える。
「あ、うん…」
「とりあえず、カミ―ユには黙っておくのはどうかしら」
「黙っておくって…」
「カミ―ユは別のところに住んでるのよね? 状況が落ち着くまで箝口令を敷くの」
「できるかな…」
「向こうも家を避けてるんでしょ? それなら大丈夫よ。それとあなたも、自分だけ抱えないで、他の人や弟たちも頼りなさい」
「でも…」
「あなたが壊れちゃ意味がないわ」

「うん…それで、アムロ兄さんには…」
「隠さず本当のことを言ったほうが良いと思う」
「大丈夫かな…」
「大丈夫よ。あれで結構、ガッツがあるもの。…あなたもアムロも、独りで抱え過ぎなのよ。他の人や弟たちの力もしっかり借りなさい。
 自分じゃわかってないかもしれないけど、あなた少しやつれてるわ。せっかくの美人が台無しよ」
「…わかった」

591ロランとカミ―ユと、苦悩するセレーネの話 9/142019/03/04(月) 17:56:08.77ID:Jd7KS+g90
 数日後。


「お前、カミ―ユはカイに預けたって言ってたよな」
少しどころではなく疲れた様子のアムロが、不機嫌そうにセレーネに聞いた
「そうだったかしら」
そうだったのである。まさかシャアに預けたなど言えないので、アムロの親友でもあるカイ・シデンに預けることになったということにしていた。
当人に許可を取って口裏合わせもできていた。

「とぼけるな。この前、エゥーゴ社でカミ―ユらしい子供を見かけたぞ。あれはどういうことだ」
しまった、かち合ったか。というか会社内に子供連れ込んじゃだめでしょ大尉! セレーネは内心で舌打ちした。
「他人の空似でしょ」
「身内の顔を間違えるものか。あいつの感覚はわかるんだよ、俺には!」
「…そうだったわね」
動揺などおくびにも出さずかわそうとしたが、疲れていてもニュータイプである。
コーディネイターであるセレーネにはよくわからない感覚だが、実際わかってしまうらしい。


「なんで嘘をついたかどうかは今は聞かない。カミ―ユを誰に預けた。答えるんだ、セレーネ」
「イヤよ。どうせ連れ戻す気でしょ」
「当たり前だ。お前が理由もなく嘘をつくはずがない。何か俺に知られちゃまずいことがあるんだろ。そんなところに大事な弟を預けられるか」
「それがわかってるんなら、なお教えられないわよ」
「勝手なことを…!」
「勝手も何も、そんな状態で連れ戻したって無駄よ。兄さんはとりあえず自分のことに集中してなさい」
「できるか! ロランの事もあるんだぞ!」
すでにロランのことはアムロに打ち明けていた。やはり大変なショックを受けていたようで、
その反動からどうかはわからないが、最近のアムロは弟たちの面倒を少々過保護なくらいよく見るようになった。
しかし何事も限度がある。無理な両立のせいでアムロも大きく疲弊していた。

「倒れたら元も子もないでしょ。兄さんはとりあえず自分のことに集中するの。いいわね?」
「いいわけあるか!俺だって学生時代はガンダムのパイロットだったんだ…このくらい…」
「騒がしいな」
「黙れ、シャア! ――シャア? 俺は今、シャアと呼んだか…?」

592ロランとカミ―ユと、苦悩するセレーネの話 10/142019/03/04(月) 17:58:32.44ID:Jd7KS+g90
「大尉…」
「すまない、呼び鈴を鳴らしても出てこないし、争う声も聞こえていたので入らせてもらった」
後に(主に二人の弟の手によって)難攻不落の要塞と化すガンダム家だが、今はまだ普通の家の範疇にあった。

「お前…いや、あなたは…シャア・アズナブル…か?」
先程は感覚的にそう断じてしまったが、改めて聞き直す。すると、クワトロは否定も肯定もせずこう続けた。
「クワトロ・バジーナと呼んでほしいものだな」
この物言い。そしてこの声。忘れもしない、シャア・アズナブルだ。アムロはそう確信した。

「名前のことはどうでもいい。…いったい何しにきたんです」
「君を笑いに来た――とでも言えば、君は満足するのかな」
「だから、何をしにきたって聞いてるんだ…!」
小馬鹿にしているように聞こえたのか、その言葉にアムロはムッとした。

「なに、一度は好敵手と認めた相手が見る影もなく腐り果てているというので様子を見に来たのさ。カミ―ユくんのこともある」
「余計なお世話だ。カミ―ユのことはお前には関係ないだろう。…というか、なんでお前がカミ―ユのことを知ってる?」
「曲がりなりにも彼の身を引き受ける身だぞ。知っているに決まっているだろう」
「な…ん、だ、とォ!?」
あっさりと言い放つクワトロ。こうなると思ったから言わなかったのに――セレーネは頭を抱えた。

