――不安定な状態にあった少女が崩壊寸前に陥ったのは、結局のところ、距離の問題である。
仮に遠く、眺めるような位置にいたならば、彼女は怯えながらも良く回る頭を持って、賢く立ち回ろうとしただろう。
仮に近く、手を伸ばせば届く距離にいたならば、彼女は狂気を交えた叫びをあげ、一突きを持って命を奪っていただろう。

 絶妙な距離だった。涙を押さえようと歯を食いしばって、破裂しそうな頭を抱えるアリサと、
いつもと変わらずぼんやりしたたれ顔で、それを見つめる丸山紗希。

 しかし、丸山は、彼女に一定以上は近づかない。今開けているぼんやりとした距離が、二つのものを守ることができる距離なのだから。

 それは――丸山紗希の一つの命と、アリサの最後のプライドだった。


 すぐそばで吹き飛ばされた女学生の頭は、アリサに少々過剰な物を叩き込んだ。
すぐ後ろを威勢よく立ち上がったあのおかっぱ頭の少女が、大洗の生徒だっただろうか彼女の声が唐突に途切れて、
風船の割れる音だっただろうか? そんな軽い音ではなかったか、むしろ火薬の破裂なのだから、……音についてはあいまいに、
ただ、他の五感については彼女は鮮明に覚えていた。

 浅黒い煙のが上がる前、首輪が膨張し、おかっぱ頭が皮ごと吹きあがり、下から持ち上がるように骨格が変形する。
それについていけなかった赤黒い肉が中身を晒しながらひしゃげ、骨を巻き込んでずり上がって行き、破裂した。

 アリサは後ろを向いていて、斜めの角度で飛んだであろうゲル状な内蔵物と、ぬるい温度の血液を顔に浴びた。
それは、骨に守られた主要部分にしては、そこそこ強靭だったが、力を入れたらすぐに取り返しがつかないほどのもろさで、
ちょうど、シャツに温水をぶちまけたような温感は、とてもヌルついていた。

それから、濡れた鉄の匂いが鼻を取り巻いて、うかつに口も開けていたものだから、舌にもこびりついていた。

 アリサは目を覚ます。海に近い通り、ちょうど魚屋の辺りだった。

 彼女は起き上がって、起き上がるなり呼吸は乱れ、目を見開いて頭を押さえた。
口を大きく開けて呼吸していると、あの時の名残が残っていて、彼女は掻きだすような唾を吐く。
顔に何かがついているからと顔を擦ると、乾いた血液がパラパラと剥がれ落ちた
思いっきり手で顔を覆い隠すように目を瞑ると、ちょうど、少女の頭が吹き飛ぶ瞬間が――

 ……何をしているのか。彼女は振り払うように頭を左右に振った。
こんなところで錯乱していても無駄に時が経過していくだけだ。歯を食いしばって力を振り絞る。
もう、サンダースのゴアグロ映画はもうまともに見れないかもしれない……。
下らない考えが浮かぶようになってから、やっと彼女は状況を確認しようと思えた。

 旧日本軍の背嚢に小声で悪態をつく。/あそこにいたのは、戦車道で戦ってきた奴等だった。

 出てくるものは毛布やら脆そうなテントセットやら。/あそこで、狂ったような催しを押し付けてきたのは、確か、文科省の役人?

 飯盒をみて、使いにくさから、米軍のレーションを褒めたたえる。/大洗に難癖をつけて、廃校にしようとして、覆されて恥どころじゃないって

 双眼鏡に性能が悪いとケチをつけた。/だから、大洗学園とあの戦いの面々をひどく恨んでいて、だから、こんなことを。

 スマートフォンを忘れていた。何やら確認しないと/だったら、こんなものに巻き込まれるのだったら――

 ――彼女たちに、大洗女子学園に協力するんじゃなかった。

 スマートフォンがアリサの手から滑り落ちた。彼女はとにかく不安定な状態にあり、思考は混迷を極めている。

 ――道を外れたら戦車が泣くでしょ、とは、サンダースの、彼女たちの隊長、ケイの言葉である。
開いたPDFファイルにあらかた目を通しながら、アリサはその言葉を思い起こした。
先ほどの思わず浮かんでしまったことを、アリサは再び頭の中から打ち消すことに決めた。いくら何でもあれは暴論である。
こんな事態に陥るなんて誰にも予想できなかったことだ。それにあんな考え方を持ったら、それこそケイ隊長の顔に泥を塗る。

