けたたましい音が空気を震わせる。

 叩きつけられた轟音はアラームと言うにはあまりに乱暴なものであったが、しかし、アリサを『現実』に引き戻すものであった。
 圧倒的な存在感。鼓膜を抜けた波が脳を揺さぶり、否が応にも破壊の二文字を意識してしまう。
 次いで認識したのは、せざるを得なかったのは火薬の弾ける音だった。
 まるで自分の頭上で飛び交っているように錯覚して思わず天を仰ぐ。陽光の残滓が瞼の裏に張り付いた。
 恐慌より自身の内に閉じ籠っていたアリサにとって、唐突に突きつけられた『現実』は到底受け取れきれるものではなく―――結果として選んだのは逃走であった。

 あの爆発には殺意が込められている。/覚悟の無い私は狩られる側なのか。
 その銃声には害意が込められている。/意地の無い私は喰われる側なのか。
 この戦場には悪意が満ち溢れている。/力の無い私はここで溺死してしまうのではないのか。
 教えてくれ。私は、私はどこに居る。
 走った。
 背中が黒と灰の混じったような感触に蝕まれる。焼きごてで表皮を焦がされているような、或いは刃の硬質な冷たさのような、そんな矛盾した感覚。
 次第に天地が、上下が、自分が立っているのかすら判らなくなり、ただ、ただ走った。

☆★☆

 大きく深呼吸をする。どれ程走ったか定かではないが、足はガクガクと震え限界を伝えていた。
 頭が真っ白だ。酸素を求め、もう一度深呼吸をすると汗が口に入ってきた。
 額には髪が張り付き、心臓ほうるさいくらいに鼓動する。頬はじっとりと熱を持っていて手で扇いだくらいじゃ焼け石に水であった。
 気持ち悪い。

「…………なんで付いてきたのよ」

 背後の足跡に向けて溢す。
 大洗の奴は何を考えているのか、アリサの後を追ってきたようだった。
 本当に何を考えているんだ。汗でいっぱいということ以外はその顔から窺い知ることが出来ない。
 首もとから背中にかけて汗が流れ落ちる。

 気持ち悪い。

「なによ!なんなのよ!黙ってないで!何か言いなさいよ!」

 堪え切れずに叫ぶ。
 しかし、答えは返って来ない。

「何を考えてるのよ!何を見ているのよ!何を、何を!」

 疲れきった肺はきちんと機能せず、所々掠れてしまうが、それでも声をぶつける。

「どうして、教えてよ。なんで!私が、私に、なんで、なんなのよ…………」

 その場にへたりこむ。先程と似たような構図。
 一歩づつだけ距離が近いような気がする。

「貴女は…………何よ…………」

「……紗希」

「は?」

 空気が固まる。


「名前…………」

 紗希は鋭いほうだ。ここで聞かれているのが名前でないことくらいは承知している。
 しかし、自分の言葉を伝えるのに一番の機会がここであることも判っていた。
 自分の持つ数少ない言葉の内、一番知って欲しいもの。それが名前であった。

「くく、ふふふっ」

 かくして、それは功をなす。

「ふふっ、あはははは!」

 笑えてくる。笑うしかない。
 持った銃の重みに耐えかねて落とした自分。
 銃を向けた相手に哀れまれたみじめな自分。
 傍に誰かが居てくれるだけで言い様もなく安心してしまう自分。
 そんな自分が嫌で嫌で。でもそれは結局のところ自身の問題で。
 相手が何も言わないから何をすればいいのかも決められないままで。許してくれなんて言えないから当たることしか出来なくて。

 それでも、彼女から自分をさらけ出してくれたから。

「馬鹿みたい。本当に、バッカみたい」

 少しだけ、話かけることができる。ちゃんと、 『他人』に言葉を伝えられる。

「私はアリサ。…………その、なに」

 少し言い淀んで、しかしはっきりと口に出した。

「よろしく」

 腕二本分の距離にアーチがかかる。

☆★☆

 二人の少女が肩を並べて歩いていた。
 いや、肩を並べて、というほど近くはない。2人か3人ほどが入れる隙間を空けながら/それでも手を伸ばせば届く距離で。ともかく二人の少女が歩いていた。
 多分、安心していた。
 それは、悪いとは言えない。悪いとするのならばそれが罷り通る現実だろう。
 しかし、悪が存在しているのも、また現実であった。
 100メートルに満たないほど前方。そこに横たわっていたのは紛うことなき人の死体であった。
 その死体に内臓はなかった。
 その死体は体が繋がっていなかった。
 その死体にはあまりにも人間として必要なものが欠損しており、死体と呼ぶ他ない様であった。
 そして、何より最悪なのはその死体が大洗女子の制服を身につけていたことだった。
 紗希が駆け出す。距離が遠くなる。
 上半身だけを大事そうに持ち上げる姿に、アリサは呆然と見つめる他術がなかった。
 あまりにも悲惨な光景。まさに、悪魔の所業。
 アスファルトの黒に塗り潰されそうな様に思わず手を伸ばす。
 それでも、何とか声をかけようと、詰まった息を吐き出すように口を開き、