「…まったく、無様なことだ」
胸倉をつかんできたアムロの手をほどき、呆れ果てたように言った。
「好きなことを言ってくれる! あいつは俺の弟だ! お前のような奴に預けるなんて…」
「兄さん!」
アムロは激高したが途中でふらつき、それをセレーネが抱き留めた。

「一体どうしたというのだ、アムロ・レイ…君らしくもない」
クワトロも事情を知る身である。何もアムロをからかうためだけに来たわけではなかった。
カミ―ユが(本人としては表には出しているつもりはなかっただろうが)アムロを気にしている様子だったので
念のため様子を見に来たのである。

593ロランとカミ―ユと、苦悩するセレーネの話 11/142019/03/04(月) 19:20:45.87ID:Jd7KS+g90
「(しかし…)」
アムロの様子を見て、クワトロも内心で首を傾げた。弱気になっているだろうとは思っていたが、こうも憔悴するものか。
発破をかけてやろうとカミ―ユの名前を出したのは迂闊だったかもしれない。
「余計なお世話だ。カミ―ユは…俺の家族…」
ふらふらと立ち上がろうとするアムロの様子に、クワトロも眉根を寄せた。何があったというのか。
「どうやら、今日は日が悪いようだな」

「待て、カミ―ユを…」
「無理だな。今の君には返せん」
玄関に戻ろうとするクワトロをアムロが引き留めるが、すげなく断った。

「冗談じゃな」
「いい加減にしろよ、バカ兄貴!」
再びつかみかかろうとするアムロを、強烈な勢いで玄関から飛び込んできた人影が殴りつけた。
「イオ、やりすぎだ!」
アムロはそのまま後方に吹っ飛んで倒れ、一足遅れて現れた男――シローが、先に飛び込んできた影の主、イオを叱咤する。
「うるせえ。暴走したら止めるのが家族の義務って奴だろ」
「シロー、イオ…」
「ロランがいなくなったって本当ですか、姉さん」
イオをおさえつつ、シローが聞いた。

「…なるほど」
それを聞いて合点が行った。
別口で、もうひとり行方がわからなくなったということらしい。あそこまで疲弊していたのはそういうことだったわけだ。
「あの、大尉…このこと、カミ―ユには…」
「わかっているよ。――積もる話もあるだろう。今度こそこれで失礼するよ」
そう言って、クワトロはガンダム家を立ち去った。
原因はわかった。これ以上、この場にいる必要もないだろう。頼りになる弟たちも来たというなら、これ以上心配することもあるまい。

594ロランとカミ―ユと、苦悩するセレーネの話 12/142019/03/04(月) 19:21:43.49ID:Jd7KS+g90

「…寮長さんに伝えたの、今日の朝だったんだけど…」
「マニングスのオッサンはお節介焼きなんだよ」
「マニングス先生、だ」
「へいへい…っと」
曰く、連絡があってすぐに二人を探し出して教えてくれたらしい。
「それで、セレーネ姉さん。なんですぐ僕らに知らせてくれなかったんです」
単刀直入にシローが聞いた。ロランが行方知れずになってから数日が経っていたが、そのことを伝えたのは今朝が初めてだった。
「あなた達に連絡しても意味がないと思ったからよ。学校休ませるわけにもいかないし…」
「姉さん!」

「あのなぁ。それで兄貴と共倒れされちゃ、こっちが迷惑なんだよ」
「学校にだって事情を話せばわかってくれるでしょうし、交代で見に来れば大丈夫です」
「そうそう。それにそっちは楽できて、こっちは面倒な授業サボる口実ができる。win-winじゃねえか」
「イオ、少し黙っててくれ。マイも、学生寮を出てこっちに戻ってくるって言っていました」
「マイにも連絡しちゃったのね…」
大学が家からやや遠く、また弟たちが勉学の邪魔になってはいけないということでマイは大学の学生寮に住んでいた。
こちらも事情は知らされていないままだった。理由は同じく、勉強の邪魔になってはいけないと考えたからだ。
「当たり前です。俺たち、そんなに頼りになりませんか。――それと実は起きてる兄さんもこっち来て!」