 ……彼女は、皆は、この場に呼ばれているだろうか。アリサは大方のルールに目を通し終えていた。

 これからの方針について、とりあえずは、ケイ隊長やナオミとの合流を目指そう。
ケイ隊長は、自分の道を持っていて、器は大きく、しっかりとした優しさを持った人だ。決してこんな催しには乗らない。
ナオミは、クールで強い意志を持っていて、でも、注文には薄く笑いながら答えてくれる。仲間をとても大事にしているのだ。
彼女たちに合流すれば、今後の展望だって必ず開ける。そうすれば、どうにかなる。サンダースは強豪校なのだし。

 そこまで考えて、アリサは彼女の制服、ちょうど胸元の辺りに引っかかる物を感じた。言うまでもなく先ほどの血である。
これは染みになりそうな汚れだ。彼女は戦車道の履修者だったから、油だとかそういう類のものは落ちにくいと知っていた。

 爪を立てて服を引っかきながら、……こんなもので制服を買い替えるのもいやな話だと、汚れがついたままだと会った人にからかわれる。
早急に水道かどこかで落とすとして、その後はすぐに移動しなければならない。
人に会えば交渉して情報を集め、有力者たちとチームを組み、しっかりとした拠点を置き、サンダースの仲間と合流しよう。
段取りを考えてみれば、思ってよりも容易いことである。そうだ、自分はサンダースの作戦立案担当だ。このくらいこなせなければ――

 フラッシュバックする。破裂音のようなもの、膨れ上がって爆散する頭部。

 違う、違う! アリサは錯乱しつつある自分にようやく気がついた。
さっき人の命が一つ失われた。ルールは命のやり取りについて明確に規定している。
事実として、自分が今立っている大洗の土地は戦場で、このフィールドで行われるのは戦争なのだ。
必要なのは、情報と……。……甘く見たり、楽天的な考え方は命取りだ。

 事ここに至って、ようやくアリサは自分に支給された武器に目を向ける。
この場において武器の性能は、個々人の能力に匹敵するものがあり、その人物を価値づける尺度の一つだろう。
これを用いて人を傷つけるだとかは、彼女は意図的に無視した。
そういった事態に陥らないようにするのが、頭を使うということだと、アリサは気の強い本来の性格から思ったのだ。

 ……けれど、支給された武器は、再び彼女に原初の恐怖を呼び起こしたのである。

 近接武器に関してはまだよかった。何の変哲もない……というには語弊があるが、まあ、単なる脇差である。
そこそこ磨かれていた刃は、それなりの切れ味を持っているだろう。
ただ、アリサは、接近戦に関しては自分の身体能力も合わせて、あまり重くは見ていなかったので、少し眺めたのみであった。

 問題だったのは、少し焦った彼女が見つけた遠距離武器、銃の方だ。
銃の存在は、彼女が見つけたとき、自分がいる場所が殺し合いの空間であると強く認識させた。
装飾として飾られていることもある刀より、人を殺す、という目的には、彼女たちにとってはよほど近い。
しかし、その銃は、彼女が受けた衝撃をそれだけに留まらせなかった。
殺し合いの空間において、彼女の銃は、欠陥品といってもよいほどだったのだ。

 その銃は、二次大戦時アメリカにおいて100万丁以上製造された、22点しかない部品から抜群の生産性を誇った銃である。

 装弾弾数は1発。ライフリングはなく、公称の射程は15メートル。5メートルという噂もある。そして、なによりも暴発しやすい。

 そのリベレーターと呼ばれる銃を、彼女は所属校の関係もあってよく知っていた。皆と話のタネにしていたものだった。
どんな話をしていたのか、自分が実際に使うなんて考えもしていなかった。今手元にあり、自分の命の保証の大部分を負担している。