 血痕の『少なさ』気づいた。


 瞬間、鉛の流星が墜ちる。


 地面が絶叫をあげ、辺りにアスファルトをぶちまけた。

「紗希ッ!」

 背嚢から取り出した発煙筒を地面に叩きつけるように展開。直ぐに抱くように紗希の体を引っ張りあげる。それほど抵抗が無いことから動ける程度の怪我と結論付け走り出す。
 後ろでもう一度アスファルトが炸裂する。破片が体を打つが気にしていられない。
 必死の形相で近くの民家に飛び込む。

「ハァ、ハァ…………紗希―――」

 大丈夫、そう尋ねようとして、絶句する。
 繋いだ手の逆の手に抱えていたのはボロボロになった人の腕だった。
 恐らく、先ほどの死体がクッションとなったのだろう。紗希には全身に解れやかすり傷こそあるものの大きな怪我は無いようだった。
 逆にあの死体はもう原型を留めていないだろう。至近距離で、あの礫を全て受けきったのだ。ミンチよりも酷いことになっているのは想像に難くないことであった。
 掛ける言葉が見つからない。否、掛ける言葉なんてなかった。先程まで銃を突き付けていたのはアリサ自身で、突き付けられていたのは紗希なのだから。。
 グッと拳を握る。無力さを嘆きたくなるが、彼女に何かを返してやれないこの身でそんなことができるはずがなかった。それが精一杯だった。

「ッ、待ちなさいッ!」

 突然、紗希が駆け出そうとする。肩を掴んで引き寄せると、雫がアリサの頬にかかった。

 泣いていた。

 銃を向けられても、怒鳴り付けられても、何を考えているのか判らないような無表情を貫いていた彼女が泣いていたのだ。
 息を飲む。きっと紗希にとって『殺し合い』は今まさに現実となったのだろう。
 だからこそ、彼女は立ち上がった。臆病なアリサとは裏腹、紗希にはそれだけの思いがあった。
 それでも、それでもだ。

「見たでしょ!?あんなの、まともに受けたら…………」

 死ぬ。その言葉が喉の奥で熱を持つ。
 死体があった。弾丸は放たれた。もう、空想でも妄想でもなく、人は死ぬのだ。

「ここにいましょう。私もここにいるから」

 だが、紗希は首を横にふる。
 敵討ちか、それとも何か別の思惑があるのか。
 けれども、アリサ頑なに飛び出そうとする紗希を放すことは出来ない。

「ダメだって。死んだら何も出来ないから、アンタは生きたんだから、生きなきゃダメなんだって」

 言葉が支離滅裂になる。
 死んだら終わり。その言葉が頭の中で何度も巡る。あの死体もたらした恐怖は脳裏に消えないの染みを広げていた。

「私はここにいるから、だから」

 しかし、紗希は首をふり続ける。何度も何度も。受け入ることなんて出来ないと拒絶するように首をふる。
 もう、力は入っていなかった。

「私がここにいるから…………」

 もはや、呟く言葉すら無くなり、ゆっくりと抱きしめた。自分よりほんの少し大きな、それでも軽い、軽い身体。
 静かな、雫がこぼれ落ちる音さえ、聞こえないくらい静かな部屋の中で、アリサは大きな歯車がギシリと軋み回り始める音を聞いた。

☆★☆

『申し訳ありません、ロストしました』

 通信機から聞こえてくる声に、不安と安心の入り交じった感情が滲み出る。
 不安は、逃がした二人のこと。ペコによれば、サンダースと大洗の二人組だと言う。
 これは非常に不味いことだった。
 仲間の絆を大事にしている大洗と、フェアプレーの精神より自ら手心を加えるようなサンダースであれば、きっかけさえあれば簡単に手を組むだろう。
 大きくなった組織は、いずれ大きな敵に向かうだろうが、それでも自分たちの敵にならない保証はない。いや、障害となる確率のほうが大きいとさえ言えるか。
 安心したのは…………自分の身勝手な感傷だろうか。ペコの手をこれ以上汚さずに済んだという、安心。
 ずっと、心の澱として溜まっていく。
 自分より幾許か小さな身体の小さな手。その手には有り余るほど固く、重たい引き金を、あと何度引かせればいいのだろうか。