「バレていた…か…」
いささかいたたまれない状況だったので、殴られて昏倒したふりをしていたのだが。アムロが起き上がり、テーブルについた。
「二人とも、きちんと休んで自分の時間を作ってください! 弟たちの世話は俺たちも交代で手伝います!」
「「………」」
時間表など取り出してきっちりと時間分けをするシローに申し訳ないやら何やらで反応できないでいると、怒号が飛んできた。
「返事は!?」
「「はい…」」
「声が小さいと思わねーか、シロー?」
「そうだな。もう一度!」
「「はい!」」

「ただいま戻りました! 姉さん、兄さん、生きていますか!?」
とまあ、こういうことで。
続けて戻ってきたオリヴァー・マイにもう一度怒られる羽目になりつつも、ガンダム家の運営問題はどうにか改善を見ることとなったのである

595ロランとカミ―ユと、苦悩するセレーネの話 13/142019/03/04(月) 19:22:25.65ID:Jd7KS+g90
おまけ

Side カミーユ

「わぁ…ガンダムだ…」
エゥーゴ社の本社ビル"アーガマ"。その駐機場で、試作型のMSを見上げカミ―ユが感嘆した。
「ガンダムMk-2。RX-78をさらに発展させたタイプのMS。純粋な発展形と言ってもいいだろうな」
"ガンダム"と名の付く機体はRX-78の前にも他の会社が売り出していた。

連邦の開発チームが独立した新連邦社が作り上げたレオパルドやエアマスター
遥かな昔に製造されたガンダム・フレームと呼ばれる72機のガンダム等がそれにあたる。
しかし、それらも結局は"九年前の悪夢"という大事件や、非人道的な機能の発覚により歴史の闇へと葬られた。

以来"ガンダム"の名は不吉の象徴とされ、誰も名付けることはなかったが――数年前、連邦社のテム・レイがそれを掘り起こして売り出した。
これが空前絶後と言える性能を誇り、今ではガンダムといえば連邦のRX-78と言われるほどのヒットを巻き起こした。
「乗ってみるかい?」
きらきらとした目でMk-2を見るカミ―ユに、クワトロは微笑みかけた。

「いいんですか?」
「君は免許もないし、ガンダムもまだ未完成だが…完成品を想定したデータは用意してある。それなら、いくら試しても構わない」
「やった!」
楽しそうにシミュレーターに飛びつくカミ―ユ。こういうところはまだ子供だと思いながら、クワトロももう一台のシミュレーターに座る

「大尉?」
せっかくだからな。もう一つ新型があるから、相手をしてほしい」
クワトロの持ち込んだ素材と、ある人物の協力によって完成したもう一つの新型リック・ディアス。
ガンダムより性能は劣るが、良いマシンだとクワトロは評している。
しかしまだ実戦データが少なく、売り出すには尚早という判断。シミュレーターの対戦機能を利用して、データを取っておきたかった。

「ようし…」
カミ―ユはエゥーゴに来てから、シミュレーターをおもちゃ代わりにして遊んでいた。実戦経験ゼロとはいえ、全くの素人ではない。
お互いにしっかりと慣らして、戦闘を開始した。

596ロランとカミ―ユと、苦悩するセレーネの話 14/142019/03/04(月) 19:23:41.22ID:Jd7KS+g90
  •  ・ ・


「大尉はやっぱり強いや…」
「いや、君もよくやっているよ。もっと大きくなったら、私など簡単に抜かれてしまうかもしれないな」
「本当ですか!?」
「もちろんだとも」
当然というべきか、戦闘はクワトロの圧勝だった。しかしいくらか危うくなる場面もあり、カミ―ユの秘めた才能を感じさせた。

「ところで、マーク2の感触はどうかね?」
「最高です! なんていうか、ずーっと昔から知ってるみたいな感じ。ジムやザクよりずっと使いやすい!」
「ふむ…昔から、か」
どうやら、カミ―ユとの相性はとてもいいらしい。実際、対戦中は初めてと思えぬ動きを見せてくれていた。
そして引っかかったのが、カミ―ユの言葉。"昔から知っていたような"感覚。
「(優れたニュータイプとは思っていたが…想像以上かもしれんな)」
クワトロとてニュータイプ。カミ―ユの普段の言動もあって、彼に適正があることはすでに見抜いていた。

「大尉、このマーク2のデータ、家に持ち帰ってもいいですか?」
「だめだ。エゥーゴの筐体を使いたまえ。そして、我が社がガンダムを開発しているのは秘密にすること」
「なんでです?」
「このガンダムを売ろうとしていることが敵にバレてしまうからね」
「敵に…わかりました!」
敵という表現が気に入ったのか、カミ―ユは素直に返事をした。
無邪気なものだ。本当の弟のような少年に、クワトロはふたたび微笑みかけたのだった。



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最終更新:2019年07月15日 22:20