 アリサの思考に、一層暗さを孕んだ物が鎌首をもたげ始めていた。




ケイ隊長の言葉は、戦車道強豪校にはほとんど当てはまる。彼女たちは殲滅戦というこの戦場においても、
どのようなスタンスとるにしろ、己が道を行こうとするのだろう。
その途上に立ちふさがるものを排除してでも、その果てに死が待っているとしてもだ。

 アリサは、鮮魚店から、怯え交じりに顔を出した。恐怖に荒くなる呼吸の中、周囲の人影を探す。
果たして、いてほしいのか、いないでほしいのか。まったく定かではないのであるが。

 アリサの脳内に思い浮かぶ。
ケイ隊長が、皆に協力を呼びかけ、主催者たちを打倒としようとする姿を/あの役人の逆鱗に触れて、同じように頭部を吹き飛ばされる姿を。
ナオミが、襲い来る危険人物を制圧して、皆と一緒に戦っている姿を/重火器の暴風に晒されて、無残な姿に変わるところを。
そして……。

 彼女にとって、良いことかどうかは分からないが、アリサは確かに人の姿を見た。目測で全力で走って五秒ほどの距離。
大洗の制服で、ぼんやりと立ちつくしている。身長は自分と同程度には低い。

 誰だってそうだ。この法律のない殺し合いの空間において、自分の道を守ろうとするに違いない。ならば――大会でこちらが行った作戦は、彼女たちにはどう見えたか?
平凡な日常の後日談においては、弄びの種にしかならないかもしれない。けれど、ここにおいては、何よりも重要な信用に関する判断基準とされるのではないか?

 此方に気づいてはいない。走り寄っていける距離。自分の服には血痕が付着している。声をかければ届くだけの距離。武器を身に着けていない。身体能力も高くない。

 死にたく、死なせたくない。ケイ隊長もナオミも。そのために貢献しなくては。手元には欠陥品の銃とたかが脇差のみ。主催者の首輪。皆いつでも切れる駒として……
大洗からどこまで悪評は広まった? 武器が、もっと強い重火器が必要だ。帰りたい、いつもの日常に。サンダースの学校に。……死にたくない。

 彼女は武器を手に取った。そして、顔を頭が避けて行けそうなほどしかめる。殺す、殺す、殺すんだ。大義名分を思い込んで、怒りと恐怖を体に帯びて、
ゆっくりとアリサは立ち上がって、幽鬼のような足取りで店の外に足を踏み出す。右手には銃、左手には脇差。そうして、彼女は――走り出した。

 視線の先の女学生――丸山紗希はすでに振り向いている。

……物事を成すには、何事も原動力がいる。アリサは、ある種の錯乱、勢いのままに走る。丸山はぼんやりと突っ立っている。
アリサの脳内に、情景は像を結ばず、言葉は形を作らない。激情から噴き出る殺意のままに、アリサは走る。
目の前の少女を殺す。無理矢理固めたお題目に、死に対する恐怖心に、火をつけて原動力として、彼女はひた走った。

 しかし、六秒、である。立ち上がってから、六秒が経過したとき、アリサの走る速度は急激に鈍化した。
人間の精神は、頭が真っ白になるほどの怒りに襲われても、六秒経過で冷静な部分戻りだすという。
ましてや、アリサは、自分の掲げた殺人に対する名分が欺瞞であるとわかっていた。そして、戦車道を履修している以外普通の女学生が、
長く殺意を保ち続けるには相当なエネルギーがいる。主に動力源だった恐怖は、ここに来て、行き先を惑い混迷へと変わり始める。

 武器はこの銃でいいのか、この距離でこんな銃が当たるのか。これは暴発しやすい銃で、それなら脇差は、けれども躱されるかも。
この大洗の子は何故何もしようとしない。いくら突然のことでも数秒あれば反射的に行動するだろう。
いいや、もしかしたらこれはこちらを誘い込むための策で、自分は相手の術中に嵌ったのではないか。いいや、とにかく、行動を――
ノロノロノロノロ、走るスピードはだんだんと落ちていき、おおよそ丸山から七メートルの時点で止まってしまった。
アリサはもう疑心暗鬼に陥り、行動を起こすことができなくなった。