『アッサム様?』

「…………ええ、大丈夫」

 ペコの尋ねる声に、自分でも何が大丈夫なのか判らないまま答える。
 いや、大丈夫でなくてはならない。そのために動かなくては。
 ああ、そうだ。考えていても仕方のないことだ。それより如何にして殺すか、その事に意識を回せ。
 きっとペコは悪魔と契約を結んだのだろう。例え無事に『こと』が済んだとしても、その身は地獄に拐われてしまうかもしれない。
 それでも、願うのだ。
 生きていてくれと。叶うことなら笑ってくれと。
 天秤は傾く。その他の命をまるで生け贄として捧げるように持ち上げた。
 手の内で新しく得た銃を弄ぶ。
 モーゼルC96。比較的精度の高い射撃を可能にするこの拳銃ならば、今度は、しっかりと、殺すことが出来るだろうか。
 ペコの報告を聞く限り、見失ったしたのは煙幕が晴れたあと、即ちその範囲で隠れられる場所に限る。

「ペコ、暫く待機してなさい」

『はい、どこかにいかれるのですか?』

「ええ、大丈夫よ」

 繰り返す。大丈夫、大丈夫、大丈夫―――
 何の心配もいらない。例え、貴女がその純潔を悪魔に売り払い身も心も奪われてしまったならば、


 この身は悪魔に墜ちて、貴女を奪い返そう。




【C-4・民家/一日目・午前】

【アリサ@フリー】
[状態]健康、心配と罪悪
[装備]血の飛んだサンダースの制服
[道具]基本支給品一式、脇差、FP-45リベレーター 発煙筒×5
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない。殺せなくても、生き残りたい
1:紗希に無茶をさせない
2:もし、奴が追ってきたら…………
[備考]

【丸山紗希@フリー】
[状態]健康、深い悲しみ
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:もう、決めなきゃね
1:どうしてこうなったんだろうね、紗希
2:先輩を、せめて弔ってあげたいな……紗希もそうでしょ?
3:こんなの許せないよね、紗希!
4:ありがとう、アリサ


【C-4・アパートビル/一日目・午前】

【☆アッサム@イングリッシュブレックファースト】
[状態]健康 強い殺意
[装備]制服 支給品(組み立て前ジャイロジェットピストル 5/6 予備弾18発) 支給品(ツールナイフ)モーゼルC96@カエサル支給品
[道具]基本支給品一式(スマートフォンは簡易起爆装置に) 支給品(M67 破片手榴弾×9/10) 無線機PRC148@オレンジペコ支給品 工具
[思考・状況]
基本行動方針:『自分たち』が、生き残る
1:まずは、邪魔な二人を消す。
2:ダージリンとの合流を目指すが、現時点で接触は目的としない。影ながら護衛しつつ上の行動を行いたい。
3:病院、ホテルなど人が集まりそうな場所にアンブッシュする
4:スーパーでキャンプ用品や化粧品売場、高校の科学室で硝酸や塩酸・■■■■■■他爆薬の原料を集め時間があるなら合成する
5:同じく各洗剤、ガソリン、軽油など揮発性の毒性を有するもの・生み出すものを集める
6:ターゲットとトラップは各人のデータに基づいて……

[備考]
カエサル(鈴木貴子)は撒き餌として、路上に設置、その後Mk.211Mod0による被害を受けました。

【オレンジペコ@イングリッシュブレックファースト】
[状態]健康 深い喪失感と虚無感
[装備]制服 AS50 (装弾数3/5:予備弾倉×3 Mk.211 Mod 0) 不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 支給品(無線機PRC148×2/3及びイヤホン・ヘッドセット)
[思考・状況]
基本行動方針:『戦争は誰が正しいかを決めるのではない。誰が生き残るかを決めるのだ』……ラッセルですね。イギリスの哲学者です。
1:『もし地獄を進んでいるのならば……突き進め』……チャーチルですね。
2:『戦争になると法律は沈黙する』……キケロですね。
3:『敵には手加減せずに致命傷を与えよ』……マキャベリですね。
4:『戦争は戦争を生み、復讐は復讐を招く』……エラスムスですね。
5:『理性に重きを置けば、頭脳が主人となる』……、…………カエサルですね。
6:『人間は決して目的の為の手段とされてはならない』……カントですね。…………ごめんなさい。





投下順
Back:理想
Next:引き金の理由

登場順
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004:有効射程 アリサ 042:太陽に身を焦がす
004:有効射程 丸山紗希 042:太陽に身を焦がす
012:サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 アッサム 042:太陽に身を焦がす
012:サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 オレンジペコ 042:太陽に身を焦がす

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最終更新:2017年06月19日 00:04