 銃を、リベレーターを彼女は構えている。当たる保証はない。引き金を引けば弾は出るが、しかしそれは宣戦布告に等しい。
アリサの身体がぶるぶると震え始めた。なにをやっているのか。行動しなければならない。でも銃を撃ったら、相手に反撃の正当性を与える。
彼女を殺す、殺してどうなる、彼女の武器の性能の保証は。罪の十字架に釣り合うもの? 彼女の友達はこちらを狙うかも。

 ケイ隊長の、ナオミのために……人を殺す? ケイ隊長は、怒るかな。ナオミは呆れるかもあの人たちはいい人たちだ。
責任を押し付けられない。そもそも、今、殺し合いにのっているのは、もしかして、自分だけなのでは――

 丸山は、動かない。変わらない曇り眉で、アリサをじっと見ている。

 アリサは、支離滅裂な思考回路の果てに、結局ポロポロと涙をこぼし始めた。いつ自分が泣きだしていたのかもアリサには分からなかった。
口元から壊れたスピーカーのように嫌と無理が繰り返されている。死にたくもない。けれど殺す勇気は失われてしまった。
終いには立っていられなくなり、その場に膝が落ちていく。

 今自分がしている行動は、目の前にいる相手に対する無条件降伏、相手の恩赦に期待する行為だと彼女は気づいている。
無様さを見せつけて、許しを乞うていると。殺しに走ってきた相手がいきなり止まって泣き出している。意味が分からないだろう。

 けれど、わかっていたけれど、アリサはもう動けなかった。ただ、親しい人名を助けを求めるように呟こうとして、
累が及ぶのを心配して、父親を呼んで泣きじゃくる。こんな冷静さは残っているのに……。

 結局のところ、何も選ぶことができなかった。分水路に来ていたのに、アタフタしている内に激突した。

 アリサは、あまりの無力感、絶望感、情けなさに、堪えきれないものを感じて、頭を抱え始めた。

 丸山は、さっきと立ち位置を、一歩だけ変えて、じっとその様子を眺めていた。


 ※


 結局のところ、丸山紗希は別に感情のない人間ではない。中身は時折鋭いだけの普通に近い女子である。
実際、先ほど彼女が動かなかったのは、驚愕に驚いて身体が硬直していたからだ。
そして、彼女は感情をあまり表情や行動に出しせず、ある種鈍い面がある性格なのだ。
けれども、ぶっ壊れているというわけでもないので、アリサがひざを折ったところではちゃんと逃げ出そうとした。

 ……そこで、丸山は、アリサが父親を呼ぶ声を聞いた。

 それは、丸山紗希にとっても、心の深いところにくる言葉であったので、……離れていくという選択を選びにくくなった。

 朝の公道上で、ある程度の距離の下、無口な少女はじっと、泣きじゃくる少女を眺めている。




【C-5・C-6に対する境界ギリギリ/一日目・朝】

【アリサ@フリー】
[状態]健康、深い絶望感、錯乱状態、トラウマ
[装備]血の飛んだサンダースの制服
[道具]基本支給品一式、脇差、FP-45リベレーター 不明支給品(役に立たなそうなその他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:日常に帰りたい。死にたくない。
1:なんで、こんな……情けない、情けない。
2:仲間の安否への心配
[備考]

【丸山紗希@フリー】
[状態]健康、ちょっと心臓が動悸
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:……まだ、決めてない……
1:怖かったね~紗希~。
2:あの人見てるって……まあ紗希がそれでいいならいいんじゃない?
3:私たちか先輩方と合流しよう! 紗希!
4:次からはちゃんと動かないと駄目だよ、紗季!


[装備説明]
  • FP-45リベレーター
 アメリカ製、鉄パイプのような外見を持った銃。レジスタンスに付与するために設計された。
 簡易すぎる構造からの凄まじい生産性、低すぎる性能、脆すぎる耐久性を持つ。

  • 脇差
 短刀、鞘付き。そこそこの切れ味がある。





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最終更新:2016年09月13日 08:17